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竜 騎 兵
Mission 6
He said.
"You are Same to Me, Aren't You?"
加持リョウジは、アメリカ中央情報局――俗に言うCIAの特殊戦闘部隊、『ディープムーン』の隊員だった。
少数での特殊な任務につく『ディープムーン』のメンバーはリョウジを含めて6人。ダニエルと、暗殺任務を主とするディバイス、ヒスパニックのシェゲア、誰も本名を知らないゼブラ、そして、隊の紅一点であり、加持自身の婚約者でもあったジェシカ。それに加持を加えた6人が、アメリカ陸軍一個師団にも匹敵すると言われた『ディープムーン』の総メンバーだった。
彼らはあらゆる重火器、戦闘兵器に通じ、間違いなくアメリカ最強の戦闘部隊であった。アメリカ最強とは、現在の世界ではすなわち世界最強を意味する。統合されたECを合併という名目で飲み込み、かつての宿敵ロシア領も、少しずつアメリカに削り取られている。アジアにもその手は伸び、既に人口、経済、政治、軍事。全ての面において、名実共に世界最高の国となっていた。
しかし、かつての植民地に従うことをよしとしないヨーロッパをはじめ、2000年以降にアメリカ領地となった国のほとんどが、現状をそのまま受け入れているわけでもないのが現実だ。ただ、それでも、内外に数多くの問題を抱えがなら、いまや世界はアメリカという超大国なしには存在すら危ぶまれるというのが、現状である。
その超大国で、おもに内側の問題を解決していたのが彼らだった。祖国の独立を願うテロリストの秘密兵器の破壊。他国に通じている官僚の始末。資本主義に対して危険な思想を抱く者の暗殺。他にも、無数の血なまぐさい任務を、毎日のようにこなしていた。
その日の任務も、そんな血なまぐさい、そしてよくある仕事のひとつのはずだった。
国際テロリスト『ANGEL』の研究所に進入して、開発中の新兵器を破壊せよ――それが任務の内容だった。無数の名前を持ちながら、その意味するところは等しい、全世界で活動を続けるテロリスト軍団。それが『ANGEL』だ。
他の有象無象テロリストたちとは明らかに一線を画し、強大な組織力と出所不明の豊富な補給物資によって活動を続け、アメリカ政府や国連役員の中にすらそのメンバーはまぎれこんでいるという。まさに名実ともに最強のテロリストである。
彼らの目的に関しても、様々な憶測が飛び交っている。資本主義に対する反抗だというものもあれば、どこかの国の極右集団だというものもある。それでも、肝心の『ANGEL』が一切の犯行声明を行わないため、その正体はいまだ闇に包まれている。
当然、加持たちにとってその『ANGEL』がらみの仕事はこれが初めてではなかった。国防庁に潜入したスパイを始末したこともあるし、その基地をつぶしたこともある。その日も、死を覚悟する程度に緊張はしていたが、実際それほど骨の折れる仕事だとも思ってはいなかった。
潜入メンバーは加持、ジェシカ、ダニエル、シェゲアの4人。加持とジェシカ、ダニエルとシェゲアの2班に分かれて潜入した。
基地の中に入ってまず彼らが見たものは死体だった。研究員らしい白衣の男が、喉元をかき切られて死んでいたのだ。死体の数は一つではなく、曲がり角を曲がったり部屋に入る度に必ずいくつかは見つけた。頭をつぶされているもの、心臓を貫かれているもの、首を切断されているもの――死因は様々だったが、その唯一の共通点は、どれも一撃で即死したと思われることだった。
彼らはその兵器に関しての情報は全く聞いていなかった。ただ、『ANGEL』が新兵器を開発しているらしい、という曖昧な情報のみを頼りに来たのだ。
加持とジェシカは、進んでいくうちに一つの部屋にたどりついた。そこには人ひとりがそっくり入るほどの大きさを持った、カプセルが並んでいた。通路のように細長い部屋の両脇を、まるで街路樹のように並んでいたそのカプセルは、どれも割れていて、中に入っていた琥珀色の液体が部屋の中を膝の高さまで満たしていた。
そして、その部屋の奥――無数のカプセルに導かれるようにしていきついた部屋の突き当たりには、より大きな5個のカプセルが並んでいた。そのうちよっつは他のカプセルと同じように壊れていたが、右端のひとつだけが、割れずに残っていた。
中に入っていたのは、少年だった。銀色の頭髪を持った、ガラス細工のような華奢な体つきの、全裸の少年がカプセルの中で瞳を閉じて浮かんでいた。
加持は思わず声に出して自問していた。この少年が兵器だというのか? このカプセルにはこの少年と同じものがどれも入っていて、それがあの研究員たちを殺したのか?
