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チルドレンINワールドカップ・その2



 時は流れて一週間後、ワールドカップの準々決勝、ヨーロッパの強国との試
合を明日に控えた晩、碇シンジは十数年連れ添った同居人といつもの言い争い
をしていた。














 「なぜ、なぜなんだ、なぜ結婚してくれないんだ、僕を愛していないのか、
なぜなんだ」
 「シンジ、そんな事はないわ。私はあなたを愛しているわ。世界中の誰より
も、でもだめ。できない、シンジと一緒にはなれないのよ」
 「でも現にずっと一緒に暮らしているじゃないか。あの時初めて出会って、
一緒に戦って、一緒に苦しんで、一緒に生きてきたじゃないか」



 「そう一緒に生きてきたわ。でも…………私はずるいの。ずるい女なの。一
緒にはいてはいけないと判っていても離れられないの」
 「離れられないのなら離れなければいい。それでいいんだよ」
 「そうはいかないわ。私はシンジを……愛するあなたを……殺そうとしたの
よ。あの時私は醜い嫉妬で、あなたにおいていかれた悔しさで、私を愛してく
れるあなたを、助けてくれたあなたを、殺そうとしたの。もしあの時、偶然が
なければあなたは死んでいたわ。そんな女に幸せになる資格なんかないわ。なっ
てはいけないのよ」
 「それは違う。違うよ。人は資格で幸せになったり、愛したりしないんだよ。
僕は君を愛してる。君は僕を愛している。それだけでいいじゃないか。そうだ
ろ。だから……」

 「だけど私はいつかシンジを傷つける。きっとそうよ。私のママみたいに。
きっと周りの人達を苦しめる。そうよ私は呪われているの。この赤い髪は血の
色、この青い瞳は災いを呼ぶ邪眼なの。呪われた魔女なんだわ。愛するものを
きっと不幸せにするんだわ。だからだめ、だめなのよ。いっしょになれないのよ」



 「じゃどうしたらいいんだ。どうしたら君は僕を受け入れてくれるんだ!!」



























 「勝って」
 「え!!」
 「明日の試合に勝って」



 「明日シンジのチームが戦う国は私の母国。私のパパとママの国。私の過去
が埋まっている国。私の憎しみが、不幸が、ちょっぴりの幸せが残っている国。
そこから私を奪って。あなただけの私にして。私を呪っているものから、縛っ
ているものから、私を助けて。そして昔を笑って話せるようにして」

「わかった、わかったよ」

 そしてシンジは愛しき人を抱きしめた。















 翌日、試合は始まった。相手のチームは優勝候補の一つに挙げられていた。
緻密なパスワーク。練り挙げられた組織力。鍛え挙げられた身体能力。どれを
とっても日本代表を上回っていた。






 シンジの同居人は家のテレビで試合を見ていた。とても試合場では見られな
かった。シンジお願い。勝って。そうしないと私どこにも居られない。この世
に居る場所がないの。お願い。私を……私を……救って。あなたのそばにいさ
せて。






 守備的ボランチの位置に入っている碇シンジは、走りまわっていた。右へ左
へと繰り出される敵選手のパスは、アジア最高のボランチであるシンジにとっ
ても処理が難しかった。
 そしてシンジの逆サイドを敵のスルーパスが切り裂いていった。そしてシュー
ト。どうにかケンスケが弾き飛ばしたが、ボールはゴール前フリーでいる敵選手
の前に転がった。インステップキックで蹴りこむ敵FW。誰もが一点を覚悟した。
その時であった。敵選手の足元にスライデングで飛び込んだ選手が腹でそのボー
ルを受止めた。シンジであった。本来なら内臓破裂をしてもおかしくないシンジ
は、すぐ立ち上がり、ボールを味方FWにパスをした。







 内臓が裂けるような苦しみの中で彼は思った。僕は今度は逃げない。僕はあ
の時彼女を助けられなかった。ほんの一歩の勇気さえもなかった。それが彼女
をあんなにまで追い詰めた。この試合は勝つ。なにがあっても勝つ。

 勝って彼女を救うんだ。

 そしてシンジは戦い続けた。






 シンジの気迫は、他の選手にも伝わった。今まで萎えていた闘志がよみがえ
った。両サイドのMFは走りまわり、サイドチェンジをくり返した。サイドバッ
クは果敢に駆け上がりチャンスを作った。DFは体を張って敵の選手を食い止
めた。そして徐々に敵の選手達は浮き足立ってきた。







