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高い天空に、舞う影が一つ。
あまり大きくはない。漆黒の翼と鋭い鈎爪、そして残酷な曲線を描くその牙。
――ドラゴンである。人の営みの全てをあざ笑うかのように、尋常ではない速さで空を進んでいる。
その背に乗っているのは三人。先頭の、頭に近いところに立っているのは黒衣の少年。魔力によるものか、その頭上には黒い闇が漂っていて、彼を日光から守っている。
その後ろで、振り落とされまいと必死にドラゴンの背中に捕まっているのは気の弱そうな、若草色のマントをまとった少年である。その腰にはさらに、赤毛の少女がこれも必死の形相でしがみついていた。その頬はなぜかかすかに赤い。
背の少年が、先頭の彼へと何かを言いかけた。
「か、カヲルく……!」
――舌を噛んだらしい。
うつむいて、痛みに耐えるかのようにぶるぶると肩を震わせるシンジを呆れた顔で見たアスカが、その意志を継いだ。
「レイんとこに着くまで、どれぐらいかかるの!?」
ごうごうと風が音を立てているため、大声を出さなければ聞こえない。カヲルの力があればこの程度の空気抵抗から自分たちを守るのは造作もないはずだったが、今はそのための魔力すらドラゴンの速度に費やしているようだった。
「もうすぐだ。こいつはドラゴンとワイバーンの遺伝子を組み合わせて作られた魔法生物でね。それなりの用意さえあれば一日で大陸を横断することも可能だよ」
そう振り向いていったカヲルの顔はいつも通りのさわやかな笑みを浮かべていたが、その端々に浮かび上がる焦りの色をアスカは見逃していなかった。
再び前方に視線を戻すカヲル。不意に、その視線が厳しくなる。
次の瞬間には、猛スピードで飛行していたドラゴンが、突然止まる。
「うわっ!」
たまらず、前に放り出されそうになるシンジとアスカ。カヲルは振り向きもせずにそれを魔力のクッションで受け止めた。
「……出てきたらどうだい?」
カヲルの声には、いつになく緊迫した様子が現れていた。いつでも撃てるように用意された光球が六つ、彼の周囲に浮かび上がる。
何事かとシンジが視線を前に向けた瞬間、不意に空間が歪んだ。
歪みは徐々にその大きさを増していき、やがてその中に人影が見える。
「やあ。君たちと会うのは初めてだね?」
それは、長身痩躯の貧相な男だった。手には何か、彼自身の身長よりも長い布の包みを持っている。
「……あなたは?」
「アダム・ソフトボール・クラブキャプテン改め秘密組織『アダム』の総帥、トキタ=シロウだ」
余裕を持って答えた男に、アスカが声を上げる。
「あー、リツコにはめられた間抜けな奴ね」
ぴくっ。
トキタとか名乗った男の額に、青筋が浮かび上がる。
「あ、アスカ……そんな本当のことをはっきり言っちゃ……」
ぴぴくっ。
シンジの言葉に、さらに青筋が増える。
「ふ、ふふふ……ま、まあいい。貴様たちがそんな余裕をかましていられるのも今のうちだ。さあ、見るがいい! 私の手にした力を!」
トキタが叫ぶと同時、彼の前に一人の少女が現れる。その姿は、彼らのよく知ったものだった。
「姉さん!」
「レイ!」
シンジとアスカは同時に叫ぶが、レイはその言葉に反応した様子すら見せない。ただ、湖面のように静かな瞳でじっと三人を見据えている。
トキタは何らかの飛行装置らしき小さな円盤に乗っていたが、レイは両手両足をだらんと下げたまま、空中に浮遊していた。
「姉さん……僕だよ。分からないの?」
そう言って身を乗り出すシンジ。瞬間、カヲルの絶叫が聞こえる。
「危ない! シンジ君」
その声に、何か音声以上の力のようなものを感じ――シンジはドラゴンの背にうつぶせた。次の瞬間、さきほどまでシンジの頭があった場所を一筋の光熱波が撃ち抜く。
「な……!?」
頭の上をかすめていった、その尋常ならざる威力にシンジの肌が粟だった。顔を上げると、光熱波を撃った体勢のまま、レイが浮かんでいる。
「そんな……姉さん!?」
「シンジ君。あれはレイじゃない!」
カヲルが悲痛な叫びをあげる。
彼らの反応は満足できるものだったのか、トキタは顔に笑みを浮かべていた。
「その通りだ。これはすでにイカリ=レイではない」
と、手に持っていた包みをほどく。その中から現れたのは、真っ赤な血の色に染め上げられた、二股の槍だった。
「――それは!」
カヲルの顔が、驚愕に彩られる。
「そんな……まさか……なぜそれを人間が……?」