その疑問が解決するよりも早く、異変は起こった。少年の姿を見たジェシカが、突然叫び声をあげたのだ。ブロンドの髪を振り乱しながら彼女は何度も叫んだ。何かを拒むように、何かに恐怖するかのように。
呆然と見守る加持の目の前で、彼女の頭蓋に亀裂が生じた。割れ目は正中線にそって広がり、ジェシカの腹まで達したとき、ぱっくりと開いた。真っ二つに開いた頭から、別の頭が出てきた。それは、昆虫のようなおおきな複眼を持ち、紫色の体から粘着質の体液をしたたらせながら、ジェシカの体から這い出してきた。まるで脱皮するかのように。
全身が露わになったそれは、加持の目には巨大な紫色のカマキリに見えた。カマキリと違うのは、鎌の代わりに6本指の手がついていたことだった。そして、その6本の指の先には、すべて死神の鎌のように湾曲した鉤爪がついていた。その鉤爪で研究員たちは引き裂かれたのだが、そんなことはその時の加持には知る術もなかった。ただ、目の前で化け物へと『脱皮』した恋人の姿を呆然として見つめていただけだった。
その化け物は、新しい体の動きをためすかのように二、三度腕を振ると、加持に向き直った。
気が付いたときには、全ては終わっていた。化け物の鉤爪による一撃を後ろに飛んでかわした加持は、手に持っていたサブマシンガンで、反射的に、正確にその頭部を撃ち抜いたのだ。思考よりもはやく体が反応した。崩れ落ちる化け物の体を凝視して、彼は気づいた。
それはジェシカだったのだ。
ジェシカの抜け殻は皮だけだった。そいつは、ジェシカの中身だったのだ。
彼は絶叫した。後から駆けつけたダニエルに、シェゲアの死を知らされたが、それもその時の加持にとっては些細なことでしかなかった。
――そして、彼は脱走した。
事の真相は全く分からなかった。ただ、『ANGEL』が開発していた生体兵器――そのひとつがジェシカだった、という直属の上司の説明だけが、彼らに与えられた事実だった。加持は、真相などわからなくていいと思った。痛みを伴う真実など、彼にとっては無用のものだったのだ。
当然、追っ手は差し向けられたが、純粋な戦闘能力では隊の中でもナンバー2だった彼を止められるものはいなかった。無数の殺し屋を返り討ちにし、ある日そのひとりがかつての仲間、ディバイスだったことに気づいたときも、涙すらでなかった。
もはやアメリカでは生きていけないと察した彼は、両親の国、日本へと渡ることを決心した。ドラグーンが開発されたのは、ちょうどその頃だった。加持は戦略自衛隊へと入隊し、ドラグーンの操縦技術をみがいた。戦時に入ったことに特に理由はない。ただ、自分にはもうまともな仕事に就くことはできないと思っていた。
そして、第3小隊『エヴァンゲリオン』へと入隊。碇ゲンドウに出会った。なぜだか加持は、その無愛想で不可思議な男に惹かれていった。幼い頃になくした父を重ねていたのかも知れない、とは今になって思うことだが、実際そんなとこだろうと思う。ただ、いつしか彼が碇ゲンドウという男に心酔していたのは事実だった。
そして、ゲンドウの戦死。
彼の死を家族に伝えに行ったのも、彼だった。それは自分の義務であるような気がしたのだ。ゲンドウの妻、ユイは、悲しみの色すら見せずに加持の話す事実を受け入れた。後にシンジに聞いたところによると、加持が帰った直後に彼女は卒倒し、そのまま病院に運ばれたらしい。それは、戦士の妻としての最後の意地だったのかも知れない。
その時に、居間の奥から様子をうかがっていたふたりの少年と少女。そのふたりが、今や『エヴァンゲリオン』の一員となり、自分を隊長と慕ってくれる。
