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『願いはかないますか』
第4話 ここにいる理由をあげる


 静かな部屋に、一人の少年の姿があった。
 じっと目を閉じ、何かを考えている。
 少年は線の細い印象を与える。母親似なのだろうか。女性的な整った顔立ち
をしている。街を歩けば、十人中八人は振り向くであろう、美少年である。
 ふっと、閉じていた目を開く。そして周囲を見回した。だが、彼の目に映る
のは本棚に収まった本達だけであり、見慣れてしまった無機質な部屋だった。
「……気のせいか」
 呟くような小さな言葉。
「それも、そうだよね…」
 軽く自嘲するような、そして悲しそうな表情を浮かべる。
 だが今度は、確かに彼の耳に届く音があった。
「シンジ君?そろそろ時間だけど」
 少女の声。本来なら明るく、生気に満ちた声も現状では抑え目にならざるを
得ないのだろう。
「分かったよ、マナ」
 彼は椅子を軋ませ立ち上がる。その表情は硬く、そして冷たい印象を与える。
 先程までの彼の雰囲気は一変していた。
 それはそうだろう。
 ゆっくりと歩き出すその先には、彼にとっての戦場が待っているのだから。



「そっか…碇君の居場所、分からなかったのか…」
 おさげ髪の少女は、屋上を吹き抜ける風になぶられる自分の髪を気にしなが
ら、そう呟いた。
 少女の前には一人の少年が佇んでいる。
 そして、少年は済まなそうに口を開いた。
「すまんなぁ、ヒカリ。ケンスケは、もうちっと調べてみる、言うてるさか
い」
「ううん。ゴメンね、私こそ。無理な事言っちゃって」
 ヒカリが謝るのを少年は遮った。
「これはワシらの意志でもあるんや。せやから、ヒカリが気にする事なんか、
あらへん」
「鈴原…」
「な?」
 にかっと笑う少年。ヒカリは親友となった少女の事を思いながら、自分の頬
が赤くなるのを抑えられなかった。
(ごめん、アスカ)
 風が、もう一度屋上を通り抜けていく。空では雲が流れていた。



 じっと少女は、うずくまっていた。
 閉め切ったカーテンで、陽射しを遮ったままで。
「シンジ………」
 小さく、弱々しく呟く。
 長く綺麗な髪は、手入れを忘れられ、ぼさぼさのまま。
 そして強い光を宿していたその碧い瞳は、あの日から力を失ったままだった。

『答える義務はないよ』
『婚約者、よ』
『本当だよ』
『じゃ、アスカ。また学校で』

 冷たい瞳で、私を見ていた。
 あの暖かい、優しい眼差しは失われていた。
 どうして?

 ずっと、あの日の彼の言葉がリフレインされている。
 少女はずっと気力を失ったままで、こうしている。
「アスカ……。今日も休むの?」
 母の声がドア越しに聞こえる。
「……うん」
 小さな返答。
「…分かったわ」
 母の諦めたような口調。
 だが、少女は自分の思考に埋没したまま、その言葉を聞いてはいなかった。

 あの女がいなくなったから…?
 シンジが変わったのは……。

 一人の少女を思い浮かべる。
 常にシンジの傍らにいた少女の姿を。

 だとしたら……あたしは……。



 一人の少女が空を見上げていた。
 空気が澄んでいるのだろう。綺麗な青空が、少女の目に眩しかった。そして
白い雲が風に流されていくのを、じっと目で追う。
 銀色の髪と、白磁の如き透き通った白い肌。整った顔立ちは水晶細工の女神
のようであった。それはまるで、この世に降りてきた精霊のようだった。そし
て少女を現実の存在と思わせない最大の理由。憂いを湛えたその瞳は『深紅』
に染まっていた。
 少女は静かに空を見上げている。
 少女の傍には誰もいなかった。ただひたすら、草原が広がっている。
 肌寒い訳でもなく、蒸し暑い訳でも無い。病気の療養には最適の気候だろう。
「ずいぶん……離れたのね」
 少女は誰にとも無く、呟く。
 彼女の住んでいた街とはまったく違う、空気の色と匂い。それが少女に実感
させるのだ。
 自分が住んでいた街とは、離れてしまったのだと。
「でも……これが私の選択の結果」
 声が震える。そして少女の肩は揺れていた。
「決めたんだもの……自分で…」
 母と、暮らすと。
 ずっと望み、夢見ていた母との暮らし。それは彼女に温かさを与えてくれた。
 でも、同時に彼女の中に寂しさも生み出したのだ。
「シンジ……」
 つい、その名を口に出してしまう。
 自分が決別すべき名前を。
 彼は、自分を家族と言ったのだ。自分は家族以上にはなれないのだ。
 だから、離れた。
「でも……」
 寂しさは薄れなかった。
 母と暮らしていても。
 少女はじっと空を見つめる。彼も見ているだろう、この空を。
 その瞳には雫が湛えられていた。





「婚約披露パーティー……ですか?」
 少年はゆっくりと、自分の前に座る祖父に尋ね返した。
 早朝から自分とマナを呼び出した理由を尋ねるシンジに、祖父はそう答えた
のだ。
「そうだ。早い方が良いからな」
 祖父は笑いながらお茶を啜っている。
「……マナ君も、それで良かろう?」
「…ええ」
 少年とは対角線上に座っていた少女が頷く。
「シンジ」
「分かりましたよ。一ヶ月後ですね?」
「そうだ。出席者に対する招待状の準備は始めておけ」
 それだけを言い置くと、少年は祖父の部屋を出ていった。
「…どうするの?シンジ」
 老人から離れた事を確認すると、マナは小さく話し掛けてくる。
「…どうやら、一ヶ月後がタイムリミットらしいね」
 碇シンジは歩みを止める事無く、ゆっくりと微笑んだ。
 それは悪魔的な笑みとでも、言うのだろうか。
 マナはその笑みに恐怖を覚え、同時に蠱惑される。
 シンジは笑みを浮かべて窓の外を眺めていた。





「綾波の住所?」
 鈴原トウジは意外そうに聞き返した。
「そうだよ。シンジの居場所が分からないんなら、綾波に聞けば良いんだ。あ
いつら、従姉妹なんだし」
 ケンスケがにんまりと笑って答える。
 その手には、携帯型の端末があった。
「学校の生徒データをハッキングしたんだ。この学校、非公開データを大量に
隠しているからね」
 案の定、開封されたデータには綾波レイの転地情報も含まれていた。
「これだよ」
「何や…えらい、離れてるやないか」
 現住所は、トウジ達が住むこの街から、電車で数時間かかる高原だった。
「入院していた母親が療養するのが、目的らしいんだ。で、どうする?」
 その問いは、トウジの後ろにいた少女に向けられた言葉だった。
「…私には何とも言えないわ。アスカがどうしたいのか…」
 洞木ヒカリの言葉にトウジは口を開く。
「シンジの居場所、知りたいんやろ?せやったら、行くしか無いやろ」
 主のいない席を見ながらトウジは呟いた。
「私…今日アスカの家に行ってみる」
 ヒカリはそれだけを言うと、二人から離れた。
「…シンジの奴。何考えとるんや」
 トウジが空を見上げながら呟く。それは全員の思いだった。


