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いつもと変わらない下校風景だった。
校門を出て濃い緑に色付いた街路樹沿いに揃って歩いて行く。
同じクラスでお互い部活動などしてないから授業終了後が下校時間。
帰る家も同じマンションの隣同士。
だから一緒に帰るのも仕方ないと本人らは思っているが、はた目には「仕方ない」は違うだろうと突っ込みまくりだろう。
肩を並べて歩く後ろ姿は少女の方が口喧しそうに少年に喋りかけ、少年の方は適当に少女に言葉を返すといった風情だ。
これもいつも通りの事だったが、少女が手に持った白い封筒を声にシンクロさせてぶんぶん振り回しているのが少し違った所だった。

「ん〜、まったくなんでこんな事しなくちゃいけないのよ!」

「仕方ないよ」

「仕方ないじゃないわよ!こんなものを・・・絶対ろくなもんじゃないに決まってるわよ!」

彼女の持つ封筒には宛名も差出人も書いてなく切手も貼って無いまさに真っ白けなものだったが、封だけは何故かしっかり糊付けされていた。
いかにも怪し気なもののように封筒を睨む青い瞳。
書かれていない名宛人と差出人を知っているからこそ、難しい顔して睨まねばならないのだ。
六時間目の授業が終わって帰る準備をしていた時、突然教室にミサトが現れたのが事の始まりだった。
彼女はリツコに頼まれたと言ってレイに封筒を渡すために来たという。
しかしレイは一足早く教室を後にして下校していたのだった。
それを知ったミサトは慌てる事もなく、封筒をレイに今日中に渡すように頼んだという次第だった。
リツコ→レイへの封筒という時点で拒絶したアスカだったがミサトは即座にターゲットをシンジに向けて丸め込みにかかった。
レイの家を知らないとシンジが言ったら、知ってたら行けるのねと住所録まで取り出す始末で、ここまでくるとシンジに断るだけの気力はなかった。
という訳でミサトにレイの住所を教えられ、シンジは封筒を届けるはめになった。
アスカもシンジ一人でレイの家に行くという事に何かろくでもない予感を感じたため、渋々一緒に行く事にした。
そういう事情で今、二人は手紙を持っていつもの道を下校している。
騒がしい会話をしながら歩く二人は、やがては登校時にレイと出くわす場所までたどり着いた。
ここからは二人の下校の道とは違ってくる事になる。

「えっと・・・あっちか」

シンジが二車線の道路の向こう側を見た。
いつもレイが朝食を食わえて走って来る細いブロック塀の道が見える。
シンジは飄々と、アスカは堅い表情で道路を渡り出した。
この町で育ったシンジとアスカなのでレイの家の場所は住所を聞いただけで理解できていた。
10分もあれば楽勝だろう。

(行くだけならね・・・)

ブロック塀にはさまれた狭い道を目前にしてアスカは心の中で呟く。
そう、ろくでもない予感がするなら行くだけにしとけばいい。

「シンジ!」

「ん、なに?」

「これ渡したらすぐ帰るのよ!余計な事はしないで」

「えっ、うん・・・」

会話が終わると二人はレイの家へとつながる細道を歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

大ぼけエヴァ
 
 
 

第拾話  殴らないで〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ここか・・・・」

シンジは目の前にそびえる白いビルを見上げていた。
高くもなく低くもなく・・・・築10年以上立っているだろうか。
壁面の所々に灰色のくすみが入っていた。

「な〜んだか殺風景なマンションね」

シンジの背後で不機嫌そうにアスカが呟く。
見てくれからいってプラスのイメージが湧かない。
だいたい最近引っ越して来たのになんでこんなマンションなのか。
遷都間近いこの町では今後かなりの人口流入が見込まれる。
その為に建てられた新品のマンション、団地、一軒家などいくらでもあるのに。
今も二人の近くでマンションの建設工事の作業音がにぎやかに鳴り響いている。

「じゃ・・・行くわよ!」

妙にかまえた様子で言い放つとアスカが入り口へと歩き出した。
シンジがおっとりと後に続いた。
中に入ってまず目についたのは赤いドアのエレベーター。
しかも白い大きな張り紙がテープで無造作に張っつけられている。
書かれた文字を見てアスカの眉が引きつった。

電気系統の修理の為使用不可 しばらくお待ち下さい

「いきなりか・・・やってくれるわね」

「何が?」

怪訝そうに尋ねるシンジにアスカ噛み付く様に答える。

「アンタレイん家どこか分かってるの?六階よ六階!二本の足でてくてく上がらなけりゃいけないのよ!」

「うん」

「何がうんよ!これが偶然だと思ってるの?」

「偶然じゃないの?」

「アンタマーフィーの法則とかシンクロニティとか知らないの?この封筒受け取った時からそういう流れに乗ってしまってるのよ!」

「流れ・・・」

「そうよ!アンタ流されやすいから・・・気を引き締めなさいよ!」

言い終わるやアスカはエレベーターの横にある階段に歩いていった。
今一つアスカの言葉の意味を飲み込めないシンジは首を傾げつつ、後を追う。
手すりを掴むとアスカは険しい表情で階段に足を踏み出した。

(流れを断ち切らなきゃ!・・・・)
 
 



 
 

息を切らせながら六階までたどり着いた二人は程なくレイの住む部屋を見つけた。
部屋番号をじろりと確認するアスカ。

「6のDー0・・・・部屋番号からしてろくでもないわね!」

言い掛かりでしかない文句に対し何にも言えないシンジの脇を横切ると、アスカはDー0のドアの前に立ちはだかった。
表札を探すアスカの青い瞳に綾波の文字が踊っているのが映った。

