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「それでは、他に追加報告する事項はあるかね」
"声"が聞こえる。
「君のまとめた資料、なかなか興味深い内容ではあった。……もっとも、我々の計画がシナリオ通り進む、という条件を満たせばの話だが」
もう一つの"声"が続く。
「その通り。計画の遅延は一切認められんよ。すでに試作品は起動してしまっているが、これによる目標の覚醒する確率は……」
「75%超です」
尋ねられているらしい別の"声"が答える。
光源の無い広い空間。一人の男が6人の人物達の尋問を受けている。
6人の人影は、議長格の一人を中心にそれぞれ内側を向いた席についている。中央に向かって左に3人。右に二人。彼等の席は、薄い白色の光に包まれている。
男は、背が高く、がっしりとした体格を直立させている。少し長めの黒髪を無造作に後ろで束ねていて、6人の光に顔の下半分が照らし出されている。角張った男らしい顎に伸びる無精髭。表情は闇に隠れていて見ることは出来ない。
議長格の人物が続ける。
「そう。我々「委員会」としてはこの「使徒」はあくまで極秘裏に扱うべきだと考えている。試作品のデータが「組織」に漏れるのは本来であれば好ましくない事は君も理解出来るだろう」
「しかも目標が覚醒してしまう事を出来るだけ避ける為に、わざわざ裏から日本政府まで動かしたのだよ」
「その上「組織」に対しても我々がわざわざ情報をリークしたのだ」
「分かっております。ですが、全世界的に状況を鑑みましても、使える「持ち駒」は決して多くはありません。こちらも、向こうにしましても」
男は、抑揚のない声で答える。
「まあ、いい。後は君の判断に任せる。どちらにしても、計画の変更は今後は認められん。いかなる事情があろうとも、だ」
議長格の人物の声に、男は無言で頭を下げる。それと同時に、他の5人のメンバーの姿が消える。
一人残った人物が、口を開く。
「そういえば、あの碇の息子、名前はなんといったか……」
「ゲンドウ、碇ゲンドウですが」
「そう。碇ゲンドウ。君にあの男が抑えられるかな」
男はその言葉に真面目な顔を作り、
「おまかせを、議長」
改めて恭しく一礼する。顔を上げるとその顔には、軽い笑いが浮かんでいる。
「ふむ。期待している、と、一応言っておこう」
そう言い捨てて、議長も姿を消す。
最後に残されたその男は、踵を返すと退室するべく歩き出す。
「ふん、狸が。何を今さら。目標の覚醒など最初からシナリオ通りの出来事に過ぎないだろうに」
そう独白く。
「……全世界の総人口の1/3を失いながら、それでも尚より強い力を求めるのか、人間って奴は。つくづく、業の深い……まあ、それは俺も同じか」
後には、扉の閉まる音だけが残る。







EPISODE
少年−シンジ−の場合



Stage 6 絶叫






その時。
突然、アスカの脳裏に閃くものがある。
それは、今でも途切れる事無くシンジの周りに展開している自分のシールドが、「何か」に浸食されている感覚。
浸食?しかし、それは有り得ない。自分のシールドは核爆発の直撃にも耐える事が出来る。地上のありとあらゆる事象をもってしても、未だかつて破られた事のない自慢のシールド。
……まさか。そんな事はない。
だが、否定した瞬間、彼女の中で訴えるものがある。
今まで、自分の感覚が自分を裏切った事は一度もないのだ。殊に危険を知らせてくれる感覚は、間違った事がない。
アスカは自分の感覚を信じる事にする。
<黄、レイ、来たわ!>
「声」を掛けた直後、このビル全体が振動に包まれる。
同時に先程の感覚が確かなイメージを伴ってアスカを襲う。
(まさか、このアタシのシールドの「中」に?)
その事実が、アスカの背を冷たい汗で濡らす。
直ぐにシンジの居る部屋へ「跳ぼう」とした彼女。だが、果たして「跳ぶ」事は出来ない。
それは、先程よりもより強力にブロックされている。
「シンジ!」
アスカは大声で叫ぶと、弾かれた様に走り出す。
部屋を飛び出し、廊下を駆け抜け、階段を数段づつ飛ばして2階へと駆け降りて行く。
(ちくしょう。お願い、間に合って……)
誤算だった。自分のシールドには絶対の自信がある。これを破れるものなど、居る訳がない。何か仕掛けて来るなら、それはきっと自分に対してだろう。アスカはそう考えていたのだ。
……まさか自分のシールドの中に仕掛ける事が出来るなんて……
彼女が2階に降り立った時、ビルの振動が、はっきり分かる横揺れに変わる。
「きゃっ」
思わず階段の手すりにつかまるアスカ。
<あ、あれ何?見た事ある?>
<……分からない。でも何か、凄い強い「力」を感じる……>

