その4 窓を開ければ・・・・
・・・・ピーポーピーポー
(来ちゃったよ!どうしよう・・・・)
シンジは徐々に近付いて来る救急車のサイレンの音に焦りを覚え始めた。
ドアの影から様子を伺う状態で動けなくなったのは、部屋に入るタイミングを失ったからだ。
もう、中にいる親子は五分近く抱き合い続けている。
シンジにすれば、なにか目に見えない壁が二人の周りにあるみたいで踏み込む事ができない。
(いつまでもこうしてる場合じゃないな・・・)
なにか部屋に入るきっかけはないかと思案するシンジであった。
「ママ・・・・・」
そろそろ涙を出し尽くしたアスカはキョウコの眼を見つめながら頬に軽く指を触れた。
キョウコはアスカの後頭部に手を回し、コブでもないかと確かめながら撫でる。
今になってキョウコはシンジの言葉を思い出したのだ。
「アスカ、大丈夫?頭痛くない?」
「あたま?ううん、全然痛くない」
なんでそんな事聞くのかといった顔のアスカ。
「そう、よかったわ・・・あなた、エレベーターの中で頭を打って失神しちゃったそうよ。シンジ君がここまで運んで来てくれたのよ」
「シンジですって!!」
突然大声で叫ぶ我が娘にキョウコが眼を丸くする。
「ど、どうしたのアスカ?そういえばシンジ君は・・・・・」
ピーポーピ・・
サイレンの音が止まった。
もうすぐ救急隊員が上がって来るだろう。
ちょうど自分の名が出たところだし、今しかない。
「アスカ・・」
ドアを開いて緊張気味に入ってきたシンジにアスカは罵声に近い口調で言葉を投げ掛ける。
「バカシンジ!!どーいうことよ!」
ひるみながらシンジが答える。
「だから、その・・・さっきおばさんが言った通りアスカ、エレベーターの中でころんだんだよ。で、慌ててここへ運びこんだんだ。とにかく正気に戻って良かったよ。一時はどうなるかと・・・」
「なんですってぇ!・・・・??」
そのリアクションからしてアスカは全然事態を把握してそうにない・・・とにかくシンジは話を続ける。
「カヲル君と二人で運んだんだ。アスカ、カヲル君に突っかかるんだから・・・それで足すべらして転んだんだよ」
「カヲル?カヲルって誰よ?」
「ええ!?アスカどうしたの?この前うちのクラスに転校して来た渚カヲル君だよ!・・・・・まさか、記憶が!」
「なにわけ分かんない事言ってんのよバカシンジ!!」
「アスカ、ここどこかわかる?」
「ぶん殴るわよ、ここは・・・・」
言いながら部屋を見回すアスカ。
ここは自分の部屋の・・・・はずだ・・・・?
「ここは・・・・?」
「アスカの部屋だよ!やっぱり記憶が混乱してるんだ・・・後頭部をかなり強烈にうったから」
「・・・・・・・!」
今迄の勢いが消え失せ、呆然とした表情でうつむくアスカ。
明らかに困惑の色が見える。
一方キョウコのほうは、シンジの言った<記憶の混乱>という言葉にかなり狼狽していた。
意識を取り戻す前のアスカに見せた不安げな顔を再び浮かべる。
「アスカ!大丈夫なの?大丈夫よね?アスカ・・」
懇願するような瞳でみつめるキョウコ・・・しかしアスカはそんな母さえ惑いの表情で眺めている。
母娘の間に不安に満ちた沈黙が流れた・・・・・
・・・・二人にとって何時間とも感じられる十数秒ののち、口を開いたのはアスカのほうだった。
「・・・・・・・ママ、心配しないで。アタシは大丈夫よ!」
アスカは目の前の母に笑顔を見せた。
キョウコは一目でそれが娘の強がりであると見抜いた。
自分を安心させるため無理に笑っている・・・娘をいじらしく感じた彼女も微笑みで返す事にした。
「そう・・・そうよね!でも一応お医者さんに診てもらわないとね」
「あの、その事だけど僕、すでに救急車呼んじゃいました」
口を挟んできたシンジをアスカが鋭い視線で射抜く!
