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竜 騎 兵
Mission 7
Silver Angel.
本当にここほど落ち着く場所はない。
高校にも行かず、どこの馬の骨とも分からない男と毎夜街を遊び歩く娘。いい年をして職にもつかずに親のすねをかじり続ける息子。高級ブランドこそが絶対と信じ、本物かどうかも分からない高級品を買いあさる妻。
そんな家族たちから彼を解放してくれ、唯一安らぎを与えてくれる、まさに彼にとって真の家族とでもいうべき愛機のコクピットに男は揺られていた。
モニターにうつる風景はおおむね平和。まだ草一本はえていない埋め立て地を見渡して、男は相棒に無線越しに声をかけた。
「平和なモンだねェ……どうだい、任務が終わったら一杯やってかないか?」
無線からは、まだ若い相棒の、呆れたような声が流れ出てきた。
「また例の、家に帰りたくない病ですか? だめですよ。たまには早く帰らないと。奥さんだって喜びますよ、きっと」
「……若いなァ、お前さんは。もう少し年をとれば分かるさ。結婚なんてするもんじゃないってね。激しく燃え上がれば燃え上がるほど燃え尽きるのも早い。人間なんてそんなもんさ」
「はぁ……」
わかっちゃいねェな、と苦笑して、男はタバコに火をつけた。彼の任務は単なる定期巡回。第三新東京の泣き所とでもいうべき場所なだけにそうそう馬鹿にできた仕事でもないが、それでもたいしてやりごたえのある仕事ではない。
「しっかしこんな仕事ばっかりこなしてると、腕がにぶっちまうわなァ。なんかこう、血沸き肉踊るような戦いはもうないもんかねェ」
「……どうやらご希望に添えそうですよ。血沸き肉踊る戦いになるかどうかは保証できませんが」
相棒の声にレーダーを見やると、動力反応を示す光点がひとつだけ、スクリーンの片隅に瞬いていた。
「ドラグーンか? たった1機でくるたァ、ふてえ野郎だ。思い知らせてやるぞ!」
心の中では歓声を上げながら、男は装備していた制式マシンガン『イカヅチ』を構えた。外部スピーカーのスイッチをオンに切り替え、2度の咳払いの後に正体不明のドラグーンへと告げる。
「こちら戦略自衛隊第4小隊だ! 直ちに武器を捨てて投降せよ! 命令に従わなかった場合、攻撃を開始する!」
従うなよ、と呟いてマシンガンに装填されている弾数を確認する。隣の相棒が、本部と隊長への連絡がすんだことを無線で知らせてきた。
――と、突然スクリーンにうつる動力反応が動き出した。一直線に彼の愛機へと向かってくる。
「よし! そうこなくっちゃなァ! 一線を退いたとはいえ、まだまだ腕は鈍っちゃいねェぜ!」
あるいは、男が最前線を去るのがあと1年遅ければ気づいたのかもしれない。スクリーンの上で動く動力反応の速度が、明らかに通常のそれをはるかに凌駕していることに。
右アームの『イカヅチ』のトリガーに指をかける。メインカメラを動力反応の方向へと向け、そのまま正面のメインモニターにうつるのを待った。
動力反応が、やがて彼の目の前に質量をともなった存在として具現した。銀色の煌めきとしか見えなかったそれは、男がトリガーを引くより早く、その視界からかき消えていた。
「何!?」
驚愕の声にかぶさるように、相棒の悲鳴がつけっぱなしになっていた無線より響く。
慌ててドラグーンを反転させると、両アームを肩の付け根から失っている相棒の愛機が見えた。次の瞬間には、銀色の衝撃とともに右レッグが吹き飛んだ。
左レッグだけ残ったドラグーンは、バランスを崩してゆっくりと後ろに倒れ込んだ。それを見届けるひまもなく、今度は男のドラグーンを衝撃が襲う。
「ちぃっ!」
右アームの操縦レバーから手応えが消える。残ったのはロッドを装備した左アームだけだ。
男はせめて目標の姿をとらえようと、必死になってメイン、サブのカメラを総動員で探した。
