「終焉の果てに」第拾話 残酷な真実
「………ね……ねえ…………ミサト……………どうして……………」
アスカは全身の震えが止まらなかった。
そこで見たモノは、確かにシンジではあったのだが。
彼は今、ベットの上に拘束されていた。
痩せ細った、体。
何の光も宿さず、ただの空洞のような目。
彼の精神は崩壊していた。
体のあちこちに、電極が取り付けられ、彼の側にあるモニターでしか、彼の生は感知できない。
そして、全身をベルトの様な物で、ベットに縛り付けられていた。頭、胸、上腕、手首、腰、太股、足首それぞれにベルトがかけられ、身動き一つ取れないようにしてある。
口には、舌を噛み切らないための器具が取り付けられている。
アスカが見たその光景は、あまりにも無惨な物だった。
「アスカ!」
ミサトが呼びかけるが、アスカはシンジを見たまま動けなかった。
「アスカ!アスカ!アスカ!!」
ミサトが何度も呼びかけると、ようやくミサトの方へと向いた。
「ねえ!ミサト!どうして!なぜなの!シンジに何があったの!シンジどうしちゃったの!教えて!教えてよミサト……」
アスカは、ミサトの胸を叩きながら叫んだ。
絞り出された様な叫びだった。
「………アスカ………
落ち着いて聞いてね。
シンジ君に何が起こったか、話すわ。
だから少し落ち着いて、お願い。」
ミサトがアスカを抱きしめると、幾分落ち着きを取り戻した。
「…………分かった……何があったの……」
「アスカ、あなたサードインパクトのこと覚えてる。」
「……少しだけ……シンジがあたしの首を絞めてた。シンジは、誰もいないって言ってた。」
ミサトが淡々と喋り始めた。
「シンジ君はサードインパクトの時、すべての選択権を持ったの。
一度、すべての人は肉体がLCLになったわ。
魂だけの世界。すべてが一つになったの。
このとき、シンジ君は他人と生きたいって願ったらしいの。
でも、帰ってきたのは、アスカだけだったらしいわ。
他の人はLCLから帰れなかった。
シンジ君は、結局僕はアスカに逃げ込んだんだって言ってた。
自分がみんなを殺したって。
一月の間、シンジ君とあなたはLCLを飲みながら生きてたらしいわ。
でも、ある日アスカが死んでいたらしいの。
シンジ君は泣き叫んで、すべてが消えることを願った。
そして、世界はもう一度再構築された。
けどシンジ君は自分が許せなかったの。
たくさんの人を殺した自分を許せなかったのよ。
結果的に人類を救ったにもかかわらず、その結果を見なかった。
既にシンジ君の精神は病んでいたわ。
アスカの側を離れなかった。
離そうとすれば、狂ったように暴れたわ。
そして、アスカが退院する前日に手首を切っていたの。
かなりの出血があったけど、幸い一命は取り留めた。
テーブルの上に遺書があったわ。
アスカや私の幸せを祈ってるって、アスカには自分のことは言わないでくれって、アスカは優しいからって。
シンジ君は意識が戻る度に自殺しようとしたわ。
泣き叫ぶの殺してくれって何度も何度も。
私達はシンジ君が自殺するのを防ぐために、シンジ君をベットに縛ったわ。
そして、シンジ君は完全に心を閉ざしたの。
アスカの時よりも酷いわ。
全く反応しないの。
シンジ君の元にいろんな人が来ても駄目だった。
碇司令やユイさん、シンジ君のお母さんよ。
キョウコさんと同じように初号機からサルベージされたわ。
それにレイもよく来たわ。
でも無駄だった。
今の状態が続けば、シンジ君は長くないかもしれない。
これがすべてよ。」
アスカは下を向いたままじっとミサトの話を聞いていた。
そして、ポツリと呟く。
「………二人っきりにして………お願い………」
レイは自分の部屋にいた。
過去に彼女が住んでいた殺風景な部屋ではなく、割と女の子らしい部屋だ。
彼女の部屋にある物はすべて彼女の母親が買ってきた物だ。
最初はなじめなかったが、最近は少しずつこの部屋が気に入ってきていた。
彼女の心が少しづつ変化しているためだ。
心の変化は両親によるよるものだった。
特に母親の影響が大きかった。
そう、今、彼女には両親がいた。
碇ゲンドウと碇ユイ。
彼女も碇レイとなっていた。
ユイはサルベージされた後、すぐにレイを引き取った。
そして、彼女にありったけの愛情を注いだ。
そんな中、レイはユイに心を開き、人間としての感情を身につけた。
彼女自身サードインパクトの中、二人目の記憶を取り戻している。
レイはベットの上で考えていた。
自分の兄、碇シンジのことを。
『碇君…………
碇君は、聞いてくれない。
私、今碇君に聞いて欲しいことがいっぱいある。
笑うこと、泣くこと、嬉しいということ、悲しいといううこと。
私は、たくさん覚えた。
いえ、感じることが出来るようになったの。
碇君はきっと喜んでくれる。
でも碇君は、心を開いてくれない。
どうして?