皮肉なものだ、と加持は思った。時の流れを容赦なく実感させられるような思いだった。彼ももう33になろうとしている。脱走したあの日から、実に8年の歳月が過ぎたのだ。
「何考え事してんだ? リョウジ」
「……昔を思い出してたんだよ、ダニー」
閉じていた瞳を開くと、目の前ににやけた顔が現れた。彼にとっては具現した昔である存在が、そこに立っている。
「……昔、か」
ダニエルはつぶやくと、加持の隣に置いてあったもうひとつの椅子に腰掛けた。
「事務室には勝手にはいるな、とドアに書いておいたはずだが」
「何言ってんだよリョウジ。当然、俺はフリーパスだろ?」
悪びれた様子もなく、コーヒーメーカーから勝手にコーヒーをつぐ。そのコーヒーを手に持ったまま、
「……ジェシカのことか?」
「まあ、な」
加持は素直に肯定した。ここで嘘をついたところでなんにもならない。
「あの事は……今でも忘れられないよ。俺が駆けつけたときのお前の顔ときたら……」
ダニエルはやりきれないとでも言うように首を振った。
「ジェシカのことは、本当に気の毒だったな。……それにしても、俺は安心したんだぜ、リョウジ」
「安心?」
「お前のこったから、どうせまだジェシカの亡霊に悩まされてんのかと思ってたけど、ちゃっかり日本で恋人なんて作りやがって」
加持は苦笑した。ダニエルの危惧は半分以上事実であり、また、それこそが半年前から机の中に眠っている指輪を取り出せない理由でもあった。
「それに、もう何とか回復したみたいだな。3日前に話したときは、墓場から出てきたてのゾンビみたいな顔だったぜ」
「……まあな。まさかあの時のことが今になってよみがえってくるとも思わなかったしな」
「全ては連続してるのさ」
ダニエルは椅子から立ち上がると、ブラインドの隙間から演習中のドラグーン部隊を見つめながら続けた。
「あの時に始まったわけじゃない。もっと昔――それこそ『古代』と呼ぶべき時代から、それは始まっていた……」
「……ああ、そうだな」
この男にしては珍しく悲壮な響きをもった言葉を聞きながら、加持は自分の分のコーヒーもついだ。
「しかし、もうすぐ終わるさ。どんな結果が出るにせよ、な……」
ダニエルの言葉は、広くはない事務室の中で虚ろに響き、そして消えた。
●
醤油がきれている。
綾波レイがそのことに気づいたのは、遅めの夕食を作ろうと思った矢先のことだった。
時計を見ると、7時半。もう近くのスーパーは閉じてしまっている。台所から居間をのぞくと、碇シンジが3人分の衣類を丁寧にアイロンがけしていた。その向こうでは、いつの間にか居着いてしまった居候、惣流・アスカ・ラングレーが寝転がってスナック菓子をほおばりながらテレビを見ている。彼女が家事のたぐいは全く駄目であるということが判明して以来、結局前と同じようにシンジとレイで分担して家の中の仕事はやっているのだ。
レイは少し思案したが、今のうちに買っておこうと決めると、もうその時には玄関に出てくつを引っかけていた。
「綾波? どっかいくの?」
「お醤油を買ってくるわ。すぐに帰るから」
「……わかった。気を付けてね。いってらっしゃい」
「いってきます」
律儀に返すと、レイはドアを開けて夜の中に消えていった。それを見送ったシンジは、ドアが完全に閉まると、まだ途中のアイロンがけを再会させるべく居間へと戻ろうと振り返った。
と、いつの間にか後ろの廊下に立っていたアスカと目が合った。その肩越しに見える居間のテレビでは、売れない芸人が小学生が休み時間に叫ぶようなダジャレを連発している。
「シンジ。せっかくだから、前から気になってたことを聞いておこうと思うんだけど」
「気になってたこと?」