そして、彼は見つけた。月明かりが細くたなびく闇夜に、ほのかな光を放ちながら、それは悠然と立っていた。不格好な戦自のドラグーンなどとは似ても似つかない、8頭身の巨体。子供のアニメに出てくるような、流線型のフォルムをもつ細身のドラグーンだった。陸上選手のような長い手足は今はどんな動きもしていない。ボディには一切の装飾はなかったが、その小さい頭部の額には、伝説の一角獣を思わせるドリル状の角がついていた。
「なんだありゃあ……」
呆然と呟く。すると、その銀色のドラグーンはもう顔見せはすんだとでもいうように驚異的なスピードで駆け寄ってきた。
コンマ数秒で最高速に達したのではないかと思えるその動きで、残った左アームも一撃のもとに破壊した。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
ドラグーンを反転させるが、メインカメラは銀色のドラグーンの姿をとらえるよりも早く、頭部ごと粉砕されていた。
目の前に広がるノイズを呆然と見つめながら、男は迫りくる死の予感に戦慄した。
最後に見えたのは、なぜか忌み嫌う家族たちの優しい笑顔だった。
●
無機質な通路に立っていた。
汚れなき純白の壁を見てるうちに、そこがどこなのか気づいた。
(病院……)
恐ろしく、憎い場所。彼女を、変えてしまった場所。
ほとんど意識せずに、彼女は歩き出していた。一歩一歩、軽くではあるがしっかりとした足取りで。
白い廊下は、いくら歩いても景色を変えることはない。歩きながら、徐々に自分の体が縮んでいくような気がした。
やがて、永久に続くかと思われた廊下にもひとつの変化が訪れた。まっすぐに進む道だけではなく、横へと曲がるもう一本の道が彼女の瞳にうつる。
分かれ道の前で、初めて彼女は立ち止まった。瞳にはかすかに逡巡の色が浮かぶ。拳を握りしめると、前に4歩、正確に進み、横の道へと体を向ける。
立っていたのは少年だった。少女に背を向け、その場所だけが時が静止してしまったかのように微塵も動かない。
彼女は1度だけ呼吸をして、少年の背中へと歩み寄った。
「シンジ……」
少年の時が動き出した。少女の記憶では、少年の顔に浮かんでいるのは恐怖。そして嫌悪。
分かっているのに、なぜ声をかけてしまうのか。なぜその名を呼んでしまうのか。分からなかった。けれど分かっていた。
少年は振り向いた。けれど、そこに浮かんでいたのは、恐怖でも、嫌悪でも、憎悪でもなかった。
ただ、その無邪気な瞳に愛おしさだけを宿らせ、その名を呼んだ。
「綾波!」
「……シンジ……」
「綾波! 大丈夫!?」
「シン……ジ……」
「起きてよ! レイ!」
ぼやけた視界に、いっぱいに少年の顔がうつる。病院で会った面影を残しながら、より成長した少年の顔が。
「…………シンジ……?」
「気づいたんだね? 綾波!」
「……わたしは……?」
頭を振る。記憶が定まらない。ただ、目覚める前に見た映像だけがはっきりと頭にこびりついている。
自分がベッドに寝ていることに、ふと気づいた。自分の部屋の自分のベッドに横たわり、その横にシンジ。さらにその後ろではアスカが、心配そうな顔で見守っている。
「そこのところで倒れてたんだよ。なにかあったの?」
「……わたし……わたし、は……」
急激に、イメージが爆発した。紅い瞳。銀髪。少年。闇。恐怖。名前。名前――なぎさかをる……ナギサカヲル……渚カヲル……仲間……仲間と言った……
「いやあああああああああ!」
「あ、綾波!?」
突如頭を振って絶叫したレイを、驚いたシンジが抱きかかえる。
「いやあああ! 違う! 違う! わたしは、わたしはあなたじゃない!」
「ちょ、ちょっと、レイ! 落ち着きなさい、こら!」
アスカが取り押さえようとするが、レイは何かにとりつかれたかのように、ただひたすら頭を振って絶叫した。
「いやあ! 違う! わたしは違う! 違う違う違う違う…………」
ぐたっと再び意識を失い、シンジの腕の中に力無く落ちるレイ。
「……綾波?」
「……大丈夫。意識を失ってるだけよ」
レイの首筋に手を当てて、アスカが言った。レイは全身にびっしょりと汗をかいていたが、ともかく今はシンジの腕の中で規則正しい寝息をたてていた。
