瞬く星がその数を少しずつ増やしつつある夕暮れの空・・・・・
とあるマンションの屋上の片隅に髪止めがころがっている。
髪止めはあたりがだいぶ暗くなっているというのに、その色がはっきりと判別できる位鮮やかな真紅だった。
少女が髪止めにゆっくりと歩を進め、手を伸ばすとつまみ上げた。
品定めするようにじっと見つめる。
「・・・・・ただの髪止めじゃない」
少女の顔が怒りにこわばり、髪止めを持つ手がふるえ出した。
「あいつら・・・・初めからこうするつもりだったのね!!」
少年は彼女の様子をおっかなびっくり眺めながら、足元に落ちている鍵を拾った。
(家の鍵・・・・これを使えっていうの?)
その鍵で入る事の出来る家はまさしく碇シンジの家だった。
ただし今ここにいる碇シンジではなく、もう一人のほうの・・・・・・
シンジはもう一つの鍵を拾った。
これはアスカの家の鍵。
シンジの目の前に立つ、怒りにふるえるアスカではなく。
そう、あの時シンジの頭をなで、そして抱きしめてくれた・・・いっしょに手をつないで散歩した・・・・やけに自分にやさしかったアスカの・・・・
今にして思えば見ず知らずの(?)自分に対してどうしてあそこまでしてくれたのかよく解らない。
自分の世界のアスカと彼女はあまりにかけ離れていた。
(でも・・・)
ついさっき繰り広げられたアスカ同士の凄絶な戦いをシンジは思い返した。
「やっぱりアスカはアスカなのかな?」
「なんですってぇ?」
シンジはいつの間にか声に出していた事に気付き、慌てて口をつぐんだ。
アスカはシンジの持つ鍵をにらんだ。
「・・・・・」
一瞬の沈黙の後、シンジは恐る恐るアスカに鍵を差し出した。
アスカの両目が大きく見開かれる・・・・・・・・・・
シンジアスカの大冒険その6
ハリセンとシナリオ
ネルフの浴場の更衣室。
そこには女子更衣室にもかかわらず二人の少年と、一人の少女(これは当たり前だが)が立っていた。
「なんだかここを根城にしてるみたいだな」
苦笑しながらカヲルはシンジとアスカに向き直る。
「さて、これから僕は彼らのシナリオを遅らせるため、予定の行動に出る。平和な世界にいるシンジ君達に休息の時間を作るために。ちょっとの間お別れだね」
「カヲル君、早めに戻って来てよ。僕もあまり自信ないから」
「何言ってんのよシンジ!あたしなんか昨日この世界を知ったばかりなのよ!あんたのほうが予備知識多いはずでしょ。弱気にならないでよ」
「う・・・そりゃそうだけど」
「自信がないのはみんな一緒さ。それでもここまできたらやるしかない。判ってるよね」
そう言いながらカヲルは手をかざして再び扉を作り始めた。
「面倒だな、向こうの世界のどこへでも行けるのに、今いる世界のどこかへ移動する事は扉では出来ない。一旦、向こうへ行かないと・・・」
完成した八角の青白く輝く扉に向かってカヲルは愚痴をこぼした。
扉は決して万能ではないということだ。
「とりあえず僕の部屋へ戻ろう、じゃあ二人共がんばるんだよ」
(えっカヲルの部屋!?)(カヲル君の部屋?)
「えっ、うん、じゃあね、カヲル君」
「またね、カヲル」
と言いつつ、二人はカヲルより扉の向こうに目を泳がせていた。
カヲルの部屋がどんななのか、とても気になったからだ。
そんな事はおかまいなしにカヲルは扉をくぐり抜けると、向こう側から笑顔を振りまきつつ、手を振る。
直後、しゅんっ!といった感じで扉は消滅した。
「あっ・・・・(見損なった!)」
声を漏らしたアスカは無念そうにシンジに聞いた。
「シンジ、見えた?」
「へ?」
「カヲルの部屋よ!」
「・・・・・それが、部屋に置いてあるものが・・・一つだけ見えた」
「なにが?」
「たしかあれは・・・・」
「だから何よ!」
「・・・・ハリセンって言ったっけ?」
「なんですって?」
「だからハリセン」
シンジの口から出たハリセンという言葉に渋い顔をしてアスカは呟いた。
「・・・あいつ、どういうやつなの?」
シンジに答えられるはずはない。
第一、カヲルの私生活など想像もつかない。
ハリセンの置いてある部屋で普段何してるかとか、親はどんな顔していてどんな仕事をしているのかとか・・・・・よく考えてみると判らない事だらけじゃなかろうか?
判ってる事と言えば扉を作って二つの世界を自由に行き来できる超能力者という位で・・・・
「まあいいわ、こっちはこっちの事をやりましょ!」
気を取り直すとアスカは出口のドアへ歩こうとしたがシンジに動く気配がない。
「どうしたの、シンジ?」
「えっと、どこへどう行ったらいいの?」
「そうねえ、どう行けばミサトに会えるかしら?」
首をひねるアスカにシンジは不安の色をつのらせる。
アスカが頼りなのに。
仕方なくシンジはポケットからプリントの束を取り出した。
カヲルからもらったシナリオだ。
二つ折りにするとなんとかポケットに入るサイズ、厚さは1cm弱程。
「たしか見取り図が描いてあったっけ・・・」
「だめよ、あれ大まかすぎて役に立たないわ。それにここ、結構複雑だから・・・」
「アスカは病棟からここまで自分で来たんだろ?」
「自分でなんか来てないわよ!道なんか全然判んないから・・・・病み上がりだとか理由つけて、シンジに手を引っ張らせて後をついて行っただけよ。ホント、綱渡りだったんだから!」
「そう、大変だったんだね・・・・」
少しむくれるアスカの顔を見ながら、シンジは次第に聞いてみたいという気持ちが膨らんできた。
自分が平和な世界に戻っている間、アスカはこのエヴァの世界でどうしていたかを。
もう一人の自分にどのように接したのかを。
そう思った時、シンジは躊躇する事を忘れてアスカに問い掛けていた。
「アスカ・・・・・・・どうだった?」
「えっ何が?」
「だから、こっちの世界の僕やミサトさんとか・・・シナリオ通りにアスカは動けた?」
言っている意味を理解したアスカは、更衣室の片隅に置かれている椅子型のマッサージ機に目を向けた。
丁度、2台並んでいる。
そこまで歩いてどさりと腰を下ろすと、シンジを見てもう一台のマッサージ機の腰掛け部分をポンと叩いた。
シンジは誘われるままに、アスカの隣に座った。
脚を伸ばし、背もたれに体重を預けてアスカは話しだした。
「一応予定どおりよ。ミサトにもカヲルは生きてると言っといたし。おまけに外出まで許可してくれたから修正シナリオ使わずに行動できたし・・・」
