碇シンジが、「鈴原トウジ」と言う名の「現実」と出会ったその日の放課後、先の戦闘で受けたダメージの修復を
終わらせたエヴァ初号機の起動テストが行われようとしていた・・・・・・
『シンジ君、いい?起動テスト、始めるわよ。初号機は再生処理が終わったばかりだから、フィードバックに
何か異常があったら直ぐに教えてね。』
「・・・・・・はい、わかりました。リツコさん。」
『じゃあ、いくわよ。マヤ、アストラル・リンク・システム起動。』
『はい。A・R・S起動します・・・・・・シンクロ率、インタラクティブポイントをクリア。リンク、成功しました。
・・・・・・シンクロ率、41.74%で安定。』
『シンジ君、調子はどう?今までのテストに使っていた模擬体との差は、あまり無いはずだけど。』
「・・・・・・はい、問題ありません。」
『そう・・・じゃ、次、いくわよ・・・・・・
・・・・・・シンジ君、ご苦労様。これで今日のテストは終わりよ。もう上がって良いわ。」
『・・・・・・はい、分かりました、リツコさん。』
モニターの中のシンジの表情を見ていたリツコは、洩れそうになるため息を押し殺しながら、初号機の
エントリープラグとの通信をカットした。
「マヤ、初号機のリエントリー作業を始めて。後は任せるわ。」
「はい、了解しました。先輩。」
リツコは、今までのテストを後ろで見守っていたミサトの方に振り返った。すると、彼女も何とも言えない
微妙な表情をしていた。そんなミサトに自分も顔を顰めながら問い掛ける。
「ミサト、今日のシンジ君どうしたの?何か聞いてないの?頬のあざ、あれは殴られた痕でしょ?」
「リツコぉ・・・・・・そんなに一遍に質問されても答えられないわよ。アンタらしくないわねぇ。」
「あ、ごめん。でも・・・どうなの?」
「うーん、それがね。話してくれないのよ。何かあったのは確かなんだけど・・・あの落ち込み様は只事じゃ
無いもの。少なくともここに来てからは、あんな表情見せた事無いんだから・・・・・・」
「諜報部からの報告は?シンジ君のガードについてる彼らなら、知ってるんじゃない?」
「ああ、あれは・・・よっぽどの事が無い限り私の所には報告をよこさない様に言ってあるから、分からないわ。」
「分からないって、ミサト、シンジ君に対する管理責任は貴方が負っているのよ。貴方のやっている事は
職務規定違反にも取られかねないわ。分かってるの!?」
「それくらい、分かってるわ。でもねリツコ、私は一緒に暮らしてるんだから、家族として「ズル」はいけないと
思うのよ。私はシンジ君と「家族」になりたいの。わかるでしょ?」
「ミサト・・・・・・あんたってホントに馬鹿なんだから・・・・・・でも、あんたらしいわね。」
「リツコなら、そう言ってくれると思ってた。ありがと。」
「そんな事言っても、何にも出ないわよ。それと、上に知れても私は知らないからね。」
「そんなぁ・・・・・・リツコの意地悪ぅ・・・・・・」
そうして二人はひとしきり笑い合う。その場に居る部下達にはあまり見せる事の無い、柔らかい笑顔だった。
そのうちリツコは、何かに気付いた様に視線を巡らせた。
「どうしたの、リツコ?」
「レイは、何処に行ったのかしら?今さっきまでここに居たわよね?」
「そう言えば・・・居ないわね。何処かしら?・・・・・・あぁ、そうか。考えられるわね。」
「何一人で納得してるのよ。私にも分かるように説明しなさい。」
「レイは多分、シンジ君に会いに行ったと思うわ。」
「どうして、そう思うのよ?」
「ふふっ、それがね。あの二人が初めて会った時の事なんだけどね・・・・・・
どうやらシンジは、まだ当面の間、レイに関する事柄でミサトのおもちゃになる運命にあるようだった・・・・・・
「ふぅ・・・・・・僕はどうすれば良いんだろう?・・・僕に何が出来るんだろうか?・・・・・・」
シンジはケイジと同じフロアにある更衣室で、エヴァとのシンクロを補助する働きを持つパイロットスーツで
