めぞんへ  TOPへ  えいりの部屋  NEXT
 

歩道の右側には街路樹の緑がまっすぐに連なっている。
エヴァの世界のこの場所にあったものとは違い、季節の変化と共にやがて紅葉をする木。
左側には煤けた白色のガードレール、その向こうの二車線の道路は次第に車が渋滞を始めている。
通学途中の生徒達がこの道を横断するためだ。
これ位の年頃の子供は横断歩道でない所を走り抜けるといったようなかなり無茶な横切り方をする者もいるので、この時間帯この道はドライバーにとってはあまり心地の良くないものになる。
特に遅刻ぎりぎりに駆け込むような連中は要注意だ。
しかし今日はそういうたちの悪い連中の代表みたいな生徒、約3名に異変が起きていた・・・・
シンジとアスカは学校へと向かう歩道を並んで歩いていた。
間にやけににぎやかな同級生?をはさみ、半ば彼女に引っ張られるようにして。

「だからねーヒカリはアスカの事本当に心配したんだから、午後の授業抜けた時もそうだけど、ひっくり返って頭打ったって聞いた時は血の気失せてたもん、それが相田君が仕入れた情報だもんだから大げさに伝わって意識ふめーだとか記憶そーしつだとかせーしん分裂だとか訳分かんなくなっちゃって・・・」

さっき二人と出会ってから延々喋りまくってるその同級生、綾波レイが前を指差して感嘆の声をあげた。

「わ〜、凄いねー!うちのガッコの生徒があんなに沢山歩いているよ!」

それまでアスカは自分の世界のファーストとあまりにかけ離れたレイにあっけに取られ、流されるように歩いていた。
しかしいつまでもこんな状態を続けている場合ではない。
気合いを入れる様にアスカは一呼吸つくと、レイを睨んで言い放った。

「それのどこが凄いのよ!」

「だって私もアスカも碇君もいつも遅刻ギリギリで学校に駆け込むでしょ。前を歩いてる生徒なんて滅多にいないもん!もちろん後ろは全然いないし。ここに転校してきて3ヶ月、こんな光景初めて見たよ」

(どういう奴なのよ、こいつ?!)

3ヶ月間ずっと遅刻するかしないかだったのか・・・・
いやそれよりも何がそんなにうれしいのか、この世界のレイがさっき出会ってからずっと笑いっぱなしというのがアスカの眼に異様に映りまくっていた。
どうしても自分の世界のレイと重ね合わせてしまうからだ。
アスカはちらっとシンジの顔を見た。
レイから受けたインパクトから立ち直っていないらしく、うつむき加減の顔から覗く眼は点になったままだ。

(冗談じゃないわよ、アタシだけにこのわけわかんないファーストの相手させる気?)

「こら!なにボケっとしてるのよ、バカシンジ!」

「え?あ・・・」

「碇君、もうすぐ学校着くよー」

レイの声に慌ててシンジが顔を起こすと、ずっと続いていた街路樹に途切れが見えた。
前を歩いてる生徒達が次々その途切れに吸い込まれていく。
学校の校門がそこにあるのだ・・・・エヴァの世界とまったく同じ位置に。
教師以外はみんな同じ。
今エヴァの世界にいるもう一人のアスカの話によれば、確かそのはずだった。
ただそれは性格まで同じという意味とはかぎらない事を、今レイによって思い知らされている。
校門まで3人がたどり着いたところでレイが含み笑いをし始めた。

「くっくっくっく、こんなに早く登校してきたらみんなびっくりするだろなー、ねー碇君!」

「へっ?え、あ、うん・・・」

突然ふられて狼狽えるシンジ。
いったいこんな賑やかなレイとどう会話していいか、どう接していいかシンジには全く分からない。
アスカはレイがシンジに目を向けている間に自分の腕時計(こっちの世界のアスカの物だけど)を見た。

(8時27分・・・・これで早いの?!始業時間は同じよね?)
 
 
 
 

シンジアスカの大冒険?その7
 
 
 
親友だもん♪
 
 

 
3人は教室の前まで歩いてきた。
相変わらずにぎやかなレイ、しかめっ面のアスカ、そして・・・・
シンジの顔に緊張の色が走り、額に冷たい汗がつたっている。
親の時もそうだったが教室の中にいる者達とは実際には初対面になるのだから。

(もしトウジやケンスケの性格も綾波みたいに違ってたら・・・)

考えただけでも寒気がする。
そんなシンジの気持ちなど関係なく、レイは二人を戸が開けっ放しになっている教室の内側に引き入れた。

「おはよー!」

レイの声に教室にいた生徒達の何人かが振り向いた。
その中から真っ先に返事した声は聞き慣れた関西弁だった。

「おう、なんやお前らか。どういうこっちゃ、歩いて入って来るて?息も切れとらんがな!?」

机の上に座り不思議そうな顔でこちらを見ている黒のジャージ姿の少年。

「鈴原!そういう事じゃないでしょ!」

横からおさげ髪の少女が彼の耳を引っ張った。

「痛、痛!イインチョ、やめてか〜」

トウジを一喝したヒカリはアスカに駆け寄って来た。

「アスカ大丈夫?心配したんだから〜」

その様子をトウジの後ろからカメラ片手に覗き見ているケンスケ。
シャッターチャンスでもうかがっているらしい。
それらの光景は一見、シンジとアスカが自分の世界で見てきたものと大して変わってはいないが・・・

「アスカ、本当にもういいの?頭打ったんでしょ、救急車で運ばれたって本当?」

ヒカリの表情はアスカのよく知る友達を心底心配している時のものだった。
ちょっと気が焦っているようにも見える。
委員長の責任感というか、世話焼きな性格ゆえに人事をも自分事のように気にしてしまうヒカリらしさがにじみでているというか・・・・

(まんまヒカリね・・・・・)

アスカは肩の力が抜けていくのを感じた。
こちらの世界のヒカリを別世界の住人とは意識しないで接するのが得策なのだろう、とアスカは判断した。
レイとは大違いだ。
そのレイが横から口を出してきた。

「そーそー、アスカそれを聞かせてよ!ここに来るまで全然言ってくれないんだもん」

「アンタが喋りっぱなしだったからでしょ!!」

レイの口出しに不快感をあらわにしてアスカは言い返す。
最初は驚くばかりだったが慣れてくると、だんだんレイのキャラクターがアスカの気に障り出してきた。
いったいこの世界の自分とどんな付き合い方をしてたか知らないけど、あまりに馴れ馴れしすぎる!
アスカは額に険を残したままヒカリに向き直った。

「大丈夫よ、救急車がきた時にはもう気がついてたし。いやだったけど、来ちゃったものは仕方ないから乗っただけよ!異常なとこなんかどこにもないわ!」

「そう、それならいいんだけど・・・」

言葉とは裏腹にヒカリの表情は明るさを取り戻さない。
ヒカリの様子を見てアスカは自分が感情に流されて喋っていたのに気がつく。
レイへのいらつきを引きずったままだったのでつい、きつい言い方になってしまったのだ。
アスカの眼に今のヒカリの様子と昨夕の母の姿が重なった。

(ママの時もきつい言い方するからよけい大丈夫なのかと心配されたんだったわね・・・よし)

アスカは笑顔を取り繕ってヒカリの肩をぽんとたたいた。

「ホント、大丈夫だって。だからヒカリもそんな辛気くさい顔しないの!」

「そーそー、周りが元気ないと本人も気が滅入るんだから!私なんか今朝アスカと出会った時、思いきり元気に・・・」

「アンタがエラそに言うな〜!!」

押さえた怒りがぶりかえし、アスカは掌底をレイの後頭部に飛ばした!

ぼこっ

「ふげっ、えへへへ・・・・」
 
首をつんのめらしながらレイは嬉しそうに笑っていた。
レイとアスカのやり取りをフレーム越しに確認した所で、ケンスケはカメラをおろすとつまらなさそうにつぶやいた。

「結局いつもと同じか・・・・惣流の性格でも変わってたらと思ったんだがな」

「あほ言え、惣流がそんな簡単に変わるタマか!変わったら今晩墓石降るわ!!」

ケンスケに突っ込みを入れるトウジ。
シンジはトウジを盗み見るようにして観察していた。
机に座ってるトウジは両足を無造作にぶらつかせている。

(生身の足だよな・・・・やっぱり僕の知るトウジじゃない)

不安と安心の入り交じったおかしな感覚。
彼やケンスケとはたしてうまくやっていけるだろうか・・・?

ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン・・・・

一時間目のチャイムが鳴った。

(あ・・・・僕の席どこだろ?エヴァの世界と同じなんだろうか・・・・)

シンジはエヴァの世界での自分の席があった場所を見た。
他の生徒が席についていく中、そこだけはぽつんと空いており、鞄も見当たらない。

(ここかな・・・?)

シンジはその席の近づき前で止まった。

(もし違ってたら・・・・あっ!!)

シンジは机を見てそこにここが自分の席だという証拠を発見した!
みるみる顔が赤く染まり、そのまま立ち尽くしてしまう。
机には・・・・・・・あいあい傘が落書きされていた。
右側に碇と、そして左側にアスカと書かれてあった。
上から消した跡があるがはっきりと読める。
おまけに横にあんたバカァと書きなぐってある。

(・・・・・な、なんだよこれ・・・)

ぐいっ

「わっ!」

突然誰かの手がシンジの腕を掴んで引っ張り込んだ。

「何ぼーっとしてるの?早く座りなよー」

尻餅をつくようにシンジは椅子にへたり込んだ。
自分を引っ張った手は隣の席から伸びている。

「・・・・・綾波!?」

隣からレイのはちきれんばかりの笑顔がシンジに向けられていた。

(綾波が隣!?やっぱり僕の世界とは違うよ・・・・)
 
 



 

チャイムが鳴ってから数分後、教室の戸ががらっと開いた。
まず肉感的な素足が一本、中に踏み込んでくる。
続いて胸が出てきた・・・・ボディラインが強調された黒いチャイナ風の服の。
一時間目の授業を行う教師が入ってきたのだ。

(ミサトさん・・・・その格好は先生の場合まずいんじゃ・・・・)

ミサトの出で立ちはエヴァの世界と大して変わらないというのに、シンジはかなり違和感を感じてしまった。
刺激的な真紅の口紅、金色の大きな十字のイヤリング、よくこんな格好で授業をするのを許されてるものだ。
歩きながら生徒達に向かって軽く手を振り微笑むと、ミサトは教壇に立った。
ヒカリが声を張り上げる。

「起立!・・・礼・・・・着席」

生徒が着席するかしないかの内にミサトがアスカに声をかけた。

「アスカ、元気そうね〜!安心したわ」
 
茶化すようなミサトの口振りにアスカはうんざりとした顔で答えた。

「いいかげん聞かれ飽きたわよ!もうその話はやめにして!」

「あらそう。じゃ、その前の話にしようか。昨日はどうして午後の授業サボったの?シンジ君も一緒だったんでしょ、いったい何をやらかしたのかなぁ?」

意地悪そうにミサトが笑う。
そんな事は今エヴァの世界にいる二人に聞け!と言いたい所だがそれはできる相談じゃない。
アスカはむかついて、シンジはうつむいて、沈黙を続ける。
返答をしそうにない二人の様子にミサトはさてどうしようかと首を傾げたが、いきなりポンと手を打つと再び喋りだした。

「そうそう、渚君もサボったのよね!まさか・・・・三角関係!ねえ、どうなの渚君!あれ渚君、来てないの?」

(え!?)(なんですって!?)

