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singles

Written by だいてん


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 連休明けの月曜日。ブルーマンデーとはよく言ったものだ。特に

今日のような日は誰もが祭りの余韻に浸り、仕事などまるで手に付

かなくなってしまう。

 碇シンジなど、たまりにたまった仕事を早いところ仕上げなけれ

ばならないのに、恋人との甘い週末を思い出してはいちいち手を止

め、ため息をついてしまうのだった。

 融け合うようなキス。熱い抱擁。白く輝く肌はまぶたに焼き付き、

目を閉じると、首筋が、おへそのくぼみがありありとよみがえる。

今もなお体じゅうに残るアスカの柔らかい唇の感触が、体の奥の方

に熱い炎を灯してやまず、耳元でささやかれた言葉が、頭の中でこ

だまのように反響していた。

 アスカの瞳。アスカの髪の毛。アスカの吐息。鼻腔をくすぐるラ

ベンダーの香り……。

「所長!」

 いきなり呼びつけられたその声に、シンジは我に返った。

「碇所長。どうしたんですか? ぼーっとしちゃって」

 横に立っていたのは碇設計事務所の数少ないスタッフの一人、白

石ナオミだった。彼女はファイルを抱え、度の強そうな眼鏡を光ら

せながら不思議そうにシンジの方を見ていた。

「あ、ごめん。なんでもないよ」

「そうですか? 全然進んでいないようですけど。仕事」

「そうだよね。ごめん」

「またぁ、すぐ謝るんですから、所長は」

 くすくすと笑いながら、彼女は自分の仕事に戻っていった。

「……すぐ謝る、か」

 遠い昔アスカにいつもそう言われていたことを思い出して、シン

ジは妙に懐かしくなった。お風呂が熱いというので謝れば言われ、

シャンプーが切れているというので謝れば言われ、謝っては言われ、

謝っては言われ……。

 シンジにしてみれば悪いと思うから謝るわけであって、それ以外

に理由はなかった。どちらかが謝らなければお互いに悪い気分にな

るだけだし、アスカとそんな状態になるのがいやだっただけだ。

 なのにアスカはいつも怒った。

 そーやってすぐ謝る!

 耳に残る彼女の言葉。きつい言葉。

 何が悪いのかわからぬまま、シンジはまた謝り、アスカはまた怒

る。同じ事を何回繰り返したことか。

 今でも言われることはあった。ただ、なぜかアスカの口調に昔の

ようなとげとげしさはなかった。からかっているかのような、それ

でいて甘えているかような感じが漂っていた。

 アスカは可愛くなった。

 昔から可愛らしかったが、今のアスカは大人になって、シンジに

は、少し雰囲気が変わったように思えた。

 あんたバカァ?