 ピッピー



 そしてタイムアップ寸前、トウジのスピードあるドリブルに翻弄された敵の
DFが、ゴール前20メートルのところでファールを侵した。直接フリーキック
だった。

 フリーキックを蹴るのはシンジだった。
















 シンジの同居人は生まれて始めて神に祈った。私はずっと一人で生きてきた
と思った。誰の力も借りずに生きていると思った。なんでも一番だと思った。
神様になんか祈った事なかった。でも今は……シンジと生きたい。シンジと力
を合わせて生きていきたい。一番なんてならなくてもいい。二人で生きたい。
他になにもいらない。だから……だから、神様お願い、シンジを勝たせて。


 シンジは思った。神様ぼくはあなたがいないと思っていた。もしいるのなら
なぜ愛するものを殺させたんだ。愛するものを苦しませたんだ。愛する家族を
切り離したんだ。だから神様はいないと思っていた。だけど……もしいるのな
ら……もし僕の願いを聞き入れてくれるのなら、神様お願い、このボールをゴー
ルさせてくれ。


 二人の思いは一つになった。









 二人の思いを乗せたフリーキックが敵の壁を越えて飛んでいった。ゴール付
近ではトウジが牽制している為敵GKは動けなかった。弧を描き飛んでいくボー
ル。始めはゴールマウスを外れて飛んでいったが急激に左に曲がり落ちていった。
ボールはゴールにつきささった。ついに日本代表はリードを奪った。

 残りの時間、日本代表は耐えに耐えた。FWのトウジまでもが守備にまわった。
そしてタイムアップ。碇シンジは生まれて始めて、勝利の雄叫びを挙げた。

 シンジの同居人は泣き崩れていた。












 日本代表がドイツ代表を1対0でやぶり準決勝に進出した瞬間であった。

 そして愛しいシンジの同居人は、愛しい妻となった。























 準決勝対イングランド戦の朝、鈴原トウジはひとりでベットに寝ているのに
気がついた。寝間着用の黒ジャージを室内用の黒ジャージに着替えて妻を探し
た。妻はいなかった。ダイニングキッチンのテーブルの上に大きな風呂敷と、
山盛りのおにぎりと味噌汁そして折り畳んだメモがあった。




 「急患が出て手術をしなければいけなくなりました。病院へ行きます。応援
にいけなくてごめんなさい。お弁当と朝食作っておきました。頑張ってください。
あなたを愛する妻より」




 彼の妻は優秀な外科医であった。その童顔の持ち主の手がひとたびメスを握
るとどんなけがでも直してしまうと言われた。


 トウジはおにぎりを手に取った。何でもない普通の塩むすびであった。
 食べてみた。うまかった。程よい塩加減とたっぷりの愛がつまっていた。

 「かあちゃんワシ頑張る」

 おにぎりと味噌汁を全部平らげると、外出用の黒ジャージに着替え試合に向
かった。









 病院で鈴原医師は同僚に呼び止められていた。

 「鈴原先生、今日の手術換わりましょうか。今日準決勝ですよね。」
 「ええ。ありがとうございます岩男先生。でも結構です」
 「いいんですか」
 「はい。あの人は結婚する時こう言ってくれました。

  ワシはサッカー選手、おまえは医者や
  ワシはみんなに夢をくばる、おまえはみんなを健康にする

  二人でみんなを幸せにしようや

  て。だからこういう時は患者さんを治すって決めているんです。そうした
方があの人も喜びます。」

 「そうですか。じゃ手術頑張ってください。かわりに私が旦那さんを応援し
ますから」
 「ぜひお願いします」

 そういって彼女は手術室に向かった。

 手術は二時間にもおよんだが、成功し患者は命を取り留めた。

















 疲れて控え室で休んでいる鈴原医師を一人の看護婦が呼びに来て引っ張って
いった。そこには弁当のおむすびを二つ同時に頬張りながらヒーローインタ
ビューに答えるトウジの姿が映っているテレビがあった。
















 彼女は夕飯にトウジの好きな稲荷鮨を山のように作ってあげようと思っていた。


              つづく

 


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ver.-1.00 1997-07/04公開
ご意見・感想・誤字情報などは akagi-labo@NERV.TOまでお送り下さい!



 あとがき

 書いてて恥ずかしくなる愛の会話になってしまいました。シンジ君達ってラブ
ラブ全開。それにしても食い物の話が絡むのはなぜか?単に作者が食いしん坊だ
からか?それともEVAはよく食ったり飲んだりしている話なのだからか?それ
はともかくサッカーの話も少し増えて一気に最終話に突入です。

 まっこうさんの『チルドレンINワールドカップ』その2、公開です。    シンジとアスカの愛のゴール(^^)  カテナチオを突き破った二人の思い。  トウジとヒカリの約束。  お互いを信じてやり抜いた二人の信頼・責任。  絆で掴んだ勝利。  見事な決勝進出でしたね。  さあ、訪問者の皆さん。  見事にリテイクを進めるまっこうさんに感想のメールを!  ・・・? カテナチオってイタリアでしたっけ??


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