予想もしないミサトの言葉にシンジとアスカはうろたえた。
まさかカヲルが同じクラスとは思ってもいなかったから。
動揺しつつ、二人はミサトの視線を追いかけた。
その先には・・・・・・

窓際から流れ込む光をさえぎる者が席に座っていないため、その机は白っぽく輝いていた。
シンジにとってどこか見覚えのある光景・・・・・

(あの席は・・・・・僕の世界の綾波のいた席だ!)

同じチルドレンであるシンジやアスカが出席していた時でも、何故かレイは休みがちだった。
座るべき者がいない席から発する空虚な感覚。
自分の世界で見た光景をシンジは今この平和な世界でも見ることになったのだ。

(どうしてだろう・・・・綾波と席が同じなのは単なる偶然なんだろうか・・・?)

「碇く・ん!」

「はっ」

声に振り向くと、目の前にひまわりの様な笑顔が待ちかまえていた。
自分の世界のレイの事を考えていたシンジにはかなり強烈な落差だった。

「ねー、どうしてそんなびっくらこいた顔してんの?おかしー、くっくっ」

「・・・・・」

言うべき言葉が見つからない。
この世界のレイに馴れるまでまだまだ時間がかかりそう、というか馴れる事ができるのだろうか?
そんなシンジの気持ちなどお構いなしにレイは喋り続ける。

「ねー、渚君はどうしたの?なんで来ないんだろ?」

「そうね、ぜひとも教えて欲しいわね。シンジ君、アスカ?」

レイの問いにミサトがかぶせてきた。
アスカが歯をむき出して言い返す。

「アタシが知る訳ないでしょ!!なんであんな奴の事なんか!」

「ふ〜ん。じゃあ仕方ないか・・・・欠席は渚君だけね。それじゃ気は進まないけど授業始めるか!」

(気が進まないってなによ・・・アンタの仕事でしょが)

不審に満ちた目でアスカはミサトを見る。
自分の世界のミサトもだらしない女だったが、少なくとも使徒との戦いの時の真剣な姿も知っている。
こっちのミサトは平和ボケか・・・・・・
アスカは斜め前のシンジ、そしてその横のレイに目を移した。
レイはシンジに笑いかけて何か話そうとしている。
それだけの事でアスカはこみ上がるいらつきを押さえることができなかった。

(あいつ・・・・まだ笑った顔しか見た事ないわ!)

昨日といい今日といい、笑顔が気に食わない奴が突然アスカの前に現れた。
昨日の場合、その後アスカは切れてしまった。
では今日は・・・・?
 
 
 

平和>



<エヴァ
 
 

ガードに保護されマンションを出たシンジとアスカは、物凄い勢いでルノーをぶっ飛ばしてやってきたミサトによってネルフ本部へと連れ戻された。
その際、二人は初めて体験したミサトの運転に地獄を味わったという。
本部でミサトに事情聴取を受けた二人は部屋をあてがわれ(もちろん別々の)、一夜を明かした。
 
 

「バカシンジおきろ〜!」

ぱしいいいん!

「うおあっ」

惰眠をむさぼるシンジを襲ういきなりの衝撃!
しかもそれはシンジにとって初めて味わう新鮮な衝撃だった。
今まで経験のない起こされ方に、あっさり目が覚めてしまった。

「なんなんだよ・・・アスカ!」

重いまぶたを開いたシンジの眼に写ったのはハリセン片手にニヤリと笑うアスカの顔。
青い瞳が意地悪そうに光っている。
シンジは頭を振って体をだるそうにベッドから起こしながら唸った。

「・・・なんでアスカがハリセン持ってるの?」

「あんたが持ってても宝の持ち腐れよ!それより早く着替えなさいよ。ミサトがお呼びよ」

「今度はなんだろ?」

「ミサトの報告書じゃ満足できないみたいで、おじさまが直々に尋問するんですって」

「ふ〜ん、父さんが・・・・まあその可能性もあるだろうけど」

「じゃ、早くしなさい。朝食食べてる時間もないわよ!先に出てるね」

アスカはハリセンを軽く素振りしながらドアに歩いて行った。
シンジは振り回されるハリセンを目で追いながらため息をついた。

(ヤな感じ・・・・)
 
 



 

アスカがドアを閉じてふりかえると、そこには腕組みして立っているミサトがいた。
その顔には笑みの中にアスカの腹の内を探ろうとする鋭い眼差しがうかがえる。
昨晩の一件以後、ミサトとの間にこういった緊張関係があるのは仕方ないことか。
アスカもやや硬い面持ちで口を開いた。

「なんだ、ここまで来てたの。そんなに気になる?」

「なるわよ。なんたってアスカがシンジ君を起こしに行くって言うんだから、そりゃあね!」

「ミサトだっていつもシンジに起こしてもらっていたんじゃない!(だったわよね?)」

アスカはハリセンをぶんぶん振り回ながらミサトに言い返す。

「確かに今日はいつもと逆ね。それよりそのハリセン、どうしたの?」

「ああこれ?カヲルがくれたの」

「ええ!?そんなの聞いてないわよ!どういうこと?」

「訳はおじ・・総司令から聞いてみたら?」
 
ミサトはこのハリセンがいったいどう使われたかを知らされてはいない。
連絡を受けたのは渚カヲルがネルフ本部に出現した事だけだ。
第一ゲンドウが自分がハリセンで張られたなどとミサトに言えようか?
 
「・・・・はっきりさせておきたいんだけど、あなた達の知ってる事全部を私には教えてくれないの?」

ミサトは顔を少し曇らせて問い掛ける。

「正直いって私はあなたの保護者失格だったわ。それは分かっているけど・・・」

顔を伏せ、肩をふるわせて静かに訴えかけるミサトにアスカは引いてしまった。

(泣き落しできたか〜)

もちろんミサトに本当の事など言えない。
世界が二つあって自分達が向こうの世界の人間だなんて・・・
ただ、事情を知らせられなくても彼女とは仲良くやっていきたいという気がしていた。
だいたいいきなり精神崩壊から復活したエヴァパイロットに、ほいほい外出許可を与える指揮官など普通は考えられない。
でもミサトは自分の願いを聞き入れた・・・・何故?
アスカはハリセンを振りおろした。

ぱしいんっ

「あた!何すんのよ!?」

「顔上げなさいよ、情に訴えかけるなんて魂胆見え見えよ!もう」

「しまった、シンジ君に使う手だったわね」

顔を上げて舌を出すミサトを見て、アスカはため息をつくとハリセンを持つ手を下げた。

「そうね・・・・教えてもいいけどその前に聞かせて。昨日どうして正気に戻ったばかりのあたしに外出を認めてくれたの?」

「えっそんなこと今頃どうして?」

ミサトにすればやけに見当はずれな問いに思える。
昨日から今日にかけてあまりに色々なことが起きすぎて、最初のほうは思考の彼方になりかけていた。
アスカの思惑を計りかねるミサトだったが、見返りを考えればここで答えない手はない。
それに・・・・あの時は・・・・・
 
「どう?教えてくれる?」

「ええ・・・」

ミサトはうなずくと、さっきの泣き落しの時と同様に静かな口調で話しだした。

「あの時は・・・・・私は あなた達の保護者の責任を全く果たせなかった。アスカは心を閉ざし、シンジ君は渚カヲルを殺した罪の意識に苦しんでいた。私にはどうにもできなかったのよ。だけどあなた達がそうなったのは私一人の責任というより、私達大人があなた達を使徒と戦うために利用し、酷使したからだわ。だからあなた達は追い詰められ、そして・・・・」

ミサトは顔を伏せて肩をふるわし始めた。
今度は演技でなしに。

「・・・・そこまであなた達を追い込んでおいても、もし使徒が攻めて来たらやっぱり腕引っ張ってもエヴァに乗せて戦わせてるでしょうね。要するにいい加減嫌気がさしていたのよ、そういう立場にいる自分がね!だからあなた達の心が安らぐというのなら好きにさせてあげようと思ったの、今の間だけでも!」

言葉を吐き出し終えたミサトはほっと一息つくと、アスカを見て笑いかけた。

「こんなもんでどう?弁解がましくなかった?」

アスカには十分すぎる答だった。
ネルフの指揮官としての立場より自分の頼みを優先してくれた理由・・・・
それはミサトの一人の人間として他者を思いやる心だとアスカは感じた。
シンジと自分がこの世界に来た理由とも通じるものだ。
彼女なら信頼できるし、力にもなってくれるかもしれない。

(それでもやはり本当のことは言うわけにはいかないわね・・・)

とにかく言える範囲内で出来るだけアスカは答えることに決めた。

「ミサト、それじゃ今度はあたしが答える番ね。実はカヲルが総司令の前に現れた時、このハリセンで・・・・・総司令の後頭部を張り飛ばしたそうよ!」

「ええっ!!」
 
「そうすりゃ嫌でもカヲルが生きてるって思い知るでしょ、うふふ」

ミサトは声もない。
アスカにとって、そんなミサトの唖然とした表情を見るのは痛快だった。
昨晩のカヲルも自分の顔を見てそんな気持ちになってたのだろうか?

「とにかくカヲルはサードインパクトを起こす気はなくしたみたい。彼はあたしとシンジの味方になってくれるって」

「味方になって誰と戦うの?彼は最後の使徒でしょ。裏切る仲間ももういないし・・・総司令とでも戦うっての、ハリセンで?」

「そこまでは教えてくれなかった。だけど使徒がいなくなっても戦いは終わらないらしいわ。あたしが知ってるのはそこまで」

「・・・・・どういう事かしら?」

「わかんない。カヲルに聞こうにもどこにいるのか知らないし・・・後は昨晩ミサトに言った通りよ」

ミサトはアスカの顔色を吟味するように見つめていた。
言ってることに嘘がないかを判断するために。
その視線の思わぬ強さにアスカは目をそらしそうになってしまった。
こちらには隠し事をしているという引け目がある。
見透かされるのを危惧したアスカは逆にミサトに問い掛けた。

「ミサト・・・・・ミサトはあたし達の味方なの?・・・味方になってくれるの?」

「それはカヲルの味方になれという事?彼の目的も解らないのに?」
 
「それは・・・・・」

本当の事を言えたらどれだけ気が楽だろうか・・・・言えないから黙るしかなかった。
二人の間に発生する気まずい沈黙・・・・・その時、ドアが開いた。
着替えを終えたシンジが顔を出すとミサトと目が合った。

「あ・・・ミサト・さん、おはよう・・・・」

アスカが顔をほころばせる!

