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新銀河世紀特務警察エヴァンゲリオン! #4
Never die!
うみにただよう即興曲<インプロムプト>

1

彼は、そらが好きだった。

ひれを動かせば、前に進み、体をひねれば、世界がまわる。

どこまでも、どこまでも。

さえぎるものは、何もない。

彼の意志のままに、どこまでも、どんな所へも行けるこのうみが、彼は大好きだった。








「渚さん。」

……………。

「あ、…カヲル…さん。」

…………… 。

「……もう…カヲル、君!」
「何だい?シンジ君。」

くるうりと振り返り向けられたとびきりの笑顔に、シンジは思わずため息を吐いた。

「どうしたんだい?何か悩み事?」
「…悩んでますよ。…渚さんのコト。 「カ・ヲ・ルだってば。それに敬語もやめてくれないかい?」
「…はぁ…。」

おもいきり肩を落としたシンジにカヲルはクスリと笑い、また背中を向けて歩き出す。

「嬉しいねぇ〜。僕のことで悩んでくれてるなんて。やっぱり僕とシンジ君は……」
「はいはい。もう…勝手にして下さい。」
「おや?いいのかい?黙ってるとどんどんエスカレートするけど。」
「………やめてください。」

シンジは再び大きく肩でため息をついた。

ここ最近繰り返されるこの手の話。
先日リツコに聞いた話によると、ここに来た当初のカヲルはとても笑顔など見せず、 まるで氷塊の諸刃(リツコ談)の様だったらしい。
最近になって人間の文化や価値観に感化してきているらしいが、
………一体どこで変な知識を身に付けたのやら。

ついでに言うとカヲルが『使徒』であることは関係者、 それもシンジを含めて数人しか知らないという。
つまりは銀河連邦上層部のお偉方でも知らない者が居るということだ。

そんなトップシークレットの固まりが自分の前をずんずんと歩いていることに、シンジは少なからず不安を覚えた。


「それより、今日は渚さ…
「カ・ヲ・ルっ!」
「あ、カヲル…君も仕事がないなんて、珍しい…ね。」

シンジは言いにくそうに顔をしかめる。
カヲルはそれとは対照的ににっこりと笑って、

「そう。今日はリっちゃんが本業に勤しんでいるからね。」
「本業?」
「そ。『NERV』が誇る天才科学者、Dr.リツコ=AKAGIとしての、ね。」










「そっちの機械は3番ブリッジから入れてね。乱暴に扱わないで。」
「MAGIとのリンク、トライアルデータのバックアップできた?」
「火星のサーベイヤーからの通信は?ええ、コプレンツは来たわ。」
「そこっ!さぼってんじゃないっ!!」



「…張り切ってるなあ。AKAGI博士。」

重たい器材を慎重にカートに乗せながら、マコト=ヒュウガはつぶやいた。

「そりゃそうですよ。何てったって『奇跡』をこの手で観測できるんですから。」
隣で配線だらけのパソコンのキーボードを叩いていたマヤが目を上げて笑う。

「『奇跡』…ね。」
「あら、マコトさんは科学者としての血が煮えたぎる、とか思わないんですか?」
「あんまり…ね。俺、肉体派だから。」

額の汗をぬぐってマコトはちらり、と横を見た。

うおおおおおををををっっ!!!俺の中の科学者の血が煮えたぎってるぜ!!
『奇跡』!これこそ天が俺に与えたもうた叡智の固まり!!無限大宇宙の最高の神秘の結晶!!
見よ!太陽は俺に笑いかけている!!」

周囲の温度がなぜか異常上昇しているらしく、 通りかかる者は全て邪魔そうに彼を避けていく。
男子の中で唯一、何もせずに1人で熱血している他称親友に、 マコトは思わずため息を吐いた。
ちなみにこのブリッジからでは、太陽は見えない。

それから3分ほど炎を上げて叫んでいた彼はぐるっと向きを変えると、

「マヤさんっ!これこそが僕らに与えた神の祝福の証!!僕は必ず!貴方の為に!!
『星の讃美歌』を完成させてみせますっ!!!」

堂々宣言されたマヤは思わずディスプレイに顔を埋めてしまった。

「ハハハ…いつもは冷静なんだけどシゲルは『あれ』が絡むとああなるんだよな。……マジで完成させない限り結婚できないかもよ。」

「…マコトさんまで、もうっ。」

ディスプレイに隠れたまま、マヤはふくれてみせる。
その顔は黙ってみていれば男は誰でもくらっときてしまう程のかわいさだったが、あいにくとこの時マコトは自分の世界へダイブしていたのであった。

