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天使に逢いたい









あたしは夢を見ていた。





「ママ、あたし選ばれたのよ!」





あたしは草原をひた走り母親のもとへと向かう。





「世界を守るエリートパイロットなのよ!」



「だからあたしを見て!」





あたしがドアを開けると……ママが天井からぶら下がっていた。





あたしは最初何がなんだか解らない。





ここまではいつもと同じ。あたしはこの夢を幾度となく見ていた。




この時違ったのは、あたしを包んでくれるぬくもりがあったことだ。




誰かがあたしの体を支えてくれたみたい……





昔ほどじゃないけど、それでもやっぱり怖い……でも今日はこのぬくもりのおかげで泣かないですんだ。





そして不思議な安らぎがあたしを満たしている。




このぬくもりが誰のものかあたしは知っている。




そしてあたしは彼の名を呼んだ。





「シンジ……」









あたしはそこからしばらくして目を覚ました。




ぬくもりの持ち主……碇シンジの姿が見えなくて不安に掻き立てられる。




求めるように彼の名を呼ぶ。




「シンジぃ……?」




ゆっくりとベッドから起き上がる。シンジのベッド。なんだかシンジの匂いがする。




でもそれより今は、シンジの顔がみたい。




あたしはまだおぼつかない足取りでベッドから離れ、ロフトから降りようとする。




そしてシンジの声が聞こえた。




「起こしちゃったかな、ごめん。何か飲む?」





シンジの声が聞けた事であたしは安心する。シンジに甘えたくなり、わがままを一つ言った。





「ココアが飲みたい…」





「うん、わかった。」





シンジは返事をするとキッチンへ入っていった。




シンジはあたしのわがままをいつも聞いてくれる。あたしはそれがたまらなく嬉しい。まだ思考がはっきりしない中、リビングのソファーに座ってシンジを待った。







程なくしてシンジが戻ってくる。そしてあたしの前にあったかいココアを差し出す。





あたしは無言でゆっくりとココアに口をつける。






「あまくて、おいしい……」





シンジがあたしにために作ってくれたココア。まるでシンジの心みたい。











あたしはしばらくここちいい時間を堪能する。











しばらくするとあたしの中に疑問が湧きあがる。





シンジに聞いてみる。




「ねえ、シンジ……」




「何?アスカ。」




「……シンジはなんでこんなに早く帰ってきたの、2年の予定って言ってたじゃない?」




淡い期待を込めて聞いてみる。




「逢いたかったんだ、アスカたちに、そしてこの街に。すぐにでもね。」




期待の半分が裏切られる。シンジがあたしにだけ逢いたくて戻ってきてくれたんなら……




そして少しだけ、シンジにはわからないよう落胆した声を出す。




「そっか…」




でもシンジの言葉はあれで終わりではなかった。




「……特にアスカに、ね。」




「え……」




あたしは驚いた。期待してた言葉が出た事に。うれしくて涙が出そうだ。でもこれは冗談で言ったのかと思う心が生まれる。




あたしはおそるおそるシンジに確認をとってみる。




「……それ、ホント?」




「…僕がアスカに嘘を言った事、あった?」




「……そういえばそうね。」




あたしはココア以外のもので急速に心があったまっていくのを感じた。













しばらくあたしの心が満たされる。











だけどしばらくしていきなり、さっき以上のどうしようもないほどの不安にまた掻き立てられる。




シンジはあたしの事をどう思っているんだろう?




あたしは一体なんなのだろう。




あたしはファーストやミサトと同じなのかな?




あたしはシンジにとって特別じゃないのかな?