ある「プラグスーツ」を、まだ着たままで物思いに沈んでいた。
シンジの頭には、「鈴原トウジ」と言う少年がシンジに投げつけた言葉が何時までも絶える事無く鳴り響いて
いた。
シンジは、少なくとも今日までは、自分のやった事が正しい事だと信じていた。いや、それ以前に「疑う」と
言う選択肢があるとすら、考えもしなかった。ミサトやリツコから賞賛の声を掛けられ、今までそんなモノを
自分の身に受けた事の無かったシンジは、少しくすぐったさを感じると同時に喩えようの無い誇らしさを
感じた。「嬉しさ」が全身を駆け巡るを感じた。それから今日までの日々は、シンジにとって文字どうり「夢」の
様なモノになった。自分が必要とされていると言う事を生まれて初めてその身に感じる事が出来たのが、本当に
嬉しかったのだ。
しかしそれは、「現実」の前には脆くも崩れ去る仮初めのモノでしか無いのだ、といきなり見せ付けられたのだ。
シンジは、ただ呆然とするしか出来なかった。だから、自分を殴り付け、そのまま教室を出ていく鈴原トウジを、
ただ見送る事しか出来なかったのだ・・・・・・
思考の底無し沼にはまりこんだシンジは、更衣室にレイが入ってきても直ぐには反応を返せなかった。何故
レイがここに来たのか、理由が全く分からず、困惑した表情をのろのろと億劫そうにレイに向けるのが精一杯
だった。
だがシンジは、レイの様子を見て、思わず目を見張る。初めて会った時以来、変わる事の無かったレイの表情に
明らかな変化が現れていたからだ。その端正な眉は微かだが確かに顰められ、美しく澄んだ赤い瞳は、心配の
色を湛えて揺れている様に見えた・・・・・・
「・・・碇君、頬、どうしたの?」
「え、ああ、そう言えば、綾波は今日学校に来なかったんだっけ・・・・・・たしか、綾波は朝からテストだったん
だよね?」
「ええ、そうよ・・・・・・それが?」
「・・・・・・ちょっと、学校でね、あったんだ。別に、大した事じゃ無いよ。」
「・・・・・・嘘。碇君、嘘ついてる。何故?」
「別に・・・嘘なんて・・・・・・」
レイは無言で頭を振ると、座っているシンジの目の前に立つ。そして、自らの白く華奢な手でシンジの殴られた
頬に触れる。
「・・・・・・綾波?・・・・・・」
「碇君、泣いているもの。」
シンジの頬に触れていた手が、そっと涙を拭い取る。
「えっ、ああ、僕、泣いてたんだ・・・・・・」
・・・・・・それで、鈴原君に殴られたんだ・・・・・・僕は・・・殴られる事しか出来なかった・・・・・・追い駆ける事も、
謝る事も出来なかったんだ・・・・・・」
シンジはレイに問われるままに、鈴原トウジとの間に起きた出来事を話して聞かせた。今さっきまで、どうして
良いか分からずに自分の内に篭っていたとは思えないな、とシンジは感じていた。彼を気遣うレイの澄んだ瞳に
見詰められているうちに、何故だか急に落ち着きを取り戻す事が出来た。「初めて会った時は、胸がドキドキして
まるで落ち着けなかったのにな。」などと考えて、妙な可笑しさが込み上げて来るほどに。
「そう、なの・・・・・・でも、私かも、知れない・・・・・・」
「えっ?」
「あの時、私も出撃したもの。」
「ああ、そうか・・・・・・でも、それはあんまり関係無いんだ。僕は、気付かなきゃならなかったんだ・・・・・・
それなのに・・・・・・僕は・・・・・・」
「・・・・・・碇君・・・・・・」
レイは、シンジの内に在る「苦しみ」が自分の内に流れ込んで来るのを感じていた。今まで感じた事の無い「痛み」、
「心の痛み」にどう対処したら良いか分からず、戸惑いを感じてしまう。
そもそもレイ自身、何故ここまでシンジに会いに来たのか良く分かっていなかった。起動テスト中のシンジの顔を
見ていると、胸の奥の方が鈍い痛みを感じ、それに突き動かされる様に更衣室までやって来てしまったのだ。
レイは、シンジの頬を触りながら、自分の中で何か大きな意味を持ち始めている少年の「苦しみ」が癒されれば
