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な、何だ?ケンスケ、何でこんなにこんな物があるんだ?

・・・知りたいか?シンジ。

う、うん。

オーケー、なら今日はその話をしよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


       『こほり』
 
 

                             written by TITOKU


 最初は単なる性欲だった。それ以上でもそれ以下でもなかった。ただ単に彼女を見た瞬間にヤリたいと思っただけなんだ。いつもの事だった。そして俺はいつもしているように彼女に声をかけた。もちろん頭の中ではこれから彼女をどのようにアパートに連れ込むか、それだけを考えていた。シンジ、俺のことを最低だと思うならどうかそう考えていてくれ、別に俺は気にしない。自分の欲望に俺は忠実なだけだ。そう考えると俺は男として正直者だと思わないかい?それに男が女に声をかけるなんて大概はそんなもんだ。それ以外の理由を俺は思いつかないな。
 

 一つだけ極意を教えよう。女に声をかける時の極意だ。だが、勘違いしないでくれ、この極意を忠実に守ったとしても必ずしも上手くいくとは限らない。むしろ上手くいかないことの方が格段に多い。考えてみれば当たり前だろ。どこの馬の骨ともわからない奴に知り合ったばかりの女がついて来るわけがない。もし簡単について来るとしたら、それは単なる性欲過多の女だ。まあ、楽でいいけどな。普通の女はそれなりの苦労を要するものさ。そこが腕の見せ所でもあるけどな。
 

 そんな訳で俺は彼女に声をかけた。えっ?なんだって。極意?何だ、まだそんな事を憶えていたのかい?つくづく女に縁がないんだな、シンジは。・・・そう怒るなって、教えてやるからさあ。簡単なことなんだよ、それは。『自然にいく』これだけさ。・・・おいおいおい、がっかりするなよ。俺はここに到達するまでに1年と3ヶ月かかったんだぜ。真実や極意なんて大概はそんな簡単なものなんだよ。思えば長かったなあ、最初の頃は女から声をかけさせようとしてわざと目の前に財布を落としたこともあった。ほとんどの女は拾ってくれるよ、ほとんどの女はな。だがな、例外ってのがあるんだ、どんなところにもな。一度、財布を持ってそのままとんずらした女がいやがった。速かったなあ、ドーピングしたベンよりも速かったぜ、あの女は。こんな風に俺は失敗を繰り返して成長してきたんだ。経験から物事を語る男なんだよ、俺は。
 

 まあ、いい。話を進めよう。ともかく俺は彼女に声をかけた。あくまに自然にな。食らいついてきたよ、俺はゲーセンにある釣りのゲームを思い出したね。『ヒット!!でかい!!でかい!!でかい!!モンスター!!モンスター!!モンスター!!』と連呼するやつだけど、知ってるか?あっそう、知らない。まあ、いいさ。こんなことはこの話とは関係ないからな。
 

 よし、今日は機嫌がいいからもう一つだけ極意を教えよう。それはな、釣った魚には餌を食わせろ、これだね。餌といっても光り物をプレゼントするわけじゃない。文字どおり餌をやるんだよ。つまり飯を食わせてやればいいわけさ。女って生き物は腹が満たされればそれだけで機嫌がいいもんなんだぜ。そして食欲が満たされれば次は・・・・・わかるだろう?それくらい。
 

 そういう訳でいつも通りに俺は彼女に飯を奢ることになったんだ。さて、ここで一つ質問をしようか。どんな食事を女は喜ぶと思う?・・・・・考えてみろよ、それくらい。無い想像力を働かしてさあ。ん?待てよ?シンジの場合は妄想力か。はははっ、怒るなって。・・・・・フレンチ?んー50点ってとこかな。よし、今日は出血大サービスだ。教えてやるよ。まず、今だったら間違いなくイタリアンだね。若い女はネコも杓子もイタリアン。流行りをあなどっちゃいけないよ。でも、俺は違うね。俺が連れてくのはラーメン屋だ。・・・・・おい、変な顔するなよ。ラーメンには偉大な力があるんだぜ。そりゃあ、最初はどんな女も今のシンジみたいな変な顔をするさ。だがな、それもラーメンを啜るまでさ。おっと言い忘れてたがここで言うラーメンは美味いラーメンのことだぜ。美味いラーメンはそれだけで文化だね。美味いラーメンをだす親父は人間国宝に指定されるべきだ。もし俺が総理大臣になったら間違いなくそうするよ。
 

