【 TOP 】 / 【 めぞん 】 / [ぎゃぶりえる]の部屋に戻る / NEXT
レイは呆けていた。
「暇よねぇ……」
数日前のシンジ脱走事件以来、何も騒ぎが起きていない。リツコたちの実験もアクシデントなしに順調にいっているようだし、アスカとマナは現在膠着状態でろくにシンジを取り合ってもくれない。この数日間、ネルフ村にとっては、朝起きたら周りは氷河期だったというくらい非常識な状態となっている。
――すなわち、平和なのである。
レイにとってはもっとも忌むべき事態であった。今までは超個性的な村人たちのおかげで退屈せずに日々を過ごしてきたが、ひとつ間違えばこんな辺境の村での暮らしはなんの変化もない、怠惰な日常と化してしまう。
「なにか、手を打つべきよね……」
「いいんじゃない? 平和だってことはいいことだよ」
言ったのは、例の脱走事件以来完全にレイの下僕と化したシンジだった。うつ伏せに寝っころがって呆けているレイの腰をマッサージしている。
「何いってんのよ! あんたこのままこんな日常に埋もれていくつもり? だいたい……あ、そこいい……」
「ここ?……別に、姉さんがなんもしなくてもこんな日はそうそう続かないと思うよ?」
「そうかしら?」
「うん。こういうときに限って、さ」
シンジはレイの足に移り、太股からふくらはぎまで丹念にもみほぐしながら続けた。
「正体不明の大爆発が起こったりするもの……」
ずごぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
「……いいカンしてんじゃない」
「…………」
突如家の外から響いた爆音に、半端じゃなくイヤな予感を感じて――同時に、安息の日々の終わりを知って――シンジは、とりあえずだーと涙を流したのだった。
最も早く反応したのはアスカだった。
机の上の「マナ抹殺計画」はとりあえずほっといて、窓からその爆音の正体を確かめるべく身をのりだす。その瞬間、哄笑が響いた。
「HAHAHAHAHAHA!」
「な、なんだなんだ!?」
爆音と、続けざまに響いた独特の高笑いに、村人たちが次々と出てくる。その中には、レイやシンジの姿もあった。
哄笑の主は、村はずれの石碑の上に立っていた。直径1メートル、高さ3メートルほどの円柱形で、気の遠くなるほどの年月を風雨にさらされてきたおかげで、びっしりと書かれていたらしい文字は完全に判読不可能になっている。主に子どもたちの遊び場となっているものである。
アスカも昔はしごを掛けて登ったことがあったが、確かそのときは運悪く足を滑らせて落ちてしまったのだ。しかし、奇跡的に――というかなんというか――彼女にけがはなかった。下敷きになったシンジは頭からどくどくと血を流していたが。
とにかく、その男は石碑の上に仁王立ちしていた。はしごなどを使った痕跡はないが、まあどうにかして登ったのだろう。
アスカは、少し目を細めて、その男を窓から観察した。かえって邪魔になりそうなほどに膨れ上がった筋肉。褐色の肌は惜しげもなくさらされ――半裸なのだ――、それほど高くない鼻の上には闇の色を反射するサングラスがのっかっていた。そして、そのさらに上は――
「……アフロ……?」
そう、アフロだった。グリフォンの巣のようなその頭をしばし呆然と見つめるアスカ。
男は、自分が衆目を集めていることを確認すると、二回、深呼吸をしてから、やかましい声で叫んだ。
「HAHAHAHA! 辺境の愚民どもよ、よーく聞きな! 俺様はアダムより使わされし第2の刺客。『闘魂アフロ』グロリアス=グラシアスだ! しかし、今回の目的は貴様らではない……ってそこ! 何笑ってるこらぁ!」
「……シ、シンジ……と、闘魂アフロだって……お腹痛い……」
「ね、姉さん……笑っちゃ悪いよ……ほ、本人は大まじめなんだから……」
腹を抱えて爆笑してるのは言わずもがなのレイ。そして、それをたしなめているシンジも必死に笑いをこらえているせいか頬がひきつっていた。