良いと思った。しかし、その為にどうすれば良いのか分からず、ただただ、シンジを見詰めながら頬を撫でる
事しか出来ないで居た・・・・・・
シンジは、そんなレイを見詰め返しながら、レイの手のぬくもりに心を預けた。そうしてると傷ついた心が
癒される様な気がしたからだ。レイの手は、彼女の普段の無表情ぶりからは想像も出来ない位暖かく、シンジは
そのぬくもりに、前にも感じた懐かしさと喩えようの無い愛おしさを感じて、思わず自分の頬を撫でている
レイの手を、握り締めてしまう。
身動ぎ一つしなかったシンジの急な動きに驚いたレイは、反射的に捕まれた手を引こうとした。しかし、シンジの
力は思いのほか強く、引く事は出来なかった。そのままレイは、これまたどうして良いか分からなくなり、硬直
してしまう。すると、シンジの手からレイの手に何か暖かいモノが流れ込んできた。それはさっきまで感じていた
「苦しみ」とは正反対のモノで、その事がレイには何故かとても嬉しく感じられ、思わずレイもシンジの手の
ぬくもりに心を預けた。
暫くそのままで居た二人は、どちらからとも無く微笑みあった。そしてシンジは、ゆっくりと手を放した。
シンジはレイに自分の座っているベンチの隣を勧め、レイがそこに腰掛けると、すぐとなりの位置に降りて来た
赤い瞳を覗き込む様にして話し出した。
「ありがとう、綾波。それと、ごめんね。なんだか僕の問題に、君まで巻き込んじゃったみたいで・・・・・・」
「そんな事、無いわ。」
レイは、シンジが彼女に向けた笑顔の虜になっていた。その所為で、返す言葉は普段より更に素っ気無くなり、
頬が真っ赤に染まるのを押さえる事が出来なくなる。そんな自分の身に起きた今までに無い変化に戸惑うレイ。
心臓の鼓動も何故か早くなっている。経験した事の無い状況にパニックを起こし掛けるが、それと同時にそんな
自分を心地よく感じる感情もあるのを発見する。
その時レイは不意に気がついた。これが「幸せ」と言うモノなのだと。本で読んで言語としては認識していたが、
自分で感じられたのはこれが生まれて初めての経験だった。
その事に気付いたレイは、より一層「幸せ」を噛み締める。碇シンジと言う少年に出会えた「幸せ」を・・・・・・
「そんな事、あるよ。ホントにありがとう。おかげで、何となく落ち着けたよ。」
「・・・・・・そう、良かったわね。」
至近距離でシンジの笑顔に見詰められ、先程とは別の意味でパニックしかけるレイ。もう既に首筋まで真っ赤に
なって、まるでゆでだこの様だ。そう言うシチュエーションに全く免疫の無いシンジは、一瞬きょとんとした顔を見せたが、
流石に自分とレイの位置関係に気がつく。そして、自分の顔も真っ赤になるのを抑えられなくなり、そのまま二人とも
硬直してしまう。
そんなこんなで、どうしたらこの状況を打破できるのか分からない二人は、見詰め合ったまま内心慌て巻くって
いた・・・・・・そんな時だ。突然更衣室のドアが開き、ミサトとリツコが入ってきたのは。
「ごめんねぇ・・・・・・思いっきり、お邪魔様なのは分かってるけど、このままほっといたら何時まで経っても話が
進まないからぁ・・・・・・」
などと言いつつミサトはシンジとレイの前に立つ。お互いの吐息が感じられるほどの至近距離のまま、顔だけ
なんとかミサトの方に向ける二人。シンジは、何故自分達がここに居るのが分かったのかまるで分からず質問を
しようと考えたのだが、上手く喋る事が出来ず、結局口をパクパクさせる事しかできない。一方、レイの方はと
言うと、こちらは全くモノを考える事すら出来ない様子で、瞬き一つせずにミサトのいる方向を呆然と眺めている
と言った感じだ。
そう言う状態の二人の少年少女を見て、お世辞にも人が良いとは言えない笑みを浮べるミサト。自分がシンジと
レイに与えた衝撃の大きさをその目で確認し、満足している言った風情だ。その後ろでリツコは、顔を背け肩を
震わせている。笑いの発作を必死に堪えているからだ。
「悪戯に大成功した腕白坊主」のオーラを全身に漲らせた二人の大人に、流石に普段は温厚なシンジも腹が立った
