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チルドレンINワールドカップ・優勝への長い道のり その10

彼等がボールを蹴った訳





 「実はねサッカーやってほしいのよ」
 「サッカー?」
 「そうサッカー」
 「わしバスケの方が得意です」
 「知ってるわ。シンジ君が前言っていたのを聞いたことがあるわ。そこを曲げてお願い。足の回復の度合いを見る為のデータ採取には最適なの」
 「また実験動物代わりやろか」




 トウジの実験動物という言葉にリツコはびくっと反応した。




 「トウジ君ごめんなさい、そういう訳じゃ……」




 今のリツコは実験動物というような言葉に過剰な迄の反応を示す。リツコは今にも泣きそうに狼狽える。




 「リツコはん、落ち着いて、ワシの言い過ぎや、すまんです。でもこんな事で狼狽えてたら、ワシらも救えんと違いますか。もっと冷静にしてください」
 「ごめんなさい。そうよね。もっと落ち着かないと。でもお願い。実験動物って言うのはやめて。私が悪いのは判っているつもりだけど耐えられない。取り乱してしまうの。お願い」
 「わかりました。ワシも男や。おなごが苦しむのは見てられまへん。リツコはんの前では口にしまへん」
 「ありがとうトウジ君」




 本当に取り乱していたらしくリツコは眼鏡をそっとずらして白衣の袖で瞳を拭った。




 「それでさっきの事なんだけどいいかしら」
 「ワシあまりやった事ないからうまくないけどいいんですかぁ」
 「それは構わないわ。週に一度ここに診察に来た時にデータを取りたいの。今までは泳ぐ以外のスポーツはランニングも禁止してたけどここでトレーナーと一緒なら毎日でもOKよ」
 「そうですか。やっとスポーツ解禁ですか。それなら文句はいわんです」
 「じゃさっそく始めましょ。トレーナーが待っているわ」
 「あ、まってください。ワシ着替え持ってきてあらへん」
 「それなら大丈夫よ。此処にあるわ。しかもなかなか無い逸品よ」




 リツコは真空パックされた短パンと下着と靴下、黒ジャージをトウジに渡した。




 「こっこれは、セカンドインパクト前の伝説の繊維メーカーグンゼの短パンにブリーフ、ランニングシャツにソックス。ジャージはこれもまた伝説のアディダスブランドの黒ジャージ二本ストライプ入りやないけぇ〜〜〜〜」
 「ええそうよ。生き残りの関係者を探し出して復元したのよ。トウジ君に着て貰うのだからこれぐらいの品は用意しなくちゃ」
 「リツコはんはここまでワシのことを考えてくれはったんですか。よっしゃ男トウジこのジャージでサッカーの道極めてみせますわ」
 「喜んで貰えて嬉しいわ。じゃ今度はトレーナーを紹介するわ」




 リツコは机のインターホンのスイッチを入れる。




 「入ってきて」
 「はい」




 若い女性の声がした。リツコの個人研究室の戸を開けヒカリが入ってきた。




 「あれいいんちょ、今日はどうしたんや。今日は用があるによって来ないちゅう話やないけ」




 ヒカリはトウジの診察日にはいつも一緒についてきた。理由をなんだかんだ付けてである。




 「いいんちょ。そこいらにトレーナーおらへんか?」
 「トウジ君、彼女がトレーナーよ」
 「へ?」
 「この四ヶ月でスポーツトレーナーの修業たっぷりしてもらったのよ」
 「…………」
 「…………」




 トウジは唖然、ヒカリは赤面。話は四ヶ月前トウジの手術直後に遡る。
















 「ヒカリちゃん。じゃあなたにトウジ君の世話は全部任せたからね」
 「はい」




 おさげの少女は表情を引き締めて言う。リツコの研究室である。トウジはまだ手術直後のため麻酔が効いて寝ている。




 「専門的な事は看護婦さんに任せて、ヒカリちゃんにはトウジ君の身の回りの世話と心の世話をしてあげて欲しいのよ。いくら男らしいトウジ君でもとっても不安だろうからね。優しくしてあげて」
 「はい」
 「何だったら、迫ってもいいわよ。何せトウジ君身動き取れないんだし、ご飯あげないって脅せば何でも言う事聞いてくれるわよ。この際がんばってファーストキスぐらい奪っちゃったら」
 「…………」
 「あ、ごめんなさい。ちょっとからかい過ぎたわね」




 椅子に向かい合って座っている少女が絶句しているのを見てリツコは言う。




 「でヒカリちゃん」
 「は、はい」




 ヒカリ復活。




 「此処からが本題。正直に答えて頂戴。これはこれからのトウジ君の回復とも関係してくるわ」
 「はい」
 「あなたトウジ君のこと好き」
 「…………はい」




 いきなりそのものずばりを聞かれてしばらく口をぱくぱくしていたヒカリだがやっと答える。




 「ずっと一緒に居たい?」
 「はい」
 「彼の為に身も心も捧げる気ある?」
 「……はい」
 「一生よ?」
 「はい」




 凄い会話だがヒカリは取り憑かれたように答えていく。そう彼女は恋に取り憑かれていた。




 「そう。じゃ言葉の通りにして貰いましょう。実は彼にはずっと付き添って貰う外科医が必要なのよ」
 「外科医?」
 「そう。彼の足は継続的に診断する主治医が必要だわ。但し機密保護の関係もあるからめったやたらな医師はつけられないわ。それにこの手術は世界初と言ってもいい位の大変な手術よ。だから長期間にわたり継続的に一緒に居ることが重要なの。ナツミちゃんも同様。それならば一番いい方法としてトウジ君のお嫁さんがお医者さんならいいわけ」
 「はぁ」




 話が凄くてはぁしかでないヒカリである。




 「でヒカリちゃんに医師を目指して貰うわけよ。幸いあなたは頭もいいようだし手先も器用だし外科医にはもってこいね」
 「へ……」




 変な声をあげるヒカリである。




 「勉強のほうは私やマヤ、アスカやミサトがみてあげるから大丈夫よ。高校は1年で飛び級、医大も3年で終了するようにびしびし鍛えてあげるわ。で医師免許を取ったらネルフの付属病院で修業しするのよ。いい」
 「はぁ〜〜」