「なにが……あったんだ……?」
力無くつぶやくシンジに答える術を持つ物は、この場には誰ひとりとしていなかった……
●
「あら、シンジ君。ふたりはどうしたの?」
戦略自衛隊本部の廊下で出会ったミサトの第一声はそれだった。
「いや、綾波が熱を出しちゃって……本当は僕が看病しようと思ったんだけど、アスカが女の看病は女の方が都合がいいってきかなかったんで……」
それは嘘ではなかった。昨夜の騒ぎの後、レイは39度の高熱を出して寝込んでしまい、アスカが学校も休んでつきっきりでその看病をしてくれているのだ。
「あら、そうなの? それじゃあ、わたしからもお大事にって伝えといてね」
「わかりました。ところで、用って何ですか?」
学校帰りに突然鳴った携帯電話からの呼び出しで、シンジは制服のままここに駆けつけてきたのだ。
「そうそう。シンジ君にも聞かせておいた方がいいと思ってね。ついてきて」
と、視聴覚室の方向へと歩き出すミサト。シンジもその後を追う。
やがて視聴覚室につくと、ミサトは一枚のディスクを再生した。数秒のノイズの後、画面には大破したドラグーンの姿が映し出される。
場所は、どうやら第3新東京市のはずれに位置する埋め立て地のようだった。そこで2機の制式ドラグーンが、片方は両アームと右レッグを破壊され、もう片方は同じく両アームと頭部を無惨に砕かれた姿で横たわっている。
「……これは?」
「昨晩、この新開発地区を巡回していた戦時隊員2名のドラグーンが撃破されたわ。幸い、パイロットはふたりとも無傷だったけどね。それで、次が片方のドラグーンに残されていた映像記録よ」
画面が切り替わり、闇の中にそびえる銀色の巨人の姿が映った。
アスカの『ブラッディエース』にも似たフォルムの、ドラグーンと呼ぶべきかどうかも迷うような巨大ロボットである。
「こいつがたった1機で戦自のドラグーン2機をいとも簡単に撃破してくれた正体不明機よ」
画面の中で、その銀色のドラグーンは、カメラがとらえられないほどのスピードで移動し、一瞬の後には画面が大きく揺れて、きっかり90度回転した。画面の右端には地面らしき茶色の帯が映っている。
「見てのとおり、尋常じゃないスピードで動いてるわ……最初は『ブラッディエース』に似てると思ったけど、その性能という点では比べ物にならないわね」
「……何者なんですか? このドラグーンは」
「残念ながら、現在調査中よ。この後の動向も定かじゃないし……ただ、これ以降にどこでも目撃報告が出されていないところを見ると、もうこのあたりにはいないのかもしれないわね」
ミサトは思い出したようにぽんと手を打つと、
「そうそう。そういえば、通信記録にひとつだけ残ってたわ、このパイロットの声が。早速再生してみるわね」
手元のリモコンを操作すると、備え付けのスピーカーから、透明度の高い少年の声が響いた。
『……つまらないね』
…………
「……これだけですか?」
「これだけよ。声紋なんかも調査してみたけど、少なくとも第3新東京市民には当てはまらないみたい」
ディスクを止め、部屋に電気をつけてからミサトはシンジに向き直った。
「どう思う?」
「どうって……すごいドラグーンだなとは思いますけど……」
「本来はこれは戦自の上層部しか知り得ない情報よ。わざわざあなたに見せたのは、これについての意見がききたかったの。本当ならレイとアスカも来てくれるともっとよかったんだけどね……」
ミサトの口調から、本当に必要だったのはおそらく家にいるふたりだったのだろうとシンジは気づいていた。
「あくまで僕の私見ですが……どうも、僕には愉快犯的なものにみえます」
表情をうかがうシンジに、ミサトは目で続きをうながした。