のか、何とか回復した気力を振り絞って、抗議の為に口を開いた。
「い、一体何のつもりですかっ!ミサトさんっ!!いきなり入って来てっ!!」
「いやぁ、ね。管制室から急にレイが居なくなったから、リツコにMAGIで探して貰ったのよ。そしたらシンジ君
とレイが見詰め合ってるから、一体何を話してるのかなぁ?と思って、これまたリツコに音声を拾ってもらったの。
んでもって二人が硬直しちゃったから、この優しいミサトお姉さんが助け船を出してあげようと思ってここまで
来たって訳。分かってくれた?」
「分かる訳無いじゃないですか!そう言うのは「のぞき」って言うんですよ、ミサトさん!!いけない事だって、
知ってますかっ!!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない・・・・・・それともぉ、私達が入ってきちゃマズい様な事でも、しようとしてた
のかなぁ?」
「ミ、ミサトさんっ!!何てこと言うんですかっ!!」
「あら、図星だったかしら?」
「ちがいますっ!!」
なんともお約束な会話を繰り広げる二人に、リツコはついに我慢なる物を放棄したのか、目の端に涙を浮べながら
笑い出す。しばらく笑いの衝動に身を任せた後、流石にシンジがかわいそうに思ったのか、助け船を出す。
「ミサトぉ、それくらいにしたら。シンジ君困らせるの、そんなに楽しい?・・・第一、そんな事を言いにここに
来た訳では無いんでしょう?」
「まぁ、確かにそうよね・・・・・・ゴメンね、シンちゃん。二人があんまりにも可愛かったから、つい、ね。」
「ミサトさぁん・・・・・・」
シンジの出す声の情けない響きに、思わず吹き出しかけるミサト。何とかそれを押え込んで、自分の後ろにある
ベンチにシンジと向かい合わせに腰掛ける。そして、おもむろに話し出した。
「ホント、御免ね。シンジ君・・・・・・シンジ君がそんな事になってるなんて、私、考えもしなかった。」
「ミサトさん・・・・・・」
「私の責任よね・・・・・・作戦行動に関する全ての責任は、私にあるから・・・・・・」
「ミサトさんっ、それは、ちがうよっ!」
「ううん、違わないわ。シンジ君が何を言いたいのかは、分かってるつもりよ。今までの会話は聞いてたからね。」
「じゃぁ・・・・・・」
「違わないのよ。命令したのは、私だもの。だから、シンジ君は悪く無いわ。」
さっきまでのおちゃらけた感じから一転して、大真面目に言い募るミサトに、何も言い返せなくなるシンジ。
レイも、ミサトの表情に何かを感じ取ったのか、その透き通った眼差しでミサトを見詰める。
そんな二人を見てミサトは、引き締めていた顔を少し緩めると、また、喋り出す。
「でも、そう言っても、シンジ君、納得できないわよね。」
「はい。僕は、ミサトさんやリツコさんに誉められて、嬉しくなって、それで、それに調子に乗ってたんだと思い
ます。だから・・・」
更に自分を責める言葉を紡ごうとするシンジを、はっきりとした口調でさえぎるミサト。
「そんなの、当たり前よ。シンジ君位の年で、そんな事に気付たら、かえって気持ち悪いわ。」
「でも・・・・・・」
「いい、シンジ君。私達は、シンジ君が戦ってくれたおかげで、生き残る事が出来たわ。助かったのよ。これは
間違い無く本当の事よ。だから、私達は、貴方に感謝してるわ。これも本当の事よ。」
「・・・・・・ミサト・・さん・・・・・・」
「・・・シンジ君、貴方のやった事は、間違ってないわ、絶対に。それは、私が保証するわ。だって私、シンジ君の
事、大好きだもの。大切な「家族」だもの・・・・・・私は、シンジ君の事、信じてるわ。だから、シンジ君も私達や、
自分の事を信じてみて・・・・・・この間の戦いの時、何の為に戦ったのか思い出してみて、ね。」
シンジは、ミサトの顔を改めて見詰め返す。彼女の瞳には、彼女を形作るもっとも強く、大きなモノ、「優しさ」が
