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行きつけの料亭兼酒場、『ゲヒルン』のテーブルにだらしなく寝そべったまま、レイはピーナッツを頬ばっていた。
「ヒマねぇ……」
その向かいでは、アスカが同じような格好で、やはりピーナッツを頬ばっている――ちなみに、この一皿分のピーナッツは、毎度のことながら『ゲヒルン』コック長のヒュウガ=マコトの好意によるものである。
さらにそのふたりの間に位置する場所に座って――というより、座らされているのは黒い物体だった。見る人が見れば、それがレイの暇つぶし、あるいはアスカのストレス解消に『使用済み』のシンジであることが分かる。分からん人には単なるウェルダンの肉にしか見えないが。
先日の事件より、「なれないことはするもんじゃない」という教訓を得たレイが、今までにもましてシンジをしばき倒すようになったため、彼の驚異的な回復力を持ってしてもまだ皮膚の85パーセントは黒こげである……っていうか、死ぬだろ。普通。
ともかく、そんな三人(ふたりとひとつ?)は、ただだらだらと暇を持て余していた。
「ここんとこ、あの『アダム』とかいう怪しげな連中も遊びに来ないし……なんかこう、ぱーっと楽しいことはないかしらねぇ」
「最近事件も少ないしねー。たまにはシンジでも連れてどっか街にでも行こうか?」
「あ、いいわねそれ」
女性ふたりの話が盛り上がろうとしたその刹那――
ばぁん!
音を立てて、扉が開く。
「大変ですぅぅぅぅぅぅ!!」
なにやら高速で移動する物体が、女声の叫びと共に店の中に走り込んできた。
その物体はそのまま一直線にレイたちの前を横切ると、ちょうど直線上にいた『ゲヒルン』バーテンのアオバ=シゲルの目の前で思い切り踏み切った。
だんっ!
「え?」
そのまま両足をきれいにそろえて、シゲルの顔面にドロップキックを入れる。
「ぐはぁっ!」
吹き飛ぶシゲルをよそに、その物体はドロップキックの反動で反対側に跳躍し、空中で正確に三回転するとレイたちのテーブルの脇に着地して、ばんとテーブルを手の平でたたいた。
「大変なのよっ!!」
「そ、そう……。なんだかしらないけど、大変そうね……」
壁に突き刺さったシゲルはあえて見ないようにしながら、レイはこっそり冷や汗を垂らした。目の前で荒い息をついている物体――マヤに、両手の平を下に向けて落ち着けと合図する。
「落ち着いていられないのよ! とにかく大変なのぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ぶんぶんと激しく首を振りながら彼女は絶叫する。その首筋に、アスカの延髄斬りがきれいに入った。
「だから落ち着けって言ってるでしょうが! 落ち着いて離さないとなにがどう大変なのかわからないじゃない!?」
「だからって蹴らなくても……」
首の後ろのあたりを手で押さえてうずくまりながら、マヤは恨みがましい視線でアスカを見た。それはきっぱりと無視して、
「それで、一体なにがあったのよ。ただ大変だってのじゃ、わかんないじゃない」
マヤはなおも恨みがましく見つめていたが、やがてふぅと息をつくと、やけに神妙な声で告げた。
「先輩が変なんです」
……………………
アスカとレイは互いに顔を見合わせると、全く同時に、全く同じ結論へと達した。
「「いつものことね」」
「え?」
そのまま何事もなかったかのように再びピーナッツを頬ばりだすふたりの前で、マヤはしばらく立ちつくしていたが、やがてぽんと手を打つと、もう一度言った。
「言い直します……先輩が、普通なんです……」
「「えええええええええええええええっっ!?」
今度こそ――ふたりは、全く同時に叫び声をあげたのだった。
「姉さん……アスカぁ……ホントに行くの? やめとこうよぉ」
ひとり情けない声を上げているのはシンジ。『ゲヒルン』を出てから10分足らずでほとんど無傷にまで回復している。
「なにいってんのよ。あのリツコが普通だなんて……この目で見なきゃとても信じられないじゃない」