彼女に黄とレイの「声」が届く。そして、イメージ。
「それ」が、アスカが展開している赤く輝くシールドの一点に両手を掛け、次第にこじ開けている。
広がってゆく隙間。
やがて、「それ」は易々と彼女のシールドを破き去り、その中へ侵入する。
「それ」に振り向くシンジ。
アスカは体を立て直すと、部屋へ向かって走り出す。もう一度叫ぶ。
「シンジ!」








シンジの目の前に現われた「それ」は、非常に緩慢な動作をして目標を探している様に見える。
「それ」の中で、どの様な処理が行われているのかは分からないが、シンジの見ている前でゆっくりと、だが正確に彼に向き直ると、動きを止める。
シンジは、身動きする事が出来ない。
「それ」はとても異様な、異形のもので……そう、一昔前の子供向けTV番組の中に登場する悪役を思わせる。もちろん、この時代の他の子供と同様、シンジもその様な番組を見た事はない。
彼の頭に真っ先に浮かんだのは、Cable TVのニュース番組で観た、局地戦治安維持用対人自走兵器。EC連邦が採用した人間を極端にデフォルメした特異なフォルムを持つ、要するにロボットである。
そのCable TVで紹介されていたそのロボットは、対地・対空の小型ロケット砲を搭載し、対人用に44mm及び72mmの速射砲を備え各種センサーと予めインプットされたインテリジェント・プログラムにより目標を瞬時に判別し、味方の誘導・敵性体への攻撃を行う事が出来るとされている。なんらの加速行動も無しに、最高時速80Kmで移動可能な「足」を持ち、一度のフル充電で連続12時間の作戦行動がとれる、EC連邦の自信作。
だが、今シンジの目の前に立ちはだかる様にして彼を見下ろしている(様に見える)「それ」は、そのロボットとは違うものである。EC連邦のそれとは違い、外から特に兵器を装備している様には見えないし、なによりその「のっぺり」とした体躯の表面にはその特異な容貌には似つかわしくない「天使」を象ったエンブレムが一つ、胸の中央には宝石の様に赤く光る球体が埋め込まれている。
シンジは、瞬時に悟る。今日のこの数時間の経験が彼に「それ」が何なのかを理解させる。
いや、正確には理解は出来ていない。ただ、「それ」が突然自分の目の前にどうやって現われたのか、それだけが彼には分かった。
……これも、アスカと同じ「力」を使えるんだ。
自分の考えがそこに至ると、呪縛を解かれた様にシンジは、静かに立ち上がる。
そーっと、相手を刺激しない様に……
その時、「それ」が右手をシンジに向かって伸ばす。
それを見たシンジは、反射的にドアの方へ走り出す。
理由なんか彼には分からない。ただ彼の本能が、反射神経が、瞬時に彼の身体を動かす。
何歩走ったろうか。あと2歩、3歩走ればドアにたどり着く。
全てがほんの2、3秒の間に起った。
走るシンジが横目で見る。
「それ」の右手が微かに光りを放つ。
そして−−次の瞬間、「それ」とシンジの間に赤い光りを放つ「壁」が出現する。
「何か」がその「壁」に衝突し、八角形の残像を残し、消える。
その間に、シンジはドアの前に辿り着き、それを開けようとする。
ドアのノブに手を伸ばす。
すると、目の前のドアが突然消えて無くなる。

