「司令、委員会から直通が。またEVAの出動要請です。」
「あいかわらずせっかちね。あのお婆様方は。」
劣悪な戦況に焦る委員会なぞ眼中に無い、といわんばかりに嘲笑し、ホットラインをとった長髪のオペレーター、青葉シゲルに返す。
「ふふ。せっかくだから出撃はさせてもらうわ…」
そして、管制室のガラス越し、眼下に広がる赤褐色の湖、巨大なL.C.L循環槽と、そこに沈む彼女の切り札、EVA零号機に視線を落とし、その向こうに複数の人影を認める。その中で、一番小さな、かすかにちらつく水色が目立つ、影。それを認めても、何ら変化を見せる事のない、その不可解な微笑の下の真意を窺い知る事は誰にも出来ない。
「出撃、いいわね。」
そして、賽は投げられる…
ACT−3
「The boy like a cold steel」
「出撃!?何時暴走してもおかしくない、この零号機でか?」
「加持、言いたい事はわかる。しかしな…」
加持の顔から何時もの気楽さが消え、覆っていた軽薄のベールの下からわずかに牙が覗いたのを冬月は認めた。
「第一、パイロットはどうする気だ?サードチルドレンはまだ…」
「…今、届いた所だ。」
「冬月さん!あんた…」
「…いや…」
冬月に食って掛かろうとした加持の耳に、小さなつぶやきは確かに届いた。冬月も、加持と同時にその声の主の方へと振り向く。そう、彼女はもう理解していた。大人達の話の内容の大半は、何の事かわからないものだった。しかし、彼女は理解してしまった。自分がなぜ、ここにいるのか。なぜ、ここに呼ばれたのか。大人達が何を必要とし、何をさせようとしているのか…
「…どうして?…ママ、どうしてなの?…」
「すまん、レイ君…解って欲しい。我々には他に方法が無いんだ…」
「…無茶だ…あの、碇シンジでさえ、こいつとシンクロするのに7ヵ月、挙げ句の果てがあの暴走事故なんだぞ!今来たばっかりの女の子に、いきなり戦場に出ろって言うのか!?」
「お前だって解ってるはずだ、加持…今は誰であれ、シンクロ可能な人間を乗せて出すしか無いと言うことは…」
「くっ…」
うつむいて、だまって震えていたレイは、急に、管制室の方を見上げ、そして、叫んだ。小さな体から声をふりしぼり、紅い瞳から涙をはらって。
「ママ!どうしてなの!?答えて、ママ!!」
だが、返された答えは余りにもそっけなく、そして、非情なものだった。
「他の人間には無理だからよ。乗らないの?いいわ。なら、帰りなさい。何の役にもたたないものは、必要ないもの。」
「…ママ…」
レイは…再びうつむいて、だまってしまう…肩を震わせて。彼女の足下にはぽたぽたと大粒の涙がひっきりなしに、したたりおちていた…
「レイちゃん…」
乗れなどと言えるわけがなかった。人間には、如何に追いつめられようとやっていい事と悪い事がある。いくら自分の手が汚れていようが…結果、人類が滅びたとしても、それはそれで仕方の無い事だ。我々には、ツキが無かった、ただそれだけの事だ…加持はそう、思おうとした。冬月も、最早諦める準備をしているように見える…いいさ、この娘を傷つけるくらいなら、そのほうが。たとえ今まで積み上げて来た物が、全て無駄になろうとも…
「ナオコ。」
管制室からケージを見下ろしていたユイが、発令所で指揮を取っている赤木ナオコを呼び出す。数秒後、彼女の左手に平面のホログラフが第一発令所を映し出す。
「どうしたの?」
「シンジを…」
言いかけて、ふと、ケージのキャットウォークの人影が眼に止まる。
「シンジ?」
「僕が零号機で出ます…司令、出撃許可を。」