アスカがさも恐ろしいとでもいうように自分の体を抱いて答える。その隣に立つレイの顔も、今回ばかりはさすがに青ざめて見えた。
今、四人はリツコ宅の玄関の前に立っている。レイのさらに向こうで、メンバーの中でも最も青ざめているマヤが、静かに告げた。
「いい?……いくわよ……」
がちゃっ……
オリジナリティの欠片もない音をたてて木製のドアが開く。
まず感じたのは、花の香り。それが窓際におかれた観葉植物から発せられているという事実に気づくのとほぼ同時に、部屋の奥からリツコが現れた。いつもの白衣は着ておらず――これだけでもレイたちを驚かせるには十分だったが――涼しげな淡いブルーのワンピース姿である。
「あら……いらっしゃい。どうしたの?」
と、穏和とか清純とかそんな言葉を象徴するかのような笑みで迎える。
それを見たとき、彼女らは完全に確信した――いつものリツコじゃない。
そういえば、いつも部屋の中におかれていた、内蔵のはみ出た怪しげな生物のホルマリン漬けだとか常にぶくぶくと音を立てながら泡を吹きだしていた薄紫の液体だとかその近くに飛んでいった虫がなぜか一匹も戻ってこない口つきの花だとか――とにかく、そんな諸々が見あたらない。あまりにも普通な応接室である。
微妙に足を広げ、瞬時に動きに対応できるようにしておいてから、確認のために重ねて言う。
「いや……ちょっと、リツコに見てもらいたいものがあったのよ」
「見てもらいたいもの?」
やけに可憐な仕草で小首など傾げて問い返す彼女に――レイは、右手に持っていたそれを無造作に放り投げた。
「あら」
口に手などあてつつ、それをまじまじとのぞき込む。
「大変大変。怪我してるじゃない。はやく手当てを……」
顔面に木材の突き刺さっているシゲルに手を伸ばそうとするリツコの手を、アスカがつかむ。
「……なに? アスカ」
「入れ替わるんだったらもう少しリツコについて勉強してくるべきだったわね」
「……なにを言ってるの?」
リツコの目が、微妙に細まる。レイはそれを冷たい目で見下ろしながら、
「今更とぼけてんじゃないわよ。本物のリツコをどこにやったのかって聞いてんの」
「……やれやれ、やはり見破られてしまいましたか」
表情はそのままに、声だけ低い男のものへと変わる。げ、と隣でレイが声を漏らすのがシンジには聞こえた。
「そんなにもつとは思いませんでしたが……時間はもう少し稼ぎたかったですねぇ」
緊迫感のない口調でつぶやきながら――リツコの姿が変貌していく。絵の具が溶けるようにリツコの形をした皮が崩れ落ちていき、その下から現れたのは――
「また、あんたなの……」
うんざりとした表情でうめくレイに、オオツキは軽く手など上げると、
「やあイカリ=レイさん。また会いましたね」
「てっきりあきらめたかと思ったわよ。ずいぶん間が空きすぎたんじゃない?」
「申し訳ありません。我々にもいろいろと準備があったもので……」
「……姉さん、姉さん」
横から袖をくいくいと引っ張るのはシンジだった。
「知り合い?」
「……まあ、知り合いといえば知り合いだけど……『アダム』の一員よ。そいつ」
「え!?」
瞬間的に身構えるシンジとアスカ。アスカに至ってはいつのまにか刀まで抜いている。なぜ持っていたのか? などと聞くなかれ。そこはそれ、乙女の身だしなみとゆーやつである……嘘だが。
とにかく、四人に睨み付けられて、オオツキは少なからずビビったようではあった。特に、レイとアスカに本気でにらまれるとなかなかに怖いものがある。
「まあ、落ち着いてください……私だって、ひとりであなたたちを相手取るような無謀なことはしませんよ」
と、ニヤリと不気味な笑みを浮かべると、たった今出てきたドアに向かって一気に駆け出す。
「暗黒三兄弟! 出番ですよ!」
――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
オオツキの言葉に応えて――闇に閉ざされた部屋の中から歓声ともうなり声ともつかない声が聞こえてくる。
その声は徐々に高まりを見せ、やがて最高潮にまで達すると、部屋に再び沈黙が訪れた。数秒の間をおいて――爆発する。