 コンフォート17。アスカの住むマンションの前に、ヒカリとトウジ、そし
てケンスケは立っていた。
「はあ、どでかいなぁ」
 トウジの感心したような口調は、全員の感想を代弁していた。
「じゃ、行くわよ」
 少し緊張した面持ちのまま、ヒカリがホールに入っていく。
 インタフォンでアスカの部屋を呼び出す。
『はい、惣流です』
 アスカの母の声が聞こえる。
「あ、あの、私アスカさんのクラスメートで、洞木と申します。あの…アスカ
さん、いらっしゃいますか?」
『あ、ああ。アスカの?ええ、います。少し待っていてください』
 トウジ達の目の前で自動ドアが開く。
『どうぞ。部屋の場所は分かりますよね?』
「はい」
 ヒカリが先頭を。トウジ、ケンスケはその後ろに続く。
「…金持ちやな。やっぱ」
「セキュリティはしっかりしてるよ。やっぱり」
 ぼそぼそと話す二人を尻目に、ヒカリはアスカの事を考えていた。

 ヒカリ達がドアの前に立つのと、目の前のドアが開くのは同時だった。
「あなたが、ホラキさん?」
 少し発音がおかしいが、アスカに面影が似ている女性が立っていた。
「あ。あの、アスカのお母さんですか?」
「ええ。ごめんなさい。あの子、ずっと部屋に閉じこもっているのよ」
 本当にどうしたのかしら。そう呟くアスカの母に一礼し、ヒカリ達は家に上
がり込む。
「お邪魔します」
 トウジ、ケンスケも後に続く。
「すんませんな」
「お邪魔します」
「叔母様、アスカの部屋はどこでしょうか」
「え。あ、ああ。こっちよ」
 案内された先は、一つのドアの前だった。
「アスカ、洞木さんが来たわよ。アスカ?」
 まず母が呼びかけるが、中から返事は無い。
「あ。私達だけで話したい事があるんです。すいませんけど…」
 ヒカリのすまなそうな顔を見た母は、一瞬考え込み、そして笑った。
「…わかったわ。じゃあ、少し出てるから」
「すいません」
 深く頭を下げるヒカリを見て、母は優しく微笑む。
「あの子にも、良い友達が出来たのね。これからもよろしくね」
「は、はい」
 それだけを言うと、彼女は出ていった。
「…どうするんや?」
「アスカ。中に入れて。…ううん、入れてくれなくても良いから、私の話を聞
いて」
 ヒカリはゆっくりと話し出す。
「碇君の行き先は、私達も分からなかったの。でも、綾波さんの居場所は分
かったわ」
 がたん、と中で物音がするのを、ヒカリは聞いていた。
「綾波さんなら、碇君の居場所を知ってるかもしれない。何より、アスカの
言っていた『碇君の変貌』の理由を知ってるかもしれない」
 ヒカリは、アスカが出てくるのを期待していた。だが、中からは先程の物音
以上のリアクションは返って来なかった。
「駄目なの…?」
 小さく呟くヒカリを横目に、トウジがドアの前に立った。
「鈴原?」
「下がってぇや。ヒカリ」
 にかっと笑うと、トウジは顔を引き締めてドアを見た。
「惣流。いつまで逃げるつもりや」
 怒鳴る訳では無い。だが、その声には迫力があった。
「シンジに冷たくされたんが、そんなにショックなんか?
 シンジに婚約者がいたのが、そんなにショックなんか?」
 トウジは中の様子に気を配っているようには見えない。
 ヒカリはハラハラと中と、トウジを見比べる。そしてケンスケは、何も言わ
ずに腕組みをして、ただ立っていた。
「あんたに、何が分かるのよ!!」
 ドア越しにアスカの怒声が響いた。
「シンジに振られたんが、ショックなんやろ!?」
「シンジが、どうしてあんな事言ったのか分からないのよ!」
「せやったら、自分の目と耳で、シンジの本心を確かめぇや。ここでウジウジ
しとっても、何の解決にもならんやろが!!」
 バン!!
 トウジが自分の拳を、ドアに叩き付ける音が響いた。
「自分!ここで何もせんと、負けるつもりかい!!」
 トウジの怒声。
「そうだよ、惣流。シンジが何を考えてそんな事を言ったのか。確かめれば良
いじゃないか」
 ケンスケが助け船を出すように、口を添えた。
「そうよ!アスカ!」
 ヒカリが言葉を続けた時、ドアは開いた。
「……それで、あの言葉が本当だったら、どうすれば良いのよ……」
 アスカは泣いていた。トウジ達の目の前で。
「そん時は、あいつの頬、張ったればええやないか」
 にやっとトウジが答える。
「そん時は協力するよ」
 ケンスケがにこりと笑う。
「アスカ!確かめなくちゃ、始まれないし、終われないよ」
 ヒカリがそう言ってアスカを抱きしめる。
「終わらせるにしても、始めるにしても、ここにいたら、それは出来ん」
 トウジがいつもとは違う、しっかりした口調でそう告げるのを、アスカは
黙って聞いていた。
 涙を流しながら。


「……で、ワシらはなして、こうしてるんや?」
 トウジは不機嫌そうな顔で茶をすすりながら、ぼそりと呟いた。
 ここは惣流家のリビング。ヒカリとケンスケも座って、黙々とお茶を飲んで
いる。
「…アスカ、シャワー浴びるって言ってもう50分…」
 さすがのヒカリも少し困った顔をしている。
 アスカは泣き止むと、いきなり、シャワーを浴びるからここで待っていろと
宣言したのだ。
「ゴメンナサイね。あの子、言い出したらきかないから…」
 横でアスカの母キョウコが済まなそうな顔をしている。
「い、いいえぇ。そないな事…」
 結局は美人に弱いトウジであった。
「お待たせ!!」
 そんな四人の前に、アスカが現れる。
 既に着替えを済ませているのに、四人は驚く。
「アスカ…いつのまに…」
「これでも急いだのよ。悪かったわね、遅くて」
 じろっとトウジを睨みつける。
「で?あの女は今どこにいるのよ」
 そして一転、ケンスケに視線を向ける。
「ん、ああ。こっから電車で数時間かかる高原」
 ケンスケは具体的な住所を端末に表示して見せた。
「なんだ、近くじゃない」
「惣流。日本地図は近いように見えて遠いんだ。甘く見るな」
 ケンスケが釘をさす。
「何よ」
「これから行くのも無理があるんだよな。さすがに」
「…うちの学校、自主的に休めるけど…」
「まずいわよ」
 アスカの言葉にヒカリが釘をさす。
「せやな。土日を利用する以外ないやろ」
 トウジの結論にみなが頷く。
「じゃあ、今週の金曜に出る?」
「そうだな。学校終わったら、即時準備、即行動って所だな」
 ヒカリの提案に、ケンスケが端末にスケジュールを組み始める。
「泊りになるな…。綾波ん所で泊めてくれるかな」
「期待せんほうがええやろ。泊まるんは、別の所を用意しとった方が、ええん
ちゃうか?」
 トウジとケンスケの会話を聞いていたキョウコが、突然口を挟む。
「あなた達、何処に行くの?」
「ここですよ」
 ケンスケがアスカに見せたように、端末で地図と住所を見せる。
「あら、ここならホテルがあるじゃない。そこに泊まりなさいな」
「え?でも……」
「お金なら、心配しないで。今回は私が出してあげます」
 あっさりとした言葉に、全員が驚愕の表情を浮かべる。
「ママ!?」
「アスカの事心配してくれてるんでしょう?そして、今回はその為の旅。なら、
私はこれくらいしか出来ないもの」
 にこりと笑うと、電話の前に立つ。
「あ、もしもし?ええ。宿泊の予約を。ええ。そう。ツインを二つ。ええ、そ
う。今週の金曜日から。ええ、はい。三泊の予定で。ええ、お願いしますね」
 電話を置くと、にこりと笑う。
「さ、これで宿の心配はいらないわよ」
 にこにこと笑う母を前に、アスカ達は言葉を失った。