ちなみに修正シナリオだと直接病棟から向こうの世界へ行かねばならなかった。
「で・・・・シンジのほうはね・・・・」
アスカはけだるそうに一息ついた。
「・・・シナリオ通りよ」
「えっ、シナリオ通りってどういう意味?」
シンジの顔に?マークが浮かぶ。
アスカはカヲルのシナリオに関して一つだけ文句をつけていた。
精神崩壊から正気に戻ったふりをした後、シンジを抱き締めるという件だ。
カヲルは要はシンジを元気づければなんでもかまわないと言ったのだが・・・・
それだけにシナリオ通りという言葉はシンジには解せなかった。
アスカは横に座るシンジの顔を見ずに、まっすぐ前を見つめて話を続ける。
「あいつ・・・・まず精神崩壊したふりしてるあたしの姿見て・・・・泣いたのよ、あたしのお腹に顔埋めて。それこそ子供のように・・・・だから、あたしが頭をなでてやった。それでシンジがあたしが正気になったと気付いた時、どうしたと思う?!あいつ・・・・・・・・あいつ、慌てて後ろに飛び退いたのよ!!さっきまで顔くっつけて泣いててのに・・・・何怯えてるのよ!!」
シンジはアスカの横顔が唇を噛むのを見た。
「内罰的だとは聞いていたけど・・・あんまり不憫だったから頭引き寄せて、抱きしめてやったわよ!!あのサイテー女、普段シンジにどんな事してたの!?それでシンジは・・・驚くか泣くかどっちかにしてってあたしが言ったら、やっと安心してまた泣きだしたのよ。あの時の気持ち・・・なんと言っていいか分かんないわ!・・・・・あいつ、このエヴァの世界でどんな目にあってきたのよ?!」
シンジは苦渋に満ちたアスカの表情をじっと見守っていた。
彼女がどんなに顔を歪めていようとも、シンジにはそれがとても温かいものに感じられた。
アスカの心の優しさがそうさせているのだから。
ふいにアスカがシンジに振り向いた。
「シンジ!あんたがあたしの前でビービー泣いたのはいつ頃だっけ?」
「へ?・・・・」
「ちっちゃい頃はしょっちゅうだったけど、中学に入ってからはさすがにないわね」
「何の話だよ、いきなり」
当惑するシンジに答えず、アスカは再び前を向いた。
(あの時の気持ち・・・・)
エヴァの世界のシンジを、自分の胸で泣きじゃくっていたシンジを抱きしめてた時の。
計らずも中学になってからビービー泣くシンジにお目にかかる事になって・・・・・
喜怒哀楽のどの感情でもなく、だけど腕の中で泣いてる頼りないシンジを見つめていると・・・・・胸に沸き上がってきた不思議な気持ち!
その時の様子を傍らから見てたエヴァの世界のミサトが、それを母性と感じた事をアスカは知らない。
(まわりの環境が違うと・・・あたしの感覚や行動も普通と違っちゃうのかな?あたしはあたしなのに・・・・)
今思うと赤面ものだった。
良くあそこまで大胆に・・・・自分の世界の、幼なじみのシンジにすらしてない事を。
その後連れ立って外へ出た時もそうだった。
ただシンジを元気づけるだけの筈が・・・・エヴァの世界のシンジもバカシンジだと確かめられた時の安堵感といったら!
(自分の住む世界じゃないからあそこまでできたのかしら?)
アスカの頭の中にあることわざが浮かぶ。
(旅の恥は書き捨て・・・・か)
もちろん、それだけでは済ませられない事だけど。
「アスカ」
「あ!」
「何ボーッとしてるの?」
「な、何でもないわよ!」
つい考え込んでしまった。
怪訝そうなシンジの顔を見て、アスカはごまかすように尋ねた。
「あんたのほうはどうだったの?あの女、ママに迷惑かけなかった?」
「え?あ、うまくいったよ・・・救急車呼んじゃったけど」
「シナリオの範囲内ね。それで?」
「それで・・・おばさんが・・・・」
おばさん、という言葉にアスカが鋭く反応する。
「ママがどうしたのよ!」
「・・・もの凄く心配したんだ。心の閉じたアスカを見て・・・・アスカを呼びながら泣き叫んで」
「・・・・・そりゃそうね、あの状態じゃ。あいつをあたしと思い込んでるんだから」
「だけど、それがアスカの心を開かせる力になったんだと思う。その後すぐ正気になったんだから」
「そう・・・・」
アスカは少しばかり複雑な気分になっていた。
結果的に母に心配をかけてしまったのだから。
その母ともしばらく会うわけにはいかない・・・・
「でね、正気に戻ってからアスカが泣いて・・・おばさんと泣きながらずっと抱き合ってたんだ。僕ももらい泣きして・・・」
「なんであんたが泣くのよ!」
「いや、だから・・・その・・・おばさんってアスカの事本当に大切に思ってるんだなって」
「う・・・・」
ますますアスカは複雑な気分になる。
そんな事をあのサイテー女によって再認識させられるとは。
「それにアスカが泣いてる時・・・・本当にうれしそうで・・・・いじらしいくらいに!」
アスカが眉間に皺をよせた。
「あいつが?」
「おばさんから離れようとしないんだ。それにとても素直なんだ・・・おばさんの前では。たぶんあれが本来の姿だと思う。それがエヴァの世界でひどい目にあって・・・・」
シンジの声が悲し気に裏返った。
眉間の皺を消しながらアスカは思う。
シンジが見たのは普段と違う周りの世界や人が原因で、エヴァのアスカの別の面が引き出されたのだと。
自分も泣きじゃくるエヴァのシンジにそうさせられてしまったのだ。
しかしそれもまた自分なのだろうか・・・・本当に?
「だから後で本当の事を教えなきゃならないのがつらくって・・・・」
「で、教えたらあんなになっちゃったのね」
アスカはため息をついた。
その後の事を考えるのはおっくうだ。
立ち上がるとシンジの肩をたたいた。
「そろそろ行きましょう、ミサトもあたしたちを探してるだろうから、そこら辺をうろついてたら何とかなるわよ。」
「うん・・・」
二人はドアへと歩いた。
「さあ、出るわよ・・・・」
アスカが手を伸ばそうとした時、ドアが突然開け放たれた!
「ひっ・・きゃあ!」
悲鳴が更衣室に響いた。
ドアを外から開けたその女性は単に風呂に入るつもりだったのだろう。
女子更衣室にシンジがいたら、そりゃ驚いて悲鳴もでるというものだ。
(やばいっ)
アスカが思いながらシンジを見ると、すでに彼は顔を真っ赤に染め終えていた。
(えーい、もう!役に立たないわね!)