 そう毒づくときでさえも、アスカは小さな顔にいたずらな笑顔を

浮かべている。

 その小悪魔のような表情があまりに可愛く、魅力的なので、シン

ジはアスカに悪態をつかれるたびに、今ではますますいとおしさが

募るようになってしまっていた。

 こうやって仕事をしているときも、アスカのことが頭から離れな

い。朝起きるときも、夜寝るときも、いつでもどこでも。

 できることなら、1年365日一緒にいたかった。昔のように。

でも、シンジは出来て間もない設計事務所の所長。アスカは大企業

の部長。プライベートな時間など、滅多にとれない立場だ。会える

のは多いときでも週二、三回。少ないときは一ヶ月に一度というこ

ともあった。

 だからシンジは、少ない二人だけの時間は大切にしたかった。つ

まらないことで言い争いたくなかったし、アスカの望むことなら何

でもしてやりたかった。

「それでかな。最近ケンカが少ないのは」

 日差しの強い窓の外を眺めながら、シンジは自分にだけ聞こえる

声でつぶやいた。

 毎日のようにしていたケンカも、一緒にいる時間が少なくなった

今では、ほとんどしなくなっていた。いつでも笑っていられるし、

穏やかな気分でいられる。不機嫌で、つんけんしてばかりの彼女は

もういない。

 アスカは変わったのかもしれない。シンジはそう思った。

 昔なら「子供が欲しい」などとは絶対に言わなかったはずだ。

「子供か……」

 シンジは頬杖とため息を同時につき、記憶の糸をたぐりながら、

時が過ぎると女はこうも変わるものかと、ぼんやりと考え続けた。

 ……考え込むのはシンジの悪いくせだった。

 考えなくてもいいことに頭が集中してしまい、他のことに手が回

らなくなってしまう。

 明日の夜までに仕上げなければならない仕事もまだ手つかずに近

い状態で、夕方あわてて始めたところで定時に終わるはずもなく、

結局、一晩の残業をする事になるのだった。

* * * * * * * * * * * * * * * *

 火曜日。

 なんとか鈴原邸の仕事をまとめ上げたシンジは、6時半にアスカ

と落ち合った。待ち合わせ場所で眠い目をこすっていたが、駅の人

混みの中から現れたアスカを見つけると、眠気も徹夜の疲れもどこ

かへ飛んでいってしまった。

「お待たせ」

 会社帰りのアスカは、黒のスーツをびしっと着込み、身のこなし

も歩き方も堂に入っていて、まさしく大企業の幹部といった雰囲気

だ。

 ゆかた姿のアスカもいいが、こっちの方がアスカらしいとシンジ

は感じる。

「夕飯、まだだよね」

「うん」

「なに食べようか」

「あたしラーメンが食べたい」

「また、フカヒレチャーシュー?」

「そっ。大盛り」

「よく食べるね」

「最近おなかすいちゃって」

 アスカは笑いながらおなかをさすった。

 鈴原家のマンションへは8時に行くことになっている。二人で駅

前の適当なラーメン屋で夕食を取り、のんびりマンションまで歩い

ていくと、ちょうどいい時間に着いた。

 マンションの造りにこれといった特徴はないが、繁華街の脇で、

近くに公園らしき木々の影や運動場がある、なかなかいい場所だっ

た。

「ここの5階にいるんだ。あの辺りだよ」

 明かりのついている部屋を指さすと、続いて大きなあくびが出た。

「眠そうね。シンジ」

 シンジはもうかれこれ36時間以上起き続けている。その上お腹

が満たされて、ラーメン屋から一生懸命我慢してきたあくびだった

が、ついに出てしまった。

「昨日徹夜でさ。寝てないんだ」

「だから昨日いなかったんだ」

 アスカは少々不満そうにつぶやいた。

「え?」

「電話したのにいないから」

「そうなの? 携帯にかけてくれればよかったのに」

「いいの。大した用事じゃないから」

 そう言うと、アスカは先にマンションへ入っていってしまった。

 シンジは首を軽く傾げると、アスカの後を追っていった。

 5階に上がって、「鈴原」のプレートがかかる部屋のインターホ

ンを押すと、すぐに返事があった。

「はい。鈴原です」

 ヒカリの声だ。アスカが横から口を出した。

「ヒカリ! 来たわよ!」

 インターホンなしでも中に聞こえそうな声でアスカがそう言うと、

ドアはすぐに開いた。

「いらっしゃい! アスカに碇君」

 ヒカリはエプロン姿でシンジたちを迎えてくれた。昔から家庭的

だったヒカリにはよく似合っている。はしゃぎながら中へ入ってい

く対照的なアスカとヒカリを見比べて、シンジは妙におかしくなっ

てしまった。

 リビングではトウジがソファーに座りながら子供をあやしていた。

「おう、シンジ。できたか?」

「まあね。気に入ってもらえるかわからないけど」

「碇君早く見せてよ」

「あたしもー」

「まあ、こっちに座れや。二人とも」

 家の中はどこもきれいに整頓してあった。アスカの部屋のように

脱ぎ捨てた下着や洋服が散らばっているなんてことはない。

「はい。これが設計図」

 ヒカリの出したたくさんのお茶やお菓子をテーブルの端に移動さ

せて、シンジはテーブルに設計図を広げた。

「へー。これ、シンジが描いたの?」

 アスカは珍しそうに青写真をのぞき込んだ。

「あれ、アスカ初めてだっけ。見るの」

 アスカはうなずいた。

 それからしばらくは設計図を見ながらの話し合いが続いた。シン

ジは前回からの変更点を説明し、ヒカリの質問に答えた。トウジは

もっぱら聞いてばかりだ。

「ねえ、碇君。これは?」

 ヒカリが設計図を指さした。

「それは床下収納だよ。付けてって言っていたでしょう」

 ヒカリは巻き尺を取り出して寸法の確認を始めた。

「結構狭いんだ。ねえ、アスカ。どう思う?」

「ねえ、これだと動きにくくなりそうじゃない?」

「やっぱりそう思う? わたしもそう思うのよねぇ」

「ここのクローゼット、こっちに移したら?」

「あ、そうよねぇ」

 ヒカリは立ち上がって、本棚から分厚い本を何冊もごそっと取り