「どうです?」
 老人を前に、少年はむしろ傲然とした表情と態度で座っていた。
「悪い条件では無いでしょう?」
 少年の横では、一人の少女が座っていた。
 少年とは違い、少し済まなそうな表情を浮かべているのが対照的である。
「……君は、何を考えているのだ?」
「別に。そんな大それた事は考えてはいませんよ」
 少年はふっと微笑む。だが、海千山千のはずの老人はその笑みを見た途端、
背筋が凍るのを感じた。
「で、答えは?即答なされる事を希望しますが」
「…………わかった」
 押し出すようなため息と共に、その言葉を吐き出す。
 少年はゆっくりと微笑みを消した。
「ありがとうございます。それでは、私はこれで」
 立ち上がる少年を追うように、少女も立ち上がる。
「それでは、これで」
 頭を下げる少女に、老人は声をかけた。
「霧島のご令嬢。あなたは、いい婚約者をお持ちだ」
 その言葉は皮肉めいていた。もはや、それぐらいしか言えないのだろう。
「ええ、本当に」
 少女もそれだけを言うと、足早に立ち去っていく。
「………本当にね」
 少女は小さく呟いた。
 その視線は、彼女の前を歩く少年の後ろ姿に注がれていた。




 駅から出てくる4人の少年少女がいた。
 一人は眼鏡の少年で、ラフな格好に大きなカメラバッグを持っている。一人
はこれまたラフなジーンズにTシャツ姿の少年。残る二人の少女は、それなり
に気合いの入った格好をしている。
「しっかし、空気が綺麗だよなぁ」
 ケンスケの言葉は、全員の心の声の代弁だったろう。
「本当。良い所ね、鈴原」
「せやなぁ。こないな所は、もうちっと穏便な理由で来たかったわ」
 ヒカリ、トウジが笑う。
 そして一人の少女は、足早に歩みを進めていた。
 赤みがかった金色の髪。白人種特有の白さを持った肌。碧い瞳は彼女を日本
人には見せない。
「アスカ。もう少しゆっくり歩こうよ」
 ずんずんと前進していく少女に、ヒカリは声をかける。
「何言ってんのよ!このままじゃ日が暮れるじゃない!!」
「綾波は逃げへんて。わしらが来てる事なんか知らんのやさかい。それにもう
日は暮れとるわ」
 トウジの言葉に、アスカも渋々立ち止まる。
「今日はホテルでゆっくりしようよ。もう19時だし、先方にも失礼だろ?」
 ケンスケがそう提案する。
「……分かったわよ」
 アスカは小さく呟くと、近場のタクシー乗り場に向かう。
「ほら、さっさと行くわよ!」
「へえへ」
 トウジがやれやれと言った表情で荷物を持ち直した。
 ちなみに、自分の荷物は背負った小さなデイパックだけであり、手に持った
ボストンバッグは隣に立つ少女、洞木ヒカリの物であった。
「ごめんね、鈴原」
「ええて。これぐらい」
 小さく囁き合うと、二人はタクシーに乗り込んだ。
 これからの事を考えて、難しい表情を浮かべてしまうアスカ。トウジとの泊
りがけの旅行に、少しだけ幸せに酔っているヒカリ。そんな事に気付かないト
ウジ。そして、一人端末のデータ確認を続けるケンスケ。
 それは一見して妙な集団だった。
「全ては、明日や」
 トウジがそう呟いた。


「……何よ、この豪華さは」
 アスカは、自分達の泊まる予定のホテルの前でそう呟いた。
「…アスカの母ちゃん。豪気やな」
 トウジが感心したような口調でそう呟く。
「…本当にいいの?アスカ」
「……いいわよ。どうせ支払いはママだもの!」
 どうやら気にしない事にしたらしい。
 アスカは自分の荷物を持ち直すと、さっさとフロントに向かっていく。
「あ、アスカ!」
 ヒカリが小走りにその後を追う。
「……ケンスケ?」
 トウジがふと隣を見ると、そこでは眼鏡をかけた少年が、じっとTVの
ニュースを見ていた。
「なしたんや?ケンスケ」
「ん?明日、横須賀に空母が入るんだったなぁって」
 少し残念そうに呟く。
「…ま、諦めぇや」
「まあね」
 眼鏡のズレを直し、ケンスケとトウジもフロントに向かう。
 そこでは二人の少女が、何かを話している姿があった。
「なしたんや?二人とも」
「あ、キーはもう貰ったわよ。ほら、行くわよ」
 アスカは質問に答えず、さっさと歩き出す。
「なんや?ヒカリ?」
 だが、ヒカリは真っ赤になったまま、何も答えない。
「……なんやの?」
 首を傾げるトウジだった。

 廊下の先に隣り合った部屋が二つ。
「ここかいな」
「そうよ」
 アスカはキーの一つをトウジに渡す。
「あんた達、こっちね」
 アスカは残ったキーで目の前のドアを開ける。
「夕食はルームサービスでも取って。支払いはママだから」
 必要な事を言うと、アスカとヒカリはさっさと部屋に入ってしまう。
「ま、ええわ。ケンスケ、入らんのか?」
「ん?ああ、入るよ」
 トウジとケンスケも部屋の中に消えた。


 深夜。二人の少女は、隣り合ったベッドの上で横になっていた。
「…ねえ……ヒカリ……まだ、起きてる?」
「……起きてるよ…アスカ」
 暗い部屋の中で、囁き合う。
「…やっぱり鈴原と一緒の方が良かった?部屋」
「…アスカ!私は…その…」
 フロントでの一幕を持ち出し、アスカはフフっと笑う。
「…ねえ、鈴原の何処が好き?」
「……優しい所」
 頬を朱に染め、ヒカリは小さく答える。
 暗闇は、そんなヒカリの表情を隠してくれていた。
「そう……確かに、優しい所はあるわよね。デリカシーに欠ける部分もあるけ
ど」
 にやにやと、悪戯っぽい笑みを浮かべ、ヒカリをからかうアスカ。
 だが一瞬でその表情は消え、寂しそうな、頼りない表情を浮かべる。
「……ありがと…。着いてきてくれて」
「…友達だもの」
 ヒカリはゆっくりと、そう答える。
「…あたしは……シンジが好き」
 アスカは確かめるように呟く。
「……綾波さんも、碇君の事が好きなんだよ」
 ヒカリが呟く。
「……え?」
「…相田君が言ってた事があるの。綾波さんは、碇君がいる時だけ輝いてい
るって」
 ごろりと、アスカの方に身体を向ける。
「それって、好きな人が傍にいるって事よね」
「……あたしも……輝いていた?」
「…アスカも輝いてたよ。見てれば分かったもの」
 優しく微笑むヒカリに、アスカは微笑み返す。
「…綾波さんが、どうしてここにいるのかな…。碇君の傍にいたいんじゃない
のかな……」
「…わかんないわよ……誰にも……」
 アスカがふと、呟いた。
「…他人の心の中なんて、誰にも分からないんだから…」
 それがシンジも口にした言葉だと、アスカは知らない。
「でも……理解しようとしなきゃ、始まれないよ」
 それがトウジも口にした言葉だと、ヒカリは知らない。
 二人の少女はゆっくりとまどろむ。
 夜は静かに空を包んでいた。