「ふ……知っているか少年。そう、これが『ロンギヌスの槍』だ」
「ということは――レイに、彼女にエヴァを憑依させたのか!?」
カヲルの声はすでに、喉が張り裂けんばかりのものだった。
「なんということを……」
がっくりと膝をつく。その後ろで、訳の分からないシンジとアスカはただおろおろとするばかりだった。
「ふふ、これで我らの悲願が叶う。その前に、『エヴァンゲリオン』の力を試させてもらうとするかな」
トキタは余裕ありげに槍を肩に担いだ。
「ね、ねえカヲルくん……いったい、どういうことなの? 姉さんは……どうしたの?」
カヲルは膝をつき、下を向いていた。その顔には溢れんばかりの苦渋と絶望が広がっている。
「レイは――死んだ」
「……え?」
しばらく、その意味が理解できないようではあったが――
「う、嘘……だよね? ねえカヲルくん!」
カヲルの肩をつかみ、必死に叫ぶシンジ。
「嘘だろ! 嘘だって言ってくれよ! カヲルくん」
「シンジ君……」
カヲルは、ただ彼の名前を呟いただけだった。それだけで十分だった。その響きから、全てを察することができた――レイは、最愛の姉はもはやこの世にいないのだと。
「あ…………」
シンジの喉から漏れるのは、意味すら持たないただの声。
「あ……あ……あ…………」
体の奥から――何か、得体の知れないものがわき上がってくる。今まで経験したことのない、溶岩のような、静かで、それでいて激しく熱い感情。
「あ……ああ……ああああ……」
手がぶるぶると震える。全身が熱い。沸き上がるのは――限りない憎悪と殺意。
「うわああああああああああああああっ!」
絶叫と同時、彼の頭上に炎が巻き起こった。ただ、暴走した魔力と精霊力が具現しただけの、だからこそ激しく燃え上がる紅蓮の炎。
「いけない、シンジ君!」
カヲルの制止の声も、もはや届かない。
シンジは、ただ感情の命ずるままにその炎を解き放った。灼熱の竜が、レイとトキタを包み込む。
――と、次の瞬間。
レイとトキタを焼き尽くしたかと思われた炎は、一瞬収束して、今度は数倍にも膨れ上がってシンジたちへと返ってきた。
「くうっ!」
カヲルが、咄嗟に構成した魔力結界でその炎を防いだ。しかし、押さえきれなかった幾筋かの炎が彼の体を焦がす。肉の焼ける匂いが、あたりに広まった。
「くっくっく……魔法帝国に置いて対魔道志最終兵器として生み出された『エヴァンゲリオン』に魔法が通用するとでも思ったのか?」
心底愉快そうにトキタが笑う。
「くそおっ! ちくしょお! ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
シンジが絶叫する。自らのあまりの無力さに涙が出た。自分の手は、この手は姉の敵すら撃てないのだ。
「ちくしょぉ……」
涙がひとつ、落ちた。それはドラゴンの鱗の隙間を流れ、翼の付け根のあたりから虚空へ落ちる。
「……感動的ねー。シンジがこんなに怒ってくれるなんて」
…………
「……へ?」
突然聞こえた声に――シンジは顔を上げた。無意識的にレイ――いや、エヴァ――を見るが、彼女は先ほどまでと同じようにただ宙に浮かんでいるだけだ。
「今の……声は?」
伏せていたアスカが、きょろきょろと辺りを見回す。
「姉さんの……声……だよね?」
「うん……」
頷くアスカも、さすがに自信なさげだった。
トキタもあたりを見回している。
「な、なんだ? 空耳か?」
「空耳じゃないわよ」
今度は先ほどよりはっきりと――レイの声があたりに響いた。
「ば、馬鹿な!? ま、まさか……生きているのか!?」
その声と同時――衝撃波がトキタを襲う。たまらず吹き飛んだ彼は、エヴァの体に激突し、そのままふたりそろってくるくると回りながら落ちていった。
「な……?」
まだ事態を理解できていないカヲルは、ただ呆然と落ちていくふたりを眺めていた。
「ふふ。そんなに心配した?」
顔を上げると――そこに浮かんでいるのは、まぎれもなくレイだった。先ほどまでの無表情ではなく、いつも通りの笑みを浮かべている。
「姉さん!」
叫んだシンジが、レイをつかもうとするが――その腕は、むなしく彼女の体をすり抜けた。
「……え?」
それを見て、はっとしたようにカヲルが叫ぶ。
「レイ! 君……まさか、精神体なのか!?」
「そーみたいね」
こともなげに答えるレイ。
「なんかあいつらに体追い出されちゃってね。びっくりしちゃったわ」
「びっくりって……そんな、肉体から出た精神体がどうして形を保っていられるんだ!?」