「まず、これがテロリストの犯行だとすると、あまりに必要性が感じられません。これだけの機体を持っていながら、その初陣が戦闘用ドラグーン2機では効率が悪すぎますよ。それこそここの本部を急襲したって、このドラグーンならたとえ成功はしなくても捕らえられるようなことはないでしょうし。戦自に対する威嚇、という可能性がもっとも高そうですが、それにしたってこちらをいたずらに警戒させるよりもこの機体を使って奇襲でもかけたほうがより効果的に目的を達成することができる……と思うんですけど」
ミサトはひとつうなずき、
「わたしと加持もほぼ同意見よ。加持が言うには、このドラグーンの行動には組織的なものは感じられないっていうのよね」
「個人の勇み足、ということですか……?」
「その可能性もあるわ。なんらかの方法を用いてこれを開発したテロリストの一員が、その性能を試すために勝手に乗り回したのかもしれないし……」
テーブルの上に置いてあったペンを上に放り投げて、人差し指と中指の間につかみながら、
「それこそ、こいつはただの試作品で昨夜の事件もただのテストだったってこともあり得るわ……一番考えたくない可能性ではあるけどね……」
ミサトの言葉に、シンジも背筋の冷たくなる思いでうなずいた。
あれが試作品なら、完成品はいったいどれだけのものになるというのか。
●
「ほら! 飲みなさいよ!」
「……いや」
なにやらどろどろした緑色の液体をスプーンにすくって口に近づけてくるアスカに、レイは顔の半分まで布団にもぐって抵抗の意志を示した。
それをみたアスカのこめかみのあたりがひきつる。
「あんたね! 飲まなきゃ熱さがんないわよ! せっかくこのあたしが霊験あらたかな漢方薬を作ってあげたのに!」
「だからいやなの」
執拗にスプーンを押しつけるアスカ。レイもかたくなにそれを拒む。
「あんた、漢方薬なめてるわね!? 中国四千年の歴史を甘く見るんじゃないわよ! これでもあたし、こーゆー東洋の怪しげな呪術とか占いとか好きなんだから!」
「漢方薬がどうこう以前に、アスカ絶対作り方間違えてるもの」
「なにがよ!? ちゃんと本に書いてあったのと同じような色になったわよ!」
無理矢理口の中に押し込もうとすると、それに抵抗したレイの手がアスカの持っていたお椀にあたって、中身が全てレイの部屋のカーペットの上にぶちまけられた。
「あああああああっ!」
大仰にのけぞって、アスカが声をあげる。
「あんた、これ作んのに何時間かかったと思ってんのよ!? あたしの苦労の結晶をぉぉぉぉ!」
「……アスカ、なにやってんの?」
ふと聞こえた声に振り向くと、部屋の入り口にシンジが立っていた。アスカはレイの首を絞めていた手を離すと、淡いブルーのカーペットに染みついた緑色の染みを指さして、
「ちょっと聞いてよシンジ! せっかくあたしが漢方薬を作ってあげたのに、レイが飲まないのよ!」
「碇君。アスカが怪しげな毒薬をわたしに飲ませようとするの……」
ふたりの言い分を聞きながら、シンジはこっそりと頭を抱えた。まだなにかわめいているふたりを手をあげて黙らせると、ポケットから錠剤の入ったビンをとりだした。
「どうせこんなことじゃないかと思って、帰りに薬局で熱冷まし、買ってきたんだ。綾波はこれ飲んで寝ること。アスカはぞうきんでその染み拭き取って。僕は台所片づけて夕飯作るから」
アスカが不満の声をあげる。
「えー、あたしがこれ拭き取るのぉ?」
「しょうがないだろ。綾波が熱だしちゃったんだから、アスカに少しでも手伝ってもらわないと――そもそも、それアスカの責任だし。ぞうきんは洗面所にあるから」
言い放つと、シンジは反論の隙すら与えずに台所に向かった。後ろでアスカがまだなにやらぶつぶつ言っているのが聞こえてくる。それにはかまわずに、とりあえずシンジはアスカによって無茶苦茶に荒らされていた台所をどうやって片づけるかということに思いを馳せた。
●
「……で、なんであたしたちがこんなことしなくちゃいけないのよ」
「仕方ないだろ。今戦自も人材不足で大変なんだよ。暇なのが僕らぐらいしかいないんだから」
ぶつぶつと絶え間なく無線越しに不満を漏らしてくる相棒に、あくびをかみころしながらシンジはこたえた。