私ではダメなの?
サードインパクトの時もそう。
私ではダメなの?
弐号機パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。
碇君は、あの人の側を離れなかった。
あの人しか、ダメなの?
心が痛い。
お母さんは、これが嫉妬と言うことだと教えてくれた。
私は嫉妬してる、碇君の心を捕らえているあの人に嫉妬してる。
碇君は私と一つにならない。
あの人と生きることを選んだ。
心が痛い。
私は悔しいという感情も感じることが出来る様になった。
悔しい。
今の私の気持ち。
碇君と私の絆。
家族。
兄妹。
一生切れることのない絆。
私はそれ以上を求めている。
碇君……』
そんな時、ユイの声が耳に届いた。
「レイー、ご飯出来たわよ。早くいらっしゃい。」
「はい。」
レイは、ベットから身を起こして、ユイの待つキッチンへと向かった。
既にテーブルには、所狭しと少し遅めの朝食が並べられていた。
こんがりと焼けたトースト。
ユイ自作のマーマレード。
緑を基調にしたサラダ。
手作りのドレッシング。
固焼きの目玉焼き。
ティーポットに入れられた紅茶。
レイの好物ばかりである。
ユイは肉を食べれないレイに、きちんと栄養バランスの取れた食事を作ってくれる。
レイはユイの作ってくれるご飯が大好きだった。
「おはよう、お母さん。」
「おはよう、レイ。」
朝の挨拶を済ませ、テーブルへと着くユイとレイ。
「いただきます。」
「はいどうぞ、めしあがれ。」
早速レイは、朝食を片づけにかかった。
「……おいしい……」
ユイは嬉しそうだ。
「レイったら、いつもそればかりね。そんなにおいしいの?」
「うん。お母さんが作ってくれた物は、全部おいしい。」
「あら、嬉しいこと言うわね。」
…ぱくぱくぱく…
あっと言う間に、朝食はレイの口へと消えた。
ゆっくりと紅茶を飲みながら、ユイとレイは、いつものようにお喋りをする。
ユイは、レイに食事の後と寝る前には、必ず私とお喋りをすることと言い聞かせていた。
話をたくさんすることで、少しずつ感情を豊かにし、またレイの悩み事にユイが答える為の物だった。
最初はあまり喋れなかったレイだが、最近は大分喋るようになった。
「お母さん、お父さんは?」
「今日は朝早くからネルフへ行ったわ。あの人も忙しいからね。」
「そう……」
「レイ何か悩み事でもあるの?」
ユイは、レイのふとした仕草に大分気付くようになっていた。
コクリとレイがうなずく。
「お母さん。
兄さんのことなの。
なぜ、兄さんは私に心を開いてくれないのかな。
私、たくさん伝えたいことがあるの。」
ユイの顔が暗くなる。
碇シンジ、彼女の最愛の息子は、誰にも心を開かない。
シンジのことを考えたら、心が切り裂かれる様な苦痛を感じるユイ。
彼女が帰ってきたとき、息子は重傷だった。
自殺をしようとした、息子の頬を叩いた。
しかし、息子に何を行っても無駄だった。
そして、息子は完全に心を閉ざした。
すべての説明を受け、その原因を知ったとき、彼女は怒った。
火の如き怒りだった。
ゲンドウを殴りつけ、彼を攻めた。
彼の息子に対する扱いに怒りを覚えた。
彼女に泣きすがりひたすら謝るゲンドウを見て、彼女の怒りも緩やかに収まった。
…彼は不器用なのだ。私がいなくなって、心を閉ざし、人の恐れた。息子には傷つけることを恐れて、親になれなかった。…彼女はそう理解した。
シンジにあらゆる手段をとったが、すべて無駄だった。
しかし、今日はシンジの元に、惣流・アスカ・ラングレー、シンジが最後に固執した彼女が来ているはずである。
もしかしたら。
ユイの脳裏に希望が宿る。
「レイ。シンジが何故私達に心を開かないかは、分からないわ。
