その晩、惣流・アスカ・ラングレーは、なかなか寝付かれなかった。 その日は熱帯夜ではあったが、それが理由ではない。 彼女の部屋はエアコンが完備してある。 身体をベッドの上でゴロゴロと転がしながら時計を見ると、すでに午前3時を まわっている。 『ああもう!なんで眠れないのよ!』 彼女は苛立ち、そして余計に睡魔は遠ざかって行く。 彼女自身はけして認めなかったろうが、彼女の睡眠を妨げているものは、 アスカの忠実な下僕だった。 碇シンジ。 目をつぶれば、シンジの頼りなさそうな笑顔が浮かぶ。 『惣流。御飯、出来たよ。』 彼の優しく、気弱そうな声が聞こえる。 眠れない。 寝つきのいいアスカには、こんなになかなか眠れない夜は久しぶりだった。 しょうがないわね。 アスカはとりあえず寝る事をあきらめ、ベッドの上で身を起こした。 寝巻きを脱いでコッパンにTシャツという簡単な格好に着替えると、 小銭入れを持って部屋を出る。 ガコン。 マンションのすぐ外にある自販機で清涼飲料水を買うと、それを飲みながら 彼女は歩き出した。 しばらく散歩でもして、気を紛らわすつもりだった。 ちょっと歩いただけで汗がじっとりと出て来るような暑さだったが、あのまま ずっと部屋で転がっているよりはましだった。 何本もそそり立っているマンション群。 無数の窓も、ほとんどがその灯かりを消している。 道を歩いても、通る人はまれだ。 若い男と、すれ違った。 男は、アスカをじろじろと見ながら歩き去って行く。 うざったいわね。 彼女は自分の容姿には自信を持っていたが、それに惹かれる男共には 嫌悪感を抱いていた。 ・・・・・・・あれ? アスカは、無意識の内に、ある道筋を辿っていた。 このまま行くと・・・・・・・・・・。 まあ、どうせここまで来たんだし、ちょっと寄ってもいいか。 彼女は一人ごちた。 ・・・・・・・・数分後。 アスカの姿は、公園にあった。 ちびっこ公園。 思い出の、場所。 別に、たまたま足が向いたから来たのよ。 彼女はやはりいいわけする。 ・・・・・・・・・もしも、シンジが。 大地の精霊、マヤと出会った事が運命だったとしたら。 この日、アスカがこの公園へと足を運んだ事もまた。 運命であったろうか。 アスカは大きく深呼吸しながら、周りを見渡す。 子供の頃を思い出して、ちょっと遊んでみようかな。 ブランコや鉄棒を見ながら、彼女はそんな風に思う。 その時。 ふと、彼女の中の何かが、それを知覚した。 「・・・・・・・何?」 小さく、呟く。 アスカの視線は、公園の裏手の雑木林へと向けられていた。 何かの、気配を感じる。 よくよく目をこらして見ると、暗い中に人影がぼんやりと見えるようでもある。 二人組らしい事を何とか見てとった。 ・・・・・・夜の公園で、二人組。 そこから想像出来る事を考え、彼女は図らずも赤面してしまった。 ここは”そういう”公園ではなかったが、そういう事をする人がいてもおかしくは ない。 まったく、何を考えてるのかしら。 一応嫌悪の表情を浮かべはしたが、彼女とて思春期の少女。 そういう事に全く興味がないわけではなかった。 気配を殺し、そっと林の方へ近づく。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 その二人は、何か会話をしているようでもあるが、その声はうまく 聞き取れない。 ぴったりと寄り添って、囁き交わしているようだ。 見せ付けてくれるわね。 特別な事をしてるわけではない事を知り、ちょっと残念とも思う。 その場から立ち去ろうとして、ふとアスカは気になって立ち止まった。 二人組。 男女の組み合わせであるらしい事はわかったが、はっきりと見えたわけでは ない。 しかし男の方がどこかで見た事のあるような後ろ姿だったため、 妙にその事が気にかかる。 再び林の中をじっくりと覗き込む。 二人は相変わらず囁き合っている。 そして、背中を向けている男が、ふと隣に座っている女性の方を向いた。 それを見た瞬間、アスカの精神は驚愕に襲われた。 暗く、ぼんやりとしか見えないが、それはまぎれもなく彼女のよく知った 人物だった。 「・・・・・・・・・・・・・・。」 彼女は無意識の内にその人物の名を呟いた。 「・・・・・・・・・・シンジ?」
僕のために、泣いてくれますか(第十話)
マヤ・後編
「・・・・・・・・・シンジ?」 唐突に響く第三者の声。 林の外から覗き込んでいる、その人。 振り向き、僕はその姿を視界に捉える。 彼女の正体を知り、僕は自分がどこまでも落ちてゆく様な感覚を覚えた。 僕の姿を映す、蒼い瞳。 惣流・アスカ・ラングレーの姿が、そこにあった。 そ・・・・・・惣流! 何故・・・・・・・何故! 何故、惣流が、こんな所に! 僕の身体は、金縛りにあっていた。 惣流の方も、林の外から僕を見つめて、動かない。 混乱しつつ、僕は絶望が心の中に広がるのを感じた。 ・・・・・・・・・マヤさんの姿も、見られている! 夜中の公園で、女性と逢い引きをしている。 それだけでも、僕にとっては惣流にけしてばれてはいけない秘密だった。 しかし。 それだけで済めば、まだいい。 もしも、マヤさんの正体を知られたら! 精霊である事を知られたら! 精霊と会話をしていた事を知られたら! ・・・・・・その時は。 僕が魔法使いであるという、最大の秘密が彼女に・・・・・・・一番 知られたくなかった彼女に知られてしまう事になる。 どうする? どうする? 思考はぐるぐると回る。 なんとかこの場から逃げてしまおうか。 マヤさんと二人で瞬間移動でもしてしまえば、目の錯覚だったのだと 惣流も納得してしまうかもしれない。 「・・・・・・・どうしたの?シンジ君?」 ! マヤさんがはっきりと僕の名を呼ぶ。 この時ばかりは僕は彼女の事を怒鳴りつけたくなった。 声の大きさ、惣流との距離から考えて、間違いなく惣流に聞かれてしまった。 シンジ、という名前を。 もう、ごまかしがきかない。 「・・・・・・やっぱり、シンジね。」 惣流は言うと、ゆっくりと下生えを踏みしめながら近づく。 マヤさんがはっと息を呑む気配。 やっと彼女も惣流の存在に気が付いたらしい。 「シ・・・・・・シンジ君?」 マヤさんが心配そうに呟く。 大丈夫だよ、と言ってあげたかったけど、そんな余裕はとても無かった。 惣流が、僕の目の前に立つ。 蒼い瞳が、複雑な表情と共に僕を映す。 そして、マヤさんを。 ええい、もう。 こうなれば、なるようになれだ。 ばれたって、構うもんか。 僕は腹をくくった。 やけになった、と言ってもいい。 「や・・・・・・やあ、惣流。こんな夜中に会うなんて、奇遇だね。」 出来るだけ平静を装って言ったつもりだったけど、ちょっと声が震えていた。 惣流の眉が、ぴくりと動く。 「・・・・・・・そうね。ほんとに奇遇ですこと。」 彼女の声は静かなものだったけど、それだけに怖いものがあった。 彼女の視線は僕とマヤさんの間を交互に往復している。 「ふううん。なるほどね。中学生のくせに、いっちょまえに年上の女性と 逢い引きね。なかなかやるじゃないの、シンジ君?」 