彼らがいるのは、昨夜正体不明のドラグーンが現れた新開発地区である。本来この任務に当たるべきふたりは昨日の騒ぎで愛機が破損、本人たちも軽傷を負っており、しばらくはシンジとアスカのふたりで巡回をすることになったのである。本来ならレイもこの任務に組み込まれているのだが、とても出撃できるような状態ではないということで、レイを除くふたりだけでやっているのだ。
ちなみに、レイの看病にはミサトと加持が行ってくれたらしい。ミサトが看病すると言い出したときは、シンジは死んでもこの任務を拒否しようと思ったが、加持も同行してくれるということで、渋々ながらも承諾したのだ。
「――でるのかしら? あの、銀色のドラグーンってやつ」
「さあ……いくらなんでも二晩連続で襲撃してくるような可能性は少ないと思うけど……」
そういいながらも、シンジのレーダーの感度は常に最大を保っていた。彼の頭に、ふと不安がよぎる。
もしもあのドラグーンが現れたとき、自分は勝てるだろうか? アスカの『ブラッディエース』ならば、あの動きにも多少はついていけるかもしれないが、自分の『蒼穹』で超高速のドラグーンに対応しきれる自信はない。
「……ねえ、シンジ」
「なに?」
「あんたさ……レイのことどう思ってるの?」
「へ?」
意外といえば、あまりにも意外な質問ではあった。思わず間抜けな声を上げるシンジに、苛立ったようにアスカが続ける。
「だから、レイのことどう思ってんのよ?」
「ど、どうって……綾波は、幼なじみじゃないか」
「ホントに?」
「ホントも何も……」
シンジの言葉は、途中からその意味を全く変じた。
「……アスカ。敵だ」
「え!?」
レーダーの片隅に、ひとつの動力反応が移っている。シンジはそれを睨み付けるように見つめて、『蒼穹』を反転させた。右アームのマシンガン『ヘッジホッグ』と、左アームの長射程ライフル『スイートレター』のトリガーに指をかける。
『ブラッディエース』も、動力反応の方向へと機体を向けて、両腕に持ったロッドを油断なく構えている。
シンジは、レーダー上を滑るように移動する動力反応を見つめていた。確かに、ドラグーンの性能としては常識外の速さだ。その速度から、自分の視界にそのドラグーンが現れるまでの時間を計算する。
(3,2,1……今だ!)
トリガーを、引いた。
虚空へと向けて乱射される無数の銃弾。
「やったか!?」
「バカ、上よ!」
叫ぶなり、自分の数メートル上空で何か巨大なものがぶつかりあった。空中を回転しながら、優雅に地面に着地する銀色のドラグーンの姿が、ちょうどシンジのメインモニターの中心に映し出される。
その姿は、昼間見たものと全く同じだった――まあ、当たり前といえば当たり前のことだが。闇夜の中に銀色のボディが魅惑的な輝きを放っている。額から一直線に天を突くようにはえたユニコーンのような角がやけに印象的だった。
反対側に着地したらしいアスカの声が聞こえる。
「こいつが……銀色のドラグーン……」
「アスカ。油断しないで。まずは本部に連絡を入れてから……」
「あんたバカァ? 動力反応を見つけた時点で入れてるわよ。でも、応援がくるまで10分はかかるわね……ほんっとに、上層部まで二晩続けての襲撃はないなんて信じ込んでたのかしら? これだから平和ボケした国は……」
なおもぶつぶつと文句をたれている彼女はとりあえず無視して、シンジはマシンガンの標準を銀色のドラグーンに定める。
――次の瞬間、銀色のドラグーンは、猛烈な勢いでダッシュをかけてきた。
「うわっ!」
思わず叫んで、機体を横にずらす。銀色のドラグーンは高速で『蒼穹』の脇をすり抜けると、急ブレーキをかけるように反転して、再び駆け出してきた。
「くっ!」
標準を乱暴に定めて、マシンガンを乱射する。すると、そのドラグーンは突然横移動を始め、緩急のついた変則的な動きでシンジを幻惑した。
「なにやってんのよ!」
見ていられないとばかりに横からアスカの『ブラッディエース』がロッドを振り下ろす。紙一重でそれをかわすと、『ブラッディエース』のボディに、痛烈な蹴りを叩き込んだ!