(グッドタイミングよシンジ!)

ぱしいんっ!

「痛っなんで叩くんだよ!」

「あっと、まあいいじゃない!それじゃあミサト、行きましょ!」
 
わざとらしく声を張り上げるアスカをミサトはジト目でにらむ。
 
(はぐらかす気ね、こいつぅ〜)
 
とは言えもう時間がない。
まさか総司令を待たすわけにいかないので、ミサトは追求を諦めた。

(まあ仕方ないわ・・・・後で今度はシンジ君を攻めてみるか 。だけど二人とも総司令には何と答えるつもりかしら?)

「アスカ、そのハリセン持ってく気なの?」

「あんたが変なこと言ったら叩いたげる」

「あの、武器は持ち込めないと思うけど・・・」

呑気な会話である。
総司令に尋問されるというのに、二人にあまり緊張感が感じられない。

「遊びに行くんじゃないのよ二人とも!それじゃついて来なさい」

「はーい!」「はい」
 
 



 

シンジの腕には物々しい手錠が三重にかけられいた。
その重みで だらりと垂れ下がる両手。
うつむいた顔には緊張からくる汗が頬につたわる。
薄暗い照明の中、シンジは執務室のドアを背にして立っていた。
上目遣いに覗き見る視線の向こう十m程先には、この部屋にただ一つのいかにも地位の高い者が座する為の卓。
その卓に両肘をつき手を顔の前に組む彼独特のポーズでゲンドウはシンジを見据えていた。

「シンジ」

ゲンドウの声にシンジの体が硬直する。
今のような状況はシンジにとって初めて経験するものだけに。
心の準備はしていたつもりだったが・・・・

「質問に答えてもらう」

有無をも言わさぬ威圧的な口調。
しかも組んだ手に隠されてシンジからは表情が見えないのが無気味だ。
自分の世界の父もいきなりアップで見たりしたら別の意味で無気味だけど。

「お前は渚カヲルと会ったのだな?」

「・・・・・・」

「どうした?答えろ」

シンジは緊張はしていたが、どうすればいいかはちゃんと判っていた。
知ってしまったエヴァの世界の諸々の秘密、あるいは自分達自身の秘密で言っても構わない事と言えない事がある。
それも人によって言える事が変わってくるので、それについての確認はエヴァの世界に行く前からカヲルとしっかり打ち合わせしている。

(あわてる必要ないんだ・・・・何を言えばいいか分かってるんだから・・・)

「シンジ、何故答えない?黙秘する権利は認めん!」

「・・・・・・・」

緊張が少しほぐれたシンジはゲンドウをじらすだけの余裕ができた。
それはシンジなりの駆け引きだった。

「どうしても答えぬ気か!ならば・・・」

「父さん!」

シンジはいきなり顔を上げると、両の眼でゲンドウの顔をまっすぐにとらえた。
その表情に怯えはない。

「アスカといっしょじゃなければ話す気はありません・・・・」

数秒間の沈黙の後、ゲンドウは返答した。

「・・・・・いいだろう」

卓上の電話器に手を伸ばすと受話器を取った。
そのゲンドウの様子を見てシンジは小さくため息をつく。

(すぐドアの向こうにいるのに・・・まわりくどいんだから)

「セカンドチルドレンを連れてこい」

がちゃりと受話器を置いた直後にドアが開いた。
黒服の男二人に両脇をつかまれ、アスカが入ってくる。
シンジ同様手錠を三重にかけられて。
黒服達はアスカをシンジの右隣に置くとさっさと退出していく。
シンジが眼を向けるとアスカは硬い表情でこくりとうなずいた。
瞬間、アスカの顔が一気に思いっきりの作り笑顔に変化すると総司令の卓に向かって振り返った。

「おはようございまーす、お・じ・さ・ま・

がくっ

(アスカ〜、こっちの世界でおじさまはないだろ・・・)

もちろんアスカが確信犯で言っている事ぐらいわかってる。
要するにアスカはカマしているのだ。
一方ゲンドウは全く動じる様子もなく、赤い眼鏡の奥からシンジを見ていた。

「それでは答えてもらう。渚カヲルと会ったのだな?」

「うん・・」

「その渚カヲルはお前が倒したはずの第17使徒だったのか?」

「そうだよ・・・」

「確認したのか?」

「カヲル君と僕しか知らない事もちゃんと覚えていたし、ATフィールドを張って宙にも浮いて見せてくれた。だから本人に間違いないよ」

「どこで接触した?」

「ミサトさんのマンション・・・・アスカがそこでカヲル君が待ってると言ったんだ」

待ってましたとばかりにアスカが口をはさんだ。

「そう!あたしが病室でまだ心を閉ざしてる時、カヲルがあたしの精神に干渉して正気にしてくれたの。その時に夕方にミサトのマンションで待ってると教えてくれたのよ!」

じゃらじゃらと手錠をふり回して講釈をたれるアスカ。

「シンジを元気づけてやってほしいとも頼まれたわ。まあ正気にしてくれたんだからそれ位は・・・」

「余計な事を言うな。シンジに聞いているのだ」

ゲンドウの冷たい一言を聞くと、すかさずアスカはすねて見せた。

「おじさまったらつれないんだから・・・しくしく」

手錠つきの腕を重そうに持ち上げ、泣くしぐさをするアスカ。
シンジはそんなアスカを困り顔で見る。
いくらなんでもこれはやりすぎ。

「第17使徒の目的はなんだ?!」

それまでより強い口調。
それがゲンドウの一番聞きたい事だった。

「・・・・それは・・・・カヲル君は今のアダムに戻る気になれないと言っていた。アダムの状態が問題みたいだけど、それ以上は教えてくれなかった。だから誰もわからない所にしばらく身を隠すって。僕もどこにカヲル君がいるか知らない。ただカヲル君は・・・・・僕を苦しめるような形でサードインパクトを引き起こしたくないと言っていた。カヲル君がなにをしたいのかよく分からない。だけど僕はカヲル君を信じたい・・・・」

ゲンドウは眉一つ動かさずにシンジの話を聞いていた。
シンジの言葉がとぎれるのを見計らって問い掛けた。

「お前の言っている事は本当の事か?」

「え・・・・?」

もちろん嘘に決まってる。
そして自分が嘘をつくのがヘタだというのも自覚している。
このままでは顔に出てしまったりしてばれないともかぎらない。

(どうしよう・・・・・アスカに助けてもらおうか?・・・・そうだ、まだ言ってない事があった!)

カヲルとの打ち合わせでエヴァの世界の父に言っておく事があった。
父と会話するチャンスがあった時のシナリオであり、もう一人の自分ではまず言えない事だ。
 
「父さん・・・カヲル君は言っていた・・・・父さんと僕は仲直りする余地があるって!」

「何だと?」
 
ゲンドウの片眉が僅かに動いた。
シンジはそれを見逃さない。
たたみかける様に喋りだした。

「父さんといがみ合う必要はないって・・・・お互いの気持ちを伝え合えば、きっと親子の絆を取り戻せるとカヲル君は言ったんだ!」

「そんな事を聞いているのではない!」

「カヲル君の目的を知りたいんでしょ?もしかしたら・・・・カヲル君の目的は僕と父さんに仲直りをさせる事じゃないかと思うんだ!」

アスカが横目でシンジを見ながら口をへの字にまげている。

(暴走してるわね・・・打ち合わせじゃそこまで言ってないわよ!)

への字の口元がいたずらっぽい微笑に変わった。

(だけどこれも面白いかも♪もうちょっとだけ放っとくか・・・)
 
「正気か!?お前の言っている事は常軌を逸している」
 
「父さん!僕と父さんがこんな状態じゃ・・・・・きっと母さんも悲しんでると思う!だから!!」

「もういい!さがれ!!」

ゲンドウが身を乗り出して叫んだ!
その顔に狼狽の色が見える。
しかしシンジは言葉を止めようとしない。

「母さんの気持ちを考えたら・・・・・僕らがこのままじゃ・・」

(だめ!口をすべらせちゃ!!)
 
 アスカはスカートの中にすばやく両手を突っこんだ!
 
ぱしぃぃぃんっ!

「うあっ!?」

「シンジ、落ち着きなさい!」

シンジが頭を押さえながら右に首をひねると、ハリセン手にしたアスカ!

「もうそのへんでいいでしょ!・・・おじさま!」

アスカはゲンドウを見た。
立ち上がった彼の眼はアスカが取り出したハリセンに釘付けになっている。
わざわざ黒服に取りあげられないよう、スカートの中に隠した甲斐があったというものだ。
アスカはゲンドウに優しく微笑みかけた。

「さがっていいんですね、おじさま?」
 
 



 

手錠をはずされ解放された二人は連れてこられた通路をそのまま引き返していく。
まだそれほどネルフ本部の中に詳しくないのだから、それが安全なやりかただろう。
へたな道草は迷子の原因になる。
ハリセンを黒服に取り上げられたアスカは、あいた両手をぶらつかせながらシンジに説教を始めた。

「あんたにしちゃ喋りすぎよ、あれじゃこっちの世界のおばさまが生きてるみたいじゃない!」

「・・・ごめん、つい興奮して・・・」

「確かに生きてるけど・・・あんたは初号機の中におばさまがいるのを知ってるとバラしそうになったのよ、わかってるの?」

「・・・・ごめん、もうしない・・・」
 
「まあ、あれだけど・・・・実感ないわね、エヴァの中にママやおばさまが溶け込んでるなんて」

それらの情報はカヲルに聞かされたりシナリオに書かれてあったものでしかない。
実感がないのも仕方ないかもしれない。
しかし今の二人はその情報やシナリオをあてにして行動するしかないのだ。

「結局こっちのおじさまはおばさまがいなくなっておかしくなっちゃったのよね」
 
「うん・・・・・父さんも救えるだろうか?」

「どうかしら?かなり酷い感じだったから・・・・そうか、だからあんたむきなったのね」

「そういうわけじゃ・・・」

アスカは下を向いて歩くシンジの頭にそっと手を置いた。
ゆっくりと円を描く様に手を動かす。
母親にでもなったつもりで優しくなでてやった。
昨日病室で泣いていたエヴァのシンジにやってあげたのと同じように。

「何だよ・・・アスカ」

「ご褒美よ。あんたさっきは良くやったわよ。止めなきゃ仕方ないから止めたけど・・・・本当はもっと言ってやって欲しかったんだ、これまでつらい目にあって来たあいつの代わりに・・・・・」

「・・・・・」

シンジは自分の頭に乗っかったアスカの手をどう解釈していいか困っていた。
アスカにこんな風にされるのは、十年間分のアスカとの記憶をひっくり返してみても初めての事だったから。
でもアスカにとっては昨日に続いて二度目の事・・・・・

「アスカ、なんか変だよ」

「ふふっこれもあたしよ!」
 
 



 

広い執務室にただ独り身じろぎもせず、ゲンドウは佇んでいた。

「シンジは何を知っている・・・・?」

皮手袋をつけた右手を見ながらゲンドウは呟く。
シンジの真意を暴くどころか逆にユイの事を持ち出され、追いはらってしまった。
完全にシンジのペースに乗せられてしまったのか?
それともシンジの言葉に恐れを・・・・

(ユイの気持ちを考えたら・・・か)

右手を握りしめる。

(分かっている・・・だが!)