マヤさんが、ぴくりと反応する。 自分の事が見える、という事から、惣流の正体を悟ったらしい。 「い、いや、その、これは・・・・・・・・・。」 「べっつに、言い訳しなくったっていいわよ? 下僕にだって、恋愛の自由はあるもんね? あたしとあんたとは別に恋人同士ってわけじゃないんだから、 あんたが誰と付き合おうが、あたしには関係ないわ。 まあ、ご主人様に秘密にしてた事はちょっと許せないけどね。」 「・・・・・・・・・・・・。」 惣流は、マヤさんの前に移動し、その顔をじっと覗き込む。 とまどった顔をするマヤさん。 彼女も今のこの状態が、どういう事なのか理解して、どうしたらいいか 迷っているようだ。 惣流はマヤさんを見ながら言う。 「あなた、名前は?」 「・・・・・・・マ、マヤ、よ。」 「ふうん。バカシンジが捕まえたにしては、随分奇麗ねえ。 ま、あたしには敵わないだろうけど? こんな美人とお付き合い出来るなんて、シンジ、あんたの一生で二度と 無い事よ。しっかり、捕まえとくことね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」 マヤさんを見つめる惣流の目が、ふいに細められた。 訝しそうな表情に変わる。 まさか!? マヤさんの正体が、ばれた!? 最悪の結末が近づいている事を僕は悟った。 「あなた・・・・・・・・・人間じゃないわね?」 ! マヤさんの身体が、びくりと震える。 惣流も、自分の言う事が信じられない、という風に続ける。 「あなた・・・・・・・・ひょっとして、・・・・・・・・精霊ね?」 さすが、惣流だ。 魔法使いとして経験を積んでいるだけあって、一目でマヤさんの正体を 看破した。 すでにあきらめの境地に至っていた僕は、そう感心して現実逃避していた。 マヤさんはとまどいつつ、恐る恐る肯く。 「ふうん?シンジが、精霊とお付き合いしているとは、思わなかったなあ? ・・・・・・・・・・・・・あれ?」 来た! 「・・・・・・なんで、普通人のあんたに、彼女が見えるわけ?」 ついに来てしまった。 彼女の、この質問。 最早どうにもならない。 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 僕は黙っていた。 やがて彼女は、なんとなく納得したような顔で、言葉を紡いだ。 「ああ、そうか。ふうん。そういう事なわけ?」 「・・・・・・・・・・・・・・。」 「あんたって・・・・・・・・・・・・・。」 ・・・・・・・終わった。 これでもう、今迄通りの生活は、出来ない。 惣流は、魔法使いであるという重要な事を隠していた僕をきっと許さない だろう。 もう、口もきいてくれないかもしれない。 惣流のために夕飯を作る事も、 休日に彼女に引っ張りまわされる事も、 彼女の肩をもんであげる事も、 彼女が可愛らしく甘えて来る事も、 彼女が僕に微笑んでくれる事も、 彼女の寝顔を静かに見つめる事も、 ・・・・・・・・・・・・もう、ないのだ。 惣流と恋人同士になる事も出来ない。 夢見ていた事が全て出来なくなるのだ。 「あんたって・・・・・・・・よっぽどこの娘と相性がいいのねえ?」 彼女と口移しで御飯を食べさせ合ったり、 海岸で愛を囁き交わしたり、 彼女の身体を抱きしめたり、 一日に何度も彼女に『あたし、シンジの事が大好きよ!』と言わせてみたり、 家に帰った時に、『お帰りなさい!今夜はあたしが愛を込めた御飯を 作ってあげるからね!』とか言われたり、 僕が風邪をひいた時に、『あたしの身体で・・・・・・あたためてあげる・・・・・。』 とか言われて、一緒のベッドで眠ったり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん? 「は?」 僕は呆けたように口を開けた。 彼女の言葉が予想とあまりにもかけはなれていたためだ。 あ・・・・・・・・相性? 何の話だ? 「まったく、ほんとに珍しい話ねえ。あんたが彼女の事を知覚できる確率 なんて、ほとんど絶無に近いんじゃないかしら。」 そうか! 絶望の淵に、一筋の光明が差し込んだ。 そういう事か! 惣流の言っている事を一瞬で理解して、僕は心の底から安堵した。 そういう切り抜け方があったんだ。 ・・・・・・・・つまり、こういう事だ。 精霊は、前にも言った通り、魔法使いにしか見る事は出来ない。 魔力を持たない一般の人々には、けして彼らを知覚する事は出来ない。 ところが。 ごくごく稀な話ではあるが、ときたま精神的な”波長”がお互いに非常に 似通った精霊と、人間とが出会う事がある。 ・・・・・・・・俗な言い方をすれば、相性がいい同士、という事だ。 この場合、人間の方に魔力がなかったとしても、人間は相手の精霊を 知覚する事が出来るのだ。 彼女はその事を言っているのだ。 完全な勘違いではあるけど、冷静に考えてみれば、僕が実は魔法使いだった のだと考えるよりは、そっちの方がよっぽど考えやすい話だ。 「そ、そうらしいねえ。惣流。僕もびっくりしちゃったよ。 こういう事って、あるもんなんだねえ。」 必死に彼女に話を合わせた。 「ほんとにねえ。」 良かった! なんとか、誤魔化せた! 人生最大のピンチを乗り越えた事に、僕は感動していた。 ありがとう!神様! 「・・・・・・・・しっかし、こんな大事な事をこのあたしに隠していたなんて、 ちょっと許せないわねえ。ゆーっくりと、いきさつを聞かせて もらいましょうかね?その後、ゆーっくりと、再調教してあげるからね?」 ・・・・・・・・修羅場はまだ終わってはいなかった。 神様の馬鹿。 「シンジ、箸落としちゃったわ。代わりの持って来て。」 「う、うん。ちょっと、待ってて。」 「あーあ。いいなあ。シンジ君の手料理。 精霊のわたしには食べられないものね。」 「マ、マヤさん、ごめんね。」 「ううん。いいの。いいの。どうせわたしは、シンジ君の手料理を食べるって いうささやかな願いも叶えられない宿命なのね。」 「そ、そんな。すねないで下さいよマヤさん。」 「ちょっとシンジ、箸、早く取って来なさいよ。」 「ごめんね。シンジ君。シンジ君を困らせるつもりは無かったの。 ただ、葛城さんもアスカちゃんもこうやってシンジ君の料理を食べてるのに、 わたしは、一生それが無理な事なんだなって思うと、ちょっとね・・・・・・・。」 「マヤさん・・・・・・・。そんな、悲しい事言わないで下さい。 確かに、僕はマヤさんのために御飯を作ってあげる事は出来ません。 でも、その分他の事でマヤさんをいっぱい喜ばせてあげたいと 思ってますから・・・・・・・・。」 「箸はどうしたのよ、シンジ。」 「シンジ君・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・・・。わたし、嬉しい・・・・・・・。 わたしの事、大事に思ってくれてるのね・・・・・・・。」 「あ、あたりまえじゃないですか、マヤさん。 僕にとってはマヤさんが喜んでくれる事がなにより嬉しい事 なんですから・・・・・・・・・。」 