アスカは笑顔を作ると、目の前の名も知らぬ女子職員に向かって話し掛けた。
「えへへ、見つかっちゃったわね。ミサトに報告していいわよ」
エヴァ>
碇ゲンドウ
碇ユイ
碇シンジ
表札には間違いなくそう書かれていた。
「本当だ・・・・」
シンジはしばらく表札を奇妙な物でも発見したかの様に観察し続けていた。
隣では険しい顔でアスカがドアを睨みつけている。
「ここしか・・・行く所がないの?!」
鍵を握りしめる手に力が入る。
二人とも立ち尽くしたまま動こうともせず、時間だけがゆるやかに流れていく。
やがて・・・・意を決したようにアスカが声をあげた。
「いくわよ!」
鍵を差し込み、ドアを開いた。
アスカはさっさと中に入るとドアを閉めてしまった。
シンジの耳に鍵をかける音ががちゃりと聞こえた。
「あ・・・・・」
一人取り残されてしまったシンジは手の内の鍵を見つめる。
見慣れたカードキーではなく、金属製の差し込む式のもの・・・・・
シンジは恐る恐る鍵を差し込んだ。
鍵をまわしてがちゃっと音がした時、シンジはこの世界のアスカの言った言葉を思い返した。
(おじさまはおばさまの尻に敷かれてる・・・・だったっけ)
それだけが唯一シンジが知る情報・・・・・
鼓動が高鳴るのを感じながらドアを開き中を覗いた。
いきなりシンジの目に飛び込んで来たものは!
「うわあ!」
顔面!!・・・・・・ゲンドウの!
「シンジ、待っておったぞ」
「あ・あ・あ・あ・・・・・・・・・」
恐怖のあまり、シンジは完全に硬直してしまった!
蛇に睨まれた蛙のごとく、ゲンドウの顔から眼をはずせない。
ぱたぱたぱた・・・・・・・
動けぬシンジの耳にスリッパの足音が聞こえてきた。
「シンジ、どうしたの?あら、あなた何してらっしゃるの?」
ゲンドウが声の主に振り返ったと同時にやっとシンジの金縛りが解けた。
「いや、なんでもない」
「なんでもない訳ないでしょう、もう・・・・・シンジ」
「あ・・・・」
ゲンドウの後ろから自分を呼ぶ女性。
シンジは今度はユイの顔に見入ってしまった。
ショートヘアの黒髪に優しさを感じさせる顔立ち。
なんとなく覚えているような・・・・もちろんこの人は自分の世界の母ではない。
しかし・・・心に湧き出るこの妙に懐かしい、甘い気持ちは・・・・・?
(これが・・・これが、母さん?)
「何ポカンとしてるの?早く中に入りなさい 」
ユイの言葉にも反応せず、突っ立っているシンジの肩をゲンドウがつかまえた。
「うわ!」
「早くこんか、アスカ君の具合はどうだ?大変だったそうではないか。病院までついて行ったそうだな。聞かせてもらうぞ」
「うあああああっ」
ゲンドウに捕獲され、そのままシンジは連行されてゆく。
パニックに陥ったシンジの背後からユイが声をかける。
「あなた!ちょっとやりすぎですよ」
「こいつが騒ぎ過ぎなだけだ。まったくだらしない奴だな」
「ふう・・・誰に似たのかしら・・・」
部屋に連れ込んだところでゲンドウはシンジを解放した。
ぼてっ
尻餅をついたシンジは、辺りを見回した。
食卓がある...それに冷蔵庫に流し台・・・レンジ・・・そのレンジが音をたてた。
チ〜ン!
ここはダイニングキッチンだ・・・・それに良い匂いがする・・・・魚の焼ける匂い。
(そうか!今は・・・・夕食時なんだ!)
あまりにありふれた事なのにシンジは驚きを隠せない。
(僕は・・・夕食を食べるの?親子で?!)
信じられないといった表情のシンジをまたもゲンドウの顔面が襲った。
「シンジ!」
「わっ」
「何している、立たんか」
レンジから湯気の立つ肉じゃがを取り出しながら、ユイが夫に声をかけた。
「もうすぐ食事の用意ができるわ、アスカちゃんの事を聞くのは後にしましょ」
「むっもうそんな時間か・・・」
やけに無念そうな顔をして食卓に渋々座るゲンドウ。
卓に置かれた夕刊を無造作に取ると、広げて読み始めた。
「あなた、新聞広げないでください!皿並べるのにじゃまです!」
「う、わかった・・・・」
「何回注意すればわかるんですか?」
「すまん・・・・・」
あやまりながら新聞を折りたたむゲンドウの背に哀愁が漂う。
シンジはその様子を唖然として傍観していた。
(父さんは母さんの尻に敷かれている・・・・確かにその通りだけど・・・)
聞くと見るとではあまりにインパクトが違う。
今、シンジの中でネルフ総司令の父のイメージが、目の前のもう一人の父の姿によって徐々に崩されていく・・・・・
(この先どうなるんだろ・・・?)
アスカは家族と食卓を囲んで食事をとっていた。
向いには母、その隣には父が座っている。
基本的には和食でアスカの皿にのっているのは、コロッケに里芋、キャベツとトマトにドレッシングをかけたもの、焼いた紅鮭といったところだ。
もちろん、御飯も陶器の茶わんにもられている。
ただ卓の真ん中に、フライドチキンが山のように盛り付けられた大皿が置かれているのは別として。
アスカは口に入れたものの味を一々確かめるようにして食べていた。
(シンジのほうが・・・おいしいわね)
キャベツのきざみ方を見てもわかる。
食べると口の中でざらつきそうな、いかにも雑な感じ。
シンジの繊細な料理の味を知っているアスカの評価はきびしい。
しかし料理より、この女自身を自分はどう認識すればいいのだろう?
(このママは本物のママじゃない、それに・・・・)
彼女の横に座り、アスカにはあまりおいしいと思えない夕食をもりもりと食べているこの男・・・・
ママを裏切った男、他の女に走った男、大嫌いなパパ・・・・・にそっくりな別人。
(このパパはママを捨ててない・・・・じゃあ本物よりマシって事?)
憎む理由のない父・・・・そんな父、扱いが判らない。
次第にこんなことで考え込んでいる事自体に腹が立ってきた。
(二人ともニセモノじゃない!)