 ヒカリ頭がついていってない。




 「それとスポーツ医学も学んで貰うわ。これはすぐ始めて貰うわよ。四ヶ月もすればまたトウジ君スポーツ再開できるからそれまでにトレーナーの一通りの事を学んで貰うわ。全てはヒカリちゃんとトウジ君の二人の未来の為よ」
 「鈴原と私の未来……」




 ヒカリの頬が赤くなる。それと共に瞳に炎が燃え上がる。




 「そうよ。鈴原と私の未来の為よ……」




 ヒカリ手のひらを握りしめて立ち上がる。みごとにリツコにのせられたヒカリであった。
















 「まあトウジ君観念することね。責任とるっていう話じゃない。これでまた一つ離れられない理由もできたわね。トウジ君トレーニングの方法はグランドでヒカリちゃんが説明するわ」
 「はい」




 トウジ観念したようである。




 「じゃ移動しましょうか」




 リツコは携帯端末を持ち部屋を出る。トウジとヒカリは少し離れてつっ立っていた。




 「鈴原ごめんね。勝手な事して」
 「そんな事ないで、いいんちょ。ワシ嬉しいわ……いいんちょがこんなに気に掛けてくれて」
 「ありがとう」
 「二人ともいいかな。移動するわよ」




 赤くなって俯いている少女とそっぽを向いて目をきょろきょろしている少年にリツコは声をかけた。












 「ここのグランドは立派やなぁ〜〜」




 ネルフの付属グランドである。




 「それにしても、さすがグンゼとアディダスや。よお体にフィットしおる」




 トウジはネルフの技術力により再現されたジャージがお気に入りのようである。




 「じゃあ始めるわよ。初めの一週間は柔軟体操と軽いジョギングが主なメニューよ」
 「そりゃ軽すぎないかぁ。もっとハードに行きたいんやが」
 「だめよ。鈴原は柔軟体操をあまく見てるわ。どんな優秀なプロスポーツの選手も柔軟体操はしっかりとするわ。いえ柔軟体操をして関節と腱を柔軟にし筋肉の温度を一定にまで上げ下げしどんな時でも全筋力を出しきりしかも怪我をしない。これは一流の選手の必要条件よ。わかった、鈴原」
 「わかったがなイインチョ。そうがみがみいわんと……」
 「わかったらまずラジオ体操から始めるわよ」
 「へ?なんやらかっこ悪いなぁ」
 「いいからやるの」




 完全にヒカリの尻に敷かれているトウジであった。




 「トウジ君一週間したらボールに触らしてあげるから、ちゃんとヒカリちゃんの言うことを聞くのよ。トウジ君責任とるんでしょ。ヒカリちゃんみたいないい子がトレーナー謙主治医謙お嫁さんになるんだからがんばんなきゃ」




 リツコの冷やかし半分の励ましである。




 「トホホ……ほなやります」




 いちにさんし




 お揃いのジャージ姿でトウジとヒカリはラジオ体操第一から運動を始めた。




















 「さすがトウジ君ね。毎日ぐんぐんと神経パターンの整合性が伸びているわ」




 一週間後のリツコの研究室である。




 「それどういうことですか」




 一緒にトウジと聞いているヒカリが質問する。




 「簡単に言うと足が馴染んできているってことね」
 「今日からはボール蹴れるって本当やろか」
 「そうね。いいでしょう。それに今日からはダッシュしてもいいわよ」
 「よかったわね、鈴原」
 「おう、これもイインチョのおかげや」
 「そんな……でも嬉しい……」




 照れて赤くなり下を向くヒカリである。そっぽを向いて照れるトウジ。反応がワンパターンな二人である。




 「そうそうお二人さん。今日からはボールも使うと思って皆も呼んであるのよ」
 「皆?」
 「そう皆。とにかくグランドに行きましょう」












 「センセにケンスケ、惣流に綾波やないか」




 グランドには体操服に着替えた彼らがいた。




 「リツコさんに頼まれたんだ。トウジのリハビリ手伝ってって」




 シンジが言う。




 「そうよ。まぁサッカーとなればドイツね。私がびしびしコーチしてあげるわ」




 アスカが腰に手を当てて得意のポーズをしつつ言う。




 「まそう言う訳。僕も面白そうだし手伝うよ」




 ケンスケが言う。




 「私ケンスケ君と同じ」




 レイも言う。




 「く〜〜ワシ幸せや。なんていいやつらや」




 男トウジはむせび泣いていた。




 「私が練習メニューは作っておいたわ。じゃあ早速始めましょう」




 ヒカリが言った。




 「まず柔軟体操をしっかり30分、次はジョギングと軽いダッシュを繰り返すこの動作を30分。それからやっとボールを触るの。基礎のボールタッチの練習から。それを30分。最後に30分柔軟体操よ」



 「なんや。やたら柔軟体操が多いやないか」
 「ええでも今の鈴原はこれくらい必要よ。まだ全力で走れないでしょ」
 「そうだよトウジ。ゆっくり回復させないと。焦りは禁物だよ」
 「じゃあみんなで初めましょ。鈴原、センサーはしっかり足に付けてる?」
 「大丈夫や」
 「まず二人一組になりましょ」
 「お〜〜い」




 その時グランドの向こうから一組の男女が走ってきた。




 「あれミサトさんどうしたんですか。日向さんも」
 「最近ちょっち仕事が暇なのよ。で少し太り気味だし〜〜ダイエットによさそうだしね」
 「ミサトさんほっとくと運動した後ビール飲みまくるだろ。それじゃ元の木阿弥だからお目付け役ですよ」