もうどうしようもなくなった。シンジに聞いてみたい。でも怖い。もしあたしの事を否定されたら……あたしはどうなるんだろう。




それでも勇気を振り絞って聞いてみる。




今、この時でしか聞けないような気がしたから。




あたしの中の恐れや不安を無理矢理押し込めて言葉を紡ぎ出す。




「……あたしは、シンジにとって何なの?」




ついに聞いてしまった。もう後戻りはできない。無理矢理押し込めた不安が膨れ上がる。




逃げ出したい。足がガクガク震える。シンジの顔がみれない。




もう潰されそうだ。せっかく見つけたあたしの居場所。




……失いたくない。




「アスカは、僕のクラスメートであり同僚であり元同居人。」




この言葉を聞いたとき全身が振るえ出した。




……やっぱり聞いちゃいけなかった……




あたしは所詮ミサトやファーストと変わらないんだ……





シンジはゆっくりと言葉の続きを紡ぎ出す。




もう聞きたくない。




でも、耳をふさぐ事ができなかった。





「そして……僕の一番好きな人。それは間違いないよ。」




あたしはまず自分の耳を疑った。そして先ほどとは違う震えが全身を支配する。




「綾波も確かに好きだけど、それは本当に血を分けた兄妹、って感じなんだ。」




……うれしい……




あたしはシンジにとって特別なんだ。




満たされていく………




「アスカは迷惑かもしれないけど。」




あたしはシンジの言葉を、最後のシンジらしい一言を否定しようとシンジのほうを向く。




嬉しさが隠し切れない、自分でも分かる。




「そんなこと、あたしは迷惑だなんて…」



「でもまだ続きがあるんだ……」




シンジがあたしの言葉を遮る。そして言葉を続けようとする。




あたしはさっきよりずいぶんと安心して聞いていられた。




「……僕はアスカの事を確かに好きだけど、それがなんなのか、よくわからないんだ。恋愛感情かどうかさえ、よくわからない。」




あたしはシンジの横顔を見つめ、押し黙る。




シンジの顔があまりに辛そうだったからだ。




こんなシンジの顔、帰ってきて以来初めて見る・・・・・・




シンジは嫌なものを吐き出すように話し出す。




「……昔受けた心の傷のせいかもしれない。いや、多分そうなんだと思う。トラウマ、かな。情けないけど……。」




「今はまだ、話さないでおくよ。もう少しして、アスカがその事を聞いてくるようであれば、打ち明ける。約束するよ。」




シンジはもう押し黙っていた。




トラウマなら、あたしにだってある。すごく大きいのが。でも今はあった、というべきだ。以前ほど怖くはなくなってきているから。




・・・シンジがあたしの心を癒してくれた。




・・・シンジが一緒に、アタシのトラウマを克服してくれた。




・・・シンジがあたしを受け入れてくれたから、今ここにこうしていられる。




・・・シンジがあたしにしてくれたみたいに、今度はあたしが一緒にシンジの傷を癒してあげたい。





あたしにできるかな……





ここであることにきがついてはっとする。




……そうか、シンジはあたしが迷うだろうとおもってまだ話さないでおく、って言ったんだ。




本当は誰かに聞いて欲しいのに……




誰かにたすけて欲しいのに……




やさしすぎるよ……




……ごめんね、シンジ。





あたしはもう泣きそうだ。それに怒りさえ感じる。




自分の不甲斐なさに……





あたしはただ、シンジを見つめつづける事しかできなかった。




シンジの顔が先ほどまでの辛そうな顔からやさしげな、いつもよりもっと穏やかなものにかわる。




そしてゆっくりと、落ち着いて言葉を紡ぎ出した。




「アスカ、ひとつプレゼントがあるんだ。嫌なら受け取らなくていいよ。」




シンジの落ち着きが伝染したのか、あたしも落ち着いて言葉を返す。




「なあに?」




(あたしはシンジがくれるものならなんでも嬉しいのよ)




言いたいけど言えないあたしの本音が胸に去来する。




ここまできて、いじっぱりだな……あたし






シンジは立ち上がり、静かに自分の部屋に入っていく




そしてすぐに戻ってきた。




あたしと向かい合うと、小さな箱、木で作られた、きれいな小さい箱をアタシに手渡した。




「……開けてみて。」




アタシはシンジにいわれるままそっと開く。




そして中身を見る。




あたしはうれしさで、自分でも恥ずかしいほど涙が出た。






中に入っていたのはプラチナでできているとわかる指輪だった。






手にとって眺めてみる。見た事もない不思議なデザイン。流れるようなシルエットを持ち、細部には目立たないが手の込んだものと分かる意匠が凝らされている。そしてそれらが一体となって峻烈かつ流麗な造形美を生み出している。




リングの内側を眺める。あたしは目を見張る。




そこには奇麗なスクリプト調のアルファベットで『My Dear ASUKA』と彫られていた……




オーダーメイドしたのかな……あたしのために……高かったろうなぁ。




「……それ、僕が作ったんだ。よかったら受け取ってもらえるかな?たいそうなものじゃないけど」




あたしはシンジが作ったと聞いてより一層感動した。胸の奥がさらに熱くなる。




そんなに簡単に作れるようなものじゃない。シンプルに見えながら不思議なデザイン、何もなさそうでその実、細かいところまで気を配った意匠。




あたしのために……これを……?




