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NEON GENESIS EVANGELION ORIJINAL STORY
「弐号機後方にエネルギー反応!この波長パターンは…、パターン青!使徒です!」
シゲルの絶叫が発令所にこだまする。
「なんですって!!」
第三使徒と弐号機を挟む形で、新たに使徒が出現した。
宿し出すものもないのに、大地に映し出された巨大な影の中から、軟体動物又は、微生物といった姿をした生物が浮上してくる。
その姿は、頭部に眼を模したかのような模様を持ち、張り出した肩といおうか、鳥の上腕骨のような部分をまるでハエが手を合わせているみたいな形で合わせている。
そして、胸部にはむき出しの真っ赤な光球と、セミの幼虫と同じような足が申し訳程度についていた。
使徒はその巨体を空中に浮かべ、合わせていた上腕骨のような部分を離した。そして、何も無いはずの先から、二本の光輝く鞭らしきものを発生させた。
無機的に、ゆらゆらと光の鞭がゆれる。
それ様は、まるで触手のように見えた。
発令所が沈黙した、一瞬のことだった。
第三使徒の光球を殴り付けている弐号機の腕を、光の鞭が切り裂いた。
ビシュッ!
青黒い血が、辺りを染め上げる。
振り上げられていた左腕が、主から離反し、慣性の法則そのままに空中に投げ出された。
「きゃあああーー!」
腕を切り裂かれた痛みが、アスカを襲う。
弐号機が、血を流しつづける切り取られた腕を押さえ、背を仰け反らせる。膝が大地に落ちた。
第三使徒を殴る手が止まる。
追い討ちをかけるように、再び第四使徒が光の鞭をうねらせた。
罪人を打つがごとく、使徒は弐号機の背を叩く。
「まずい!レイ、押さえて!」
突然の、新たな使徒来襲に言葉を失っていたミサトは、使徒の動きに対して、身を乗り出して、レイに指示を飛ばす。
発令所に再び音が戻る。
「碇、まずいぞ」
「‥‥‥」
司令塔で成り行きを見守っていた冬月がゲンドウに問いかけた。
言葉の内容とは反対に、その表情はいつもと変わらない。
「大丈夫だ。すぐにあれが届く…」
「いいのか…、碇」
「我々は、負けるわけにはいかないのだ‥‥‥。それがたとえあれの意思に反していても…」
ミサトの声が発せられると同時に、モニター上の零号機が動いた。
弐号機を庇うように、零号機が弐号機と第四使徒との間に割り込んだ。
パレットガンを、新たに出現した使徒に撃ちつける。
ババババババッ!!
使徒の前方に張られたATフィールドが、赤い光を散らしながら弾丸の侵入を防ぐ。
バババババッ‥‥‥カチッ、カチッ
弾丸が切れた。
ズシャァーーーー!!
軟体動物のような使徒は、光の鞭をうねらせ、零号機の持つパレットガンを破壊した。
破壊されたパレットガンは、鋭い切り口を見せていた。
光が、硬質な輝きを持って零号機に迫る。
レイは慌てる事なく、プログレシブ・ナイフを構える。それは、マニュアル通りの正確な動きだった。
バシィィィ!
受け止めた光の鞭と、プログレシブ・ナイフが、細かい火花を飛ばして相対する。
第四使徒は、叩き付けるように、交互に左右の光の鞭を繰り出してきた。
バッ バシィィッ!
バチィィィィィー!!