その声にその場にいた全ての者が振り返る。キャットウォークの上、青い病院用の寝間着を着、松葉杖で体を引きずりながら歩いて、いや、這いずってくる、その少年…頭部を始め全身至る所に巻かれている包帯には、まだ出血して間も無いらしい鮮やかな赤いシミが滲み、その端々から足下へと同色の流れがつたっている。彼が歩いて来た方向には、赤くぬめった、ナメクジの這いずったが如き跡が続いていた。
「…何をやってるんだ、君は!待機命令を出したはずだぞ!!」
「有時に使えない兵器に存在意義は無い。運用上の基本ですよね。違いますか?」
「…あいかわらず、教範に忠実だな。だが、これは明らかな命令違反だ。病室にもどりたまえ、碇シンジ君。」
「待ちなさい、加持君。サードチルドレンの零号機での出撃を許可します。直ちに戦闘準備を。」
「司令!?」
「了解。現在時をもって待機任務を終了、戦闘体制に移行します。」
「無茶な…傷口が開いてる、それも一個所や二個所じゃない…そんな体でL.C.L内に入ったら十分ともたずに失血死するぞ!」
「止血に関しては処置済みです。三十分生存していれば目標を殲滅出来ますから。」
「加持君、直ちにエントリープラグの準備を。冬月君は零号機のパーソナルデータをシンジに書き換えて。復命はどうしたの?」
「り、了解。直ちに実施します。」
最早、決定に逆らうものなどいようはずもない。
本部直上、第三新東京市内。兵装ビル等の迎撃システム、稼働率、既に2パーセント弱。再装填後、戦闘加入可能なものを含めても、最早五分はきっている。目標、第三使徒、依然として健在。既に市街地への侵入を済ませている。「彼」の使命達成の刻は近い。不意に、「彼」の真横、生き残っていたわずかな兵装ビルの一つがシャッターを展開する。至近距離からの不意急襲射撃により、目標の撃破を図るつもりか…閃光。瞬時に兵装ビルは砲弾の誘爆を起こし、辺りの道路を縫って十字架の如き火柱が上がる。激しい振動が一帯を襲った…その衝撃は直下、ジオフロント内にも伝わり、数本の集光ビルが本部付近にも落下する。轟音と共に地底湖から水柱が上がり、更にすさまじい振動と共に、森にビルが突き立った。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
ケージ内を凄まじい衝撃が襲い、レイの悲鳴が辺りにこだまする。咄嗟に加持が、飛び散るフラグや倒れて来る器材からレイを守る…止まぬ振動…やがて、破損したライトの一つが彼等の真上から落下する!衝撃…ライトが空中の「何か」に激突して発令所方向、ユイの眼前に弾かれる。それを眼にした彼女の顔に一瞬あの、楽しくて仕方が無い、と言った笑みが浮かび、すぐに何時ものアルカイックスマイルに変わる。落下したライトを弾いた、それは…搭乗者のいないはずの零号機の右手だった。
「馬鹿な…有り得ない事だぞ…停止信号プラグまで挿入されているのに…」
「拘束具を引き千切ってやがる…なんて事だ…」
驚く冬月やエンジニア達を横目に、レイの無事を確認すると、加持はまざまざと零号機を見つめる。
「反応した?いや、違う…彼女を守った、のか?ひょっとすると、これは…」
一瞬頭をよぎった考えをすぐに振り払う。どっちにしろ、それは、駄目だ…ふと加持の腕の中でぎゅっ、と眼をつぶっていたレイが眼をあけ…
「あ、ああっ!!」
いきなり跳ね起きて、加持の腕を飛び出し、ライトの破片の直撃を食らったらしい少年、碇シンジのもとへ駆け寄る。折りからの大量出血と、戦闘可能時間を引き延ばすための苦肉の策である四肢への止血が彼の動きを大幅に鈍らせ、回避する事が出来なかったのだ。ものの見事にその下腹部に、幅数十センチ、長さ1メートル強の巨大なガラス片が突き立っていた…シンジに駆け寄ったものの、どうしていいかわからず、ただおろおろするばかりのレイ。最早完全にべそをかいて、助けを請うように、加持達の方を見る。