 早朝の爽やかな光。窓を開けると、高原の澄んだ空気が部屋に流れ込んでく
る。
「ん〜!いい朝!」
 惣流・アスカ・ラングレーは伸びを一つすると、バスルームに入る。
 そして流れる水音が部屋に微かに響く。
「ん………あ……はぁ」
 少し悩ましげな声を上げて、ベッドから起き上がる少女がいた。
「あ……ここは……」
 まだ少し寝ぼけているらしい。目は虚ろだし、髪の毛は寝癖でぼさぼさに
なっている。
「そう…か。ここ…ホテル」
 どうやら目を覚ましたらしい。洞木ヒカリは鏡を見て、自分の髪の様子に気
付く。
「あ……ら。ひどい……」
 バスルームからは水音が聞こえてくる。
「アスカー、おはよう」
「起きたの?ヒカリ」
「うん」
「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐに上がるから」
「急がなくてもいいよ〜」
「髪の毛、ひどかったじゃないの」
「見たの!?」
「そりゃ、隣で寝てんだもん」
 アスカの笑い声がバスルームに反響している。
「もう!」
 ヒカリは少し怒ったような口調で、だが顔は笑っていた。アスカの屈託の無
い笑い声を久しぶりに聞いたから。
 その時、コンコンとノックする音が聞こえた。
「はい?」
「起きとったんか?わしや。飯どうするんや?」
「ごめん、私まだシャワー浴びてないの」
「……そか。じゃあ、ワシらは先に食ってるで」
「うん、ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」
「ええて」
 ドア越しの会話だが、二人とも照れているのが分かる。
「はーい、開いたわよー」
 がらっとバスルームのドアが開いた。





「こんな早朝からの訪問。どのような用件ですかな?」
 厳しい表情を浮かべた年配の男の目の前には、一人の少年がにこやかな笑み
を浮かべたまま座っていた。
「用件は簡単ですよ」
 少年はにやりと笑い、小さく呟く。
「な……正気ですか?」
 男は一瞬言葉を失い、そして聞き返す。
「ええ。私は至って正気です。で、返答は?」
 少年は微笑みを絶やさずに、返答を促す。
「すぐには…答えかねる」
「答えて頂きたいですね。条件は悪くないでしょう?」
 だが少年の言葉に、男は怒鳴り返す。
「これは私の信用問題になる!!」
「答えを」
 だがその怒声にも少年はひるまない。もう一度、促す。
 男の目をじっと見つめて。
 男はその目を見た時、背筋を凍らせた。
 それ程冷たく、そして感情を感じさせない瞳をしていたのだ。彼は先程の言
葉をすべて実行させるだろう。そう思わせるほど。
「答えを」
 もう一度、促される。
「…………………………わかった」
 男は肯定し、頭を下げた。
「ありがとうございます」
 少年は笑みを消し、立ち上がる。
「では、これで。早朝から失礼しました」
 さっさと立ち去る少年を見送り、男は椅子に深く座り込んだ。





「で?あとどれくらいなんや?」
 トウジがどこを見ても、何も見えない草原の真ん中でそう尋ねた。
「あとちょっとだよ。さっきも言っただろ?」
 ケンスケが疲れた口調で答える。
「せやけど……な〜んも見えんぞ」
 呆れたように、トウジが周囲を見回す。
 遠くに山が峰を連ねている。草原はあちこちに色々な花を咲かせている。空
は透き通るような青であり、雲がのんびりと流れている。
 確かに美しい景色だし、最初は楽しんでもいた。
 だが。
「もう一時間以上は歩いてるんやで」
 さすがに飽きる。さすがに疲れる。
「ほら、さっさと行くわよ!」
 例外はあるようで、アスカは疲労を感じさせない足取りで、ずんずんと先に
進でいた。
「アスカ、もう少しペース落とそうよ〜!」
 ヒカリもさすがに音を上げていた。
「情けないな〜。これくらい、何てこと無いだろ?」
 山に登っては、サバイバル訓練をしているケンスケにとって、この程度の平
地を歩く事くらい何てこと無いらしい。
 まあ、しっかりと均された道である。道無き道をわけ入る山と比べれば、確
かに大した事では無いのだろう。
「見えたわよ!!」
 だが、先を歩くアスカの声に、トウジもヒカリもペースを上げた。
「どこ?」
 アスカが無言で指し示すその先には、一軒家があった。
 造りはしっかりした、越冬も可能な家らしい。別荘とは違う、生活を主体に
考えた造りをしている。
「あれ?」
「そうだな。この辺では一軒しか無いって、言ってたから」
 ケンスケが、ホテルの人間に聞いた事実と確認する。
「あれ……人がいるぞ?」
 家からあまり離れていない草原に、人影が一つ。ぽつんと立っている。
「……綾波…やな」
 一行の中で、一番目が良いトウジがそう呟いた。
「そうだな……お〜い!!」
 ケンスケは腰から携帯用の小型双眼鏡で確認し、大声を上げる。
 人影がこちらを見るのが分かる。
「行くわよ!」
 アスカが先陣を切って歩き出した。


 少女は遠くに人影を見つけた。
 珍しい。そう思えた。
 この家にやって来た人間は、ここに来てから数週間一人もいない。
 それ程人里から離れていた。
 そして、近寄ってくる人影は少女にさらなる衝撃を与える。
 それは知った顔だったからだ。
「よお、綾波。元気そうやな」
「鈴原…君に…相田君…。洞木さん…」
 レイは一人一人の顔を見ながら、名前を確認するように呼んでいく。そして、
最後に一人の少女の前で彼女の視線は止まる。
「あたしを忘れないで欲しいわね」
「………惣流…さん……」
 それはレイのクラスメート達だったのだから。
「…どうして?どうして…ここへ?」
 レイは心底不思議そうだった。その表情に、アスカが答える。
「シンジの居場所を知らないかと、思ったのよ」
「…シンジの……居場所?」
「そうよ」
 レイはアスカの顔をじっと見つめる。
「な……何よ」
「…あなたの傍に、いるんじゃ無いの?」
 レイがそう尋ねる。その顔には、今までの彼女を知る者にとっては意外なほ
ど、辛そうな表情を浮かんでいた。
「いないわよ。どうして、そうなるのよ!」
 アスカが怒鳴る。それはそうだろう。彼女は、レイがいなくなった途端、シ
ンジに別れを告げられているのだから。
 だが、レイにも理解出来なかった。シンジの傍を離れたのは、彼女がいたか
らだと言うのに。
「……知らないわ」
「あんたがいなくなった途端、マナとか言う女が出てきたのよ!それで、急に
いなくなって……」
 思わず、感情の抑制が途切れたのだろうか。アスカは、涙を流して怒鳴って
いた。
「……マナ?霧島…マナ?」
 レイがじっとその名を口にする。
「知ってるの!?綾波さん」
 ヒカリが、アスカを宥めながら尋ねる。
「シンジの婚約者…。国連の上級幹部の娘…。10年前に、シンジが会った事
があるって…」
 レイは暫くそれ以上の事を思い出そうとする。だが結局、じっと自分を見つ
める4人の前で、静かに首を横に振った。
「それ以上は…知らない」
 そのレイの様子に、ヒカリはため息をついた。
「シンジの居場所は知らないのか?」
 今度はケンスケが口を挟んだ。彼にしてみれば、ここに来た理由はそれなの
だから、当然である。
「分からない…他に何か無いの?」
「…お爺さんの家に行くって…」
 ようやく落ち着いたのか、アスカが立ち上がった。
「お爺様の…?シンジが本当にそう言ったの!?」
 レイが取り乱すなど、4人は今まで見た事は無かった。だが今のレイは確か
に取り乱していた。
「そんな事……ある訳無い…」
「え?」
「シンジが…お爺様の所に自分から行くなんて……そんな事、ある訳無い!!」
 レイは知っていた。祖父が自分を憎んでいる事を。そして、シンジがそんな
祖父と確執を持っている事を。
 自分を駒として利用しようとする祖父に、シンジは過去幾度も悩まされてい
た。
 そんなシンジが、自らの意志で祖父の下に行くはずが無いのだ。
「……でも、現実にあいつはいなくなったのよ!」
 アスカはぐいっとレイの襟元を掴んだ。
「あんたが一番あいつと近いんでしょ!?認めたくないけど、でも、あんたが
シンジと一番近いんでしょ!?」
 アスカは泣きそうな顔で、レイに詰め寄っていた。
「私は……」
「あんたしかいないのよ……もう、あいつの居場所を知ってそうなのは…」
 崩折れるアスカ。鳴咽とともに、言葉を紡ぐ。
「認めたくないけど…悔しいけど…シンジの中にはあんたしかいないのよ…!」
 アスカは心の奥底に溜め込んでいた物を吐き出すように、強く言い放ってい
た。
「そんな事…無い…。私は家族でしかないもの」
 だがアスカの言葉に、レイは呆然としたように呟く事しか出来なかった。
 レイは、自分の中で小波が起きているのを理解した。
 それがアスカの言葉によって引き起こされている事も。
「私は…シンジの家族でしかないんだもの……」
「そんな事、あらへん」
 そう言ったのはトウジだった。