満ち溢れている。それは、シンジの胸の奥に、小さい物だが確かな「光」を灯す。
そしてシンジは、その「光」を糧に、自分の中の全ての「力」を奮い起こす。自らが、もう一度立ち上がる為に。
「・・・ミサトさん、ありがとう・・・・・・あの時、綾波を助けようと思った事は、嘘じゃ無いんだ・・・・・・それまで否定
したら、それこそ、嘘だよね・・・・・・」
「シンジ君・・・・・・」
「僕、忘れてました。あの時自分が、何を感じたのかを。何をしたかったのかを。」
「ありがとう、ミサトさん。僕、何とかやってみます・・・・・・僕に出来る事を。」
真っ直ぐにミサトを見返しながら、一言、一言噛み締める様に言葉を紡ぐシンジ。その、今までとは比べ物に
ならない力強さにミサトは、安心と満足をミックスした微笑みを傍らのリツコと交わす。
シンジとミサトの会話を、微かにだが普段より穏やかな表情で聞いていたレイは、元気を取り戻したシンジを
何故か眩しそうに見詰めている。彼女もまた、何処か嬉しそうだ。
大抵の人間は見逃してしまいそうなぐらい微かな、レイの見せた「穏やかさ」。それを、彼女の作戦指揮能力の
根底を支える「女の勘」で見抜いたミサトは、すぐさまこの部屋に入って来た時の人の悪い笑みを浮べ直して、
目の前の二人を見回すと、何とも底意地の悪い口調で話し掛ける。
「シンジ君、お礼を言うのは、私にだけで良いのかなぁ?君の直ぐ隣に、誰よりも早く心配で駆けつけてくれた
人が居るんじゃ無いのかなぁ?」
いきなり自分に話を振られて、目を白黒、いや白赤させて息を詰まらせるレイ。シンジも、しんみりととした
空気からまだ抜け出していなくて、ミサトの策略どうりに、思いっきりうろたえてしまう。
二人が二者二様に泡来る様にミサトとリツコは、又も腹を抱えて笑い出す。シンジは、こちらも又もや気力を
振り絞って、言い返す。
「ミサトさぁーん!!なんで何時もそうやって、ちゃかすんですかぁ!!僕だって、しまいにゃ怒りますよぉ!!」
「まぁ、まぁ・・・いいじゃない。あのままシリアスに終わったら、私らしく無いじゃなぁ〜い。」
「ミサトさぁ〜ん・・・」
「ふふっ、何ともミサトらしい締めかたねぇ・・・シンジ君、ほら、何時までも拗ねてないで。お詫びと言っちゃ何だ
けど、今日の夕飯、私が何処かで奢ってあげる。久し振りに思いっきり笑わせて貰ったお礼にね。」
「それ、良いわねぇ。じゃ、ちゃっちゃと行きましょうっ!!・・・ほら、シンちゃん、とっとと着替えて!・・・レイも
行きましょ。たまには大勢で食べる食事も良いモノよ。」
それまで彼女にしては珍しい「ぽ〜」っとした表情を見せていたレイは、自分の名前を呼ばれてやっと正気を取り
戻した様で、まだ寝ぼけてるといった感じのまま肯くとゆっくりと立ち上がる。こんな身のこなしも普段のレイ
らしく無く、先程ミサトが彼女に与えた衝撃の大きさがかなりのモノだった事を示していた。
それからこの4人組は、第参新東京市・某所のイタリアンレストランにて、夕食を共にした。シンジだけで無く
レイまでもが、優しげな空気を身に纏っているのを見て、ミサトとリツコは、こちらも優しげな笑みを交わす。
彼らのテーブルのそんな光景が、周りの人々の心まで暖めていった・・・・・・
次の日の朝シンジは、重くなりがちな足を無理矢理前へ進めながら、何時もと同じ通学路を歩いている。ミサトや
リツコ、そしてレイに励まされて、鈴原トウジとの決着をつける気になった物の、やはり気が重いモノは重い。
だからなのか、普段より10分も遅く教室に到着する。しかし、まだ彼は居ない。その事に少しだが安堵を感じて
しまう自分に、嫌悪感を抱いてしまう。そんな自分を振るいたたす様に、強く手を握り締めじっと立ち尽くす。
そうこうしてる内に、鈴原トウジが相田ケンスケと連れ立って教室に入って来た。シンジは、白くなるほど握り
絞めた手から力を抜くと彼らに向かって歩き出した。すると、彼らの方もシンジに気付いたのか、歩み寄って