アスカは廊下を走る。
あと二部屋向こうに、シンジがいる。
走りながら、レイから送られてくる部屋の中の様子を見ている。同時に自分の「力」のチェックをする。
(「跳躍」は出来ない。アイツ等真面目にこれだけはブロックしている。他の「力」は問題ないようね。でも、それで何が出来る?アタシ、あの相手にどうしたらいい?)
自分のシールドを難無く浸食し、こじ開けた「それ」に、アスカの自信は揺らいでしまっている。
それでもアスカは走る。どうかお願い、間に合って……そんな祈りの様な言葉が口の端から漏れる。
その時部屋の中で、シンジがドアに向かって走り出し、そして、「それ」が「何か」を使うのが読める。
「まずい!」
瞬時にシンジの前に「壁」を張る。
「力」がぶつかり、弾ける「壁」。
危ない所だった。恐らく直接当たっていたら、シンジは肉塊になっていたかもしれない。
相手の「力」の相当な圧力を、離れたアスカにも感じ取る事が出来た。
部屋のドアにたどり着くと、ドアのノブを掴み、開けるのももどかしく無意識の内にドアを丸ごと「跳ば」そうとする。
消え去るドア。その向こうにシンジが驚いた様に立っている。
(これは、使えるのか)
自分の「跳躍」のバリエーション。触れた物だけを目的地に「跳ばす」高等技術。特に彼女の場合、正確に「力」を及ぼす部位まで特定出来る。例えば今の場合、ドアのノブ「だけ」を「跳ばす」事も出来るのだ。
この状況では、少しでも手持ちの有効なカードは持っていたい。アスカは辛うじて揺らいでいる自信をかき集める事に成功する。

「シンジ!」
「アスカ!」

二人は、同時に名前を呼び合い、駆け寄る。
ほんの数十分間の後の再会。だが、シンジにとって、いやアスカにとっても、この数十分は非常に長く感じられた事だろう。
どちらからともなく抱き合う二人。
「大丈夫、怪我はない?シンジ」
「アスカこそ、無事だったんだね、良かった」
二人は互いの身体に手を回し、その存在を確かめ合う。
「アタシは大丈夫だって言ったでしょ?」
「だけど、心配で、心配で……」
「馬鹿ね、アンタ……」
そのまま黙り込む。言葉は要らないのだ。
抱き合い触れ合う身体を通して、二人の心が自然に混じり合う。
それは、命掛けの戦場を共にする事によって通い合う連体感なのか、それともまた違った感情の芽生えであったろうか。アスカにも、シンジにも、そんな事を分析する余裕など無い。ただ自身に生じる、相手を想う感情に気分良く酔っているだけ。
なんだか、もう暫くこうしていたい……
その時、二人の気持ちは期せずして見事な一致を見せている。
そんな二人を、黄は嬉しそうに「見て」いる。

だが、この緊迫した状況は二人にそんな甘い時間を過ごす間を与えない。
激しい音響と、ビル全体を震わせる衝撃と共に、二人のいる廊下の壁が粉砕され、舞い上がる埃のその向こうから、「それ」が姿を表わす。
「それ」−−体高約2メートル。カウベルを想わせる胴体の上方左右から生えている両の腕の先には、丁寧にもそれぞれ5本の指が付いているのが見える。特に関節の存在を感じさせない滑らかな腕の動きは、軟体動物の足を想像させる。胴体の下方にはまた忠実に人間を模したものか、短いながらも2本の足がある。しかし、何より奇妙な印象を与えるのは人間でいう首に当たる、つまり胴体上部中央の部分。そこには申し訳程度に直接饅頭の様な頭部が乗っていて、首は無い。頭部の中央にたった一つだけついた装飾品。円形の赤く光るレンズの様な……恐らく、眼に当たる物だろう。
これが、「委員会」が極秘に製造を続けていた新型兵器、開発コードネーム「使徒」と呼称される対人人型決戦兵器、そのプロトタイプなのである。
先程とは異なり、「使徒」は素早い動きで二人を視野に収める。既にロードされたプログラムは実行されている。
目の前の二人を即座に分析する。
一人は、先程目標と認識した、E反応のない人間。網膜パターンを再度照合。結果は一度目の照合と同一。優先目標と認識する。
もう一人いる。片方と違い、強力なE反応を確認。網膜パターンを照合。E反応個別パターンも合わせて照合。データベースにアクセス。該当データ有り。E反応個別パターンにより、先程廊下を走っていた目標である事、優先目標への攻撃を阻止した目標である事を確認。敵性目標であると認識。出力、パターン・レッド。
これらの情報処理は、サブの生体コンピューターが正確に行っている。そしてそれらの情報から行動を決定・処理しているメインの頭脳は、実はコンピューターではない。
それは、実は子供達の脳髄−−だった物−−なのである。
最新の生体科学の頂点に立つべく野心を持つ科学者達の研究成果。魂を悪魔に売り渡した錬金術師達。積み重ねられた仮説の山と、闇で繰り返された生体実験。その為だけに集められた子供達から摘出され捨てられた脳髄の果てに、彼等は、ようやく「能力」をその「機械」の中に抽出する事に成功したのだ。モダニティ・インパクト前から始められたこの研究は、ほぼ20年の時間と、何千人もの子供達の犠牲の下、つい最近になってこの忌まわしい兵器となって結実した。
このプロトタイプの製造は、こうした実験結果を踏まえ2014年から1年掛けて行われたのだ。
戦闘行為の為だけに抽出された「能力」と、恐れと疑問を持たず、闘争本能だけを有効に活用するべくチューニングされた、人格を持たない意識。
これが、この兵器の本当の正体なのである。