「なんて軽薄そうな字!わざわざ手書きにしてこんな字でどうすんのよ!」

いちいちよく突っ込む所を見つけるな、と感心しているシンジをアスカがじろっと睨む。
シンジの手を引っ張るとドアの前に立たせた。

「ほら、アンタがやるのよ!」

「僕が?」

「そう!ほら、ここ押して」

ドアの横の呼び鈴にシンジの手を誘導する。
仕方なくシンジはスイッチをそっと押した。

ピンポ〜ン・・・・

「ふん、音はまともね」

呼び鈴の響いた後しばらくの間静寂が流れた。
二人の表情に緊張が浮かぶ・・・・
 

がちゃっ

鍵を開ける音に静寂が破られ、ドアが内側に開き出した。
突っ立っているシンジの後ろでアスカはすでに臨戦体制に入っていた。
開かれたドアから人影がのぞく。

「はいどなた?」

声の主は女性ではあったがレイではなかった。
そしてシンジは彼女の姿を呆然として見上げる事となった。
背の高さは170位あるだろうか。
女性にしてはかなりがっしりした身体を白のTシャツにGパンで包んでいた。
Tシャツ越しに出っ張った胸は見るからに堅そう。
Gパンが腰から尻にかけて急激に膨らむラインをくっきり描いている。
肌は健康的を通り越して野性的なまでに浅黒かった。
セミロングの黒髪はちぢれ気味で毛の一本一本がやけに太そうに見える。
顔は体の割に小さい作りだった。
濃い眉に大きくぱっちりした目。
瞳は真っ黒。
筋の通った鼻。
大きな口には赤い口紅がたっぷりと塗られていた。
全体的な造作はそれなりなんだろうが、とにかく印象がとても野性味たっぷりというか何というか・・・
年は30過ぎ位だろうか。
予想もしない相手の出迎えにシンジは頭の中が真っ白になってしまっていた。

「・・・・・・」

「あの、どなたですか?」

「はっ」

自分を見下ろす女性の再度の問いかけに、やっと我を取り戻したシンジの背をアスカがつつく。

「アンタ、何とか言いなさいよ」

「あ・・・えっと・・・あの・・・僕は・・・」

「もしかしてレイのお友達?」

「あっ、はい」

「レイに会いに来たの?」

「・・はい」

「そう、それじゃあどうぞ入ってください」

「・・はい」

次の瞬間シンジの身体は中にするっと引き込まれていった。
その様子を唖然としてながめていたアスカの目にドアが閉まり始めるのが見える。

「あ!待ちなさーい!!」

アスカは慌ててドアの向こう側にかけ込んでいった。
 
 



 
 

玄関に入った二人だが部屋の中の様子などを見回す事も忘れ、目の前のごつい女性に視線が釘付けになっていた。
それほどまでにその存在感にインパクトがあったのだ。
彼女はサンダルを脱ぐと廊下に上がり、シンジとアスカの方にくるりと向いた。

「さあ、上がってください。初めてだわ、レイのお友達が来るなんて。ここに引っ越してから」

大きな口でにっこり笑う彼女の言葉に思わず顔を見合わせるシンジとアスカ。
言葉を使わなくても顔を見れば互いの言いたい事が分かる。

(この人・・・)

(もしかして・・・・)

アスカがぎこちなく彼女の方に顔を向け、問いかける。

「あの・・・あなたはレイの・・」

「母です」
 
 
 

(に、似てな〜い!!)×2
 
 

驚きながら心の中で突っ込む二人の気持ちを知ってか知らずか、にこにこ笑いながら彼らを見下ろしているレイの母。

(な、なによ・・・・目鼻口耳髪に肌、全身どこを取っても全然似てないじゃない!)

(か、母さんのほうがずっと似てる・・・・)

まさに突っ込み所満載のレイの母が、未だに驚愕冷め止まず立ち尽くす二人に問いかけた。

「あなた達のお名前は?」

「はっ」

その言葉にやっと我に帰る二人。
うろたえながらシンジが答えようとした。

「あああの〜・・・僕は、その」

「ア、アタシは惣流アスカ・ラングレー、彼は碇シンジです」

「あらそう!あなた達が・・・レイ〜!お友達が来てるわよ〜

「ほーい!」

ずだだだだだだだだっ

母の呼び声の一瞬後勢い良い足音が響き、更にもう一瞬後シンジとアスカの目と鼻の先にはちきれんばかりの笑顔のレイが立っていた。

「碇君、アスカー!来てくれたのー!?」

「あ、綾波・・」

「さー、上がって上がって!」

「あ、あの実は・・」

ぐいっ

「こっちだよ」

「あ、その・・・」

レイはシンジを引っ張り込みずんずん廊下を進んで行く。
慌ててアスカが叫んだ。

「レイ!話を聞きな・・」

「さあ、アスカさんもどうぞ」

ぐいっ

レイの母がヤツデのような手でアスカの肩を持ち、廊下に引き入れた。

「あっうっ」

半ば強引にアスカもレイとシンジの後に続かされる事になった。
掴まれた肩に痛みさえ感じつつ、アスカは心の中で突っ込んでいた。

(なんでこうなるのよ〜!!)

