それは、その場に居た者全てを沈黙させるに威力十分な、そして不可解な言葉であった。
「あなた、今から最高機密ね」
しばしの沈黙。
「「「はぁ?」」」
仲良くユニゾンする3人。
「ちょ、ちょっと何よいきなり、リツコぉ、なんでシンちゃんが機密にならなきゃいけないのよぉ」
もっともな疑問をぶつけるミサト。
シンジはと言えば、惚けたような表情のままであり、アスカは「また何を言い出すかといえばこのオバハンは」とでも言いたげな表情であった。
「そうね、説明の必要があるわね」
落ち着いた口調とは裏腹に、視線があちこちをさまよい、落ち着きがない。
額からつつっと冷や汗が流れ落ちる。
ふと、リツコはアスカの方にさっと視線を移し、すぐにミサトの方に戻す。
「機密事項に関する話だから、ここじゃ話せないわ。シンジ君、それからミサト、ちょっと来てちょうだい」
「ちょっと、アタシは聞いちゃダメっていうことっ!?」
猛然と食ってかかるアスカ。仲間はずれ的な状況が気に食わないのだ。
「しょうがないでしょ。機密事項なのよ」
「くっ.....」
憮然とした表情を崩さないアスカ。
それを尻目にくるりと白衣を翻し、すたすたと出て行くリツコ。
慌ててシンジとミサトがそれを追う。
「%#$#%=#_(!(¥!>*$(_@!」(←ドイツ語)
後にはドイツ語で罵っているアスカだけが残された。
所変わってリツコの研究室。カーテンを閉めてあり、中は薄暗い。
リツコを囲むように座ったシンジ・ミサト・レイ・マヤ。
「さて、まず何が起きたのか、だけど」
事務机の上のパソコンのキーをパコッと押す。
すると、黒をバックにカラフルな模様の図らしきものが表示された。
「これ、何だかわかる?」
じっとそれを見つめるミサト。そしてハッとなる。
「これって、もしかして人間のDNA配列の....?でも、何か違うような」
「御名答。人間とは0.11パーセントの違いがあるわ」
「そんな生物がこの世に存在するはずないわよ。第一....」
ミサトの言葉を遮るように言葉を繋ぐリツコ
「15年前、南極で発見されたのよ。これは。「E細胞」と名付けられたわ」
『15年前』、『南極』、その言葉がミサトの記憶を掘り起こす。
15年前、南極の氷の下にある巨大な地底湖から、バクテリアらしきものが付着した隕石が発見されたとの報道がなされた。その未知なる発見に、当時生物学者を目指していたミサトもその報道を固唾を飲んで見守っていたのだ。
だが、結局大した発見ではなく、報道も日を追う毎にまばらになり、そして世間からは忘れ去られていった。
「まさかこれが?でも、あの時の資料にはそんな凄い事実は....」
ふぅっと大きく息を吐き出す
「隠蔽、してたのよ」
「隠蔽!?なんでまたそんな...」
「まず、第一に、」
ミサトの言葉を再び遮るリツコ。
「もしこのDNA配列を公開すれば、宗教関連の反発は避けられなかったわ」
人間に限りなく近い生物がこの地球上に存在する....確かにそれだけ聞いて何かを誤解し、何らかの騒ぎが起きない可能性もなくはなかった。
「それともう一つ」
ごくり、と唾を飲み込む音が響く。
「彼らは、知能と呼べるレベルのものを、確実に持っているの」
「....」
暫しの沈黙。
「で、でも、それとシンちゃんと、何の関係があるっていうのよ?」
もっともな正論。
だが、それを聞いたリツコ・マヤ・レイの顔がさっと曇った。
「えーと、その、ね、あー、うーん」
「あーもぅ!ハッキリしないわねぇ、ピシっと言いなさいよっ」
リツコは半ば諦めの表情を浮かべて、近くの机を指差す。
「あれ、何だと思う?」
「は?試験管?あぁ、さっきのカゼ薬ね。2本分あるのはどうして?」
「確かに、その....片方は、レイが担当してた風邪薬なんだけど、もう片方は、培養に成功した...『E細胞』のサンプルなのよ」
「へ?」
「でね、それを...さっきレイが間違えて...」
流石にここまで言われれば明白である。シンジは愕然とした表情になり、ミサトはと言えば猛然とリツコの肩を揺さぶりつつ怒鳴る。
「ちょ、ちょっと!リツコあんたなんてことをすんのよっ!この責任誰が取るのよまったくもうこれだから科学者ってのは」
「あなたも、科学者でしょう」
ばつの悪そうな表情のリツコ。
「それよりシンちゃんはどうなっちゃうのよシンちゃんはっ!」
がくがくとリツコを揺さぶるミサト。