 でも、彼女は違ったね。俺がラーメンでも食おう、と言ったら、首を振りやがった。仕方なくイタリアンと言ってもだめ。じゃあ何がいいんだい?と聞いたら、彼女は黙って俺の手を引っ張って歩き出した。その時に俺は思ったね。これは当たりだ。このままホテルまで直行かな?払いは向こう持ちだといいなあ、と。でも着いた場所は俺の想像とは違ったんだ。そこに着いた時は流石の俺もびっくりしたね。何なんだこの女と思ったよ。

 

 オートレストランてのを知ってるかい?そうそう、自販機がこれでもかと並んでいるところさ。シンジは育ちがいいから知らないかもしれないが、そこには60秒でできるハンバーガーなんてものがあるんだぜ。チン、という音と共にゴロンという感じで出来上がるんだが、時たまジャリという音がする、そんなジャンクの極みのような食い物さ。ん?よく解らない?何なら今度連れてってやるよ。何事も経験さ。彼女が俺を連れてきたのはまさしくそこだったんだよ。まったく変った女だと思ったよ。そこにある食い物はほんとに大したことないんだぜ。ハンバーガーを除けばあとはカップメンぐらいのもんさ。そんな所に連れていって喜ぶ女がいると思うか?思わないだろう。ほんとに変った女なんだよ。でもな、驚くのはこれからだぜ。
 

 彼女はなあ、俺をジュースの自販機の前に引っ張っていったんだ。シンジもこれくらいは知っているだろう?金入れてボタンを押すと紙コップが出て来るやつ。その自販機の前なんだよ。それから彼女が指差すんだよな、自販機を。買えってことらしんだがな。仕方ないから俺は買ったよ、確かレモンスカッシュだったかな。俺はシンジみたいなフェミニストじゃないが、レディーは大切にするからな、わざわざ自販機の中からジュースを取り出して彼女に渡したよ。どうぞ、お召し上がり下さいってなもんさ。ところが、また驚いたことに彼女が俺にジュースを突っ返すんだよ。まったく訳がわからない。俺は突っ込みを入れたくなったね、お前が飲みたいんと違うんかい!!てな具合にね。だがな、ここで切れちゃあいけない。女を引っかける時に切れるのは下の下なんだよ。俺は経験からそれを知っているからな。まあ、これも極意の一つと言えばそうも言えるかな。
 

 それからな、彼女がジュースを突っ返した後に俺の方をじっと見詰めるんだよ。それこそ熱のこもった視線で。俺は何故か体が熱くなったんだ。まるで彼女の視線に焼かれているみたいだったよ。頬が火照って額から汗まで流れてくるんだぜ。参ったね、女の視線にこの俺がこれほど舞い上がるとは思わなかったよ。背中から羽根が生えてそのまま飛んでいっちまうかと思ったよ。それからおかしな位に喉が渇くんだ。まあ、その時は自分が舞い上がっているせいだと思っていたんだがな。
 

 俺は飲んだよ。彼女に突っ返されたレモンスカッシュを。美味かったね、この上なく美味かった。俺は風呂上がりのビールに勝るものはないと思ってたんだが、それ以上にそのレモンスカッシュは美味かったよ。一気に飲み干しちまった。ご丁寧に飲み終えた後にゲップまで出やがったよ。その時はやばいと思ったんだよ。たいていの女は下品なのを嫌うからな。だが彼女はそんなことは意に介さなかった。
 

 そこからなんだよ、この話の核は。びっくりしたよ。彼女がさっきまでとはまったく違う素早い動きで俺の手の中にあった紙コップを奪ったんだ。空の紙コップをだぜ。俺は唖然として動けなかったよ。何が起ったかさえも分からなかった。その後だよ、何で彼女が俺から空の紙コップを奪った理由が分かったのは。
 

 彼女の目当ては氷だったんだ。ほら、わかるだろう。あのタイプの自販機は必ずジュースの中に氷が入ってるじゃないか。その氷だったんだよ。またそれが美味そうに食うんだよ。がりごりがりごり下品な音を立ててさ。何か別世界の生き物を見ているみたいだったね。そしてまたものすげえ嬉しそうなんだよ。声かけてから初めてだったよ、あんなに嬉しそうな顔を見たのは。それから何か俺まで嬉しくなっちまってな。それから立て続けに何杯も彼女に氷を食わせてやったよ。その度に彼女は美味そうに食ってたね。端から見てると変な二人組に映っただろうなあ。もっともその時は何とも思わなかったがな。ただ彼女の氷を食っている姿を見るのがこの上ない喜びだったんだ。
 