目前の二人を攻撃目標と認識した使徒は、何の峻巡も無く即座に行動に入る。
その気配を察したアスカがシンジを自分の背後に隠す。
使徒のコア−−胸の中央に埋め込まれた球体−−が赤く発光する。
「!」
アスカは自分の顔を庇う様に両手を前で組む。
二人の前に現われる赤色の「壁」。
だが、目に見えない「何か」が衝突した瞬間、その「壁」ごと二人の身体は後方に吹き飛ばされている。
もんどり打って廊下に転がる二人。
アスカは直ぐに起き直る。
(なんて「力」。こんなPK見た事ない……何なの、こいつ?)
アスカの身体を再び冷や汗が伝う。
再度使徒のコアが発光する。
二度目の攻撃に備えてアスカは緊張する。
今度は自分のシールドを、使徒を包み込む様に展開する。
弾ける様に膨らむシールド。激しい光がシールド内に交錯する。
使徒は自身の周囲に展開したシールドを中和しようと両腕を広げる。
ゆっくりと、徐々に使徒を包んでいる赤色の光が薄く白色化する。
(駄目。これじゃ)
自分のシールドが中和されるのは時間の問題だろう。
アスカは唇を噛む。
その時、使徒の体躯がまるで見えない大鎚で叩かれた様に5メートル程飛び、大きな音を立てて廊下の床に転がる。
二人の見ている前で、使徒はゆっくりと床に肘をつくと起き上がろうとする。
起き上がろうとして、そのまま動きを止める。小刻みに使徒の体躯が振動している。
<アスカ、今のうちに……>
黄からの「声」が届く。
<サンキュー、黄>
<早く逃げて。こいつにはかなわないわ>
<黄、そのままこいつを押さえられる?>
<分からない。だって、凄い力……>