「結婚かぁ………。」








『…ですね。…さて、本当にまれなことを“惑星直列並の確率”と言いますが、明日はその、太陽系全惑星衛星が一直線に並ぶ日です。 実際には、どれくらいの確率で並ぶかと言いますと……―――』


「…なんや、仰々しいこと言うとんなあ。」

「NERV」大食堂。

大盛りのカツ丼を頬張りながら、トウジはつぶやいた。


「まあ、まさに『奇跡』が起こるんだからな。科学者サンたちはおお張りきりだろうね。」

向かいの席でカレーライスを食べながら、ケンスケが相槌を打つ。

「んぐ、惑星直列やとなんかええ事あるんか?」
「そんなのわからないよ。宇宙軸に関するデータだとか、重力がどうとか、宇宙の寿命がわかるとか言ってた学者もいたけど、別に俺達には何も無いんじゃない?」
「何やつまらん。」
「何の話してるの?」

と、話しかけてきたのはコダマ、ヒカリ、ノゾミの3人。
トウジ達の1年先輩の名物三つ子である。
コダマは髪をストレートに、ヒカリは2つに分けたおさげに、ノゾミはポニーテールにしている。

「惑星直列についてですよ。」
「へえーっ。ケンスケ君たちって案外ロマンチストなのね。」

「ぐっ…ろ、ロマンチストぉ!?」

トウジは思わず食べかけのご飯を生飲みしてしまった。

「そうよ。『奇跡』が起こるのよ、大宇宙の神秘よ、はあ〜。」
とコダマは祈るように手を組んでうっとりしている。

「きっと私たちにも…。」
ヒカリは胸に手を当てて、

「何かいいことが…。」
ノゾミは両の頬に手を当てて、同じように陶酔してしまった。


「…んな都合のええ事起こるかいな。」

ぼそっと言ったトウジのつぶやきに目ざとく気がついたヒカリが、

「あら、流れ星のジンクスにしても天の川伝説にしても、 信じれば必ずかなうのよ。」
「そうよそうよ。端から疑うよりもいいじゃない。」
「昔の人も言ってたのよ。夢見る力は絶対無敵だって。」

「んな…何やそれは…」

いきなり3人を敵に回してトウジはしどろもどろに言った。

「天の川ねぇ…。」

笑いながらケンスケはウインドウに目を向けた。天の川、オリオンの腕が見える。


「何だよ。みんなして何か楽しそうだな。」
「早瀬ぇ〜ええところに来た。何とかしてくれや」
「「「ねえねえ早瀬君はどう思う?」」」
「うっ……(コワイ)」

話題は変わり易いものである。次第に集まってきた仲間内ではもはや『奇跡』の話など、 少しも出てこなくなってしまっていた。






その夜。

カヲルはふっと目を覚ました。

時計の時刻はAM3:00。隣の部屋はまだ何かごそごそといっているようだ。

毛布を羽織って窓のそばへ移動する。
窓の外にはオリオンの腕と重なる火星と月、そして遠くの方にケレスが見える。

カヲルは窓に寄りかかり、頬をあてた。冷たい感触が伝わってくる。

「…………。」

考えを振り払うようにふっと笑う。
まだ大丈夫。


ベッドへ潜り込むと再び眠気がカヲルの意識を取り込んでくれた。

はたして明日、『奇跡』は起こるだろうか。





2





『…繰り返します。本艦はこれより、α31245エリアまで移動いたします。発着時と緊急停止時の振動に、ご注意ください。…』


「…ん…っ。」

シンジはベッドの中で寝返りをうった。

今日は開発部スタッフの要請で観測に全面的に協力するそうなのだ。
ミサト一尉も仕事を与えられているらしく、訓練は休みになった。

もう少し眠っていようと布団を被ったシンジだったが、

グラッ


「うわっ!」
ドシン!

ベッドの外へ顔を出すとトウジがベッドから転げ落ちて腰をさすっていた。





『進路、左マイナス0.09修正。』
『到達時刻まで後1730。』
『0.17前方に障害物確認、方向修正お願いします。』
『B噴射開始。効力3.2。』

操舵状況のアナウンスがひっきりなしに流れている。
正面ウィンドウにはだんだんとその全体を現していく太陽系の姿が映っている。

「博士。惑星直列予行時刻まで、後30分です。」
「わかったわ。何か測定値に変化は?」
「電磁計値が僅かですが下がってきています。」

データを受け取り、ざっと目を通す。
リツコは改めて正面ウィンドウを見た。

要請を3年も前からして協力して貰ったのだ。
もう少しすれば完全に観測できる位置に到着する。
これは最大のチャンスなのだ。
火星や月面上でなく、宇宙で直接測定すること。それも内外両面から。
最新鋭の設備と、信頼できる特別選出された研究員。
そして世界最高のマザーコンピュータが、ここには揃っているのだ。
絶対に無駄には出来ない。
生涯で最大にして最後の活躍の場になるかも知れないのだ。

