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Written by だいてん


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 アスカはひきつった笑い顔のままケンスケと握手をすると、自分
の席へ腰を下ろした。
「えっと……、それでは、始めましょう」
 全く予想外の出来事に少々戸惑いながらも、アスカは落ち着いて
いる風に装った。顔を引き締め、部下に作らせた資料を開くと、相
手側の出席者へ顔を向けた。
「会議ももう今回で四回目となりました。これ以上会期が延びるの
はそちらとしても本意ではないはずです。お手元の資料をご覧下さ
い。過去三回でのそちらの希望と、我々の希望を……全256項目
についてまとめてあります。我々の最終希望案は、その最終項に記
述してあります」アスカは「最終」のところを強調した。「今更言
うことではありませんが、規格統一の遅延は、業界にとってどれほ
どの損失となるか、みなさんもよくご存じのはずです。事態を冷静
に判断することができるのなら、取るべき最善の方策は自然と決まっ
てくるものと思われますが、いかがでしょうか」
 ウィーラント社の副社長・オストワルトは資料をめくると、臨席
する部下達と目配せをした。
「実は我々の方針はすでに決定しています」
「とおっしゃいますと?」
「あなた方の決定に全面的に従うということです」
 アスカは一瞬耳を疑った。
「……つまり、その最終案に合意していただけるということでしょ
うか?」
「その通りです」
 アスカはどうも解せなかった。昨日までの強気な出方とはずいぶ
んと違っている。何か裏がありそうに思えた。
「よろしければ、理由をお聞かせ願えませんでしょうか?」
「実は、ドイツで少々厄介なことが起きまして。有機コンピューター
の規格が二分しそうなのです」
「暫定規格は統一されたはずでは?」
 オストワルトがケンスケの方を見やった。ケンスケは頷き、アス
カをまっすぐに見つめた。
「その件に関しては私の方から報告させていただきます」
 ケンスケはドイツの内情を話し始めた。
 内容は簡単だった。まとまりつつあったドイツ規格がまたばらけ
てしまいそうだ、ということらしい。
「このままあなた方と対決していては、日本市場はおろか、ドイツ
国内での我々のシェアまでもが沈んでしまいます。何より異なる二
種類の製品が世に出回ることは、過去の例からして絶対にあっては
ならないことです」
 すっかり大人びてしまったケンスケの話を聞きながら、面白いこ
とになりそうね、とアスカは思った。そして、裏にある考えも読む
ことができた。
「……OPCOMのバックアップがお望みですね?」
 ケンスケは表情を和らげた。
「そうです」
「時期を逸するより、我々と手を組み世界規格を取る方を選んだと
いうわけですね」
「どうでしょう。承知していただけますか?」
「お断りする理由はどこにもありません」アスカは立ち上がると、
手を差し出した。「協力しましょう」
 こうして、四回目の会議は決着を迎え、続いて以降についての細
かい打ち合わせが始まったのだった。