「なによ、こんなもん要するにこんじょーの問題でしょ」
当然のように言うレイの下から――
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突如として、エヴァに持ち上げられたトキタが復活してきた。
「なぜ生きている!? 普通の人間が精神体だけになったらすぐに消滅してしまうはずだぞ!」
「うっさいわねー。だいたい、一回や二回殺したぐらいで私を倒せると思ってんのが甘いってのよ」
「そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
頭をぶんぶんと降って叫ぶトキタ。
「……なんというか……レイの天才的魔法センスと、圧倒的な我の強さがあって初めてできる芸当だね」
呆れたように呟くカヲルの肘を、つんつんとつつく者がいた。
「ん? なんだい、シンジ君」
「あのさ……いまいち話がつかめないんだけど……」
「うーん……」
どこから話したものか――ということをカヲルはしばし悩んだ。
「まあ、簡単に言うと、あの『アダム』とかいう連中は、レイの肉体から彼女の精神を追い出し、代わりに古代魔法帝国で生み出された魔法生物であるエヴァを入れたんだ。まあ、エヴァについては後ほど説明するとしても、それで普通だったら肉体から追い出された精神体ってのは霧散して消滅しちゃうんだけど……」
と、視線を向ける。その視線の先にいるレイは、ブイサインをして見せた。
「ま、これも日頃の行いの成果かしらねー」
「そんな……そんな馬鹿な……そんなことがあるはずが……」
トキタはすでに自我がかなりぎりぎりの所まで追い込まれているのか、なにやら一人でぶつぶつと呟いている。
そんな姿に、思わず同情などしてしまうカヲル。
トキタはなおもブツブツと呟いていたが、やがてなんとか自己を回復したのか、がばと面を上げた。
「ふ、ふふ……こうなったら貴様が生きてようと死んでようと関係ない。全員まとめて始末してやるだけのことだ。行け! 『エヴァンゲリオン』!」
と、ロンギヌスの槍を勢いよく突き出す。
エヴァはその声に反応し、両手に一つずつ光球を生み出した。
「――いけない、『神の武器』か!?」
カヲルが絶叫する。それを聞きとがめるよりも早く、本能的に危険を察したレイが魔力結界を展開していた。カヲルも同じものを生み出すのと同時、エヴァの両手がひとつに合わさり、光球が前方へと破裂する。
――ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
嵐のようなエネルギーが通り過ぎた。圧倒的なまでの破壊力を持った光の奔流に全てが包み込まれる。シンジの視界は白一色に塗りつぶされ、自分の体に何が起こったのかすら分からなかった。
――そして、嵐は唐突に去る。
「……くっ、僕とレイの魔力結界を合わせても力負けか……分が悪いね」
付け根のあたりから血の流れ落ちる右腕を押さえながら、カヲルが言った。後ろのシンジとアスカには大した傷はないようだ。精神体だけのレイも同様である。
「い、今のは?」
「エヴァの力、『神の武器』がひとつ、『神の槌』だ……なるほど、ということは、君はファーストか……」
その言葉に、エヴァはかすかな反応を見せたようにも見えた。それはすぐに無表情の中に閉じこめられたが。
「なるほど、伊達に切り札じゃないってわけね……でも、私はもうすでにあんたの弱点を看破したわ!」
「「「「ええええええええええっ!?」」」」
自信たっぷりに宣言したレイに、そこにいた全員が驚きの声を上げる。
「ほ、ほんとに!? 姉さん」
「ちょっとレイ! あんたまたブラフかましてんじゃないでしょうね!」
「レイ……? ほんとなのかい?」
「馬鹿な!? 神の戦士である『エヴァンゲリオン』に弱点などあるはずがない!」
四者四様の叫びを受けて、レイは高らかに呪文を詠唱しはじめた。
「始源の巨人の慈悲の心。魔竜の眠り。永久の夢。破壊の定めに抗う者の、愚かな故に美しき思い。我らの手より零れし滴を再び天の御元へと……」
「ぐっ!?」
レイの狙いを図りかねたのか、軽く身を引くトキタ。小さな翼竜を召還し、その足に捕まってエヴァから離れる。
「<ヒーリング>!」
完成したレイの呪文は、白い光となってエヴァへと緩やかに向かっていった。
そして、それは先ほどの炎と同じようにエヴァの体へと吸い込まれ、次の瞬間には数倍の量となって戻ってくる!