アスカの態度はやけに高圧的だが、それが彼女の普段からの態度であるということはこの2週間になる同居生活でいやというほど知っていたので、それについてはあまり気にはしなかった。
「そ。あんたとレイって幼なじみなんでしょ?」
「……一応ね。それが何か?」
質問の意味が理解できず、疑わしげに問い返した。
「なんで、名字同士で呼び合ってるわけ? 日本ってそういう国なの?」
「……ああ、そのこと」
シンジは困ったなという顔を作りながら、ぽりぽりと頬をかいた。
「普通――ていうか、ドイツでは幼なじみどころか学校の友達だってファーストネームで呼び合うわよ。ましてやあんたたちなんてもう10年以上も一緒に暮らしてるんでしょ? 絶対おかしいし不自然よ」
「うーん……」
シンジはやはり視線を漂わせながら思案していた。彼女が興味を持ってしまった以上隠し通すことは不可能だろうし、そこまでして隠し通すほどのことでもない――ただ、あまり他人に知られたくない過去であることは事実だったが。とりあえず、どこから話すべきかと考えて、
「最初は、些細なことだったんだ」
「ありがとうございました」
店員の声を背に聞きながら、レイはいつも行きつけの食料品店で購入している醤油がコンビニでも手に入ったことに満足していた。ついでに買った雑誌と一緒にコンビニの袋に入っている、ボトル詰めの醤油の重みもかえって心地よく感じながら、家路をたどる。
少女の一人歩きである。なるべく明るい道を通って――というよりも、この街で暗い道を探すほうが難しいが――歩くが、家に近づくにつれて人気が少なくなり、もうマンションの明かりが100メートルほど先に見えたころ、レイの背筋を悪寒に似たような感覚が走り抜けた。
反射的に後ろを振り向く。道路の脇に立てられたさびついた街灯の下。ひとりの少年が立っていた。逆光になっているため顔は見えないが、そのシルバーの頭髪と、華奢な体つきだけは察することができた。そして、その真っ赤な両眼も。
その少年は半歩、前にふみでたようだった。跳躍一回分ほどの距離を保ちながら、どこか暖かい無機質さを感じさせる声で語りかけてくる。
「綾波レイ。君は僕と同じだね」
「……あなた、誰……?」
レイの喉はからからに乾いていた。あえぐように、声を絞り出す。その少年の存在自体が、彼女に喉を締め付けられるような圧迫感を与えていた。なにか、度忘れしてしまったことがどうしても思い出せないときのような、奇妙な焦燥感にも似たような感情が心の中を支配している。それでいて、必死に思い出すことを避けようとしている自分も、確かに自分の中に存在しているのだ。
どうやら、その少年は笑ったようだった。
「……面白いね。君と僕とは同じでなくてはならないはずなのに、君は僕と同じではない。いや、同じではなくなってしまったという方がいいのかな?」
「……なにを……言っているの……?」
レイは、自分でも知らないうちに後ずさっていた。コンクリートの塀に当たった右足のかかとが、その事実に気づかせる。もう声を出すのが精一杯だった。理由もわからないまま、体中がおびえている。その少年に――あるいは自分自身の内なる存在に。ともすればこのまま崩れ落ちてしまうかもしれない。
「プログラムが封印されてしまったのか……あるいは、プログラムが君に取り込まれてしまったのか……どうやら、後者のようだね」
少年が、さらに足を踏み出す。レイの体はその行動に反応して、びくっと痙攣した。蒼白になったレイの表情にもかまわず、少年はことなさげな足取りで、とうとう互いの息がふれあうほどの距離にまで迫ってきた。
レイは目を閉じて、その名を呼んだ。自分の分身であると言ってもいいほど、ずっと側にいた少年の名を。
(シンジ――!)