リツコは手元の時計を見た。あと21分。






ピーピーピー、という電子音が鳴った。
それに気付いたマコトが小モニターを立ちあげる。

「!博士、測定地域G-20に高エネルギー反応っ!」
「何?」
「解析結果だします。………あっ…ぶ、分析パターン『ブルー』です!!」
「な・ん・でこんな時にぃ〜〜〜っ!!!」








ガチャン

「リっちゃんも大変だねぇ〜。こんな時に。」
『全くだわ。こっちの都合は全然お構い無しなんだから。』

シンジとカヲルは第8番ブリッジへと走っていた。
シンジはプログソードを、カヲルは大きなケース3、4個を担いでいる。

『はっきり言って今回は急いで欲しいの。 直列まであと15分だから最長でも10分で片付けて頂戴。』
「それは無茶だよ〜」
『わかってる事言わないで。それを成し遂げるのもあなたたちの仕事でしょう?』
「それはそれだけどこれは…
『ガタガタぬかすんじゃないっ!!』

「…相当気が立ってるねぇ…。」

キーンとしている耳を引っ張りながらカヲルは 同じく耳を押さえて走っているシンジと顔を見合わせた。



そうこう言っているうちに2人はブリッジに出た。
そのまま階段を駆け上って6番と書いてあるケイジに到着する。
そこには白い装飾の小型移動艇がつながれていた。

『改式JA-002よ。簡易式Rステップが装備されているわ。』
「了解。」

カヲルはケースを眼下3mのドアにほうり込み、ついで自分も飛び降りる。
重力装置が働いていない事を確認したシンジも続いて飛び降りた。
シンジの体はゆっくりと艇の床に降り立った。

カヲルは素早い身のこなしで操縦席へ滑り込む。

「操縦できるの?」
「知識だけはね。あとは慣れさ。」

カヲルは手早く天井にあるスイッチを跳ね上げていく。

「…計算速度は……と、あ、シンジ君、しっかりベルト絞めててね。」
「あ、はいっ!」

慌ててシンジもカヲルの隣の席に座る。

「エンジン始動、シフトオールロック、座標計算開始、冷却水循環スタート、機体バランス設定完了、オールグリーン。STNBY OK!」
『了解。ゲートOPEN。』

ガラララ…

男声とともに正面の扉が開き、真っ暗な空間が現れる。


「いくよ!シンジ君!!……3、2、1、GO!
掛け声と共にカヲルが両側のレバーを押し倒した。

グゥン…!

「!!」

凄まじいGにシンジの体はシートへ押さえつけられる。


ドォォン!


ゲートが全開になると同時にJA-002は光弾のように飛び出した!!






ようやく衝撃がなくなってシンジが体を起こすとポポポと言う発信音がした。

「計算完了、と。シンジ君、連続で行くからつらいけど我慢してね。」
「え?」
「Reduce START!!」

カヲルが目の前の青いレバーを向こう側に押し倒した。


ヒイイィィィィィ……ン!!!

「ひっ!!」

たとえようのない不快音にシンジは思わず両耳を塞いだ。


船体が淡い青い光に包まれて………消える!

それと同時に1万キロ程先に船体が現れた。

何度も転移を繰り返しながらJA-002は目的の場所へとどんどん近づいていく。
ひたすら続く不快音と衝撃にシンジは意識を保つのに精いっぱいだった。

「急がなきゃな…。」

だから隣にいるカヲルの呟きにも気付かなかった。










「…んじ君、シンジ君!着いたよ!!」
「はっ!」

慌ててからだを起こすとカヲルはもう既に、 ケースを開けて何かの機械のセッティングをはじめている。
シンジに何か服のような物を投げてよこす。

「こ、これは?」
「Sスーツだよ。制服だけ脱いで着るといい。」

シンジは急いで服を脱ぎ、その青いスーツを身につけた。
少々厚手で弾力性のある生地の中に色々な小型機械が埋め込まれている。
着てみるとぶかぶかだったが、手首の点滅しているボタンを押すと空気が抜け、ぴったりと体に吸い付いた。
次いでLM装置を背負い、両肩と腰のベルトでしっかりと絞める。

「あ、カヲル君のスーツは?」
「大丈夫。僕にはATフィールドがあるから。」
あ、そうか、とシンジは納得した。

最後にヘルメットを被ってしっかりロックをすると、シンジとカヲルは機械とまだ開けていない3つのトランクを持ってハッチへ向かった。



プシュン

メインハッチの外には真っ暗闇な空間が広がっている。


「行くよ。」

カヲルが先に外へ出る。
ふわり、とカヲルの髪が静かに浮かんだ。
外の装甲につかまって体を反転させ、シンジに手を差し出す。
その手を取りながらシンジも外へ、大きく一歩踏み出した。