「アスカ、どうなの?」
ふいに母が声をかけてきた。
アスカはつっけんどんに返答した。
「なにが?」
「だから・・・もう落ち着いた?」
「いつまでも病人あつかいしないでよ!」
きつい口調で言い返すアスカ。
その刺々しい雰囲気にキョウコの表情に影がさす。
「とにかく明日もう一度診察してもらって、それで・・・」
「いや!病人扱いしないでって言ってるでしょ!!」
「アスカ!・・・・」
うろたえる母から顔をそむけ、アスカはコロッケを頬張った。
その時、今まで無言で食事を続けていた父が声を発した。
「学校を休みたくないのか?」
「えっ?!」
突然、父が話し掛けてきた事と、質問の内容にアスカは狼狽した。
学校のことなど、考えてはいなかったのだ。
この世界にいるかぎりはこの世界の学校に行かねばならない。
アスカはこの当たり前の事に今、気付いた。
「どうするつもりなのか言いなさい」
アスカは慌てて、どうするつもり、なのかを考え始めた。
自分は正気なのに、また病院へ行くなどまっぴらだ。
では学校のほうは?
(ミサトが先生だったわね・・・・行きたくない!第一なんのために行くのよ!?)
考え中のアスカに待ちきれず、母が口を出した。
「学校は休みなさい。まず病院へ行ってから・・・」
「いやだって言ってるでしょ!!」
だんっ!
卓を叩いてアスカは立ち上がった!
あまりの事に仰天する二人を不快そうに睨みつける。
(ニセモノのくせして!父親面、母親面しないでよ!!)
父も立ち上がった。
「アスカ、やっぱりおかしいぞ!いつものお前はこんなじゃない筈だ。一体どうしてしまったんだ!」
「おかしくないわよ!これがアタシよ!正真正銘掛け値なしの!!」
アスカはくるりと背を向けて、食卓から離れようとした。
「アスカ!!」
背後から母の叫び声が聞こえたが、それを無視して一歩脚を踏み出した。
その時!
・・・・・二本の手がアスカの胴体に巻き付いた。
体が引き寄せられて背中に胸がくっ付き、首筋に頬がすり寄った。
背後からアスカに抱きついたキョウコが耳もとで懇願するように囁く。
「大丈夫よね、おかしくなんかないわよね・・・・・・」
ぞくり!・・・・・・・
アスカは全身が鳥肌立つのを感じた!
(ママ・・・・)
しばらくの後、アスカはやっとの思いで声を発した。
「大丈夫よ・・・・ママ・・・学校に行く・・・・お医者は・・・帰ってから・・・・・」
平和>
「なにやってたの?二人とも」
半ば呆れながら顔をしかめ、腕を組んで二人を見下ろす。
ミサトは浴場へのドアを背にしたシンジとアスカに向い合っていた。
「たいした事じゃないわよ」
事も無げにアスカが答えた。
「ちょっと人目を避けておしゃべりしてただけ」
「シンジ君と?」
「そうよ」
ふ〜んといった顔でミサトはシンジを見た。
「デートの後は一緒に背中の流しっこでもしたのかな〜?」
「ち、違いますよ!ミサトさん」
赤面して否定するシンジの慌てぶりを楽しみながらミサトは話を続ける。
「冗談よ。でも、あなた達のおしゃべりの中身にも興味あるわね」
ミサトが少し真顔になった。
それに合わせてアスカも眼が真剣なものになる。
「そう?教えてあげてもいいけど、その前に・・・・カヲルの事報告したの?」
「・・・まだよ。まだはっきりした事がわかんないから・・・」
「じゃ、いい事教えたげる。使徒はカヲルで最後の一人だったの」
「な!なんですって!?」
ミサトの驚きぶりはただ事ではなかった。
アスカの発言はあまりに唐突すぎたのだ。
しかしカヲルの存在をまだミサトが報告していないなら、話を急いだほうがいいだろう。
「カヲル本人が言ってたの。総司令も副司令も知ってるんだって。だから早くカヲルが生きてるって報告したほうがいいわよ」
「・・・・・・なんて事・・・」
簡単に頭の中で整理しきれる話ではなかった。
それでもここで呆然としている場合ではないことぐらいは判る。
「わかったわ・・・今から報告するわ・・・だけどアスカ、あなたとカヲルの間に何があったの?」
ミサトの目が浴場のドアに泳ぐ。
「まさかあそこでカヲルに会ってたなんてわけじゃ・・・」
ミサトの問いにアスカは悠然と答えた。
「それは報告をした後で、ね」
「セカンドチルドレンは自分が治癒したのは、第17使徒渚カヲルの力だと主張しています。精神崩壊後に渚カヲルはフィフスチルドレンとして送り込まれてきたのだから、彼女が渚カヲルの存在を知る筈がないにもかかわらずです!」
「だから生きていると言うのかね?」
冬月は懐疑的な眼で熱弁をふるうミサトに聞いた。
ここは本部執務室。
やたら広い室内に一人分の席がある机。
そこには例によって卓に両肘をつき、顔の前で手を組んでいるネルフ総司令、碇ゲンドウの姿があった。
彼は傍らに立つ副司令にミサトとの会話をまかせていた。
彼らから数メートル離れた位置に立ち、ミサトは報告を続ける。
「そうです。セカンドチルドレンが回復する直前に監視カメラに異常がおきたのも、偶然とは思えません」
「ふーむ、しかしだな」
複雑な面持ちで冬月は総司令を見た。
「どうする、碇」
ゲンドウが重い口を開いた。
「第17使徒の活動停止はすでに確認されている。これが覆されることはない」
(やっぱりね・・・)
ミサトの予想通りの言葉だった。
目撃者がいるわけでもなく、アスカの話した情報だけでは仕方ないだろう。
となれば後はあの事を確かめるだけだ。
ミサトはゲンドウの表情に神経を集中して、言い放った。
「セカンドチルドレンは第17使徒が最後の使徒だと言っていました」
「!」
ゲンドウの眉が僅かに動くのをミサトは見逃さなかった。
冬月副司令の顔も明らかに色を失っている。
(ふふん、本当なのね!)
「報告は以上です」
目的は達成した。
アスカの情報は信用できる。
後はアスカに聞けばよい。
「・・・・・・よろしい、下がりたまえ」
少し間があいてから総司令の声が聞こえた。
「はっ」
ミサトは胸をはって堂々と執務室を退室していった。
その様子を目で追いながら冬月はゲンドウに話し掛ける。
「どうする碇、フィフスが最後の使徒だと知っているとなると、あながち嘘を言っているとは言えんぞ」
「第17使徒の死骸も確認済みだ。問題ない」
「だがゼーレは量産型エヴァのダミープラグを製造している筈だ。それがカヲルならレイ同様二人目、三人目を作れはせんか?」
ゲンドウは組んだ手の奥でにやりと笑った。
「老人達がシナリオを遅らすような事をわざわざする訳がない。心配いらんよ」
「そうか・・・その老人達にそろそろ報告をせねば」
「ああ・・・・」
ゲンドウは立ち上がった。
その部屋では光はどちらかと言えば疎まれていた。
漆黒の闇に浮かぶ複数の黒い長方形の物体・・・・モノリスと呼ばれるそれは、中心にいる二人の人物を取り囲むように並んでいる。
モノリスにはSEELEの文字とそれぞれの番号、そしてSOUND ONRYの文字が赤く輝いていた。
その一つ、01と表示されたモノリスから威圧するような声が響く。
ゼーレの最高権力者キール議長のものである。
「碇、首尾の程はどうだ?」
ゲンドウは無感情に答えた。
「第17使徒はエヴァ初号機により殲滅されました」
「聞く所によるとエヴァ初号機が第17使徒を倒したのは28時間前だそうではないか?何故その時報告しなかった」
「事後処理が手間取りまして」
最後の使徒を倒した以上、ゼーレとの決裂は時間の問題であった。
それまでにエヴァを、特に初号機の状態を万全にしておく必要があったのだ。
「何を企んでおる?」
「いえ、別に・・・・」
キールの追求をはぐらかしながらゲンドウはニヤリと口元をゆがめ・・・
ぱしぃぃぃぃん!!