黄の「力」で押さえ付けられているにも関わらず、使徒は徐々にその身体を起し始めている。
<早く。とりあえず後退した方がいいんじゃない?アスカ>
<でも……>

何処へ?
何処へ後退するの?
「跳躍」はブロックされている。この周囲もヤツ等が結界を張っている。
逃げる場所なんか、無い。
シンジが静かにアスカの傍に戻ってくる。
そっとアスカの左腕をつかみ、使徒を見つめている。
使徒はゆっくりと、だが着実に身体を立て直している。膝をつき、立ち上がろうとする。
それを黄がありったけの「力」で再び床に叩き付ける。
今度はうつ伏せに床に這う使徒。床にめり込んでいる。
自分の横に来たシンジに気が付くと、アスカは彼の顔を見る。
シンジもアスカの視線に気付き、目を向ける。
暫く見つめ合い、アスカは決心する。
シンジの手を取ると、手近な部屋へ入る。
アスカの頭の中にはこのビルのロケーションがしっかりと叩き込まれている。
この部屋は2階の一番端の部屋。窓はビルの裏側に面している。8台分の駐車場がある。乗用車が何故か1台止っている。3台分のスペースをふさいで廃材が積み重ねられているのがこの2階の窓からも見える。
急いで窓の側に走りより、アスカはシンジに言う。
「ここから先は、アンタ一人で行くの。いい?」
「そ、そんな。だってアスカは?」
「アタシはあいつを食い止める。だからアンタだけで逃げなさい」
「そんな事、出来ないよ!」
「いいから聞いて。この建物の中にいるのは危険だから、この窓から下へ降りるの。いい?見て」
窓の下をアスカは指差し、
「あの駐車場で待ってて。けりを付けたらアタシもすぐ行くから」
「アスカ、何をするつもりなの?」
アスカの言葉に不安を覚え、シンジは聞く。
それにはアスカは答えない。代わりに、
「シンジはアタシが絶対に守るから。アタシを信じて、行って」
「……分かった。でも約束だよ。絶対に戻って来てくれるね、アスカ?」
「……約束する。だから先に行ってて」
「分かった」そして窓の一つを開け、下を覗き、「ちょっと、どうやって降りるんだ、これ」
「アンタにはアタシのシールドがかけてあるから、飛び降りても大丈夫。アタシが生きてる限り、シールドは張り続けるから、心配しないで」
……生きてる限り?
シンジはその言葉により一層不安をかき立てられる。
が、
「早く、バカシンジ!」
アスカの声に追い立てられ、窓枠に足をかける。
ふと思いついた様に振り返ると、
「アスカ」
「何?」
「あの、その……」
「何よ、じれったいわね、言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」
「その、その服、良く似合ってるね」
シンジは顔を真っ赤にしてやっとそれだけ言うと、窓から飛び降りる。
一人部屋に残ったアスカは呆然として、独白く。
「な、何よ、あの馬鹿」
心もち頬を染めながら、窓の下を覗く。
シンジが立ち上がり、アスカにぎこちなく手を振っている。
それを見つめるアスカ。少し、涙ぐみながら、
「……ゴメンね、シンジ。嘘ついて……」
両手で自分の頬を一回叩くと、
「サヨナラ」
踵を返し廊下へ向かって歩き出す。
その彼女に突然、
<アスカ!>
黄の絶叫が響く。
次の瞬間、アスカの身体が吹き飛ばされ、部屋の壁に激突する。
辛うじて展開した「壁」に守られてアスカは床に着地すると体制を立て直す。
シールド全開で使徒を睨み付ける。
部屋の壁を破壊しながら、使徒がゆっくりと彼女へ向かって歩いてくる。
(黄の「力」でも押さえ切れないの?そんな馬鹿な……)
アスカには信じられない。
黄の「力」はPKだけに限って言えば文字通り「世界最強」だと言われている。
もし身体が無事であればネルフの「ファーストチルドレン」は彼女を指す言葉になっていたはずなのだ。
中国の研究施設にいた間にも、数々の伝説が残っている。
2009年の11月。
大気圏外で故障が発生し、再突入後制御不能になり落下するスペースシャトルを、高度一万で受け止め、方向転換の後太平洋へ誘導した事件は、能力者なら誰でも知っている有名な事件である。
世界広しと言えども、当時は、いや、現在でも、そんな芸当の出来る能力者は彼女以外には恐らく一人もいない。
その黄でさえ完全に押さえ切れない存在。
(これは、いよいよマズイわね、全く)
アスカは、既に最悪の覚悟を決めている。
(とにかく、あいつの「力」に捕まったらお終いね。アタシの「力」じゃ逃げられないもの)
相手の「力」が自分のシールドに干渉しているのが、衝撃を伴って伝わって来る。
<黄、聞いて>
<あなた、何やってるのよ、逃げないで。死ぬつもり?>
<まさか。勝てない喧嘩をする趣味はないの、アタシ>
<じゃあ、どうするの?>
<アンタ、アイツ等の結界破る事出来る?>
<まあ、出来ない事は無いけど……>
<作戦はあるわ。ちょっとアブナイけどね>
<どうすんの?>
<アンタはもう一度あいつを押さえ付けて。アタシはあいつをシールドで包み込んで接近する。あいつに一瞬でも触れられれば、あとはアンタがタイミングを見計らって結界をブレイクして。アタシがあいつを、そうねえ、月の裏側にでも「跳ばす」から>
<そ、そんなぎりぎりの作戦>
<タイミングはレイがサポートして。3人でシンクロすれば、何とかなるわ>
<分かった>

レイが先に納得して答える。
<で、でも、ブロックされてるでしょ、あなたの「力」。ドアを「跳ばす」のとは訳が違うじゃない!>
<死ぬ気でやるわよ、この際>
<……アスカ、焼き切れちゃうよ。そんな限界まで「力」使ったら>
<平気よ、そんなの……アタシに何かあったら宜しくね、シンジの事>

……どうせどこかで死ぬ場所を求めていた面もあるし。アタシを受け入れてくれたシンジの為に死ぬのもいいじゃない。それに、最悪アタシがいなくなっても、黄とレイがいてくれればシンジはここから出られるだろうし。
アスカは一人そう思う。
<そういう事だから宜しくね。もうアタシのシールド限界だから>
アスカは黄に決断を促す。
<分かったわよ。だけど>
黄は続けて、
<失敗したら、承知しないわよ。サードチルドレンの保護はあなたの仕事でしょ>
アスカはその言葉には答えず、
<それじゃ、いくわよ>