――う・お・お・おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
「なんなのよぉ……」
耳を押さえながら、涙声でアスカがうめく。
「さあ……とりあえず、ロクなものじゃないのだけは確かだよね……」
もうすでにあきらめているのか、シンジはやけに冷静である。左肩を少し落とすように身構えて、油断なく開いたままのドアへと厳しい視線を投げていた。
やがて、闇が盛り上がるように、みっつの人影が現れた。中心のひときわ巨大な人影を両脇から支えるように、比較的小柄な――それでも、一般人のサイズからすれば十分に巨大だったが――ふたつの人影がそびえている。三人とも頭からすっぽりと包む黒ローブを着ているため、顔などは分からない。
「暗黒三兄弟……三男、トミヲ!」
向かって右端の黒ローブが、名乗りと共にばっ! とローブを投げ捨てる。その下から現れたのは――
「こんなのばっかり……」
うんざりとレイが呟く。黒のビキニパンツ一丁の姿でポージングを行っているそのトミヲとやらが筋肉をぴくぴくと動かすと、それに応えるように今度は左の黒ローブがローブを投げ捨てた。
「次男、タコハチ!」
そちらも、おおむね似たようなものだった。ただ、ビキニパンツの角度がトミヲよりもやや厳しかったりしたが。
「もういやぁ……」
アスカは必死で見ないようにしているようだった。それにかまわず、真ん中のひときわ巨大な黒ローブが宙に舞う。
「そぉして、この俺が、長男のサモンだぁぁぁぁぁぁぁ!」
硬直した。全てが。時が、空間が、心が、命が。全てが永遠の迷宮に迷い込んでしまったかのように静止して。
最初に動きを取り戻したのは、シンジだった。
「ふんどし……」
極太の筆で描かれた丸の中に大きく『男』と刻まれているふんどしである。それをひらひらさせながらも、サモンと名乗った男は不適な笑みを浮かべてポージングしていた。
「「「我々こそが、『アダム』最終兵器、あ・ん・こ・く・三兄弟だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
「<メギド>」
――ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん…………
無表情にレイが放った破壊魔法が、部屋の中心で炸裂した。
「馬鹿ばっか……」
廃墟と化したリツコ宅の上で、疲れたようにレイが呟いた。
あたりには色々と黒こげの物体がいくつか転がっていたが、どうやらどれも死んではいないようだった。微かに燃え残った柱の上に腰掛けながら、レイは何とはなしに遠くを見ていた。
唇は微かに動いている。歌でも口ずさんでいるようにも見えるが、彼女の唇が紡いでいるのは、明らかに呪文だった。
「多分、あのみっつよね……<フレア・シュート>」
「おおおおおおおおおっ!?」
いきなり火の玉をぶつけられた暗黒三兄弟はしばらくそのあたりを駆け回っていたが、やがて力つけたように倒れた。しかもまだ生きている。
レイはため息を付いて、もう一度呟いた。
「馬鹿ばっか……」
「その通りですね」
どこからともなく答えが返ってきて、レイは反射的に身構えた。
「無事だったの……?」
オオツキは頭をかいて、
「いやあ、こんなこともあろうかと魔法防御陣を張っていたんですよ。備えあれば憂いなしと言いますからねぇ」
と言った。右手には何か長いものを持っている。どうやら木製のようで、細長い人の顔がいくつも積み重なって一本の棒になっている。
レイの視線に気づいたのか、オオツキはそれを軽く掲げてみせると、得意げに講釈をたれ始めた。
「ああ、これですか。これは我々の開発した特別なトーテムポールでしてね。中にどんな生命体でも捕獲することができるのです。そう、名付けて……」
少しタメを作ると、芝居がかった仕草で叫ぶ。
「『モンスターポール』です!」
「うっわ……なんか、ぎりぎりね、それ。いろんな意味で」
レイの言葉は無視して、オオツキはそのモンスターポールとやらを振りかざし、叫んだ。