「うぉっ!?」
派手な打撃音が暗闇の中を駆け巡り、ゲンドウの赤い眼鏡が吹っ飛んだ!
自体を把握しきれないゲンドウだったが、何かが自分の頭を直撃したのは分かった。
慌てて振り返ったゲンドウの背後には・・・・
「やあ、勝手に殺してもらっちゃ困るね、シンジ君のお父さん」
白いボール紙を蛇腹状に折り、片端にビニールテープを巻きつけて扇子のようにしたもの・・・・・・
ハリセン!・・を片手に笑顔を振りまく銀髪の少年!
初号機が間違いなく殲滅したはずの第17使徒がそこに立っていた。
「・・・・・・・・ば、ばかな・・・・」
頭を押さえ、呻くゲンドウ。
傍らの冬月は驚きのあまり、口を酸素不足の金魚みたいにパクパクさせている。
「僕が生きてるうちにサードインパクトを起こすつもりですか?それはまずいでしょう。貴方もそう思うでしょ?」
カヲルは01のモノリスに向いてウインクした。
「い、碇ぃ?これはどういう事だ?!」
叫ぶキールの声がひっくり返ってしまっている。
他のモノリス達からはざわざわと声がわき上がりだした。
その混乱ぶりにカヲルは会心の笑みを浮かべると、モノリス達の輪の外へと駆け出した。
「じゃあ、またいずれ」
走りながら一声かけると、カヲルの姿は光のとどかぬ領域に溶け込んでしまった。
その直後、室内全体にまぶしいばかりの光が満たされた。
冬月が照明のスイッチを入れたのだ。
「碇ぃ〜後ぅどぅえぇ〜・・・」
キールの声がウシガエルのように変質しながらモノリスの輪が消滅していく。
闇の中でしか使用不能になっているのだ。
ゲンドウは余計な壁のなくなった室内を見回した。
だが、どこにもカヲルの姿は見当たらない。
総司令と副司令が顔を見合わす・・・・・
「おい、碇・・・・」
「第1種警戒体制だ!」
「ふ〜、やっと着いたわね、歩きっぱなしだからお腹ぺこぺこ!そういや昼から何も食べてないわ」
アスカはマンションを見上げてため息をついた。
「ミサトさん家に着けばおいしい物が食べられるよ」
シンジの言葉にアスカはあまり同意できなかった。
シナリオにエヴァの世界のミサトは平和な世界のミサトと基本的性格、普段の素行は同じとあったのだ。
今までエヴァのミサトに接した感触は決して悪くはなかった。
だが日常生活のだらしなさが生徒にさえ知れ渡っている、自分の世界のミサトと同じなら悲観的になるしかない。
(冷蔵庫の中は缶ビールだらけ、なんてことになってないかしら?)
噂では自分の世界のミサトはそうなのだ。
浮かぬ顔で立ちっぱなしのアスカをシンジが促した。
「アスカ、早く行こうよ」
(考えていても仕方ないか・・・・なんとかなるわよ!)
「よし、行こ!」
二人は入り口をくぐり抜けてエレベーターへと歩いていった。
ミサトのマンションの駐車場の物陰から二人の様子を伺う人影があった。
彼らにとって制服とも言える黒で統一したスーツ。
主にチルドレンの身辺警護を目的としたガードと呼ばれる者。
彼は職務を忠実に遂行しながら、ある疑問を抱いていた。
(ここに帰るのなら、なんであんなに無駄な寄り道を繰り返してたんだ・・・・?)
彼の疑問の答がまさか道を知らなかったからだとは金輪際わかるまい。
と、彼の懐で振動が起きた。
振動の元、小型通信機を取り出した。
ONにして耳もとにあてがうと聞き慣れた上司の声、しかしかなり慌ただしそうだ。
「もしもし、そっちでシンジ君とアスカを見なかった?」
「両名共、さっきマンションに帰ってきた所です」
「そう、じゃあ彼らを本部に送ってちょうだい!二人に連絡はこっちでするからあなたは車で待ってて」
「了解」
通信をおえると彼は任務を忠実に遂行し始めた。
駐車場に停めておいた車に乗ると、マンションの入り口前に移動させる。
しかし結局彼の待つ車にシンジとアスカが乗る事はなかったのだ。
「やあ、おかえり。遅かったね」
ドアの向こう側からカヲルの笑顔が二人を出迎えた。
「カヲル君。ごめん、ちょっとここを見つけるまでずい分迷って・・・」
「いいじゃないそんなこと、とにかく入ろ、入ろ」
シンジの背を押しながらアスカは中へ入っていく。
玄関に入ったシンジはカヲルの手に持たれている物に目がいった。
あれはまさしく・・・!