「と、と、とりあえず、あ、明日まで様子を、み、見て血液検査、そ、その他もろもろを行う、よ、よ、予定よって、そ、そろそろ手を、は、離してくれないかしらミサ、ぐぅっ!」
最後の最後で舌を噛んでしまったようである。
「そんな悠長な事言ってていいのっ!?」
「ほっちほ、ひゅんひにひはんはいふんははら(こっちも、準備に時間がかかるんだから)」
その二人を傍目で見ていて不安爆発寸前のシンジ(涙目)。
「あの、ぼ、僕は結局、どうなっちゃうんでしょうか」
「ひゃふきゅーひゅーはひぱーへんと(約98%)の確率で、シンジ君の免疫系にE細胞は増殖する前に殺されるはずだから、多分問題はないと思うわ」
少し安堵の表情になるシンジ。
だがミサトはまだ落ち着かない様子である。
「あんた、98%って、残りの2%はどうなるのよっ!もし仮にE細胞とかいうのが生き残っちゃったらどうなんのよ!?」
折角シンジを落ち着かせたというのに、再び不安を煽るような事を言い出すミサト。
「生体実験のデータが無いので、それは未知数だわ。あるいは....」
「あるいは?」
「いえ、それはありえないわね。多分大丈夫よ」
「本当かしら、アテにならないわね....(ジト目)」
「さ、さて、大急ぎで検査の準備するから、話はこれまで。あ、それと、これは絶対に他言無用よ」
「わかってるわよ」
それまでじっと話を聞いていたレイが、突然口を開いた。
「あの、碇君.....」
「え?」
「ごめんなさい...」
上目使いに涙目で謝罪するレイ(反則)
「あ、あぁ、リツコさんも多分大丈夫だって言ってるし、今は気分もいいから、大丈夫だよ。きっと。あんまり、気にしないほうがいいと思うよ」
あぁ、とことんお人好しなシンジ。
しかしレイも少しほっとしたような表情になる。
「んじゃこれで帰るけど、できるだけ早めに検査してちょうだい」
「わかってるわ、ミサト」
「んじゃこれで、ほら、行くわよ、シンジ君。...なぁにぃ?アスカかと思ったら今度はレイぃ?(にやにや)」
とことん他人の色恋事を煽るのが好きなミサト。
途端に真っ赤になるシンジ。
「ち、ちがいますよっ、そんなんじゃありませんてば」
「わかってるわよん、やぁねぇ、照れちゃって」
わぁわぁ言いながら出て行く二人。
それをじっと見送る三人。
「(....本当のコト、言わなくてよかったかもしれないわね)」
「(ええ、シンジ君、結構心配性ですし、聞いたら倒れちゃうかも...)」
「(とりあえず、早急に検査の準備ね)」
ぼそぼそと話すリツコとマヤ。レイはまだ扉の方をじっと見ている。
一方こちらはシンジとミサト。
「あの、ミサトさん」
「なぁに?」
「その、アスカへの説明、どうしましょう...」
しまった、といった表情のミサト。先程、「機密事項」という言葉を聞いたばかりなのだ。
「うーん、ちょっち困ったわねぇ。まぁいいわ、私がなんとかするから」
そして扉を開けるミサト。途端にアスカがばたばたと駆け寄ってくる。
「ちょっとミサトっ!どーいうことなのよっ!きっちり説明してもらうからね」
うーん、困ったわね、といった表情をさりげなく浮かべるミサト(演技)。アスカが引くのは絶対に無いのは百も承知なのだ。
「えーとね、機密事項を喋るってのも....」
「言・い・な・さ・いっ!」
その迫力に少し押されるミサト。
「わ、わかったわよ、その、言いにくいんだけどね、さっきのシンジ君が飲んだカゼ薬の件で、ちょっち、ね」
真実を言うつもりなのかと一瞬驚きの表情を浮かべるシンジ。
「何、風邪薬がなんで機密なのよっ!」
「その、少しね、配合にミスがあったらしいのよ。一応試作だし、立派な機密でしょう?失敗って、照れ臭いものじゃない。だから、ここじゃ話せなかったのよ。それに、人体に投与しちゃった後だしね」
これまた適当なウソだ。アスカはまだ釈然としない様子。
「シンジ、本当?」
「え?あ、うん。ちょっとびっくりしたけどね」
なんとかごまかすシンジ。
「で、大丈夫なんでしょうね、シンジは」
「ま、明日念のため検査してみるけど、多分大丈夫だってリツコも言ってたわ。....シンちゃん、よかったわね、こんなにアスカに心配してもらえて」
再び、からかいモード突入のミサト。
「また何バカなコトいってんのよっ!アタシが心配しちゃ悪いっての?」
「いや、そうは言ってないけどね。ほら、シンちゃん、何か言ってあげなさいよ」