「そないな事あらへん。シンジの中で、確かに綾波はわしらとは別の所におる
んや」
 トウジはもう一度、強く言い直す。
「でも…」
「あいつが、シンジがお前を冷たく見た事があったか?冷たく突き放した事が
あったか?」
 トウジの言葉に、レイはじっと昔を思い出す。
 そして、首を横に振った。
「せやろ。あいつはお前の事だけは大切にしとったんや。シンジが怒るんは、
お前の為だけやったろ」
 トウジはそう言って微笑んだ。
「碇君が変わったって、アスカは言うの」
 トウジに代わって、ヒカリが言葉を続けた。
「変わった…?」
「冷たい目をしてたって……私達が見た訳じゃ無いから何とも言えないんだけ
ど…」
「あいつの目は凍り付いてたのよ!」
 アスカの声が響く。その声に、ヒカリ達は黙り込んでしまう。
「あんたが居なくなったから!だから…!」
「なら……どうして……?……どうしてあの時…私の事を家族だって言ったの
…?」
「そないな事、ワシらに分かる訳無いやろ」
 レイの呆然とした問いに、トウジは優しく突っ込む。
「シンジに、答えを聞くしか無いんや」
 レイはその言葉に頷く。
「本当に分からないの?碇君の居場所」
 ヒカリがもう一度尋ねる。
「…もし、本当にお爺様の所にいるのなら…分かる…」
「せやったら!」
「でも…駄目。私じゃ入れない」
「どうして!?」
「私は…お爺様に忌まれているから…」
 ケンスケの問いに、小さく、辛そうに呟くレイにヒカリ達は言葉を無くした。


 結局その後、4人は綾波家に泊まる事になった。
 レイの母が、遠路はるばる会いに来てくれた友人達をそのまま帰す事を、良
しとしなかったからである。
 その夜、4人はそれぞれに割り当てられた部屋で寝んでいた。
 だがその中で、アスカだけは眠れずに寝返りを繰り返していた。
 しばらくして諦めたのか、ゆっくりと床に足を下ろす。
 隣で眠るヒカリを起こさぬように気を遣いながら、アスカは外に出た。
 静かな夜だった。
 雲一つ無い夜空は満天を星が埋め尽くし、中天に輝く月が地上を照らしてい
る。
 昼とは違った明るさに照らされ、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚
すら覚える。
 そんな中に、アスカは一人の少女の影を見つけた。
 草原の中にぽつんと立ち尽くす少女の影は、まるでそのまま消え失せてしま
いそうな程頼りなく見える。
「…レイ?」
 アスカは小さく呼びかけた。
 その声に、その人影は振り返る。
「……惣流…さん」
 その影はやはり綾波レイだった。


「何してんのよ。こんな夜中に」
 アスカは歩み寄りながら、少し怒った口調で聞いてみた。
「…月を……」
「え?」
「月を…見てた…」
 レイの言葉にアスカも空を見上げてみた。
 その視線の先には、ただひたすら藍色の夜空が広がっていた。ちりばめられ
た宝石のように星が瞬き、月がただ自分達を照らしている。
「……綺麗……」
 思わずそんな言葉が漏れる。
「……そうね……」
 横でレイが小さく頷いた。
「……レイ…あんたは…シンジの事をどう思っているの…?」
 アスカはレイの横に立つと、恐る恐る尋ねてみた。
「………………………好き」
 レイは小さく答える。
「それって……『家族』として?」
 アスカの言葉に、レイは首を横に振った。
「違うわ………………『男と女』として」
 レイはじっとアスカを見つめた。
 そして口を開く。
「私は女として、男である碇シンジを愛している」
 宣言するように、レイはアスカを見据えて告げる。
 それは今まで言えなかった事の憂さを晴らすように、しっかりとした口調
だった。
「あなたは?」
「私は…決まってるじゃない。好きよ。男と女として」
 アスカがにやっと笑う。
「シンジがどっちを選ぶか。今はあんたの方が有利のようだけど、最後に勝つ
のはこのあたしよ」
 そう言って右手を差し出す。
 レイはそれを見て一瞬悩み、そしてアスカの右手を握り締める。
「……シンジは渡さない」
 レイはもう一度、宣言するようにアスカに告げる。
「じゃあ、正々堂々とね!」
 アスカが晴れやかな笑みを浮かべた。
 それに釣られるように、レイの口元にも笑みが浮かぶ。
 それは小さな笑み。微かな微笑みでしか無かった。
 だがその笑みは、アスカが今まで見た笑みの中で、最高に美しい笑みだった。







「あなた。日本からこんな物が」
 一人の女性が部屋に入るなり、そう告げた。
「ん?」
 部屋の中では一人の中年の男性が、書類に目を通していた。
「どれ」
 短く催促し、女性から封書を手渡される。
「……碇シンジと霧島マナの婚約発表を兼ねたパーティーを開催……その招待
状?」
「ええ。どうやらお義父様の差し金のようですけど」
「…あの老人。まだ懲りてないらしいな」
 男性は短く舌打ちし、招待状をデスクの上に放り出した。
「…で、どうする。ユイ」
 そう。彼らは米国に在住中のシンジの両親だった。
 碇ゲンドウと碇ユイ、その人である。
「あの子がレイを放っておくとは思えません。何かあったとしか……」
「日本に行くか?」
「ええ。その方が…」
 ゲンドウはゆっくりと頷き、手元のインタホンのスイッチを入れる。
「ああ、私だ。日本行きのチケットを二枚、手配してくれ。……ああ、そうだ。
二週間以内の便を。…それと日本の財界の情報を集めろ。すぐに取り掛かれ。
但し、向こうには知られないようにしろ」
 ゲンドウはインタホンを切ると、にやりと笑う。
「どうするんですか?あなた」
「何、急ぎとは言え、まだ一月はある。その間に情報を集めるのは、間違いで
はあるまい?」
 彼は人の悪い笑みを浮かべていた。
「老人にはお灸を据えねばならぬかな」
 ユイは何も言わずに、彼のデスクの上にある写真を見ていた。
 そこには彼女たちの息子と、そして娘と言っても過言では無い少女が並んで
笑っていた。