 会議の終了後、アスカは社長室で経過の報告をしていた。
「そう。何はともあれ、ご苦労様」
 赤城リツコ社長にねぎらわれたものの、応接用のソファーに座っ
てテーブルの上に足を投げ出したアスカは不平そうに口をとがらせ
た。
「どうして教えてくれなかったのよ。あいつが来るってこと。知っ
ていたんでしょう?」
「あいつって……ああ、彼。あなた知らなかったの?」
 リツコはまゆひとつ動かさずにそう言った。
「そーよ。恥かいちゃったじゃない」
「会議の資料には書いてあると思ったけど」
「うそ」
 アスカは慌ててファイルの中からプリントを抜き出した。確かに
そこには出席者の中に相田ケンスケという名前がある。
「見落としたの?」
「そ、そうよ」
「注意不足ね」
「たまにはあるわよ。仕事が多いんだもん」
 リツコは眼鏡を外して折りたたんだ。
「あら、泣き言?」
 アスカは言葉に詰まった。仕事量が多いのは確かだが、理由はそ
んなことではない。しかしそれを言うのははばかられた。自分の仕
事を今投げ出すわけにはいかない。
「そんなんじゃないわよ」
 アスカは顔を背けて突っ張った。
「そう。ならいいわ。で、早速で悪いけど、アスカ。一週間ほどド
イツへ行ってもらうわよ」
「ドイツ?」
「そうよ」
「ちょっと、そんな、突然」
「今回の相手の決定。あれ、相田君の提案らしいわ。それで向こう
の責任者は相田君になったの。あなたなら面識もあるし、なにかと
都合がいいから」
「勝手に決めないでよ」
「世界規格を勝ち取るためには、ドイツを握らなければならないわ。
そのために、向こうで働く人間が欲しいのよ」
「そうだけど。あたしが?」
 アスカの頭にシンジとのことがちらついた。これからいろいろと
話し合わなければならないのに、その機会が遠ざかってしまう。
「自分で持ち込んだ仕事でしょう? 最後まで責任持ちなさい。そ
れとも、誰か別の人間にやらせていいのかしら?」
 それはアスカのプライドが許さなかった。
「……よくない」
「いいわね」
 考えてみれば、ドイツへはもう何年も戻っていなかった。それに
出張は一週間。帰ってきてからも、まだまだ時間はある。
「……わかったわよ。まぁ、あたし以外の人間じゃ無理でしょうか
らね。そのかわり、明日一日休ませて」
「遊んでる暇はないのよ。出発は三日後の土曜日」
「土曜日……ね。それまでに準備しておけばいいんでしょ? とに
かく。明日は休ませてもらうわ。これまで大統領のように働いたん
ですもの。それくらいは許されてもいいと思うけど」
「だめよ。時間も、人手も足りないというのに」
「ケチ」
 アスカは小さな口を横に大きく広げて「いー」をして見せた。
「じゃあ、半日だけ。明日の午後は好きになさい」
 リツコのその言葉を聞くと、アスカは立ち上がって手を差し出し
た。
「なに? その手」
「支度金」
「……まったく」リツコは何か呟きながら手元でペンを走らせると、
紙切れを一枚差し出した。「好きに使いなさい」
 受け取った小切手を見て、アスカは目を丸くした。
「うわっ。……Danke! Rituko」
 アスカは小切手を持った手をヒラリと舞わせてから、敬礼のよう
なしぐさで、じゃっ、とあいさつをすると、軽い足取りで社長室か
ら出ていった。
 アスカが出ていくと、リツコは椅子に深くもたれた。
「土曜日。早いものね。もう……」
 彼女のつぶやきは誰に届くわけでもなかった。


 夕食時のファミリーレストラン。店は満杯で、どこのテーブルも
にぎやかな話し声に包まれている。その中のひとつ、少々多めの皿
が並ぶテーブルに、アスカとシンジがいた。
「へー。そんなことがあったんだ」
 アスカはさっそく今日の出来事を話していた。
「すぐドイツへ戻るから、シンジ達とは会えないって。よろしく言っ
ておいてくれだって」
「ケンスケ、どんなだった?」
「なんか、大人になってた」
「もう、十年近く経っているもんね」
「それでさ……」アスカは牛ヒレステーキをひと切れフォークで口
に運ぶと、ゆっくりと口を動かして、飲み込んだ。「話し合おう、
ってシンジに言われたのに申し訳ないんだけど……」
「え、なに?」
「あたし、ドイツへ行くことになったの」
 サンマの開きを丁寧にさばいていたシンジの箸が止まった。
「ドイツ?」
「そう。一週間。向こうでやらなきゃならない仕事ができちゃって」
 シンジはさして気にもとめない様子で微笑んだ。
「そうなんだ。いいよ、しょうがないよ。一週間でしょう? 僕の
ことは気にしないで。それより、アスカは大丈夫なの? 体は」
 気づかいを見せてくれたシンジを見て、アスカは、心配無用、と
胸を張った。
「体調はいいし、大丈夫よ。それにこの仕事が区切りついたら産休
取るつもりだし」
「無理しないでよ」
「わかってる」
「いつ出発?」
「十五日の土曜日。十三時発の飛行機よ」
 シンジは手帳を取り出した。
「見送りに行くよ。ちょうど空いてるから」
 アスカはシンジの顔をのぞき込んだ。
「空いているんだ、十五日」
「午後はね」
「そう」
 アスカのまっすぐな視線をしばらく受けると、やがて、シンジの
眉がわずかに反応した。
「そっか、もうそんな時期なんだ」
 シンジの表情に、陰りがさした。うつむき加減で、テーブルの何
もないところに目を向けた。
 そんなシンジに言う言葉を、アスカはしばらくの間探していた。



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ver.-1.00 1997-11/16公開
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 だいてんさんの『singles』6.公開です。

 
 

 ケ、ケンスケが大人だ・・・・

 そりゃあ
 アスカもシンジもトウジもヒカリも
 みんな大人なんですから、

 彼が大人なのは当たり前でもあるんですが・・
 

 かっちょいい大人になっていましたよね(^^)

 
 アスカxシンジ
 ヒカリxトウジの2カップルに囲まれていた彼ですが、

 今はどうなのかな(^^)

 

 

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