握った拳がふるえだした。
最後の使徒がいる限り、ゲンドウの目的は達成できない。
ゲンドウの心の底に押し込められていた弱気がじわじわと浮上してゆく。

「ユイ・・・・・どうすればいいのだ」
 
 
 

エヴァ>



<平和
 
 

「じゃーね〜」

ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン

ミサトが教室を出てから一時間目終了のチャイムが鳴った。
いつもこんなもんだがシンジとアスカはそんな事知る由もない。

(ミサトさんらしい、のかな?これは・・・)

などとシンジが考えていると・・・

「ねー、碇君!」

「えっ」

レイの声にシンジは振り向く。
案の定、いったい何が嬉しいのかという位の笑顔が待っていた。

「渚君のことどう思ってるの?」

「どうって・・・・」

「だって昨日もアスカと三人で昼から学校ぬけ出したでしょ、いったい何しでかしたのかとおもっちゃったよ」

何しでかしたと言われてもシンジは答えようがない。
自分のやった事ではないのだから。

「渚君が転校してきてから碇君、なぜかカヲル君といっしょに行動すること多かったんじゃない?アスカとっても気にしてたんだよー。一人で下校する時の後ろ姿なんて・・・哀愁が感じられて!」

「そ、そうなの・・・・」

「少しはアスカの気持ちも考えてあげなくっちゃ!」

「誰の気持ちですって?」

レイの背後で声がした。
殺気をともなって。
レイが後ろを振仰ぐと当然のごとく鬼の形相が見下ろしている。

「へへへ・・・アスカ・・・・私アスカの気持ちを代弁してたのよー!」

「よけいなこと言うな〜!」

ぐりぐりぐり!

アスカは両の拳でレイの左右のこめかみをはさむと思いきりぐりぐりし始めた!
大体ただでさえこの笑いっぱなしレイに機嫌をそこねられているのに、あの憎たらしいこの世界の自分のやった事をどうのこうの言われて黙っていられるはずがない。
こっちの世界の自分とシンジが幼なじみだろうがラブラブだろうが知った事ではない。
しかし今アスカはこの世界の自分の役割を嫌でも引き受けなければならなくなっている。
それはアスカにとって、たまらなく腹立たしい事だった。
アスカの拳で万力の様に締めつけられた状態のレイの顔はたちまち真っ赤に変色していく、にもかかわらずレイはにぎやかに喋り続ける。

「いぎぎぎぎ・・・アスカ〜、じゃアスカが言えば〜?そーか、それを言おうとして昨日学校早退したんだ〜?!」

「だまれ〜この〜!!」

「てへへへへ・・・・」

目の前に真っ赤な顔で笑っているレイ、その背後に真っ赤な顔で怒るアスカ。
シンジは声も出せない。

「いったいなにがおかしいのよ〜!」

アスカはレイを下に向けて勢い良く振り離した。

ぶんっ!ごつん!

レイはおでこを机にぶっつけた。

「ふげっえへへ・・・」
 

「ほんまに毎日毎日飽きもせんとようやるわ」
 
トウジがのんびりと突っ込みを入れる。
その横でヒカリが心配そうにレイをながめているが、傍観以上の事をする気はないようだ。
ケンスケに至っては全く無関心で次の授業の教科書を取り出している所だった。

「・・・・どういう意味よ?!」

アスカがトウジのほうに青い瞳を向ける。
その鋭い視線にトウジは肩をすくめた。

「おおこわ」

むくっ

机におでこをひっつけていたレイが起き上がった。

「毎日やっても飽きないよねー、アスカ♪」

「うるさい!!」

びたんっ!

アスカに後頭部を押さえ付けられ再び机に顔面ぶつけるレイ。
シンジは机に顔をへばりつかせたレイを見て、これ以上だまっていられなくなった。
たとえこの世界のレイに未だ違和感があっても。

「あ、綾波大丈夫?」

ひょこっ

「うんだいじょーぶ!」

何事もなかったかのように笑顔が起き上がる。

「本当に平気なの・・・?」

「何言ってるの、こんなのいつもの事じゃない?へへへ」

「いつも・・・こんななの?」

「?、碇君知ってるくせに〜!今日の碇君変だよー」

「え?あ、ああそう?」

レイの言葉にあわてるシンジ。
この世界の碇シンジなら当然知っている事を聞いてしまったのだ。
しかしこんなのがいつもの事とはシンジはどうしても信じられなかった。
見ればレイの額と鼻の頭は赤くなっている。
これで平気なのだろうか・・・・?
シンジの顔に浮かぶ疑問を知ってか知らずかレイはなぜ平気か理由を話しだした。

「あのねー、私とアスカは・・・・お互いを信頼しあっているから平気なんだよー!」

「誰が信頼しあってるのよ!!」

アスカが背後から腕をまわしてレイの頭をしぼり上げた!
そのまま椅子から引きずり起こす。

「このっこのっこの!」

左右にレイの頭を揺さぶりまくる!
それでもレイの口元は笑っていた。

「きゃはははジェットコースターみたーい!」

「こいつ〜まだ言うか〜!!」

アスカは巻き付けた腕を下にずらしレイの口をふさぐと今度は笑っている目があらわれた。

「もがが、アムマ〜いぎがめみまいみょ〜」

「笑うな〜!!」
 

「アスカ、もうやめて・・・」

ヒカリがアスカのあまりの暴れように我慢できず、声を発した。
しかしアスカには聞こえてない。

「お願い、アスカ!」

「やめとき、イインチョ」

トウジがヒカリを制した。

「でも鈴原・・・・」

「あれは言うたらあの二人の世界なんや。要はボケとツッコミの関係や。イインチョはそれを分かってやらな。ボケたら突っ込まれるのを期待するしボケられたら突っ込むのが礼儀や。ワシにはよう分かる」

「それは・・・・だけど今日は少しきつすぎない?」

「それを決めんのは惣流と綾波や」

トウジは腕組みして二人の様子を見守っている。
どっしりとかまえるトウジにヒカリは言葉をつまらせてしまう。
こういう時にジャージ姿は結構存在感がある。

(ちょっと・・・・鈴原が格好よくみえるわ)

「ちゅーても確かに普段より・・・・・・やけに綾波がうれしそうやな〜」

「(がくっ)もう、鈴原ぁ〜・・・」
 

「アンタ、その人をバカにした顔やめなさいよ!!」

ぎゅうううう〜〜

 「ふぎぎ、バガぎがんがひへないひょー、ほへほへ」
 
「何がほへほへよ!それがバカにしてるっていうのよ〜!!」

ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン

二時間目のチャイムが鳴った。
しかしアスカはレイの頭を絞り上げ続ける!
たまらずシンジが叫んだ。

「アスカ!もうやめてよ、授業が始まるるんだから!!」

「ぬうううう、コイツが、コイツが〜!!」

「ほへへへ・・・・・」

シンジはレイの頭に巻き付いたアスカの手を解こうと二人に近づいた。
その時レイの両手が伸びるとシンジの左右のほっぺたをはさんだ。

「え?」

ぐいっ

そのまま引っ張り込むと、自分の頭の上にシンジの顔を運んでいく。
そこにはアスカの顔があった!

「!」

「!!」

ぴとっ

シンジとアスカの顔(鼻、ほっぺ、唇など)が触れあった。

「きゃっ!なにすんのよお!!
 
どんっ!

驚いたアスカはレイとシンジを思いきり突き飛ばした。

「うわ!」「へほ」

どどっ

向き合った状態で二人は教室の床に倒れ込んだ。
レイが上でシンジが下。
レイの体重が乗っかった分シンジは強く背中を打ってしまった。

「あ痛たたた・・・・」

顔をしかめながらシンジが体を起こそうとすると、目の前にレイの顔が飛び込んで来た。

「碇君、大丈夫!?」

「うう・・あれ・・・?」

一瞬、シンジは目を疑った。

(・・・綾波?)

どうしたことかシンジを気遣うレイの顔が笑っていなかったのだ。
さっきまで笑ってばかりのレイに驚いていたのに、今シンジは真面目な表情のレイに驚かされていた。
初めて見るこの世界のレイの真剣な顔。
それは自分の世界のレイとこの世界のレイが初めて重なる瞬間でもあった。
シンジは痛みも忘れ、自分を覗き込むレイの顔を漫然とながめていた。

「・・・・・・・」

「碇君!!どうしたの?」

ゆさゆさゆさっ

レイはシンジの両肩をつかんで揺さぶり出した。
かなり強烈な勢いで!

「あわわわ、あ、綾波、だ、大丈夫、大丈夫だよ!」

我に帰ったシンジが慌てて無事をアピールすると、やっとレイは揺さぶる手を止めた。

「あーびっくりした、頭でも打っておかしくなっちゃったかと思ったよ」

安心したレイの表情に笑みが戻った。
後ろに振り向きアスカに声をかける。

「アスカー碇君だいじょーぶだよー、よかったねー!」
 
「何が、よかったねー!、よ!!シンジの顔をアタシにひっつけてどういうつもりよ!!」

「さすがに私にひっつける訳にもいかないじゃない。でしょ、碇君」

レイがシンジに向き直り、悪戯っぽく尋ねた。

「えっ?!」

「ところでうまく唇にくっついた?」

あまりの言葉に絶句するシンジ。
代わりにアスカが絶叫した!

「こんのお〜〜!!アンタ・・」
 

がらがらっ・・・・

教室の戸が開いた。
二時間目の授業の教師が来たのだ。

「ぬう・・・」

レイに浴びせ掛けようとした言葉を飲み込み、アスカは入って来た教師を見た。
白衣に金髪・・・・誰であるか言うまでもない。
もっとも今のアスカには誰が教師であろうと関係ないことだった。
リツコがこっちの世界では理科教師をしている、といった事に対する感慨すら頭の中に入り込む余地はない。
体の中で煮えたぎるマグマのような怒りを無理矢理押さえ、アスカは自分の席についた。

(・・・後でおぼえてなさいよお!!)
 