シンジより先にアスカが問いただした。
「ちょっとカヲル!その手のハリセンは何よ!!」
「ああ、これで碇総司令の頭を張ったんだ」
「え〜!?」「ええっ?!」
驚く二人の表情を楽しむようにカヲルは話を続ける。
「昨日自分で作ったんだ。まあ、これで叩けば夢でも幻でも立体映像でもないと分かると思ってね」
「あんた・・・・そんな大胆な人だったの・・・・」
「これでゼーレとネルフのシナリオは遅れる。僕らにとっては順調って事さ。それより、こっちで一休み
したら?」
言いながらカヲルはダイニングキッチンまで歩いていくと食卓の椅子に腰を下ろした。
卓上にはコンビニで買ったと思われるパンとおにぎりが数個ずつ、それにウーロン茶の缶が二つ。
腹が空いていたアスカは驚くのをあっさり終了して食卓へ走る。
ささっと品定めをすると紅鮭のおにぎりに手を伸ばした。
「実はここに来て冷蔵庫を開けたらロクなものがなくてね。缶ビールばかりで」
「やっぱりそ〜か!っと」
おにぎりのビニールシートを引っこ抜きながらアスカが椅子につく。
「それで一旦、あっちの世界へ戻ってこれを買ってまたこっちへ来たんだよ」
「それはご苦労様だったね、カヲル君。わざわざありがとう」
「気がきくわね、感謝するわ、うんぐっ」
頬張ったおにぎりを流し込もうと、アスカはウーロン茶の缶をしゅぽんと開けて飲み出した。
シンジはクリームソーダパンと抹茶クリームパンを手に取り、見比べてからクリームソーダパンを卓に置いた。
その時、電話の呼び出し音が部屋に響き渡った。
三人はそろって電話に向かった。
「やっときたか、今頃向こうはてんやわんやだろうからねえ」
「あんたのハリセンが原因でしょが、ごくっ」
「あの、僕が出るよ」
シンジが受話器を取ると、残る二人は両脇で耳をそばだてた。
挟まれたシンジがやや緊張して話し出した。
「もしもし・・・」
「シンジ君?アスカもいるの?!」
「はい」
「どうしたの?携帯にかけても全然出ないし!」
「すいません、携帯、なくしちゃって・・・」
「とにかく至急本部に戻って来て!車を手配しといたわ」
「あの、カヲル君が関係してるんですか」
「理由は後!とにかく来て!」
アスカが横から口を出す。
「理由くらいいいなさいよ」
「だから後で!・・・・分かったわ、実はカヲルが関係してるのよ」
「そうですか、じゃあカヲル君に代わります」
「え?!」
「もしもしカヲルです」
「何?」
「僕はそっちにはいません」
「嘘・・・」
「今、シンジ君としばしのお別れの挨拶をしていた所です」
「ど、どうなってるのよ!!」
「シンジ君のお父さんに伝えてください。今のアダムにはとても戻る気になれないので、状況が変わるまでしばらくの間姿を消すと。では失礼します」
「ま、待ちなさい!」
「バイバイ、カヲル」
「また、いつか会おうね。カヲル君」
「ありがとう。さよなら、シンジ君、アスカ君」
「ちょっと、あんたたち・・・」
がちゃっ
「ふう」
シンジがため息をついた。
電話なのにミサトの声の大きい事・・・・驚きの大きさに比例したのだろう。
「・・・後が大変だろうな」
「何言ってんのよ今さら」
「さて!」
カヲルが改まってシンジとアスカを見た。
「今日はいろいろと御苦労様だったね。これでしばらくゼーレも動けまい。エヴァの世界のシンジ君、アスカ君も平和な世界で心を休められる。とりあえず僕は帰って寝るとするよ。昨日も徹夜だったしね」
「ハリセン作るのに?」
「いや、それだけじゃなかったよ」
アスカの突っ込みにカヲルは苦笑する。
確かに失敗作を5、6個作ってしまったけど・・・
彼は右手にそのハリセンを持ったままだったと気付くと、シンジに差し出した。
「これは君にあげよう。好きに使っていいよ」
「あっありがと・・・」
シンジはたいした考えもなしに受け取ってしまった。
手ぶらになったカヲルの右手に青白い光が輝くと、次の瞬間にはもう扉が出来上がっていた。
「じゃあ、おやすみ。シンジ君アスカ君」
「うん、また明日ね」
「あっカヲル!あたしん家にいるバカ女がろくでもないことしたらすぐ知らせてよ!!」
アスカの声に、すでに扉に足を突っ込みかけているカヲルが振り向いて微笑んだ。
「あまり心配する必要はないと思うよ。それに彼女はバカ女じゃなくてアスカさ」
言い終わるとカヲルは扉をくぐり抜け、向こう側の世界の住人となった。
八角の扉はなごりを惜しむ間もなく、一瞬にして消滅した。
残された二人は少しの間、無言で扉のあった空間を見ていた。
やがて互いに顔を見合わせる・・・・ やや不安の入り交じった顔を。
「何日かわかんないけど当分はこの世界だね・・・」
「そうね・・・シンクロテストとか起動テストとか頭痛いわ、ホントに」
「だけどそれで彼らを救えるなら・・・」
アスカが眉をひくつかせる。
「本当に救えるんでしょうね?そりゃシンジのほうはいいわよ。平和な世界でおじさまとおばさまと住む事は、必ずシンジの心に安らぎを与えると思う。でもあいつは・・・本当のママじゃないって気持ちがあるから、あいつママを拒絶すると思うのよ。カヲルのシナリオ通りにして本当に良かったのかしら?」
「僕はカヲル君を信じるよ。彼の自信はきっと何か根拠があるんだと思う」
「そお〜?あたしはカヲルって実はなんも考えてないんじゃないかって気がするのよ」
「アスカ、家族だけが救いの力じゃないんじゃないかな?他にも色々とあるだろうし」
「色々、ね・・・・ん?あっ!」
「え?」
突然すっとんきょうな声をあげたアスカをシンジはどうしたのかと覗き見た。
アスカの顔色から血の気が失せ、みるみる蒼白に変わってゆく!
今度はシンジがすっとんきょうな声をあげる番だった。
「ア、アスカ?どっどうしちゃったの?」
呟きとも呻きともつかない声をアスカは絞り出した。
「・・・・忘れてた」
「え?」
「あの二人に大変なこと言い忘れてた・・・・」
どんどんどん!
突然ドアが激しく叩かれる音が鳴り渡った!
シナリオどおりに。
(ガードが来た!)
シンジが思った時案の定、野太い男の怒鳴り声が響いた!
「ここを開けなさい!」
「(インターホンくらい使えよ・・・)は〜い、今開けます〜」
仕方なくシンジはアスカをおいて玄関へ走る。
アスカはというとガードの事などにまるで反応せず、放心状態を続けていた。
(やばい・・・・・・・・きっと、最悪のケースになるわ・・・・)
エヴァ>
カーテン越しに射し込む朝の柔らかい日射しを感じて、シンジは目を覚ました。
「う、〜ん」
伸びをしながら時計を見ようと体を起こした。
勉強机の上に置かれた時計の液晶表示が7:10になっている。
大体普段通り・・・・・
時刻こそ普段通りだったが時計自体は見慣れないものだった。
黒い縦長の・・・モノリスみたいな形。
それより、なんで枕元に目覚まし時計がないのだろう?
時計の横には動物の人形らしいものが直立している。
白と黒を基調にした体に黄色い大きなクチバシ・・・・
「ペンペン・・・・?」
良く見るとペンギンの姿をしたその人形の首元にペンペンと書かれている。
「こっちの世界じゃ人形なのか・・・・」
昨日は気付かなかったと思いつつ、シンジはベッドをおりた。
(これから何をしたらいいのかな?)
ここがどっちの世界であろうと、まず朝起きてすることと言えば決まっているだろう。
とりあえずシンジは洗面所に向かった。
(顔を洗って着替えて・・・朝食の準備して・・・・でいいかな?)