「昔はさ、アスカが言うように、普通に呼び合ってたんだよ。シンジ、レイって」
シンジの口切りはその言葉だった。
「あれは……たぶん小学校2年生ぐらいの時だったと思う。ちょうど遷都を翌年に控えて、僕らの学級のほとんどが転入生だったんだ。レイも同じクラスで、結局親しいのは僕とレイだけだったんだよ。まあ、それでも1ヶ月もすればみんな割と打ち解けたんだけど、そうなると当然いじめっ子やガキ大将みたいなのも出て来るんだ。男子と女子で、名前で呼び合ってるのは僕とレイぐらいだったから……目を付けられたんだろうね。『男のくせに女なんかと仲良くするな!』ってね。僕はほら……昔から、いじめられっ子だから」
「でしょうね」
即答したアスカに、苦笑を漏らしながらシンジは続けた。
「それでさ、レイのことを明日から綾波って呼べっていうんだ。いやだっていったけど、結局相手は大きな子だったし、その取り巻きもいたからね。2、3発殴られて、約束させられたんだ。その次の日、朝はいつもと同じように接したけど、学校が近づくにつれて気が重くてね。今にして思えば、学校に行きたくないって思ったのはあれが初めてだったな。それで、学校についてから、その子が無言で促すんだよ。早く言えって。それで……」
「綾波って呼んだのね」
「……うん。クラス中が固唾をのんで見守ってたんだけど、レイはなんの反応もしなかったんだ。僕は『綾波、消しゴムかして』って言ったんだけど、『はい』って消しゴムを渡しただけ。ただ……」
「ただ?」
「うん……それから、レイも僕のことを碇君って呼ぶようになったんだ。レイは気にしてないみたいだったし、僕のほうから折れることもできなくて……結局、いつのまにかそれが定着しちゃったんだ」
「ふぅん」
「情けないヤツ……って思ってるでしょ?」
「ちょっとね」
シンジは自嘲的な表情を浮かべた。
「だって、僕が一番そう思ってるんだ」
しばし、沈黙が流れた。
シンジは自分の生み出してしまった重い空気を振り払うように、立ち上がって時計を見上げた。
「あ、もうこんな時間だね。綾波、なにやってるんだろう……なんかあったのかな? ちょっと見てこようかな」
言いながら、その場から逃げ出すようにドアから出ていくシンジを見送りながら、アスカはまたクッションを枕にして横になり、テレビのチャンネルを変えた。
彼は気づいていたのだろうか? 話している間、自分が彼女のことをずっと『レイ』と呼んでいたことを……
「君は興味深いよ……本当にね」
今や少年の顔は、すこし上体を倒すだけで唇が触れ合ってしまうのではないかというほどに接近していた。それにも関わらず、やはりその顔は見えない。ただ、ふたつの紅い光だけが楽しげに揺れながら彼女を凝視していた。
レイは、コンビニの袋をまるでそれが最後の防波堤でもあるように、胸の前でしっかりと抱えている。普段自分の感情を表に出さない少女の顔には、はっきりと恐怖の色が浮かんでいた。うつむいたレイの顔を、少年の細い指が持ち上げる。二対の赤い瞳が、はっきりとその視線を重ねた。
「いや……」
いつの間にか流れ出していた涙が頬をつたって落ちた。レイは幼子のように首を振って、拒絶しようとする。その少年を――彼が伝えようとしていることを。
「…………」
不意に、少年は体を離し、すこし離れたところからもう一度彼女に笑いかけた。
「君とはもっと話がしたかったけど……どうやら君のナイトのお出ましだ。僕は退散するとするよ」
そう言うと、レイの見ている前で、少年はふっと浮かび上がった。糸の切れた風船のように漂いながら、街灯と同じぐらいの高さにまで浮上したところで止まる。レイは、なぜかそれが不思議なことだとは思わなかった。彼女の中で、少年の行動は当然の事実として受け止められていたのだ。
少年は、そのままレイに背を向けたが、ふと何か思いだしたとでもいうように振り向いて、
「……そうだ。まだ言ってなかったね。僕はカヲル。渚カヲルだ」
その時、雲の切れ目から月が顔をのぞかせた。月光に照らし出された少年の顔は、まさにガラス細工のようだった。切れ長の目。日本人離れした高い鼻。ハムにナイフで切り口を入れたような大きな口。全てが、神の寵愛を一身に受けたかのように均整をとって、完全なる調和の元に存在していた。絶対的な美というものがあるとするならば、それはその少年だけが与えられたものかも知れない。
そして、一瞬の後に、彼は闇の中に溶けていった。
「綾波!」
後ろから、シンジの声が聞こえた。ただ、その声がやけに遠いな、と思った後、レイの意識は底のない闇へと沈んでいった……
や、ども。おひさしぶりのぎゃぶりえるパワードです(^^;;
テスト勉強やら卒業式やら入学式やら(僕のじゃないですが)で忙しさにかまけているうちに、気がついたら3ヶ月も更新が途絶えていた……(−−;;;
入居当時の、一日一作ペースが嘘のようです(遠い目)
これから、またがんばりたいと思いますので、よろしくおねがいしますm(_ _)m
次回は、たぶんもうちょっと早くお目見えする予定ですので、どうかお楽しみに(え? 誰も待ってない? それは言わない約束だろ、おとっつぁん)
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