「そ、そこまで言ってくれるの? わたしは、人間じゃないのに?」 「おーーーーーーい、バカシンジーーーーーーー。」 「人間じゃないとかどうとか、そんな事は関係ないですよ。 僕は、人間でも、精霊でもなく、マヤさんを、大切な人だって思ってるんです から・・・・・・・・・。」 「シンジ君・・・・・・・・・・・・・。」 「マヤさん・・・・・・・・・・・・・。」 「いつまでいちゃついてんの!いいかげん二人っきりで 雰囲気作んのはやめなさい!」 がすっ。 後頭部にけっこうな衝撃を感じて僕は慌てて振り向く。 「な、なにすんだよ惣流。僕はマヤさんと話してるんだよ。 人の会話の邪魔するなよ。」 「あ・ん・た・ねえ? あたしの箸は一体どうなってるわけ?」 「箸?惣流の箸がどうかしたわけ?」 ぴしっ。 何かが、切れた音がした。 数秒後、僕の身体はもの言わぬ骸と化していた。 あれだけ激しい攻撃をくらったのは初めてだった。 「だ、大丈夫?シンジ君?」 「ちょっとアスカ、やり過ぎじゃない?」 「気にしないでいいわよ。あんな奴。」 夕食の団欒風景。 ミサトさん、惣流、そして僕。 三人の中に、もう一人。 それは、言うまでもなくマヤさんの事だ。 こうして、僕が魔法使いである事を誤魔化せ、惣流にマヤさんの事を 知られてしまった以上、もうマヤさんとこっそりと会う必要はない。 僕はマヤさんを堂々とマンションに招待していた。 マヤさんは、惣流やミサトさんとあっという間に仲良くなっていた。 元々彼女は人見知りしない性格だったし、自分の事を見る事が出来る人が 二人も増えた事に、ちょっと大袈裟なぐらい感動し、二人はそれに飲み込まれる ような形になっていた。 ミサトさんはともかく、惣流の方は最初のうちマヤさんに対して抵抗があった ようだけど、マヤさんの無垢な所にいつのまにかほだされていた。 こんなにうまく行くんだったら、最初からこうすれば良かった。 僕はちょっとだけ後悔する。 混乱の内に夕食が終わり、皆でしばらくくつろいでいると、惣流がいきなり 「ああっ!もう九時じゃないのよ!」 と叫んだかと思うと、僕を押し退けてテレビの前に駆けて行く。 テレビのスイッチを入れ、そこに映った画像を見て、ほっと安堵する。 「良かった。間に合ったわ。」 「え?何なの?この番組?」 マヤさんがそばに寄って行って尋ねる。 ちら、とマヤさんを見ると、惣流は答える。 「今一番人気のあるドラマよ。 まあ、物凄く大雑把に説明しちゃえば、幼馴染だった二人の男女が、 お互いの気持ちに気付いて、恋人同士になる話ね。」 「へえ。恋愛ドラマなのね。」 「まあね。主役の男がまたかっこよくってね。 どこかの誰かさんとはえらい違い。 しっかりしてるし、優しくて、女心も分かってるしね。 あ、ほら、この人がそうよ。」 「え?ああ、この人ね。 確かにけっこう格好良いかも知れないわね。」 「でしょお?」 「・・・・・・・でも、わたしにはシンジ君の方が素敵に思えるな。」 「・・・・・・・・・・・・。」 二人は、ドラマを見ながらああでもないこうでもないと喋っている。 そんな様子を僕は微笑ましく見つめていた。 「ねーえ?シンちゃん?」 ミサトさんが僕の方に身を乗り出して、にやにやと笑う。 「な、何ですか?」 「どっちが本命なの?」 囁いて来る。 「え?」 「とぼけるんじゃないの。このこのっ! アスカとマヤちゃんと、どっちが好きなのかって事よ。」 「ちょ、ちょっとミサトさん。」 「あたしはずーっとシンちゃんはアスカ一筋だと思ってたんだけど、 思わぬ所から伏兵が出てきたわねえ。 モテモテじゃなあい。シンちゃん?」 「そ、そんな。す、好きだとか、どうとか、そんな事・・・・・・・。 そもそも、何でもそうやって恋だの好きだのと結び付けるのは 良くないですよ。」 「結び付けないでどうすんのよ。 他人をからかって一番面白いのは、恋愛の事に関してからかう時よ。」 はあ。 僕はどっと疲れてしまった。 ただでさえ慌ただしかった生活が、なおさら目茶苦茶になりそうだ。 ・・・・・・・・・でも、まあ。 独りで寂しかった時よりも、数等ましかな・・・・・・・・・。 ゴオッ! 灼熱の炎が、僕の眼前に迫る。 全てを焼き尽くす、地獄の業火。 「・・・・・・・・・・・・・。」 僕は口元を軽く歪めると、魔術を発動させる。 ゴゴオン! 炎は、僕の前方数メートルの所で、僕を避けるように二つに分かれた。 ・・・・・この程度の炎で、僕の作った結界を破れるはずもない。 やがて炎が消え失せた後も、僕はその場で佇んでいた。 髪の毛の一筋すら焼かれてはいない。 ”そいつ”は、その少ない脳に驚愕の文字を焼き付けただろう。 僕の目の前にいるそいつ。 それは、悪魔の一族。 しかしこれまでに見た事の無い程異様な姿を持っていた。 一見した印象は、トカゲ、だ。 四足歩行に適した体付き。 全長の半分近くを占めるその太く、長い尾。 ざらざらとしていそうな、爬虫類を思わせる皮膚。 二つのぎょろりとした眼球。 赤い舌がちろちろと口からはみ出る。 まさしく、蜥蜴と見紛う外観。 もしも、そいつが全長十メートルにも及ぶ巨体を持っていなければ。 その口から息吹と共に吐き出した炎を無効化され、そいつは次の行動を どうしたら良いか迷っている風だった。 どうした? そちらが来ないなら、こちらから行くよ。 ほんの僅かに、僕は自分の殺気をそいつにぶつけてやった。 びくり、とそれに反応し、そいつは次の攻撃を放つ。 シャッ! 鋭い音と共に僕をめがけて伸びる、赤い舌。 虫を捕らえるカメレオンを僕は連想した。 とん、 と僕は地を蹴った。 本当に、何気ない跳躍。 しかし僕の身体はそのままふわりと浮かび上がり、数十メートルの上空へ 到達していた。 当然悪魔の舌は完全に空を切っている。 眼下に旧東京の廃虚と悪魔の巨体を見下ろし、僕は余裕の笑みを浮かべる。 空は暗雲立ち込めているため、満天の星空をバックに、とはいかなかったが、 きっとそれなりに”きまっていた”かもしれない。 さて、今回はどんな魔術で片をつけるか。 僕は迷う。 本を読んで得た新しい魔術が幾つか浮かびあがる。 悪魔は、そんな僕を見上げると、その口を信じられない程大きく開いた。 肉食獣の牙が並び、喉の奥にちろちろと燃える赤いものが見えた。 再び炎を吐くつもりなのだ。 そいつは思い切り息を吸い込んで、準備動作に入る。 使用する魔術が、決まった。 僕は右手で印を組むと、魔法語で呪文を唱え始める。 初めて使う高度な魔術のため、さすがに思念一発で魔法を発動させるという わけにもいかない。 悪魔は、準備動作を終え、ついにその口から炎を再び吐かんとした。 一瞬早く、僕の魔術が完成した。 ズシイッ。 悪魔は、急激にその動きを鈍らせた。 巨体のため、もともと鈍重ではあったが、それでも今迄以上に鈍い動き。 吐き掛けた炎もその口から放たれる事無く、悪魔は上を見上げていた頭を がくりと下に向けた。 そして、体全体がぶるぶると震えだす。 効いたようだな。 僕は魔術の効果を確信し、さらに呪文を唱え続けた。 