「救急車ですってえ〜!!」
「・・・・ごめん」
すっかり縮こまって謝るシンジの背後で、玄関のドアが開きどかどかと人の入って来る足音が聞こえた。
「あ、きちゃった・・・」
結局アスカは大騒ぎの末、渋々救急車で病院に運ばれる事となった。
キョウコとシンジも同乗した。
マンションから病院まではそれほど距離はなく、たった5、6分で到着した。
診察室にはキョウコは保護者として、シンジは失神した時の状況を説明するため同行した。
アスカの受けた診察は、頭部に外傷がないかの検査、脳波検査、後は記憶の混乱がどの位のものかシンジとキョウコを交えての診察だった。
前の二つは異常がなかったが、最後の検査は医師を大いに困らせた。
なぜなら・・・・・
「シンジと小二まで一緒に風呂に入ってたあ?!そんなわけないでしょが〜!!」
「おばさんが言ったのになんで僕に怒るんだよ〜」
「あら小四だったかしら?」
「ふざけるな〜!!」
ポカッ
「痛っ!だからなんで僕に〜」
その様子を勘弁してくれという表情で見ている医師と看護婦。
記憶の確認をしていくといつの間にかアスカがシンジに突っかかっているので収拾がつかなくなってしまうのだ。
とりあえず、肉体的損傷はないので今日は帰って良いという事になった。
アスカ達三人は病院から歩いて家路についた。
とても救急車で運ばれたとは思われないしっかりした足取りでアスカは進む。
少し遅れて歩くシンジは、栗色の髪が上下にゆれ動く背中を見ていた。
あまりじっと見ていると気付かれそうな気がして、視線を自分の腕時計に落とす。
(4時か・・・・・)
来る時は救急患者だったわりに以外と病院にいた時間は短かった。
そのほうがいいに決まってるのではあるけど。
視線を前方に向けた。
二車線の道路の両端に立ち並ぶ建物はやたらマンションの占める割合が高い。
遷都間近でこれから人口が急激に肥大するであろう第3新東京市ではありふれた眺めでしかない。
入るべき人を心待ちにする空き部屋だらけのマンション達、が今見える景色の実態だ。
シンジは足元を見た。
アスファルトの地面の照り返しはきつく、太陽はまだ彼らの影を長く伸ばすほど落ちてはいない。
(今日はまだまだこれからか・・・・)
ため息をつくと、寄り添って歩く母娘を見ながら複雑な表情を作る。
(家に帰ってからだよな・・・・)
すでに彼らの住むレンガ色のマンションが視界に入ってきている。
「アスカ、帰ったら少し休みなさい。疲れたでしょ?」
「ううん、全然」
「とにかく無理しちゃだめよ、明日は学校休んでもいいから」
「えっ・・・うん」
(僕にもあれくらい素直だったら・・・)
再びため息をついたシンジは仲睦まじい親子の会話に疎外間を感じながら歩き続ける。
ほどなくマンションの前までたどり着いた三人は駐車場を通り抜け、建物内に入るとエレベーターまで歩く。
二つ並んだエレベーターの右側がちょうど一階で止まっていたのでそちらのボタンをキョウコは押した。
ドアが開き中に入るとキョウコが階数と閉のボタンを同時に押す。
ドアが閉まり体を押しつぶす様なGとともにエレベーターが上昇する。
・・・・・・・・・・
シンジはエレベーターの上昇が普段より遅く感じられた。
(間がもたないや・・・何かないかな?)