 日向は上下ジャージ姿。ミサトは下は短パン上は濃い色のTシャツ一枚という格好だ。一応スポーツブラはしているが、胸はバウンバウンと揺れて盛り上がっている。短パンからも見事な太ももが露になっている。いつも見慣れているシンジと日向はいいがトウジとケンスケは顔がでれでれとなっていた。当然と言えば当然だろう。憧れの人のセクシーな姿をこれだけ身近で見てしまえば。が、収まらない人もいる。




 「鈴原」
 「ケンスケ君」




 トウジとケンスケはそれぞれはそれぞれのパートナーの方を振り向き固まった。




 ヒカリは妖気に近いような視線をトウジに送っていたしレイは周りの光景を歪ましていた。レイは知らず知らずの内に微量のATフィールドを発生していたみたいである。




 「お…落ち着けイインチョ」
 「は話せば判る」




 極端にやきもち焼きの彼女に恵まれた二人である。なにはともあれ練習が始まった。
 柔軟体操が終わり、次はジョギングで体を暖める。ジョギングの最中リツコとゲンドウがグランドにあらわれた。




 「ほう。走れるようになったか」
 「はい」
 「よくやったな、リツコ君」
 「いいえ、トウジ君の努力の賜物です」
 「そうか」




 ゲンドウはその場を立ち去ろうとする。




 「所長」
 「なんだ」
 「たまにはシンジ君と話していってはどうですか。レイちゃんが心配していましたよ」
 「最近君はレイと上手くいっているらしいな」
 「ええ。頼りにしてくれます」
 「今はいい。その内私もシンジの様に思い切れるだろう。その時にな」
 「そうですか」




 ゲンドウはポケットに手を突っ込んだまま振り向くと建物に戻っていった。




 「リツコさぁ〜〜ん」




 ヒカリの声だ。トラックを一周して戻ってきたみたいだ。




 「じゃあ皆五分間休憩ね」
 「ふぅきつい。ワシの足まだまだちゅうのがよく判った。イインチョ今まで加減して走っていたんやなぁ」




 トウジはジョギングの最中でも遅れ気味だった。ダッシュになると小学生並みだった。




 「トウジ君、ずいぶん筋力はついてきているわよ」




 リツコは携帯端末を見ながら言う。トウジの足に付けたセンサーの情報を読みながらである。




 「さよか」
 「今のトウジ君は筋力はあるけどその制御が上手くいっていないだけ。力が空回りしているの。筋力自体は日向君の次にあるわよ。その次が意外と言ってはなんだけどシンジ君、続いてケンスケ君、ミサト、アスカ、ヒカリちゃん、レイこの順ね。レイちゃんは女の子とはいえ筋力なさすぎよ。ちょうどいいからこれから筋力と持久力を付けましょうね」
 「はい。博士」
 「俺達に筋力があるのは普段家事や雑務をやらされているからだな」
 「そうですね」
 「「なにか言った!!!!」」




 ミサトとアスカが言う。自覚は有るみたいである。とにかく尻に敷かれている男性陣ではある。




 「さてっと練習再開ね。アスカ、先生頼むわ」
 「判ったわヒカリ。私も選手やっていたわけではないから基本的な所だけ教えるわ。サッカーの技術のうち体を使う技術はボールを蹴る事、ボールを止める事、体を自由な場所に動かすことよ。どれも難しいわ。今日は蹴る事の練習よ。キックには色々種類があるわ。インサイドキック、インフロントキック、インステップキック、アウトフロントキック、アウトサイドキック、ヒールキック。これは足の何処で蹴るかの違いね」




 アスカはここまで一気に話すと一息つく。アスカはいつもの勝ち誇りポーズで説明し皆は周りで輪になって座って聞いていた。日向やミサトも黙って聞いていた。




 「でまず今日はインサイドキックの練習からよ。足の内側を使って蹴る蹴り方ね。この蹴り方は一番精度が高いわ。だけど威力が小さいの。とは言ってもドイツの代表選手はこのキックで30メートルぐらいの矢のようなスルーパスを決めるわ」




 アスカちょっぴり嬉しそう。




 「で、具体的な蹴り方なんだけど、まず軸足をボールの横に置くの。その時足の方向は必ずボールを蹴る方向に向けるの。インサイドキックのボールは軸足の向いた方向に飛んでいくから。そうしたら蹴足を90度外側に開いてボールを押し出すように蹴るのよ。じゃやって見せるわ。シンジ、ボール蹴るから的になって。で、ボール行ったら同じように蹴り返してみて。少し……そうね5メートルぐらい離れてみて」
 「判った」




 シンジは立ち上がる。




 「じゃ行くわよ」




 アスカは右足のインサイドでボールを蹴る。ボールは見事にシンジの右足の足元に来る。シンジはボールを踏んずけるように止めた。




 「どうこんな感じよ。シンジ蹴り返してみて」
 「うん」




 シンジはアスカに言われた通りに丁寧にボールを蹴る。少し弱いがアスカの右足の足元にボールが戻って来た。アスカはインサイドでトラッピングをする。




 「初めてにしては上手いわね。じゃあ皆もやってみて」




 皆は立ち上がるとお互いの相方と離れてインサイドキックの練習を始めた。男性陣に比べ女性陣は素直にアスカの言う通りにやっているので比較的上手くいくようだ。それに比べトウジやマコトは酷いものであった。ケンスケの足使いは合気術で馴れているのか中々上手い。




 「はい、一旦中止。皆なかなかやるわね。トウジや日向さんはそのうちうまくなるわ。じゃ今度は実際ボールを取り合ってみましょう。まず一人鬼を選んで三人で囲むのよ。周りの三人で中の一人にボールを取られないようにパスを回すの。ボールを取られたら取られた人が真ん中の一人と交代するの。じゃ男女に別れて初めましょ」




 こうして皆のサッカー第一日目は過ぎていった。彼らはトウジのリハビリに毎日つきあった。一週間も経つと皆はずいぶんボールに馴れてきた。次の土曜日練習も終わり皆が研究所の休憩室でくつろいでいた時、リツコが研究室から顔を出した。