零号機はプログレシブ・ナイフを操り、光の鞭を受け流す。
それでも、第四使徒の光の鞭は、耐える間なく、頭に、脇腹に、胸に打ち込まれ、零号機に反撃のチャンスを与えない。
エヴァが特殊装甲を纏っていなければ、今ごろ零号機の機体は切り裂かれ、バラバラになっていただろう。
だが、その特殊装甲にも、次第に損傷が目立ってくる。
そしてその反動は、パイロットであるレイに伝わっていた。
ジワジワと疲労がレイの身体と精神を蝕んでゆく。
しかし、レイは命令のまま、第四使徒を弐号機からジリジリと離して行く。
彼女にとって、己の存在意義は『与えられた命令』を守ることだった。
それがたとえ自分を傷つけるものだったとしても‥‥‥。
戦闘は、力押しの抗戦を催してきた。
背を丸めるようにして沈黙する、エヴァンゲリオン弐号機。
大地を血で染めあげ、時々痙攣するようにぴくりと震える。すでに流れ出る血は止まっていた。
真紅だった機体が、青い血で生々しく彩られている。
「弐号機活動限界まであと120秒!」
顔をうつむかせるアスカの耳に、オペレーターの声が届く。
「アスカ!時間がないわ。離脱して!」
ミサトは焦りの色を浮かべ、アスカに命令する。
「いやよ!」
ウインドウ上のアスカが頭を振る。
顔色が悪い。
失神してもおかしくないほどの痛みを感じていることは確かだった。
だが、アスカにはプライドが在った。
『エヴァンゲリオン弐号機』専属パイロット。世界で自分が選ばれた『セカンドチルドレン』としてのプライドが‥‥‥。
そして、そのことは何よりも大切な、自分の存在意義に関わることだった。
青い瞳に不屈の光を宿らせ、アスカは面を上げた。
自分の腕を切られたような激痛を、唇を噛み締めることで耐える。
こんな所で、負けてらんないのよ!!
切れた唇に、血の鉄臭い味を感じながら、アスカは弐号機を操る。
弐号機は上半身をフラフラとさせながら立ち上がった。
その時。
光球にヒビを入れられた第三使徒は、脱力したかのようにフラフラと身を起こす。
そして、ぎこちない動きで、弐号機の頭をつかんだ。
弐号機の身体が、宙づり状態となる。
第三使徒は、ATフィールドを最大で張り巡らせる。不可侵の絶対領域が第三使徒を中心に構成される。
「第三使徒を中心にエネルギー増大!空間が歪んできます」
シゲルが、『MAGI』に流れる膨大な量のデータをモニターに起こす。
「何をするつもりなの」
リツコは、モニターを凝視しながら叫ぶ。その面は、冷静な顔が剥がれてきていた。
マヤは、弐号機に掛っている負荷の大きさに、顔を青ざめさせた。
「このままでは弐号機の機体がもちません!」
「弐号機とのシンクロ切って!」
リツコが急いで指示を飛ばす。
「だめです!!信号がATフィールドによって遮断されています」
「アスカ!逃げて!!」
ミサトの悲痛な叫びが、発令所に響いた。
「…くぅ」
もがくように、弐号機は、頭を掴む使徒の腕を引き剥がすべく腕を伸ばし、足を動かす。
二度、三度と使徒の足を腹を蹴りつける。
ガキッ!!!
弐号機の蹴りが、使徒の光球に当たった。
使徒の腕から力が抜ける。
緩んだ腕から、アスカは弐号機を使徒からもぎ離した。弐号機の機体が、音を立てて地面に降り立つ。
「弐号機、活動限界まで残り30秒!!」
「今よ、アスカ!離脱して!!」
ミサトが間髪入れず、指示を飛ばす。
弐号機が、緩慢な動きで第三使徒から離れる。
その時だった。
「きゃあ!!」
レイの悲鳴が発令所に届いた。
第四使徒の光の鞭が、零号機の腹部に食い込んでいた。
「回路切断!!零号機、沈黙!」
「パイロットの反応ありません!」
モニターでは、零号機と相対していた第四使徒が、突然、零号機を無視して弐号機、否、第三使徒に向かって動き出していた。
右の光の鞭を使い、肩膝をついて沈黙する零号機をなぎ倒し、出来た隙間を押し分けるように移動する。
「なんなの!」
ミサトが、慌てて食い入るようにモニターを見つめる。
第四使徒は、とっさに構えをとる弐号機をも無視して、第三使徒の傍らに寄り添った。
そして、左の鞭で第三使徒の光球に触れる。
ひび割れている真っ赤な光球の中に、吸い込まれるように光の鞭が溶け込んでゆく。
「使徒周辺の空間が歪んでいきます。エネルギー増大!なおも上昇中!!」
すでに光の鞭は半分以上光球に融合していた。
使徒がいる辺りの地面が、圧力に耐え切れず崩壊し始める。
土が、石が原子の状態にまで分解する。
「融合するつもりなの?」
リツコは、モニターを食い入るように見つめながら疑問を発する。
「アスカ!レイ!離脱して!!」
その横で、ミサトは叫ぶ。
しかし、モニター上の二機のエヴァンゲリオンは動かない。
「弐号機、活動限界です!」
ミサトは、そばの座席に座り、忙しく状況分析をするマコトの方を振り向く。
「零号機、いまだ沈黙。パイロットとの連絡取れません!」
ミサトが舌打ちをする。予測できない状況の連続に、ミサトは焦っていた。
発令所全体が、敗色濃いこの状況下で次々と起こる出来事の連続に、焦りと鬱気に侵食されていた。
「なに呆けているの!!回線の修復を急ぎなさい!」
急変する状況に、いち早く立ち直ったのはリツコだった。
こぼれかけた科学者としての仮面を建て直し、普段通りの冷静な声が発令所全体に活を入れる。
ミサトは、頬を打たれたような衝撃を受けた。
自分は何をしている‥‥‥?