 



 

二時間目終了後の休み時間。
 

「ファースト〜!!」

「ひゃ〜、確かに技かけるのが早いよー!ぐえっ」

「やかましい〜!!」

「ぐえへへへへ・・・・」
 
 



 

三時間目終了後の休み時間。
 

「うぎいっひひひひひひ♪」

「だから何で笑うのよ!!」

「ふぎぎ、アジュガのぬぐもりをがんじるばー」

「ふざけるなああああ〜!!」
 
 



 

そして昼休み。
教室では生徒達がそれぞれグループを作り、昼御飯を食べ始めていた。
アスカは弁当片手にヒカリの右隣の席に座った。
この辺は自分の世界と同じ。
シンジは自分の席で弁当の風呂敷をおっかなびっくり開いていた。
今、購買部に行っているトウジとケンスケが戻って来たら一緒に食べる事になる予定だ。
シンジのほうも自分の世界と同じ。
だが目の前の弁当が自分が作った物でなく、母が作ったものだというのが違っている。
母の手製弁当を食べるなんて行為はシンジには全く未知の体験だった・・・もちろんアスカもだが。
アスカのほうは三バカがそろうのを待つつもりもなく、隋円形のアルミ製弁当箱を開けようとしていた。

「あ、アスカ、ちょっと・・・」

ヒカリがアスカを止めた。

「え?どうして」

「どうしてって・・・」

(あっそうか!ヒカリは鈴原を待ってるんだ・・・)

みんなが一緒に食べるという名目でヒカリはトウジと昼御飯を食べる・・・そんなとこだろう。
納得がいったアスカが弁当箱から手を離した時、教室の戸が勢い良く開けられた。

がらがらがらっ!

「お待たせー!」

足取りも軽くパンと缶コーヒーを両手にレイが入って来た!
顔つきが豹変するアスカを意に介さず、レイはさも当然のごとく彼女の左隣に来るとでんと座りこんだ。

「さー、食べよう!」

ぶるぶるぶる・・・・

「いただきまーす!」

ぶるぶるぶるぶる・・・・

「もぐもぐ・・・やっは焼ひそはハンはソーヘーシ抜ひの方はいいねー」

ぶるぶるぶるぶるぶる・・・・

「ごっくんっあれ?アスカも食べなよー」

「アンタ・・・・・・」

「ん、なーに?」

「なんでアタシの横に座るのよ・・・」

「えー、そんなの決まってるじゃない!」

「なにが・・・」

「私とアスカは!」

「なんなのよ・・・・・」

「親友だもん♪」
 
 
 

ぶちっ・・・・
 
 

「ふっふっふっふっ・・・・ア〜ンタとアタシがなんで親友よお!!

がばぁっ

アスカは右手にUCCコーヒー、左手にイカスミパン、口に豆腐サンドパンをくわえたレイの胸ぐらに掴みかかった!

「アンタね・・・どうして笑い顔しか見せないの?どうしてアタシにまとわりつくの?どうして何されても笑ってられるのよ?どーしてえ?!

「もぐもぐごっくん・・・だってアスカといると楽しくて・・・」

「楽しい?これのどこが楽しいのよ〜!!

アスカは掴んだレイのセーラー襟を持ち上げた!
レイの足が床から離れていく。
レイの体が浮き上がるのを見て真っ青になったヒカリがアスカを止めに入った。

「アスカ!!もう止めて!今日のアスカはちょっとやりすぎだわ」

「どこがよ!コイツを見なさいよ、コイツを!」

にんまり・・・

アスカの差し上げるレイの表情はまるで高い高いをされた赤ん坊みたいだった。

(レイ・・・こんなにされてまでどうして・・・これじゃアスカを止められないじゃない〜!)

ヒカリが頭をかかえている間にアスカはレイを後ろへポイっと投げ落とした!
放物線を描いてレイがシンジの机に降って来る。

「うわあっ」

とっさに弁当箱を机から避難させるシンジ。

どすぅん!

レイが机の上に尻餅をついた。
ちょうど椅子に座るシンジと向い合せになって。
弁当を胸に抱きしめてるシンジの目の前には両足おっぴろげたレイのスカートの中が・・・・
シンジの眼が見開かれ、そのまま釘付けになってしまった!

「あ・・・・・」

「・・・ありゃ!」

ささっ!

状況を把握したレイは慌てて足を閉じてスカートを整えた!

「・・・・・えへへへへ、い、碇君、お弁当無事みたいだねー」

テレ笑いしてシンジに喋りかけるレイの頬がみるみる朱に染まっていく。
同じ笑顔でもそれまでと質の違う恥じらいの混じった笑顔がシンジに向けられていた。
シンジも赤面していた。
もちろんレイのスカートの中がちらっと見えたからだが、見られてしまったレイの反応がそれまでの破天荒さに比べて意外に女の子らしかったのがそれに拍車をかけたのだ。

(綾波・・・・なんなんだろ?)

それまでと違った可愛いしぐさをレイはシンジに見せた・・・ だからと言ってどうしたらいいかなんてシンジにはわからない。
赤面したまま、ただ自分の机の上で正座してるレイをぼーっと観察しているしかなかった・・・・
やがてレイの顔からだんだん朱がひいてきた。

「へへ・・・・またのぞかれちゃったか・・・えへへ、よいしょっと」

元のにぎやかな笑顔を取り戻したレイが机からひょいっと下りた時、後ろのほうで間延びした声がした。

「なんや、お前らまたやっとんのかいな」

トウジとケンスケが教室に戻ってきたのだ。

「うるさいわね、ほっときなさいよ!」

アスカが毒づく。
トウジはアスカの怒気のこもった声を悠然と聞き流し、シンジの後ろの席に座った。

「まあなんでもええわ。メシやメシ!」

ケンスケはトウジの横に座る。

「それじゃー私も続きを・・・」

レイがアスカの隣の席に向かおうと足を一歩踏み出したら、

めき・・・・・
 
レイの顔面をアスカの靴底が押しつぶした。
そのままレイはシンジの隣の席にどてっと倒れ込んだ。

「ん〜、あれ、碇君。アスカー、私ここで食べるのー?碇君の隣だよー」

「うるさい!こっち来るな!!」

「いいのー?碇君とっちゃうよお」

「いるか!そんなもん!」

「ふーん、じゃお言葉に甘えて・・・碇君、食べよーか!」

「え、うん・・・」

さっそく缶コーヒーをしゅぼっと開けるレイ。
パンとコーヒーを交互に口に入れだした。
そんなレイの様子を横目で盗み見ながらシンジは思う。

(なんでこの世界の綾波は僕の世界の綾波とこうも違っているんだろう?第一この綾波・・・・わかんないよ)

自分の世界の綾波をわかっているわけではないが。
それにしても・・・・

「ろーひたの?早く食へなよー」

「あ、うん」

レイに促されてシンジは四角い弁当箱のフタをそろりと取った。

(・・・・・これは!)

弁当箱の7割を占める俵型のおにぎりは、のりを巻いたもの、ゴマをふりかけたもの、柴漬を御飯に一様にまぶしたもの、など・・・・一個一個にこだわりが感じられる。
残り3割のおかずはというと、まず綺麗な形の卵焼き、つやの見事な昆布巻、その間を波形のカマボコが仕切っている。
さらにレモン汁のかかった魚のフライ。
細かくきざまれたキャベツ、さいの目のじゃがいもと人参、グリーンピース、薄く切られたキュウリ、にサラダドレッシングが振りかけてある。
最後のタコ足ウインナーは本当に八本足だった。
シンジは一目でユイの料理の腕を見抜いた。

(母さん・・・・・出来る!)
 
 



 

「アスカ、やっぱりレイとは仲直りしたほうがいいわ・・・」

「冗談じゃないわよ!」

弁当箱を鞄にしまいながらアスカが答える。
その口調は真剣にアスカとレイの仲を案ずるヒカリにすら刺々しい。
弱り切ったヒカリがなんとかならないものかとシンジのほうに目を向けると・・・
そのシンジがこちらの方に歩いて来る。
あら?という顔をして目で追うヒカリの横をすりぬけ、アスカの席まで来ると小声で話し掛けた。

「アスカ・・・ちょっと・・」

「何よ!」

「あのね・・・」

シンジはさらに声をひそめる。

「学校終わったらカヲル君家へ行ってみないかって・・・」

「え?・・・」

「と、とにかくここじゃなんだから・・・」

「・・・・わかったわ!」

アスカはすっくと立ち上がるとヒカリに一声かけた。

「ヒカリ、ちょっと行って来るわ」

「ええ、どうぞ」

二つ返事で答えると、ヒカリの背中が緊張の糸が切れたように丸まった。

(ふう、後は碇君にまかそ・・・・なんだかんだ言っても幼なじみだもんね。碇君ならまかせて安心・・・・安心よね?)

一抹の不安が残るものの、かなり気疲れが激しいヒカリは無理矢理に安心だと思い込む事にした。
ヒカリは戸を開けて教室から出ようとしている三人を静かに見送る。

(・・・・へ?!)
 
 



 

アスカが廊下に出た。

続いてシンジが出た。

お終いにレイが出た。

「なんでアンタがついて来るのよ〜!!」

いきなり逆上するアスカをシンジが止めようとする。

「ア、アスカ、実はカヲル君家に行こうと言い出したの綾波なんだ」

「なにぃ〜!?」

シンジとレイを交互に睨み付けるアスカ。
シンジはばつが悪そうに、レイは楽しそうにその視線を受けとめている。

「えへへ、たまたま二学期からの生徒名簿のプリントが鞄に残ったままになってたの。渚君の住所と電話番号もあるよー」

「アンタ何企んでるの!」

「渚君が休んだのがとても心配だから・・・・」

「全然心配そうに見えないわよ」

脳天気な笑顔で言われては説得力など欠片もない。
腰に手を当てると不審感に満ちた目でアスカはレイを見下ろす。

「本当のこと言いなさい!」

レイは首を傾げて可愛く笑って見せた。

「 言わなきゃダメ?」

「当ったり前でしょ!!」

「仕方ないか。あのね・・・やっぱり昨日渚君と何があったか知りたくて。アスカも碇君も言ってくれないんだもんだから、なおさら知りたくなって!で、渚君に聞こうと思ったの。それなら当事者も連れてこうってわけで・・・」
 
「ろくな事考えてないわね〜アンタ!」

「ねー、どうしても昨日のこと教えてくれないの?」

「誰がアンタなんかに!」

「もしかしてとても恥ずかしい事があったんで言えないとか?」

「そんなわけないでしょ〜!」

むんずっ

アスカはレイの首根っ子をひっ捕まえた!
そのままレイをずるずる引きずりながら廊下を大股で歩き出す。

「ケリをつけてやるわ!来なさい!!」

「アスカ〜渚君のほうはどーするのー?」

「やかましい!」

ずるずるずるっ・・・

「へへ、碇く〜ん、突っ立ってないでついて来なよー」

「あ・・・うん・・・・」
 
憤怒の形相で廊下をずんずん進むアスカ、引きずられていくレイ、その後ろをこそこそ歩くシンジ。
彼らとすれ違う生徒達はそのただならぬ雰囲気に、飛び退くように道をあけ、畏敬の念で見送ったという・・・・
 