 「皆ご苦労様。トウジ君テレメーターで観測してたけどもうずいぶん神経パルスの整合性も良くなったわ。後一カ月もすれば完全復帰ね」
 「そうですか。最近はナツミも下半身が動くようになってきて……ワシ、リツコはんに感謝してます」
 「そんな……しなきゃいけない事をしたまでよ。そうそうナツミちゃん意外と早く歩けるようになりそうよ。三ヶ月後をめどに杖を使って歩く練習を開始できそう」
 「おおきにリツコさん」
 「これも頼り甲斐があるお兄さんとその彼女のせいよ」
 「…………からかわんでください」
 「……」




 トウジの横ではヒカリが赤くなっている。周りの仲間達もほほ笑んでいる。




 「ところで皆今日はこれから空いてる?実はいいものがあるのよ。夕飯もご馳走するから」
 「私とシンジは暇よ」
 「ええ。僕は空いてます」
 「僕とレイも特になにもないです」
 「はい」
 「ワシもあいてます」
 「私も」
 「子供達は皆OKと……ミサトはどうする?」
 「えびちゅある?」
 「えびちゅはないけど清酒黒薔薇の蔵出し特級ならあるわよ」
 「行くわ。清酒黒薔薇の蔵出し特級……リツコさすがね」
 「日向君ミサトの後始末に来てくれるわね」
 「はい。お供しましょう」




 と急遽宴会となる。












 「リツコさんこれ何ですか?」




 リツコの部屋はすっかり準備が整っていた。子供達には散らし寿司に天ぷら、大人にはプラスアルコールである。乾杯をして少しお腹も落ち着いたところでシンジがテレビの側に黒い箱状の物が幾つもあるのに気がついた。




 「それはVHSビデオテープ」
 「なにするもの何ですか?」
 「そうかシンちゃん達見たことないもんね」




 ミサトがビールを呑みながら言う。




 「これはSーDVDと同じで映像を記録するものなのよ。昔は技術が低かったからこんなに大きかったのよ」
 「へえ〜〜初めて見たわ」
 「僕は話しには聞いていたけど実物は初めてだ」




 ケンスケが言う。




 「リツコさん何が録画されてるの」
 「これはね……私の秘蔵テープ……日本が初めてワールドカップに出場した三試合とその前の地区予選の最終戦のテープのコピーなの。オリジナルは大切に保管してるわ」
 「リツコさんってその頃からサッカー好きだったの」




 ヒカリはリツコのイメージと合わないらしく不思議がっている。




 「それはね、私の幼馴染で初恋の彼がサッカー大好きだったの。その子のテープなのよ」
 「そうなんですか。でその人今どうしているの?」
 「セカンドインパクトの大災害の時私を庇って死んじゃったのよ」
 「…………」




 思いがけないリツコの話にヒカリの言葉が止まる。




 「気にしないでヒカリちゃん。私もやっと最近になって吹っ切れたみたい。いろいろとね。凄く時間かかったけど。セカンドインパクトからはこのテープ見た事なかったのよ。でもやっと見る気になったのよ」
 「そうなんですか」




 シンジが言う。




 「そういうこと。あなた達が頑張ってくれたおかげで私も前に進んで行けそうだわ。まあこんな話はおいといて早速見ない?」
 「そうですね。じゃセットします」
 「頼むわね。流石に日向君は知ってるようね」
 「かろうじて」




 マコトはテープを受け取ると年代もののVTRにセットする。画面にはサッカーのグラウンドのセンターサークルで二人の男ががっちり手を交わしている所が映っていた。




 「この人たち誰ですか」




 ヒカリが聞く。




 「当時の日本代表のツートップ、カズとゴンよ」
 「カズとゴン?」
 「愛称よ」
 「そうなんですか」




 ピー




 ホイッスルと共にテレビの中の試合が始まった。




 「「「「「「うわぁ〜〜〜〜」」」」」」




 いきなり相手側のオウンゴールかと思えるようなシーンから1998フランスWCUPアジア地区予選第三位決定戦イランvs日本が始まった。




 「うお〜〜」
 「きゃぁ〜〜」




 子供達は興奮して見ていた。




 「懐かしいわ……」
 「あらミサトこの試合見た事あるの?」
 「ええ。父さん待ってて夜遅くまで起きてたのよ。その日」
 「ふぅ〜〜ん」
 「あの頃父さん家庭を省みなかったからいつも母さんと夜待ってたわ。でいつも帰ってこなかったわ」
 「そうなの」
 「そうよ……寂しかったわ……あれ、どうしちゃったのかなぁ、涙出てきちゃった。ちょっち呑みが足りないみたい」
 「そうね。もっと呑みなさいよ。後でマコト君に介抱してもらえばいいだのから」
 「そうよね。マコト君酔いつぶれたらお願いね」
 「判ってますよ。その代わり自由にさせてもらいますからね」
 「いいわよぉん。でもへべれけじゃなぁ〜〜んも出来ないでしょ」
 「確かに」




 三人とも苦笑いである。子供たちは真剣にテレビに見入っている。時々アスカが解説を入れる。




 「私は幼馴染みの彼氏と見ていたわ」
 「でもこの試合結構夜遅くまでやっていなかったっけ」
 「家族ぐるみで仲良かったの。と言うより家族みたいな物だったのよ。私もその子も片親だったからってこともあるわ。親達できてたのよ。私達もいちゃいちゃしてたけどね」
 「ふぅ〜〜ん」
 「もう止めましょ、昔の話は。そろそろ得点シーンよ」




 画面では不自然に髪の毛を金色に染めたMFがイランの守備陣の隙間を縫って一本のスルーパスを通した。顔のごついFWがゴールに叩き込む。ボールはキーパーの手を弾いてゴールに飛び込んだ。




 「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」」」




 画面の歓声と共に子供達も叫んだ。




 「見事なスルーパスやないか。せやけどあのFWの気合はたいしたもんや」
 「まあまあね。あれぐらい決めて当然よ」
 「そうかなぁ〜〜。やっぱり決める時に決めるのがFWだからいいんじゃないかなぁ」
 「そやそや。ワシは好みや。男は気合や」
 「まヒカリには悪いけど。あんたは気合ぐらいしかないもんね」
 「もう一度言うてみぃ〜〜」
 「「まあまあ」」