こうしてレイに手紙を渡してすぐ帰るというアスカのシナリオはあっさりと崩されてしまったのだった。
 
 



 
 

「さー、こっちこっち」

はしゃいだ声で自分の部屋のドアを開きながら二人を促すレイ。
不愉快そうな顔でアスカが突っ込む。

「アンタねえ、アタシらが何の用事で来たのか聞くつもりはないの?」

「ほえ?、用事があるの?」

「当たり前よ!遊びに来たんじゃないのよ!」

「ふーん、まあいいや!中で聞くからね」

言いながらレイはシンジを部屋に引っぱり込んだ。

ぐいっ

「うわっ」

「え〜い、そのパターンやめい!」
 

レイの部屋に入ってまずシンジとアスカの目に入ったのは白いカーテン越しに見えるアルミサッシの戸だった。
戸の向こうにはベランダが見え、シャツやズボン、スカート、そして女物の下着等色とりどりの干し物が風に揺られていた。
部屋の中は六畳位の広さ。
ベランダ側の左側に勉強机があったが何故か鉄製の鳥カゴが乗っかっていた。
カゴの中には鳥も鳥以外の生き物も見当たらない、つまり空っぽだった。
その横には無造作に折り畳まれた布団。
右角に洋服ダンスがある。
ドア側の壁の右角に透明プラスチックの収納ケースが3段積まれている。
その横に本棚があった。
アスカは棚に置かれた物をちらりと見た。
テレビゲームやPC、音楽、ビデオなどのCD、DVDソフトが上の段に並べられている。
二段目には漫画本の類い。
三段目には動植物の図鑑が並んでいたが、右端の何冊かが種類の違う本だという事にアスカは気付いた。
そのうち一冊の背表紙をアスカは読み取った。

(関西ロケ芸人の世界・・・・何よこれ?)

部屋のまん中にはどういう事かちゃぶ台がちょこんと置かれていた。
女の子の部屋ならありそうな可愛げのある装飾やグッズの類いは見当たらない。
今時の女子中学生らしさなど感じられない殺風景な部屋だった。

(なんだか妙な違和感感じるわ、この部屋。どういう感性してんのよ、レイって?!)

「まーまー座って!」

レイは畳まれた布団に立て掛けてあった赤い唐草模様のクッションをとると、ちゃぶ台の周りにばらまく様に並べた。
嬉しそうに笑いながらすとんとクッションに腰を下ろすレイを気難しい顔で見下ろすアスカ。
その隣でシンジがぎこちなく腰をかがめようとした時、鋭い声が響く。

「シンジ!何してんのよ!」

シンジの身体が中腰でぴたっと止まる。
アスカは封筒を取り出すとレイの鼻先に差し出した。

「アタシらはこれを渡しに来ただけよ!」

「これなーに?」

「手紙よ!リツコからの」

「えー!リツコ先生から!?」

「何うれしそうな顔してんのよ!ほら」

レイは差し出した手から封筒を受け取るとさっそく封を開け出した。
その様子を冷ややかに見下ろすアスカは中腰のシンジの背をぽんとたたいた。

「いつまでそうしてるのよ!それじゃ、用は済んだからアタシらはこれで・・・」

レイに背を向けアスカがドアに向かって踏み出そうとした時、

がちゃっ

ドアが開いた。
アスカの前に立ち塞がるように現れたのは、ガラスコップを3個乗せた盆を片手で持ったレイの母。
コップには氷を浮かべた黄色っぽい液体をなみなみと注いである。
彼女は笑顔でアスカを見下ろしつつ、前進してくる。
押し戻されるようにアスカの足が止まった。

「どうぞゆっくりして下さいね〜」

言いながらちゃぶ台の上にコップを置くレイの母。
横目で見るアスカの眉が吊り上がる。

(むう〜・・・あと少しだったのに!)

「さ、暑いでしょう?飲んで下さい。」

「はい・・・」

シンジは言われるままにそろそろと腰をおろした。
そんなシンジにきつい視線を浴びせながら、仕方なくアスカも座布団に座った。
レイはというと開いた封筒を一旦置いて、コップを手に取り飲み始めていた。

「うんぐっうんぐっうんぐ・・・」

喉を鳴らす音と共にコップから勢い良く減ってゆく黄色の液体。

「ぷはー!おいしかった!さー、碇君も飲んだら?」

「え?うん・・・・えっと、これ何の飲み物?」

「桃とピーマンのジュースだよー」

「な、何よそれ!?」

「ヤクルトおばさんが週一回売り付けに来るジュースだから怪しい飲み物じゃないよ」

桃とピーマンの取り合わせだけでも十分怪しい。
はたしてヤクルトがそんなものを本当に製造してるのだろうか?
今一つ釈然としないものを感じつつ、シンジは自分の前に置かれたコップを恐る恐る手に取った。
そーっと口を付けて少しだけ飲んでみる。
その時シンジはアスカの視線が突ついてくるを感じた。
横目で見るシンジにアスカが目で問いかける。

(どうなのよ?)

シンジは口で答えた。

「飲める・・・・」

(飲めるはいいけどどんな味なのよ?!)

と思いつつどうやら大丈夫そうなのでアスカもコップを手にした。
桃とピーマンの異様なハーモニーを舌先で味わいつつ、アスカはレイの母をちらりと見た。
レイの隣に正座して部屋を出る気配を見せない。
どういう気かと思った時、彼女は話し出した。

「レイからお二人の事は時々聞かせてもらってるんですよ。とても仲良くしてもらってるそうで・・」

「はあ・・・・」

シンジが気の抜けた返事をしている一方、アスカはコップを握る手に力がこもり始めていた。

(何が仲良くよ!いつもボケたおして話ややこしくしてるくせに!)

「うん、アスカとは親友なんだよー」

ぴきっ

(だ、誰が〜・・・勝手なこと言って!)

顔を引きつらすアスカだがレイの母が和やかな笑顔でこちらを見ているため、レイに突っ込む事が出来ない。
そんなアスカの気持ちにはおかまいなしに会話は続いていった。

「良かったわ。レイがこんなだから転校してうまく友達ができるか心配してたけど、アスカちゃんみたいな親友がもうできちゃって。一安心だわ」

(一安心するな〜!こっちは迷惑よ!)

「碇君とアスカとはいつも一緒に学校に行くんだよー」

(後ろから追っかけて来るだけでしょが!)

「あら、いつも遅刻ぎりぎりに家を飛び出すのに?一緒で間に合うんですか?」

(ほっとけ!)

「はい・・・何とか・・・」

(真面目に答えてどうすんのよ、バカシンジ!)

