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singles




Written by だいてん


  5  


「あたし、できちゃった」
 誰もいない深夜の路上。街灯のうす明るいスポットを浴びたアス
カが告白をすると、シンジは歩みかけたその足を止めた。
「うそ」
 アスカのうつむきかけたあごが敏感に反応した。
「うそって……。なによ! うそって!」
「えっ? いや、あの」
「いま、うそって言ったわよね!」
「だ、だから、えっと、……本当なの?」
「……昨日、病院行ってきたの。三週間だって」
 近付いてこようとしないシンジをまっすぐ見返しながら、アスカ
は答えた。
「そうなんだ……」
 アスカはその後に続く言葉をしばらくの間待った。しかしシンジ
はもじもじしたまま何も言おうとしない。
「……。それだけ?」
「え?」
「そうなんだ。で、終わり?」
「いや、その」
「どうしてそんなに動揺してるのよ」
 シンジは落ち着かない様子で、胸のあたりをまさぐった。
「……だって、突然そんなこと言われたら」
「困るわよね。子供、嫌いだもんね、シンジ」
「いや、そうじゃなくて。だから」
「だから、なによ」
「おどろいちゃって」
 アスカはシンジの所へ近づいた。寄る辺ない彼の手を両手で包み
込み、いまだその兆しが見られない自分の下腹部へとあてがう。
「シンジの子供よ」
「僕の……僕とアスカの?」
「そうよ」
 シンジの指先が、確かめるかのように動いた。
「そうなんだ」
 アスカは上目づかいでシンジを見上げた。
「喜んでくれないの?」
「あ、そうだよね。えっと、何て言えばいいんだろう。おめでとう、
は変か。ありがとう、でもないし……」
 アスカは胸のあたりにためていた息を吐き出し、シンジの手を離
すと、ハンドバッグを振り回して歩き出した。
「帰りましょう。タクシー、つかまらなくなっちゃう」
「待ってよ。アスカ。ねえ、今夜アスカの部屋に行くよ」
「今夜は帰って。あたし、明日早いの」
「でも」
「いいから!」
「……わかった。あしたまた連絡するよ」
 シンジはそう言って口を閉ざし、アスカも何も言うことができな
くなってしまった。
 二人は微妙な距離をたもちながら駅まで歩くと、別々のタクシー
で、別々の帰路についた。