 シンジとヒカリがトウジとアスカの間に入る。




 「ほら試合がどんどん進んでいるよ」
 「そうね」




 ケンスケとレイの言葉でまた子供達はテレビの前に戻る。




 「子供達結構楽しんでるわね」
 「そうですね」
 「よかったわ」




 そんなこんなで試合はハーフタイムを迎えた。




 「どうこの試合?」
 「まあまあね。ブンデスリーガーと比べるのは可哀想だわ」
 「アスカ、そんな事言ったってしょうがないよ。この年までWCUP出た事無かったんだから」
 「まあそうよね」
 「日本のGK……格好いい……」




 レイがぽつりと言う。




 「ああ川口選手ね。今でも新横浜マドロスで正GKやってるわよね」
 「女子高生や中学生に人気有ったわよね」




 リツコとミサトが懐かしがってる。一方ケンスケは目を光らせていた。




 「リツコさん……」
 「なあに相田君」
 「僕の近眼、手術で治りませんか?」
 「治るけど……いきなりどうしたの?」
 「いえ、やはりサッカーはGKだと思いまして。あのポジションはコンタクトレンズはやばそうですし」
 「そお言う事ね……いいわそんなに危険度があるわけでも費用がかかる訳でもないから研究所の雑費使ってただでやってあげるわ。但しお父さんに手術の承諾書は貰ってきてね。トウジ君の時も親戚の人に貰らったから」
 「はい判りました」
 「それにしても……レイよかったわね。ケンスケ君こんなに一生懸命になってくれて」
 「はい」




 レイは顔を赤くしつつもはっきり答えた。




 「センセはどの選手がよかった?」
 「僕は……あの金髪に染めている選手もうまいと思うけど、中盤の底にいる選手がこのチームでは要だと思います」
 「あの選手は山口っていって、この時の日本代表の心臓部と言われた選手なのよ。実質このチームは中盤前の中田……金髪の選手ね、山口、DFのど真ん中の井原この三人のチームよ。シンジ君よく判ってるじゃない」
 「トウジがサッカーでリハビリするって聞いてからアスカが毎日いろいろな国や大会の試合を毎日S−DVDで見せるんです。それで少し判るようになったんです」
 「そういえばアスカ毎日シンちゃんと二人でサッカー見てたわね。アスカったら友達思いなんだから」
 「私は別にジャージ男がどうなろうと知った事ではないけど、シンジが恥かいたら同居人として私のレベルも疑われるからね」
 「またまたアスカったら、トウジ君の事だって心配だって言ってもいいのよ。ほんと素直じゃないんだから〜〜」
 「別にジャージ男はどうでもいいけどね、回復遅れたらヒカリが悲しむじゃない。そんだけよ」




 まったく素直では無い。




 「それにしても性格って出るわよね。トウジ君はFWが好きみたいだし、シンジ君の守備的MFっていうのもよく判るし、ケンスケ君のGKは……愛ゆえってとこね」
 「ほんとねぇ〜〜」
 「ミサトさん、リツコさんそろそろ後半始まりますよ」
 「そうね。ところでマコト君いつまでミサトさんなんて呼ぶの?ミサトとか葛城って呼ばないの」
 「そうなのよぉ〜〜もう呼んでいいって言ってるのにこいつったら」
 「……まだまだ自信がないんですよ」
 「別に自信持っていいわよ〜〜夜なんか立派だし」
 「なっなに言ってるんですかミサトさん」
 「あらあらお熱い事」




 どうもここの男どもは女性の尻に敷かれているらしい。




 「ただいまあ〜〜」
 「あらカヲル君早かったわね」
 「ええ図書館が閉館になったので戻ってきました」
 「あらその彼女はどなた?」
 「……私山岸マユミと言います」
 「山岸さん……ああ聞いてるわ皆の同級生の子ね」
 「はい」
 「丁度よかったわ。今日は皆集まってサッカーのビデオ見てるのよ。よかったら寄っていかない」
 「いいんですか?」
 「もちろんよ。皆カヲル君帰ってきたわよ。あと山岸さんも」




 サッカー談義に夢中になっていた子供達が振り向く。




 「やあシンジ君来てたのかい。みんなも久しぶり」
 「久しぶりって昨日学校で会ったばっかりでしょ」




 相変わらずアスカはカヲルにつっけんどんだが悪意は感じられない。




 「カヲル君今日はどこに行ってたの?」
 「最近は古今東西の文学作品に興味が有ってね。図書館巡りさ。山岸さんは文学少女だしつきあってもらっているんだよ。彼女ほんとにそういう方面詳しいんだよ」
 「そうなんだぁ」
 「それほどでも……」




 マユミは赤くなっている。確かにマユミは文学少女でもある。ちなみに第壱中の総番の方は対決の勝者であるアスカに譲ろうとした。しかしアスカが拒んだ為今でも続けている。




 「カヲル君も山岸さんも一緒に見ましょうよ」
 「そやそやこういうのは大勢で見たほうがいい」
 「そうだね。山岸さんもどうだい」
 「はい。渚さん」




 二人は子供達の輪に入る。




 「ふぅ〜〜ん。仲いいのね。リツコちゃんと躾はしてる?彼人間の女の子にもそうとう興味あるって言う話だし」
 「そのへんは大丈夫。しっかり言い聞かせてあるわ。まず女を知りたかったら私が相手してあげるから一般人は避けなさいってね」




 三十路女がこそこそと話していた。本人達は結構真面目である。プレイボーイの使徒は御免被りたい。が、話を聞いていると下世話な話に聞こえる。
 そうのこうのしているうちに後半戦が始まった。




 「あちゃぁ〜〜」




 開始してすぐにトウジの変な声があがった。日本のDFのミスから後半戦早々と同点にされたのだった。




 「なんや今の守りは……」
 「ハーフタイムあけの気をつけないといけない時間帯なのに……」
 「そうねシンジ、日本の水準が判るわね」
 「まあそんなにきつく言わないで続き見ようよ」




