「終焉の果てに」第四話 大人の戦い
葛城ミサトは、体を起こすと、周囲の状況を伺った。
既にその両眼には、葛城ミサトではなく、一軍人としての光が宿っていた。
『おかしいわね。戦自の部隊が見あたらない。
発砲音も聞こえないわね。
周囲の構造物も損害なし。
奇妙なほど静かだわ。
体にも異常ないわね。
確か、シンジ君を送り出した後、気が遠くなって、死ぬんだなと思ったけど…
とりあえず、状況確認と情報収集が先ね。
発令所に行きましょう。何らかの情報はつかめる。けど、発令所は占拠されているかもしれないわね。
弾は…あと、ワンマガジンか。』
ミサトは、まるで猫科の大型動物を彷彿させるしなやかな、隙のない動きで、発令所を目指した。
途中、何人かのネルフスッタフが倒れていたが、意識がないだけで生きていることは確認できた。
更に、戦自の部隊を見かけなかったのはもちろん、施設には全く戦闘いや虐殺の後はなかった。
『不思議ね。いったい何があったの。事実を知るのは、碇司令、冬月副司令、リツコぐらいか。
今度こそ、真実を聞き出さなきゃ。あの子達のためにもね。』
発令所の扉に着いたミサトは、一度深呼吸をし、銃を構え直した。
「いくわよ。」
自分に叱責を掛け、そのまま発令所へと飛び込んだ。
完璧な突入だったが、それを待ちかまえていたのは、日向マコト、青葉シゲル、伊吹マヤのオペレーター三人組のあ然とした顔だった。
「「「「へっ………」」」」
ミサトはそのまま固まっていた。むろん、三人組も同様である。
ウグイスの鳴き声が聞こえてくるような雰囲気の中で、冬月コウゾウの咳が響き渡った。
「こほん。」
「葛城三佐、銃をしまいたまえ。」
「…は、はい!」
ミサトは、あわてて銃をホルスターに納めると、コウゾウの前に立った。
先ほどの雰囲気は抜け、目には、強い意志が込められている。
「副司令、いったい何が起こったんでしょうか。副司令ならご存知のはずです。」
「そうだな、君たちにも話した方が良かろう。
人類補完計画が発動し、それが失敗に終わった、と言う所だな。」
コウゾウは、椅子に倒れ込むように座った。
「人類補完計画、そのすべてを話してもらえませんか。」
「ああ、そもそも人類補完計画は、我々人類が新たな進化を遂げるための計画だったんだ。
全人類が肉体という殻を捨て、すべての魂を一つにする。
これにより、個々の欠けた部分を補い、一つの生命体として、新たな進化を遂げる。これが、人類補完計画だ。
計画は、成功したはずだった。我々の肉体は一度、LCLに還元され、すべての魂は一つになったはずだ。
しかし、我々がこうして此処に居ると言うことは、人類補完計画が失敗に終わったと言うことだな。
まあ、これで良かったのかもしれん。
すべての出来事を知るのは、恐らく……碇の息子だけだろう。」
ミサトの顔に驚きの色が走った。
「シンジ君が、ですか。」
「そうだ、最後の時、シンジ君は初号機と供に、神と呼べる存在になっていた。
我々が帰ってきたのも、彼がそう望んだ結果なのだろう。」
「それで、シンジ君は今どこに!」
「現在、意識が戻った諜報部の連中に探させているよ。
碇や赤城博士、レイもこちらに向かっているそうだ。」
レイと聞いた。三人は、ビクッと肩を震わした。一瞬、あの巨大なレイが頭に浮かんだからだ。
「アスカは!」
「シンジ君と供に探しているよ。」
「分かりました。」
そう言うと、ミサトは踵を返した。
「日向君、現在の状況は。」
「あ、はい」
あわてて、パネルに飛びつくマコト。
「えっと……
現在、敵性エヴァンゲリオンの反応は無し。
戦自の部隊も周囲に展開してません。
それと、なっ…………」
モニターを見つめたマコトが、絶句した。気付くのが遅いくらいだ。
「どうしたの、日向君。」
「ま、街が、第三新東京市が元どおりになってます。」
「「「えっ…」」」
零号機の自爆、戦自のN2爆雷の投下で、跡形もなくなった街が戦闘の欠片も感じさせずに、元どおりになっている。
これには、いい加減不思議なことに慣れた四人も驚かされた。ミサト、マヤ、シゲルは我先にと、モニターを覗き込んだ。
「…システム…すべて正常です…」
「…どういうことでしょう?…」
「…さあ?…」
「…これも、シンジ君が望んだ結果なの…」
コウゾウは立ち上がり、またしても固まっている四人に指示を与えた。
「現在の施設を、すべて確認したまえ。」
あわてて、仕事に取りかかる三人。
その後の報告は、驚くべきモノだった。
エヴァ零号機以外は、すべて元どおりになっていた。
ケージには、初号機、弐号機が何の損傷もなく、佇んでいた。
……そして……
ミサトが、待ちに待った連絡が入った。シゲルの歓喜を帯びた声が響く。
「シンジ君とアスカは、以前アスカが入院してた303号室にいるそうです!」
「あと、よろしく!」
一言残して、ミサトは過去最高のタイムを弾き出す速さで、シンジとアスカの元へ向かった。
病室の前には、黒服の諜報部が三人、周囲を警戒していた。
ミサトは、三人に目配せをしてそのまま病室に飛び込んだ。
「シンジ君!!アスカ!!」
そこには、ミサトが想像していた、元気な二人の姿はなかった。
ベッドの上で、濁った瞳で中を見つめるアスカ。
その横で、ミサトが入ってきたことも気付かに、アスカを見ているシンジ。
「……シ、シンジ君……」
シンジは、アスカを見つめたまま、ミサトに全く気付いてないようだった。
ミサトは、シンジの肩を掴んで振り向かせた。
驚きの色を浮かべた、顔があった。