* * * * * * * * * * * * * * * *

 翌日アスカは、定刻通りに出社した。
 朝の目覚めは最悪で、できることなら欠勤したかったが立場上そ
うもいかない。
 先週から引き続いているドイツ提携会社との規格会議が全く進展
していないおかげで、今日も一日スケジュールがぎっしりだった。
午前中はミーティング。午後は規格会議。長い一日になることは間
違いなかった。
 仕事が多いのはいつものことだったが、今日のような日にはつら
いものだ。
「はぁ……」
 午後の会議までに頭に入れておかなければならない膨大な量の資
料を斜め読みしながら、アスカはぼんやりとため息をついた。
 昨晩のシンジに言われた言葉が、胸の奥の方でちりちりと嫌なト
ゲを撒き散らしている。
 あのシンジに特別な反応は期待していなかった。ただ、ごく普通
の、誰でも思いつきそうな簡単な言葉で喜んでもらいたかっただけ
だ。
 それをあ然とした顔で「うそ」などと言われては……。
「なによ、バカシンジ」
 アスカはその言葉を噛み殺すと、ペンを強く握りしめた。いらだ
ちが鎌首をもたげ、おなかのあたりが熱くなった。
 正直、告白することへのためらいはあった。自立したものの、二
人はまだ二〇代のど真ん中。まだまだやることは多い。シンジは事
務所を新設したばかりだし、アスカは大きなプロジェクトの真っ最
中だ。
 子供が出来たとなれば、おのずと生活内容が変わってくる。二人
のこれからのことも考えなければならない。子供をどうするのか、
仕事をどうするのか、……一緒になるのか。
 告白をしたのは、それをシンジと相談したかったからだ。二人で
話し合って、結論を出したかったのに。
 シンジは、喜んでもくれなかった。
「……バカ」
 アスカは面白くもない仕事に集中しようとした。
 それでも、昨夜の「あしたまた連絡する」というシンジの言葉を
信じて、アスカの左手はデスクに置かれた携帯電話の上に置かれて
いた。
 そして、その呼び出し音が鳴ったのは、昼休みも終わろうとする
頃だった。
 アスカは慌てて携帯を取り寄せた。
「はい」
「……アスカ? 僕だけど……」
「うん」
「昨日は、ごめん。びっくりしちゃって」
「……」
 アスカは黙ったまま、耳を澄ました。何を言うのか、何を言って
くれるのか、聞き漏らさないように。
「あれから、考えたんだ。……一晩考えて、寝ないで考えて、朝も
午前中もさっきも電話をかける前も考えたんだけど、でも、……よ
くわからないんだ。どうすればいいのか。僕も、アスカも仕事があ
るし、僕はともかくアスカはお腹に子供がいるわけだし。……だか
ら、一緒に相談したいんだ。これからのこと。真剣に」
「うん」
 アスカは短く答えた。
「アスカだって、いろいろ考えたはずなのに、ごめん。あんなこと
言って。なんか、わけわからなくなっちゃって。だめだよね。こん
なんじゃ」
「……うん」
「……でも、……でも、ひとつだけわかったことがあるんだ。アス
カのお腹の中に僕の子供がいるっていうの、嬉しいんだ、っていう
こと」
 その言葉を聞いたアスカは、顔を伏せて口元をほころばせた。
 あいづちが、少し力強くなる。
「うん」
「僕は、アスカのこと好きだし、大事にしたいし、ずっと一緒にい
られたらって、思ってる」
「ありがとう」
「……ごめん。本当に」
「いいの。もう」
「ねえ。今夜、会える?」
「シンジ、昨日も寝ていないんでしょう?」
「うん。でも、眠くないから」
「無理しないでよ。二日間も寝ていないんだから。今日は、ゆっく
り休んで。あした、会いましょうよ」
「わかった。アスカも、体に気をつけて」
「うん。じゃあね。シンジ」
 アスカは電話を切った。胸の奥のトゲが、きれいさっぱりなくなっ
た気がして嬉しくなった。
 と、そこへ、部屋のドアをノックする音がした。
「はい」
「部長。先方が会議室でお待ちになっておりますが」
「あ、すぐ行くわ」
 気づくと、もう午後の会議の開始時間を過ぎていた。アスカは急
いで会議室へと向かった。
 足取りが軽い。朝あれだけ起きるのが辛かったのが嘘のようだ。
いつのも気力と体力がお腹の中の方から沸き上がってくる。
 今日こそはこちらの要求に相手を従わせ、規格の統一に決着を付
けなければならない。
 アスカの頭の中で今まで仕入れてきた情報がものすごい勢いで展
開を始めた。それをどう使うか、どうやって相手をやりこめるか。
戦略と戦術が、なんパターンものプランとなって次々と形成されて
いく。
 確か、今日から相手のメンバーが一人増えるはずだった。会議の
難航を打破するためのブレーンかも知れない。
 アスカはかかってこいと言わんばかりにドアをノックすると、会
議室へ乗り込んだ。
「遅れて申し訳ありません。さあ、始めましょうか……」
 そう言って席に着こうとして、アスカは、見覚えのある顔に気が
ついた。
「あ……」
 アスカは一瞬我を忘れてその男を指さしてから、慌ててその指を
引っ込めた。
 ウィーラント社の副社長、オストワルトが立ち上がった。
「紹介します。今日からこの会議に参加することになったケンスケ・
アイダです」
 紹介を受けた男は立ち上がると、眼鏡を人差し指で軽く持ち上げ
た。
「Lange nicht gesehen, Asuka」 (久しぶりだね。アスカ)
「ケ、ケンスケ……」
 アスカはほんのしばらくの間、開いた口がふさがらなかった。



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ver.-1.00 1997-11/04公開
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 だいてんさんの『singles』#5、公開です。
 

 ケンスケが・・
 す、スマートに・・・
 登場した〜〜

 

 

 アスカxシンジの主役カップル。
 ヒカルxトウジのコンビ。

 

 すっかり忘れられていた、
 私もすっかり忘れていた(^^;、
 ケンスケが重要な話し合いの助っ人として登場するとは・・

 やられた〜〜(^^)

 

 

 
 自分の子供。
 大きな事件ですよね。

 自らの子供時代にトラウマを持つ者には特に・・。
 

 とにかくアスカと話を出来る状態になったシンジ。

 この二人にはぜひに幸せになって欲しいです。

 

 

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