「ねえ、このままじゃ死んじゃう、しんじゃうよぅ…」
「大丈夫。幸い、うまい具合に内臓の間をぬって、動脈は傷つけてない…助かるよ。」
加持は解る範囲で負傷の程度を確認する。意識は辛うじてあるため、舌根の落ち込みによる気道の閉塞は起きていないが、会話が出来る状態ではない。脈拍も急激に弱りつつあった。下手にガラスは抜かない方が良さそうだ。
「救護班を!サードチルドレンが負傷した!」
「応急処置及び強心剤の投与実施後、直ちにサードチルドレンの搭乗準備を。」
「司令!この状態では、不可能です!」
「15分位なら薬物投与で意識はもつわ。使徒を殲滅するまでの僅かの間、生存していてくれればいい。痛覚中枢の遮断措置を行って。」
こう言う局面においてさえ、その氷の微笑を絶やさぬ彼女、綾波ユイ。そのすでに人の域を越えているとさえ言われる強靭な意志ゆえに、いや、それをもってして辛うじてNERVはやって来られたのだ…それを知って居るがゆえに、NERV中枢に居る人間で彼女の決定に異を唱えられる者は、いない…それは加持も例外では有り得なかった。
「了解。20分だけ頂けますか…戦闘可能な状態にもっていきます。」
少しでも多くの処置で、わずかでも、気休めでも生存確率を伸ばしてやりたかった…
「いいでしょう…現在時より20分後、エントリープラグに搭乗完了、いいわね。」
「問題、ありません…そう言う事だ…たのむぜ、シンジ君…」
既に口のきけない状態のシンジは、のろのろと右手の親指を立ててそれに応じた。
「だっ、だめ!…だめだよ、そんなことしたら、しんじゃうよ!…」
側で聞いていたレイは必死になって加持やシンジを止めようとする、が…
「それは、解ってるんだよ、レイちゃん…俺も、彼もね…だけど後には引けない、これは戦争で、俺も、シンジ君も兵士なんだ。生きて帰るつもりは、始めから無いんだよ。それに…これは、彼の望んだ戦いでもあるんだ。」
「そっ、そんなの、そんなのだめだよ…しんじゃったら、しんじゃったら…」
あんなにたくさん涙を流したのに、またもぽろぽろと涙がこぼれはじめる。溜め息を付き、そして、何故か微笑んでしまう加持…レイに眼を向ける…さみしがり屋で、心やさしい泣き虫な白うさぎ…じきに、救護班が処置器材と共に到着した。ドクターの指揮下で迅速に処置を行う彼等の様子を、レイは横でじっと見ていたが、やがて、ドクターが無針式の、小型拳銃に似た注射器を取り出し、カートリッジ式のアンプルを装填したのを見て、不安そうな、また泣き出してしまいそうな顔になる。加持の顔をのぞきこんで、尋ねる。
「あれは、なに?」
「鎮痛剤だよ。心配ないから…」
加持の顔をじーっと覗き込んでいたレイだったが、注射器の先端がシンジの首筋に当てられそうになると、急にシンジの上に覆い被さって、必死でしがみついてしまう。
「きっ、君!治療が出来ないから、離れて!」
「だめー!やっぱり、しんじゃうなんてだめ!ぜったい、ぜったい…」
加持は、以外なレイの勘の良さに驚いていた。アンプルの中身は、感覚中枢に直接作用する軍用覚醒剤の一種…生き残る事が出来たとしても、廃人になる事は避けられない代物だ…
「そこで何をしているの、レイ。ここから出て行きなさい。軍事行動に対する妨害行為、あなたのやっている事は重大な犯罪よ。…警備班、排除して。零号機発進準備、急いで!」
娘に対してそんな言葉を吐く、それは、別にいい。レイは思った。彼女が許せなかったのは、その言葉を、そして、シンジに対する出撃命令を、母が、微笑みを浮かべたまま口にした事だ…楽しいんだ、あたしをいじめて、この子を殺そうとして、ママは楽しんでるんだ!ゆるせない…あたし、そんなのゆるせない!!
