第三新東京市へ出るためには、このモノレールかカートレインを利用するしかない。
この時間、従業員が帰路につく姿が見えてもいいのだが、何故か三人しかいない。
その間、終始無言の時が流れた。
何処にでもあるような地下鉄の雰囲気に近い。
しかし、企業広告の類が存在してないだけでだいぶ与える印象が違う。
殺風景・・・知らず知らずのうちに三人の心に沁み入ってしまったのだろうか、言葉という「音」がない。
アスカは言い得ぬ表情を浮かべて、シンジを横目で盗み見る。
シンジは先ほど与えられた、ある意味での難問を抱えて物思いに耽っている、アスカにはそうとれた。
レイは何を考えているのか、傍目からは分かりがたい無表情を浮かべて、もうすぐ来るであろうモノレールの方向の暗闇を眺めている。
閉塞感を避けるために、天井までの距離は高く設計されている。
照明も明るめに設定されていて、形作る自らの影は正面がはっきりしてそれを中心に幾つかの淡い影が己を中心に伸びている。
アスカは自らの影を所作なさげに眺めていた。
アスカはシンジに話しかける事を躊躇(ためら)っている。
(次の時までにパートナーを選んでおいてね・・・・。)
(シンジはどちらを選ぶのだろうか?)
いくら「ユークリッド時空」を詳しく述べることが、出来てもシンジの考えていることは分からない。
分からないことはアスカを苛立たせている。
その苛立ちの原因がシンジにあることは、アスカにも自覚しているがどうとなるものではないことも知っている。
だから、何か悔しい。(シンジの考えていることは何だろう?)
そのアスカの秀麗眉目の顔立ちに浮かぶのは憂い・・・。
これから行われる転送実験にたいする『心配』とシンジが気になる『言いしれぬ感情』がないまぜになっている。
アスカは考える。
今のリツコの話だと、危険が無いというわけでは無さそうだ。
エヴァの建造から数年しか立っていない。
リツコの言うような事に対してさしたる実験データがないのが実状であろう。
一人で残されるのはもういや・・。
アスカは心底そう思っている。
待たされる苛立ち、自分が及ぶことの出来なった喪失感、思い出したくない・・・。
【アスカはここで待っていて・・・・。心配ないから・・・。
すぐに戻るよ・・・。また、あの遊園地に行こう・・・・。】
しかし、アスカにないものをシンジは持っている・・・。
そう、アスカの心は感じている。
訳の分からないもの・・・。
わたしにはないもの・・・。
わたしを助けてくれる・・・。
(わたしにとってのシンジは・・・・。)
(シンジは・・・。)
「ねえ、アスカ?」
シンジはアスカの思考を遮断して、喋りかけた。
「な・何よ・・・。」
アスカはどもってしまう。(シンジに変に思われなかったかしら・・・。)
シンジの真っ直ぐにアスカの方に向き合った。(わたし?それとも・・・。)
シンジは口を開く。(わたしを選んで欲しい・・・。)
「ねえ、アスカ。今日の夕食何食べたい?」
「へ?」
ガタンガタン。
列車がホームに入ってきた。
通り過ぎていく車内灯が撫でるアスカの顔は凍り付いたままだった。
モノレールは地上へと向かって滑り出す。
集光ビルから供給される光量がオレンジ色の光となって、アスカの頬を撫でる。
列車の規則正しく揺れる振動が三人をゆらす。
後に続くシンジは何かアスカの機嫌を損ねたのだけは理解したらしい。
あとからアスカの横へ座った。
シンジは懸命になって、アスカの機嫌を直そうと努力する。
後が恐い・・・。
その言葉は口が裂けてもいえないが、後々に影響を及ぼしそうなのは何故か身体が理解している。
「ねえ、何怒ってるのさ。」
シンジは黙りこっくているアスカに尋ねた。
フンッ。
アスカは鼻息が荒い。
「何か気に障るようなこと言った?」
フンッ!
「何か気に障るようなことしたかな?」
フンッ!
「機嫌なおしてよ。アスカー。」
フンッ!
シンジはたたみかけてそういった。
「何でも言うこと聞くからさ。機嫌なおしてよ。」
ピクッ!!
その言葉にアスカは素早く反応した。
「な・ん・で・もー?言うこときくって。」
目の前にいる少年は自らの失言にしまったという顔をしている。
「なんでもっていったわね」
アスカはシンジにこれ以上無いくらいのあくどそうな表情を提示する。
「なんでも・・・。」(わたしを選んで・・・。)
シンジはひきつる。
「あ・いや。あの。」
シンジの頭の中はどんな恐怖が駆けめぐっているのだろう。
思考は乱反射して、瞳が落ち着きがない。
うろうろとしているシンジの瞳をアスカはじっと凝視する。
シンジはますます混乱を強めた。
どんな難題をふっかけられるのだろう?