「……ミサトさん……生きてたんですね……」
「シンジ君、何があったの?話してくれないかしら。」
シンジは、ポツポツとこれまであったことを語り始めた。
「……僕は…ミサトさんと別れた後…初号機の所へ行きました……でも…初号機はベークライトで固まってました……
……アスカが…やられてるって聞いて…僕の中で………何か………そしたら…初号機が動いたんです……
…外に出たら…アスカが…アスカが……白い奴にやられれてて………僕は……分からなくなりました……
………その後……自分で何してるのか分からなくなって…気がついたら…目の前に大きな綾波がいて………
…それが…カヲル君に変わって……光の中で…綾波や…カオル君に逢いました…
………僕は………みんなと生きていくことを望んだのに………………………
………………僕と………………………アスカだけでした…………………
…………………………僕が…みんなを……殺したんです……………………………
………そして……僕は…僕は…アスカまで……殺そうとしたんです………
…アスカを……楽にしてあげたかったんです……解放してあげたかったんです……
……でも、それは…僕が、逃げたかったからだと思います……結局、僕は逃げてばっかりで…………
………卑怯で………臆病で…………狡くて………
………アスカは、結局…また、心を閉ざしました………
…一月の間………僕は、みんなの命を……飲んで生きていました…
………死んでしまいたかったけど……アスカが元気になるまで生きていようって………
…食べのもを探しに行って………写真を見て……僕が殺した人たちの写真を見て……逃げて………
……………帰ったら………………アスカが……………死んでました…………
…………何もかもが嫌で…みんな消えろって………
………また…光の中で……たぶん、母さんと……綾波がいて……
…みんなで、一つになろうって言いました…
……僕は…アスカに逢いたくて……アスカが泣いていて……助けようって……
…そしたら…みんなの声が聞こえて……幸せになりたいって……声が聞こえて…
気がついたら……此処にいました…
アスカが生きていて……アスカが生きて………アスカが………」
シンジは、泣き出した。悲しみの涙か、喜びの涙か分からなかったが、ただ泣いた。
ミサトは、そっとシンジを抱きしめ、自分の不甲斐なさを悔やんだ。
すべて、この子達に押しつけ、何もできなかった自分達。
どれほど、悲しかっただろう。
どれほど、辛かっただろう。
どれほど、傷を負っただろう。
せめてもの罪滅ぼしに、この子達が笑って暮らしていけるようにするのが、自分の仕事だと心に誓った。
「シンジ君、よくがんばったわね。
アスカのことは、私たちに任せて少し休みなさい。」
「…っく……いやです。僕は、アスカの側にいます。」
「…わかったわ。後で食事を運ばせるから、きちんと食べなさい。」
「…はい…」
「じゃあ、そろそろいくわね。アスカを守ってあげなさい。」
「はい。」
「後でね。」
ミサトは病室から出ると、発令所に連絡を取った。
「日向君。」
「はい。」
「大至急、アスカの所に医師を派遣して。それと、シンジ君に何か食べる物を運んであげて、二人のガードも手配してちょうだい。
いいわね!大至急よ!!」
「はい。至急、手配します。」
「大・至・急・よ!!」
「は、はい、大至急、手配します。」
「それと、そっちの様子はどう。」
「今、碇司令と赤城博士が、到着したところです。」
「レイは?」
「疲労が激しいので、とりあえず休ませてます。」
「そう。今からそっちに行くわ。じゃあ。」
携帯を胸に収め、発令所に向かうミサト。
『アスカは、また精神崩壊を起こした……か……
弐号機にもう一度乗せてみて、旨くいったらいいんだけど…駄目なときは、手のうちようがないわね。
シンジ君もだいぶ参ってたみたいね……
あんなことがあれば、誰でも参るか……
何とかしなくっちゃ。精神崩壊を起こしたシンジ君なんて見たくないもの。
今、アスカの側を離すのは危険ね。
ほんと、何とかしないと。』
ミサトが発令所に到着すると、ゲンドウによりすべての説明がなされた。
人類補完計画の全貌、
エヴァの秘密、目的、
リリス、アダムのこと、
ゼーレと人類補完委員会、ゲヒルン、ネルフの真実、
レイの秘密、
ゲンドウの目的、
そして、碇ユイのこと、
すべての説明が終わると、ゲンドウは床に手をつき謝った。
そして、
「私は、今まで目的のために手段は選ばなかった。そのため、どれほどの人間が犠牲になったか知っている。
こんな私だが、もう一度、もう一度だけ力を貸してくれ。
子供達のために、力を貸してくれ。
老人達から、未来を取り戻すために力を貸してくれ。
その後なら、どんな罪も償う。
たのむ、この通りだ。」
みんな、呆然とした。
あの、碇ゲンドウが手をついて謝り、自分たちに頼んでいる。
サードインパクトより、信じがたい光景がそこにあった。
コウゾウは、ゲンドウを見て、水飲鳥のようにうなずき続け、
リツコは、引きつった顔のまま固まり、
ミサトは、開いた口が塞がらず、
三人組に至っては、この世の終わりが来た様な表情で、倒れていた。
最も早く、現実へと帰ったのは、ミサトだった。
ゲンドウの胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、思いっきりひっぱたいた。
パンッ
乾いた音が響きわたる。
「
ふざけんじゃないわよ!!!そんなことのために、あの子達を使ったの!