「ねーアスカ。コップ握ったまんまで全然飲んでないよー。早く飲んだらー?」

「!・・・・」

「そうですよ、冷たいうちに・・・」

アスカはレイの母とコップを見比べた。
悪気などまるで無さそうな楽し気な笑顔と浮いてる氷も溶かさんばかりに強く掴まれたコップ。
レイの母親の前で普段やっているようにレイに突っ込む事はさすがにアスカにもできない。

(う〜、もう!)

アスカは掴んでいたコップを口元に運び一気に飲み干した。
口に残った氷をがしがし噛み砕きながらなんとか落ち着こうとする。
そんな様子のアスカを気にとめる訳でもなく、相変わらずの笑顔でレイの母は問いかけた。

「それでどうなんです?学校でのレイは。御迷惑かけてませんか?」

(かけっぱなしよ!!)

と思いつつ、口には出さずになんとか平静を装おうとするアスカ。
代わりにシンジが答えようとする。

「そうですね・・・えっと・・その」

言いにくそうなシンジにレイが嬉しそうに声をかぶせた。

「めーわくなんかかけてないよねー?」

「え、うん・・・・」

(この〜!盗人猛々しいとはアンタの事よ!シンジも押し切られるな〜!)

「レイ!あなたの言う事はあてになんないんだから・・・・アスカちゃん?」

「(ちゃんはやめろって!)はい?」

「レイに虐められたりしてませんか?」

「へっ??」

意外な一言にそれまでの怒りの感情も忘れ、アスカはうろたえてしまった。

「別にあなたでなくてもクラスの誰かをいたぶったりしてないかと心配で・・・・」

「おかーさん、そんなことしてないよー」

「レイが言っても説得力ないのよね・・・・どうです?」

真剣な眼差しで尋ねる母に一瞬ひるむシンジとアスカ。
シンジがたどたどしく答えた。

「いえ・・・そんな事は・・・してません・・・・」

「本当ですか?」

「だから言ったでしょー」

「レイは小さい頃からホントにやんちゃな子で、いつも騒ぎを起こして・・・大変でした」

それは今もだろうと思いつつ、やけに神妙な顔つきに変わったレイの母親に戸惑うシンジとアスカ。

「生まれた時は未熟児でね、1060gしかなかったんです」

「あれ、1600じゃなかったっけ?」

「そんな所でサバ読んでどうするの!だから随分心配させられました。無事に生きてくれるか・・・人並みに育ってくれるか・・・・三ヶ月程病院の世話になってからやっと家に連れて来れたんですが、色素が薄くて・・・いつまで経っても髪の毛が黒くならないし、肌も白すぎるし・・・未熟児だったせいか虚弱体質だったんです」

「ふーん」

「また人事みたいに・・・赤ん坊の頃は虚弱なわりには良く動き回るのでいつ倒れはしないかと気を揉んでばかりで・・・」

「倒れたことあるのー?」

「一度もなかったわ」

(なかったのか〜い!)

「・・・・・幼稚園に入った時も心配しました。身体の事もありましたが見かけが他の子と違うでしょう?虐められないかと気が気でなかったんですが・・・・事実虐めてきた子達もいたんです。なのに・・・なのに・・・・・どうしてその子達が次の日にはレイの子分になっているんです!?」

(??何言ってるの、この似て無い母親は?!)

シンジとアスカはレイの母の話に半ば呆れながら聞き入っていた。
どうも話が変な方向に進んでいるようだ。

「ほえー」

「ほえーってレイ!あの頃何度あなたは虚弱体質だって言いまくったことか!なのに全然自覚がなくて・・・小学校上がった時は更に酷くなって相手の嫌いな生き物調べあげてそれを集めて来て相手の顔にぶちまけるんですよ!もう学校中に名が轟いて・・・虚弱体質のお山の大将なんて聞いた事ないわ」

「あれはやり返しただけだよー。それにその後友達になったし」

「いつもその友達の頭を叩いてたんでしょ!」

「あれは突っ込んでただけだよ」

「何言ってるの、お笑い芸人じゃないのよ」

「ん〜、突っ込んでもおいしいと思ってくれないんだよねー」

「だから当たり前でしょ、普通の子供なんだから」

ここまで言った後一旦レイとのやりとりを止めて、レイの母はシンジとアスカに向き直った。

「という事で・・・」

(どういう事よ!)

「聞いての通りレイはここに来る前から周りの子にはどちらかというと攻撃的で・・・・芸人みたいに突っ込んだり、締め技や極め技だとか叩いたり蹴ったりとか・・・・・・・・・・されていませんか?

「うっ・・・・」

身を乗り出して問いかけてくるレイの母に言葉を詰まらせるアスカ。
なんだか物凄くわだかまるものが胸に引っ掛かっていた。
レイの話なのに自分の事を言われてるような気分だ。

「どうなんでしょう?」

再度問いかける母の表情に不安の影が浮かぶ。
気押されたアスカはぎこちなく答えた。

「ありません・・・・」

「だから言ったでしょー、それにねーアスカのほうが私に突っ込みいれたり極めたりど突いたりしてるんだよー」

「何言ってるの!アスカちゃんがそんな事する訳ないでしょ、あんたじゃあるまいし!」

ぴきっ

(それどういう意味よお〜!)