「!?うわっ!」

いきなりバランスを失ってシンジは思わず手足をばたばたと動かした。
そのせいで体がぐるりと回転してしまう。


「あはははは、大丈夫かい?シンジ君。」

笑いながらカヲルが両手を貸してシンジの体を安定させた。

「…あぁ、びっくりした。本物の0Gって大変だなあ。」
「フフフ、そのうち慣れるよ。さ、早く片付けてしまおう。」

まだ不安定にただようシンジの手を引っ張ってカヲルは宇宙艇の壁を押して、離れる。
ちょっと押しただけなのに、2人の体はかなりのスピードで飛んでいる。

「………。」

カヲルに手を握られたままシンジは少し情けない気分になった。






「で、『使徒』はどこにいるんだろう?」

シンジは辺りを見回してみる。

辺りには、細かいゴミや塵のような物が浮いている以外、何もない。
シンジとカヲルは丁度月の影の中に入っていたので、反射して入ってくる光はほとんど無い。
見えるのは、遠くの星々ぐらいだ。

カヲルは持ってきた機械で『使徒』のパターン反応を探している。



無重力。

「NERV」艦のなかで重力設定のしていない所もあるのだが、そこに居るときとはまた別の感じ。

宇宙、空間。

同じように力の働かない空間なのに、何故か、落ちていくような、どこかに引っ張られるような感覚に襲われる。
…変な感じ。胸の辺りがもやもやする。





ピー―――――ッ

「え?何?」

答えずカヲルはすぐにスイッチを切ってしまう。

「カヲル……
「しっ!」

カヲルはそろそろとシンジとの距離を縮める。
問い掛けようとしてシンジはようやく気がついた。

聞こえる。何かが。見えないけれど。



耳ではなく、体全体に感じる。

……… ………ン…………ン………

ある一定の間隔で、波打つような。

……ン………クン……トクン…トクン、…トクン、…トクン…、

振動。……いや。これは………鼓動?

「来る!」
「え…う、うわあっっ!!」


……ォォォオオオオオオ

正面から近づいてくる…何か!

シンジは思わずしゃがみこもうとした。
そのためまた体のバランスを保てなくなってしまう。


ォォォオオオオオオオオ!オ!オ!オ!オ!


その『何か』は悠々とシンジたちの真上を通過していく。
大きい。
カヲルはじっとその場に佇み、目を凝らしている。

3秒…4秒…5秒…

頭の上の存在感はまだ消えない。


やっぱり……こいつは!!


何とか自力で立ち直ったシンジの手をぐい、 とつかんでカヲルは一気に下へ移動する。

「ぅわあっ!」
予告無しの動作にシンジはついていけない。

「シンジ君、あれを見て!」

カヲルの指差した方向を見てシンジは息をのんだ。


月の影からゆっくりと出てくる、その白いフォルム。
まるでエイのような体が悠々とたゆたっている。 ぐるりと回転してみえたのは5本の角のような突起物。
シンジはその他に一番最初の『使徒』と同じ仮面を見たような気がした。


「…GAGH・I・EL。海の『使徒』だ。」
「お、…大きい…。」

静かに、悠然と空を泳ぐもの。
上に、時には下に、 時には体をひねって回転しながらあらぬ方向へと進んでいく。
まるで、遊んでいるようだ。

「好都合。これだけ的が大きければ外すこともないだろう。」

こういうとカヲルはくくりつけいた3つのトランクを開き始めた。
出てきたのは、大きな部品。 空間にただようそれをシンジと協力して次々と組み立てていく。

継ぎ目をしっかりと固定して出来たのは、長大なライフル。
遠距離狙撃用のスコープと自動照準機つきの加速式陽電子砲だ。

カヲルがバッテリーを背負い、スイッチを入れていく。

ウィィィィィィ……

ライフルの銃身に次々とランプが点り、反動防止装置が起動する。

ガッチャン
劇鉄を起こすと前を支えていたシンジの前に照準機がでる。


「…よくねらって。」

スコープの中で丸と三角が点滅しながら動いている。

『使徒』がくるりとターンをしてこちらへ向かって来る。
と同時に丸と三角が中央で重なった!

「撃って!!」
カチ。

ドオオォォォン!!!

黄色い光線が一直線に発射される!!
光は真っ直ぐに『使徒』へ向かって直進した!