シンジ君が、アスカが、レイがどれほど苦しんでるのか、あんた知ってんの!
あんな子供達に、何を押しつけたのか分かってんの!
シンジ君やアスカやレイがどんな目にあったと思ってんの!
……そんな…そんなモノのために、加持は死んだなんて……」
ミサトはその場に泣き崩れた。
少し前に見た、シンジやアスカの様子が、彼女の感情を爆発させた。
「……すまない……
シンジ達には、これからの私の行動で謝罪するつもりだ。
そのために、力を貸してくれ。」
みんな、何も言えなかった。
理由はどうにせよ、結果的には、自分たちも同じ事をしていたのだから。
ミサトは、感情を出したことにより、落ち着きを取り戻した。
「…碇司令…今度は、子供達のために戦うんですね。」
「ああ。」
「全力で、やらせてもらいます!!」
ミサトは、踵を踏みならし、全身で敬礼をした。
他の者もこれに続いた。
「ありがとう…」
ゲンドウは、あふれる感情を押し殺し、司令席へと向かった。赤いガラスの向こうに光る、ほんの僅かな光を隠すようにして。
「碇、いつからそんな素直になったのだ。」
「あの時、ユイに言われたんですよ。」
「ほう、ユイ君がね。」
「ええ、シンジが私の壁を取り除いてくれたのかもしれません。」
「少しは、父親の真似事をするかね。」
「いいえ、あの子達に必要なのは、母親でしょう。
私には、父親になる権利など、無いのですから。」
「そうか……私も力になるよ。」
「ありがとうございます…冬月先生。」
「いいんだよ。」
司令席に着いたゲンドウの両眼には、凍てつくような鋭さが蘇った。
「葛城三佐。」
「はい。」
「情報部は既に、ある男に任せてある。
君はそこからの情報を元にして、ゼーレ、国連、各国政府に対し情報戦を仕掛けたまえ。」
「はっ!」
「赤城博士。」
「はい。」
「技術開発部は、エヴァ初号機並びに同弐号機におけるコアより、サルベージを行いたまえ。」
「そ、それは…」
「もう使徒は来ない、今なら可能なはずだ。」
「……分かりました。」
「頼む。」
「パイロット3名の保護、並びに適格者全員の保護を行え。」
「以上の作戦は、第一級極秘事項とする。以上。」
ゲンドウは、コウゾウと供に執務室へと帰っていった。
「ゼーレの連中に勝てるのかね。」
「ゼーレも老人達が消えれば、大したこと無いでしょう。」
「あの男か…」
「彼なりのケリを付けてくるそうです」
「暗殺者としての腕も一流か……
ところでこのことは、葛城君に話さなくていいのか。彼女も、大分参ってたみたいだが。」
「彼の頼みですから。
今度の事が終われば、姿を現すそうです。」
「命を落とすかもしれないからか。」
「二度、同じ思いをさせたくないと言うところでしょう。」
「国連、各国への対応は、どうするつもりだ。」
「シナリオどおりに。」
ゲンドウの口元が歪む。
「ゼーレに泥を被らすか。」
「既に、取りかかっています。」
「さすがだな。」
無表情なコウゾウと、口元を歪めたゲンドウ、この光景から、先ほどの発令所での出来事が想像できる者はいないだろう。
映画を見て、「ゲンドウも救われない奴だな。」と思って、今回少し補完しました。
サードインパクトのおかげで、少し心の壁が無くなったって感じです。
アンチゲンドウの方どうでしたか。石は投げないでくださいね。
でわ、次回「第伍話 目覚めと拒絶」で、お会いしましょう。
佐門さんの『終焉の果てに』第四話、公開です。
ゲンドウらしからぬ言動。
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駄洒落ですみません(^^;
このらしくない行動が、
彼の決意と悔恨の意。
政治戦・情報戦は大人に任せて、
子供達は・・・
さあ、訪問者の皆さん。
ハイペース佐門さんに感想メールを!