「そういうわけでイカリ=レイさん。あなたにはおとなしくこのモンスターポールにはいってもらいます!」
「誰がそんなのに入るもんですか! 食らいなさい! <ポジトロ……」
「えい」
ぐにゃ。
オオツキが突然投げてきたものをつかんだとき、レイの呪文が途切れた。その不自然なさわり心地に、おそるおそる手を開いてみる。
「きゃあああああああああああああああ!!」
絶叫して、手の中のナメクジを放り捨てる。その瞬間、隙が生まれた。
「とう」
ぽい、とモンスターポールを放り投げるオオツキ。
「あ」
真ん中の顔がぱかっと口を開けた瞬間、レイの体は薄ピンクの光となってその中に吸い込まれた。
「ふふ……イカリ=レイ、ゲットだぜ!」
モンスターポールを突き出して叫び――ふと真顔に戻る。
「……やはり気恥ずかしいですね。でもこれを言わないと封印が完了しないらしいし……」
ひとり頬を赤く染めながら、ぶつぶつとオオツキは退散していった。レイの入ったモンスターポールを肩に担いで……
「……アカギ=リツコだな?」
闇の調和した空間の中。背もたれのない椅子に腰掛けてうつむいていた彼女に、背後から声がかかる。
「だったら、どうだっていうの?」
リツコは、挑戦的な眼差しで振り向いた。両手は呪力のこもった鎖によって戒められている。
不意に光が浮かび上がり、声の主の全身が露になった。黒ローブを身にまとった、貧相な男である。
「私を、覚えているか……?」
心なしか、語尾が震えている。手に持ったカンテラも小刻みに振動していた。額に浮かんだ青筋が、それらが怒りのためであるらしいことを表していた。
リツコは眉根を寄せて、
「……誰だったかしら……?」
瞬間、男は声を荒らげて叫んだ。
「貴様が呼び出した暗黒獣に半日追い回されて半殺しにされた上に、その責任を全て押しつけられて魔法学院を退学になったトキタ=シロウだ!」
ぜえぜえと肩で息をしている男の姿をしばらく眺めて――ああ、とリツコは手を打った。
「そーいえば、そんなのもいたわね。懐かしいじゃない。どう、元気?」
トキタはそれには答えず、険悪な眼差しで睨み付けると、芝居がかった仕草でローブを後ろに払い、言った。
「ま、まあ、そんなことは今は関係ない――今は、な。とにかく、我々に協力してもらおうか? アカギ=リツコ」
「そんな義理ないわ」
つんと横を向いて答えるリツコ。トキタの額に浮かぶ青筋がふたつほど増えた。何かに必死に耐えているかのように、トキタはひきつった笑みを浮かべた。
「ふ、ふ、ふ……そうか。しかし、これを見てもまだそんなことがいえるかな!?」
ばっ――とローブをひるがえしてトキタが合図すると、部屋の奥から巨大な虎猫の着ぐるみが現れた。
「そ、それは……」
「そう。お前を誘拐してくるのに使った猫の着ぐるみ1号。『トラちゃん』だ」
リツコは身を乗り出した。『トラちゃん』とやらはしきりに顔を洗ってみせている。
「しかも、これだけではないぞ。出てきませい!」
トキタが再度合図すると、部屋の奥から今度は黒猫と三毛猫の着ぐるみが現れた。
「きゃあああ☆」
リツコが思わず黄色い悲鳴を上げる。
「どうだ。このふたつは2号と3号の『クロちゃん』『ミケちゃん』だ。我々に協力したら、このみっつをお前にやる、といったら?」
『クロちゃん』のあごをなでていたリツコの動きが止まる。ぎらぎらとした目で彼女は振り向いた。
「……本当?」
「本当だ。それでは、もう一度聞くぞ。アカギ=リツコ、協力してくれるな?――『エヴァンゲリオン』の復活に……」
「もちろんよ」
リツコは即答した。
どうも。久々の更新です。
どれくらい久々かというと、名前を使わせていただく約束をしていた方々がその約束を軒並み忘れていただろうと思えるぐらい久々(笑)
またも僕に名前を貸してくれる人が減少しそうな内容ですが、「筋肉」「暗黒三兄弟」は本人たちの希望なんですよ。覚えているかどうかは別として(爆)
まあそれでは、これからも受験勉強の合間などぬいつつ書いていく予定なので、見捨てずに見守ってやってください(^^;
ではでは。