僕が呪文を唱え続けるに従って、敵はさらにその動きがままならなくなる。 次第に体が、押し潰される様にひしゃげてくる。 僕が使った魔術は、質量増加の魔術だ。 読んで字の如くで、対象の質量を増加させる効果を持つ。 現代において魔術は、純粋に学術的目的のみに研究されているものなので、 当然この魔術も戦闘的な目的で書物に載っていたわけではない。 しかし使い方によってはこうして相手を攻撃する手段にもなる。 「@#$*¥%%¥!」 悪魔が、聞くもおぞましい断末魔の叫びをあげる。 それを聞いても僕は攻撃の手を緩めない。 さらに呪文を唱え続け、敵の質量をさらに増加させる。 やがて。 ぐしゃあっ。 ついに自重に耐えきれなくなった悪魔は、ぐちゃぐちゃになった内臓と共に その巨体を完全に潰した。 車に轢かれた蛙か何かを思わせる。 まあ、なかなか強力な悪魔ではあったけど、やっぱり僕の敵じゃない。 びくん、びくんとまだあちこち震えている死体を冷たい瞳で見つめながら、 僕はふと、もしもこんな僕をマヤさんが見たら、どんな風に思うだろうかと あまり楽しくない想像に耽っていた。 「ねえシンジ君。」 「何?マヤさん?」 「明日、デートしよう。」 ガタアン! 惣流が椅子を蹴って立ち上がった。 怒りに燃えた目で僕とマヤさんを睨む。 ある金曜日の夜。 僕とマヤさんと惣流とで、僕の部屋の中で何をするでもなく過ごしていた時。 突然言い放ったマヤさん。 テレビがスポーツニュースを流している。 「な、な、何でシンジとデートする必要があるのよ!マヤ!」 「別に必要だからするわけじゃないけど。 ただシンジ君と少しでも一緒の時間を作りたいから。」 「あ、あんたねえ。ちょっと、シンジはどうなのよ?」 「え?ぼ、僕?」 「そうよ!あんたはどういうつもり? 明日マヤと一緒にデートしたいの?」 「う、うん。マヤさんが誘ってくれて、すごく嬉しいな・・・・・・・・・。」 「ありがとう、シンジ君・・・・・・・・。」 「でも、デートって、どこへ行くわけ?」 「うーん。まだはっきり決めていないんだけど・・・・・・・・。」 「あ、そうだ。だったら、以前マヤさんが居た田舎町って、見てみたいな。」 「え?でも、何も無い所よ。 シンジ君にはあまり面白くないと思うけど・・・・・・・。」 「いえ・・・・・・マヤさんが見た事のある風景とか、自分でも見てみたいんです。 そうすればもっとマヤさんに近づけるような気がしますし・・・・・・・。」 「や、やだ、シンジ君たら・・・・・・・・・・。 そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと行くには遠すぎると思うな。 どうせ行くんだったら泊りがけでゆっくり行ける時にした方がいいかな。」 「そうですか・・・・・・・・。ちょっと残念ですね。」 「うん。シンジ君にもいつか見せてあげたいな。 とっても落ち着いて、ゆったりとした所なの。 特別な観光名所とかは無いけど、まあ、ちょっとした史跡とか、 美術館くらいはあるかな。」 「へえー。史跡ですか。いつごろの時代のやつですか?」 「うーんとねえ・・・・・・・・・。」 「もう、いや!二人で勝手にやってなさいよ!」 惣流はいきなり怒鳴ると、どすどすと音を立てて玄関へ向かう。 「ど、どうしたんだよ、惣流。もう帰るの?」 「そうよ!あんた達の熱にあてられて、気分悪いわ! 明日もせいぜい二人っきりで楽しむといいわ!」 パシュウン。 惣流は本当に出ていってしまった。 「ど、どうしたのかしら、アスカちゃん・・・・・・・・。」 「ほ、ほんとにね。」 嫉妬? そんな単語が一瞬浮かぶ。 僕とマヤさんの間を嫉妬したとか・・・・・・・・。 ・・・・・・ううん。いや、そんな事はないさ。 きっと彼女が自分で言った通り、僕とマヤさんにあてられただけだろう。 目の前で自分を無視して仲良くされたら惣流だって気分悪くなるよな。 一応フォローを後で入れておこう。 そう納得してしまうと、僕は再びマヤさんと話を続ける事にした。 「マヤさ・・・・・・・・・・・。」 「シンジ君。」 僕の名を呼ぶマヤさん。 出足をくじかれてちょっと戸惑う。 「な、何?マヤさん。」 「その・・・・・・・こんな言い方はちょっとやだけど、その・・・・・・・・、 アスカちゃんが居なくなったから・・・・・・・・、ちょっと、話したい事が あるの・・・・・・・。」 「話したい・・・・・・・事?」 惣流が居ては、話しづらい事なんだろうか? 「うん・・・・・・・。話したい事・・・・・・って言うか、頼みたい事・・・・・・かな・・・・。」 「え?やだなあ。そんなにあらたまって。 僕とマヤさんの間なんだから、何でも言って下さいよ。」 「う、うん。ありがとうね。シンジ君・・・・・・・。」 「で、何ですか?」 「そ、それなんだけど・・・・・・その・・・・・・・。」 マヤさんは何だか顔を赤くしてもじもじしている。 精霊は身体に血液は流れていないはずなのだけど、どうして顔色が変わる のかはよく分からない。 両手の指先を互いに触れ合わせ、いじっている。 可愛い仕種だな。 つい見とれてしまう。 「その・・・・・・・・・・。」 「はい。」 「・・・・・・・・・や、やっぱりいいわ! うん。またいつか話すから。」 何かを振り払うように言うマヤさん。 しかしここまでもったいぶられておあずけじゃあ、ちょっと納得いかない。 「ちょっとマヤさん。それはひどいですよ。 そこまで言ったんですから、最後まで言って下さいよ。」 「う、ううん。いいの。大した事じゃないから。」 「大した事じゃない事を言うのに、そんな緊張するんですか? 教えて下さいよ。このままじゃ夜も眠れませんよ。」 「ん・・・・・・・・。で、でも・・・・・・・・。」 煮え切らないマヤさん。 そんなマヤさんも可愛らしくて、見ていて楽しいのだけど、とりあえず 話を聞くのが先決だ。 「・・・・・・じゃあ、どうして話せないんですか? 僕に迷惑がかかる、とか言うんだったら大丈夫ですよ。 自分で言うのも何ですけど、魔術の腕は超一流ですから、大抵の事は してあげられますし、危険な事だって平気ですよ。」 「いえ、その・・・・・・。わたしの、ね?」 「はい。」 「わたしの、頼み事を、シンジ君が聞いてくれれば、その時はいいんだけど、 もし断られたらって思うと、わたし怖くて・・・・・・・・。 シンジ君と、今迄みたいな付き合いが、出来なくなっちゃうから・・・・・・・。」 「な、何ですか。そんなに重要な事なんですか。」 「うん・・・・・・。だから、どうしても勇気が出なくって・・・・・。」 「ま、まあ・・・・・・聞いてみないとわかりませんけど、でも多分、大丈夫。 引き受けられると思いますよ。」 「・・・・・・ほんとに?」 「ほんとに。」 マヤさんは心配そうに僕をしばらく見つめると、やがて決心したように 溜め息をつく。 僕は点けっぱなしだったテレビの電源を切る。 生真面目そうな顔つきのニュースキャスターは、話を無理矢理に中断 させられて不満そうに消えた。 部屋の中を静寂が支配する。 僕はマヤさんの前に座り、俯いた彼女をじっと見つめた。 