……!!!…

『使徒』直撃し拡散する光がシンジたちを照らす。

「やった!!」
「いや!まだっ!」

光の粉塵の中から、ゆっくりと糸を引きながら白い体が飛び出してくる。
真っ直ぐこちらに向かって!!

「くっ!」

ガチャン

カヲルはレバーを引いてシリンダーをまわした。

「シンジ君!」

しかし、間に合わない!!



『使徒』がぐわっと大きく口を開けた!
鋭い歯の列の向こうに広がる赤黒い空間!!

「うわあああああっっっ!!!」


『使徒』は2人を攫うように口を閉じ、そこを通過していった。










カチッ


周囲が明るくなり、ライトに照らされたカヲルの顔が見えるようになった。

「こ、ここは?」
「…どうやら、あいつの口の中らしいね。」


辺りを見回すと、赤黒い肉のような物がぐるりと天井のようになっている。
シンジたちは、肉の壁で覆われた空洞の中にいるのだ。
壁が、わずかに息づいているのがわかる。

「…ライフルは、効かなかったのかな。」
「ATフィールドを自分のからだの周囲に薄く張り巡らしていたんだ。 『壁』ではなく『膜』のように。変わった使い方だ。」

カヲルは周りをもう一度見渡し、

「こっちだ。」

そう言って暗闇の中へ移動していく。慌ててシンジもその後を追った。

「…もしかして、僕たち食べられちゃったのかな?」
「『使徒』は補食を必要としない。 生命維持の為のエネルギーを取り込む必要が無いんだ。 口に含んだ、ってくらいだよ。」
「へ…え…。」

カヲル君も?とは聞けなかった。

カヲルはそれ以上何も言わずに奥へ、奥へと移動する。
時折、肉の壁が回転したり、 移動したりするのだがおかまいなしにただ、進んでいく。


「…あった。」

静止するカヲルにぶつかりそうになってシンジは慌てて体制を整えた。

「見て、シンジ君。」

言われてシンジはカヲルの肩越しに『それ』を見た。

「あ……!!」

ライトに照らし出された物は、赤い球体。
真紅に染まった球。血の色を感じさせるのは、生きている証だろうか。

「お、大きい…」

それはシンジの100倍はあるかと思われるほど、大きかった。
巨大な球。まさに、あの」巨大な『使徒』の、『コア』。




ガチャン


カヲルはライフルをコアの球面に直に当てた。

「あ…
ドン!



「…やっぱり、そうか…。」

光が消えた後、カヲルはそうつぶやいた。

コアの壁面には、傷一つついていない。
ライフルの銃筒の方が少し破損してしまった。

「そうか、って何が?」
「このコアの壁も、ATフィールドなんだよ。」
「え?」

カヲルはその手をコアに当てた。

「ATフィールドを物理的に展開して、 何重にも重ねて張っている。最硬の壁だよ。」
「じ、じゃあ、破れないの?」
「そう、破れない。」

そう言ってカヲルはシンジの目の前までやってきた。

「でも…侵食することはできそうだ。」
「しん…しょく?」
「ATフィールドをATフィールドで中和していくんだ。 他己のATフィールドを自分の物とする。壁に、溶け込むんだ。 うまくすれば、内側からの崩壊も望めるんだけど…」

そこまで言うとカヲルはうつむいてしまった。

「…でき…ない…の?」
「わからない。少なくとも、今の僕には……」

悔しげに顔を歪めていたカヲルだったが、 ふと、シンジの背中にあるものを見てはっとした。

「!! いや、出来るかもしれない!」






「リっちゃんの作った武器がこれほど手助けになるとは思わなかったよ。」

シンジとカヲルは手分けしてライフルを解体し、 元のようにトランクの中にしまい込んだ。
次いでシンジは背中にくくりつけていたプログソードを抜く。
改良されているらしく、その刀身がわずかに青白く輝いている。

「これを…どうすればいいの?」

シンジは複雑な顔をしている。

「しっかり持って、構えて。」

シンジは順手でプログソードの柄を握った。
それにカヲルが後ろから手を添える。

「目を閉じて…集中して。」

シンジは目を瞑った。視界が本当に真っ暗闇になる。
自分の息遣いが、やけに大きく感じられる。
胸の辺りが、何か、暖かくなっていくようだ。
両手に添えられたカヲルの手から、何かが流れ出して……


「もういいよ、シンジ君。」

シンジは目を開けてはっとした。

さっきまで鈍く、青白い光を放っていたプログソードが、 あかがね色に強く輝いている。

「こ…れは…」
「プログソードにATフィールドを張り巡らせた。 これだけの長さと硬度があればこの壁も貫くことが出来ると思う。」

なるほど、とシンジは思った。
カヲルのATフィールドで融解し弱くなった壁をソードで貫くのだ。
一点でも刺激が貫通すれば、そこから砕けるかもしれない。

「じゃ、行くよ!シンジ君!!」
「はいっ!」

シンジとカヲルの周りにもうひとつATフィールドが張られる。
2人は2、3mほど後ろに下がると、一気に加速した。

「やああああああああっっ!!」

凄まじいスピードに乗って一気にプログソードを突き出す!