「なっ……!」
倒れ込むように吹き飛ぶアスカ。だが、そこに生まれた一瞬の隙を、シンジは見逃さなかった。左アームに装備したライフルの、長い銃身を使って銀色のドラグーンの足を払う。
どうやらこれは予想外の攻撃だったようで、銀色のドラグーンはもんどり打って倒れた。そこへすかさず、マシンガンを打ち込む。しかし――
「効かない!?」
わずかとはいえダメージを与えたものの、銃弾のほとんどはその硬質的なボディに弾かれていた。シンジが動揺した一瞬をついて、再び起きあがり、思い切り『蒼穹』の頭部を蹴り上げる。
「うわっ……!」
まるで人間の格闘家のようなその鮮やかな動きに、シンジの脇を冷たい汗がつたった。なんとか体勢を立て直したが、装備したマシンガンが通用しないと分かった以上、うかつには手を出せない。
(なんとか間合いを取って……ショルダーのミサイルを当ててやれば……)
そうは思うのだが、押せば引き、引けば押すその動きは、なかなかシンジに自由を与えてくれない。
(アスカは!?)
その姿は見えない。先ほど吹き飛んでいた場所にもいないところを見ると、おそらくはどこかから攻撃のチャンスを伺っているのだろう――と、その時。
「シンジ、伏せて!」
突如、無線から聞こえた声。問い返すよりも先に、言われたとおり機体を沈めた。なぜそうしたのかはシンジ自身にもよくわからなかったが、彼の年の割に決して少なくはない実戦経験がそうさせたのだろう。
シンジが伏せた瞬間、その背後から勢いよく半分の長さになったロッドが飛び出してきた!
――がぁぁぁぁぁん!
堅い音と共に、中心から折れて吹き飛んだロッドの先端が、銀色のドラグーンの頭部に命中する。微かによろけた瞬間、身を沈めたままの『蒼穹』の渾身の力を込めたタックルによって、銀色のドラグーンは地面に背中から倒れた。
「やった!」
どうもシンジの背後の積み荷の陰に隠れていたらしいアスカが、歓声を上げるのもつかのま、銀色のドラグーンと『蒼穹』の立場はすぐに逆転していた。ごろごろともつれ合いながらころがり、やがて銀色のドラグーンが『蒼穹』に馬乗りになった形となる。
「ああっ! あのバカ!」
銀色のドラグーンの右手が、『蒼穹』のコクピット部分へと伸びる。
「こ、こら! やめなさい! この、いい加減、おとなしく捕まりなさいよ!」
「いいよ」
「「……へ?」」
突然聞こえた声に、ドラグーンの機体をつかんで引き剥がそうとしているアスカと、シンジの声が重なった。
そんなふたりはよそに、銀色のドラグーンは優雅にも思える動きで立ち上がると、数歩離れたところで無造作に胸部を開いた。そこにこじんまりと備え付けられているコクピットから、ひとりの少年が機体を伝って降りてくる。
「結構面白かったよ」
その少年は、邪気など全く感じさせない笑みで固まっているふたりに告げた。はっと気づいたアスカが叫ぶ。
「シ、シンジ! 早く、手錠かなんかかけるのよ! あるんでしょ!?」
「う、うん……」
いまいち釈然としない表情で、シンジはコクピットの裏から手錠を取り出した。ドラグーンから降りて、にこにこと笑っている少年に近づいていく。
光量を最大に取り入れていたモニターの画面に目が慣れていたので、外の暗闇はよく見えない。手探りにも近い状態で少年へと歩み寄っていくと、ふと光が浮かび上がった。
「!」
その瞬間、シンジの顔からさっと血の気が引く。
「……レ……イ……?」
