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・・・・・・・・・。
暗き部屋の中。
部屋に窓はなく、地下室ではないかと思われる。
部屋の中央にはぼんやりとした光源がある。
白い光。
しかしそれは、蛍光燈の光とは異なった。
ゆらゆらとゆらめいて、宙に浮かぶ球体。
見る物が見れば、それが魔法によって作り出された灯りである事を
看破したであろう。
そしてその光が、部屋の様子を浮かびあがらせている。
部屋の一方の壁には、扉があった。
恐らくこの部屋の唯一の出入り口であろうか。
分厚い木製の扉。
両開きのそれの表面には、複雑な紋様のレリーフが刻まれ、
輪の形をした取っ手が、金色に輝いている。
かなりの年代物を思わせた。
一方の壁には、書棚があった。
これもまた長い歳月を否応無しに感じさせる代物で、
それが壁を一杯に占拠していた。
そこに詰められたおびただしい数の書物の数々は、世界各国の歴史書ばかり。
”レニヤード文庫”を始めとして、史学家が見れば
随喜の涙を流すに違いない貴重な品々であった。
一方の壁にある物は、これもまた書棚であった。
こちらに並べられた無数の本達は、世界各国の魔道書ばかり。
”ラ=ケルセの書”を始めとして、魔法使いが見れば
感嘆の声を漏らさずにはいられまい珍重すべき品々であった。
そして、両開きの扉の正面に位置する壁。
そこには重厚な樫の木の机が据えられており、その背後には
やはり書棚がある。
そこに篭められているもの。
それはその名を口にするも汚らわしい禁断の書の数々であった。
良識ある魔法使いが見れば、半狂乱になってそれらを火の中に
投げ込む事を主張したであろう。
闇に手を染めた魔法使いが見れば、それらを手にする事が出来るならば
悪魔に魂を売り渡す事さえ辞さなかったであろう。
そして。
ずっしりと重みを感じさせる机の方へと再び視線を移す。
その上には読みかけの物らしい書物が数冊積まれており、
さらにその傍らには、この時代には似つかわしくなく、
しかしこの部屋にはこれ以上無いほど似つかわしい物、
羽ペンとインク壷とが置かれてある。
そして、もう一つ。
それは、地図であった。
部屋の薄暗さのため、どこの地域を模した物であるのかはっきりしない。
ただうっすらとわかる、表面に描かれた図の輪郭から、辛うじて
そう判別出来るに過ぎない。
その地図に。
一本の指が這わされた。
この部屋の主のものだ。
その人物は、机と対になっているらしい椅子に腰掛け、机に向かって居るのだ。
その人物は、男であった。
年の頃は杳としてしれない。
ただその顔に刻まれた幾本もの皺が、男の齢が既に壮年を
過ぎている事を表す。
無骨な顔つきであった。
その彫りの深さから見るに、ヨーロッパ系の血であるらしい。
「・・・・・もうすぐだ。」
男が呟く。
まぎれもない日本語で。
その容姿と、部屋の様子にふさわしく、暗く、湿った声であった。
「もうじき、私の願いがかなう。
長い歳月を閲して、ようやくここまで辿り着いた。」
喜びを隠し切れぬように忍び笑う。
「我が妻よ。
我が娘よ。
お前達の昏き冥府の旅は直に終わりを告げる。
永き眠りより目覚め、再び私と共に生きるのだ。
生け贄の準備はすでに出来ている。
数え切れぬ愚昧な人間達の、
血と、
苦しみと、
呪詛のうめきが、
私達の願いをかなえるのだ。」
男の指が、再び地図の上を這う。
そして、その指はある一点で止められた。
一瞬、宙に浮かぶ魔法の光が輝きを増し、机上の地図を克明に照らし出した。
男の指差した点。
そこには。
こう記されていた。
”東京都”
時に、西暦2000年。
僕のために、泣いてくれますか(第五話)
「ここが・・・・ここが、”旧東京”だなんて・・・・・・。」