ガキィン!!


「くうっ!」

両腕に伝わる衝撃にシンジは辛うじてもちこたえた。

ソードは完全には入っていない。
接合面にバチバチと火花が上がっている。

「…う…ぁぁぁぁあああああ…!!!」

シンジは渾身の力を込めてソードを前に突き出す。
カヲルも歯を食いしばっている。

ピシッ

ソードが少しずつ少しずつ奥へ入っていく。

ピシッ ピシッ

コアの表面にわずかな亀裂が入っていく。

ピシピシシッ シッ

ソードが押し込まれるたびに、その亀裂は大きくなっていく。

「あああああああああっっっっ………!!!!!!」

ガチッ

ソードが柄元まで完全に押し入った!!

ピシシシシシシ………………………… バアァン!!!

球面に無数の亀裂が一気に走ったかと思うと、弾けて霧散した!!

「うっ!?」

崩れたコアの中から凄まじい『何か』が飛び出してくる!
慌ててカヲルは両手を離してATフィールドを外側に張ることに専念した。


「あ……あ………」

シンジの中に、言い知れぬ不快、恐怖、嫌悪感が広がっていく。

(何だこれ!?何だこれ!?……や…いや…いやだ!!)

「シンジ君!あれ!!」

はっとして目を上げるとカヲルが一点を指差している。
その方向には先ほどよりもはるかに小さい赤い、 しかし黒く濁ったような色の球があった。

あれが、本当のコア!?

「シンジ君!!」

迷ってる暇なんてない!

カヲルがATフィールドを解除したと同時に シンジは弾かれたようにコアに突進した。

「やあああああっ!!」



ズブッ



「えっ?」

ソードを難無く通したコアは、ひどくもろく、柔らかい手応えだった。

外側の壁とは対照的に……ひどく…弱かった。

カアッ!!!

ソードを刺したままのコアが鮮やかな赤に輝いた!!

「あああああっ!!」

シンジは思わず手を放して頭を覆った。


シンジの中で、何かが、弾けた。



『イヤダ!シニタクナイヨウ!!』


「や…あああああっっ!!」
「シンジ君!!」


『オカアサン!!』





コアの中から、凄まじいエネルギーが吹き出してくる!

カヲルはすんでのところでプログソードを左手でつかみ、 シンジに右手を伸ばしたが、


バァン!!


空間が、大きく弾けた!!


カヲルも、シンジも、大きく吹き飛ばされる!

「シンジ君!!」

シンジの体はどんどん向こうへ流されていく。
カヲルは急いで体勢を整えると、シンジの方に向かって飛んだ。

シンジは丸くなったまま、まるで動かない。
カヲルは必死で追うが、 流れに乗ったシンジの体はどんどんと距離を広げていく。

「く……う…」

カヲルのからだが白く発光した。

背中に、6枚の羽根が出現する。
そのとたん、カヲルの速度が大きく上がり、シンジとの差がぐんと縮まった。

カヲルは一度大きく羽ばたいて大きく前へ回り込むと、シンジを体で受け止めた。

「シンジ君!……!!」

カヲルはシンジを抱きかかえて揺さぶったが反応が無い。
そのヘルメットにわずかに亀裂が入っているのを見てはっとした。

いけない!!空気が!

カヲルは亀裂に手を当てて2人の周りにATフィールドを張った。

急いで戻らなければ。
カヲルは辺りを見回した。 ゆっくりと動いていく月の影からJA-002の姿が現れる。

周囲には何故か大きな磁場の乱れが生じており、 プラズマと放射線が折り重なって歪みを起こしている。
ここはいわば台風の目か。
あそこまで真っ直ぐに行けるだろうか?