うつむくアスカの表情が急変する。
隣から発散される微妙なオーラをシンジは感じ取った。
横目でそ〜っとアスカの様子を盗み見た。
ちゃぶ台の下に隠された手が、次第に握り絞められていくのが見えた。

(ああ・・・アスカ、堪えて・・・・)
 
 
 



 
 
 

がちゃ・・・

ドアが閉まりレイの母の姿が消えたのを確認するやいなやアスカは勢い良く立ち上がった。
慌てて見上げるシンジの腕を掴み引っ張りあげた。

「シンジ!帰るわよ!!」

「あれー、もう帰るのー?」

「当たり前よ!」

「まだリツコ先生の手紙読んでないよー」

「いらないわよ!ほらシンジ・・」

ごろごろごろごろっ

「!!」

閃光と共に突然響き渡る轟音!
驚きながらアスカはベランダの方に振り向いた。
いつの間にか空を分厚い雲が覆いつくし、ぽつぽつと音を立てて雨が降り始めてきた。

「かみなり?!」

唖然と呟くアスカの耳に、まばらな雨音が秒単位で叩き付けるような凄まじいものに変化していくのが聞こえる。

「ど、どうしてこんな時に〜!!」

思わず雨に突っ込むアスカの背後で慌ただしくドアの開け放たれる音がした。

「洗濯物、洗濯物が〜!」

立ち尽くすアスカの脇をすりぬけ戸をがらがらと開くと、吊り下げられた洗濯物に飛びかかるレイの母。
強引に洗濯物を剥ぎ取りつつ大声をあげる。

「手伝って〜!」

「ほーい」

そそくさとベランダに出るレイ。
思わずシンジもベランダに行こうとした。

「アンタは行かなくていいの!」

掴んでる腕を引き戻すアスカ。

ぴかっごろごろごろ・・・・・

鋭い閃光が両腕に山程の干し物を抱える大女と、彼女の腕からこぼれ落ちたブラジャーを拾い集める娘のシルエットを鮮烈に映し出していた。
その様子を漫然とながめるシンジと憮然と睨むアスカ。
やがて干し物を取り込み終えた母子が戻っってきた。

「この雷ではしばらくは帰れませんねえ、ゆっくりしてってください」

言いながらレイからブラジャーをもぎ取ると母は部屋を出て行った。
脳天気な声でレイが笑う。

「えへへへ・・・リツコ先生の手紙見よーね!」

シンジは相変わらずアスカに掴まれた腕がぎしぎしと締め付けられるのを感じた。
見ると腕を締めるのに合わせてアスカの表情もどんどん険しくなっていくではないか。

(天は・・・・アタシらを・・・帰らせないつもりか〜!!

ぴしゃっ!!ごろごろごろ!

「うわあ!!ごめん、アスカ」

「なんでアタシに謝るのよ!!」

「だって大きい雷が落ちて・・・」

「アタシがカミナリ落としたみたいに言うな〜!」

「うわあ!!」

本当にアスカに雷を落とされ思わず身を縮こまらせるシンジ。
怒りの形相のアスカに向けてのんびりとした声がかけられる。

「ひゃ〜、アスカのカミナリのほうがすごーい」

「ぬわんですってえ!?」

ぎろりとレイに振り返るアスカ。

「アンタ・・・・よくそんなに気楽に!!」

「へへへへ・・・」

「この!・・」

アスカがちゃぶ台をまたいでレイに踏み込もうとした瞬間、

がちゃっ!

ドアが勢い良く開け放たれた。
反射的に振り向くアスカの目に入ったのは・・・

「お〜い、レイ!ついに見つけたぞ!愛蔵版福井敏雄の天気予報傑作集!!」

興奮気味な声とともに現れたのは身の丈180cmは軽く超える大男。
がっちりした体格に赤銅色に日焼けした顔。
しかしそんな事より何よりも目を引くのは、頭に乗っかっている黄色いヘルメット。
しかも格好は工事現場でよく見かける薄汚れた作業服。
あっけに取られるアスカとシンジの姿を認識し、男はうろたえる素振りを見せた。

「あ、・・・お客さんが来てたのか・・・・こりゃ失礼しました」

ヘルメットの上から頭をかく男にレイの声がにぎやかに響く。

「また抜け出して来たのー?、おとーさん」

(おとーさん?!)

思わず顔を見合わせるシンジとアスカ。

(こっちも似てな〜い!)×2

母親で大体予想はついたがそれでも現物を見ると驚きを隠せない。
しかも格好が格好だけに。

「いやー、雨が降って来たから作業は一時中止になった」

「ふーん。ねー碇君、アスカ。おとーさんだよ」

「やーどうも。レイの父です」

ヘルメットを取り、ぺこりと頭を下げるレイの父。

「あ、碇シンジです・・・」

「惣流アスカです・・・」

釈然としないものを感じつつ、一応挨拶する二人。

「あのねー、おとーさんは建築現場で働いてるんだよー。ここのすぐ隣の。休み時間の度にうちに帰ってくるんだよー」

「いや、こんな格好で失礼しました」

それでむさ苦しい作業服の理由が分かった。
しかし一般家庭の女子中学生の部屋に馴染む姿でないのには変わりない。
しかもその格好のままヘルメットをちゃぶ台に置くとレイの父は座布団に座ってしまった。

(母親と同じパターンじゃない!)

むっとするアスカをよそにレイの父は話し出した。

「知ってると思いますがレイはやんちゃな子でねえ。御迷惑かけてませんか?」

(質問まで母親の時と同じじゃないの!)

同じ問いかけを夫婦揃ってくり返す事にいらつくアスカ。

「おとーさん、迷惑なんて全然かけてないよー」

「そうか?お前はよく友達にきつい突っ込み入れるからなあ」

「やってないよ。いつもきつく突っ込まれてるの。ねーアスカ!」

無邪気な笑顔で同意を求めるレイに、アスカの眉がひくつく。

(今きつく突っ込んでやりたいわよ、ここで!)