キョウコが突然シンジに問い掛けた。
「シンジ君、ここでアスカがころんだんだの?」
「 え?・・・あ、その・・隣のエレベーターです・・・」
会話はそれで終わった。
「なんでここまで入って来るわけ?バカシンジ!」
「だから今から話すよ」
二人はアスカの部屋で向かい合っていた。
シンジは正座して、アスカは体育座りで上目使いにシンジを睨みつけながら。
キョウコはキッチンで料理の準備を始めている。
シンジがちょっとアスカと話があると言っても、キョウコは別になにも疑問も持たずにシンジを中にまねき入れた。
むしろアスカが疑惑の眼を向けたが母に反対までしてシンジを閉め出す気にもなれない。
いったい何を企んでいるのか警戒しながら、シンジの言葉をアスカは待った。
「・・・・・・アスカ・・・何か判らない事があったらなんでも僕に聞いてよ!」
「な、何言ってんのよ?!」
予想の範囲を完全にはみ出した言葉だった。
戸惑うアスカにおかまいなしにシンジは話し続ける。
「病院で診てもらったとき、アスカはやたら僕に突っかかってきたじゃないか。あれは・・・自分のおぼえがない所をごまかすためだろ?」
「・・・!シンジ、どうして?!」
明らかに動揺するアスカにシンジは平然と答える。
「判るよ。そりゃ僕はいつもアスカに鈍感呼ばわりされてるけどね。とにかく・・・・・アスカは今何を知りたい?」
「シンジ、自分を何様だと思ってるの?その自信はどっから来るのよ!!」
「幼なじみだから、とは言わない。だけど答えられると思う」
「・・・・・・・」
「考えてみたら僕は生まれてから、十年前アスカ僕んちに引っ越してきてから、ずっと平和で楽しく生きてきたように思う。それが当たり前だった。そのバランスが崩れたんだ。これまではなにもしなくても平和だったのに。だからなんとかしなきゃ、アスカや自分のために・・・」
「なに言ってるの・・・・・?なにが言いたいの!?」
シンジの勢いに押されるアスカの顔に怯えが見える。
「アスカ・・・・・おばさん」
「やめて!!」
両手で耳をふさいで叫ぶと、髪を振り回す様にしてアスカは顔をそむけた。
肩がこきざみに震え出す。
「・・・・・・アンタ誰よ・・・・本当にシンジなの?シンジはもっと情け無くてバカシンジで・・・・・弱っちいはずよ・・・」
「僕は弱いよ・・・・・アスカの知ってるとおり・・・だけどそんな自分にムチ打って無理矢理にでもがんばらなきゃならないんだ・・・・アスカのために!」
「わかんない・・・・・・・」
「もし答を知りたければこれから僕について来て欲しい。ここじゃおばさんに聞こえるからね」
「・・・・・・・・・」
「あまり時間はないんだ。だけどよく考えて・・・・・無理矢理連れてくのは嫌だから」
考えておいたセリフを使うなら今だろう。
相変わらず顔をそむけたままのアスカにシンジは優しく語り続ける。
「できれば夕食までに終わらせたいんだ。せっかくおばさんが準備してるんだからそれまでにアスカも戻りたいだろ?」
シンジの言葉にぴくりと反応し、ゆっくりとアスカは振り返った。
「もどる・・・・?」
「うん、もちろん!」
シンジの顔をしばらく見つめた後、観念したかの様にアスカはつぶやいた。
「・・・・・・・わかったわ・・・行く・・・」
「それじゃあ夕飯までには帰って来るのよ。シンジ君、アスカをたのむわよ」
「はい」
シンジがアスカの記憶のリハビリの為、公園に連れて行きたいと提案したらキョウコはあっさりとOKを出した。
アスカはシンジとキョウコの関係が気安すぎるのがひっかかる。
家族ぐるみの付き合いということは判っているが、シンジを頼る様な言葉が母の口から次々出てくるのは心地が悪い。
挙げ句の果て、シンジ君はアスカの私の知らない部分を知ってるんだものね!などと言われて赤面するシンジを目のあたりにしては・・・・・・気にしていても仕方ない、とにかく今は!
「ほら、シンジいくわよ!」
「うん」
「気をつけてね、アスカ」
「は〜い、いってきま〜す」
アスカが見せていた笑顔はキョウコがドアを閉めると同時に消えた。
シンジに向き直る。
「公園に行くの?」
歩きだしながらシンジは答える。
「違うよ。もっと人のいない場所」
「どこよ?」
「誰にも邪魔されないような所だよ」
エレベーターの前についた。
シンジがボタンに手を伸ばす。
そのときシンジが▲ボタンを押したのをアスカは見逃さなかった。
「上!?」
「うん」
ドアが開いた。
シンジが入っていき、アスカが続く。
シンジの指が何階のボタンを押すのかアスカは注目した。
・・・・・R
「屋上!?」
「うん、アスカは知らないだろうけどほとんど上がる人いないから」
「ふーん・・・・」
「何年か前に工事があってからすっかり見晴らしが悪くなって・・・小さい頃はよく遊んだけど」
「誰と?」
「・・・・・・・・・」
「アタシとね?」
「・・・そう・・だよ」
ドアが開いた。
いつの間にか屋上についていたのだ。
二人はエレベーターを出ると通路を光の漏れているほうに進む。
通路の終わりに来ると、外へ出るドアを開けた。
二人を待っていたのはかなりつまらない景色だった。
目の前には給水タンク、そしてその横には工事用の機械の部品らしきものがころがっている。
アスカは周りを見渡す。
マンションの大きさから考えてもかなり狭い屋上を、内側にやや傾いた目の細かい金網が2m程の高さで囲んでいる。
風景を楽しめる環境ではない。
「確かに来る気がしないわね、だけど」
シンジをにらむ。
「アタシがここを知らないのはおかしい、ということね」
「・・・・・」
「さあ、教えてもらおうかしら?」
「・・・・もう少し待ってよ」
「なんですってえ・・・・」
その一言をきっかけにアスカの顔がみるみる険しくなっていく。
シンジにつかみかからん勢いで怒鳴りたてる!