シンジの頭を強襲する様々な難題がますます混乱の呈を深めている。
かまわず、アスカはシンジの瞳を凝視し続ける。
「夕食はパスタよ。」
シンジはキツネにつままれた顔をしている。
「な?」
「今日の夕食はパスタが食べたいわ。パスタにして。」
「あ・うん・・・。」
「じゃ帰りに買い物していこうね。シンジ。」
そういって、アスカは今の自分が出すことの出来る極上の笑顔でシンジを見た。
その思った通りのシンジの反応に満足した。
たちまち、アスカの機嫌が直った。
シンジは二度目は何処にきつねにつままれたのだろうか。
(些細なことは分かってるんだけど、なんかうれしかったりする。)
その表情を外に出さないようにするアスカだが、その笑みは抑制が利かない。
見ているシンジは呆然としている。
(まあ、いいわ。からかいがいのあるやつ。)
「からかいがいのあるやつー。」
(しまった!声に出しちゃった。)
こんどはアスカがシンジの機嫌が気になる番だろう。
しかし、そんなアスカの考えは杞憂に終わる。
「なんだ。からかっただけか・・・。ひどいなアスカは。」
シンジは軽く微笑む。
シンジのほっとしたその表情はアスカをうれしくも不安にもさせるものだった。
うれしい度合いの方が強かったりしたが。
そのあと、二人はどんなパスタを食べたいかを話題として、色々喋りあった。
端から見れば仲のよい恋人にも見えないこともなかった。
端から眺めているのは綾波レイ、その人であったが・・・。
外の景色は夜の帳を下ろし初めてている。
この駅はメインストリート沿いに設置されている。
幾つかの車がライトをつけて、通り過ぎていった。
規則正しく設置されている街路樹がその枝葉をゆらす。
ザワザワ。
朱色の残滓の見て取れるビル群の谷間から宵闇の気持ちのよい風が三人を包み込む。
一番優しい風は誰を包み込んだのだろう。
アスカの長い赤毛に、シンジの黒髪に、レイの銀髪に・・・。
そして、一陣のつむじ風は宵闇へと姿を戻した。
「それじゃ。さよなら。」
レイはそれだけいうと、人の流れの中に入り込んでいく。
「あ・ちょっと待ってよ。綾波。」
シンジは歩き出すレイを呼び止めた。
レイは横目でシンジを見返す。
その仕草はあまり気が乗っていないような感じを印象づけて、アスカの心を少し逆立たせる。
アスカと離れた位置でシンジは一言、二言はなしている。
その声はアスカには届かない。
アスカはシンジとレイの会話が気になってしょうがない。
しかし、その会話に入ろうとはしない。
アスカは俯(うつむ)いた。
あまり見たくはない現実に目をそらす。
その豊富なまつげに憂いが宿る。
白い肌に照明灯が影を下ろし、アスカ一人の舞台を作り上げている。
それは、彼女の心の舞台・・・。
刹那に訪れる『孤独を感じてしまう内向きの陥穽』・・・。
「じゃ、いこうよ。」
シンジはアスカに語りかけて歩き出す。
先に歩いているシンジの背中を追いかけて、アスカは歩き出した。
ミサトのコンフォートマンションまでかなりの距離がある。
郊外と称するにはあまりの遠い場所だ。
そのため、この時間だったらバスに乗る方がはやく家に辿り着くことが出来る。
バスターミナルへと歩みを進める。
天蓋のあるにぎやかなとおりに出る。
人の喧噪が二人を包んだ。
ガラスウィンドー越しのマネキン。
入ったことのない百貨店の正面出入り口。
町中を歩む人々。
恋人達も入れば、友人同士もいる。
(私達の守った街・・・・。)
そんな人の営み、それは一番重要なことであるが、などを見ながら二人は歩いていた。
「ねえ、シンジ・・・。」
「ん?」
「過去に行くってっさ・・・。大丈夫なのかな。」
「そうだね。」
シンジはアスカに話しかける。
「不安がないかといえばそうじゃないけど・・・。エヴァを使うんだから。エヴァの中は嫌いじゃない。」
「でも、さっきリツコが言っていたこと。嘘だとは思わないけど、正気じゃないわよ。」
「そうかもしれないけど・・・。」
「ねえ、止めちゃおうよ。せっかく平和になったんだしさ。」
「なんか、今日のアスカ、変だよ。どうしたの?」
シンジは心配そうに、顔の位置をアスカに向ける。
その仕草は何かアスカを満たす物があった。
その心配そうな表情がアスカの言いしれぬ不安を払拭した。
「別に・・・・。」
そういってアスカはシンジの手を握る。
ピクッ。
シンジはそのアスカの行動に驚いたが、そのままにした。
俯いたアスカの表情は豊富は前髪に隠れていて窺うことが出来ない。