 



 

昼休みの裏庭。
片側はそびえ立つ校舎、もう片側は学校と外界を隔てるブロック塀。
その幅は十数m、奥行きは数十mといった所。
校舎側に花壇や菜園、水道が並び、3mほどの高さの塀側は10m間隔くらいで種類の違う木が生えており、一番手前には何故か真新しい物置きがあった。
太陽はほぼ真上なので日陰の面積は少なく、熱せられた地面から湧き出る揺らいだ空気が陽炎をつくっている。
シンジの目からはその陽炎の向こうに仁王立ちのアスカとちょこんと立ったレイが対峙していた。
ゆるゆるとぶれて見える二人の姿・・・それでもぴりぴりした緊張感とお気楽な明るさがはっきりと伝わってくる。
今頃に裏庭に立ち寄る者など殆どいないから、当然ここにはこの三人しかいない。
だれも邪魔の入らないこの場所でアスカがどうケリをつけるつもりなのか、大体想像つくだけにシンジは気が重かった。

(昨日みたいになるのかな・・・どうしよう)

アスカが口を切った。

「アンタ・・・どういうつもりよ!さんざアタシにまとわりついて、しかもその顔!ずっと笑ってるファーストなんてあるか〜!!」

「ねー、昼休みのうちに渚君に電話してみたらどうかな?」

「人の話を聞け〜!!」

ぐぎゅうっ

レイの両頬をわしづかみにするアスカ!
しかし口元がびよ〜んと伸びてよけい笑ってるように見えた。

「くおんの〜だからなにがおかしいのよ!」

「うえっひひひへ」

「笑うな〜!!」

アスカの顔はすでに真っ赤になり湯気をたて始めている。
今度はレイの脇の下に腕をまわし、胴締めの体勢にはいった。

ぐぐぐうっ!

「これでもかあ!」

「へへへアスカに抱きつかれちゃった・・・」

「なんですってえ!なんで!なんでこれだけ締め上げて平気でいられるのよ!!」

「スキンシップだねー」

「このおおおお!」

アスカはレイにのしかかり、さば折りを仕掛ける!
レイの背中がぎしぎし音をたてて体が反り返っていく。

「ふぎっふほほほ」

締め上げるアスカと締め上げられるレイの顔と顔はそれこそ目と鼻の先だ。
眼前のレイの笑顔がますますアスカの神経を逆撫でする!

「これだけ痛め付けてるのに・・・何がおかしいのよ!バカにするな〜!!

ぐぎゅううう〜

渾身の力をこめレイのきゃしゃな体を締め上げるアスカ。
それこそ今にもぺきんと折れてしまいそうなか細い体なのにレイの笑顔は崩れる兆しもない。
その笑顔ゆえにアスカを止める事に二の足を踏んでいたシンジも傍観者のままでいられなくなった。

「アスカ!やめてよ!!」

「うるさ〜い!!」

レイを睨んだままシンジに言い返すアスカ。
しかしシンジもはいそうですかと引き下がる訳にはいかない。
レイを助けなければ!
シンジは二人に近づこうと足を踏み出した、その時・・・
ぶらんとしていたレイの両手がゆっくり持ち上がるとアスカの背中にまわった。

「?!」

レイの手がゆっくりアスカの背をさすり出した。

「ア、アンタなに考えてんのよ!」

さらに右手がアスカの頭まで這い上がると優しくなで始める。

ぞわ〜っ

アスカの体の表面全体が鳥肌立った!
自分の背中と頭で流れるように移動していく感触・・・あろうことかこれが以外と心地よい事にアスカは狼狽した。

「や、やめなさいよ、この!」

アスカはレイを引き剥がそうとするが体がタコのように張り付いてうまく離れない。
アスカに体を密着させたレイは頬をすりよせ、頭を撫でさすり続ける。

「遠慮しなくていいよー、アスカ」

「やめんか〜気色悪い!」

「肌と肌の触れ合い・・・心が通い合うねー」

「やめろって言ってるのよ!!」

ごつっ

アスカはレイに頭突きを食らわし体全体で振り払うようにしてくっ付いた体を剥がす事に成功した。
素早く両手で拳を作り身構える。
一方アスカに振り払われ2、3歩後退したレイは満面に笑みを浮かべながら無防備に前進してきた。

「危ない!」

シンジが叫んだ時は遅かった。
アスカの横殴りに振り回した右手がレイのこめかみに当たった。

がすっ

レイがよろめく、笑顔のまんまで。

「綾波!」

慌ててレイに駆け寄ろうとするシンジ。
しかしアスカが自分の視界に割り込んだシンジを突き飛ばした。

どん!

「うわっ!あた」

「バカシンジ、邪魔よ!」

「碇君、ごめんねアスカ独占しちゃって〜、えへへへ」

「だからどうして笑ってるのよ〜!」

「アスカになら何されても大丈夫だよ。私とアスカには信頼の絆があるもん」

どこがー!アタシさっきアンタをさば折りしたのよ!今アンタをたたいたのよ!ここで!」

アスカが自分の右手首をちょんちょんと指差した。
レイを睨むその顔はますます険しくなっていく。
眉を鋭く吊り上がらせ青い瞳をぎらつかせ額に横ジワをつくり眉間に縦ジワをつくり頬をひきつらせ上下の歯をきしませ顎に汗をしたたらせ・・・・・・

「アンタ殴られたら痛いでしょ? 絞められたら苦しいでしょ?少しは嫌そうな顔しなさいよ!反撃の一つもしてみなさいよー!」

「どーして?私は楽しーよー」

本当に楽しそうな顔でほがらかに答えるレイ。
それに対してアスカの左顔面がピクピク痙攣し始めた。

なにが楽しいよ!!アタシはね、アタシはね(ピク)・・・アンタのその何も考えてないよな笑い顔見てると(ピクピク)・・・・見てると(ピクピク)・・・・アンタ(ピクピク)・・・・・・・アンタ見てるとイライラすんのよ〜!!
 
びゅっ

怒号と共にアスカの回し蹴りが飛んだ!
一直線に伸びた長い足が遠心力を伴ってレイを襲う。
スキだらけのレイの頭部にアスカの足の甲が命中した。

がつっ

横っ跳びにレイがぶっ倒れた。

「綾波!!」

シンジが叫ぶとレイに駆け寄った。
一度ならずも二度までもアスカの攻撃からレイをかばえなかった。
しかも二度目はかなり強烈だっただけにシンジは大いに焦っていた。

「大丈夫?綾波!」

「うん♪」

シンジが触れる前にレイは起き上がった!笑顔を伴って。
唖然とするシンジの前でしゃきんと立ち上がるとくるんと回転してアスカに向き直った。

「アンタ・・・なんでよ?・・・・アンタはゾンビか!」

眼を丸くして仰視するアスカに向かってゆっくりと警戒心の欠片もない笑顔が近づいてくる。
そのあまりの異様さにアスカの心に微かに怯えの感情が芽生えた。

「なんでよ・・・どうしてよおお〜」

「アスカー、そんな気張らないで力抜いたら?」

「な、な、な、何言ってんのよ〜!!」

いつの間にか自分のほうが劣勢にに立たされているような感覚になっている。
そんな気持ちを振り切る様にアスカは身構えた。
腹を決めたのだ。
昨日シンジ達に阻まれた、あの一発を使おうと。
むかついて仕様のなかったもう一人の自分に食らわそうとしたハイキックを!

(こうなったら昨日の恨み、こいつにぶつけてやる〜!)

「綾波、もうやめてよ〜」

シンジがレイの手を掴んで前進を引き止めた。
だがすでにレイはアスカの蹴りの間合いに踏み込んでいた。

「綾波〜!」

「へへ、碇君、離して・・・」

二人がもみあっている間にもアスカの気合いはMAXパワーに上昇していく!

「はっいけない!」

シンジがアスカの異常に気付いた!
そう、昨日自分が食ったあのものすごい蹴りを放つ前の状態だ!

「だめだアスカ!!」

アスカの体がピクリと震えた。

「へへ碇君・・・」

「食らえ!!」

「・・・ごめんねー」

どんっ

「わっ」

アスカから眼を離さずにレイはシンジを突き飛ばした。
倒れ込むシンジの体がアスカの射程距離からはずれる。
その時、アスカの渾身の蹴りがレイをめがけて繰り出された!
レイは両手を広げた。

ばきゃっ

アスカの足がレイの肩にぶつかる!それだけでは蹴りの勢いは止まらず側頭部に炸裂した!!
レイの体が宙をふわりと舞い上がった。
尻餅をついていたシンジの頭上をまるでスローモーション映像の様に回転しながらふっ飛んでゆくレイ。

「綾波〜!!」

叫びながら手を差し伸べるシンジだが届くどころかレイの体は次第に遠ざかっていく。
レイの飛行軌道が下降線に変わる。
地面に向かってうつ伏せ状態で落下していった。

・・・〜べしゃっ!

レイは平泳ぎの水をかく直前のポーズで地面に激突した。

「ああああ綾波い〜!」

一瞬にして顔面蒼白になったシンジは立ち上がるのももどかしく、しゃかしゃかとレイの元へと這い進んでいった。
もはや自分の世界のレイとのギャップも違和感もどこかに吹っ飛んでいた。
地表にへばりついたレイの背中に触れると気遣いながら声をかける。

「綾波、しっかりして!」

レイはぴくりとも動かない。
顔面まで地面に貼りついているレイの様子を確かめようとした時、シンジの体が強引に押しのけられた。

「うわっ・・・・アスカ!」

アスカが無表情に見下ろしていた。
シンジではなくレイを。
アスカは腰を屈めるとレイの肩をつかんだ。

「アスカ!この上何を・・・」

シンジの訴えを無視してアスカはレイの体をゆっくりと表返し始めた。
レイの顔面が地面を離れ、シンジとアスカにその表情があらわになろうとしていた。
アスカの顔に緊張の色が走り、冷たい汗が首筋をつたい落ちていく。

「・・・・・
 

レイの顔は・・・・・・・・・・笑っていなかった。
 

「・・・・はぁ〜〜」

大きく息をはき出すとアスカの体は一気に脱力していく。
怒りと緊張の産物である顔じゅうの険がぽろぽろと落ちていった。
安堵の表情を見せるアスカと対照的にシンジは心配げにレイを見ていた。

「綾波、大丈夫?!綾波・・・」

両目を閉じたレイの顔は笑ってはいなかったが、なぜかとても安らかな表情をしていた。
アスカに蹴られた側頭部は赤く腫れ上がり、とても痛々しいにもかかわらず。
だがそんな事をシンジは気にしてはいられなかった。
動転する心を押さえ、シンジがレイの体を起こしかけたとき・・・

「ごめんねーアスカ」

突然レイが声を発した。
しかもその口調からは蹴りのダメージなどまるで感じられない。

「え?」「な、何?」

驚く二人の前でレイはぱちりと目を開けた。

「ホントにごめんねー、アスカを怒らすつもりはなかったんだよー」

「な、なに言ってんのよアンタ?」

レイの言葉はアスカに困惑の表情をつくらせた。
そんなアスカの顔を紅い瞳で穏やかに見上げながらレイは話を続けた。

「私はいつも通りにしてたつもりだったんだけど、アスカにはそうじゃなかったみたいだねー。やっぱりどこかおかしかったんだ。今朝いつになく早起きなんかするから妙にはしゃいでたのかな?碇君もアスカも私も早起きして、そんなとんでもない事があって、それでいつも通りなわけないよね。きっとどこか歯車狂っちゃったんだねー。でもそれくらいならまだいいのかもね。私ら3人が同時に早起きしたら今晩空から何が降ってくるかわかんないよ!楽しみだねー」

レイはここで優しく微笑んだ。

「親友だなんて言っておいてこれだもんねー。どうしようもないね、私」

レイの話をアスカは唖然として聞いていた。
なぜなら!