子供たちを戦場に送り出しといて、焦りでまともな指揮すら執ってないではないか!
自ら戦場に立って使徒と戦うことは叶わない。
でも、子供たちの危険を僅かにでも減らすべく自分はこの場にいるのではないのか!!
自らに向けた怒りが、ミサトを冷静にさせ、その鋭敏な頭脳を復活させる。
「エントリープラグ射出!!パイロットの保護を最優先させて!」
ミサトは素早く指示を飛ばす。
今は、状況を立て直すことが大事だった。
その為には、まず『チルドレン』の安全が第一だった。
わずかに冷静さを取り戻したオペレーターらが、忙しくコンソールを操作し、各部署に連絡を送る。
「エントリープラグの射出できません!!」
マヤが、コンソールを叩きつづけながら、顔を泣きそうに歪める。
「なんですって!!」
ミサトは、マヤに鋭い視線を向ける。
その横から、同じくコンソールを忙しく叩くシゲルが原因を突き止める。
「使徒が発するATフィールドの影響で、周辺の空間が遮断されています」
その報告に、ミサトは思わずリツコの顔を見た。
リツコは、ミサトの射すような視線を感じながら、自らコンソロールを叩き、画面を睨む。
そこに表示された内容は、とても常識からは信じられないものだった。
二体の使徒を中心に、とてつもないエネルギーが半径100メートルといった狭い空間にひしめいている。
「エネルギー、さらに拡大。測定しきれません!!」
第三使徒と第四使徒の輪郭が薄らぎ、まるで、融合していくみたいに、二つの影が重なる。
白い光が、使徒の姿を覆い隠した。その様は、まるで新たな命を育む卵のような姿型だった。
「何が起こってるの‥‥‥?」
ミサトの、唖然ととした呟きが響く。
「あんな狭い空間にエネルギーを溜めこんだら、爆発してしまうわ‥‥‥」
「何を…?まさか!自爆するつもりなの!!」
その聞き捨てならない発言に、ミサトはリツコの腕を掴んだ。
「…分からないわ。データが足りなすぎるもの」
次第に、陽炎を煌かせるモニターの映像を見つめながら、リツコは答える。
スクリーンを食い入るように見つめながら、噛み締めた唇からは血の味がした。
◆
閉じられた扉の前。
シンジと、彼を支えるように加持が立っていた。
シンジの握り締められた手の平は、緊張からか、汗で湿っていた。
「シンジ君、大丈夫だ」
加持は、シンジを安心させようと軽く笑い、シンジの頭を乱暴に撫で回した。
シンジは、少しくすぐったそうに、首を竦め加持を見上げた。緊張に固まっていた顔が少しほぐれていた。
「はい」
シュッ
第一発令所の扉が静かに開かれる。
そこでシンジが見たものは、身を乗り出すようにして声を飛ばすミサトの姿と、正面モニター全面に映し出された二体の使徒、そして、その側で沈黙する二機のエヴァンゲリオンの姿だった。
使徒が増えている…?
さっき見たのは、あの人型をした奴だけだった。
それに、使徒の側に倒れているのは何だろう?
あれも、使徒なのか‥‥‥?
