闇が胎動する様なこの空間には聞こえない思念のざわめきに形のない想念が溢れている。
重々しくゲンドウは口を開く、
「進化の究極は完全なる死か・・・・。」
「完全な死なんてあるのかね。」
冬月はそういいかえす。
「フッ。形而上生物学者のお言葉ではありませんな。冬月先生。」
「あくまで学問さ。論理的かつ体系的な理論構築が出来なければ、それは学問ではない。只の思想でしかない。思想は個人の根本だ。他人に押しつける物ではない。」
それは碇に対する換言であろうか、その応じる口調の調べはフラットだ。
パチン。
冬月は小気味の良い音をさせて詰め将棋に興じているかのようだ。
七世名人三代、伊藤看寿【象棋図式】、俗称、象棋図功である。
江戸時代の最高の詰め将棋、献上図式である。
「いいのか?碇?」
「ああ」
重々しい口調で答える。
「ゼーレも壊滅した。まだだ。まだ、全てが、終わったわけではない。」
「破綻を無理に取り繕っているだけでは無いのか?」
「それでも、かまわん。」
それに答える声がなかった。
「プハー!!シンちゃんも一本ちょうだい。」
「あ、はい。」
シンジはミサトのためにえびすビールを取ってきた。
片手でプルトップをあけて、ミサトに渡す。
手慣れたものだわと、アスカは思った。
ここはミサトのコンフォートマンションである。
夜も更けてミサトが帰宅し因果律がどうとかそんな話をしていた。
シンジは一人腕を組み何やら自分の頭の中で反芻しているようだった。
「それで、何時行くの?」とアスカ。
「そうね。あさってくらいになるかな、準備はだいぶ前から進めていたみたいね。あいもかわらずってことかしらね。」
相も変わらずの秘密主義というところか。
アップにした髪に短パンにタンクトップという普段の格好のミサトが足を組み直した。
ラフな格好である。
アスカはどうしても目がいってしまうその大きい胸についつい対抗意識を燃やしてしまう。
「わたしの胸も暖めれば、大きくなるかな。」
といったのは昔の話。
シンジの顔が赤くなったのを覚えている。
しかし、今は気にしないようにつとめている。
こればかりはしょうがない、諦観するのではなく、まだ十四であることで自分を納得させていた。
「その因果律がよく分からないんですよ。」
最近になって、物事に対する積極性、知識欲のようなものが出始めたのであろうか。
わかないことは積極的に人に聞くようになった。
一連の事件のあとにシンジに残していったのは大きかったようにアスカには思える。
「因果律はさっき言った通り、時系列にそった【現実的な概念として因果律】は水流みたいなものなのよ。逆流することのない悠久のながれね。本来はそういう風に捉えられていたの。ただ、今回リツコが言っていたようなことが出来るならまた、別の因果が発生することになるわ。」
「別の?」
「そう、別の流れが発生することになるわ、理論上はね。要はAからBへ流れた事象にCという過去に行ったという新しい事象が生ずると言うことになるのね。とは言ってもこれまで誰も確かめることは出来なかったんだけど。」
「そのCと言うのはどういうことですか。」
「BからAへジャンプすると、その時点でAはAでなくなってCにシフトしてしてしまうという事。私達から見てということだけどね。Aより前からの流れの中の私達はAに辿り着いて、Bに行く事無くCへと流れていくことになるのよ。それがシュレーディンガーの思考実験がどうとか言う答えになるわけ。」
「なんか難しいような難しくないような・・・。」
「まあ、時間旅行なんてものは一概にこうとは言い切れないモノよ。ホントはね。よくあるじゃない。時間旅行を終えた主人公が元の世界に戻ってみるとそれまでの世界が一変しているって話。あれは、あれはあれで正しいンだけど。その主人公は辿り着いたAという地点から出発点Bへと戻ることが出来なくなってしまうわけ。主人公がAに辿り着いた時点でその世界に干渉してしまうと言うこと。完全なBではなくCに流れていってしまうと言うことなのよ。」
「それじゃ、これから僕たちが過去に行ってしまうとどうなるのですか。やっぱり、今ここにいるミサトさんやアスカ・・。」
ちらりとアスカの方をシンジは見た。
「・・・とは別の人格と対面してしまうということなんですか?」
アスカはシンジに語りかけた。
「そういう訳じゃないよね、これが。」
とアスカが物知り顔で答えた。
「どうして?そこへ行った時点でもう干渉されてしまうんでしょ?干渉された世界はどうなるの?」