「・・・・・アンタ・・・今アタシの蹴り受けたんでしょ!?なんでそんな元気に喋れるのよ!」

そう、話の内容以上にそっちのほうがアスカには重要だった。

「それに蹴られてどうしてごめんねー、なのよ!アタシに腹立たないの?!」

「ううん、ちっとも!」

「どうして?どうしてなの?おしえて!!」

「私痛みに対する耐久力が人一倍強いのよ。鈍感なのかなー?ふふふ・・・それにアスカは髪の毛の色がちがうとか目玉の色がちがうとか肌が白すぎるとか言って私を痛めつけたこと一度もないじゃない」

「え!?・・・」
 
予想もしていなかったレイの言葉にアスカは絶句してしまった。
それはシンジも同様で、半分だけ上体を起こしたレイの背を支える腕がびくりと動いた。
二人の驚きを感じてとったレイはてれる様に笑う。

「てへへへ、そんなマジな話じゃないよ。私の小さい頃はそういうのがいたんだ」

アスカはうろたえた。
こういう話の展開になるとは思っていなかったため、うまく頭が切り替えられないのだ。
さっきまで痛めつける対象でしかなかったレイを今どういう目でみればいいのか?
アスカの困惑とは対照的にレイは屈託なく喋り続ける。

「でもね、そういうのが髪が青いと一発殴ってきたら十一発殴り返したし、目玉が赤いと石ぶつけてきたらイモリぶつけ返したし、肌白すぎるとはやしたてられたらマムシの抜けがらで首しめてやったし・・・・痛みに強いのが役にたったのかな・・・とにかくそういうのはやっつけて子分にするのが一番てっとりばやい手だったねー」

かくんっ ふう〜・・・

アスカは首を傾げてため息をついた。
深刻な話かと思ったらしっかり落ちをつけてきた。
本当の話なんだろうけど。

「だから私の見てくれに無関係でここまでやる人ってアスカが初めてだったから・・・・新鮮だったよ〜!私みたいなおちゃらけたのにちゃんと最後まで付き合ってくれるんだから。私がここに来て一番良かったことは碇君とアスカの二人に出会えたことだよ!」

「・・・・・・」

アスカは虚ろな眼を無邪気に笑うレイに投げかけていた。
もうなにも言う気になれない。
今までムキになってレイにしてきた事はなんだったのだろう。
結局自分の独り相撲に終わってしまったようだ。
それにしても・・・・

(アタシの世界のファーストがまともに思えてきたわ。こっちは人間離れしてるしてるものね〜)

シンジのささえていた手から背が離れ、レイが体を起こした。
スカートのポケットに手を突っ込むと大ざっぱに折りたたまれた用紙を取り出した。

「これさっき言ってた名簿だよ。これで渚君に電話しようよー」

レイがアスカに名簿をさし出す。
受け取りながらアスカが尋ねた。

「・・・まだ昨日の事知りたいわけ?」

「ううん、そんなのどうでも良かったの。本当は碇君とアスカといっしょに何かしたかっただけ」

「ファ〜スト〜!」

アスカはもはや呆れるしかない。
レイが勢い良く立ち上がろうとした。

「さー、行こう!」

ずんっ

「ふぎゅっ」

アスカの靴が立ち上がるレイの脳天を踏み付けた。
押しつぶされる様に座りこむレイ。

「アンタは行かなくていいわ!シンジ、そいつを見てて」

「え、うん・・・」

アスカは学校備え付けの公衆電話でカヲルの家に電話をすることにした。
しかし電話にカヲルが出たとして会話の内容をレイに聞かせるわけにはいかない。
レイをシンジに任せて一人で行く、それがアスカの判断だった。
押し潰れたレイを引き伸ばしているシンジに背を向けるとアスカは歩き出した。

「ねーアスカ〜!」

アスカの背にレイの声が響いた。
足を止めて後ろを見ずに聞き返す。

「今度はなによ?」

ふぁーすとってな〜に?」
 
 
 

数秒の沈黙の後、アスカはゆっくりとレイにふり向いた。

「なんでもないわよ、レイ!」
 
 

平和>



<エヴァ
 
 

鬱蒼と樹木が生い茂る薄暗い森の中・・・・
そこが第3新東京市のどこかなのか、それとも日本のどこかか、あるいは日本以外のどこかなのか、それはあまり重要でなく、人が誰も寄りつかない場所だという事がカヲルにここを選ばせた理由だった。
彼の前に浮かぶのは青白く輝く八角形に縁取られた窓・・・・50cmサイズに設定されたそれにはシンジとレイが裏庭を出て行くアスカを見送っている姿が映されていた。

「あちらはなかなかうまくいってる様だね。それにしてもレイ君があそこまでやるとは」

苦笑しながらカヲルは窓の中の映像を移動させ始めた。
目まぐるしく変わっていく窓の中の光景・・・・一体どれだけのスピードなのかも見当つかない。
窓を見入るカヲルが右手をかざすと中の映像がぴたりと止まった。
そこにはどこかの家の玄関が映されていた。

「ふ〜ん、靴はないな・・・留守。いつもの通りだ」

映像が玄関から廊下へ進み、突き当たりの戸の前にある電話器の手前で止まった。
カヲルは窓に耳を近付けた。
こうすれば向こうの世界の音も聞くことが可能だ。

「少しだけ待たないと」
 

窓と扉の区別はサイズでする場合もあるがもう一つの区別方法がある。
たとえばエヴァの世界から扉を作った時、平和な世界からも扉を見る事ができる。
また扉をくぐってエヴァの世界から平和な世界に行けるだけでなく、平和な世界からもエヴァの世界にいける。
すなわち双方向に行き来可能なのだ。
対して窓はエヴァの世界で作ったら平和な世界からは見ることはできない。
そしてエヴァの世界から平和な世界へは行けても逆は不可能だ。
見えない窓をくぐり抜けられるわけがない。
つまり一方通行という事だ。
だから窓ならエヴァの世界から気付かれずに平和な世界を覗くことができることになる。
もし窓から首を出せば平和な世界からはまるで中空から生首が出て来たように見えるだろう。
もちろんカヲルは窓と扉の選択を自由にできる。
 

カヲルの耳に電話の呼び出し音が聞こえた。
右手と頭だけ窓をくぐらせ、受話器を取った。

「やあ、アスカ君」

「カヲル!アンタ?・・・・・そうか覗いてたのね〜!!」

「そうだよ、エヴァの世界からね。実は今もエヴァの世界にいて片手と頭だけこっちの世界に出しているんだ」

「?、なによそれ!それよりアタシ達をどうする気?早く帰しなさいよ!!」

「まあまあ、そちらの世界は休息をとるには打ってつけだと思うよ。気楽にやってれば」

「ふざけるな〜!!」

「僕は今日はエヴァの世界にとどまるからね。じゃ、そういうことで」

こら〜!話は・・」

がちゃっ

「・・・・まあこんなとこだろう」

笑顔の中に少し疲れた表情を入り交じらせるとカヲルは手と頭を引っ込めた。
 
 

エヴァ>



<平和
 
 

「綾波、本当に大丈夫なの?」

「へへ、言ったでしょ、痛みに対する耐久力強いんだもん」
 
レイは立ち上がったついでにぴょんっと飛び跳ねた。
着地した時に土がぱらぱらと落ちたのを見て、レイは自分の服がかなり汚れているのに気付いた。
制服についた土を両手で賑やかにはらうと、今度はシンジの後ろに回りお尻をぱんぱん叩きだした。

「ひゃっ」

「碇君も土がついてるよ、私が突き飛ばしたからか。えへへへ」

「い、いいよ綾波、そんなの・・・」

シンジはレイの手を遮りながらふり向いた。
間近にあるレイの顔を見つめる。
側頭部の腫れは相変わらずで元々肌の白い彼女だけに余計に痛々しいまでの赤さが目立つ。
これでどうして大丈夫と言えるのだろうか。

「あの、綾波・・・・やっぱり保健室で手当てしてもらったら」

「ううん、いいよ。それにホータイなんかしたらアスカが気にするだろし・・・」

(綾波・・・・アスカに気を使って・・・)

もっともそこまで気を使うならアスカをあそこまで怒らすな、とも言えるが。

「・・・・だけど・・それだけ真っ赤に腫れてたら十分気になるよ、僕の見る限り・・・だから保健室に行こう」

「そう?そんなに目立つかなー。じゃ、碇君の言うとーりにしようか・・・よし行こ」

手をふって歩き出そうとするレイの肩をシンジが持った。

「?、どーしたの」

「あ、あの・・・一人で歩いて平気なの?」

「うん!」

「だけどあれだけ蹴られて吹っ飛ばされて平気なはずないよ!」

「だから痛みには強いんだ、予防接種の時もよく注射されながらお医者さんに喋りかけて怒られたし」

「・・・・・いやあの、だから・・・耐えられるのと怪我自体の重さは別だと思うよ・・・」

「う〜ん、そーかぁ・・・で、碇君どうしたいの?」

「え、と・・・肩貸そうか?」

「肩ねー、いまひとつピンと来ないなー・・・」

ならどうすればいいのだろう?
肩を貸す他の方法といえば・・・
思案するシンジの口からぽろっと答がこぼれ落ちた。

「・・・おんぶ?」

「えっおんぶ?!」

レイの反応に漏らした言葉の意味を認識したシンジの顔がたちまち赤く染まった。
合わせるようにレイの顔も赤く染まる。
二人そのまま見合ってしまった・・・・

「碇君・・・いいの!?」

「え、いや、あの、それは・・・」

「・・・・えへへへ」

喋る言葉もしどろもどろになるシンジの顔を、頬を紅潮させ照れ笑いするレイの顔が覗きこんだ。
今や顔色と同じの紅い瞳がシンジに悪戯っぽい視線を投げかけた。

「・・・・・そう、じゃあお言葉に甘えよーか!」

言うが早いかレイはシンジの背中に回るとぴょこんと跳んだ!