来る。何故か、相田ケンスケはニヤニヤとした笑みを浮べ、鈴原トウジはばつの悪そうな表情をしている。教室の
真ん中で三人は立ち止まり、まずシンジが口を開いた。
「あ、あのぉ、鈴原君、話があるんだ。いいかな?」
「その前に、ワイも話があるんや。先に聞いてくれへんか?」
「え、それは、構わないけど・・・何?」
「あ〜、そのぉ〜、何だぁ・・・・・・碇、昨日は、すまんかった!」
いきなり謝れて、唖然としてしまうシンジ。どうしたら良いか全く分からず、思わず自分達の傍らに立つ相田
ケンスケに救いを求める視線を向けてしまう。それに気付いた彼は、笑いながら自分の不器用な親友の脇腹を
肘でこづく。
「ほら、トウジ。いきなりそれじゃあ、碇だって何がなんだか分からないじゃないか。ちゃんと説明しなくちゃ。」
「・・・・・・ワイ、昨日、あれから妹の見舞いに行ったんや。んで、碇の話したら、妹に怒られてしもうたんや。ワイの
親父はネルフに勤めとるから、少しは碇の方の事情も知っとったらしゅうてな。妹のヤツに話しとったらしいんや。
せやからぁ、ハルカ・・・妹がな。碇が戦ってくれなんだら、みんな死んどったやぞって、ワイの事、怒ったんや。」
「それから、ワイ、考えたんや。ワイは、頭悪いから、小難しい事は分からへんかったけど、これだけは分かった
んや。ワイが悪かったんやって事だけは、分かったんや。せやから、碇、すまんかった。ワイが悪かった。」
そこまで言うと、深々と頭を下げたままぴくりとも動かない鈴原トウジ。シンジは、謝られる理由は分かった物の、
いや、だからこそ余計に、どうして良いか分からずに戸惑う事しか出来ないでいた。自縄自縛で身動きが取れなく
なってしまった二人の少年を見て、「しょうがないなぁ」と言った感じを滲ませながら、相田ケンスケが口を開いた。
「ほら、碇が何か言わないと、この場は収まらないぜ。戸惑ってるのは分かるけど、トウジだって何時までも頭
下げっぱなしって訳にもいかないしさ、な?」
「そんなぁ・・・だって、僕の方こそ謝らなくちゃいけないのに・・・・・・こんなにされたら、どうしたら良いのか・・・
分からないよ・・・・・・」
「うーーん、それじゃあ、こう言うのはどうだろう?この場で二人で握手でもして、それでチャラって事にする
ってのは、だめかな?」
「ワイはかまわへんが・・・なして握手なんや?」
「僕は、二人の事両方とも友達だと思ってるから・・・かな。トウジと碇が仲悪いのって、いやだからね。」
「それは、とっても嬉しいけど、でも・・・僕ら知り合ったばかりだよ・・・そんな事言って貰えるほどの付き合いは
無いと思う・・・・・・」
「いや、付き合いの長さじゃ無いんだよ。僕は昨日のあの時ね。碇って「強い」奴なんだなって、思ったんだ。それで、
友達になりたいって思ったんだ・・・・・・それとも、迷惑だったかな?」
「いやっ!そんな事は無いよっ!!・・・ただ、そんな事言われたの初めてで・・・・・・それに、僕は、「強く」なんか
無いよ・・・・・・昨日だって、鈴原君を追い駆ける事が出来なかったんだから・・・・・・」
「でも僕は、自分からトウジに言いに来たのって、凄く勇気がいる事だと思うんだ。僕の親父ってジャーナリスト
だから聞いた事あるんだけど、ネルフの機密保持ってほぼ完璧なんだってな。現に碇があのロボットのパイロット
だって事、あの時まで誰も知らなかった訳だし・・・・・・つまり、碇は、黙ってる事も出来た訳だ。それでも、碇は
言いに来た。それは凄い事だと僕は思う。だからあの時、碇と友達になりたいって思ったんだ。」
そんな相田ケンスケの言葉を、後の二人は黙って聞いていた。最後まで聞いてから、少し考え込む様な素振りを
みせた鈴原トウジは、彼にしては珍しくゆっくりと喋り出した。
「ケンスケ・・・・・・そないな事、考えとったんか。しかし・・・確かにケンスケの言うとうりやな。ワイはそこまでは
考えられんかったわ・・・・・・」
大真面目に言い募る相田ケンスケと、追い討ちを掛ける様に言葉を継いだ鈴原トウジの二人の発言に、シンジは
