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導入部



時は西暦2015年、国連直属特務機関「ネルフ」は、十七の使徒を誰一人欠けることなく殲滅に成功した。

そう、誰一人欠けることなく。

古代遺跡「アルカ」でも死闘も今では嘘のようである。

あの戦いを生き延びることが出来たんだよな、そうシンジは思う。

そして、ここミーティングルームに碇シンジ、惣流アスカラングレー、綾波レイの三人のエヴァパイロット組がいる。

それに、ネルフ技術開発部技術第一課所属、赤城リツコ、ネルフ本部戦術作戦部長作戦局第一課所属、葛城ミサト、この五名が足下にあるディスプレーを囲んでいる。

「シューレンディンガーの猫って知っている?」

「何よ、リツコ。そんな百年も昔の思考実験でしょ。そんなかびの生えた理論がどうかしたの?」

アスカがそう答える。

エヴァ二号機のパイロット、日本人と外国人のクォーターでその赤くすらっと伸びた髪は勝ち気な彼女自身の性格を具現化しているようだ。

その形のいい唇が開く。

「いわゆる、密室の猫ってヤツでしょ。」

アスカはリツコにそう答えた。

「そう、1927年に物理学者ハイゼンベルクの不確定性原理を受けて、シューレンディンガーが行った思考実験の事よ。密室の中で放射性物質の確定波動関数に、その生死の運命をゆだねた猫は、観測者が観測するまでは生きているとも死んでいるとも いいようだなく、観測者が見に来た瞬間に、宇宙は二つに分離して、片方の宇宙の観測者は生きた猫を見て喜び、もう一方の宇宙の観測者は死んだ猫に対して悲しむという事態になる。言うなれば、ある電子が新しいエネルギーのレベルに移行するか、移行し損なう度に、新しい宇宙が創造されるということね。」

「あの・・・・。」

シンジがおずおずと手を挙げる。

「さっぱり分かんないんですけど。」

碇シンジは初号機のパイロットで父、碇ゲンドウは国連直属特務機関ネルフの司令官である。

しかし、この時点でシンジはゲンドウとは没交渉であり、葛城ミサトの元にアスカと一緒に身を寄せている。

やや内向的なその性格で人との接触を極端に嫌っていたものの、今では信頼という以前は陳腐にしか聞こえないこの言葉の意味が少し分かり始めようだ。

一介の中学生には量子力学の基本的なこととはいえ、理解できるはずはない。

「まあ、要するに。パラレル世界が論理的に証明されたって事よ。わかった?シンちゃん。」

ミサトは諭すようにシンジにいった。

シンジとアスカの保護者である。

その家庭におけるずぼらな性格で家事全般はシンジの役割となっている。

三十を目の前にして結婚を焦っていると言うことだが、シンジやアスカからしてみれば話しやすい年上の兄弟のようで、今の生活が続くことを密かに願っている。

「?????」

「あー!!もう!!じれったい!!」

アスカである。

「早い話、今シンジが、ここに存在していない平行世界がどっかに存在しているって事よ。地球に人がいなくなるよう事態が起こってみたり、あたしが、ボロボロの廃人になっていたりとかね。」