違う。明らかにその少年はレイとは別の存在であるはずだった。しかし、その少年の素顔を見た瞬間、見慣れた少女の顔だけが鮮やかに重なった。
――あるいは、その赤い目のせいだったのかもしれない。しかし、それだけではなく、もっと何か。何か、全てを超越したところで、この少年はレイと等しいのだ――なぜかは分からないが、そんな確信がシンジの中に生まれ、あっという間に膨張して心を満たす。
少年は、全てを見透かすかのように静かな笑みを浮かべながら、
「……いいのかい? 僕を拘束しなくても」
「え? う、うん……」
喉が干からびているように乾いているのが分かった。なんども唾を飲み込んで気を静めようとするが、手元は震えて手錠をかけることすらままならない。
少年は少し苦笑すると、シンジの手から手錠を奪った。
はっと身を固めるシンジをよそに、悠々と自分で自分の両手に手錠をはめる。
「あ……」
「連行するんだろう? 早く行こうか。それとも、ここで待っていた方がいいかな?」
「え……え、と……」
アスカに助けを求めるように視線を投げかけるが、彼女はドラグーンの中でこちらにシンジのマシンガンの銃身を向けたまま沈黙している。この会話すらドラグーンの中までは届いていないのだろう。
シンジは必死に心を落ち着けようとするが、ただ無性に気が焦る。混乱のせいか、いつの間にか彼は自分でもあまりに下らないことを聞いていた。
「え、えと……本当に、君がこのドラグーンに乗ってたの……?」
少年は一瞬その真意を図りかねるような顔をしたが、すぐに何か思いついたかのように
「ああ、そうか……ラファエルは帰しておいた方がいいかな」
え? とシンジが聞き返す暇すらなく――
突然銀色のドラグーンの胸部が閉まり、コクピットが収納される。驚く暇すら与えずに背中から翼のように4本の突起が突き出た。
「ちょ、ちょっと! なにやってんのよ!?」
悲鳴じみた声と共に、アスカがマシンガンを乱射するが、そのほとんどは銀色のボディに弾かれた。彼女のことなど眼中にないとでもいうように、背中の突起が淡い光を放ち始めると同時に銀色のドラグーンは空中に浮かび上がった。
「うそ!?」
シンジも思わず叫ぶ。それはアスカや先ほどまでのそれが見せたような『跳躍』ではなく、あきらかに『飛翔』だった。
あっという間に加速度を増していき、夜空の彼方へと消えていく。
「うそ……」
呆然としているアスカのドラグーンの脇をすり抜けるように、本部の隊員たちがやってきた。少年は少し微笑むと、その隊員たちの方へと歩み寄っていく。
「…………」
なにも言えずにその背中を見つめているシンジに、少年はふと振り返って優しく微笑んだ。
「そうそう。まだ名乗っていなかったね。僕は渚カヲルだよ、碇シンジ君」
「……え……?」
呆然としているシンジにもう一度だけ微笑みを投げかけ、カヲルと名乗った少年は隊員たちに連行されていった。
「なんなんだ……?」
理解不能な現実に叩きのめされた彼を、雲の切れ目から顔をのぞかせた月だけが見つめていた……
唐突ですが、加持に関する設定は、第6話のものが正しいです。
というのも、それ以前の話で、いくつか明らかに矛盾するエピソードなどが登場していますが、基本的には第6話のものが正確だと思ってください。
これというのも、ろくにプロットも考えずに話を書く作者のせいです。
迷惑をかけたことを、心からお詫びしますm(_ _)m
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