僕は信じ難い思いで、周囲を見渡した。
見渡す限りの廃虚。
空は雲に覆われ、月も星も見えない。
ガラ、と足元で瓦礫が音を立てる。
混乱しながらも僕は、小学、中学で習った歴史の授業を思い出していた。
西暦2000年。
今から15年前。
当時日本の首都だった都市、”東京都”は、突如悪夢に襲われた。
直下型の大地震。
それが悪夢の正体だった。
神奈川、埼玉の一部と、東京都全域は壊滅。
関東、甲信越全域に深刻な被害をもたらした。
この未曾有の大災害によって政治、経済の中枢を失った日本。
その被害総額は天文学的数字となった。
無論人的被害もまた、あまりにも大きかった事は言うまでもない。
しかし日本人という人種は、特別に逆境に強いのだろうか。
太平洋戦争の敗戦から不死鳥の如く復興した様に、日本は再び奇跡を見せた。
悲劇から15年。
世界各国の同情の援護にも助けられ、
日本は以前以上の繁栄を世界に見せ付ける事になる。
失われた命は戻すべくもないが、崩れた建物は建て直され、
人々の身体の、そして心の傷は少しずつ癒されていった。
しかし。
けしてその傷痕が癒されない地域があった。
東京都。
かつて世界有数の大都市と称された日本の首都は、他の地域が次々と
回復して行くのを尻目に、未だに復興の手は入っていない。
”一般人の東京都への立ち入りを禁ず。”
これが新政府の出した公式発表だった。
そして日本の、世界のマスコミはこれに対して沈黙を守った。
報道管制。
あらゆる人々の脳裏にその単語が浮かび、しかし真実を知る術は無かった。
旧東京。
これが現在の”東京都”の呼称だ。
中部地方に新たに作られた三つの大都市、
第一新東京市、
第二新東京市、
そして第三新東京市。
これらと対比するようにつけられた名前だ。
旧東京の様子は、マスコミが報道しない分、巷でときたま噂として話題に登る。
ある者は旧東京の地下には巨大な地底空間があり、
政府はそこで極秘裏に都市開発を進めてると言った。
ある者が言うには旧東京には核ミサイルを保持した
テロリストが潜んでおり、政府はその対応に
苦慮している、という事だった。
しかしどれも信憑性に欠け、真実は結局闇の中だった。
そして今。
僕は、その旧東京に立っていた。
僕が見つけた”新宿”と書かれた標識。
新宿とは東京都の23の区の中の一つだった。
曖昧な記憶を掘り起こし、ようやくそれを思い出した。
そこから判断すれば、今僕の居るここが、旧東京であると考える事は
極く自然な事だった。
しかし。
何故だ。
僕はついさっきまで第三新東京市にいたのだ。
繁華街を歩いてふと見つけた一本の路地。
そこを通り抜けた先に、ここがあった。
しかも僕の通ってきた路地は、いつのまにか掻き消える様に無くなっていた。
何故、第三新東京市からこの旧東京まで、百キロという距離を
飛び越えてしまったのか。
考えても考えても僕の脳は『回答不能』ばかりを提示した。
これはひょっとしたら夢ではないだろうか。
ぱっと目を覚ませば、僕はいつものように自分の部屋のベッドの上に
居るのではないか。
しかしそれは現実逃避に過ぎなかった。
僕の目の前に轟然と立ちはだかっているものは、間違いなく現実だった。
「どうしよう・・・・・・・・・。」
僕は不安に打ち震えながら呟く。
周囲を恐る恐る見回しながら僕は思考を続けた。
冷静にならなければいけない。
事実を事実として受け止め、そこから自分なりの判断を導き出さなければ
いけない。
必死に自分にそう言い聞かせる。
やがて。
僕の思考はまとまった。
歩こう。
単純だが、それが今僕に出来る最良の行動だと思った。
外部から旧東京へと向かう道は、軍によって完全に封鎖されている。
(ちなみに新政府は、2007年に自衛隊を解体、新たに軍を創設している。)