シンジは、自分一人で背負うにはあまりに大きな物を背負ってしまったの。
心が壊れるくらいの。
でも今日は、アスカさんが来ているはず。
あるいは、もしかしたらシンジが何か反応するかも。」
アスカの名前を聞いて、レイはびっくと震えた。
「お母さん。私、あの人が羨ましい。
兄さんの心を奪ったあの人が羨ましい。
兄さんは、あの人だけを見ていた。
あの人の側を離れようとしなかった。
悔しい。
悲しい。
私の側にいて欲しかった。ずっと……」
レイは泣きだした。
ユイは優しくレイを抱きしめる。
何も言わない。
ただ優しく抱きしめてあげた。
アスカは、ベットの側の椅子に座っていた。
その光景は、アスカが入院しているときのことを彷彿させる光景だった。
アスカはじっとシンジを見て語りかける。彼女の瞳には、既に悲しみが宿っていた。
「シンジぃ。
起きてよ、もう酷いこと言わない。
シンジにいっぱい優しくする。
だから起きてよ。
あたしシンジのこと好きなの。
迷惑かもしれないけど、大好きなの。
お願い、もう一度笑ってよ。
お願い、シンジぃ…………」
シンジは全く反応しない。
「シンジ!
返事して!
あたしもう大丈夫だから!
もう元気だから!
でも、シンジに側にいて欲しいの!
ずっと側にいて欲しいの!
シンジの側にいたいの!
シンジの笑顔が見たいの!
シンジを見たいの!
ずっと、シンジを見たいの!
シンジが好きなの!
バカシンジが大好きなの!
だからシンジ、元気になって!
お願いよ!シンジ!」
アスカがシンジに何度も叫びかけても、シンジのその濁った目に何の反応もなかった。
その悲痛な姿は、アスカの心を締め上げた。
生きていること事態が苦しく、悲しく見える。
「………シンジ……何がそんなに苦しいの………
もうシンジを傷つける人いないのよ……
何でそこまで自分を傷つけるの……
あたし達、家族だったじゃないの……
あたしに言ってよ……
シンジの我が儘言ってよ……
何でも聞いてあげる……
シンジのしたいことみんなしてあげる……
だから、あたしの我が儘聞いて……
帰ってきて……
みんな、シンジが好きなんだよ……
みんな、シンジが大好きなんだよ……
みんな、シンジのこと必要としてるんだよ……
あたしも
ミサトも
ファーストも
碇司令も
シンジのお母さんも
ヒカリも
鈴原も
相田も
みんな…みんな…シンジの笑顔が見たいの…
あたしじゃダメなの……
誰もシンジを救えないの……
シンジ苦しいの……
シンジ悲しいの……
シンジ辛いの……
……………………もういいよ……………………
……………もういいよ…………シンジ…………
……………もう…苦しまなくていい……………
………あたしが全部忘れさせてあげる…………
…………だから、楽になって……シンジ………」
アスカは、優しくシンジの首を絞めた。
彼女の美しい瞳からは、滴がこぼれる。
彼女は流した………
たった一人の少年のために………
完璧な涙を………
やっと、レイとユイさんの出番がありました。
レイは、なんだか動かしにくいんで、書くのは苦手なんですけど………
これからも、ある程度は絡んでくるんじゃあないでしょうか。
勝手にキャラが動き出すと、外伝のようになってしまうので、押さえるのが大変です。(^^;;
でわ、次回「第拾壱話 告白の情景」で、お会いしましょう。
佐門さんの『終焉の果てに』第拾話、公開です。
アスカの復活に対して、
シンジの状態・・。
上手く行かない物ですね、
タイトル通りの残酷な事実・・・。
シンジを囲む女性達の力を。
さあ、訪問者の皆さん。
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