「そのまま、新しい流れになるわ。」
「やっぱ、そうなるんでしょ。」
「一番最初に云ったの覚えてない?エヴァの属性が付けられるって。いわば、わたしがやったマグマダイヴの様な物よ。命綱を付けて過去の世界へとダイヴするようなものね。多分。リツコの話だとそういうことになるんだけど、実際本当かどうか何て分かんないよ。」
「ホントだね。そんなことが出来るのかな。」
アスカとシンジがそんな話をしている最中にミサトは冷蔵庫から新しいエビスを持ってきていた。
自分の席に着く前に歩きながらプルトップをあけて座ると同時に飲み始めた。
ミサトは一口、口に付けたあと、おもむろに語った。
「まあ、やってみないと分かんないわよ。それより、はい。」
ミサトはシンジとアスカにそれぞれに缶をわたす。
「別れの杯よ。むこうにいってもげんきでね。」
「な・何いってンですか。ミサトさん。」
「冗談よ。冗談。」
「もう。」
シンジは貰ったビールをぐいっと飲み干した。
そういえば、何時からシンジはこんなに飲めるようになったンだっけ。
アスカはふと思った。
あたしがここに来たときはシンジは大体酔いつぶれていた。
ミサトが強制的な押しのおかげである。
わたしは、そんな風には自分を変化させたくなかった。
自分を確立する・・そんな訳の分からないフォビア(恐怖感)に足を捕まれている気がする。
自分が人と違う選らばれた人間である。
自分はそう思っていた。
けど今は分からない、作用と反作用のようにやっぱり何処かで選民意識という突出した思考の反作用が働き始めたのかもしれない。
無意識を意識化することでそれは、現出した二面性を持つことになる。
意識することでそれはテキスト化されて浮かび上がる一つの【形】になる。
形には二極化された命題というものが存在している。
そうであるかそうでないかである。
その【具現化された選民意識】を気づかせてくれたのはシンジだった。
シンジは何かがかわった。
わたしはどうなのだろう・・・。
「ところでシンちゃん。」
「はい?」
「身体・・・・。大丈夫?」
明らかにアスカの方を向いてミサトは意味ありげにジト眼をした。
アスカはギクリと擬音化された反応を示した。
昨日のことを言っているのは明らかである。
良く覚えていない・・・・。
今朝起きたら自分の部屋で、自分の所在を確かめる前に二日酔いがひどくてそれどころではなかった。
記憶をすっぽ抜けたのは何時からだろうか?
いくら自問を繰り返しても答えはでてこなかった。
なんか昨日は心が不安定だったなと振り返る。
それで、のみ慣れないお酒なんて飲んだのは良かったんだけど。
それから、なにがあったんだっけ。
なんか朝起きたらシンジはあたしの方を見て赤くなっているし、ミサトもいつの間にか帰っているし、正直不安でしょうがなかった。
「まあ、大丈夫と言えばなんですけど・・・。」
ちらりとあたしの方を見て目が合うとすぐにそらした。
シンジの頭の中には何が思い浮かんでいるのだろう。
アスカは不安が倍増する。
「まさか、あなた達がねえ・・・・。」
今度はミサトがアスカを横目で見た。
アスカはどうにもならないくらい思考が混乱し始めた。
思考が無限ループを始めたようだった。
一体何が・・・。
一体何があったのようぉ。
「そんなこと言わないで下さいよ。ミサトさん。」
そんな事ってどんなことなんだー。
たまらずにアスカはおずおずと二人に聞いた。
「あの・・・・。あのさ・・・。きのうの事なんだけど・・・。」
そんな調子のアスカの言葉の反応はアスカの理解外の答えだった。
「ぷっ。」
「プッ。」
「アハハハハ。」
え? なに? 何があったの?
アスカは一体何が自分の身に降りかかったのか完全に理解でき無いかった。
「やっぱり覚えてなかったんだね。アスカ。 違うんだよ。多分そんなことはないよ。」
シンジはアスカの考えを先回りしてそういった。
「ちょっとからかっただけよ。あすか」
「ミサトさんも人が悪いんだから。アスカ、固まっているじゃないですか。ごめんね、アスカ。」
その後をミサトが引き取る。
「実はね・・・・・。」
昨日の明け方の五時過ぎに帰宅したところから説明する。
「あたたた・・・・。全くしゃれになんないわよ。」
まったく、こんな時間じゃないのよ。
何時間寝れるかしら。
ああ・・・関節が悲鳴を上げてる・・・。
リツコは手加減って物を知らな・・・・ん?