トクン… トクン…

シンジを抱えている腕に鼓動が伝わってくる。 まだ、生きてる。大丈夫だ。

トクン…トクン‥トクントクントクントクン

「え…?」

トクントクントクンドクンドクンドクンドクン

「し…シンジ君…!?」

カヲルはシンジを見た。シンジはうなだれたまま動かない。

ドクンドクンドクンドクンドクン

「シンジ君!?」

カヲルはシンジを揺すってみた。反応はない。

ドクンドクン ドクンドクンドクンドクンドクン

「シンジ君…?シンジ君!!?シンジ君!!!?」

ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン




































3








「…はっ!」





最初に見たのは、白い天井だった。


「あ……」

シンジは自分の周りを見まわした。

自分の寝ている金属パイプのベッド。
それが置かれているのは、白を基調とした部屋。
扉はなく、4面のうち1面の壁をカーテンが仕切っている。
向こうの壁に戸棚が1つあってその中には何やら薬瓶が並べられている。
シェードの下がった窓の所にハイビスカスに似た花が生けてある。

シャッ

「あ、気が付いた?シンジ君。」

カーテンを開けて入ってきたのは紙袋を1つ抱えたカヲルだった。

「良かったぁ。もう目を覚まさないかと思っちゃったよ。」
「あの…僕、どうして…?何が…?」

シンジは起き上がって自分の両手を見回す。

「酸素欠乏症寸前だったんだよ。あの爆発でヘルメットに穴が開いちゃってね。あともう少し遅かったら完全に起き上がれなくなってたそうだよ。」
「そうなんだ………。あ!」

何かを思い出してシンジははっとしてカヲルを見上げた。

「あのっ!あれからどれくらいたったの!?」
「?…いや、1、2時間ぐらいしか経ってないよ。惑星直列の前に帰還できたし、リっちゃんを怒らせないですんだよ。…もっとも、もう終わっちゃったけどね。」

カヲルはベッドを通り越して反対側の壁にあるボタンを押した。
するするとシェードが上がって、窓の外に真っ暗闇な空間が現れる。
所々に光っている大きな星が斜めに歪んで並んでいる。

「『奇跡』………一期一会、か…」

カヲルはそうつぶやくと窓に寄りかかって外を眺めた。

シンジはぼんやりとゆっくり離れていく惑星たちを眺めている。


あれが…たった10分そこらの出来事だったなんて……


シンジは着ていた白い服の上から胸元をぎゅっとつかんだ。
手の中にはシャツ越しに十字架が収まっている。

シンジがうなだれ考え込んでいる間に、 カヲルはシンジのベッドの側に椅子を持ってきて腰を降ろした。
紙袋の中から真っ赤なリンゴとナイフを取り出す。


「………あの……カヲル…君・」
「ん?何だい、シンジ君。」

カヲルは言いながらするするとリンゴの皮をむいていく。速い。

「あの…魚みたいな『使徒』…「死にたくない」って…言ってたのが聞こえたんだ。」

カヲルはリンゴの中心にナイフを入れ、パキッと2つに割った。

「…もしかしたら……あの『使徒』は、 カヲル君をねらってきたのじゃなかったんじゃ…ないの、かな。」
「………。そうだね…シンジ君。」

「!!」

シンジはうなだれたままシーツを強く握った。



「…どうしたの?シンジ君。……泣いてるのかい?」

シンジはうつむいたまま首を横に振った。涙は出ていないのだ。
カヲルはふっと微笑する。

「優しいね…シンジ君は…。 ……そおゆうところに僕は惚れちゃったのかもねぇ〜。」
「え゛?カヲル君!?」

思わず顔を上げたシンジの前にお皿にのせられたリンゴが出された。

「え?」
「ともかく今は、 一刻も早く元気になってリっちゃんやみんなを安心させてあげなよ。 ミサト一尉に知らせたらすっごく心配していたよ。」

そう言うとカヲルはフォークに切ったリンゴをひとつ刺して シンジの口元へ持って行った。

「はい、あーんして。」
「……………(汗)」
「ほら、早く。」
「……い、いいよ。自分で食べるから。」
「僕が食べさせてあげたいんだよ。遠慮しないで、…ホラ。」

当惑しているシンジとは対称的にカヲルはにこにこと笑っている。

………ひょっとして…励ましてくれてるのかな……

そう思うと何だかくすぐったいような気持ちがこみ上げてきて、 シンジは少し嬉しくなった。

「…じゃあ…」




「いい?シンジ君元気無いかもしんないから皆で励ましてあげるのよ。」
「…んでも寝とったらどうすんでスか?」
「う…その時はその時よ。さ、いくわよ。」


シャッ

「「「「やっほーっシンジ[いかり](君)!!」」」」



「あ…」

「「「「あ………」」」」



今まさにリンゴをかじろうと口を開けたシンジと、
カーテンの向こうからお見舞いの品と言葉を持ってやってきたミサトと新米警官たちは
お互いに硬直してしまった。



「お…お邪魔さまだったかしら?」


裏返ってしまったミサトの声をきっかけに全員の緊張が解かれた。

「なんや、シンジ元気やないか。」
「誰だよ危篤なんて言ったヤツ。」
「碇ぃ〜もしかして2人出来てんのかぁ!?」
「いや〜んな感じ。」
「おー結婚式には呼んでくれよなー。」
「ちょっ……ちがうってば!みんなっ!!」
「おー顔赤くしちゃってぇ」
「ひどいなシンジ君。やっと自分の気持ちに正直になってくれたと思ったのに。」
「カヲル君まで何言ってんだよ!!もう、 ああぁ〜葛城一尉何とかしてくださいよ〜っ。」
「あら、い〜じゃない。おめでとうシンジ君。早速皆にに教えてやらなくっちゃ。」
「あああああああああ〜〜〜(涙)」