「SHIT! 貴様ら、このすばらしいネーミングセンスがわからんのかぁっ!……まあ、いい。所詮愚民どもに我が崇高なるセンスがわかるはずもないか。とりあえず、こちらの要求を伝えるぞぉっ! 我々の目的は、裏切り者キリシマ=マナに正義の制裁を加えるためである! おとなしく渡せば村の風上から火をかけるぐらいで許してやろうかな、と頭の隅にすこし思いついてやらんこともないかもしれんぞ!」
「何勝手なこと言ってるのよ!」
おおっと新たな叫び声の方に全員の視線が集まる。そこには、なぜかイカリ宅の屋根の上で仁王立ちしているマナの姿があった。
「わたしはただ単にあんたたちの頭から受けた依頼をほっからしてここでのうのうと暮らしているだけよ!」
「やかましいわっ! 貴様、前金と称して金貨60枚もふんだくりおって! 仕事を失敗したら報酬は返すのが筋だろうが!」
「ふざけないでよ! 前金ってのは仕事の成否に関わらずもらえるモンなのよ! だいたいたかが60枚ぐらいでいちいちこんなとこまで来るなんて背後霊なみのしつこさね! そんなはした金、とっくの昔にアルミサエルのエサ代で消えちゃったわよ!」
「なにぃっ!?」
グラシアスは、マナの言葉にかなりショックを受けたようだった。一気に顔面が蒼白になり、てかてかと光る唇からは血の気が失せている。
「そ、そんな……俺様のへそくりが……」
「へそくり?」
聞きとがめて、マナ。
「うむ。あの前金は俺様が『魔法理論的観点より見る召還世界の存在律における微少魔粒子の質量と力場の関係を考える委員会メンバーを決定する方法の決め方について討議することの是非を問うべきか否か』という本の中をくりぬいて隠しておいたへそくりだったのだが、それを偶然頭に知られてしまってお前への前金にあてられてしまったのだ」
「……あ、そう……それは、悪いことしたわね……」
毒気を抜かれたような表情でおもわず謝ってしまったが、はっと気づいて再び声を荒らげる。
「そんなの、あんたとその頭の問題でしょ! わたしにはあのお金の出所なんて一切関係ないわよ! とっとと帰らないとしばきたおすわよ!」
「HAHAHA! お前程度の小娘にこの闘魂アフロが倒せるものかぁ!」
また下で巻き起こった大爆笑はとりあえず無視する。
「あんたなんて、このわたしが出て行くまでもないわ! シンジ君、やっちゃって!」
「僕が!?」
突然振られて、絶叫するシンジ。
「そんな、ちょっと待ってよマナ……」
「そうか、貴様が相手かBOY! このグロリアス=グラシアスに刃向かった愚かさをとくと思い知らせてやる!」
「えええっ!?」
「とうっ」とかけ声と共に、グラシアスの巨大な体が宙を舞った。シンジの目の前に着地すると、間髪入れずにその顔面めがけて必殺の右ストレートを放つ。
「うわっ!」
なんとかそれをかわすと、シンジは地面を正確に3回転半ころがって、間合いをとった。追撃がくるかと思ったが、グラシアスも後方に飛んでいた。と、両手で印を組んで呪文を唱え始める。
「魔術師!?」
驚愕の声を上げながら、シンジは呪文を妨害しようと飛びかかった。だが、グラシアスが体をひねってそれをかわしたとき、呪文が完成した。
「<GREATER DEMON>!」
一瞬にして足下に描かれた魔法陣から、青白い光が浮かび上がり、一瞬の閃光と爆音の後には、そこには異形の生物が立っていた。
「上位魔神!?」
レイが叫んだ。牛の頭に筋骨隆々の男の体を組み合わせ、さらに背中にはコウモリの翼を生やしたような生物である。下半身は闇の色の体毛に覆われていて、額には深紅の光を放つ水晶玉が埋め込まれている。身長は2メートルを少し越すほどか。
魔界の支配者である魔神を呼び出すのは、召還魔法の中でもかなり高位の魔法である。街のチンピラで魔法を扱うようなのがたまにいるが、そんなものとは明らかにレベルが違う。召還魔術師として正統な教育を受けた者であることは、もはや火を見るよりもあきらかだった。