「招待状?」
「ああ、そうさ。プレスに向けて送られているんだ」
 月曜日。相田ケンスケは惣流・アスカ・ラングレー達にそう告げた。
「所で、何の招待状?」
 ヒカリが不思議そうに尋ねる。
「碇の、婚約発表パーティーのだよ!」
 ケンスケがそう言うのと、アスカが手に握られていた招待状を奪ったのは同
時だった。
「……碇シンジと霧島マナの婚約発表を兼ねたパーティーを開催……場所は…
碇邸…日時は…一月後?」
 アスカは呆然とした声を上げる。
「ちょっと、どういう事よ!これ!?」
「見た通りだよ」
 ケンスケが冷静に答える。
「シンジの奴、本気で婚約する気なんか?」
「分からない」
 トウジの問いにケンスケは首を振る。
「情報が全然漏れてこないんだ」
「でも、どうしてプレス用の招待状を相田君が持っているの?」
「わからないんだ。ただ今朝、届いてた」
 心底不思議そうに、ケンスケは肩をすくめる。
「でも、まあ、これで突破口は開けたって訳だ」
「え?」
「この招待状、同伴者は無制限なんだ」
 にやっと笑い、眼鏡を上にずり上げる。
「つまり、俺達全員が出る事が可能なんだ」
「それって…」
「シンジに会えるって事!?」
「そう言う事」
 ケンスケはアスカの手から招待状を取り返すと、丁寧に仕舞い込んだ。
「綾波にも声かけといた方が良いな」
 ケンスケはそう言うと携帯を取り出す。
「……あ、私先日お邪魔しました相田と申します。ええ、その節はどうも……
綾波さん、いらっしゃいますか?はい、どうも」
 このメンバーの中でこういう事をソツ無くこなせるのは、ケンスケとヒカリ
くらいだろうか。
「あ、綾波か?俺、相田。うん。所でそっちに招待状届いてるか?…碇の婚約
発表の…うん…来てない?…そうか。じゃあ、これから俺の言う事、良く聞い
て欲しいんだ」
 ケンスケは一つ深呼吸すると、言葉を続けた。
「俺達と当日、そのパーティーに行かないか?……分かってる。シンジの婚約
なんて見たくないのは分かってるよ。だから、あいつの真意を確かめるんだ。
もうそれ以外機会は無いんだ……うん。そう。わかった。ああ、じゃあまた連
絡するよ」
 ピッと携帯を切り、ケンスケはため息をつく。
「なんだって?」
「分かったって」
 ケンスケの言葉にアスカは頷いた。
「一ヶ月後ね」
「ああ」
 ケンスケは招待状を見直していた。それが誰によって送られてきたのか。
 それは彼には分からなかった。
(誰だっていいさ。せいぜい、利用させてもらうだけだ)
 そう考えて笑うケンスケを、トウジ達は不思議そうに見つめていた。





 一ヶ月後

 コンフォート17の前に、数人の人影が立っていた。
 それぞれが思い思いに着飾り、少年はタキシードで正装を、少女は美しいド
レスを身に纏っていた。
「…遅いわね」
 金色の髪の少女が呟く。
 その少女は美しかった。赤いドレスに彼女の髪が映え、その可憐な美しさと
女としての美しさを十分に引き出している。
 言わずと知れた惣流・アスカ・ラングレーである。
 その隣には黒髪の少女が立っていた。無論、洞木ヒカリである。
 シックなドレスに身を包み、アクセサリ等もそれ程派手な物は付けていない。
普段はおさげにしている髪も、今日はほどいて綺麗に梳っている。その姿は、
少女の内面の柔らかさと美しさを良く表していた。
「車で来る、言うとったんやろ?ケンスケ」
「ああ、そう言ってたけど」
 着慣れない格好に、今一つ落ち着かない表情の少年二人。鈴原トウジと相田
ケンスケの両名である。まあ片方は、見慣れない格好をした少女に戸惑ってい
るだけ、なのかも知れないが。
「ね、アスカ。私の格好、変じゃ無い?」
「大丈夫、良く似合ってるってば」
 先程から幾度も繰り返される少女達の会話。
「でも…やっぱり私、こういうの……アスカは良く似合ってるけど…」
「大丈夫だってば。ヒカリだって綺麗だよ」
「でも…」
「あ〜、もう!鈴原!ヒカリに何か言ってやんなさいよ!!」
 焦れてきたのか、アスカはトウジを呼び付ける。
「なんや?」
「ヒカリになんか言ってやってよ。あたしが何言ったって聞きゃしないんだも
ん!」
「何かって言うてもやな……その…」
「良く似合ってるとか、綺麗だ、とか、何でも良いのよ!」
 真っ赤になってしまったトウジとヒカリを睨み付けながら、アスカは苛々と
した表情を浮かべる。
「あの女、遅いわよ!」
「まだ約束の時間まで一分あるよ」
 ケンスケが冷静に訂正する。
「普通、早くに来るでしょーが!」
 ケンスケは道路の先をじっと見ている。
「来た!」
 ケンスケの言葉に3人が振り向く。
 その視線の先に、一台の高級外車がゆっくりと止まる。
「……お待たせ」
 ドアを開け、外に出てきた少女に4人は思わず言葉を失ってしまった。
「あ……綾波…だよな…?」
 ケンスケが辛うじて声を出す。
「…ええ」
 レイは頷いた。
「何か、変?」
「変って……あんた、目の色と髪の色が…」
 アスカが絞り出すような声と、震える指で指差す。
 その先ではレイが立っていた。
 白を基調としたドレスに、幾つかの装飾品。全て高価な代物である事はアス
カ達にも何とか理解できた。
 だが、そんなドレスすら霞ませる程、レイは美しかった。
 ただ、レイの特徴でもある筈の紅の瞳と銀色の髪は、褐色の瞳と、黒髪に変
わっていた。
「…かつらとカラーコンタクトよ」
 つまらなそうにレイは答える。
「どうして?」
「私がそのままで行っても、中には入れないから…」
 ヒカリの問いに、レイは小さく呟くように答える。
「変装っちゅうことやな」
「ええ」
 小さく頷くレイ。
「…ま、まあ良いわ。んじゃ、行くわよ!」
 アスカは先陣を切って車に乗り込む。
「出発よ!!」
「…お願いします」
 レイの小さな言葉に運転手は頷き、そして車は動き出した。



「あなた、本当に何もしないんですか!?」
「ああ」
「シンジとレイの事!どうなっても良いと言うんですか!?」
「落ち着け、ユイ」
「これが落ち着けますか!」
 興奮している女性に対し、男性は嫌と言う程落ち着いていた。
 碇ゲンドウ、そしてその妻、碇ユイである。
「落ち着け、ユイ。もしかしたら今日は面白い物が拝めるかも知れんぞ」
 にやりと笑う自分の夫に、ユイは一瞬言葉を詰まらせる。
「…なんです?面白い物って?」
「内緒だ」
 短く答え、ゲンドウはここ一ヶ月の報告書の中見を反芻していた。
 車は碇邸へと走り続けていた。