「なに言ってんのよ今さら!!アンタが連れて来たんでしょが!」
「いや、そういう意味じゃなくて・・・」
すっかり縮こまってしまったシンジにアスカはつめよる。
手を伸ばしてシンジの胸ぐらをつかんだ。
「じゃあどーいう意味だっていうのよ!こっちは聞きたい事が山程あるってのに・・・・ここはどこよ?なんで平和なのよ?なんでアンタとアタシが幼なじみよ!なんで・・・・なんで・・・・・」
アスカの顔が苦渋に歪む・・・・・・
「なんでママが生きてるのよ!!」
シンジは眼前のアスカの青い瞳から大粒の涙がこぼれ落ちるのを見た。
もはや悠長にはしていられない。
涙に濡れるアスカの顔をしっかり見据えながら口を開いた。
「僕は・・・・アスカに元気になってもらいたかった。ほっておけなかった。だから・・・・・知りたい事は教えるよ。そのかわり、約束してよ!たとえこれから何が起きようと負けずに生きぬくと・・・もう二度と心を閉ざしたりしないと!」
「なんですってえ・・・・?」
アスカはシンジの言葉の意図する所が理解できなかった。
しかし彼の瞳には強い意志が感じられる。
(コイツ何企んでるの?・・・)
「約束できる?」
「何言ってんのよバカシンジ!いちいちなんでアンタにそんな約束しなきゃ・・・」
「アスカ、約束できないなら何も教えられない」
きっぱりと言い切るシンジ。
「・・・・分かったわよ!約束でもなんでもしてあげるわよ!第一なんでアタシがまた心を閉ざさなきゃならないの!!もう二度とゴメンよ!」
「ありがとう、アスカ・・・・」
「何ほっとしてるのよ!早く説明しなさいよ!」
「うん・・・・じゃあ」
シンジはアスカに背を向けた。
右手を空にかざす。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
数秒経過・・・・
ボコッ
「なにやってんのよバカシンジ!!」
「痛!だ、だからこれは合図だよ」
「合図ぅ〜?」
「そう、合図・・・来た!」
きらりっ
突然アスカの目前で青白い光の点が煌めいた。
「えっ何?」
驚くアスカにおかまいなしに中空に現れたその光は広がりながら八角形を形作っていく。
「・・・ATフィールド!!」
「違うよ」
アスカとは対照的に無表情にシンジはその輝きを見つめている。
「壁じゃないんだ、窓だよ」
「窓?」
「だから覗くことも開けることもできる」
見る間に人の背丈程に広がった八角形の光の中心がゆらめいた。
「そろそろ覗けるよ、アスカ」
アスカに向かい合った『窓』は縁の部分のみ青白く輝き、縁に囲まれた中の部分が次第に透明感を増していく。
そして窓に『向こう側の景色』がぼんやりと形作られ始めた。
「・・・・・・・」
その異様とも言える光景に釘付けとなり、見入られた様に立ち尽くすアスカ。
シンジが優しくアスカの背に手を触れて押した。
「さあ、見てごらん、窓の向こうを・・・・・」
言われるままに窓に近づき・・・・触れてみた。
磁力が反発するみたいな感触に阻まれ思わず手を引っ込める。
「シンジ!これ?」
「とりあえず今は覗くだけでいいよ」
「・・・・」
アスカは再び窓の景色に目を向ける。
だんだん形が明確になってくると、アスカは自分の見ているものが三人分の人影であると知った。
「誰なの・・・」
アスカが呟くと同時に急激に窓の映像が明瞭になり、それこそ透明なガラス窓を覗いているかのような状態と化した!