2階の窓から飛び降り、駐車場に立ったシンジを、周囲にいるチルドレンが見つめている。
「目標が出て来たぞ、渚」
一人が、横にいるカヲルに話しかける。
「俺達でやっちまおう」
その少年に視線を移し、カヲルが言う。
「無駄だよ。まだアスカ君のシールドが生きている。君の「力」じゃあれは破れないよ」
「だが、折角のチャンスを……」
「命令は、この施設の結界を張る事だ。余計な事は考えるな」
カヲルはそう言うと少年を見つめる。
無言の圧力がその視線に加わっている。有無を言わさぬ圧倒的な彼の迫力に、
「わ、分かった」
カヲルから視線を逸らす。
カヲルはそれきり、その少年を念頭から外すと、目の前の建物の中に意識を集中する。
「どうするつもりだい、アスカ君」
低い声。
「無駄な事を。使徒には、この僕でもかなわないんだよ。それでも戦うのかい?」
そして、声を出さずに笑う。








<それじゃ、いくわよ>
<おっけぇー>
<分かった>

アスカの声に、二人が答える。
<レイ、まかせたわよ>
<いいわ。合図で作戦開始>
<待って、何か、囮がいるわね>

黄が口をはさむ。
と、同時に、大音響と共にアスカのいる部屋に乗用車が1台窓から飛び込んでくる。
窓の外を見ていれば、駐車場に止めてあったその車が宙を飛ぶのに目を丸くしていたシンジが見れたかもしれない。
窓を突き破り、半分ほど部屋の中へ入って止る。
その乗用車の闖入に使徒が一瞬意識をそちらに向ける。
そしてそれを合図に、アスカが飛び出す。
同時に黄が再び使徒を「力」で殴り付ける。
背後の壁にぶつかり、倒れる使徒。
黄はそのまま「力」で押さえ付ける。
だが、使徒は渾身の力を込めて立ち上がる。
走り寄るアスカ。
自分のPKを踏台にして天井すれすれまで駆け上がる。
(もらった!)
アスカのシールドが、黄の「力」が、使徒の「力」を押さえている。
アスカは使徒の正面に飛び込む様に飛ぶ。
使徒の身体に触れる直前、アスカは勝利を確信した。

だが。

アスカが目標に触れる瞬間、彼女の脳裏に何かがかすめる。
(ま、まずい!)
転瞬、彼女の身体を使徒が放った青白い光が貫通する。
力無く使徒の足元に落下し、両膝をついて倒れるアスカ。
(ま、まさか、どうやって……)
アスカは薄れ行く意識を必死につなぎ止める。頭を振ろうとして、大量の血を口から吐く。
(うっ。肺に穴が開いたみたいね、どうやら)
倒れた身体を両手で支え、眼前の使徒を見上げる。
使徒は足元の彼女の身体を、自分の足で蹴り上げる。
「ぐうっ」
蹴り飛ばされるアスカ。起き上がる力が出ない。
「く、くっそう……」
うめく様に言葉を出す。また血を吐く。
よろよろと半身を起し、立ち上がろうと努力する。
そのアスカの身体にもう一閃。
アスカは腹部を撃ち抜かれ、仰向けに倒れてしまう。
(ちっくしょう……嬲り殺しにするつもり?)
<アスカ、アスカ!>
黄の「声」が叫ぶ。
<アスカ、自分にシールドを張りなさい!アスカ!>
<……やってるわよ、そんなの。でも、力が出ない……>
<わたしはいいから、自分に回しなさい!>
<……駄目。駄目よ、黄。アンタとレイのシールドは外せない。いくらアタシでも4ヵ所張るのはキツイけど……>
<だから、わたしの分を外しなさい!アスカ、聞いてるの?>
<駄目……あいつ、凄い「力」。アンタ、潰されちゃうわ>
<馬鹿!あなた死ぬつもり?あなたが死んだらサードチルドレンはどうなるのよ!ちょっとアスカ聞きなさい!いい……>