洗面所に着くとシンジは蛇口をひねろうと手を伸ばした。
「シンジ!!」
背後から驚きの感情がこもった声が自分の名をよんだ!
シンジはその声がユイのものと知ると、ゆっくり後ろを振り向いた。
「お、おはよう・・・・」
「どうしたの?こんなに早く起き出して」
「え・・・(早いの?)」
シンジはここでやっと思い出した。
この世界の碇シンジが寝ぼすけで、いつもアスカに起こしてもらっている事を。
まだ素っぴんのユイに見つめられ、シンジは言い訳すら思いつかずに立ち尽くしていた。
「別に早起きは悪くはないけど・・・アスカちゃんが来たらびっくりするわよ」
「そ、そう?」
シンジはアスカがこっちへ起こしに来る事はないと思った。
自分よりはアスカのほうが寝ぼすけだったから。
しかし・・・だったらどうしたらいいんだろうか?
考えのまとまらないシンジにユイが尋ねた。
「そう言えばアスカちゃん今日学校行くのかしら?昨日あんな事があったから・・・シンジ知ってる?」
「え?ううん」
「そう・・・・・折角早起きしたんだから後で聞いて来なさい。わかったわね」
「うん・・・」
「アスカ、起きてよ、アスカ!」
「う・うん・・何・・・?」
「もう朝だよ、学校行くんだろ」
「う〜、・・・シンジ・・・・シンジ?アンタなんでここにいるのよ?!」
アスカはベッドからがばっと起き上がり、シンジを睨みつけた!
シンジはアスカから視線をはずして枕元の目覚まし時計を見た。
真っ白な卵を半分に切った様な形のアナログ式時計。
つられてアスカも見ると、時計の針は7時50分を差している。
「そっか・・・・学校か・・・・」
アスカはやっと自分の置かれた状況を思い出す。
ベッドからひょいと降りてすっくと立つと、再びシンジを睨んだ。
「出てってよ、着替えるから!」
ほうほうの体でシンジは部屋から退散した。
アスカの部屋から出て来ると、待ち構えていたキョウコがシンジを捕まえた。
「シンジ君、どう?」
「ど、どうって・・・」
シンジは口ごもった。
この人とはさっきここに来た時、初めて会った・・・向こうは初対面のつもりはないが。
自分を見てユイの時と負けないくらい驚いていた。
そしてアスカが学校に行くのかどうか尋ねると、そのためにこんなに早く来てくれたのかといたく感激されてしまった。
分かった事はこの人がどれだけ娘を愛しているかと、この世界の自分の寝ぼすけぶりが尋常でない事。
とにかく彼女の心配そうなそぶりを見ていると、下手なことは言えない。
「大丈夫です。とても元気で・・・・いつものアスカです」
「そう?今日は何故か寝坊して・・・・いつもはシンジ君家に行く半時間前に起きるのに・・・」
「はあ・・・」
「ま、こっちへいらっしゃい」
シンジはキョウコに食卓まで招き入れられた。
そこにはさっき朝の挨拶をかわしたアスカの父が陣取り、トーストに蜂蜜を塗っていた。
この人の名前をシンジは知らない。
母親はキョウコとだけ知っている。
こうして二人の顔を見比べてみると・・・・・
ユイ同様ショートカットの母親の髪の色はほぼ黒に近い。
目の色は青いが顔のつくりは東洋的なだらかさを持ち、感じがアスカに似ている。
肌はアスカほど白くはない。
クォーターとハーフの違いだろう・・・キョウコが日本とどこのハーフか知らないが。
父のほうは鮮やかな金髪をオールバックにそろえており、キョウコ以上にアスカの色に近い青い瞳をたたえていた。
彫りの深いその顔はあまりアスカと共通点がある様に見えなかったが、アスカに半分ドイツの血が流れてると知っているシンジは、こういう顔がドイツ人なのかと勝手に納得していた。
「シンジ君すまないな」
トーストに蜂蜜を塗り終わると、アスカの父がシンジに話し掛けた。
やや訛りがあるものの、言葉に感情がのせられるレベルのものだ。
「キョウコは心配症でね。もう少し肩の力を抜けばいいのに」
「娘を心配して何がいけないの!」
「しかし疲れはしないか?」
「疲れたってかまいません!」
「いや、アスカがだ」
「え?・・・・・・」
「気を使われるほうも結構神経が疲れるものだ」
アスカの父は手に持ったトーストを一口かじった。
「もっと普段通りに接したらどうだ?」
「そうは言っても・・・」
アスカの父はもう話は終わったとばかりに、パンを食べるのに専念し始めた。
キョウコが当惑する。
シンジは二人の様子をを物珍しそうに観察していた。
(考え方は違うけど、アスカの事を思っているのは同じだ・・・・・・・両親、か・・・・・)
両親・・・・・自分のであれ他人のであれ、シンジには縁遠いものだった・・・・
それが、さっきは朝食をその両親と食べていた。
そして今はアスカの両親といっしょにいる。
そしてどちらの両親も親の役割をちゃんと果たしている事が、シンジの心に新鮮な驚きを与える。
親とは本来こういうものだったのかと・・・・
「シンジ君!」
「は、はい?」
突然キョウコがシンジを呼んだ。
その顔がすでにお願いモードと化している。
「シンジ君、アスカをよろしくね。学校で何かあってもあたしにはどうにも出来ないから・・・・」
「・・・・はい」
そう返事するしかなかった。
がちゃっ
ドアが開き制服姿のアスカが部屋から出てきた。
髪止めは付けておらず、まだ眠たそうな顔をしていた。
「おはよう、アスカ!」
「おはよう」
父母の声に答える前に小さくあくびをしてからアスカは答えた。
「おはよう・・・」
そのまま背を向けると洗面所に歩いていった。
シンジはアスカがキョウコにどんな態度を示すのか知っておきたかった。
本当の母でないキョウコに。
しかし今見た朝のあいさつだけではよく判らない。
シンジは昨日アスカがやはり自分の母がこの世の人でないと知った時の落胆振りを思いだした。
(またあんな風になったら・・・どうしたらいいんだろう・・・・?)