「ふーん、じゃあもしかしたら使徒の一人と友達になっているって事もあるって事か。」

シンジは納得したようだ。

「ま、そんなところかな。シンジー。友達が少ないからって使徒にまで手を広げるつもりだったの。」

「よけいなお世話だよ。アスカ。」

突然、綾波レイが発言をした。

「あの。赤城リツコ博士。」

綾波レイ、零号機パイロットでその性格を表に出すことは極端に少ない。

そのほかいろいろと秘密がありそうだというシンジの直感は正しい。

それがなんであるかとかそういう類のことを熟知しているわけではないが、いまはその存在が自分の前に在る、それだけで満足している。

その全体的に色素の薄い顔かたちは透明な感じを与える。

その透き通るようなさらさらの髪はやはり彼女の性格を顕在化させているようにシンジは思っている。

その冷静なレイが発言する。

「今のお話と急な呼び出しとどんな関係があるのですか?」

その声質には感情が交じることは少ない。

が、決して感情の存在を否定するものではないのをシンジは知っていた。

的確なレイの発言にリツコはこう答えた。

「そうね、早い話がシンジ君。」

「はい。」







「ちょっと過去までいって欲しいのよ。」

「え・・・。過去ですか?」

「そう過去よ。」






しばし、無言の時が流れた。

隣のコンビニに用事をすますかのようなリツコの調子にシンジは当惑した。

話が飛躍しすぎていて、シンジには理解不可能である。




「どうすればそんなことが出来るのですか?」

綾波である。

普段無口であるだけに一言一言が重い。

それは、赤城リツコ博士以外の人間の共通した疑問である。

「そおね、どこから説明したらいいのか・・・。背向指向性物質というのがあってね。」

「背向指向性物質?」

アスカが聞き返す。

「その特性は素粒子レベルでの、クェーサーの干渉。一言でいえばそう言うことになるのかな。それらの知識は勿論、地上の方々は知らないわ。」

「時系列おける干渉って事。それでいいの?」

アスカは怪訝な表情を浮かべている。

リツコは答える。

「そう、それでいいわ。ちなみにタオキンではないわ。」

会話は二人でしか進んでいない。

「それで、その背向指向性物質がどうしたっていうの?」

アスカが訊く。

「その背向指向性物質はエヴァの中で安定物質として、生成することが出来るのよ。」

シンジは完全に蚊帳の外だ。

全く話についていけず、何するともなく綾波を見ていた。

その表情は少ないが、時折見せる砕けた表情は、年頃のシンジの心動かすものがあった。

(綾波って一人暮らしなんだよな・・・。)

(いちど、行ったことがあるけど、何もない部屋だったな・・・・。)

(なんか口実を作って、部屋の模様替えさせてくれないかな・・・。)



アスカとリツコの会話は続く。

「周期律表の107から278までの全系列が・・・」



(笑った顔はすごくきれいなんだよな・・・・。)

(肌の色も凄く綺麗だし・・・。)



「そのスーパー原子核ってのは・・・・」



(そういえば、今日の夕食はなんにしようかな・・・。)

(綾波も誘ったら来てくれないかな・・・・。)



シンジは全く別のことを考えていて、話は聞いていなかった。

「まあ、大体分かったわ。それで、どうして過去へなんか行かなくちゃいけないか説明して欲しいわね。」

アスカはリツコの会話が理解できているようだ。

さすがは大卒である。

どの学術を修めたのか聞いたことがないが、リツコの話についていけるのはこの中で彼女くらいだろうか?

ミサトはどうしているかというと、頭の上に?マークが四つ三つ浮かんでいた。

ミサトにも理解外のことらしい。

突然アスカがシンジにつっこんだ。

「シンジーー。あんたちゃんと聞いてんの?」

全く別の考えていたシンジは驚いた表情を浮かべている。

「え?あ・なに?アスカ?」

「全然分かってなかったようね。いいわ。後でその空っぽの脳味噌にみっちりと押し込んであげるから。」

おもむろにリツコは語りだした。

「じつはね、私達のいるこの現実にもむかし、誰かが伝えに来ているという記録が残っているのよ。」

アスカはその形のいい唇を少しあけて驚いた表情を見せた。

「初めて聞いたわ・・。」

ミサトもこう付け足す。

「私もね。秘密主義もいいところだわ。」

すこし、リツコに皮肉を言っているのだろう。

「勿論極秘よ。この時空に来たその人は大体2015年のこの時期からやってきたと言って、いわゆる使徒のデータを残していったの。私達はそれを裏死海文書と呼んだわ。その中には私達の遙かに及ばない技術がつまっていたらしいわ。その中にタイムワープの原理も記されていたわ。そこで、私達もこのデータを踏まえた上で殲滅作戦の記録を使徒が現れる時期に送りたいというわけなの。」