「はなしてよ!はなしてったら!あっ、それは、だめっ!注射したら、絶対にだめっ!」
この小さくか細い体のいったい何処からこんな力が出たのか…驚く警備要員達を振りほどき、再びシンジの上に覆い被さると、レイは、発令所の方を向き、初めてユイの眼をまっすぐに見た。紅い瞳にありったけの怒りをあらわにして。
「そこまで邪魔をして…そしてどうするつもり?使徒はもうすぐ此処へやって来るわ。どちらにしてもシンジは死ぬ事になるわね。無駄な事なのよ、レイ。」
「あたしが…」
シンジの上に覆い被さったまま、レイは一度うつむき、つぶやく。そして…
「あたしが、のるっ!!」
レイは宣言した。物心ついて以来、一度もまっすぐ見つめる事のなかった母の瞳を睨みながら。
「…零号機のパーソナルデータ、書き換えは中止。ファーストチルドレンの搭乗準備を。」
「レイちゃん…本当に、乗る気か?」
加持の問いに、この泣き虫な白うさぎは、彼女にしてはぎこちない、しかし、精一杯の笑顔をつくって、言った。
「だいじょぶ。だれも、しんだりさせないもん。だれも…」
そして、全ての人の運命は、この少女の手に委ねられることとなる…
あとがき
砂漠谷(以下、鯖)どーも、ヒカリちゃんに暇人と言われてしまったさすらいの電波野郎、砂漠谷でございます。
シンジ(以下、シ)…あんなわけのわかんないメール送ったりするからですよ。ひょっとして、書いた鯖さん自身、理解してないなんてことは…
鯖 (ぎくっ…汗)いや、あーゆう風に見ると、あらためて自分でも、怪文書としか思えんなあ、とね。掲載おっけーですっ、何ぞと軽々しく言うてしもーた手前…実際、あの内容からフラン研師匠や大家さんにご迷惑がかかるんではないかと内心びびっとるんやが。
シ 自分から敵を増やすような発言ばっかりしてるからですよ。喧嘩上等とか勝てば官軍とか…
鯖 いくらなんでもそこまでは言うとらんぞ…まあ、自分でも随分感情的になっとったかな、と反省はしとるんよ。別に特定の個人を誹謗したかった訳でもないし。ただ、少し納得のいかん表現をみかけるとつい、ね。気を悪くされた方、どうも申し訳ありませんでした。決して悪意あっての事ではございませんんので…
レイ ぱたぱたぱた いかりくん…
鯖 ああっ、
レイちゃん、ここでそれはちょっと…あんまり版権を無視すると、ストーカー、あわわ、それは違うとしても、やっぱり色々と…それに、同志の方からの無断借用は…シ こうやって、本来味方な人達のご機嫌も損ねるんですね、鯖さん…
鯖 誤解やあっ!他意は無いんやっ!すみません!あんまりかわいかったから、つい出来心で(涙)
レイ ???
鯖 あぅ…かわいいよなぁ…こんなに純粋な
レイちゃんの魅力が万人に理解出来んとは腑に落ちん…シ それよりっ、鯖版「海辺の生活」、どうなってるんですかっ!フラン研さんにエヴァトレであそこまでやっていただいたって言うのに!
鯖 いや、今の俺には地球の平和とショタと木綿豆腐を守ると言う崇高な使命が…
シ …進んでないんですか…
鯖 大丈夫やって。今、最期の校正にかかっとる所やし。それよりシンちゃん(ニヤリ)
シ なっ、なんですか…
鯖 まあ、かんばるこっちゃなぁ、クックックッ。(言えんよな、リヴァース2話本編より、師匠のリヴァーシブルのほうが遥かに面白かったのがショックで、しばらく書けんようになっとったとは…嗚呼、お粗末なオリジナルは優れたパロディには勝てんのかぁぁっ!?)と言うわけで、贋作・海辺の生活「人魚姫」近日公開で御座います。はたして鯖に「吠える銃口、飛び散る血飛沫!」以外の作品が書けるのか?かなうはずのないオリジナルに如何にいどむのか?請うご期待!次回、リヴァース第4話、「疑惑・或いはレイちゃんのお引越し」も、合わせてお願い申し上げます!では、ごきげんよう。
レイ ぱたぱたぱた またね…
< 砂漠谷 麗馬さんの『エヴァンゲリオン・リヴァース』ACTー3、公開です。
いよいよレイちゃんが出撃を決意。
死にかけシンジを、
死にかけてまで行こうとするシンジを、
死を理解しながら送りだそうとする人を見て。
戦場は厳しいですね。
いやいやしかし、ユイさん強烈(^^;
さあ、訪問者の皆さん。
砂漠谷 麗馬に感想を送りましょう!