「いよいよね」
 窓際に立ち、外を眺めていた美しく着飾った少女は、振り向きもせずにそう
呟いた。
「そうだね」
 そう答えた少年は椅子に深く座り込み、じっと何かを考えている様子である。
 少年と少女は、今日の主役となるべき人間だった。
 碇シンジとその婚約者、霧島マナである。
「マナには、貧乏クジを引かせるかも知れないね」
「…良いわ、別に。私は、私の知っている『碇シンジ』が嫌いだもの」
 小さく、だが確固たる口調でマナが答える。
「…そうだね。確かに…僕も、あの頃の僕は嫌いだよ」
 シンジはゆっくりと呟くと、微笑んだ。




 会場には色々な人間がいた。
 財界の重鎮から芸能界関連まで。
 碇家の人脈を誇示するように、各職種の人間が一堂に会しているのだ。
「…は〜。ここで写真撮ったら、どれだけ稼げるだろうな〜」
 思わずケンスケはそう呟いてしまう。
「アホな事考えてへんで、シンジ探すの手伝えや」
「…つっても、無理じゃないのか?俺達が立ち入りを禁止されている場所の方
が多すぎるし」
 トウジの言葉にケンスケは肩をすくめる。
「綾波は?」
「まだどっかで探しとるんやろ」
 会場は人で満ち、はぐれては見つけるのは不可能かも知れない。
「…まあ、その内戻ってくるやろ」



 綾波レイは屋外に出ていた。
 ぽつんと一人でたたずむ姿。その表情は完全に失われている。
 内面では不安の小波が揺れ生まれているのだが、それが表情にまで出てくる
事が無いのだ。

 シンジ……。

 レイはその『名前』を心の中で呼ぶ。
 今までは、心を静める言葉だったその名前は、今は彼女に不安を生み出すだ
けの言葉だった。

 私は…どうしてここにいるの…?

 周囲を見回す。
 足を踏み入れた事の無い庭。
 母が生まれ育ち、そして再び踏み入る事を禁じられた場所。
 そこに自分は立っている。

 ……シンジに……逢いたい…。

 それだけが今の彼女の願い。
 庭は各所に設けられた照明によってライトアップされていた。
 レイがあても無く歩く先に、人影が見える。
 それは、彼女に既視感を与えた。
「……シンジ?」
 その声に影は振り向く。
「……レイ?」
 それは碇シンジだった。
 シンジは驚いた表情のまま、じっとレイを見つめていた。
「…どうして…?…どうしてレイがここに…?」
 シンジの呟きがレイの耳にも届く。
 それ程二人は近くにいた。
「……シンジ……」
 逢って、確かめたかった筈だ。
 その為に、ここまで来たはずだった。

 だけど…。
 どうして今、こんなにシンジの前にいるのが恐いの?
 どうして今、彼の目を見るのが恐いの?

 レイは一歩足を踏み出そうとする。
 近付く為に。
「…レイ…よく入れたね」
 静かな微笑みを浮かべて、シンジは尋ねる。
 それはレイの良く知る、シンジの微笑みだった。
「…招待状を…相田君が持ってたから…」
「ケンスケが…?」
 シンジが一瞬考え込む表情を浮かべる。
 だが、すっと瞳を細める。
「…お母さんは…元気?」
「あ…うん」
「そう……良かった」
 柔らかく笑うと、シンジはすっと歩き出した。
 レイの横を通り抜けて。
「あ…」
「じゃあ、レイ。時間だから」
 シンジはすれ違い様にそう告げると、立ち去った。
「…シンジ…」
 レイはしばらくそのままで佇むと、思い出したように会場に戻る道を歩き出
した。
 レイは気付かなかった。自分が変装をして此処に来ている事を。
 そしてシンジがそんなレイを、一瞬の迷いも無く『レイ』と呼んだ事を。



 レイが会場に戻った時、壇上には既にシンジとマナの姿があった。
 そして、それを見て囁き合う二人の少年の姿も見つける。
「駄目だ、間に合わなかった」
「まずいで、どないするんや?」
「惣流は?」
「ヒカリが抑えとる」
「綾波は?」
「…あ、おった」
 トウジとケンスケが小さく囁きあっている。
 しかし視線は、壇上に立つシンジに向けられたままである。
「…どうする?」
「どうする…言うても…」
「壇上のあいつに、直接ぶつけるって手もある」
「それってヤバイんちゃうか?」
「かなりね」
 ケンスケは小さく頷いた。
「この招待状の送り主が、何を望んでいたのか…。もしかしたら、それを望ん
でるのか…?」
 胸ポケットに収められた招待状を、服の上から押さえる。
「…どうする?」


 シンジは壇上から集まった客を眺めていた。
 彼らは思い思いの位置に立ち、自分を見ている。
 彼はゆっくりと人の悪い笑みを浮かべ、そして口を開いた。

「……お集まり頂いた皆様に、お知らせがあります」
 ゆっくりと、微笑みを浮かべて。
「…碇イワオ、つまり私の祖父ですが。……祖父がこの度、隠居いたします」
 ざわっと、会場がどよめく。
 視線はゆっくりと会場の中心に座る彼の祖父に集まる。
 そして祖父は、驚愕の表情を浮かべていた。
「な、な、な、何を言っておるのだ!!シンジ!!」
 だが、シンジは祖父の言葉を意に介さない。
「並びに、日本Nervグループは、現時刻を持って私、碇シンジの統括下に
入ります」
 今度こそ、会場は驚きの声に満たされた。
「これより、新会長としての言葉を伝えます。まず、JNP及びSSE、AE
Rの資産を凍結。また、会長権限が拡張されます。そして、お爺様。あなたに
は、本日を持って正式にグループから引退なさって頂きます」
 シンジは微笑みを浮かべてそう告げた。
 JNP、SSE、AERとは、シンジの祖父の肝いりの企業であり、彼に
とっては手足の如き企業の事であった。
 シンジの言葉はつまり、祖父の実行力を総て排除すると言う事と同義であっ
た。
「何を言っているのだ、シンジ!!そのような事、誰が認めた!!」
 祖父が怒鳴る。周囲の人間はその怒声に一瞬身を竦めた。
「私どもが、承認いたしました」
 だが答えは、老人の傍から発せられた。
「…なんだと?」
 答えたのは、Nervグループの重鎮とも言える古株の男達だった。
「貴様ら……まさか…」
「もはや、あなたの時代では無いのです。旧会長」
「ご自分の私利に利用されるのは、かないませんからな」
「…シンジさんは、確かにあなたの後継者として、申し分ありません。我らを
統率するだけの力量を既にお持ちなのですから」
 男の言葉に、老人はわなわなと身体を震わせた。
 そして。
「シンジ!!貴様、レイがどうなっても良いと言うのか!!」
 祖父が激昂し、そう口走るのをシンジは冷笑を持って迎えた。
「あなたはレイを忌みながら、同時に私への切り札としてレイを利用していた。
だがもうその手は使えない。あなたの手足は全て潰させてもらったんですから
ね」
 シンジの瞳は凍り付いたまま、だが口調は激しい怒りを押さえたように、抑
揚が無くなっていた。
「全てはあなたの教え通りですよ。勝利宣言は、勝敗が決してから宣言するべ
し、というあなたの教えにね」
 ゆっくりと冷笑が消える。
「もはやあなたは、無力な老人でしかない。ご自分の分際を弁えた方がよろし
いですよ」
「儂の力を甘く見るな!!芹沢!!」
 老人は腹心の名を呼ぶ。だが、腹心は彼の呼びかけに応える事は無かった。
「芹沢!?」
「…申し訳ございません、老。我々はNervグループに所属する者であり、
あなたの個人的な部下では無いのです」
 芝居がかった沈痛な面持ちで応える男は、シンジの後ろに立っていた。
「貴様……」
「あなたは敗者なのですよ、お爺様」
 シンジは冷たく老人を見下ろし、そう告げた。
「…お爺様を別室へ」
 芹沢に低い声で命じる。
「はい」
 興奮し、怒声を張り上げる老人を芹沢は連れ出していった。数人の男達を動
員して。