「それじゃ、いってきま〜す!」
アスカはキョウコに笑顔を振りまいて玄関のドアを開けようとしている。
「はい、いってらっしゃい!」
キョウコも同様にして送りだす。
シンジは仲のよさそうな母子の様子に結構戸惑っていた。
アスカの態度が予想外だったからだ。
「いってきます・・・」
気の抜けた声でシンジは玄関を出た。
がちゃっ
ドアが閉まるとシンジの前に、さっきとは打って変わって厳しい顔をしたアスカが立っていた。
「おかしいと思ったでしょ?シンジ!」
アスカの豹変にシンジは言葉もない。
かまわずアスカは喋り続けた。
「アイツはママじゃない・・・別人よ!だけどアタシを本当の娘だと思って本気で心配してる。ママは、アイツは何も悪くはない。悪いのはアタシ達を置き去りにした、あのアタシのニセモノよ!だからママに当たるのはやめとくわ」
「・・・・そう」
シンジは胸をなでおろした。
取りあえずはキョウコと仲良くやっていくつもりらしい。
「シンジ!あんたん家はどうなってんのよ!?」
「へ?ぼ、僕?」
「・・・・とにかく歩きましょ、突っ立ってないで!」
「うん・・・」
シンジとアスカはマンションの通路を歩きだした。
「だから僕はアスカがエレベーターで転んで頭を打ったなんて設定知らなかったんだ。だから父さんと母さんに聞かれても何も答えられなくて・・・・本当、大変だったんだから」
「あっそう」
「父さんなんてまるで尋問するみたいに聞いてきて・・・・」
「あっそう」
ぬける様な青い空に、ところどころ浮かぶとても雨を降らす力など無さそうな雲・・・・・
日射しはすでに気温をかなり上昇させている。
季節はまだ夏と言えた。
シンジ達は青々とした街路樹の連なる歩道をゆっくりと歩いていた。
もう1月もすれば、自分達の傍らにある木々が紅葉を始める事など、シンジ達は知りもしない。
日本が常夏の国であるエヴァの世界から来た二人は、この世界の日本に四季があるという事に気付かないでいた。
彼らにとっては今日はちょっと涼しい日、くらいの感覚しかない。
「それで僕が何にも言わないのは、アスカと特別な秘密でも共有しているからか?って訳わかんない事を言いだして・・・」
「なによそれ?アンタバカァ!?」
「だから、父さんが言ったんだ・・・」
「あの総司令が?ホントに姿形、みんな同じなんでしょうね!?」
「うん・・・・母さんも呆れてた」
「くっくっくっくっくっ」
「母さん・・・アンタの母さんっていや・・・」
「覚えてなかった筈だったけど、会ってみたら懐かしい気になって。思いだした・・・のかもしれない」
「くっくっくっくっくっ」
「そう・・・・アンタ、今どんな気持ち?」
「え?どういうこと」
「こっちのほうがいいって思ってない?」
「そ、それは・・・・」
「どうなのよ!!」
「やっほー碇君、アスカ〜!」
「うわっ!」「きゃあ!」
突然、背後から巨大な声が襲いかかり、二本の手がシンジとアスカの肩を掴んだ!
そのまま声の主に体重をあずけられ、前にこけそうになる。
「な、何?」
体勢を立て直して後ろを振り返るアスカ。
シンジも声の主のほうを見た。
そこには少女が立っていた。
少女は顔全体で笑っていた。
少女は体中から元気を発散していた。
少女はアスカと同じ制服を着ていた。
少女は二人のよく知った顔だった。
少女は青い髪、病的な白い肌、そして紅い瞳をしていた。
「おはよ〜〜!!」
少女は声がやたら大きかった。
「あ、あやなみ?!」「ファースト!?」
少女はうれしそうに喋り出した。
「ふぁーすと?そういや早いよねー、どうしたの?いつも遅刻ギリギリで走ってるじゃない?私今朝はね、なんか早く眼が覚めちゃってそれで、今日こそは碇君とアスカより先に学校着くと思ったら、前をのんびり歩いてんだもん!びっくりしちゃったよ」
シンジもアスカもショックの余り、絶句するしかなかった。
このたたみかける様に喋りまくる少女に視線を釘付けにしたまま。
(こ、これが・・・・あやなみ?・・・・綾波だけど・・・綾波じゃない・・・)
(コイツが、コイツがこっちの世界のファースト!なの?ホントに!?)
「なに突っ立ってるの?早く学校行こ!」
二人の背中を押しながら歩き出すレイ。
さっきからその顔はずっと笑いっぱなしだ。
精神的ダメージが残る二人はその勢いに流されるままに歩きだした。
レイの放つ言葉の機関銃は続く。
「ねー、昨日アスカと碇君、それからカヲル君が午後から早退したでしょ、みんな一体どうしたのかって言ってたよおー!相田君なんか変則的三角関係だなんて騒いでたし、ミサト先生は明日問いただすのが楽しみだって喜んで・・・そうしたら後でアスカがカヲル君とシンジ君を引っ張り合って転んで頭打って気絶したって聞いてびっくりしたんだよ!アスカ大丈夫?良かったねー、元気になって!ヒカリなんか本当に心配してたんだから!あ、そーだ5、6時間目の理科の授業アスカも碇君も休んだでしょ、凄かったんだよー、酸素と水素の化合実験!H2O、水を作るんだよ、ユージオメーターだっけ?を使って!爆発的に化合するんだよ、これが!リツコ先生の号令で点火と同時全員退避して、どっか〜ん!!て凄いの!しかもいっぺんに10個くらいユージオメーターで点火するからもうどっかんどっかんどっかんと!!面白かったあ〜、碇君もアスカも授業受けときゃ良かったのに〜!本っ当楽しかったんだからあー!!」
洪水のごとく喋りまくるレイに言い返すことすら適わず、ほとんど引っ張りまわされてる状態でシンジとアスカは学校へと歩を進めていた。
口に出ない分、アスカは心の中で叫びをあげる!
(こ、こ、こ、こいつ何なのよ〜〜!?)
平和>
「あの二人にレイのこと言うの忘れた・・・・」
その6終わり
次回予告
エヴァの世界と正反対の性格のレイに振り回されるシンジとアスカ。
またたく間に怒りがレッドゾーンに達し、遂にアスカがキレる!
はたしてアスカにレイの鉄壁の笑いは崩せるのか?
一方、エヴァの世界で尋問を受けるシンジとアスカの次のシナリオは?
次回シンジアスカの大冒険その7、
「親友だもん」
「アンタはゾンビか!」
今回は二組のシンジとアスカが別行動なので分ける必要がありません。
ただエヴァの世界と平和な世界が何度も切り替わるので、それが判るよう工夫をしてみました。
エヴァの世界に比重を置こうとしたのですが、そうはならんかったようで・・・・・
その1でシンジを抱きしめたアスカの心理は押さえておこうと思ってました。
あれが単なる演技じゃあかんでしょ。
で、次回は学園エヴァかいな?
自転車からこけて鎖骨を折ってまいました。
手術して一泊二日で入院したんよ。
おかげで仕事が休みでパソコンに向かう時間が増えてしもて・・・・
その6UPが早くなった?
京都の皆さん、東本願寺前のバス専用道路の凹みに気を付けましょう。
狭い範囲の話や・・・・
ver.1.00 1998+09/19公開
ご意見、御感想、誤字、各種突っ込み、ボケなどはm-irie@mbox.kyoto-inet.or.jpまでお待ちしてまっせ〜
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