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幸せは空の上に


 

 

 

 

アスカが死んで、一年が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカ。
今日も朝日がまぶしいよ。
君が逝ってしまった朝も、こんな風によく晴れた朝だった。
輝く朝日の中で静かに息絶えていた君は、神秘的にすら見えた。
ねえ、アスカ。
君は、苦しくはなかっただろうか? 辛くはなかっただろうか?
君は安らかに死んでいったと、僕は信じたい。
それだけが僕の慰めになるから。

 

 

僕たちのことは心配しなくていい。
ミライもアキラも元気だ。
ミライは、君が死んでから4人目の子供を産んだ。
僕らの5人目の孫だ。
小さいころのミライにそっくりな可愛い女の子だ。
君にも見せたかったって言ってたよ。
アキラも大丈夫だ。
コトミちゃんはあいつにはもったいないほどいい奥さんになった。
ただ、ユミが最近反抗期らしい。
よく僕の所に愚痴を言いにくるよ。
僕はそのたびに笑って追い返してやる。

 

僕かい?
僕は……僕も、元気だ。
僕は、今でもこの家に住んでいる。
アキラもミライもいい子だ。僕に一緒に住まないかと言ってきたが、
僕はそれを断った。
この家には、君との想い出がつまりすぎている。
僕は、この家で――僕ら二人の城で、君の思い出と共にゆっくりと朽ちていく
道を選んだ。

 

 

アスカ。
独りは寂しいね。
君と過ごした60年という時間は、あまりにも永く、短かった。
14年間色のない世界に住んできた僕に、鮮やかなばかりの色彩を与えて
くれたのは君だった。
君を失ってから、僕の世界は、またゆっくりと色を失いつつある。
微かに残る君の思い出だけが、それをつなぎとめてくれているのだよ。

 

 

僕は、もはや本当にこの世界にはいらない人間になってしまったのかも知れない。
互いに自分の存在価値を見出せなかった僕らは、ただがむしゃらにお互いを求め
合ったね。
愛し、愛されること。それだけが、僕らの生きる意味だった。
でも、君はもはやどこにも居ない。
ねえ、アスカ。僕はこんなにも寂しい。

 

 

黒い鉄のベッドの上で、君は灰と骨だけを残して去ってしまった。
せきをきったように、泣きじゃくるミライを見ても、
拳を握りしめて必死に涙をこらえるアキラを見ても、
僕は奇妙な非現実感に包まれたまま、立ちつくしていただけだった。
君がもうどこにもいないということが信じられなかった。
僕にとってそんなことは有り得なかったのだから。
僕が居て、君が居て、初めて世界は存在するものだと思っていた。
ああ、でもアスカ。
君がいなくなっても、いつもと同じようにこの地球は回り続け、
生の営みは続けられる。。
きっと、僕が居なくなっても何が変わるということもないのだろう。
この地球すらも、いつかは風船のようにふくれあがった太陽に飲み込まれ、
蒸発して消えてしまうのだろう。
それすらも、この宇宙のなかでは、微かな出来事に過ぎない。
ただ、一つの星と、そこに住むわずかな生命体が消えただけのことだ。
それでもアスカ。
君の居ない世界は、こんなに哀しい。

 

 

太陽が昇っていくよ。
人は生きている限り空腹を感じる。
僕は自分の空腹を満たすために、ゆっくりと立ち上がった。
適当に炊いたご飯を適当によそり、適当に口の中にかきこみ、適当に消化する。
君が死んだ夜に僕が炊いたご飯は、悲しいまでにまずかった。
いつの間にか、自分が米の炊き方を忘れていたことに気づき、愕然としたものだよ。
米の炊き方を思い出した今も、僕の作る食事はわびしい。
君がいつの間にか僕よりも遥かに料理の腕を上げていたことに気づいた。
リンゴの皮をむくのにも四苦八苦していた君が、立派な主婦として僕らの生活を支えて
くれていたんだ。
今更ながら僕の心にはふつふつと感謝の心がわき上がってきた。
ああ、もっと早く気づいていれば、君に直接伝えられたのに。
アスカ……君が恋しいよ。

 

 

 

 

僕はまんじりともせずに夜を待ち、夜が来れば夜が明けるのを待った。
また、地が白む。
僕たちの戦いの末、四季を取り戻したこの世界の朝は、年老いた僕の体には
少し肌寒かった。
僕は、なんともなしに庭に降りた。
自分がまだ生きているという証拠が欲しかったのかも知れない。
君と二人で守ったこの庭は、朝日を存分に受け止めて輝いていた。

 

 

…………ねえ、アスカ。
君はまだどこかに居るのだろうか?
君がいるのならば、僕は会いに行くよ。
どんなとこだっていい。君が居るのならば、何処だって行くさ、ああアスカ!