「あ!!」
そこには・・・・・・
「何・・・・・・・・そんな、そんな・・・」
窓を隔ててアスカの眼に映った三人・・・・彼らはこちら側を 見ていた。
真ん中の少年は彼女の記憶にはない。
銀色の髪、抜ける様な白い肌、そして瞳は・・いや、彼はアスカにとってどうでも良い存在だった。
その右側に立つ少年はアスカ同様、驚きの表情を作って立ち尽くしていた。
真ん中の誰かと違いアスカの良く知った顔。
しかしその少年は今、アスカの傍らに立っているはずなのだが・・・・・
首を横にひねればすぐ確認できる。
にもかかわらず、アスカの視線は左端の少女に集中していた。
その少女は冷めた目でアスカに視線を投げ掛けていた。
次の瞬間、青い瞳をアスカからシンジに向け、かすかに微笑んだ。
栗色の長い髪がゆれる。
・・・・・その少女の存在はアスカには絶対認められないものであった。
「アイツはなに?!なんでアタシそっくりなのよ!!」
「説明は後でするよ・・・・それより窓が開くからさがって」
シンジは淡々と語りかけながら一歩後退して窓から1m半ほど距離をとった。
窓を凝視して突っ立ったままのアスカを、背後から二の腕をつかんでさがらせると言葉を続ける。
「窓は扉でもあるんだ」
「扉ぁ?」
<シンジの手を振りはらいながら怒気のこもった声で聞き返す。
「ほら開くよ!」
再びアスカが窓を見たその時!
真ん中に立つ少年が前進しだすと、ある様に見えた透明なガラスを突き抜け足を踏み出したのだ。
少年は前進を続け、完全に窓から出て屋上のコンクリート地面に立った。
「やあ」
人なつっこい笑顔で彼は二人に声をかけた。
「おかえり、カヲル君」
シンジにカヲルと呼ばれたその少年はアスカに眼を向けた。
笑顔をたやさぬまま。
「そんなに硬くならなくていいんだよ。とりあえず初めまして、かな?僕の名は渚カヲル。カヲルでいいよ」
「・・・・・なんなの・・・いったい!!」
「驚くのも無理ないね。説明はさせてもらうよ。だから・・・」
「ちょっとカヲル!のきなさい、後ろがつかえてんのよ!」
「おっと」
背後の声にカヲルが飛び退くと窓を突き抜けて残る二人が飛び出て来た。
アスカと同じ姿をした少女がシンジと同じ姿をした少年の手を引っぱりながら。
「ふう〜、ただいま!そっちはうまくいったのね。シンジ、びっくりした?あんたとあたしがもう一人いて・・・話せば長い事だけど、それはカヲルに聞いて」
「・・・・どうなってるんだよ!わからないよ・・・・・」
窓から出て来た方のシンジは完全にパニック状態に陥ってしまった様で、両手で頭をかかえこんでいる。
その様子を見てカヲルはちょっと困った顔をして見せたが口元は相変わらずの微笑みを浮かべたままだ。
「さて・・・・これから僕の話すことをよく聞いて欲しい。質問、感想のたぐいは話が終わってからだよ。わかったね?」
返事はない。
が、4人とも自分を見ているのを確認するとカヲルは言葉を続ける。
「まず、最初に言っておかねばならない事がある。それは・・・・・」
ふた組に分かれているシンジとアスカを見比べながらカヲルは言い放った。
「世界は二つある」
今、カヲルは二組のシンジとアスカの間に立っている。
片側の一組は八角形の青白い輝きで縁取られた窓を背にしていた。
その反対側の一組のほうのアスカがカヲルに向かって声をあげた。
「二つ?どういう意味よ!?」
「一つはセカンドインパクトが起き、使徒とエヴァが存在する世界・・・・仮にエヴァの世界と呼ぼう。そしてもう一つはセカンドインパクトも使徒もエヴァもいない平和な世界だよ」
「なんですってぇ!」
カヲルの話に驚いているのは窓の側のシンジ、そしてその反対側のアスカ。
残る二人は事情を知ってるかの様に冷静だ。
「それぞれの世界にシンジ君とアスカ君がいる。SFなんかでよくある話だよ、パラレルワールドとかいって・・・君たちもそれ位知ってるだろう?今僕らがいるこの場所は平和な世界のほうだよ」
カヲルは窓を指差した。
「あの窓が二つの世界をつないでいる。たとえば・・・」