「あ、アスカ、ごめんね、心配かけて」
「ふんっ」
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
と、その時夕方5時を告げるベルが鳴った。
「ほら、シンジあんた今日具合悪いんでしょ、早く帰りなさいよ」
「あ、うん。それじゃそこだけ片付けてから帰るよ」
机の上の器具を片付け、棚に入れる。白衣をロッカーに入れて、帰る準備は整った。
「それじゃミサトさん、お先に失礼します。それじゃあね、アスカ」
「はいはい、ちゃんと早めに寝るのよ」
就業時間が終わった途端に冷蔵庫からビールを取り出す不良所員、ミサト。それを見て、やれやれな表情のアスカ。
今日もいくつか波乱はあったとはいえ、まだまだ平和であった。
場所は変わって、人工進化研究所の所長室。
そこにいる4人の間に重苦しい雰囲気が漂う。
中央の机に肘を立て、口元を手で隠すクセのある男−碇ゲンドウが最初に口を開いた。
「すると、シンジの体内にE細胞が混入した、というのかね」
「....申し訳ありません」
ゲンドウの隣に立つ女性−シンジの母にして研究者の碇ユイがリツコに聞く。
「済んでしまった事はしょうがないわ。で、E細胞の生存確率は?」
事実をしっかり受け止めた上での的確な質問。
「....MAGIの計算によりますと、73.9962±0.0002%です」
「...さすがに高いな。そんなに強靱なのかね?」
ユイと反対側、ゲンドウの傍らに立つ初老の男、副所長の冬月コウゾウが尋ねる。
「はい。培養が成功した段階で彼らは様々な物に対する抵抗手段を模索したようです」
「!もう学習能力が働いていたというのか」
再び、重苦しい雰囲気が4人を包む。
「....シンジ....」
絞り出すようなユイの声。その表情は科学者ではなく、すでに母親のものであった。
シンジは第3新東京市の外れ、研究所から歩いて20分ほどの所のマンションに一人で住んでいる。
17までは両親と一緒に住んでいた。
「ふぅ、今日はいろいろあったな....どうなるんだろ、これから」
流石にわけのわからない物を飲んでしまった事への不安は隠せない。
「ま、とりあえず夕ご飯を作らなきゃ」
と、その時
「......っ!?ぐっ、...ああああっ!!!」
頭部に走る激痛。
あまりの痛みに声もあまり出せない。
どうしたらいいかわからずに床を転がり回るシンジ。
運命の歯車が、回り始めた。
あ・と・が・き
えー、いきなりカウンタが2日で800オーバー、にビビっている[さんご]です。
と思ったらこのあとがきを書いている時点で1300です。すげぇ(^^;
ようやく第2話が終わりました。この調子で20話までに終わるのかっ!?
ま、いいや、長いに越した事はないし(滅殺)
最後のシメ、ありがちですが格好いいですね。一度使ってみたかったんすよコレ(爆)
うーむ、サブタイトルの英語、怪しすぎ....
やっぱカ○オの電子辞書だけじゃ無理があるんでしょーか(笑)
あ、そうだ、この場を借りて、お礼を言っておきます。
第1話の感想をくれた古美さん、K子さん(本名らしいので伏せ字にしときます)
「My Desire」の感想をくれた遊さん、604号室の邪さん
感想は書き手にとってかなり「キ」ます。凄く嬉しいものです。執筆の原動力ですね。
それとこの話のプロットについての長電話に付き合ってくれた友人のTOMOJI。
下らない細々とした質問に丁寧に応えて下さった大家さん。
ありがとうございました。
さて、この調子で次もサービスサービスぅ!って、今までにサービスってあったんか?
今回執筆時のBGM−CD:「(EVANGELION CLASSIC-1) BEETHOVEN Symphony
No.9」
それでは次回もお楽しみに。
さんごさんの『或はそれも幸福のカタチ』第2話、公開です。
甘い、甘いぞ!ミサトさん!!
”あの”リツコさんが研究していたものが、
そんなに生やさしい物であるわけがないのだ〜(^^;
シンジの不幸は
リツコ研究室の薬を口にしたときから、
いや
ミサトに風邪ひきを気取られたときから、
いやそもそも
この研究所に勤めたときから
始まっていたのでしょうか(^^;
アスカちゃんも心配しているようですし、
災い転じて福となせるか?!
さあ、訪問者の皆さん。
さんごさんにメールを送りましょう、感想を!