目の前の光景に、思わず思考の海に沈もうとしたシンジを、加持の声が引き上げた。
「シンジ君、こっちだ」
加持は、すぐ脇にある昇降機から手招きしていた。
シンジは慌てて、加持の傍による。
加持は黙って、上昇のスイッチを押した。
静かな駆動音を響かせ、昇降機が司令官塔に向かって上昇する。
そして、静かな音を発して、昇降機が止まった。
司令官塔。
そこには、シンジに背中を見せて椅子に座る父、碇ゲンドウの姿と、寄り添うように右隣に立つ、冬月の姿が在った。
「…父さん」
シンジの口から、思わず零れ落ちるように言葉が漏れた。その声は、小さく隣にいる加持に、微かに聞こえる程度だった。
しかし、その声が聞こえたかのように、ゲンドウが、椅子ごと後ろを振り向いた。
「碇司令、碇シンジ君をお連れしました」
加持は、ゲンドウに敬礼しつつ、報告する。
その様は、いつものひょうひょうとした態度とは違い、どこか緊張しているかのようだった。
「ご苦労だったな。加持君」
そして、その行為を労ったのは、ゲンドウではなく、冬月だった。
その横で、ゲンドウは加持を一瞥することもなく、ただ、静かに赤い眼鏡越しにシンジを見つめていた。
しかし、その眼差しは、己が息子に向けるべき暖かい眼差しとは程遠く、どこか値踏みするような、研究材料を見るような眼差しだった。
「よく来たな、シンジ」
冷たい声。
感情を、一切廃した者が持つ無機質な声。
「‥‥‥父さん」
かすれたシンジの声。呟くように、気弱げに発せられる。
「‥‥‥‥‥‥」
見下すように、ゲンドウはシンジを見つめる。
その圧力に耐え切れられず、シンジは思わずうつむく。
その様子に、加持がそっとシンジの肩に手を置いた。
がんばるって決めたんだろう?
加持のシンジを見守る眼差しはそう言っていた。
そうだ!
父さんから、逃げないって、自分で決めたんだ。
だから、逃げちゃいけない。逃げちゃいけないんだ。
シンジはうつむいていた顔を上げ、ゲンドウの顔をまっすぐに見た。
シンジの視線とゲンドウの視線がぶつかるように重なり合う。
「父さん、何故僕を呼んだの?」
唾を飲み込み、シンジは尋ねる。たった、これだけのことを言うのに、ものすごい勇気がいった。
「それは‥‥‥」
ゲンドウの言葉は、下方からの爆音に遮られた。
ゲンドウは素早い動きで立ち上がり、背後のモニターを振り向く。
モニターは、絶望を映し出していた。
雛鳥が卵の殻を破るように、白い光を割り、幾数もの赤い閃光が空間に閃く。
カッ!!
カッ! カッ!!
カッ! カッ! カッ!!
ドッ ズドドドドドォォォォォォーーーーーーン!!!
空間、全てを飲み込んで、赤い光が、辺りを染め上げた。
空も、大地も、震撼し、切り裂く風が回りを吹き荒らす。
熱の無い閃光の中から、ゆっくりと、一つの影が揺らめいた。
「……あれは!」
「使徒‥‥‥。融合したとでもいうの‥‥」
階下の発令所では、ミサトとリツコが現状を把握しきれず、呆然と呟いていた。
他のオペレーター達は、すでに言葉もなかった。全員、魂を奪われたかのように、目の前のモニターに魅入られている。
真っ赤な光を従え、再び世界に現れたのは、光に消えた、使徒と呼ばれた存在だった。
全体の姿としては、第三使徒に近い。
人の姿を模した、けして人ではない姿。
追加された、肩からせり出た、むき出しの骨のような刺。
魚が呼吸するように、赤いエラを見せながら背中の襞が動いている。
そして、何よりの違いは、真紅の光球が二つになっていたことだった。
「…何をしている。現状の報告をせよ」
発令所すべてに、ゲンドウの冷たい指示が響く。
その声に、我に返る。
忙しく、発令所が動き出した。
「‥‥‥父さん」
シンジは、父の背中を見た。
それは、広く、しかし、誰も寄せ付けない拒絶を感じさせた。
そのことが、シンジの心に重りを乗せる。
幼い自分を置いていった背中。
僕はいらない子なの…………?