カヲルが近付くと窓が縮小し、直径50cm程になると手の上に乗った。
「覗くと向こうの世界が見える」
窓にはネルフの浴場の更衣室が映っている、が、その映像が急速に移動を始め、あっという間に外の景色になった。
更に映像は移動を続け、湖にたどり着くと湖面すれすれに高速で直進しだした。
湖から突き出たビルにどんどん接近し、ぶつかる直前で方向を変えてビルを這い上がる様に上昇して行く。
そして屋上まで昇った所でぴたりと停止した。
「まあこんな具合に移動できる。地球上のどこでも見る事が可能だ。向こうの世界のね。そして窓をくぐり抜ければ向こうの世界へ行ける。もちろん何処にでも」
カヲルの手のひらに乗った窓が縮小して光の点となり、そして消えた。
見学者の半数はその有り様を声もなく見つめるのみであった。
「さて、僕もエヴァの世界、平和な世界、両方に存在した。エヴァの世界ではアスカ君が心を閉じている間に現れた、人の姿をした使徒として・・・」
「使徒ですって!」
窓から出た方でないアスカが叫ぶと横のシンジがそれを制する。
「しっ、今はカヲル君の話をだまって聞こう」
「エヴァの世界で使徒だった程だから、平和な世界の渚カヲルも普通の人とは違った。つまり・・・・」
カヲルの口元が引き締まり、笑みが消えた。
「窓を使ってエヴァの世界と平和な世界を自在に行き来できる力を持った超能力者という訳さ・・・・」
さっきまで窓のあった側のシンジにカヲルはゆっくりと顔を向けた。
「シンジ君すまない、今まで隠していて・・・・僕は君の知っている渚カヲルじゃない」
「そんな、それじゃ・・・・」
「そう、君が心を通わせたエヴァの世界の渚カヲルは・・・・」
沈痛な面持ちで眼を伏せるカヲル。
それは彼にはあまりに不釣り合いな表情だった。
「やっぱり・・・死んだんだ・・・・」
・・・シンジは肩を落とし、うつむいて・・・・
ぺちっ
傍らのアスカに頭をはられた!
両手を腰に当ててシンジを見下ろしながらまくしたてる。
「なに落ち込んでんのよバカシンジ!あんたカヲルとの約束忘れたの?たとえ何が起きようと負けずに生き抜くって!こいつはあんたの知ってるカヲルじゃないけど、あんたの事本気で心配してたのよ!自分の事のように・・・なのにあんたはそれを無にする気?」
言葉はきついが要するにシンジをはげましている。
そんなアスカを目の当たりにしてシンジはもう一つの事実を知った。
「アスカ・・・・アスカも・・・・・違うんだね」
「それがどーしたのよ、バカシンジ!あんたなんかのためにどうしてあたしがここまでしなきゃなんないの!?カヲルに窓からあんたの悲惨な状態見せられて・・・・・結局ほっとけなかった・・・ここまでしてやったのに落ち込まれてたまるか〜!」
「アスカもういいから!」
もう一人のシンジが駆け寄りアスカを止めに入る。
「話はまだ途中なんだ!カヲル君に続けてもらわなきゃ」
「・・・わかったわよ!」
シンジに説得されシンジを離すアスカ。
カヲル、シンジ二人、アスカ一人が一固まりになっている状態で一人取り残された形のアスカがぽつりと呟いた。
「ママ・・・・・」
「とりあえずエヴァの世界の人間と、平和な世界の人間を分けよう。平和な世界のシンジ君アスカ君は僕のほうへ来て」
そう言うとカヲルは給水タンクの前まで歩く。
当然シンジとアスカが一人ずつついて行く。
アスカは窓からでて来たほう。
シンジは屋上にエレベーターで来たほう。
シンジを真ん中に横に並ぶ。
「エヴァの世界の二人は僕らの向かいに来て」
言われるままに三人の向い側に来たシンジとアスカだが二人の間には人一人分の間があった。
シンジは不安と悲しみの入り交じった様な表情で、アスカは疑惑と怒りに満ちた表情で三人を見ている。
そんな二人の視線を受け止めながらも笑顔を崩さずカヲルは話を再開した。
「順を追って説明しよう。僕はかなり以前から君達を窓から見ていたんだ。最初はただ見ているだけだった。しかし・・・・次第にそれだけではすまなくなった。シンジ君がエヴァに乗って命がけで使徒と戦い傷付いていく姿を見て。それだけじゃない、僕はシンジ君の繊細な心を知ってしまった。その時エヴァの世界のシンジ君に惹かれていく自分に気がついたんだよ」