アスカはもう黄の「声」を意識の外に外す。そのままぼんやりと考える。
(な、何で?どうして分かったの?)
アスカは今、レイと黄の周囲にもシールドを展開している。
あの瞬間使徒は、アスカには眼もくれず、何と遠隔地から干渉していた黄とレイに「手」を伸ばしたのだ。
気付くのが遅かったら、二人とも潰されていたかもしれない。
瞬時に二人にシールドを張った為、彼女は使徒に触れた時には何もすることが出来なかった。
彼女は仰向けに横たわったまま、眼を閉じようとする。
(狙ってやったのかしら……どっちにしても完敗ね……シンジ、やっぱり駄目だった)
シンジ。
だが、その名前が、閉じかけていたアスカの瞳をもう一度開けさせる。
シンジ。
激しい痛覚が襲ってくる。
必死にこらえて身体を横向きにし、徐々に起き上がる。
シンジ。
……アタシはまだ生きてる。まだ「力」は残ってる。
シンジ。待ってなさいよ。
何とか四つん這いになる。込み上げる生臭い液体。彼女は三度目の吐血をする。
だがアスカの眼は、まだ死んでいない。
シンジ、約束よ。絶対に行くから。
静かに、真直ぐに使徒を見据える。
未だ衰えない抵抗の兆し。相手の中にそれを見て取った使徒は、もう一度今度は正確に彼女の頭部を狙って一閃する。
翻る赤い「壁」。弾かれる青白い光。
相手の防御に、使徒は先程までの子供の様な残虐性から純粋な戦闘性へと自身を切り替える。
間髪を入れず、アスカを「壁」ごと後方へ吹き飛ばす。
部屋の壁にそのまま貼り付ける。
展開した「壁」によって、叩き付けられた衝撃は吸収したものの、壁に押さえ付けられたアスカは、絶望を悟る。
捕まったら、お終いなのだ。特に強いPKには。
それでもアスカは、自分のシールドを全開する。
今まで、4ヵ所に全開してシールドを展開した事はない。しかも今は一ヵ所は中国なのだ。こんな遠距離に対してシールドを展開するなど、考えた事もない。
……もしかしたら、焼き切れてしまうかもしれない。
それでもアスカは止めない。
目の前の相手が、攻めあぐねているのが気配で分かる。
(やれるもんなら、やってみなさいよ)
アスカは恐らく残された最後の力だろう、気力を振り絞る。
だが、彼女には当然分かっている。もう、望みは無いのだということが。
アタシはこれで殺される、こいつに。
そう思っても、アスカは止めない。
アスカは感じる。黄とレイに及ぼしていた「力」を、相手が緩めた。
同時に彼女への圧力が増加する。
(ううーっ。アタシに集中するのね、アンタ)
次第に集中し増加する「力」にアスカは呻く。
突然、左腕に違和感を受ける。
徐々にその違和感が増大し、鈍い、いやな音が左から聞こえてくる。
同時に身体を駆け抜ける痛覚。
アスカはぼんやり考える。
(こんなに傷だらけで痛い所ばっかりなのに、新しい傷もやっぱり痛むのね)
自分の左腕が視線の端に写る。
彼女の左腕の肘関節が本来曲がらない方向へ、へし折られている。
そして、遂に使徒の全ての「力」がアスカに向かってぶつけられる。
繋ぎ止める事も叶わず、とび始めてしまう意識を感じながらアスカは、それでも抵抗を止めない。微かに自嘲する。
(ちぇっ。意味ないのに、アタシ)
喘ぐ様に顔を上に向ける。
<もう、ここまで。後は宜しくね、黄、レイ>
球体状に展開しているシールドごと、アスカの身体がコンクリートの壁を押し潰す。
アスカに感じられたのは、そこまでだった。
そのまま、アスカの意識は薄れて行き、跡絶える。