「・・・・じゃあ、言うわね、シンジ君。」 「は、はい。」 「あのね・・・・・・・。」 ごくり。 「わたし・・・・・シンジ君にね・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・。」 「シンジ君に・・・・・・・・・・。」 彼女は、言った。 「私の・・・・・・・・・マスターになって欲しいの・・・・・・。」 「え・・・・・・。」 マヤさんはそれきり真っ赤になって俯いてしまった。 膝の上で両の拳を揃えて身体を縮こませる。 僕はマヤさんの言葉をゆっくりと反芻していた。 しばらくして。 「マ・・・・・・マスターって・・・・・・・・。 あの、マスターですか?」 「うん・・・・・・・・。」 消え入りそうな声で答えるマヤさん。 身体がさらに縮こまった。 精霊使い、という肩書きで呼ばれる者達がいる。 これはつまり、精霊を使役している者の事を言う。 当然お互いの間に信頼関係が無ければ精霊は人間の言う事を聞いては くれない。 この辺は人間同士の関係と同じだ。 例えば僕とマヤさんとは友達だから、きっと僕が頼めばマヤさんは自分の 力を見せてくれる。 つまり広い意味では僕は精霊使いなのだと言える。 ただ、世間一般で言われる精霊使い、とは、もう少し突っ込んだものになる。 それは、精霊と”契約”を結んだ者の事だ。 僕自身詳しくは覚えていないけど、記憶によれば契約とは、お互いの 信頼関係を形にするためのものなのだという。 契約を結ぶ事によって精霊はその相手を”主人(マスター)”として認める。 そして両者はより深い絆で結ばれる事になる・・・・・・・んだったかな? まあ、言ってみれば契約を結ぶというのは、 『お互いに、友達でいようね。』 と確認する作業みたいなものだろう。 「マ・・・・・マヤさん。」 ぴくり、と反応するマヤさん。 まだ俯いたままだ。可愛い。 「その・・・・・嬉しいです。マヤさん。」 え・・・・・・という感じで顔を上げる彼女。 「それだけ・・・・・・僕の事、信頼してくれてるんですね・・・・・・・。」 「う・・・・・・うん・・・・・・・・。」 「マヤ・・・・・・・さん・・・・・・・・。」 僕は彼女をじっと見つめた。 茶色がかった彼女の瞳が、少し潤みながら僕を映す。 期待と、不安とをその内に秘めながら。 「・・・・・・いいですよ・・・・・・マヤさん・・・・・・・・・。」 「え・・・・・・・・・・・・。」 「その・・・・・・・・主人、なんてなんだか僕には似合わない言葉ですけど、 でもマヤさんがいいって言ってくれるなら・・・・・・・僕・・・・・・・。」 「シ、シンジ君!」 彼女が喜色を一杯に浮かべる。 「あ、ありがとう!嬉しい!やっぱり、良かった。わたし・・・・・・・・。」 彼女はちょっとこっちが恥ずかしくなるくらい一所懸命に喜んでいた。 もしも彼女が人間の肉体を持っていたらきっと抱き着いて来たと思う。 「シンジ君・・・・・・・シンジ君・・・・・・・。」 マヤさんは僕を見つめて何度も何度も僕の名を呼んだ。 こんなに、喜んでくれて良かったな。 僕はそんな彼女を見て心が温まるのを感じた。 「じゃ、じゃあ、シンジ君。」 マヤさんはひとしきり喜び終わると言った。 「悪いけど、明日のデートはなしね。」 「え?どうして?」 「契約の準備をしなきゃ。 準備には丸一日ぐらいはかかるから、わたしこれからすぐに始めちゃうね。」 「そ、そんな、契約ってそんなに大変な儀式なんですか?」 「当然よ。いろいろと決まり事があって大変なんだから。」 「そ、そうなんですか。僕も、準備手伝いましょうか?」 「ううん。契約を結ぶ時はもちろん二人一緒じゃないと駄目だけど、準備は 精霊が一人でするものとしきたりが決まってるの。」 「へえー。」 「場所は、あそこがいいわね。私達が初めて出会ったあの場所。」 「あの公園?」 「うん。あそこなら場所的にもいいし。これから急いで準備するから、 明日の今ぐらいに来てくれるかな?」 「はい、いいですよ。」 「じゃあ、約束ね。嬉しいな。大好きよ、シンジ君。」 顔を火照らせてマヤさんは言う。 「マ、マヤさん・・・・・・・。」 僕もつられて赤くなってしまう。 彼女が部屋から出て行ってしまった後も、僕はずっとその余韻に浸っていた。 僕は、翌日、土曜の休日を何をするでもなくぼおっと過ごした。 とっくに読み終えた小説をつらつらと眺めてみたり、ワイドショーを見たり。 ミサトさんは今日は朝から学院の仕事で出かけてしまったし、 惣流も顔を出さない。 一人っきりで過ごす休日というのは珍しい。 トウジやケンスケに連絡を取ろうかとも考えたけど、気が乗らないので止めた。 僕の頭の中には、昨夜のマヤさんとの約束がずっと回っていた。 今夜行われる契約の儀式。 どんな物なんだろう。 マヤさんとより深い絆で結ばれる事を考えて、胸が熱くなる。 どうも、どこへも出かける気分にはならなかった。 図書館とかへ行く気も起きなかったし、ましてや旧東京へ足を運ぶ事など 考えもしなかった。 ただ、ゆっくりと部屋の中で時間が過ぎるのを待つ。 気だるく、無為な時間。 それは亀の歩みの様に遅々とした物だったけど、それでも確実に過ぎて 行った。 ピンポーン。 玄関のチャイムの音に、浮遊していた意識が戻される。 ふと気付けば、壁に掛かっている時計は六時を示していた。 「はあい。」 返事をしてドアを開けると、そこにはすでに見慣れた二人が立っていた。 「ただいま。シンちゃん。」 「お帰りなさい、ミサトさん。・・・・・・・惣流も、一緒だったんだ。」 「そうよ。あんたみたいなお気楽な一般人とは違って、あたしは魔法使いとして 勉学に励まなきゃいけないのよ。」 「そ、そうなんだ。土曜日なのに、大変だね。」 「ふん。」 惣流は鼻息荒く、どすどすと奥へ入ってしまった。 「ねえ、どうしたのかしらアスカ。」 「え?」 「学院に居る間中、ずっとああなのよ。ひょっとして喧嘩中とか?」 「んー。まあ、喧嘩ってほどでもないですけど・・・・・・・・・。 そんなに怒ってたのか。惣流。」 「え?何?何があったの?ねえ?」 ミサトさんの目がきらりと光った。 ”からかいモード”が発動したらしい。 「ね、何があったのよ?やっぱりマヤちゃんがらみ? ついに三角関係が本格的に始まったのかしら?」 「ち、違いますよ。」 「違うに決まってるでしょ!なんでそういう発想しか想い浮かばないわけえ?」 話を聞きつけた惣流が怒鳴る。 「ご、ごめんアスカ。冗談よ。」 思わずその気迫に押されて下がってしまうミサトさん。 「分かればいいのよ。ほらシンジ。さっさと御飯作んなさい。」 「う、うん。」 ・・・・・・・・・・・なんとも気まずい夕飯だった。 なにしろ、誰も一言も口をきかないのだ。 不機嫌そうにコロッケをぱくつく惣流に、僕もミサトさんも、呑まれていた。 会話がないってだけでこんなに場が重苦しくなるとは思わなかった。 コロッケを箸で割く音さえキッチンに響く。 いい加減なんとか話題を見つけようとあれこれ考えてはみるのだけど、 いざ話そうとするとどうも出来ない。 