感動と幸せの濁流に飲み込まれ、涙は相変わらず出続けるけど言葉はまったく出せなくなった。顔をあげる事も、動く事もできない……




早くなんか言わなくちゃ……



シンジが誤解しちゃう……




「……嫌だったらいいんだ、それで。」




あたしはそれを聞いて先ほど以上、自分の限界までの努力を用いて言葉を出す。




「……なわけじゃない…」




「え?」




それでもまだ小さな声しか出せなかった。シンジが聞き返してくる。




さっきよりずいぶんと楽に、でもまだそれほど大きな声じゃなく言葉を繰り返す。




「嫌なわけないじゃない、っていったのよ!」




やっと顔を上げ、言う事ができた。そして今できる精一杯の笑顔を作る。




……うれしいよ、シンジ。




「ねえシンジ、あたしにつけて、この指輪。」




「うん。」




あたしは指輪を箱に戻し、シンジに手渡すとわざと左手を差し出す。




シンジは中指にはめようとした。




あたしはがんばって言葉を絞り出す。きわめて普通に言えるように。




「そこじゃないわよ。」




「え?」




普通に言えたと思う。…でもシンジは真意を汲み取れなかったみたい。




「じれったいわね!………く、薬指に、つけてくれる?」




あたしは自分の顔が最高調に熱を帯びるのを感じる。もう真っ赤だろうな。暗くて、よかった……




それほどまでに恥ずかしい一言。きっとあたしの人生の中で一番だろう。




「ええ?………うん、わかった。でも僕はこれでアスカを縛るつもりはないよ。今はまだ、プレゼントとして受け取って欲しいんだ。」




「……うん、わかってる。」




そう、わかっているつもりだった……でもシンジにあえていわれると少しさびしくなる。




シンジはあたしの薬指にそっと指輪をはめる。




なんだかすごく神聖な儀式に思えてきた。




そしてシンジがあたしの手を放す




あたしは手をかざしてみた。




きれい………




見れば見るほど、この指輪はあたしだけのために存在している、と思えてくる。




宝石ひとつついていない細身のその指輪は、あたしの薬指にぴったりと収まっている。




シンジがどれだけあたしの事を思い浮かべて




そしてどれだけあたしへの思いを込めて作ったのか、




今改めて痛感する。















……あたしは再び感動と幸せにやさしく包み込まれた……
















「シンジ…」




あたしは未だ震えた声で優しくシンジに呼びかける……




「………」




シンジは黙ってやさしくあたしを見つめていた。




そしてあたしはシンジに告白をする。




自分に言い聞かせるように……




シンジに精一杯のお返しをするように……




「シンジ、私ね、あなたの事が、好き。間違いなく恋愛対象としてね。」




「……ありがとう、あんな話の後でもそう言ってくれて。」




「けど、あたしは嫌な女なの……」





今度はあたしがシンジに告白する番。




自分の事、すべてを知ってもらうために。





「いつもわがままいってシンジを困らせてるし……」




ここでちょっとだけシンジの顔を見上げる。




シンジはそれでも微笑んであたしの話を聞いてくれてる。



そしてシンジのその顔にまた勇気づけられた。



あたしは言葉を続ける





「あたしは素直じゃないし……」




「それに、あたしは嫉妬深い女なの。」





あたしは胸の中の黒いものを吐き出す。





「あたしはシンジがいつもそばにいないのがいや。」




「シンジが他の女としゃべるのもいや。」




「シンジがあたし以外のほかの女を見るのもいや。」




「……シンジはこんな女、きらいでしょ?」





あたしは黙ってシンジの言葉を待つ。




不安がない、なんて嘘だ




あたしの胸の中に『もしかして』が渦巻き、膨れ上がる





「………僕はそんなアスカでも、いや、そんなアスカだから、好きだよ。」



「!……シンジっ!」





あたしはもう夢中でシンジの胸に飛び込んだ。




シンジはあたしを受け入れてくれるのね!