 子供達は早くもTVに釘付けになっていた。




 「盛りあがってるわね」 
 「そうね。私はこの試合見ると昔を思い出しちゃうわ。ふぅ〜〜〜〜。もっと呑も。マコト〜〜お酒ぇ〜〜」
 「はいミサトさん」
 「まぁ〜〜たさんを付ける。ミサトか葛城か呼び捨てにしなさいよ、おっとこの子でしょ。こんどミサトさんって言ったら抱いてやんないぞ」
 「あらあら大変ねマコト君。酒乱で年上の恋人持つとねぇ。まあ言ってやんなさいよ、それでも甘えているつもりなんだから」
 「ええ苦労してます。……ほらミサト」




 マコトはミサトのコップに清酒をなみなみと注ぐ。




 「よぉ〜〜し、ちゃんと言った。今日は可愛がってあげるわぁよぉ〜〜ん」
 「それにしてもミサトって男にだけは恵まれてるわよね。がさつでづぼらでいいかげんで酒乱でショタ……これだけそろってるのにもてるのよね。やっぱり女って胸の大きさなのかしら」
 「何言ってるのよ。あんただって十分もててるわよ」
 「あちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 「あら逆転シーンね」




 TVの画面にはイランのちょび髭でのっぽな選手がヘディングで得点を決めるシーンがリプレイされいた。




 「この選手強くて高いね」
 「そうだね」
 「センセもケンスケも何冷静になってんのや。ここは応援せんとあかん」
 「でもトウジこの試合終わっているんだよ」
 「そんな事は関係ない、ここで応援せなこの試合負けるやないか」
 「鈴原君は面白い事を言うね。時をさかのぼり過去に干渉する。人の意志による因果律への干渉。人の願いは夢に満ちているね」
 「渚こそなに言ってる、相変わらず変なやっちゃなぁ」




 相変わらずカヲルは妙な会話をしている。




 「随分カヲル君馴染んだわよね。確かに今では人間よねぇ。あれなら何か安心できるわぁ。……ひっく」
 「あらミサトが酔ってくるとは珍しいわね」
 「いいじゃない。何か最近は酔ってもいいような気がしてるのよ。緊張感が無くなったというか張りつめていた物が無くなったというか。気が楽になったと言うか」
 「あなたもふっきれてきたんじゃない」
 「そうかもね」




 ミサトはそう言うとまたコップの清酒を残らず呑んだ。




 「マコトお代わり」
 「これ以上だとほんとに酔いつぶれますよ」
 「いいわよ。そのかわりこの前断ったあぁ〜〜んな事やこぉ〜〜んな事もやっちゃっていいからさぁ〜〜。レイちゃんとケンスケ君、シンちゃんとアスカの所に泊まらせてからやっちゃえばぁいいしぃ〜〜」
 「そっそれは……いいかも」




 この二人単なる色ぼけかもしれない。




 「あれ二人交代なんだ」




 TVを見ていたシンジが日本のFW二人が同時に代えられたのを見て少し驚いたような声を出した。




 「そやな。思いきった事しよる」
 「ほんとだね。ミサトさんの作戦指示みたいだね」
 「それを言ったらこの監督に悪いわよ。ミサトはもっとずたぼろな指示出すわよ」
 「あ〜〜すかぁ〜〜何か言ったかぁなぁ〜〜。アスカのお小遣い分シンちゃんの口座に振り込んじゃおうかなぁ。シンちゃんしっかりしてるから貯蓄にまわしちゃうわね」
 「な、何でもないわ」




 さすがミサト。口と胸では負けていない。負けているのは若さだろう。




 「それにしてもFW二人一気に代えたのは吃驚したけど、今考えると当然と言うか妥当と言うか。今まで絶対代えられた事の無かったカズを代えたからちょっと目立ったけどね」
 「後半運動量が減って来た二人を代えたのは間違ってないって事?」
 「私はそう思ったしシンちゃん……幼馴染みの子の名前だけど……もそう言ってたわ」




 日本の選手の交代でまた試合の動きが活発になったらしく子供達から歓声があがっている。




 「じょ〜〜〜〜〜〜〜〜」




 TVのアナウンサーが絶叫していた。




 「凄いヘディングやないかぁ」
 「アシストもぴったしじゃない。やるわねあの偽金髪」
 「僕はその前に敵のパスをカットして攻撃に繋いだボランチの山口さんがうまいと思う」




 日本が同点に追いついて子供達も活気づいたようだ。




 「やっぱり現場の指揮官は強気でないとねぇ〜〜。ねえねえリツコ最近Jーリーグ再開したじゃない」
 「そうね」
 「監督になるのって資格いるの?」
 「いるわよ。コーチのライセンスが。なんでそんな事聞くの?」
 「ほらぁ〜〜私ってば天才的な戦略家じゃない」
 「…………まあ天才的かどうかはともかく実績と強運は有るわね」
 「でこの才能を埋もれさせるのはもったいないじゃない」
 「そう」
 「気の無い返事ね。で今思いついたんだけど私サッカーの監督やろうかと思ってさぁ〜〜」
 「またいきあたりばったりね」
 「失礼ね臨機応変と言ってよ」




 いつもの漫才になっている。




 「私って戦闘の指揮は自信有るのよ。ただもう殺し合いはたくさんだわ。その点スポーツの監督ならね。せいぜい言う事聞かない選手をはっとばすぐらいでしょ」
 「まあね」
 「んでさぁJリーグの監督目指そうかなぁと思ってね、まあゆくゆくは代表監督で世界一ね」
 「よくもそこまで大口叩けるわね。まあうまく行ったら清酒十斗に一日だけミサトの言う事なんでも聞いてあげるわよ」
 「言ったわねリツコ。覚えてなさい」




 後年リツコはその一日が終わった後「ミサトっていいわ」と頬を赤くして言っていたそうな。何がだろうか?