 会場に静寂が満ちる。
 あまりに意外な展開に、集まった客が言葉を失っているのだ。

「そして、もう一つ、お客様にお知らせがございます」
 シンジは、今度は口調を変えて話し始めた。
「本日、碇家、霧島家は同意を持って、碇シンジと霧島マナ、両名の婚約を解
消する事を、ここに宣言いたします」
 碇シンジはそう告げた。






 綾波レイは状況のあまりの急変に呆然としていた。
 分かったのは、祖父がシンジの手によって失脚した事。
 そして、霧島マナとの婚約が解消された事だけだった。
「一体、どうなってるのよ…」
 レイの隣でアスカも呆然となっていた。
 彼女たちの目の前で、シンジが来客の帰途の準備を指示していた。
 来客達も狐に化かされたような気分で、そそくさと帰り支度をしている。
 そして、目があった。



 シンジは来客達にお帰り願うと、その指示をしていた。
 隣ではマナが、その手伝いをしている。
「…上手く行ったね」
 彼女が小さく囁いてくる。
「…ああ、そうだね。…ありがと、マナ」
 シンジは彼女に短く礼を言う。今回の計画は、マナ抜きでは考えられなかっ
た。
 それ程彼女は協力してくれていたのだ。
「…でも、まだ仕上げが残ってるわ」
「え?」
「あっちを見て」
 マナが指差す方向をシンジは見た。
 そこに一人の少女が立っていた。
 白いドレスを着た黒髪に、褐色の瞳の少女。
 だが、シンジは呟く。
「…やはり君か。レイをここに呼んだのは」
 まるで全てを知っていたかのように、シンジは呟いた。
「…分かってたの?彼女がいる事に」
「さっき庭で逢ったよ。まさか変装して来るとは思わなかったから、少し驚い
たけどね」
 ふふっとシンジは笑う。
「答えてもらえるかな。どうしてレイをここに呼んだのか」
 じっとマナを睨み付けるシンジ。
 その瞳は、レイに向ける瞳とは根本的に異なる眼差しだった。
「やっぱり変わらないのね、私には」
 嫌そうな表情を浮かべ、心底不思議そうにマナは尋ねる。
「私の知っているあなたは、もっと冷酷で残酷な人。でもあなたは、彼女とい
ると優しい人になる。どうして?」
「…答えが欲しい?」
「ええ」
「答えは…簡単だよ」
 静かに呟くと、シンジはレイに近付いていく。
「彼女といる時だけ、僕は『生きて』いるんだ」


 彼女が立っている。
 もう変装は解いた彼女の紅の瞳が懐かしかった。
 そして同時に恐怖する。
 彼女に知られる事の恐怖。
 彼女が拒絶する事への恐怖。
 でも、もう逃げる事は出来ない。
 だから、告げる。
 言わなくちゃいけないんだ。

「…レイ。あの時の質問に、もう一度だけ答えさせてもらいたいんだ」
 シンジの声に、レイは振り向いた。
「私も聞きたい事があったの…」
 レイも静かに口を開く。
「私は……」
「レイ、先に僕に言わせて」
 シンジはレイの言葉を遮り、そして彼女の目線に合わせ腰を屈める。
「…ずっとレイに隠していた事があるんだ」
 シンジは一瞬言いよどみ、そして躊躇を振り払うように視線を強めた。
「僕は…レイに隠していた事があるんだ」
 だがレイは、そんなシンジの目をじっと見つめる。
「ずっと見せたくはなかった。レイに知られる事を、僕はずっと恐がっていた
んだ」
 アスカ達は、シンジの言葉をじっと黙って聞いていた。
「君と出逢うまで、僕は君の知らない僕だった」
「…みんなの言う…冷たいシンジ?」
「その通りだよ」
 シンジは優しく微笑む。
「お爺様は僕の事を『弱くなった』と言ったよ。でも僕は…レイと逢ってから
の僕の方が好きなんだ。『強かった』僕よりも」
 微笑みが消える。
「これが、アスカやマナの言う『冷たい僕』だよ」
 そこには、レイの知らない雰囲気を纏ったシンジがいた。
「…これが…シンジ…?」
「そう、これも僕」
 少し悲しげな表情を浮かべ、レイをじっと見つめるシンジ。
 レイはシンジの瞳をじっと見つめる。
 確かに今のシンジをレイは知らない。だがその瞳の奥底にレイは懐かしさを
憶えた。
 優しいシンジも、冷たいシンジも関係ない。
 レイは『碇シンジ』を『知っている』のだから。
 そして、そんな『碇シンジ』を『好き』なのだから。
 彼女と暮らしてきたシンジの中に、冷たいシンジも居ただろう。優しいシン
ジも居ただろう。
 ただ自分が、それに気付かないでいただけなのだ。
「……最後にもう一つ」
 空気が和らぐのをレイは感じる。
「僕は……碇シンジは…綾波レイ。君だけを愛している」
 シンジは優しい口調で、そう告げた。
 過去に言えなかった言葉を。
「僕はレイを守りたい。それが僕が君の傍に、『ここにいる』理由なんだ」
 その夜、シンジの本心からの言葉が、初めて彼の口から告げられた。



第4話 了

第5話(ラストエピソード)に続く


NEXT
ver.-1.00 1997-10/07公開
ご意見・ご感想、誤字脱字情報は tk-ken@pop17.odn.ne.jp まで!!


 ども〜、Keiです。まず、すいませんでしたー!
 更新二週間以上も滞ってました!すんません!
 でもでも、頑張ったんですよ(量だけは)。そんな訳で大目に見てくださいね。
 「願いは〜」残すはあと一話のみとなりました。
 んですが…、現在私の愛機が不調を訴えており、一度O.Hに出すことにしてしまいました(笑)
 そんな訳で、またしばらくお会いする事が出来ないんです。
 すんません!(今回謝ってばかりだな、私)

 それでは、また次回にてお会いいたしましょう。

1997年10月6日 Komm,susser Tod(甘き死よ、来たれ)を聴きながら Kei



 Keiさんの『願いはかないますか?』第4話、公開です。
 

 トウジとケンスケ、そしてヒカリの友情が篤い!

 アスカの、レイの、恋慕心・・・
 

 それらが前を勤めて、

 クライマックスの
 シンジの企業内クーデター、バッチシです(^^)
 

 株主総会物の映画を感じました
 絶頂の悪い奴が追い落とされる・・

 カタルシスですね(^^)/

 
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 ラストに向かうKeiさんに感想メールを送りましょう!


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