「うわ!」

危うく倒れてしまいそうな所を何とかこらえて、シンジはレイの体を背中で受けとめた。
レイの両腕がシンジの胸元に回ると手を組んだ。

「んじゃ碇君、たのむねー♪」

この状態で選択の余地はない。

「・・・・うん」

観念したシンジは手をまわしてレイの足をかかえ、歩き出した。
思った以上に楽に足が出る・・・と言う事はそれだけレイが軽いわけだ。
こんなきゃしゃな体でアスカの攻撃をことごとく受けとめてしまうなんて!
本人がどう言おうと無事なわけがない。
そんなシンジの思いと裏腹に浮き浮きした声が背後から聞こえてくる。

「私、碇君に抱きついてるんだねー」

「そ、そんな、表現おかしいよ!」

レイの一言に慌てふためき、むきになって言い返すシンジ。
だがどんな形であれ今確かに背中にレイの体が密着し、そのぬくもりを感じて心臓の鼓動を高めている自分がいる。
姿かたちこそ同じでも自分の世界のレイと正反対の性格だというのに。
彼女の何にどぎまぎしているのか・・・・・

「アスカが見たらどう言うかなー、くくくく」

レイが茶化すように話し掛けるとシンジの体がぴくっと反応し、一瞬足が止まった。
再び歩き出すとシンジは言葉を濁すようにして答えた。

「・・・・・アスカとは・・別にそういうのじゃ・・」

「えー、何言ってるのよ碇君!碇君とアスカは世界でたった二人の・・・・」

そこでレイの声が途切れた。
シンジは続きの言葉を待ったが、彼の背後から声のする事はなかった。
その間にもシンジの歩は進み、物置きの前を通りすぎ裏庭の出口に差しかかった。
この世界では幼なじみでも自分の世界ではアスカとは幼なじみでもなんでもない。
レイがなぜ言葉を途切れさせたのか分からないが、今の自分とレイを見てアスカが嫉妬するだろうか?
シンジにはそうは思えなかった。

「何やってんのよ!アンタ達!!」

突然裏庭の出口に叫び声と共にアスカが姿を現した。

「やー、アスカ!今、保健室行くんだー!アスカのハイキックがきいたんだよ、へへ」
 
「アンタバカァ?はきはきした声で言うセリフじゃないわよ!」
 
 腰に手をあて眉をひそめながら待ち構えるアスカの視線を避けるように、俯きながらシンジは一歩一歩近づいていく。
レイをおんぶしてるだけでこんなに引け目を感じるものなのか。
幼なじみでもなんでもないのに。
アスカの目の前まで来た所でシンジは恐る恐る顔をあげ、尋ねた。

「アスカ、カヲル君は?」

「・・・・実質不在だったわよ!」

吐き捨てる様に言い放つアスカだが二人にはよく分からない。

「?・・・」

「じっしつふざいってなーに?」

「うるさいわね!それよりレイ!アンタなんで顔赤くしてるのよ?!」
 
「へ?そう、まだ赤い?でもこれ、けっこう燃えるシチュエーションでしょ。アスカ、羨ましい?」

「だ、誰が〜!!」

「てへへへ・・・」

「あ、あの、アスカ、じゃあ保健室に行くから・・・・」

「ねー、アスカはどうする?」

「何がよ!」

アスカはレイを睨みつけた。
シンジの背から首を伸ばして見つめ返すレイ。
無邪気な笑顔から次第に赤みがひいていくと、アスカの一撃を受けた側頭部だけが痛々しく色を残した。
いくら笑っていてもダメージははっきりと目に見える形で残っているのだ。

(こいつの笑顔に騙されていたわ・・・・)

レイが受けたのとと同じ蹴りを食らってシンジが二人も気絶したのだ。
あの蹴りを受けて無事なわけない。
痛みに強いとか鈍感とかのレベルでなく、実は相当に無理をしているのでは?
どうして?こっちの世界の自分と親友だから?わからない・・・・・・
謝る気にはなれないが心に引っ掛かりを感じる。
とりあえずアスカはレイの具合をもうしばらく観ておくことにした。

「アタシも行くわよ。アンタのやせ我慢の化けの皮はげるのを見せてもらうわ、レイ!」

「私、消毒液のしみるあのしゅわあ〜って感じが好きなんだー!」

「嘘つきなさいよ!」

「じゃ、アスカがぬってね」

「アンタバカァ?!瓶ごとぶっかけてやる」

「くくくく・・・・」
 
歩きながらシンジは自分の頭越しにおこなわれる会話に戸惑いを覚えていた。
二人の言葉のやりとりがだんだん噛み合ってきたように感じるのだ。
さっきまでの暴力を折り込んだぎすぎすしたものではない。

(どうしたんだろ?わからないや・・・・)
 

平和>



<エヴァ
 

ネルフの食堂で朝食を兼ねた昼食をとったシンジとアスカは基地内の道筋などを覚えるため、迷わない程度にうろついた後シンジの部屋の前まで戻ってきた。
ドアを開けてシンジが足を踏み入れた。
続いてアスカが入ろうとしていると通路の角から冷やかす様な声と共に人影が現れた。

「あら、シンジ君、アスカを部屋に引っぱりこんじゃって?やるわねえ〜」

「ミサトさん・・・・」

「何よミサト、待ち伏せしてたの?ネルフの指揮官って暇なのね〜」

露骨に嫌な顔をして見せるアスカに構わずミサトは愉快そうにすたすた近づいて来る。

「アスカの部屋にいったらいなかったのよ。それでシンジ君の部屋へ行こうとしたら丁度アスカを連れ込んでる所に出くわしちゃったの」

「おかしな言い回ししないでよ!で、用はなんなの?」

「そう刺々しくならないでよ。後でいくらでも二人っきりになれるから、ね。そう、まず二人ともしばらくはここで寝泊まりしてもらうわ。いかなる事態にもすぐに対応できるようにね」

「まあ色々あったからそれは仕方ないわね。それにあっちのマンション結構きたなかったし・・・だいたいシンジが2、3日いなかっただけでどうしてあそこまで汚せるのよ!冷蔵庫もビールしかないし」

つい、本音で文句を言ってしまった。
アスカにとっては初めて見る惨状だっただけに。

「悪かったわね〜、ビールしかなかったのはあの時はそれこそ色々あって飲む気になれなかったからよ。アスカもまだ復活してなかったし」

「ふ〜ん気にしてくれてたんだ」

「当たり前でしょ。それから・・・明日の朝アスカとシンジ君にはシンクロテストをしてもらうわ」

「えっ!」

突然とび出たシンクロテストという単語にシンジが身を乗り出して叫んだ。
アスカも声は出さなかったがその顔はこわばっている。
二人の反応を見比べながらミサトは表情を真剣な面持ちに変化させた。

「アスカ、大丈夫よ。今のあなたなら弐号機とシンクロできるわ、きっと!シンジ君、あなたにもアスカに付き合ってもらうわ。大丈夫よね?また渚カヲルと戦えと言っているわけじゃないの。少なくともわたしはね・・・・」

シンジはミサトの声をぼんやりと聞いていた。
顔面から血の気がひいていくシンジの様を横目で見たアスカは、やけくそ気味に声を張り上げてミサトに答えた。

「わかったわ!や〜ってやるわよ!!」

控え目な声でシンジもアスカ続いた。

「わかりました・・・・・」

「それでもう言っとく事はないのね?ミサト」

「ええ、これでお終いよ」

ミサトは優しく微笑んだ。

「二人とも今日はゆっくり休みなさい。休める時間があるうちに・・・・外出はちょっち無理だけど」

アスカも微笑み返した。

「ええ、ありがと・・・じゃあね、ミサト」

「あら、やけに素直ね。じゃ、また明日ね〜」

くるりと背をむけるとミサトは来た時の通路を引き返していった。
角を曲がりミサトの姿が消えたのを見送ったところでアスカはシンジにふり向いた。
お互いに顔を見合わせる。
しばらくの間、二人は無言でお互いの不安に満ちた瞳を見つめ合った・・・・
・・・・やがてアスカが口を開いた。

「いよいよね・・・・」

「うん」

「あたしはまだいいけどあんたがシンクロできなかったらまずいでしょ・・・・」

「・・・・・うん・・・」

うつむく様にうなずくシンジは涙目になっていた。
 
 
 

その7終わり


次回予告
 

遂に始まるシンクロテスト。
果たしてシンジとアスカはエヴァとのシンクロを成功させられるのか?
そしてエヴァの世界のレイと出会った二人は・・・・
一方平和な世界でありふれた?日常をすごすシンジとアスカ。
そしてカヲルは学校をいつまでズル休みするのか?

次回シンジアスカの大冒険、その8
 

多種多様な出会い
 

「何人めだっていいじゃない・・・」
 



 

どツボにはまってしまった・・・・
書けば書く程だらだらと長ったらしくなって・・・・
飛ばしてしまおうと思った所に引っ掛かっては延々悩む、と・・・・
ひどいとその3辺りの話題に戻ったりして、そんな前まで遡ってどうすんねん! 皆忘れとるわ!と自分に突っ込む今日この頃でございます。
ただでさえ少ない自信をさらに失い、うまく書けない状態が続いたせいかレイが大ぼけエヴァのまんまになってしもた。
もう少し変えるつもりだったのに、単なる流用ですましてるんかいな。
このままでは二つの世界がシリアスとギャグに割れてしまう・・・・
なんとか帳尻は合わせるつもりですが。
にしても、なんでわしはこうもレイに振り回されてしまうんや。
持て余しとるな。
次回は早く進めるために話を淡白にしよう・・・・・
 

ver.1.00  1998  12/31公開
ご意見御感想、誤字脱字(放ったらかしにする場合有り?)、突っ込み、ぼけ、などは・・・・

m-irie@mbox.kyoto-inet.or.jp  までです。





 えいりさんの『シンジアスカの大冒険?』その7、公開です。





 レイちゃん偉い!

 レイちゃん凄い!


 ギャグのようで、シリアスのようで、
 実際ギャグで、実際シリアスで、

 とってもいい味です(^^)


 ボコボコにされながらも笑っていて、
 ふっとシリアスに行きかけて所で、オチをつけて・・

 そのオチも深遠な物があるようで
 ただ単に正直なようで、

 これは、こりは、メチャいい活躍でした〜


 結局、アスカの毒気も抜いちゃったし。。


 感動物です♪




 次は・・・EVA世界でのレイ。

 アスカと、そしてシンジと、
 どのような−−−−



 あ、あかん・・・待ちきれない・・・は、早く続きが読みてぇぇぇぇぇ




 さあ、訪問者のみなさん。
 1998年のラストを飾ったえいりさんに感想メールを送りましょう!




            【 TOP 】 / 【 めぞん 】 /   えいりの部屋  NEXT