 「とりあえず同点で延長戦だね。この後どうするんだろう」
 「FWを増やすんやないか」
 「僕はむしろ中盤の選手を入れかえるね」
 「それにしても日本の監督落着きが無いわね。見た目も冴えないし」
 「アスカそんな事言ったら悪いよ」
 「まあ惣流はシンジ以外は全員冴えないってところだね」
 「何よ相田喧嘩売る気」
 「まあまあ二人ともそないなことどうでもええやないか」




 子供達も少し緊張が取れたのか騒がしい。




 「でもこの試合監督大変だったわよねぇ〜〜。同じ作戦指揮官として気持ちはよく判るわ」
 「そうかしら。どう見てもあんた行きあたりばったりに見えたわよ」
 「何言ってるのよ。これでも子供達を助けてあげようと頑張ったのよ」
 「…………そうよね。私にはそんな事言う資格無いんだわよね。私こそは……」
 「ストップ、リツコ。それ以上は言わない。どうせ私達は死んだら地獄行きよ。ただ胸を張って行けるようにこれから頑張ればいいのよ。人生明るく行きましょ」




 ぱち




 ミサトが音の出るようなウィンクをする。少し呆然とミサトをリツコは見ていた。




 「助かるわ。ミサトのそういうとこ」
 「まああの世だって皆で行けば怖くないわよ。しっかり生きてから死にましょ」
 「そうねさし当たっては酒でも飲みましょうか」




 ピンポン




 「はぁ〜〜い。誰かしら」




 がちゃ




 戸はリツコが開けるまでもなく開いた。




 「あ所長」




 ゲンドウだった。




 「誰か来ている様だな。今日は帰ろう」




 ゲンドウは戻ろうとした。




 「お父さん、待って」




 レイが呼び止める。シンジは歯を噛み閉めて下を向いている。アスカはシンジの手を握る。




 「皆でサッカーの試合見てるの。博士やミサトさん日向さんも一緒なの。一緒に見ない?」
 「そうかレイ。だが私が居ては邪魔だろう。リツコ君また後でな」




 取りつく暇も無くゲンドウは立ち去った。




 「碇君。いつになったらお父さんと仲良くするの?」
 「……判らない」
 「シンジ明日アンタをお父さんの前まで引っ張っていくからね」
 「なんだよアスカいきなり」
 「アンタもアンタのお父さんも何が不満だってゆうの」
 「……」
 「私なんかもう両親もいない、両手は戦自の数千人の血で汚れている。時々夢見るわ。血にまみれた戦自の兵士達が手を伸ばしてくるのよ。手足を捕まれるのよ。私が夜アンタの布団に潜り込む時があるのは、別にセックスに興味があるからじゃないわよ。怖いからよ。アンタぐらいしか一緒にいてくれないからよ。それなのに何よ。うじうじして。強くなってよ。堂々と抱きしめてくれるぐらい強くなってよ」
 「アスカ……」
 「マユミ一つ言っておくわ。今ここにいるのは皆特殊よ。私みたいな殺人鬼やこいつみたいな臆病者よ。トウジとヒカリは例外としてもね。その二人にしたって仲間の運命からは離れられないわ。それにカヲル。そいつはただの優男じゃないわ。これ以上一緒にいるとあなたも巻き込まれるわ」
 「あアスカさん……」




 マユミが目を丸くする。




 「シンジあんた私の事愛してるっていったじゃない。だったら立ち向かってみせてよ。どうなのよ」




 アスカのいきなりの激高だった。みな唖然としていた。




 「…………」
 「シンジ立ち向かうって言ってお願い」




 アスカは手で顔を覆う。側にいたヒカリにもたれる。微かに泣き声が聞こえる。




 「センセほんまはワシが言う事や無い、せやけどセンセも男やろ。言うたれ。おまえの為ならなんでもやるて。センセは惚れたゆうたのやろ」
 「……アスカ……僕はまだ怖いんだ……全ての他人や父さんや綾波さえも……まだ一人ではむりなんだ……でもアスカと一緒なら……」
 「……………………いいわよ」




 アスカは顔を起す。薄く涙が光る瞳でシンジを見詰め言う。




 「アンタは私の背中から顔を出していればいいのよ。それでもいいから前を向くのよ。今はそれでいいわよ。明日行くわ。明日会いに行くのよ。ここで覚悟を決めて」
 「…………うん」




 弱々しく俯きながらもシンジは応えた。




 「よっしゃセンセそれでこそ男や。それにしても惣流はいい女やないか。普段偉そうな事言うてるだけはあるで。いい嫁はんもろうたわ」
 「なななに言ってるのよ。これは同居人よ。あくまで同居人。同居人がこんなに情けないから言ってやってるだけよ。それにとりあえず男だから頼ってやんないと可哀想でしょうが。シンジは同居人よ」
 「惣流今更そんな事言っても全然説得力無いよ」
 「き〜〜〜〜アンタに言われたくないわよメガネ」




 もういつものアスカに戻っていた。




 「渚さん。よく事情は判らないのですが、私仲間でいていいんですか」
 「いいですよ。僕にとって山岸さんは必要な人なんです。僕は今までネルフの医療施設に入っていたのは知っていますよね」
 「はい」
 「ですからネルフの人しか知らないんです。他に知っているとしたら、彼等だけです」
 「そうなんですか」
 「ええ。彼等もネルフ関係者ですし、普通の人は山岸さんしかいないんです。同年代の人には興味有るんです。それに山岸さんとても親切ですし」
 「じゃあ一緒にいていいんですね」
 「ええ。それに皆もきっと仲間でいたいと思ってますよ」
 「よかった」