空に映える月は二人を見下ろす。
宵闇にほのかな光がこの二人にも届いて、言葉を交わすことが無くてもアスカは落ち着くことが出来た。
シンジはアスカにこういった。
「ねえ、アスカ。歩いて帰ろうか?」
所狭しと猫をモチーフにする小物がおかれている。
正面には二メートル、四メートルほどの横長のメインスクリーンが設置してある。
ネルフのロゴのは言っている灰皿は山盛りになっている。
あまり知られていないが、彼女はヘビースモーカーであった。
その研究所で葛城ミサトと赤城リツコが何やら、話し込んでいた。
「あんたも少しくらいは勉強したらどうなの?」
「あたしは、大学では国文だったからね。なんなら、日本上代文学を口語訳つきで解説してあげましょうか?」
「それがなんの役に立つの?時間は有意義に使う物よ。それよりミサト・・・。」
「なに?」
「エヴァを媒介として、時間の逆こうが出来るって言ったでしょう。同じ原理でこんな事もできるのよ。」
かたっ
リツコが正面ディスプレーにデータを出す。
「これはシンジ君の最近の身体データね。」
「それでね。これをこうすると・・・・。」
かたっ
「別に変化無いじゃないの。心身共に異常なしってとこじゃないの。」
「何処見てるの。ここよ。」
リツコは指さす。
「え?こ・これは・・・・。」
「どう?面白くない?」
リツコは何やら怪しい表情を浮かべた。
「ふっ、ふっ、ふっ。これは面白い。こんな事も出来るわけ。」
ミサトも指を口に当て、何やら考え込んだ。
が、ミサトは思い直す。
「でも・・・。かわいそうじゃない。そんな事したら。」
「まあ、その辺りは作戦本部長に任せるわ。」
「そうね。別にこれからのことに支障があるわけじゃないから今回はパスにしましょう。別の機会に実験をしてみましょうか。」
「分かったわ。」
「じゃ、そろそろ始めましょうか。」
「何を?」
「タイムワープ原理を作戦部長が知らなくてどうすんの?分かるまで帰しませんからね。」
今は台所に二人して、食事を作っている。
料理をすること自体アスカは嫌いではないが、片づけるのが面倒という理由で一人ですることはない。
大体は、シンジがいるときに一緒に料理をすることが多い。
「ねえ、どうかな。」
アスカはスパゲティーの麺を深鍋から引き出し、シンジに渡す。
「ウーン。もうちょっとかな?あんまりかたいのは好きじゃないんだ。アルデンテより、少しゆでた方が丁度良い感じがするんだ。」
「そう?わたしはアルデンテの方が良いな。まあ、良いわ。これくらいでどう? 」
アスカは麺を渡した。
「良いんじゃないかな。」
「ん。」
麺を粗い編み目のざるに移し替えた。
レストランにある上に上げるヤツが欲しいな。
顔にかかりそうになる湯気を避けながらアスカはそう思った。
「じゃ、あたしはサラダを作るから。後はよろしくね。」
「うん。カルボナーラで良いよね。」
「それと、ミートソースの食べたいな。特製のヤツ。」
シンジはうれしそうに答えた。
「分かったよ。サラダのよろしくね。」
シンジは料理に取りかかる。
シンジの料理する姿を見て、以前シンジに聞いたことを思い出した。
「しんじ、将来なんかなりたいモノってある?」
「ウーン・・・。そういうアスカはどうなの?」
「わたしは分かんない。エヴァの操縦することがそうだったから。大人になってる自分が想像つかないわ。正直言って。」
「そういえば、僕もそうだな。小さかった頃ならあるけど・・。」
「何?」
「焼き芋屋さん。」
「焼き芋屋さん?」
わたしは思わず吹き出してしまった。
「ちっちゃかった頃だよ。良いじゃん。焼き芋が好きだったんだよ。」
シンジは少し怒った表情を見せた。
「どうせ、いつでも焼き芋が食べられるって言うんでしょ。そんなもんね。子供の頃って言うのは。」
(あたしは違った・・・。早く大人になるのが子供の時の夢だった気がする。)
シンジはスパゲティーを作ることに専念している。
トマトをトマトの水煮を火にかけて、水気を飛ばすところからはじめた。
オリーブオイルで軽く炒めたタマネギの中に水煮を入れる。
沸騰させないように火を調節して、カルボナーラを作り始める。
フライパンを充分に暖めて、そこへベーコンを落とししっかりと香りと油を出し、そこにバターを溶かしこんだ。
そこに、麺を入れベーコンとバターを充分になじませて 卵の黄身だけと生クリームのソースを入れる。
十分い麺とソースを絡ませて、黒胡椒とパルメザンチーズを振りかけて出来がりである。