いったん言葉を切るとカヲルは笑みを消した。
「しかし窓を覗く事はできても、扉として使う事ができなかった。なぜなら窓の向こう側に行くのは僕にとってタブーだったから・・・エヴァの世界への干渉は許されない事だと決めつけていた」
シンジを見るカヲルの眼付きが切なげなものに変化してゆく。
それは使徒であるエヴァの世界のカヲルなら絶対見せない表情だった。
「だけど・・・第十四使徒との戦いでシンジ君が初号機に取り込まれるに至って僕は・・・・・我慢できなくなったんだ!シンジ君がサルベージされる間の一ヶ月、僕にはなにもできなかった!ただただ窓から指をくわえて様子を伺うしかなかった・・・・・・だからもう、こんな思いをしないためにも窓の向こうへ行く決心をしたんだ。最初は僕だけで行こうと思った。シンジ君だけなら僕一人でも救えると考えたんだ。だけど・・・それで本当にいいのかと疑問に感じた・・・・」
カヲルの紅い瞳がシンジからアスカに向いた。
「アスカ君も救わなきゃ本当の意味で救った事にならない・・・・シンジ君だけなら単なる僕の自己満足にすぎない。だから僕は一人で行くのを諦めた。一緒に行ってくれる人を求めてこっちの世界のシンジ君とアスカ君の学校に転校した。今まで誰にも見せた事のない窓を二人に覗かせ、協力を求めた。彼らはOKしてくれたんだ・・・・」
カヲルは横にいるシンジとアスカの二人に眼を移した。
口元に笑みが戻る。
「二人の協力がなければ、こうもうまくはいかなかったろう。感謝するよ」
「いや、いいんだカヲル君。それより・・・・」
シンジはカヲルに顔を向けながら、視線を向い側に立つエヴァの世界のアスカに移す。
彼女は不快感をあらわにして横に立つシンジを近寄らせない雰囲気を発している。
「・・・わかったよシンジ君・・・・それじゃ、具体的に僕らが何をしたか説明しよう。まず扉をくぐり抜け、僕らはアスカ君のいる病室に入った。そして僕とシンジ君でエヴァの世界のアスカ君を平和な世界へ運んだ。平和な世界のアスカ君が残って身替わりを務め、正気を取り戻したふりをしてエヴァの世界のシンジ君を元気づける。そして・・・・」
「もういいわよ!!」
アスカが怒鳴った!
怒りに肩をわなわなと震わせ、両手を拳に握り締めて。
その目は悲しみに満ちている。
「アタシをこっちに連れて来てママに会わせて正気にさせるって言いたいんでしょ!こっちの世界じゃママが生きてるから・・確かに計算どうりね!」
自分の正面に立つカヲル達三人にまるで毒づく様にまくしたてるアスカ。
その勢いに押されながらもシンジがなんとか言葉を返そうとする。
「アスカ約束したろ、たとえ何が起きようとも・・」
「うるさーい!!」
悲痛な叫びが空を引き裂いた。
そしてしばしの沈黙が訪れる・・・・・
「やっぱりママは・・・・・死んだんだ・・・」
その4終わり
その0予告
今の暮しになんの疑問も持っていなかった。
あいつが来るまでは・・・・・
そしてあいつが来てからシンジがおかしくなった。
いったいどういう事よ、必ずあいつの正体暴いてやる!
次回シンジアスカの大冒険?その0、
冒険の始まり
「番外編とは余裕だね・・・」
というわけで、やっとこさ二十六話の学園物のシンジとアスカと一〜二十四話のシンジとアスカが同時に存在する世界をでっち上げられました。
しかも、どこでもドアという反則技を使って・・・・・・
今までネタバレを防ぐため、二人のアスカと平和な世界のシンジの心の中が書けなかったんでホンマ、しんどかった!
まあ、すでに見抜いてた人も多かったと思いますが・・・
これからは少しはやわらかくなるはずです?
ギャグものではありませんがそれなりに、ということで・・・・
次回は書こうかどうか迷ったけどやっぱり書いとこうという話です。
ver.1.00 1998+06/26公開
ご意見、御感想、誤字脱字、その他もろもろの事どもは・・・・m-irie@mbox.kyoto-inet.or.jpまでです