「うわっ!」
思わず目の前に手をかざして身を守るシンジ。だが、予想していた衝撃はいつまでたっても訪れず、代わりに何か心地よい感覚が場を満たす。
怪訝に思って目を開けると、目の前にはみるみる傷の癒えていくカヲルの姿があった。見ると、先ほどできた自分やアスカのかすり傷も完全に治っている。
その場の全員が、その意味を理解しかねてレイを見た。
「ふっ……」
彼女は余裕のある仕草で髪をかきあげ――
「あんたの弱点は、どんな魔法でも跳ね返してしまうことよ! 回復魔法まで跳ね返すなんて間抜けの極致ね! どう、くやしいでしょ!?」
「…………別に」
無表情に答えるエヴァ。カヲルとアスカ、シンジの三人は頭を抱えた。
「ふっふっふ。強がりはよすことね。むちゃくちゃくやしいはずよ! だって私が同じことされたら絶対くやしいもの!」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
すぱこーん!
いつの間にかドラゴンの頭の位置まで移動していたアスカが、思い切りレイの頭をしばいた。
「ああ、アスカ! 精神体をはたくなんて非常識な!?」
「やかましい! そんぐらい気合いよ気合い! だいたい、それって全く根本的な解決策になってないじゃないの!」
「うっさいわね! 細かいことを気にするんじゃないわよ!」
「気にしなさいよ少しは!」
トキタはそんな彼らをしばらく呆然と眺めていたが――はっと我に返り、
「え、ええい! とことん馬鹿にしくさりおって! いけ、『エヴァンゲリオン』! 奴らを倒せぇぇぇぇぇぇっ!」
エヴァが再び両手に光球を生み出そうとした、その瞬間。
「シンジ!」
「シンジ君!?」
ドラゴンの背から跳んだシンジが、空中でエヴァに体当たりした。
「あ……」
その予想外の行動に、バランスを崩すエヴァ。そのまま、不意に力を失って下へと落ちていく――シンジと一緒に。
「し、シンジ!」
アスカの呼び声も空しく――ふたりは、彼らの足下に広がる樹海の中へと落ちていった。
「痛てて……」
シンジは目を開けた。どうやら、木の枝がクッションになって落下の衝撃から守ってくれたらしい。
「まさか、落ちるなんてな……」
とびついてもエヴァは浮いてるから大丈夫かと思ったのだが、意外にあっさり落ちてしまった。
そういえばエヴァはどうしたんだろうと少し身を起こしたとき――彼は右手に柔らかい感触を感じた。
「え?」
なんとなく触り覚えのあるその感触に、思わず下を見る。しかし、彼の右手は、彼の体を支えている枝の下に入り込んでいた。その先は葉っぱに隠されて見えない。
その柔らかい者に触れたまま、左手で木の葉をかきわけると――赤い瞳と、目があった。
「う、うわあああああっ!?」
思わず叫ぶシンジ。しかし、右手は離さない。
「え、えええええエヴァ……」
見ると、彼の右手がつかんでいるのは彼女の左胸だった。
「あ、いや、その、ご……ごめん!」
と、ようやく右手を離す。でもこれは姉さんの体なんだから何もエヴァに謝る必要はないんじゃないかとかそんな思考も頭に浮かんだが、すぐに霧散してしまった。それほどに狼狽していたのだ。
エヴァは、ただ静かにシンジを見つめている。彼の体が乗っている枝の、すぐ下の枝に彼女は仰向けに倒れていた。今気づいたのだが、シンジの体重によってしなった枝と、自分の乗っている枝にはさまれているらしい。
「……どいてくれる」
「あ、ご、ごめん!」
思わず言われたとおりにどいてしまうシンジ。どうもこの顔で命令されると無条件に従ってしまうらしい。
しかし、あまりに慌てていたので、どいたときにバランスを崩し――
「うわっ!?」
枝から落ちてしまう。それほど高くなかったため大したダメージはなかったが、それでもしこたま腰を打ってしまった。痛みに顔をしかめて起きあがると、枝の上からエヴァが無表情にこちらを見つめている。