 こちらはこちらでいい雰囲気になっていたりする。




 「やぱりカヲルは危険ね。絶対一線を越えさせない様にしつけしなさいよ」
 「判ってるわよ。それよりシンジ君とアスカちゃんのほうがぎりぎりまで行きそうじゃない」
 「よくアスカがシンちゃんの布団に潜り込んでいくわ。そこで丸くなってがたがた震えてるの。きっとあの闘い思い出してるのね。シンちゃん何もしないで優しく抱きしめてあげてるわよ。朝見ると二人ともパジャマ着てるしアスカちゃん髪乱れたりしてないし。あそこまで無防備だとかえって何も出来ないんじゃない。それにもしそうなったとしてもいいと思うのよ。それが二人の慰めになるのなら。結局私には何も出来ないのだし」




 少し寂しそうにミサトが言う。




 「確かに一理有るけど、あの歳で腹ぼてはいただけないわよ」
 「そうね。この前少し心配だったんで二人のその手の知識確かめたのよ。めちゃくちゃね。シンちゃんはちょっちどころじゃなく奥手だしアスカちゃん飛び級と家庭環境のせいでまったく知識ぐちゃぐちゃだし。でこの前保健体育の教科書使ってみっちり教えといたわ。二人とも顔真っ赤にして聞いていたわ」
 「あんたもうちょっと穏やかな方法は無いの、まったく」
 「いいじゃない。ほんとはマコトと実演入りで教えようかと思ったんだけどね。で今更するなとは言わないけどって言ってシンちゃんに避妊具渡しといた」
 「あ、あんたねぇ〜〜なんて保護者よ。…………ん〜〜まあしょうがないか。そうだ所長に明日の予定聞いてこよう。親子面談させないとね」
 「そうね。リツコあんたまだプライベートでも所長って呼んでいるの?」
 「え……最近は二人きりの時だけゲンドウさんとか……その……あなたって呼んでいるの……内緒よ」
 「ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ん。アナタね…………へへへへへ可愛いんだからリツコったら」
 「いいじゃない。はっきりと意志表示しないといつまで経ってもユイさんの思い出に勝てないから。そうしないときっとあの人も不幸のままよ。とても心が弱い人だから」
 「弱い人か。ま人の好みはそれぞれだし。好きな相手が生きてるだけましよねリツコは……あ……ご……ごめんなさいマコト君」




 ミサトは口をすべらす。




 「ミサト……さん。いいんですよ。まだ今の自分では加持さんの思い出には勝てませんから。でも加持さんには悪いけど、いつかミサトさんには全て忘れてもらいます。加持さんの事なんか一時も思い出さない様にしてみせますから。リツコさんお互い未練たらしい相手を持つと大変ですね」
 「そうね。じゃ私は所……あの人に会ってくるから。隣だけどね」




 リツコはそう言うと部屋を後にした。




 「マコト君ごめんね」
 「何しんみりしてるんですか。呑みが足りないですよ。ミサトさんはさっきみたいにスケベ話したり自分をからかうぐらいでないとだめですよ。今日はあんな事やこんな事やっていいんでしょ」
 「ほっとに人がたまに真面目になると好き勝手言うわね。だいたいアンタ私より五つも下でしょ。この前だって全然下手だったくせに生意気よ」




 ミサトは言い返し、一緒に微笑みもマコトに返す。




 「あ延長戦始まりますよ。今度はこの試合見るのを楽しい思い出にしましょう」
 「生意気ねやっぱり」




 ミサトはそういいつつもマコトの首に後ろから手を絡め寄りかかった。マコトはその手を取り優しく撫でていた。TVの画面では日本の選手、コーチ、監督、医師、栄養師、関係者全てが円陣を組んでいた。




 「やっぱり円陣だね。こういう時は円陣。日本の美学だよ」




 訳の判らない事をケンスケが言う。




 「最近私こういうのに慣れちゃったのよね。いけないわぁ〜〜私は孤高の一匹狼なのに」
 「アスカそんな事言っても全然真実味無いわ。どっちにしても将来碇婦人じゃない」




 珍しくつっこむヒカリである。




 「な……何を、こいつは下僕よ下僕、将来くっついてもそれは世間体の問題よ」
 「はいはい。やっぱりくっつくのね」




 皆のおもちゃになっているアスカであった。




 「選手一人代わっているよ」
 「あれね。日本の秘密兵器って言われた岡野選手よ」
 「もしかして総合スポーツ衣料の岡野物産と関係が……」
 「そう会長ね。彼100メートル10秒代の俊足を生かしたプレーで有名だったんだけどセカンドインパクトを機にサッカーをすぱっとやめたのよ。知名度と経験を生かして運動靴とスパイクのセールスから身を起してあそこまでなったのよ」




 ミサトが解説する。




 「あれリツコは?」




 アスカが聞く。




 「今所長に会いに行ってるわ。明日の親子面談どうするかって」
 「ふぅ〜〜ん」
 「アスカ」
 「なにシンジ」
 「やっぱり明日一人で会うよ」
 「そう。……じゃ部屋で待ってる」




 ぴ〜〜




 TVではVゴールの延長戦が始まった。




つづく






NEXT
ver.-1.00 1998+08/18公開
ご意見・感想・誤字情報・りっちゃん情報などは akagi-labo@NERV.TOまでお送り下さい!


 あとがき




 でやっとチルドレンがボールを蹴り始めました。まだインサイドキックと簡単なトラッピングだけですが……。次はサッカーをさせたいですね。では。




 それにしてもワールドカップ優勝への道のりはまだまだ遠いです。







 まっこうさんの『チルドレンINワールドカップ・優勝への長い道のり』その10、公開です。



 甦る記憶〜

 甦るあの時〜

 甦る〜



 イラン戦・・・・

 あの時はメッチャ興奮したなぁ

 あの試合観戦のドキドキで、
 寿命がウン年は縮んだだろうなぁ(^^;




 『チルドレンINワールドカップ・優勝への長い道のり』の世界では、
 Jはどの程度なんでしょうね。

 盛り上がっているのかな?

 チルドレン達はあんまりサッカーに興味がなかったみたいだし・・・怖ひ



 サッカー関係だけでなく
 みんなが一歩ずつ進んでいくのが嬉しいですよね。




 さあ、訪問者の皆さん。
 貴方の感想をメールに綴ってまっこうさんへ!




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