本部第3番船の医療室に笑いが広がる。
仲間たちに囲まれて四苦八苦しながらもシンジは、幸せという気持ちを胸いっぱい噛み締めて、とてもうれしく感じていた。














その夜。



宿泊船の上にひとつの影が立った。

その人影は、灰色に光る棒をゆっくりと抜いた。

太陽の光に反射されたそれからキラキラと無数の赤い光が離れていく。

太陽風に乗って流れていくそれは、細い、帯を作っていく。


……サヨナラ…



誰かの声が聞こえたような気がした。






Continued!
ver.-1.00 1997-08/01公開
ご意見・ご感想・質問などなど、 こちらまで!

まともな(?)あとがき


お久し振りです。飛羽駆夏です。
今日は誰も呼んでません。 ああ…静かだ……(しみじみ)
今日はまともに作品解説出来そうですね。(^^)

それではっ!

まずは今回の題名ですね。
「なんなんだこれわ」と思った人多いでしょう。(^^;) 実は題はプロットの一部として話を書く前に大まかに決めてあるんです。
1話完結方式 ほとんどノリで決めてます。(笑)
Never die! で「死にたくないよ!」
で、魚が出てくるから「うみにただよう」でー
宇宙に出るのは初めてだから「即興曲」にしちゃえ(はぁと)←オイ
とゆーような具合です(^^;)
だから音楽に詳しい人も、どうか突っ込まないでください。(マジで)

で、今回のお話ですが…
なんか番外編みたいになってしまいましたね。 しかも前回予告した物はほっとんどわかんなくなってるし、 わかった人ははっきし言って凄いです。(^^;)
2年後に第7弾発売予定の超人気ゲーム第5弾(の小説)の影響でこの手の話は結構好きなんですけど、 この路線に話を持っていくとラストが考えられないので(^^;)あえなく却下です。
ちなみに使徒の名前は適当に略したものです。(ほとんどニックネームだ)
天使の名前は訳すと「神の…」が付いているのが多いので、この世界には神様いないので(笑) ほとんどに付いている「EL」とその前の母音を取っ払ってます。
で、最大フォントで叫んでいたガグ(ガギエル)君のおかあさんですが、 作品世界には存在していません。(軽い伏線です)

それではそろそろこの辺で。
前回の伏線とかわかった人、その他の事でも何でもいいですからメールください。
この話発表時点で1人しかもらってないんですう〜(しくしく)
それでは#5でお会いしましょう。




「…あの馬鹿女、予告を忘れてるじゃないの!
読者のみんな、わりと本編通りに進んでるから今回でアタシが登場すると思ってた人ゴメンね。
次回、あたしが華麗に活躍してあげるから。…まあコイツの力量でこのアタシの素晴らしさを 完璧に出せるとは思わないけど、とにかく請うご期待!しててね。それじゃあ予告っ!!」

次回予告!

「あの子が…帰って来るか……。」
壮麗に、かつ清廉に
「お帰りなさいませ。」
戦乙女は舞い下りる
「誰なんですか…?あのコ。」
青き星の娘たちの形見を掲げ――

「な……何よコレぇー――――――っっ!!!」


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#5 Rhapsody

 飛羽駆夏さんの『新銀河世紀特務警察エヴァンゲリオン!』#4、公開です。
 

 トウジをコントロールするスーパーパワー、ヒカリ。
 それがここでは3人に・・・

 あぁトウジ。
 君には安穏とした時はないであろう(笑)

 3つ後のコダマ・ヒカリ・ノゾミというのは新鮮ですね。
 性格とかはどうなんだろ・・・なんだか萌え萌え〜(^^)
 

 力を重ねて使徒を撃退するシンジとカヲル。
 妙に危ない雰囲気を作ってしまう所で、
 作者さんが女性だと言うことを感じますね(^^;

 私の様な男作者では、
 アスカなどが妙にラブラブ媚び媚びになってしまいますけど(^^;;;;

 そのアスカも次回登場の感じが!
 うっれしいな(^^)/

 駆夏さんは彼女をどう扱うんでしょうか?
 興味津々です!
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 EVA館唯一の女性、駆夏さんにあたたかなメッセージを送りましょう!


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