「そんなことが出来るんですか?」

シンジはやっと発言できた。

アスカはそれを引き継ぐかたちで

「それって、私達の世界が変わっちゃうんじゃないの?そんな因果律を無視したことが可能なわけ?」

「アスカ、因果律って何?」

「あんたは黙ってなさい。シンジ。あんたはあたしの特別レッスンが待っているからそれを楽しみにしてなさい。」

シュンとしたシンジを横目にリツコは説明した。

「エヴァ自身から繋がりで過去へ行った場合、ただ物体を送るだけではなくて、物体にはエヴァの属性が付けることが出来るのよ。つまり命綱みたいなものね。その場合、交信できるのはこちら側からだけなんだけど。戻ってくるのはシンジ君自身ということであるわけ。完全に過去の世界へと行くわけではないのよ。」

「それならいいわ。それで最初のシューレンディンガーに繋がったってわけね。」

アスカは一人で納得している。

ミサトとシンジの頭の上にはいくつの?マークが飛来しているのだろう。

レイは分かっているの分かっていないのかはその表情から判断できない。






「分かった?シンジ君?」

「あ・はい・・・。要は過去に行ってその情報を渡せばいいんですよね?」

リツコはいう。

「そういうことね。詳しい話はまた後でします。それで、初号機を経由して時空の操作を行いますから、シンジ君に行って貰うことになります。」

「シンジにそんな大役果たせるのかしら。」

アスカはあけすけと言い放った。

「わたしの二号機で行けばいいじゃん。」

「アスカの二号機にはそう言う機能は無いのよ。量産タイプだから。」

「それでね。シンジ君。」

「はい?」

「もう一人、パートナーを付けてた方がいいと思うの。それで、エヴァのパイロットの内もう一人を決めておいてね。」

「僕がですか?」

シンジはとまどった。

一体どうすればいいんだろう。

その時、二組の二対の瞳が怪しく光ったのをシンジは気づくことは無かった。


GO ASUKA Ver. / GO REI Var.
ver.-1.00 1997-08/22公開
ご意見・感想・誤字情報などは h-nabe@netq.or.jpまで。

後書き


初めまして、ナベと言います。

突然ここで話が途切れてしまい当惑された方もいると思いますが、あくまでここまでが導入部分です。

なぜここで?という疑問にお答えします。

それは、この小説はここから二つの小説へと分岐するからです。

パートナーをアスカバージョンとレイバージョンの二つを同時進行で進めていくためにあえて此処できりました。

それと、この作中での使徒との戦いはテレビでも映画の世界でもありません。

幾つかの大事な事件だけテレビとシンクロしていますが、元気に使徒を殲滅した世界のお話です。

そうですね。

ガイナックスが企業にプレゼンテーションするために作成した企画書を受けた世界です。

ゲンドウが「たて!!エヴァンゲリオン」とか言っていたり、 レイの眼が黒いヤツです。

最後が大団円で終わっているヤツですね。

余りにマニアックすぎて分からないという方のために簡単な設定資料を作成中です。

それとこの小説はメゾンのバザー会場の飛羽 馳夏さんの提案を参考にして書きました。

それはいずれということで、この辺りで失礼します。

1997 8/20 


 引っ越しラッシュが止まらないめぞんEVAに65人目の住人がやって参りました。

 第1作『タイムスリップ!!』導入編を携えて、ナベさん登場です(^^)
 

 乱れ飛ぶ科学用語、
 進む専門知識。

 盛り上がるリツコとアスカ、
 はへ〜〜のシンジとミサト(^^;
 

 わたしは・・・・はへ〜〜、です(^^;

 シューレンディンガーの猫はまだしも、
 背向指向性物質ってなんだぁ状態です(爆)
 

 ここからパラレルに進む物語がとても楽しみですね。

 アスカ人の私は「アスカバージョン」が特に(^^)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 新住人のナベさんに歓迎メールを!


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