 

 

朝露に輝く庭に、一輪の百合が咲いていた。
気高いまでに白いその百合に、僕はしばらく魅入られたように立ちつくしていた。
そして、僕はまるで初めて君の手を握ったときのようにおずおずと指を伸ばし、
その絹のような花びらに触れる。
そして……僕は、そっと口づけた。
それは、あまりにも自然で純粋な行為だった…………

 

 

 

 

 

僕は唐突に理解した。
アスカ、君はここにいたのだね……
君は、ずっと僕の側に……
ああ、そうだねアスカ。
独りは寂しいね。
もう独りじゃないさ。僕もやっと君と共に行けるよ。
二人なら、どんな所にだって行ける。
待たせたね、アスカ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん?」
碇アキラは、家の中にいるはずの父に声をかけた。
そこから返事はない。
少し首を傾げ、後ろの妻と娘を見やる。
「お義父さん……いないのかしら?」
5年に渡る猛烈なアタックの末に結婚した、幼なじみの妻、コトミはアキラと同じような仕草で首をかしげてこたえた。
その二人の愛の結晶とでも言うべき少女、碇ユミも同じような表情を浮かべている。
「おかしいなぁ……父さーん?」
呼びかけながら、家の中にはいる。15年前まで暮らしていた、想い出のつまった家。
「父さーん? 父さ……」
アキラは、縁側に腰掛けてひなたぼっこをしている父の姿を見つけた。
「なんだ、こんなとこにいたのか。返事ぐらいしろよな、まったく……」
そこまで言って、アキラは愕然とした。
父の肩に置いた彼の手からは、人の温もりは伝わっては来なかった。
あわててその顔をのぞき込む。
この世にたった1人の彼の父――碇シンジは、安らかすぎる笑みを浮かべ、静かに瞳を閉じていた…………

 

コトミが、アキラの元に怪訝そうな表情で歩み寄る。
「あなた、どうした…………!!」
彼女も気づいたようだ。
アキラは夢遊病者のようにふらふらと立ち上がり、意味もなく視線を巡らせる。
――と、彼の目にあるものが写った。
おぼつかない足取りで、その『あるもの』の所――居間に残ったテーブルの元へと歩み寄る。
その上には、数枚の便箋と、シンジの愛用していたボールペンが無造作に置いてあった。
その便箋をひったくるように手に取り、びっしりと丁寧な字で書き込まれている内容に目を通す。
……それは、シンジの手紙だった。彼の亡き妻へと向けた手紙。
アキラは、自分の頬を熱いものが流れるのを感じていた。
何度も何度も読み返す。
………………もう、便箋の文字は涙でゆがんで見えなくなっていた………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカ、もう一度幸せを探しに行こう。
空の上の、二人だけの天国で…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


僕と彼女の物語は、ここでひとまずの終わりを告げる


NEXT  ver.-1.00 1997-09/20 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは gyaburiel@anet.ne.jpまで。


どうも、ぎゃぶりえるです。
幸せシリーズ、なんとか完結しました。
こういう結末になりましたが、感想お待ちしています。
それでは、前2作に感想をくれた方、この話をUPしてくれた大家さん、今読んで下さったあなた。
全ての人に、心からの感謝を送ります。
では。


 ぎゃぶりえるさんの『幸せは空の上に』、公開です。
 

 心を伝え会った日。
 人生を歩んでいた日。
 そして、
 去っていく日。

 その日、もう一度の確認。

 二人でいることの意味。
 いつも二人でいたことも。
 

 三部作で語れたアスカとシンジの物語。

 理解し、
 再び始まる二人の日々なんですね。  

 心に残る物語でした(^^)  

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。

 ”二人”を描いたぎゃぶりえるさんに感想を送りましょう!


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