言ってみれば、旧東京から一歩出ればそこはセーフティなのだ。
ともかく旧東京の外へ辿り着いて、保護してもらう。
当然職務質問されたり、色々とややこしい事にはなるだろうけど、
それは仕方ない。
事実をそのまま伝えるしかない。
信じてもらえるかどうかは分からないけど。
方針が決まってしまうと、僕は何となく安心した。
そして、歩き出した。
9:05PM。
「もう。シンちゃんったら。
あたしをほったらかして夜遊びなんてして。
アスカも来ないし、今夜は寂しいわね。」
ずぞぞぞぞっ。
ミサトはカップラーメンを食べていた。
9:30PM。
左手首の腕時計は、そう表示していた。
歩き始めてから一時間近くが過ぎている。
「ふう。ふう。」
僕は疲れを感じていた。
日ごろの運動不足のせいもあるけれど、瓦礫に覆われてまともな道が
ほとんどない事が大きな負担になっている。
はっきり言って、自分がどっちへ向かっているかさえ分からない。
ただもくもくと歩く。
それだけだった。
少し喉の渇きをおぼえてる。
ちょろちょろと水を流しているパイプを見つけたりもしたけれど、
大事をとって飲まない事にした。
ジュースの自販機を見つけたらそこから中身を拝借しよう。
「・・・・・・はあ。」
足が痛い。
精神的にも疲れてきたため、僕は少し休憩を入れる事にした。
瓦礫の山に腰掛ける。
・・・・・・みんな、今ごろ何してるかな・・・・・・・。
ふっと、考えた。
トウジ、ケンスケ、ミサトさん、・・・・・・・。
惣流・・・・・・・・・。
みんなはまさか、僕が今こんな所でこんな目にあっているとは
想像もつかないだろう。
そう考えると不思議と可笑しくなった。
「・・・・・・・・・・・。」
ふと、傍らを見ると、白い物があった。
じっくり観察しなくても分かる。
人骨・・・・・白骨死体だった。
僕は別に驚かなかった。
ここまで歩いてくる途中で、幾つも目にしている。
既に感覚は麻痺してしまった。
形だけ黙祷を捧げると、僕は思案に戻った。
「だけど・・・・・・・・。」
僕は呟いた。
僕は訝しさを覚えていたのだ。
この旧東京に対して。
生命の姿が見えない。
それが僕の訝しさの源だった。
この状況だから、人間がいない事には納得できる。
しかし例えば野犬とか、鼠とか、そういった動物の類は居ても
いいんじゃないか。
そればかりか虫一匹いない。
蚊も、蝿も、バッタも。
旧東京が、何らかの理由で生命の存在出来ない状態になっているのか、
とも思ったけど、僕自身はこうしてちゃんと生きている。
別段空気に有害物質が混じっている様子もない。
「・・・・・・・・。」
考えても、答えは出なかった。
ともかく今は生還する事だけ考えよう。
そう結論づけ、再び歩みを再開しようとした。
その時。
ぞくり。
僕の背筋を、何か冷たい物が駆け抜けた。
なんだ。
嫌な予感。
何かは分からない。
しかし。
何かが、まずい。
何かが。
僕はいままで、特別自分の事を勘が鋭いとは思っていなかった。
くじに当たった事もないし、
テストでヤマが当たった事もなかった。
しかし。
今、僕の第六番目の感覚が、全力で僕に危険を教えていた。
僕は周囲を見渡す。
何も、見えない。
しかし、近づいてくる。
それが分かった。
逃げなければいけない。
ここから。すぐに。
ゴトリ。
背後の方で、何か音がした。
嫌な予感は、今最大にふくれあがっていた。
後も見ずに走って逃げる。
それが僕のとるべき行動だった。
しかし、僕は。
振り返った。
そして。
見たのだ。
その化け物を。
「うわあああああああああ!」
僕は絶叫した。
僕の目の前にいる、それ。
それは、正真正銘の化け物だった。
「あ、あ、ああ、あああ、うわああああああ!」
僕の精神は、恐怖によって侵食されていた。
ああ!
それは、なんておぞましい姿をしていた事だろう!