ミサトはまだリビングが明るいことに気づいた。
「おかしいわね。こんなじかんに・・・。」
よく耳を澄ますとシンジの声が微かに聞こえる。
「アスカ、アスカ。もう勘弁してよ。」
「もう、限界だよ。アスカ。」
なんですって?
ミサトが今まで受けた仕打ちと勝手な妄想と比べていきり立った。
一体こんな時間まで何やってんのよ。
(わたしは保護者。)
ずんずんと廊下を歩く。
(わたしは保護者。)
がしっとリビングの部屋の縁(へり)をわし掴む。
「わたしは保護者よーーーー。一体何やってんの!!」
「あ、ミサトさんーーー。たすけてーー。」
情けない声でシンジはミサトに助けを求めている。
想像していない状況にミサトは気勢をそがれた
「一体そこで何やってんのよ?シンちゃん?」
「どうにもこうにも、アスカが離してくれないんです。」
ミサトの妄想していた格好とは少し違う。
二人が一緒にくっついているのはそうなんだけど。
服着てるし・・・。
何が違うのかしら。
あ!これは・・・。
ミサトは驚いた。
け・袈裟固め・・・。
「み・見事な袈裟固めじゃない。何処で柔道なんて覚えたのかしら・・・・。それで、なんでこんな明け方の五時に柔道なんてやってんの?ご近所さんがいないからって、非常識じゃない。」
「違うんですよ。勉強を教えるって、アスカが。それで体を動かしたほうが覚えるって。いきなり柔道を始めたんですよ。投げ飛ばされるわ。気が付いたら、身体が動かないんですよ。どうやっても。」
シンジは身体を左右に動かして見せた。
アスカは、それに併せて重心をかえて、シンジが動けないようにしている。
「見事ね。それで?アスカは?」
「寝てるんですよ。全然起きないし、助けて下さいよ。ミサトさん。」
本当に寝てるのかしら・・・。
ミサトはアスカの顔をのぞき込む。
クー・・・とかわいらしい寝息がミサトにも聞こえてきた。
それと同時にアルコールの匂いも・・・。
ははあん。
そういうことか・・。
「ねえ、シンちゃん。アスカさ。この覚えていると思う?」
ミサトの顔が猫顔に変形している。
悪戯を考えたときの表情だ。
「多分覚えていないと思うのよね。ちょっとからかってやりましょう。シンジ君、協力するわね。」
「・・・・という訳なのよ。」
担がれた・・・・。
ちくしょー。
何て事なの、このあたしが・・・・。
この、あたし?
アスカは気を取り直してこういった。
「ふーん。そんなことがあったの。悪かったわね。シンジ。しかし、何処で柔道なんて覚えたのかしら。あたし、習ってないわよ。まあ、いいわ。そんなことがあったんなら。お酒なんて飲むもんじゃないわね。もう寝るわ。おやすみ。」
アスカはそれだけまくたてて、 そそくさと自分の部屋に引き込んでしまった。
そんな反応にシンジとミサトは呆然として見送った。
「いつものアスカの反応じゃない。」
「そ・そうね。何かへんね。」
この場は何もなく収まったかに見えた。
しかし、このまま引き下がるアスカではない。
その日の夜半、猫顔のアスカが跳梁跋扈した姿が確認されたという。
ミサトのシンジの額にマジックで「古内東子は元wink」と「廃刊スタミナ天国」と悪戯書きしたアスカがいたという。
ミサトは油性、シンジは何故か水性ペンだった。
そこはかとない、優しさを見せるアスカであった。
「そろそろ無駄話は終わりにして、いい?一つ重要な事を説明するわよ。通常通りのエヴァンゲリオン初号機の起動、その後はこちらで作業することになるから、後のことは起動後は何も考えないでいいわ。次の瞬間、あちらの世界へ移動することになるはずだから。着いてからの行動は本人に任せることにします。」
「随分アバウトな説明じゃない。一体何すればいいのかぐらい示唆して欲しいものね。行くのは私達なんだから。」
シンジの思っているだろう事をアスカは代弁した。
「そうね。一つ仕掛けがあるのよ。」
「仕掛け・・・・ですか。」
「そうよ。シンジ君。辿り着いた先では仕掛けが作動することになるのよ。理論上はだけどね。小難しい説明は抜きにするから。そうね。なんと言えばよいか・・・。ある種のバイオチップが働くことになるの。脳内コンピュータね。早い話。」