シンジも、同じようにエヴァを見つめていた。
(……こうしてみると、本当に姉さんって綺麗だよな……しかもこんな風に静かだと、なんかミステリアスな美少女って感じだ……姉さんももっとおしとやかになればいいのに……)
そんなことを考えながら――不意に彼女が敵であることを思い出す。はっと身構え、攻撃に備える。エヴァは、ただ静かにそれを見ているだけだった。
いつ攻撃が来るか分からない。シンジは油断なく、どんな攻撃にも瞬時に対応できるよう、全身の筋肉を弛緩させてエヴァの動きを待った。
しばらく、あたりに張りつめた空気が流れる。
流れる。
流れる。
流れ続ける。
………………
「……ねえ」
「何」
あくまで動こうとしないエヴァに――シンジは思わず話しかけていた。
「攻撃……しないの?」
「命令があれば、そうするわ」
「いや、命令って……」
無表情に言うエヴァに、シンジはいつの間にかガードを解いていた。それでなくとも、この目の前の魔法生物にはまったく殺気や闘気といったものを感じないのだ。
「君は……あのトキタって人に命令されてるの?」
「『ロンギヌスの槍』を持つ者に従うのが私たち『エヴァンゲリオン』の定め……命令には逆らえないわ」
「それじゃあ、僕たちを襲うのは君の意思じゃないんだね?」
エヴァは、瞳を閉じて首を横に振った。その表情からはやはり何も伺えない。
「私たちに、意思は存在しないわ。私たちは、槍を持つ者に従うのみ」
「そんな……どうして?」
「私たちは造られた者だから」
エヴァの言葉は簡潔だった。シンジにはその意味が分かるような気もしたし、またまったく分からないような気もした。
「『エヴァンゲリオン』って言ったっけ……君は……いったいなんなの?」
シンジの言葉に、エヴァは少し反応を見せた。枝の上で身を起こす。シンジはその動作を見ても、それに反応することはできなかった。今の彼女に敵意は感じない。
「造られた者。人の下僕」
「そんな……」
エヴァの瞳からは、相変わらず何も読みとれない。しかし、シンジはそこに悲しみを見たような気がした。あるいはそれは自分自身の悲しみだったのかも知れない。どちらにしても、シンジは、この自分を人の下僕だと言い切る少女に、なにか喩えがたい悲しみを感じていた。
そんな時――エヴァの体が、びくんと反応する。
シンジははっと身構えた。頭上から降ってくるのはトキタの声。
「『エヴァンゲリオン』……計画に修正の必要ありだ。真の目的の前にまず、奴らを全滅させる。そのために、今回は一時撤退するぞ」
「了解」
エヴァは、音も立てずに木から降りた。そのあまりに静かな動作に一瞬シンジの反応が遅れる。
「あっ……」
気がついたときには、もうエヴァの姿は林の向こうに消えようとしていた。
「待って――!」
エヴァは立ち止まり、振り向いた。シンジはそこに駆け寄ろうとしたが、体が動かない。
ただ、その静かに紅い瞳を見つめていた。その瞳の中は、シンジに何かを語りかけているような気がした。何かを話そうとするが、喉からは空気しかでてこない。
「…………」
エヴァはシンジから視線を逸らすように、再び背を向けた。
そのまま走り去っていき、やがてその姿は見えなくなる。
シンジは、ただ呆然とそこに立ちつくしていた。頭上から姉たちの声が聞こえる。それにも答えず、シンジはただ少女の消えていった方向を見つめ続けていた……
どうも、ぎゃぶりえるです。
ええと、まあ、こういうことになりました(^^;
あんだけのことをしたんで結構非難がくるのではないかと思ったのですが、あんまり来ませんでした(笑)
やっぱり、ネルフ村だからあんまり心配されなかったのでしょうか(あるいは誰も見ていないか(^^;)
ええ、そういうわけで、とりあえずアダム編はあと2,3話で終わる予定です。あくまで予定。
それでは、21話でお会いしましょう。