悪魔。
それが、その化け物だった。
山羊のそれを思わせる頭部。
人間に酷似し、しかしはるかにたくましい首から下の身体。
蝙蝠そっくりの巨大な翼。
長く、そして太い尾が僕を嘲笑うかのようにゆらゆらと揺れていた。
全長は、3メートルもあったろうか。
僕の胴よりはるかに太いその両腕の先には、鋭い鉤爪のついた手があった。
その身体は青みがかった黒。
爛々と光る二つの目が、僕をめねつけていた。
・・・・・・獲物を狙う目で!
「あ、あ、ひ・・・・・・・。」
僕はその場にぺたん、と座り込んでしまった。
腰が抜けた。
そして間を置かず。
すぐ近くの物陰から、ぬっ、と現れる、もう一体の悪魔。
4つの燃え盛る瞳に見据えられ、僕は絶望、という言葉を知った。
悪魔。
話に聞く事は何度もあった。
僕達の住むこの世界と重なり合い、
しかし全く異なった世界。
魔界。
力のみが支配すると言われるその世界で、
他を圧倒して覇権を握っている種族。
それが、悪魔。
悪魔は大抵の場合、”自然に”僕達の世界へ現れる事はない。
こちらの世界と魔界とは、根本的に物理法則が異なるため、
余程の力を持った悪魔でない限り、こちらへやって来て自在に
その力を振るう事は難しい。
そればかりかこちらの世界に対応できずに、現れたその瞬間に
消滅してしまう、と言う事も有り得る。
だからこそ悪魔は人間を遥かに圧倒する力を持ち、僕達の世界を
はっきり知っていながらも、こちらへ”攻めて来る”という様な事が無いのだ。
しかし。
もしもこちらの世界から”召喚”した場合には話は別だ。
悪魔召喚の業は基本的に魔法使いにしか許されない。
そして召喚され、呼び出した術者と契約を結んだ悪魔は、
その魔法使いの魔力の一部を借りる事によって、
この世界で自在に動き回る事が出来るのだと言う。
イギリスの悪魔召喚師、アラン・ベイツが数々の悪魔達を召喚、支配して、
人を暗殺する事を生業としたあげくに、ついに逮捕され即刻死刑となった事は
記憶に新しい。
そして、今僕の目の前に二体の悪魔が立っている。
そいつらはグルル、と獣のようなうなり声をあげながら一歩、一歩、
僕の方へ近づいてきた。
僕は、動けない。
あまりの恐怖に身体が麻痺している。
死への恐怖、という事もあったけど、それ以前に僕は悪魔の姿そのものに
恐怖していた。
人間の、精神の奥の奥。
根源的な恐怖を呼び覚ますそのおぞましい姿。
そのての本の挿し絵と全く同じ姿であり、しかしその恐怖は到底
比較にならない。
ついに二体の悪魔が僕の目の前へと辿り着く。
そいつらは少しの間僕を品定めするような目で見つめると、
そのばかでかい口を開いて
げく、げく、
と音を立てた。
笑っているのだ。
僕は呆然とそう思う。
ふと気付くと、
・・・・・・・・・・・・・!
悪魔のうちの一体が、その右腕を高く振り上げていた。
その外観からも、そいつの膂力がどれほどのものであるか、
容易に想像出来た。
あの右腕の直撃を食らえば、間違いなくあの世行きだ。
死。
その一語が僕の脳裏に焼き付いた。
死にたくない!
そう意識した瞬間、僕の金縛りは解けた。
グオン!
猛烈に風を切り裂いて僕に襲い掛かる右腕!
僕は必死に身をよじり、転がった。
その一撃をかわす事が出来たのは、僥倖以外の何物でもなかった。
しかし。
幸運というものは二度は続かない。
からくも命を長らえた僕に、すかさずもう一体の悪魔の尾が襲い来る!
ドオン!