僕の場合は元々の性格がこうだからしょうがないけど、ミサトさんまで 会話の口火を切れないのはある意味凄い状態だ。 「ごちそうさま。」 早々に食べ終えた惣流が箸を置く。 そのまま隣のリビングへ行ってテレビでも見るのかな、と思ったのだけど、 彼女はそのまま席に座ったままだった。 僕やミサトさんの食べる様子をずっと見ている。 なんなんだ? どう考えても惣流が不機嫌な理由は昨夜の一件以外考えられないのだけど、 僕に対して怒っている割にはこうして今日も夕飯を食べに来ている。 彼女の考えている事がさっぱり分からない。 女心は難しい。 まあ、僕の場合は女性に限らず人の心そのものがまだまだ理解出来ない 所があるけれど。 やがて、とうとう沈黙に耐えきれなくなったのか、ミサトさんが口を開いた。 「シ、シンちゃん。そういえば今日、マヤちゃんはどうしたの?」 ぴくり。 反応する僕。 惣流も微かに反応したようだ。 「あー。その、今日は・・・・・・・。」 「そうよシンジ。マヤはどうしたのよ? 今日は二人で楽しいおデートだったんでしょ? それともデート先で喧嘩でもしたかしら?」 「え?デートだったのシンちゃん?何で言ってくれなかったのよ? 言ってくれれば今日仕事休んででも後尾けてあげたのに。」 「あの・・・・・あげる・・・・・・・って言われても、尾けられてもちっとも 嬉しくないんですけど・・・・・・。」 「そんな事はどうでもいいでしょ。それよりデートはどうだったのよ? まあ、精霊と一緒じゃあ、行ける所も限られてるでしょうね。 一緒に喫茶店に入ったって、会話してたら変な目で見られるだろうしね。」 「いや、その・・・・・・・・・。そのはずだったんだけど、結局デートは しなかったんだ。」 「はん?なんでよ?」 「えーと・・・・昨夜、惣流が帰ってからさ、ちょっと違う話になったんだ。」 「違う話?」 「うん。マヤさんが真剣な顔してさ、僕に頼みたい事がある・・・・・って。」 「え?なになに?どんな頼みだったの?」 「ん・・・・・・・それがですね・・・・・・・。」 別に、話してもいいよな。 「マヤさん・・・・・・・・僕と、”契約”を結んでくれって言うんです。」 「「!」」 「僕に、マスターになってくれって。で、まあちょっと悩んだんですけど、 別に断る理由も無いし、OKしちゃいました。 準備にけっこうな時間が掛かるそうなんで、今日のデートは・・・・・・・・ ・・・・・・って、え?」 ふと気付くと、二人が呆然とした目で僕を見ていた。 信じ難い物を見つめる目つき。 ミサトさんは箸から転げ落ちたコロッケにも、全く気付かない風だった。 ? そんな二人に対してどうリアクションしたらよいかわからず、 僕はただ二人の顔を交互に見詰めた。 「・・・・・・・・ど、どうしたんですかミサトさん? ちょ、ちょっと惣流までどうしたのさ?」 僕の呼び掛けに対して応えはなく、やがてミサトさんが恐る恐るといった感じで 僕に話し掛けてきた。 「ちょ、ちょっとシンジ君。それほんとの話?」 「え、ええ、そう・・・・・・・ですけど・・・・・・・・。」 なんだ? 僕って何かとんでもない事をやらかしてしまったんだろうか? 「マ・・・・・・・マヤちゃんがシンジ君に、マスターになってくれって 頼んできたのね?」 「は、はい。」 「・・・・・で、シンジ君はそれを・・・・・・・・?」 「はい。引き受けました。」 「し、信じらんない!」 惣流が思い出した様に声をあげた。 「こんな奴に契約を頼むマヤもマヤだけど、それを引き受けるあんたも 最低よ!」 惣流はかなりの興奮状態にあるようだ。 椅子から立ち上がり、僕をまるで視線で殺そうとしているかの様に睨む。 僕には二人がどうしてこんなに深刻な顔をしているのか理解できなかった。 「な、なんだよ。僕がマヤさんのマスターになったら、いけないのかよ。」 「い、いえ、いけないってわけじゃないのよ。でも・・・・・・・・・・・。」 「駄目に決まってるでしょ!マヤの奴、よりにもよってこいつに・・・・・・!」 「ちょっと黙ってて、アスカ。 ・・・・・シンジ君?シンジ君は、精霊の、主人(マスター)になるという事が、 どういう事か分かってる?」 「い、一応は・・・・・・・。」 「言ってみて。」 「つ、つまり、人間と、精霊とが、契約を結ぶわけでしょう? お互いに信頼関係を確かめ合うために何かよく分からないけど儀式をやって、 それが終わったら人間は精霊のマスターって呼ばれるようになるんでしょ?」 「・・・・・・・やっぱりね。」 ミサトさんが大きく溜め息を吐いた。 僕はミサトさんがこんなに真剣な顔をするのを初めて見た。 「全然、知らなかったのね。シンジ君。 精霊と契約を結ぶという事がどういう事なのか。」 「え・・・・・・・・・・・。」 「し、知らなかったの?バカシンジ! 知らずに、マヤとそんな約束したわけ?」 「な、なんですか?ひょっとして、契約って、何か物凄くまずい事なんですか?」 「・・・・・・・いいわ。説明してあげる。」 ミサトさんが僕の目をじっと見詰めた。 「いい?シンジ君。これは大事な事だから、しっかり聞くのよ。」 「は、はい。」 「まずね。精霊という生命体が、不老であることは知ってるわよね?」 「え、ええ。歳を、とらないって事ですよね?」 「そうよ。そして、精霊は、事実上の不死でもあるの。 言ってみれば当然よね。 精霊を知覚できる者も、傷つけられる者もいない。 唯一魔法使いだけがそれを為し得るけど、魔法使いなんて絶対数が 少ないし、そもそも精霊を傷つけようとする魔法使いなんてそうそう居ないわ。 分かるわよね?」 「はい。」 「ところが精霊の数というのはあなたも知ってる通り、非常に少ないわ。 まあ、正確な数字は分からないのだけどね。何故だと思う?」 「えっと・・・・・・・、だって、精霊って、滅多に新しく生まれる事はないんでしょ?」 「それにしたって少なすぎるわ。何しろ精霊は、私達人間が登場するより遥か 以前からこの地球上に存在していたと言われている種族なんだから。 もっともっと地上に繁栄していても不思議じゃないと思わない?」 「・・・・・・・そ、それは・・・・・・。」 「不死である筈の彼らが、何故こんなにも希少な生物であるのか。 その答えが、彼ら、精霊特有の習性、”契約”なのよ。」 「ど、どういう事ですか?」 「つまり・・・・・・精霊は、人間−−−人間がまだ居なかった古代には、 それ以外の何者か−−−と契約の儀式を行い、自分自身の”主人”を 作る事によって、不死を捨て、死すべき身体を手に入れる事になるの。」 「死すべき身体・・・・・・って、ひょっとして、普通の生物としての肉体を 手に入れるとか?」 「違うわ。契約を結んだ精霊は、自分の命を、主人に預ける事になるの。」 「?」 「ちょっと分かりにくい表現かもしれないわね。 はっきり言ってしまいましょうか。 契約を終えた精霊は、いつの日か、その主人が死んだ時、自らも一緒に 死ななければならない宿命なの。」 「なっ・・・・・・・・・・!」 