「どうやってそんな・・・・。」
「説明は抜きって言ったでしょ。とにかく行けば分かる事よ。いわば、新しい知識が湧いてでてくると言った感じになるはずだから。その中に持っていく情報は全て入っているわ。それをうまく活用して欲しいというわけ。いい?」
「よくは無いですけど・・・。」
シンジは納得はしていないが、説明しないと言われてはどうしようもない。
「一つ注意しておくことがあるの。経験って言葉があるでしょう?知識の源泉は経験であるッてヤツね。持っていくデータはその経験が呼び水になって溢れてくるの。その膨大な量のデータのためにシンジ君は一時間ほど肉体的直接行動に制限が加えられることになります。その行動が何回起こりうるかは分かりません。そのためはアスカのサポートが必要になってくるわけ。」
「じゃあ、あたしはいつ起こりうるか分からないシンジのその状態のサポートって言うわけ?」
「その通りよ。起こりうる全パターンを想定してたデータがあなたに備わることになります。いい、アスカ。その状態に陥ったシンジ君は何もできなくなるわ。しっかりとサポートするのよ。」
「なんか釈然とはしないけど・・・わかったわ。まかせておいて。」
LCLも残り少ない、これが最後になるだろう。
リツコは思う。
シンジとアスカは初号機のエントリープラグに搭乗している。
これが最後になるのか・・・。
少し感慨深くなった。
「エヴァンゲリオン初号機起動開始。」
「冷却水排水・・・・停止信号プラグ排出・・・・エントリープラグ挿入・・・・・固定終了・・・・・・・。」
一連の起動作業を見守りながら、リツコはふとある一節が頭の中に浮かんできた。
「第一次接続開始・・LCL注水・・・・主電源前回路接続・・・・主電源前回路動力伝達・・・・起動用システム作動開始・・・・。」
「シナプス挿入・・・オールナーブリンク問題なし・・・チェック2550リストクリア・・・・」
「絶対境界線突破・・・・双方向回線開く・・・・ハーモニクス正常・・・。」
「エヴァンゲリオン初号機起動しました。」
リツコは我に返った。
「了解。マギ経由で第一信号を送って。」
「受信しました。拒絶反応なし。」
「続いて第二信号を送って。」
「受信確認。問題ありません。」
「それじゃ始めるわ。信号を送って。」
「信号受信しました。霊的本質境界信号、デストルドーに移行。背向性反粒子リストAまでN 確認しました。カウントダウン始めます。5・・4・・3・・2・・1・・0データ照射。高次元固定完了。続いてパイロットに移行します。照射完了。霊的本質境界信号測定値マイナスからフラットへ。」
「了解しました。二時間後、三交代待機に移行します。観測続けて下さい。」
リツコは肩の力を抜いた。
そう、まだ諦めるのははやい。
十二番目の扉は夏へと向かっているだろうか?
あの人はどう思っているのだろう・・。
リツコは思いを馳せた。
初稿はさすがに説明的な文章が多過ぎたため、何回か推敲を重ねてこの辺りで纏めることにしました。
いかがでしょうか。
まずは、 アスカバージョンをある程度書き進めるつもりでいます。
そのあと、レイバーションを考えていこうかと思っています。
考えているネタを全て「水の鏡」に放り込んで、レイバージョンはまったく別の話にしようかなとか色々考えています。
さて、次の話は二人が辿り着いた先の話になります。
そこで出会う、意外な人物とは・・・。
オリジナルキャラでは無いので推測できるとは思いますが、そういうことです。
それではこの辺りで・・・・。
(9/13 脱稿)
ナベさんの『水の鏡』第一話Bパート、公開です。
説明好きのリツコさんが説明しない・・・・
あ、怪しい(^^;
いらん事まで説明するリツコさんが・・・
分からないことまで説明するリツコさんが・・・
悦に入って説明するリツコさんが・・・
・・・しつこい?(^^;
とにかく!
シンジに仕込まれた情報とは?!
さあ、訪問者の皆さん。
学術用語表現に悩むナベさんに感想メールを送りましょう!