僕の腹部が爆発した。
10メートルも吹き飛ばされ、瓦礫の山に背中から突っ込んだ。
「ぐふっ!」
血ではなく、血塊が口腔から溢れる。
内臓が破裂したのか。
そのまま僕の身体はずるずるとくずおれる。
「ぐ・・・・・く・・・・・。」
身体の自由が効かなかった。
今度はさっきの様な金縛りとは違う。
瓦礫に突っ込んだ時、首か背骨あたりの骨が折れたらしい。
不思議と痛みは感じなかった。
身体の感覚はぼやけているけど、意識の方は鮮明に、
再び僕に近づいて来る悪魔達をとらえていた。
げく、げく。
再び笑う悪魔達。
上等の獲物を、おもちゃを、手に入れた笑い。
ぐいっ。
僕の右腕が掴まれ、そのまま身体を上に引っ張り上げられた。
悪魔の腕にぶら下げられるかたちになった。
さながら子供に邪険に扱われる人形の様に。
左腕が掴まれた。
そして。
猛烈な力で引っ張られる。
すぽっ。
そういう音が聞こえなかったのが不思議な位、あっさりと僕の左腕は
胴から引き千切られていた。
血が噴水の様に肩口から吹き出す。
げく、げく。
右足が掴まれた。
ぐいっ。
右足が、引っこ抜かれた。
どさっ。
僕の身体が、地面に投げ出された。
見れば、悪魔達は僕の腕を、足を、
・・・・・食っていた。
その様はファーストフードのフライドチキンを食べているかの様。
血のしたたる柔らかな肉を、そいつらは頑丈な牙で引き裂き、食らっていた。
僕は声もあげずにそれを、
自分の肉を食われる様を、
じっと見ていた。
二体共、ほぼ同時に自分の分を食べ終わり、再び僕の残った腕を
掴んで引き上げる。
ぐいっ。
右腕と、左足と、どちらを先に引っこ抜くのか。
そんな下らない考えがよぎる。
左足が、引っこ抜かれた。
獣とは、違うな。
僕は思った。
獣ならば、こんな獲物の食い方はしない。
まず一番旨い内臓から貪り食らう。
わざわざ四肢から食べるのは、獲物の苦しみを長引かせるためだろうか。
悪魔らしい。
僕はまるで他人事の様に、自分の身体が解体されてゆくのを見ていた。
ずるり。
視神経を引きずりながら、右の眼球がえぐり出されるのを左目で見る。
・・・・・・・・・・・・。
その時、僕は自分の意識が急激に失われて行くのを感じた。
既に大量の血液が失われており、今迄意識があったのが
不思議なくらいだった。
生命の火が、掻き消えようとしていた。
僕は、死ぬのだ。
今更の様に僕はその事を認識した。
しかしすでに、その事に対する恐怖はなかった。
トウジも、ケンスケも、ミサトさんも、惣流も、僕が死んだと分かったら・・・・
いや、行方不明になったとわかったら、悲しんでくれるだろうか。
うん。
きっと悲しんでくれる。
それならば。
僕のために、泣いてくれる人が一人でもいるなら。
僕のこの14年の生は、無駄じゃなかった。
そう思うと、恐怖はなかった。
・・・・・トウジや、ケンスケとは、3バカトリオとか呼ばれてたっけ・・・・・・・。
・・・・・ミサトさん、僕がいなくなってもちゃんと家事、出来るかな・・・・・・。
・・・惣流・・・あんな風に、喧嘩したまま別れるのは、ちょっとやだな・・・・・。
・・・・・・それから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして。
一人の人物の姿を思い浮かべた。
その瞬間。
・・・・・・・死にたくない!
突然、あきらめかけていた僕に湧き起こる激情。
眠りにつこうとしていた意識が、再びはっきりと覚醒した。
死にたくない!
死にたくない!
僕の意識は、絶叫した。
死にたくない!
死にたくない!
しにたくない!
シニタクナイ!