「これは、後追い自殺とかそういう話ではなくて、主人の命が消えた時が、 精霊にとっても同時に死を意味するの。」 「なっ・・・・・・何で?」 「それに関してはよく分かってはいないわ。 精霊に関する研究は全くと言っていいほど進んではいないの。 そして、もう一つ。 契約について話さなければいけない事があるわ。 ”契約”は、一度行ってしまったら、精霊の方からはけしてそれを取り消す事は 出来ないの。つまり、主人が気に入らなくなったから止めて、新しい主人を 探そう、という事は出来ないわけ。」 「・・・・・・精霊の方からは、って言う事は、人間の方からは取り消しが出来る わけですね。」 僕が言うと、ミサトさんは悲痛な表情をする。 そして、言った。 「そうよ。人間の方からは契約の取り消しが出来るわ。それも、一方的にね。 精霊の意志とは関係無く。 そして、契約の取り消しを宣言された精霊は・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・ど、どうなるんですか。」 「やはり、死ぬ事になるわ。 恐らく、命を主人に預けている以上、その主人自身から自分の存在を否定 される事は、預けた命が失われる事と同義なのね。」 「・・・・・・・・・・・・・・!!」 「これがどういう事か分かる? 精霊にとって、他者と契約を結ぶ事は、自らの生殺与奪の権利をその人物に 委ねる事になるわけ。 それが、どれだけの信頼と愛情によって成り立っているか。 私達人間同士の、結婚とかそんなレベルの話ではないわ。 恐らく私達がどんなにあがいても到達出来ない遥か高みに彼らの心は 存在しているのでしょうね。」 「な、何でですか!何で、精霊達はそんな事をわざわざするんですか! 契約して、彼らのメリットはどこにあるんですか!?」 「メリットなんて、ないわよ。なんにもね。 彼ら自身、何故そんな事をしなければならないのかは分からないらしいわ。 強いて言うならば、自らの信頼と、愛情とを形にするため、かしらね。 しかしそれでも彼らは永遠に探し続けるの。自らの主人と認める人を。 そして、その主人が死んだ時、彼らもまた。 そのために、”精霊の愛”という言葉は、最高の愛情を表現する言葉として 使われているほどよ。」 「分かった?バカシンジ。」 「う・・・・・・・うん・・・・・・・・・。」 なんだか心が定まらなかった。 そんな・・・・・・・・そんな、重大な儀式だったなんて。 「でも、なんでマヤちゃんは、シンジ君に契約についての詳しい説明を しなかったのかしら。」 「さあね。忘れてたんじゃない。マヤって天然ボケが歩いてる様なもんだから。」 ・・・・・・僕が、魔法使いだからだ。 僕が魔法使いだから、当然精霊との契約の事も知っているだろうとマヤさんは 思っていたんだ。だから、説明しなかった。 だけど僕は、体系化された勉強を学院で学んだ事は無く、全部独学で済ませて いたせいで、そういった知識がすっぽりと抜け落ちていたんだ。 ど、どうしよう。 あんな安請け合いしちゃったけど、どうしたらいいんだろう。 「シンジ君。」 「は、はい!?」 「・・・・・・・どうするの?今の話を聞いて。」 「・・・・・・・・・・・・・・。」 「これでもまだマヤちゃんと契約を結ぶ事を考えるなら、あたしも 止められないわ。シンジ君は見た目よりもずっと大人だから、自分で 判断できると思うの。」 「ちょっとミサト!」 「アスカは黙って!」 厳しく言い放つミサトさん。 惣流も口をつぐむ。 「・・・・・・・・・・・。」 ・・・・・・・・・・・・・・・。 数分の沈黙があった。 僕は俯いてじっと思考を続け、ミサトさんも惣流も何も言わずただ見つめ 続ける。 短いが、しかし、長い、長い、沈黙。 悩み抜いた果てに、僕は、自分の取るべき道を知った。 僕は顔を上げる。 「・・・・・・・決まった、みたいね。」 ミサトさんが言った。 僕はゆっくりと肯くと、そのまま玄関へと歩いた。 行かなくちゃ。 マヤさんの居る、公園へ。 「ちょ、シン・・・・・・・・・・・・。」 背後で惣流の声が聞こえた様な気がした。 僕は、真っ直ぐに歩いた。 「シンジ君!来てくれたのね!良かった、遅いから心配してたのよ。」 林の中。 足を踏み入れた僕を、マヤさんは目ざとく見つけ、駆け寄ってきた。 汚れを知らぬ、澄みきった瞳。 今の僕は、それを直視する事が出来なかった。 「マ・・・・・・マヤさん・・・・・・・・・・。」 「ほんとに嬉しい。シンジ君が来てくれて。 やっぱり気が変わって来ないつもりなのかとか、随分想像しちゃった けどね。ごめんなさい。」 「あ・・・・・・・・その・・・・・・・・・・。」 「ね、ほら、見て。 契約の儀式の準備は、なんとか出来上がったわ。 どうかしら。けっこう大したものだと思わない?」 マヤさんが、林の丁度一番奥まった辺りを指し示す。 普通の人間には、マヤさんの言う所を見ても、ただ草木が生えているとしか 見えないだろう。 しかし、魔法使いである僕には、そこに張られてある強力な結界と、 そして魔法陣とを見て取れた。 魔法陣、と言っても僕ら魔術師が使う所の魔法陣とは大分形を異にする。 地面に直接図柄を描くのではなく、周囲の地面や、草木に自分の”匂い”を つけるようにして、強力な力の”場”を作り出していた。 正確な意味での僕らの魔法陣とは違うのだろう。 ただ、分かりやすく表現するために、魔法陣、と言ったに過ぎない。 これだけのものを作るには、かなり大変だったに違いない。 よくよく見てみれば、少し顔色が悪いような気もする。 僕と契約を結ぶために、きっと休まず作業を続けていたのだろう。 独りで、黙々と僕の事を想いながら準備を進めるマヤさんの姿が思い浮かび、 僕は胸が締め付けられた。 「わたしは今日、これから、シンジ君と結ばれる事になるのね。 ああ、何だかどきどきしてきちゃった。」 「・・・・・・・・・・・・・・。」 「ね、シンジ君。覚えてる?」 「え?な、何がですか?」 「わたし達が初めて出会った時の事。 この、公園で。」 「え、ええ、それは、もちろん。」 「ふふっ。」 マヤさんは目を細めて笑うと、ゆっくりと林を抜けて、公園に出た。 僕も後を追う。 街灯と、月明かりと、星に照らされた静かな公園。 金属製の遊具が鈍く光を反射している。 誰一人居ない、公園。 そこを、ゆっくりと、ステップを刻む様にして歩んで行く大地の精霊。 その姿に、幻想的な美しさを感じて、僕はしばし見とれた。 今夜の公園は、僕とマヤさんだけのステージだった。 美しく、 しかし、 儚い、ステージ。 マヤさんが遊具の一つの前で、立ち止まった。 「・・・・・・ここ、だったわよね。」 「・・・・・・・はい。」 彼女は、それに手を当てた。 大きな、半円形の遊具。 しばらくマヤさんは、それにいとおしそうに触れつつ、やがて不意に ふわり と飛び上がった。 白いスカートが緩やかに流れ、彼女の姿は遊具の上にあった。 黙って、見つめる僕。 マヤさんは、そんな僕を微笑みながらやはり見つめる。 時間にすれば、一分ほどそのまま見詰め合い、そして彼女は口を開いた。 