「そんな訳ないだろう。今まででもお前に突っ込む根性ある奴いなかったじゃないか」

「ほんとーだって」

レイの父は一旦レイとの会話を打ち切ると改まった表情でシンジとアスカを見た。

「・・・・・聞いてくださいよ、レイは昔からクラスメートを時には上級生までいたぶっているんです。本人はただの突っ込みのつもりなんですが、相手は芸人じゃないんだから単なる暴力と解釈される事も多くて・・・・・」

話しながらうなだれる父。

「実は僕は昔からお笑い番組が大好きでして、ケーブルTVのお笑いチャンネルでよく見ておりました。特に関西ローカルの番組に目がなくて吉本新喜劇なども欠かさず見ていました。何時の間にかレイも一緒に見るようになっていたんですが、レイのほうが夢中になってしまって・・・・・そのせいかお笑いのルールも知らない子にどつき漫才並みに突っ込むようになって。なんでもボケても突っ込んでくれる人がいないから突っ込むしかないなどと・・・弱ったものです」

父の話を聞いているうちにアスカの肩が震えだした。
母親と会話した時同様ちゃぶ台の下に隠れた拳が堅く握られる。
俯いた顔は紅潮し、こめかみには血管が浮き上がっていた。

(レイが・・・・こんなろくでもないキャラクターになったのは・・・・・・アンタのせいか〜!!

アスカの握り締められた拳をおろおろと見守るシンジ。

(ア、アスカ・・・・・殴っちゃだめだよ・・・どうしよう)

がちゃっ

ドアが開くと母が入って来た。

「あらお父さん、ここにいたんですか」

「ああ、二十世紀の遺産シリーズのDVDを見つけたんでレイに見せてやろうと思ってな」

「またそんな訳分かんない物を・・・」

「いや、これがひっくり返る位面白い天気予報で・・」

懐からDVDソフトを取り出す父。
ケースの表に天気図にスーツ姿のしなびた老人がつくりものの様に直立している写真が見えた。
見るからにいかがわしいソフトだ。

「レイの友達も来ているいる事だし、みんなで見ようか?」

ぎしっ

(誰が・・・そんなもの見なけりゃいけないのよ〜・・・どういう父親よ〜!!

(い、いけない!)

シンジはアスカの握りしめられた手が小刻みに震え出すのを見た。
このままではいつ爆発するか分からない。
思わずシンジは父に向かって声を出した。

「あ、あの、僕らそういうの見るために来たんじゃないので、その、お、・・お断りします」

言った後シンジ自身も驚く程はっきりした拒絶の言葉。
普段の優柔不断さからは考えられない事だった。
それもこれもアスカを爆発させない為の必死さから来た行動だ。

「そ、そうですか・・・・面白いのになぁー・・・」

残念そうに父が懐にDVDをしまうのを確認してから、アスカに視線を移すシンジ。
アスカも険しい目でシンジを見返した。

(アスカ・・・・がまんして・・・・)

(・・・・!!)

目と目で会話するシンジとアスカ。
言葉が必要ない位お互いに分かりやすい表情になっていた。

(我慢しろっての!?)←眉間のしわが深く刻まれる

(綾波のご両親の前なんだよ・・・)←涙目になる

(ぬぬぬぬ・・・)←剥き出しにした歯を噛み締める

(だからアスカ・・・)←悲愴感が増して行く

(ぬわんでここまで・・・・)←頬が痙攣を始める

綾波一家の預かり知らない所で、フェイスランゲージで見事なまでに対話を成立させているシンジとアスカ。
そんな密度の高い状態に入り込んでいる二人に、脳天気なまでにはずんだ声が浴びせかけられる。

「おとーさん、二人はこれを渡しに来たんだよ」

ぎろっ

アスカの瞳が鋭く反応する。
見るとレイは例の手紙を父に見せびらかしていた。

「理科のリツコ先生からの手紙なんだよ」

「ほう、どういう内容なんだ?」

「それはこれから読むのー」

アスカの刺すような視線を全く気にも止めずにレイは封から便箋を取り出した。

「えーっと・・・これは・・・・あー!!

すっとんきょうに声を張り上げるレイの紅い瞳が輝く。

「蛾の幼虫の育て方だー!!」

びしっ!

アスカの身体が凍り付いた。
これ以上は不可能だという位大きく目を見開いた状態で。

(がガ蛾、蛾の幼虫ぅう??)

脳裏についこの前にアスカを襲ったあのおぞましい出来事が蘇った。
怒りに赤く染まっていた顔が一気に青ざめていく。
手の震えもぴたりと止まってしまった。

(ガガガ、ガガガ・・ガを・・・ガいや〜!!

過去の悪夢が頭の中でそれこそ蛾のように飛び回り、アスカの精神を混乱に導く。
それはシンジも同様で金縛り状態になってしまった身体を微妙に震わせていた。
そんな二人の変化などにかかわりなく親子の会話は続く。

「レイ、あなたまた変な生き物飼うつもりなの?」

「今度はなんだ?」

「うん、蛾だよ」

(ア、ア、アンタ・・・・あの蛾のバケモノを飼うってのか〜!!)

心の中で突っ込んでいてもアスカの身体は今だ動くことが叶わない。

「本当に・・・食用ガエルにアオダイショウ、カマドウマ・・・ろくな物を飼わないんだから・・・」

「今度のは凄いよ!とってもおっきい蛾!何十cmもあるんだから」

「何それ?!」

「リツコ先生が育てたの」

「ほーう、まあこの前全長数十cmに異常成長した蛾が出現したってニュースがあった位だからそんなに驚く事はないな」

(それがリツコの育てた蛾よ〜!!)

さっきと違い突っ込みを入れると同時にアスカの手が微かにぴくりと動いた。

「それでね、オスとメス二匹で飼ってたんだけど交尾してこの前タマゴをいっぱい産んだんだよ。それでリツコ先生にタマゴのかえし方と幼虫の育て方を聞いたの。この手紙にそれが書いてあるんだよー」

(そ・・・・・・・・そんな事をしてたのか〜!!