そして。
・・・・・・・・・・・・・・・
それが現れた。
そして、僕は。
地面に立っていた。
両足で。
五体満足で。
「・・・・・・・・・・・・・?」
僕は呆気にとられて自分の身体を見つめた。
服は、布一枚ない全裸の姿。
見慣れた僕の身体。
両腕も、両足も、両目も、折れた骨も、流れ出した致死量の血液も、
・・・・・・全てが、元に戻っていた。
「なんだ・・・・・・・・?」
僕は、前方へ視線を移す。
そこには、僕の腕の、足の、骨をその手に掴んだ二体の悪魔の姿があった。
彼らは、突然再び完全な姿で目の前に現れた僕に対して、
明らかに動揺していた。
互いに顔を見合わせ、何やら人間には発音不能の音を口から放つ。
会話をしている・・・・・・。
僕はそう判断する。
無理もない。
僕自身何が何だか分からない。
直に。
悪魔達は僕に歩みよってきた。
食らう肉が増えた。
そうとでも判断したのだろうか。
僕の目の前に立ち、再びその腕を振りかぶった。
鉤爪が鈍く光る。
グオン!
さっきと同じスピード、角度で僕の身体を襲った。
今度は。
僕は、避けなかった。
動けなかったわけじゃない。
ただ、なんとなく、
『避ける必要はない。』
そう思ったのだ。
グシッ。
嫌な音を立てて、僕の胸は鋭い爪によって抉られていた。
心臓まで達している。
致命傷だった。
そして。
再生した。
???????!!!!!!!!
悪魔達の声にならない叫び。
無理もなかった。
たしかに与えられた深い傷が、次の瞬間には跡形も無く
完治していたのだから。
「・・・・・・・・・・・・。」
僕も、驚くべきだった。
しかし全く驚きを感じなかった。
当然の事。
何故か、そう感じる。
じろり。
僕は悪魔を睨む。
邪魔だ。
そう思った。
死ね。
そう思った。
ぱあん。
次の瞬間、片方の悪魔の頭が、熟柿のようにはじけ飛んだ。
頭部を失った肉体は、しばらくゆらゆらと揺れて、やがて、
どさり
と前のめりに倒れた。
例え悪魔と言えども頭部を失えば生きてる事はかなわない。
生き残った方の悪魔は、狂乱状態になっていた。
突然の同族の死に、傍目に見ても動揺している。
「・・・・・・・・・。」
あれだけ恐怖を感じた悪魔の姿が、今では何も感じられない。
今僕の目の前に居るのは、恐怖すべき対象ではなく、
鼠か、蟻の様に矮小に見えた。
「*$##@¥%%&@*!]
悪魔が、判別不能の言葉を吐く。
次の瞬間、僕の足元は紅蓮の炎に包まれた。
想像を絶する高熱が襲う。
僕の身体は一瞬にしてケシズミと化し、
そして再び再生した。
火傷の跡一つない。
手を一振させて火を消し去ってしまうと、僕は相手を睨む。
びくん、
と過剰なまでにそいつは反応した。
恐怖に。
戦い、という言葉がある。
その定義がもしも互いの生命をかけて相手の生命を奪い合う事だとすれば、
それはとても戦いとは呼べなかった。
力の差は圧倒的だった。
片方は相手を傷付ける術を知らず、
片方は相手をいつでも葬る事が出来た。
それは、殺戮と呼ぶにふさわしかった。
そして。
今、僕の足元には哀れな骸が転がっていた。
見渡す限りの廃虚の街。
旧東京。
そこに僕は一人たたずんでいた。
人間、想像を超えた事態に遭遇してしまうと、
かえって冷静になってしまうものらしい。
僕は、自分で考えても可笑しくなってしまうほど、
あっけなく認めてしまっていた。
自分が。
碇シンジが。
天才と呼ぶにふさわしいほどの。
圧倒的な資質を持った魔法使いとして。
今、目覚めた事を。
河井さんの『僕のために、泣いてくれますか』第五話、公開です。
急展開に続いて、【覚醒】!
次第に”生きる”事を始めていたシンジ。
次第に友達を作り、
次第に家族を作り、
次第に泣いてくれる人を。
死に際しての思い、
それが、彼を。
悪魔さえ一蹴する力・・・
さあ、訪問者の皆さん。
貴方の感想をぜひとも河井さんに送って下さい!
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