「シンジくうん。台詞は?」 「え?」 「台詞よ。あの時の。ひょっとして、もう、忘れちゃった・・・・・・・かな?」 ああ。 僕達が、初めて出会った時の事を再現しようと言うのか。 「ね、覚えてる?」 「・・・・・・覚えてますよ。ちゃんと。」 「そ。じゃ、最初から通してやってみましょう。 ・・・・・・何だか、お芝居の稽古みたいだけど。」 くすり、と笑う。 僕もつられて少し笑い、そして再び彼女の事を見つめた。 僕の頭上から、じっと見つめて来る彼女。 ざざ、ざざあ。 緩やかな風に、木々が、そよいだ。 しばしの、沈黙。 やがて。 僕は、ゆっくりと。 口を、開く。 そして・・・・・・・・・・・・・・・。 「ごめんなさい・・・・・・・・・・マヤさん。」 僕は、言った。 小さく、しかし、はっきりと。 戸惑った表情を見せるマヤさん。 「ちょ、ちょっと、シンジ君。台詞が違うわよ。 第一初めて会った時なんだから、わたしの名前を知ってるわけないでしょ。 別にいいのに。忘れてたならそう言ってくれれば。 あのね。あの時の、シンジ君の最初の台詞はね・・・・・・・・・。」 「ごめんなさい。マヤさん。」 もう一度。 今度は、少し、大きく。 「シ・・・・・・・シンジ君?」 「ごめんなさい・・・・・・僕、マヤさんに、謝らないと、いけないんです・・・・・・。」 「な・・・・・・何が?」 不安そうに、問い掛ける美しき精霊。 言いたく、なかった。 壊したく、なかった。 しかし、言わなければならなかった。 今、傷つけ、傷つく事を恐れて、後にお互いにもっと深い傷を負うわけには いかなかった。 「僕・・・・・・・やっぱり、マヤさんと契約を結ぶ事は、・・・・・・出来ません。 ・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。」 言って、しまった。 「ど・・・・・・・・どうして?」 マヤさんの瞳に、絶望が揺れた。 そんなマヤさんを見たくはなかったけど、僕は彼女から視線を外さない。 「・・・・・・・・・知らなかったんです。」 「え?」 「知らなかったんです。僕、精霊との契約の意味。 僕が知ってる限りじゃ、契約というものは、けっこう気軽に出来るものだって 思ってたんです。 でも、今日になってミサトさんに聞いて、初めて知ったんです。 こんなに、重要な事だって事。 マヤさんが、僕に対して抱いていた信頼や想いが、僕が思っていたよりも 遥かに、遥かに、重い事を、やっと知ったんです。」 「シ、シンジく・・・・・・・・・。」 「マヤさんが、こんなにも僕の事を想ってくれている事は、すごく嬉しいです。 でも・・・・・・・そこまでの信頼には、僕は・・・・・・・答えられません・・・・・・。 マヤさんの事は好きです。でも・・・・・・・一生、マヤさんの事だけを 見続けて行く自信は・・・・・・僕には、まだ、ありません・・・・・・・・。 僕はまだ十四歳で、まだまだ、何も出来ない、何も知らない、子供なんです。 だから・・・・・・・・契約は・・・・・・・結べません・・・・・・。」 「で・・・・・・・・でも、シンジ君。約束・・・・・してくれたじゃない。 契約、してくれるって。それに、もしもわたしの事迷惑に感じるようになったら、 契約の取り消しをしてしまえばいいじゃない。シンジ君にはいつでもそれが 出来るんだから。」 「・・・・・・・マヤさんは、僕がそういう事が出来る人間だって思って、僕を 主人として認めたんですか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「ともかく・・・・・・ごめんなさい。 僕がいいかげんなせいで、マヤさんにこんな思いさせて、・・・・・ごめんなさい。 ・・・・・・で、でも、今回だけじゃないし。もっと時間が経って、僕が大人に なった時、その時にマヤさんの全部を受け止められるようになってたら・・・・・。 その時には、契約を結びましょう。それじゃ、駄目ですか? 」 マヤさんは、泣いていた。 頬を伝う、涙。 「ほんとはね・・・・・・なんとなく、分かってたの。」 「な・・・・・・何が?」 「シンジ君がね。契約の意味を、知らない事。 それでわたしは、知らないんだったら、このまま教えないで契約しちゃおうって 思ってたの。契約してしまえば、その後で意味を知っても、シンジ君は 優しいから、きっと一生わたしの事見つめてくれる・・・・・・そう思ったの。」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 「ずるいよね。わたし。 シンジ君の事、騙して。 だから、ほんとは謝らなければいけないのはわたしの方なの。 ごめんなさい・・・・・シンジ君。 こんな・・・・・こんな、わたしなんて、嫌いになっていいわよ・・・・・・・。」 鳴咽を漏らすマヤさん。 「嫌いに・・・・・・嫌いになんて、なりません。 僕は今でも、マヤさんの事が、大好きです。 契約を結ぶ事は、まだ考えなければいけませんけど、でも・・・・・・・・。 でも、マヤさんさえ良かったら、僕と、一緒に居て下さい・・・・・・。」 「シンジ君・・・・・・・・。」 彼女はとうとう、顔を手で覆って泣き出した。 身体が、小刻みに震える。 「・・・・・・・来ないで。シンジ君。」 近づこうとした僕を、彼女は止めた。 「ごめんなさい・・・・・・・・・。今は、シンジ君の顔、見られないの。 シンジ君に、優しい言葉をかけられたくないの。 今夜だけ・・・・・・・今夜だけ、独りにさせて・・・・・・・・・。 まだ・・・・・・・心の整理がつかないから・・・・・・・だから・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・マヤさん・・・・・・・・・。」 月明かりの下。 僕らは、ずっと、動かなかった。 聞こえるのは、木々を渡る風の音だけ。 刻は、止まっていた。 ただ、ゆっくりと漂う、僕と、マヤさんの、想い。 ふと気付けば、僕の頬も冷たいものが伝っていた。 天才的な魔術師と、この世で最も美しい大地の精霊とは、いつまでも、 動かなかった。 幕は、いつまでも降りなかった。 僕と、マヤさんと。 二人だけの、ステージ。 美しく。 しかし。 儚い、ステージ。
河井さんの『』第10話、公開です。
コッパンにTシャツで、
夜の公園に、
1人で・・・
危ない!
危なすぎるよ〜〜
悪いお兄さんがいたらどうするの!
変なおじさんがいたらどうするの!!
いくら魔法使いでも、
あんな事や、こんな事や・・グフフフ
あぁ、いかん・・・壊れていた(^^;
まあ、シンジくんも公園で壊れていたし、
シンジくんと引き分け−−(爆)
精霊との契約の意味・・・
シンジくん、
しっかり考えて、
しっかり判断して・・
格好良かったですね。
私は最後まで壊れていたので、
シンジくんの勝ち−−! (;;)
さあ、訪問者の皆さん。
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