みしっ

鈍い音を立ててアスカの手が握りしめられた。
突っ込む度に蛾の恐怖による混乱が弱まり、再び怒りが体内にみなぎり始める。
いかにも無理矢理といった感じでアスカの身体がぎしぎしと再起動を開始した。
アスカの様子に驚いたシンジの身体がびくりと跳ね上がる。
そのショックでシンジも拘束の呪縛から逃れる事が出来た。

「もう、この子ったらそんなもの飼ってるならそう言ってくれないと」

「それでその蛾はどこにいるんだ?」

「あのねー、あっち」

レイはベランダの方を指差した。
指差す方向を皆が見るとそこにはガラス戸越しに楕円形の鉢が置かれているのが見えた。
白いプラスチック製で幅1m足らずくらい。
土が山盛りになっている。

「あれはお墓だよ。メスはタマゴ産んだら死んじゃったの。オスは交尾終わったらすぐ死んだの」

「いつの世も男は悲しいなー」

「何言ってるの」

盛られた土には卒塔婆の代わりらしきカマボコ板が二つ並んで立っていた。
板には黒マジックで文字が書かれている。
アスカの目に板に書かれた文字が飛び込んだ。

(!!)

握られた手がぶるぶる震え出した。
さらに手の甲の血管が浮き上がりぴくぴく痙攣を始める。
レイの父がお墓の前に近寄り、書かれた文字を読んだ。

「ん、なんだこれは・・・・・・えーっと・・いかりくんのお墓、アスカのお墓!?」

びきびきっ

(アンタ・・・・・・・蛾に・・・・・・・アタシらの名前つけてたのか〜〜!!

「レイ!あなたなんて事するの?蛾にお友達の名前つけるなんて!」

「違うよー、そんな事してないよー」

レイはカマボコ板を指差した。

「ほら、よく見て。ここに濁点があるでしょ。アスといりくんと読むんだよー。蛾だから」

(そんなの同じじゃ〜〜!!)
 

ずずずずずずず・・・・・・

仁王立ちとなったアスカから強烈な殺気が立ち昇り始めた。
熱を帯びた拳から湯気が上がり出した。
おろおろとアスカの拳を見るシンジ。
恐怖に怯えつつ、必死の思いでアスカに蚊の鳴くような声をかけた。

「ア、アスカ・・・」

「・・・・・」

「落ち着いて・・・綾波を殴らないで」

「・・・・・」

(聞こえてないよ・・・)

もはやシンジは成す術を失った。
後は爆発の時を指をくわえて待つしかない。

「あ、そーだ!」

はずんだ声が部屋に響く。

「タマゴを見せてあげるねー」

言いながらレイはお墓の横に置かれた段ボール箱を手に取った。

「この中にタマゴが入っているんだよー」

シンジとアスカに向かって箱を抱えたレイが振り向く。
これ以上ないといったはしゃいだ顔で。
レイが足を踏み出した。

みしみしみし・・・

俯いたアスカの拳がどんどん硬度を増していく。
軽い足取りでレイの姿が接近して来る。
時が異常に長く感じられ、シンジにはレイの姿がまるでスローモーションの様に見えた。

「見て見て」

限界まで硬化したアスカの右手が弓を引くように後ろに下がる。

「ああっ」

シンジが声を漏らす。
レイの手が箱のフタにかかった。

「ほら!・・」

思わずシンジは叫んでいた。
 

「殴らないで〜!」
 
 

箱のフタが開かれた。
 
 

「誰が見るか〜!!」
 
 

ぐわきいいっ!
 
 

最大の握力で鋼の塊となったアスカの拳がレイの胸元にめり込んだ。
レイのか細い身体が宙に突き上げられた。
めりこんだ拳が胸から離れ、レイの身体が後方に吹っ飛んでいく。
その一部始終を呆然とながめながら、父と母は自分達に向かって宙を舞う我が娘を受け止めようと腕を伸ばした。
伸ばした手がレイの背中に触れようとした瞬間、彼女の身体はぴたりと止まり父母の腕は空を虚しくかきむしった。
宙を飛ぶレイより早くダッシュしたアスカが首根っこをふん捕まえたからだ。

「こんのおおお〜」

捕まえられたレイの身体に瞬時にアスカの手足がからみ付き、コンマ5秒でコブラツイストを完成させた。

「ふんぎいいいーアスガー〜〜」

コブラツイストが更にコンマ3秒でストレッチプラムに移行した。

「なんでアンタん家に来なきゃならないのなんでアンタの親は全然似てないの変な物飲ませるな〜なんで帰ろうとしたら雷なのなんで作業着で父親帰って来るのなんでアンタの父はケーブルTVでアンタにお笑い見せたのアンタも影響受けるな〜なんで蛾の育て方なんかマッドに聞くのリツコも手紙なんか書くな〜蛾なんか持って帰るな交尾させるな卵産ませるな〜蛾にアタシの名前つけるな〜・・・蛾の卵なんか誰が見るか〜!!
 

ストレッチプラムがコンマ1秒でオクトパスホールドに移項する。
今までたまっていた突っ込みを一気に吐き出しつつ、全身全霊を込めて締めつけるアスカの卍固めにレイの身体が不自然にねじれ上がった。

「いいいいいいー、アスガー、ぎ合いが入ってるねー」

「アスガじゃな〜い!!」

「おおおおとーさん、おがーさん見てー、突っごまれてるでじょー」

「うるさ〜い!!」

眼前で繰り広げられる惨劇にレイの父母はただあっけに取られた表情で立ち尽くしていた。
悲惨な状態の娘を助けるでもなく。
しばらく極められ続ける娘の姿を傍観した後、やっと父が驚嘆の声を漏らした。

「レイが・・・・・・・突っ込まれている・・・いつも誰も突っ込んでくれないとこぼしていたレイが・・・・あんな強烈に突っ込まれて」

「あれが突っ込みなの?だいぶ違う気がするけど」

「本人がそういうからには突っ込みなんだろう・・・・」

「そう・・・・」
 

「うわああああ!助けて〜!!」

シンジは床に転がりのたうち回っていた。
頭に蛾の卵の入った段ボール箱をかぶって。
レイがアスカに殴り飛ばされた時に吹っ飛んだ箱がシンジの頭上に降って来たのだ。
闇に怯えすっぽりはまった箱をうまく取る事もできずにもだえるシンジに救いの手を差し伸べる者はいなかった。
 

「うぎょぎょぎょぎょー、ぎょうは特に元ぎだねー、アスガ」

「やかまし〜!!」
 

「まあ、レイったらあの状態で雑談してるわ」

「ああ・・・引っ越して来てどうなるかと思っていたが、転校先にあんな子がいるとは・・・・・」

感慨深そうな顔を作るとレイの父は締めの言葉を言った。
 
 

「レイが喜ぶ訳だ・・・」
 
 



 
 
 
 

ばたんっ!