出して来た。

「住まいのインテリア100選」だとか、「ここがポイント! シ

ステムキッチンの選び方」「家族構成別・生活動線のすべて」「誰

もが欲しい快適生活」などなど。その量だけを見てもヒカリの熱心

さがうかがえる。

 テーブルに積み重ねられたカタログ本を開きながら、女たちは熱

心に話し合い始めた。

 あーでもない。こーでもない。

 それを見て、トウジはため息をついた。

「なあ、二人とも。意見が決まったら、呼んでくれや。なあ、シン

ジ。あっちで酒でも飲まんか?」

 ヒカリの悩みぐせはいつものことだったが、それにアスカが加わ

り、一晩中でも話していそうな勢いだった。

「そうだね」

 トウジがツバサを抱きながら立ち上がると、アスカが両手をつき

だした。

「あ、ねえ。ツバサ君抱かせて。いいでしょ? ヒカリ」

 ヒカリは簡単に了解したが、トウジは心配そうな顔をして、大事

に大事に自分の息子を手渡した。

 検討会からつまはじきにされた男二人は、ボトル半分のウイスキー

と氷と二つのグラスを持って、隣の和室に移動した。

 小さなテーブルに置かれたグラスに氷を入れながら、トウジは口

を開いた。

「惣流を連れてきたのは、失敗やったな」

「まあね」

 隣の部屋からは、更に加熱したトークが聞こえてくる。それも、

なにか内容が変わっているようだった。

「相変わらずやなあ。あの二人。騒がしいところ、ちっとも変わっ

とらんな」

 シンジはトウジから渡されたグラスを受け取った。

「でも、結構変わってたりするよ」

「惣流か?」

「うん。ちょっと変わった。子供が欲しい、なんて言うし」

 トウジはむずがゆいような顔をして見せた。

「お前も変わったわ。人のことがわかるようになったようやし」

「そうかな」

「ま、惣流のこと、大事にしてやれや。子供が欲しいなんていうと

んのは、なにかサインを出してんのかもしらんぞ」

「サインて、どんな?」

「知るかい。お前が感じ取ったれ」

「そうだよね」

 トウジは手を後ろにつき、天井を見上げた。

「シンジとも、惣流とも会ったし、後はケンスケだけか。なにやっ

とんのかな、あいつ」

「海外に行ったって話は聞いたけど」

「そうか。まあ、お互い連絡の取りようがないから、しゃあないな」

 リビングからは依然にぎやかな声が聞こえてくる。トウジとシン

ジはしばらくお酒を飲みながらたわいない話をし続けた。

 アスカが「なーに男二人でこそこそやってんのよ。気持ち悪い」

と、ツバサを抱いて入ってきたのはシンジもトウジもだいぶいい気

分になった頃だった。

 それからは打ち合わせも程々に、四人でのささやかな宴会になっ

てしまった。

 アスカは鈴原家の跡継ぎをいたくお気に召したようで、なにくれ

と世話をしてまわるヒカリの代わりに眠りにつくまで面倒見よくあ

やし続けていた。

 話題はつきなかった。シンジが転校してきたときのこと。アスカ

が転校してきたときのこと。文化祭。シンジたちの地球防衛バンド

のこと。

 そのまま朝まで居続けたかったが、明日は平日。シンジもアスカ

も、トウジもヒカリも、みんな仕事がある。1時を回った頃、帰る

ことになった。

 また会おうという別れをしてシンジとアスカはマンションの外に

出た。

 外は夜が行き渡って涼しい。火照った顔を冷ますのにはちょうど

よかった。

 駅に向かってテクテク歩いていると、アスカがのびをしながら大

きく息を吐き出した。

「はー。楽しかった」

「そうだね」

「ねえ、ツバサ君、可愛かったわぁ。なんか、子供欲しくなっちゃっ

た」

 アスカはシンジの顔をのぞき込んだ。シンジは困って、顔をそら

した。

「僕は、なんか嫌だな。子供」

「……どうして?」

 アスカの顔色が変わったのが、暗がりでもわかった。

「だって……。あんなにかわいがって、一生懸命育てて、大きくなっ

ても、ひょっとしたら親のことを恨むようになるかもしれないでしょ

う?」

「……」

 アスカは無言だった。

「子供が、生きていくのが、おもしろくないなんて思うようになる

かもしれないじゃないか」

 言ってから、シンジは後悔した。

 それは自分のことだ。昔の暗い自分。いや、今も変わっていない

のかもしれない。

 シンジはその後言葉が続かず、アスカも黙ったままだった。

 しかし少し間をおいて、アスカふと立ち止まった。

「アスカ?」

 シンジは振り返った。アスカの背にある街灯が逆光になって、表

情がよくわからない。

「シンジ」

「なに?」

「あたし、できちゃった」

 アスカはか細い声でそう言った。

 できちゃった。

 なにができたのか、アルコールがまわった鈍い頭に考えさせて、

ようやく回答にぶつかると、シンジは思わず言ってしまった。

「うそ」


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ver.-1.00 1997-09/24公開

ご意見・感想・誤字情報などは daiten@post.click.or.jpまでお送り下さい!



 だいてんさんの『singles』4、公開です。
 

 いーけないんだ、いけないんだ!
 せーんせに言うたーろー

 シンジ・・・失敗したな(^^;
 

 相手はアスカだもんなぁ・・
 夢中になって避妊に気が回らなかったんでしょうね・・
 

 もしくは、
 アスカの方が

 「早くぅ そんなの要らないの・・
  シンジを直接感じたいの!」

 と、言ったとか・・・う・・・妄想・・・(爆)

 

 

 シリアス作品に軽いコメントを書いてしまって−
 すみません、だいてんさんm(__)m
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 私を壊しただいてんさんに感想メールを送りましょう!


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