「シンジ、ついて来い‥‥‥」
シンジを振り向いたゲンドウは、表情を見せない眼鏡越しに慇懃な声でシンジに命令した。
赤い閃光の中から出てきた使徒は、悠然と歩き出した。
次第に光が退いてゆく。
爆心地。
そこには、二機のエヴァンゲリオンが残されていた。
発令所内。
危険な緊張に包まれ、誰もが、絶望を見ない振りをすることで正気を保っている。
「使徒は現在、第三東京市に向かい進行中です」
「到着予想時刻は、およそ75分後」
「パイロットの生存を確認!」
オペレーターの報告がミサトに届く。
その報告が、暗くなりがちな発令所に、わずかながら明かりを灯す。
「零号機と弐号機の回収は?」
その隣で、リツコがマコトに尋ねる。
「現在、回収班が向かっています。5分後には回収可能です」
「そう、急いで頂戴」
「兵装ビルの稼働率は?」
ミサトは、シゲルの椅子の背に手をついて画面を覗き込みながら、残された兵力の状況を聞く。
「はい、現在85%まで稼動可能です」
「どうするの?ミサト」
以外としっかりしたミサトの行動に、リツコは、何かまたとんでもない事を思い付いたのかと考えた。
「UN軍に頼んで、現存する992個のN2爆雷をプレゼントしてやるわ!」
ミサトは激怒していた。
私の役目は、使徒の殲滅。
それなのにこの体たらくは何だ。
このまま負けるわけにはいかない。
なんとしてでも、使徒を倒す。
だから、今は何を使ってでも、時間を稼がなければならない。
「本気なの?」
「本気よ。関係省庁に連絡、民間人の避難急がせて!」
「待ちたまえ。葛城くん」
発令所に降りてきた冬月がミサトの後ろにいた。
「副司令?…か、加持ぃ!」
気配を感じさせずに後ろを取られたミサトは、驚きに肩を一瞬揺らした。
冬月の後ろでは、加持が、いつものひょうひょうとした笑顔を貼り付けて、軽く片手を上げていた。
「よう。葛城」
「加持、あんた今までどこいってたのよ!」
ミサトは、おもわず冬月を押しのけて、加持に掴みかかる。
噛み付いてくるミサトを軽くあしらいながら、加持はリツコに向かってウインクを飛ばした。
「ちょっと、司令のお使いでね。そんな事より、りっちゃん、司令が呼んでいる‥‥‥」
「赤木君、碇がケージで待っている。急いでくれたまえ」
加持とミサト、二人のじゃれあいに、苦虫をつぶしたように顔を渋めながら、冬月がリツコを急かした。
「分かりました」
二人の様子に頬をゆるめていたリツコは、その言葉に顔を引き締めて、硬い返事をし、きびすを返して発令所を出ていった。
「ちょ、ちょっと、リツコ?」
白衣をなびかせながら、扉の向こうに消えたリツコに、ミサトは思わず声をかける。
しかし、その言葉は、無情に扉に阻まれるた。
「加持?」
「なんだい」
「どういう事かしら。説明してもらえるんでしょうね」
下から睨み付けるように加持の顔を覗き込むミサト。
加持は両手を軽く挙げ、後ろに一歩下がる。
「ちょっと待ってくれよ」
加持は困ったように、冬月の方を見る。
『マギ』が高速処理する使徒の情報を眺めていた冬月は、構わないといった風に頷いた。
その仕草に、加持は一度目線を天井に向けてから、真剣な表情に変えて答えた。
「…司令は、初号機を使うつもりだ」
「初号機は封印中のはずよ‥‥。第一パイロットがいないわ」
「今日、俺が連れてきた」
「そんな、初号機は今までどのチルドレン候補も動かせなかったのに‥‥‥。今日きたばかりの子になんて無理よ!」
「副司令!強羅最終防衛線、突破されました」
「使徒、進行ベクトル5度修正。予想時刻に30%の誤差。使徒の進行速度、なおも上昇しています」
「なんですって!!使徒の到着予測時刻の修正、急いで!」
速すぎる!