フライパンをかえて、ミートソースに取りかかる。
あまり時間をかけられないので手早くやろう。シンジはそう思った。
充分に水気のとんだミートソースに塩と黒胡椒を加えて、味を調えた。
レモングラスを一掛け、それと少量のバジリコをこの時点で落としてしまう。
「サラダは出来たわよ。」
「こっちも、もう出来るからテーブルの用意してくれる?」
「ハーイ。」
アスカはテーブルの用意を始めた。
水色の格子縞のテーブルクロスに交差させるように小さめのテーブルクロスをかける。
その上に自分の作ったサラダを中心におき。
受け皿とナイフにフォークを規則正しくならべる。
それと・・・。
ちらっとシンジの方を盗み見て、ワイングラスを用意した。
大きめのさらに二つの種類のパスタをシンジは運んで出来た。
辺りにかぐわしい臭いが充満した。
食欲を誘う香りが、食堂を包み込む。
シンジはふといつもは無い物に気づいた。
白ワインである。
アスカは上目遣いでシンジを見つめる。
しょうがないな、そんな顔をしたシンジはワインの栓を抜き、アスカのグラスにそそぎ込んだ。
アスカはうれしそうにそれを眺めた。
揺らめきながら満たされていくグラスをながめ、ろうそくがあった方がよかったと、アスカは少し後悔した。
「じゃ、食べよう。」
シンジはグラスを持つ、アスカはそれに答えてグラスを持ち軽くグラスを重ねる。
「乾杯」
「乾杯」
シンジとの食事はアスカの中でも最上に部類に位置する楽しみでもある。
勿論ミサトがいても同じではあるが、一人で食べる食事をアスカは忘れてしまった。
今、食卓に並んだ「二人の共作」はとてもおいしく感動できる物であった。
そしてアスカはワインを少し飲み過ぎた。
「周期律表の300番台において・・・・・仮装素粒子が・・・・」
頭から煙をだす、ミサトがいた。
「あなた、どうしようもないわね。」
「分かんない物は分かんないのよ。」
「あなた本当にあの葛城教授の娘さん?」
「しょうがないでしょ。分かんないもんはわかんないの。」
リツコはつかつかと万能収納式のロッカーを開いた。
ジャラジャラ・・・。
金属製の何かが音を立てて滑り落ちる。
ジャラジャラ?
「ねえ、ミサト。」
「な・なに?」
「物事を理解するのに有効な方法って知っている?」
「さ・さあ」
「それはね、痛覚を伴えば嫌でも忘れないって事よ。」
ウフフフ・・・。
ミサトは固まってしまっている。
おもむろにアスカはシンジに言う。
「さて、食事も終わったし、そろそろお勉強の時間よ。」
「え?なんの?」
「あんた。タイムワープの原理も知らないでいいわけ?恐くないの。」
「ああ、そうだね。でも分かるかな。ぼくに・・・。」
「あたしが教えるんだから大丈夫。しっかりと・お・し・え・て・あ・げ・る。」
「あ・ありがとう・・・。」
シンジには気づかない、アスカの赤らめて上気だった表情に。
何か雰囲気が違う・・・・。
漠然と感じることが精一杯のシンジであった。
自分がアルコールに対する耐性が高いことに気付ける歳では無かった。
アスカがシンジに語りかける口調は物理的な熱量を持っている。
「ねえ、シンジ?」
「ん?」
「物事を理解するのに有効な方法って知ってる?」
「いや分からない・・・。」
「それはね、身体を使うのよ。か・ら・だ。」
翌日のネルフ本部の作戦室には前と同じメンバーが集まっていた。
そのうち二名の落ち込んだ眼球の下にははっきりと見て取ることの出来る隈が存在していた。
水の鏡、第一話発表です。
こちらはアスカバージョンの方です。
小説という物を書き始めて、4ヶ月起ちました。
最近になってやっとキーボードだけを見ずに文章が打てるようになって来ました。
これが、作品の発表に結びついてくれればいいのですが・・・。
どうなることやら・・。
さて次回はアスカとシンジが過去へ出かけるところまでが発表になります。
そこで出会うことになる意外な人物とは・・・。
それでは次回「出発前Bパート」でお会い致しましょう。
(8/25)
ナベさんの『水の鏡』第一話Aパート、公開です。
近くにいるのに、
自分が一番近くにいるのに。
気持ちが分からない、
気持ちを分かってくれない。
アスカの苛立ちですね。
でも、
ちょっとした言葉のやり取りや、
一緒にいる時間がそれを和らげて・・・
旅立つ二人。
どうなるんでしょう(^^)
さあ、訪問者の皆さん。
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