 何杯めだったかな、確かなことは憶えていないんだが、ともかく10杯はいっていたころだったかな。俺の中に変な気持ちが芽生えてきたんだ。まったく不思議な感覚だったよ。何かが俺の最も奥深い部分から這い出して来たんだ。ぞわりぞわりと俺の体の中を這いずり回るんだ。そして言うんだよ、「お前も食いたくないかい、お前も食いたくないかい。」とな。その声はひどく低くて威圧的だった。怖かったよ、でもそれはものすげえ魅力的だったんだ。甘い蜜に誘われる蝶のような気分だった。もちろん蝶に感情があればの話だがな。
 

 俺は気づいたら彼女の手から紙コップを奪っていたよ。そしてあおるようにして氷を食った。驚いたね、氷がこんなに美味いものとは知らなかったよ。俺は無我夢中で氷を食ったよ、さっきの彼女みたいに。自販機が恨めしかったね。なぜ氷だけのボタンが無いのか腹が立ったね。アメリカ流に言えばトサカにくるだったっけ。できればこんな物ぶっ壊して中から氷だけ奪い取りたかったよ。実際、俺は自販機に蹴りを入れてたんだけどな。まったく、それじゃあ頭の悪い不良だぜ。
 

 その時だったよ、彼女が何かボソリと呟いたんだ。最初は何を言っているのか分からなかった。それよりも彼女が初めて喋ったこと方が俺は驚いたね。何か不自然な感じがしたんだ。まるで彼女は喋っちゃいけない存在のように感じたんだ。事実それはそのとおりだったんだ。俺は今でも彼女の言葉を聞いたことを後悔している。今さらそんな事を言っても遅いんだけどな。彼女の言葉さえ聞かなければ俺はこんなに苦しまなくてもよかったんじゃないかと猛烈に思うんだ。
 

 シンジ、知りたいかい?彼女の言葉を。それはすごく簡単なんだ。どうしようもないくらいに簡単なんだ。だがそれは圧倒的な存在感で俺を責め苛んでいる。たった一言なんだよ、たった一つの単語なんだ。シンジ、お前はここまでこの話に付き合ったんだ、最後まで付き合ってもらうぜ。覚悟してくれよな。・・・・・いいか、いくぞ。それはな・・・・・『呪い』・・・・・これだけなんだよ。・・・・・そうだよ!!俺は呪われたんだよ!!彼女に!!もうどうしようもないんだ!!俺は氷を食らい続けるしかないんだよ!!シンジ、分かるか?この苦しみが?寝ても覚めても氷を求め、氷の事しか考えられない苦しみが!!コンビニの氷、軒下のつらら、ドブ川に張った氷。全ての氷が俺を誘うんだ。そして俺は誘われるままに氷を食らう。もう、俺はこんなのは嫌だ!!嫌なんだよ!!
 

 ・・・なあ、これで解っただろ。うちの冷凍庫に氷が山のように入っている訳が。別に好きで入れている訳じゃないんだ。必要だから入れているまでなんだよ。それだけのことなんだよ。・・・・・なあ、シンジ、一つ忠告をしておこう。何も特別なことじゃない。お前はこれだけを気をつけていればいい。簡単なことなんだ。『青い髪に赤い瞳の女を見ても決して声をかけるな。』これだけだよ。たとえその女がどんなに魅力的でもな。いいか、わかったな、シンジ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ああ、それから氷をひとつ取ってくれないか、・・・頼むよ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                                                                            こほり<了>

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ver.-1.00 1998+01/23公開
ご意見・感想・誤字情報などは aaa47760@pop01.odn.ne.jp まで。

後書き
 
 やっぱり僕はこういう短い話の方が好きですね。細かい設定を考える必要もないし、何よりもあまり時間がかからないのが楽でいい(最低)ちなみにこの話の作成時間は4時間ぐらいです。さて、次はどうしようか。また地味な話でも書きますか。
 

 ご意見、ご感想をお待ちしております。こちらへ。
 

私信:月丘さん、いくらメール出しても帰ってきちゃうんですがどうなってるんですか?

 

 

                  1998.1 TITOKU

 TITOKUさんの『こほり』、公開です。

   

 短くて、濃い(^^)

 さらすらと読めて、
 こっとぷと伝わってきて、
 どぼるりと残る。
 

 

 擬音的形容詞がメタメタだな(爆)
         ↑
       これも(^^;
 

 読中、
 読後、
 そしてしばらく経ってから、

 なんか、こう、色々きますね〜(^^)
 

 うまいの読むと、
 なんか浮かれるよね〜☆
 

 

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