シンジは、うつむいて地面を見つめている。
怖いのだ。
アスカがどうにかなってしまいそうで、怖いのだ。
信じていたい。彼女の言葉を。
「お待たせ」今にもそう言って、アスカが帰って来てくれるだろうと、彼は一心に祈っている。
だけど、もしそれが叶わなかったら。
もし、2回の窓から何かが見えてしまったら。
だから、2階の窓を見上げる事が出来ない。
……どうして、こんな事になってしまったんだろう。
シンジは今日何度目かの考えを巡らす。
……どうして、こんな事になってしまったんだろう。
……自分が何だっていうんだ。
……みんな、何か勘違いしてるんだ。こんな自分に何かがある訳ないじゃないか。
……なのにどうして自分の所為でこんな傷付け合わなくちゃいけないんだ。
あの学校の屋上で倒れた少女の姿が脳裏に浮かぶ。
水浸しになった屋上の床に落ち、そのまま宙に視線を向けたまま動かなくなった少女。
……あの娘だって、まだ10歳位だったじゃないか。本当だったら小学生じゃないの か?
アスカが壁から引きずり出した少年が浮かぶ。
学校の屋上で自分達を取り囲んだ子供達の姿。
そうだ。
もし、僕さえいなければ。
もし、僕さえいなければ、こんな事にはならなかったんだ。
こんな訳の分からない戦いなんかしなくても済んだんじゃないか。
そう。もし、僕さえいなければ、アスカだってあんな危ない目に遭わずに済んだじゃ ないか。
このビルの中で見た使徒の姿が浮かぶ。
あんな化け物、僕さえいなければ出て来る事無かったじゃないか。
……僕は、やっぱり必要ない人間なんだ。
……やっぱり、生まれてこない方が良かったんだ。
……生まれてこなきゃ良かったんだ。
……生まれてこなきゃ良かった。
背後で生じた何かが崩れ、地面に落下する音に、シンジの考えは遮られる。
恐る恐る後ろを振り返り、立ち上がる。
ゆっくりと、音のした方へ歩を進める。 建物の角を曲がると、コンクリートの瓦礫の中に、倒れている物。
それが目に入ると、
「アスカ!」
シンジは駆け寄る。
シンジの足元で、アスカが倒れている。
ふと上を見ると、2階の壁に丸く穴が開いている。
彼はすぐにアスカに目を向け直す。
仰向けに寝ているアスカは、酷い姿をしている。
右胸と腹に傷があるようだ。
抱き上げると、両手が彼女の血で染まる。
見ると左腕が折れている。
見覚えのある美しい顔は自ら吐き出した血で汚れ、固く目は閉じられたまま、身動き一つしない。
「アスカ……アスカ……アスカ……ああ、アスカ」
シンジは彼女を自分の胸に抱きとめて、ただ名前だけを繰り返し呼ぶ。
(死んじゃったんだろうか。こんな酷い傷。なんで、どうして、こんな酷い事)
アスカを抱きしめたシンジの頭上に、拳大の瓦礫が落下する。
その瓦礫は、シンジの頭に当たる直前に見えない何かに当たり、大きく弾かれた様にその方向を変えて落下する。
だが、シンジはそれに気が付かない。
その代わり、頭上でした物音が耳に入る。
2階の壁に開けられた穴に、気配を感じ、振り仰ぎ見る。
そこに使徒が立っている。
次の目標を探し当てた狩人の様に、2階から真直ぐシンジを見下ろしている。
シンジの頭は真っ白になっている。思考停止状態で、目に入るそれをただ焼き付けている。
ぼんやりと、シンジは頭の中で考える。
(アスカもこんなになっちゃった。全部、僕の所為だ。僕がいるからこんな事になったんだ。こいつが僕を殺そうとするんだったら丁度良い。死んだ方がいいんだ、僕なんか)
次の瞬間、使徒は「力」でビルの壁を切り取る。宙に浮いた約2メートル四方のコンクリートの塊。
使徒は、物凄い勢いでその塊をシンジに向けて投げつける。
シンジは避けもせずにアスカを抱いたまま、それを見つめる。
その時。
シンジの中から、何かが声を上げる。
身体の奥底から叫び声が広がり、身体中を満たす「何か」。
コンクリートの塊が自分に向かって来るのを見つめるほんの一瞬、彼の頭の中を自分の全ての記憶が駆け抜け、その叫びが口を衝いて発せられる。
彼の目の前で展開する自分自身の半生。
あらゆる瞬間が見覚えのある自分の記憶。あれも、これも、……全て。
その中のある記憶に対して、彼の中の何かが反応する。
忘れていた記憶。消し去っていたはずの記憶。
それに対して、彼は叫び声を上げる。
瓦礫の接近に無関係に高まる彼の絶叫が、再開発地区にこだまする。

うわあああああああああああああああ・・・・

少年の、シンジの中で、その時、何かが、確実に、捻れた。






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ver.-1.00 1997-09/24公開
ご意見・感想・誤字情報などは ishia@hk.nttdata.net まで。

 ishiaさんの『Episode/少年〜シンジ〜の場合』Stage6 、公開です。
 

 痛い痛いよぉ (;;)

 胸に、
 腹に、
 腕に、
 アスカが傷付いた箇所が、私も痛いよぉ (;;)
 

 シンジを守る。
 自分を認めてくれた、不思議な気持ちにさせられる人を守る。

 レイを、黄をを守る。
 仲間を守る。

 アスカの決意が心に痛いよぉ (;;)

 

 

 目覚めた(?)シンジ。

 やれ! やるんだぁぁ      (^^;


 
 
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