N2爆雷は、間に合わないか‥‥‥‥。
「初号機、本当に動くの‥‥‥」
ミサトは、残されたわずかな希望に不安のこぼす。
「封印された、最強の実験機。シンジ君、彼でなければ初号機は動かない‥‥‥」
ミサトの呟きに、加持は呟く。
秘密を、わずかとはいえ知る加持にとって、この真実は、辛い現実だった。
ひんやりとした空気が、ケージを包んでいる。
赤い血の海のような中に半身を浸し、それは、眠っていた。
紫色をした鬼。
シンジは、そう思った。
すべてを破壊する、『鬼』だと‥‥‥。
切れ上がるように縁取られた眦が、額に収まった鋭利な角が、そう想像させたのかもしれない。
そして、どこか、これに恐怖する自分と、懐かしさを感じる自分がいる事に気づいていた。
「使徒?」
「違うわ」
突然の否定に、振り返ったシンジの背後には、両手を白衣のポケットに突っ込んだ格好で、リツコが立っていた。
「人が作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間『エヴァンゲリオン』その初号機よ」
「エヴァンゲリオン‥‥‥」
「シンジ、お前がこの初号機に乗って、使徒を倒せ」
シンジに背を向け、ゲンドウが言った。
「そんな!無理だよ」
シンジは、顔が青くなっている事を感じた。
「使徒を倒さなければ、我々人類に未来はない」
突き放すように言う。
「何故僕なの?」
「お前でなければ、初号機は動かないからな」
一言、当たり前のことのようにゲンドウはいう。
「こんなの動かせないよ!」
訳が分からない。
突然呼び出しておいて、戦えだなんて!
シンジの心に気を遣うことなどせず、ゲンドウは、シンジを追いつめる。
「他に訓練した人とかいないの」
「‥‥‥‥‥」
「残念ながら、この初号機とシンクロできた人間はいないわ」
答えないゲンドウの代わりに、リツコが答える。
「シンジ、お前が乗らないのなら、ここにいる人間は、すべて死ぬ事になる。それでもいいのか?」
「そんな!…ずるいよ」
唇を噛み締め、シンジはゲンドウの背中を仰ぎ見る。
「シンジ君、これを見て」
そう言って、リツコは手元のコンソールを操作した。
モニターに、爆心地が映し出される。
大地に倒れた、黄と赤のエヴァンゲリオン。
その回りには、たくさんの人と、車両がいた。
「あれも、エヴァンゲリオンなんですか?」
「そうよ。さっきまで使徒と戦っていたのが、あの二機のエヴァンゲリオンよ。あなたと同じ、14歳の子供が乗っているわ」
「僕と同じ、子供が‥‥‥」
シンジが呟いたその時、黄色にカラーリングされたエヴァンゲリオンの首の付け根から、エントリープラグが射出され、中のパイロットが救出された。
色素の抜けた青銀色の髪は、しっとりと濡れ、硬く閉じられた目蓋には、疲労の色が濃く現れている。
そして、額からは、白皙の肌を染めるように真っ赤な血が流れ出していた。
その身を包んだ白いプラグスーツが、より一層、その赤さを目立たせている。
あれは、あの時見た女の子だ。
蒼い空、交差点の下。
赤い瞳をもった子。
血を流している。
「シンジ君。もし貴方が乗らないのなら、私たちはまたこの子達を出撃させなければならないわ」
「‥‥‥‥‥!」
そんな!
怪我しているのに‥‥‥。
「シンジ、逃げるのか‥‥‥」
いつのまにか振り向いていたゲンドウが、シンジの瞳を射抜くように見つめながらいった。
制作手記
「終わってないね」
「うん、終わってないね」
「続いているね」
「うん、続いてるね」
「反省は?」
「う!」
「反省は?」
「…ごめんなさい」
『Canon ―血染めの十字架―』第二幕 前編をお贈りします。
はじめまして、D01号室に越してまいりました、弓と申します。
拙い文ではありますが、がんばりますので、見捨てないでくださいませ。
弓さんの『Canon 〜血染めの十字架』第二幕前編公開です。
いきなりの大ピンチですね。
弐号機も
零号機も
ボロボロ・・・
一方の使徒はパワーアップ。
これはもう、残るシンジに賭けるしか無いぞ!
ホント、頑張れよ〜
逃げちゃダメ!
さあ、訪問者の皆さん。
反省中の弓さんに励ましのお便りを送りましょう!