もう、顔を上げる事すら出来ないくらい、真っ赤になって縮こまっていた。それでも、このままでは更に何を
言われるか分からないと言う想いが、なんとかシンジに口を開くだけの力を与えた。
「ふ、二人とも・・・・・・もう、止めてよ・・・・・・そんな事、言って貰える程、偉いモンじゃ無いよ・・・ホントに・・・・・・」
「いーや、そないな事、あらへん。せやから、ほれ。」
そう言うと鈴原トウジは、さっぱりとした笑顔と共に右手を差し出す。
「鈴原君・・・・・・」
「ワイの事は、トウジでええ。その方がワイの性にあっとるさかいな。」
トウジの笑顔は、シンジの心に優しく届いた。その事が嬉しくて、嬉しくて、思わず涙を浮べてしまう。そんな
シンジに、トウジはもう一度自分の右手を示して見せる。
「ほれっ。何時までも、待たせんやないって。」
シンジは、恐る恐る右手を上げる。そして、おずおずとだが握手を交わした。
「よーし、これで、全部チャラや!・・・これから、よろしゅう頼むわ、シンジっ!」
「・・・・・・ありがとう、鈴原君・・・・・・」
「ワイの事は、トウジって呼べって、言うたろうが。」
「あ、ごめん・・・・・・ト、トウジ。」
「せや。それで、ええ。」
「じゃあ、僕の事は、ケンスケって呼んでくれよな。」
そう言いながらケンスケは、握り合った二人の手の上に、自分の手を重ねた。
「・・・・・・ありがとう、トウジ・・・ケンスケ・・・・・・」
シンジは、満面の笑顔を二人に見せた。二人も同じく満面の笑顔をシンジに返す。そのまま誰からとも無く、笑い
出す。授業開始直前の教室のど真ん中で、いきなり始まったシリアスな展開に、固ずを飲みながら見守っていた
クラスメート達は、笑い出した三人を見てほっと胸をなで下ろしていた。
そんな時だ。シンジの胸ポケットに入っていた携帯電話が、妙に硬質な呼び出し音を放ったのは。その音を聞いた
シンジは、急に表情を引き締めると急いで通話ボタンを押した。
『もしもし、シンジ君。悪いんだけど、急いで本部まで来てちょうだい。』
「使徒、ですか?」
『そうよ、使徒よ。だから、貴方の力を貸してほしいの。』
「分かりました。直ぐ、行きます。」
そう言って通話をきったシンジは、すぐさま走り出そうとする。しかし、それを遮る様にトウジが心配そうな声を
掛ける。
「使徒って・・・また、来たんかいな?」
「うん。だから、行かなくちゃ。」
「そっか。んじゃ、がんばれな、シンジ!」
「気をつけてな。シンジ!」
「・・・ありがとうっ!行ってくる!!」
第四話「シンジ・戦う理由」完
(後書き)
ど〜も、またまたお待たせ致しましたのMinatoです。前回の後書きで、第参話が遅れた理由はレイが出てこない
所為だ、なんて言いましたが、それはどうやら違った様です。(レイちゃん、罪を擦り付ける様な真似をして、
ごめんなさいっ!!)
真実は、単に私の筆の進みが、カメなみにとろかっただけみたいです。しかし、まさか更新が一月空いてしまう
とは思いもしませんでした。読者(あぁ、いい響きの言葉だ(笑))の皆様、どうもスイマセン。(ぺこり)
次からは、心を入れ替えて、早く完成させる様、努力いたしますゆえ、御見捨て無きようよろしくお願い
いたします。(口先だけと言う噂が・・・・・・かなり、ある。(自爆))
「キャラが別人28号だ」とか、何か作者(あああ、更にいい響きの言葉だ(爆笑))に言ってやりたい事がある方は
どんどんメールで、言って来て下さい。出来る限りお答えいたしますので。それでは、第伍話でまたお会い
しましょう。
みんな仲良くなれて良かった良かった(^^)
単純なヒロイズムだけではない
戦うことの辛い面を知って、
シンジは一歩成長できたかな。
人生の先輩や。
友達。
支えてくれる人達が沢山いるというのは
力強いことです(^^)
さあ、訪問者の皆さん。
Minatoさんに感想メール(これもいい響きの言葉でしょう(笑))を送りましょう!