あたしの黒い部分を知ってもなお、好きだといってくれるのね!




今度こそあたしは声を上げて泣き出した。シンジは私の体を優しく抱きしめ、私の髪を撫でてきた…ゆっくりと、何度も何度も……




嬉しい……




シンジの優しさに包まれたようで、気が安らいでくる。




あたしはしばらくそのままでいた。




シンジの胸の中は、とっても気持ちがよかったから。








そして泣き止み、最高の笑顔ができると思ったとき、顔を上げた。




「シンジ、ありがとう。すごくうれしい。大切にするね。」




あたしは笑顔でそう言った。シンジは微笑んでくれた。だけどそのあと、シンジの顔が赤くなった。




あたしもここで気づいた。シンジの顔が目の前にある事に。




そしてあたしも顔が赤くなる。でもシンジの顔から、目から、そして唇から、もう目が離せない。













……そしてあたしはゆっくりと目を閉じる。















「アスカ……」













シンジがあたしの名前をそっと呟く……




















そして……………




















…………シンジと、キス




















シンジとの3回目のキスは、そう、とても甘かった。




















……ファーストキスは、シンジにつらい思いをさせた。













……セカンドキスは、あたしに生まれてきた喜びをくれた。













そして今は……シンジが人を愛する勇気と喜びをくれた。





















…やがてシンジはゆっくりと唇を離す。あたしはキスの余韻にしばらく酔いしれた。





そして決意する。




「……あたし決めた。」




「ん?」




「シンジがあたしを恋愛対象に見れるようにしてみせる。そして、たとえシンジがあたしを嫌いになっても離さないんだから。覚悟しなさいよ…アンタがあたしをこんな気持ちにさせたんだから……」






「もう絶対に離さないんだから……」






「あたしがシンジの心を癒してあげる………」






「……しばらくこのままで、いい?」








シンジは微笑む事で返事をしてくれた。




そう、あたしはこいつに惚れたんだ……




自分の顔がまた赤くなる。





あたしはそれを隠すようにシンジの胸に顔を埋めた。




















あたしは思う。








(ママ、あたし今、とってもしあわせよ……)
















……あたしたちの間には、もう、言葉は不要だった。





















…………そしてこの日以来、あの悪夢は見なくなった。

























続く
ver.-1.00 ご意見・ご感想はy-tom@mx2.nisiq.netまで!!

後書き

作者「……ノーコメント。」

ぐしゃ!(飛び反転脳天かかと落としを喰らった音)

アスカ「あ、あんたねぇ……」

作者「……痛いじゃないですか。しかもすごく高度な技を……」

アスカ「当然の報いよ!なんでこのあたしがバカシンジなんかと・・・」

作者「いやなんですか?」

アスカ「そ、そーよ!なんであんな内罰的で男女みたいなやつとキスしなきゃなんないのよ!」

作者「いや、でも一度目はアスカ嬢のほうからだったと記憶していますが・・・」

アスカ「う・・・あれは暇つぶしよ、気の迷いよ!」

作者「わかりました、じゃあもう2度と書きません。綾波嬢と草薙嬢が喜びますね」

アスカ「あ、あんな女どもを喜ばせるぐらいなら・・・」

作者「ぐらいなら?」

アスカ「い、いいからこんなことかいて読者を混乱させるな、って事よ!」

作者「はいはい。ではここで予告。」

アスカ「なんのよ!」

作者「第5話のことです。あとは手直ししてタグ(面倒なんだこれが)つけるだけだからちょっと待ってね!」

アスカ「・・・変なことかいてないでしょうね?」

作者「だからアスカさんがらみではもうかきませんって。読者の要望があれば別ですけどね。」


 TAIKIさんの『天使に逢いたい』第4話裏パート、公開です。
 

 第4話アスカの一人称で語ったバージョンです。

 アスカの感じる不安。
 アスカの感じる安心。
 アスカの感じる温もり。
 アスカの感じる安らぎ。
 

 シンジとアスカの物語だった第4話に対して、
 裏バージョンはアスカの心の物語でしたね(^^)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
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