激しい音と共にDー0の札の付いたドアが荒々しく開け放たれた。
中から生気が抜けきりふにゃふにゃになったシンジを強引に引きずりながら、全身に怒気をみなぎらせたアスカが足を踏み出す。
外へ出た二人の後を綾波一家が父、母、レイの順でひょこひょこついて来た。
憮然とした表情で帰ろうとするアスカの背中にレイの父母が声をかける。

「今日はわざわざ来て頂いて本当にありがとうござました」

「何言ってんのよ〜!!」

「楽しい一時をすごさせていただいて・・」

「ちっとも楽しくないわ〜!!」

「レイにこんなに良い友達が出来て本当によかったです」

「誰が友達じゃ〜!!」

「また遊びに来てください」

「二度とくるか〜!!」

「これからもレイを宜しくお願いします」

「こんなの宜しく願われてたまるか〜!!」

レイの父母の言葉に一々振り向き突っ込みながら立ち去って行くアスカ。
シンジはずるずる引きずられるままだ。
レイが父母の前に出るとうれしそうに手を振った。

「碇く〜ん、アスカー、また明日ねー!」

「やかまし〜!!」
 

どすっどすっずるずる・・・・・

叩き付けるようなアスカの凄まじい足音とシンジの引きずられる音が綾波家から遠ざかっていく。
廊下を曲がって彼らの姿が見えなくなるまでレイと両親はまばたきもせず見送っていた。
やがてレイは背後に立つ父と母に向かって微笑みかけた。

「ねー、とっても面白い友達でしょー」

「ああ・・・そうだなー・・・」

「他にもいるんだよー、先生も面白い人ばかりだし」

「そ、そうか・・・まだ他にもいるのか・・・・・そりゃ楽しみだ」

少々引き気味に答える父。
母が静かに問いかけた。

「レイ・・・」

「ん、なーに?」

「あなた、ここに転校して良かった?」

「うん、もちろん!」

レイはこれ以上ないというくらいのはちきれんばかりの笑顔で答えた。
娘の笑顔に親達も思わず穏やかな笑みを浮かべてしまう。

「・・・・・よし、それじゃ福井敏雄の天気予報見るか?」

「うん、見よー!」

軽い足取りで我が家に入ってゆくレイ。
後に父が続いていく。
最後に母が中に入りながらドアを閉めようとした。
ドアを閉める手がふと止まった。
彼女の耳にはるか遠くから声が微かに聞こえたような気がした。
 

「どういう親じゃ〜!!」
 

一瞬躊躇し、立ちつくす母だがやがてかぶりを振ると再びドアを閉め始めた。

「いいわよね、これで・・・」
 

がちゃん・・・
 
 
 
 
 
 

第拾話完



 
 

次回予告
 

思い描いた夢を実現させるためこの学校に来た。
なのにどうしてここまで夢とかけ離れた生活を過ごしているのか?
しかもとても正常とは思えない生活なのに妙に快い温かさに包まれてしまう。
惑いながら日々を暮らすマヤに更に苦難が訪れた。
期末テスト作成の任からはずされ、心を痛めるマヤにヒカリが救いの手を差し伸べる。
彼女のとった行動とは?

次回大ぼけエヴァ、

第拾壱話

切実な悩みの中で
 

「貴方の誠意が私を壊す?」
 
 



 
 
 

今回は随分苦しみました。
書いてて話が全然面白くならず、そのため時間もかかってしまいました。
レイの父母というオリキャラを出すのも迷った上の事です。
今までで最低の出来かもしれません。
持ち直すのにしばらくかかりそうな感じです。
次回も今少し自信が持てないのよ。
弱ったの〜。
ぐちってもしゃあないから頑張るしかないんよね。
再び上昇気流に乗せるため。
オリキャラ出したのもきっと後で生きるじゃろう。
なんとかなるやろ、明〜日があ〜る〜で〜〜。
 

ver.-1.00 2001!9/22公開
御意見御感想その他諸々は・・・     m-irie@mbox.kyoto-inet.or.jpまで
 
 
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 えいりさんの『大ぼけエヴァ』第拾話、公開です。






 大きなかーちゃんに出鼻をくじかれ、
 立ち直る間が得られないままレイちゃんに引っ張られ、
 これまたインパクト大のとーちゃんの登場。

 魔境、綾波家。。。


 ギリギリまで我慢できたアスカちゃん、えらい!
 最後の最後まで耐えたシンジくん、もっとえらい!



 いやいやしかし、
>「ほら、よく見て。ここに濁点があるでしょ。アスガといがりくんと読むんだよー。蛾だから」

 これは凄いよ〜
 読んだ瞬間、吹き出して、
 いまも思い出し笑いが止まらない (^^;



 着実に堪っていったアスカちゃんのいらいらが一気に爆発するのも、さもありなん!

 今日一日、
 もしかしたら明日明後日も爆発が続くのだろうか。

 更に耐え続けることになりそうなシンジ君、えらいえらいよ〜☆







 さあ、訪問者のみなさん。
 明日にGO。えいりさんに感想メールを送りましょう!





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