(ただの筋肉バカかと思ってたけど……こりゃあ、案外手こずるかもね……)
魔神は、牛よりも狼のそれに近い咆吼をあげると、翼を広げてシンジにつかみかかってきた。両手で挟むようにしてあっさりとシンジの体をとらえると、そのまま頭上で振り回し、力任せに投げつける。
シンジの体はまっすぐに石碑にぶち当たり、その衝撃で数千年の時を耐えてきた石碑はあっさりと砕け散った。
「シンジ!」
いつの間にか外に刀を抱えて出てきていたアスカが悲鳴をあげる。マナもさすがに顔色を青くして、屋根から飛び降りて駆け寄った。レイはふたりを見送ってから、グラシアスの方を鋭い目でにらみつける。
「……よくもわたしの弟をぶん投げてくれたわね……」
「ほほう、こんどは君が相手かい、かわいいお嬢ちゃん。悪いこといわねぇから赤ん坊は家に帰ってママのミルクでも飲んでな」
下卑た笑いを浮かべながら、グラシアスが言った。レイは目つきは鋭いまま、その口に不敵な笑みを浮かべる。そのまま、無造作に呪文の詠唱にはいった。
「輝ける蒼き紋章よ。怒りの刃もて闇を裂かん。降り注ぐ流星の光浴び、蘇りし魔竜の慟哭よ。悲しき月光のもと……」
「なに!?」
グラシアスの褐色の顔が驚愕に彩られる。
「馬鹿な!? なぜ貴様のような小娘がその魔法を使える!?」
レイの詠唱は続く。
「二つの魔星よ重ならん。存在し得ぬ力もて、滅の嘆きよ今高らかに! <ダムネイション……」
ずごぁっ!
レイの呪文が完成するよりも早く。魔神の体は後方に吹っ飛んでいた。思わず呪文詠唱を中断したレイは、手元に残った物騒きわまりない魔力の固まりでついついお手玉などしてしまう。
魔神を殴り倒したのは、シンジだった。着衣はぼろぼろになっているが、本人にはたいしてダメージがあるようにも見えない。
「な……!?」
グラシアスはさらに狼狽したようだった。
「ば、馬鹿な! なぜあれだけの打撃をくらって無事なのだ!? 常人なら全身の骨が砕けて即死だぞ!」
「別に無事じゃありませんよ……くちびる切っちゃった」
「それだけかっ!?」
「あーあ、この服、一張羅なのに。もう着れなくなっちゃった」
「その程度の問題なのかっ!?」
「……慣れ、ね……」
ふたりのやりとりを見て、レイがぽつりとつぶやいた。
と、完全に混乱しきっているグラシアスの背後で、吹き飛ばされた魔神がゆらりと立ち上がった。
再び慟哭をあげ、翼を広げ――ようとした瞬間。
その両腕が宙を舞っていた。二の腕のあたりから切り離されて、空中をしばし流れてからぼとっと地面に落ちる。青白い光をまとった刀を振り切った状態のアスカが、その目の前に立っていた。そして、すばやくその肩を蹴って跳んだマナの短剣が、魔神の額に埋め込まれた紅の水晶玉に、根本まで深々と突き刺さる。
断末魔すらあげずに、魔神の体はかき消えた。
「な……!?」
絶句するグラシアスに、アスカとマナはぴったりそろった仕草でガッツポーズをとってみせた。
「この程度でネルフ村にケンカ売ろうなんて、65億年早いのよ!」
「そうよ! ここにはアスカみたいに血に飢えてる人がたくさんいるんだから!」
「人を殺人鬼みたいに言うんじゃなぁい!!」
アスカの右ストレートに、きれいにあわせたマナのクロスカウンターが炸裂した……そして、ふたり同時に倒れる。
「なにやってんだか……」
レイは呆れたようにつぶやきながら、目の前に立っている弟の姿を見つめた。本当にダメージはないようだ。かすり傷すらほとんど見当たらない。
(そろそろ人間の域を超えてきたわね……)
そんなことを考えながら、無造作に――おそらくはなんの考えもなしに――手元の魔法力をぽいと放り投げる。
「<ダムネイション・ブラスト>」
「どおおおおおおおおっ!」
突然発動した究極呪文の蒼い閃光が、シンジの体を包み込んだ。一瞬にして大氷河すら融かし尽くすと詠われた超高熱の光である。
しばし、全員があっけにとられてそのコバルトブルーの輝きと、中で踊り狂っているシンジらしき(他にだれもいないだろうが)人影を見つめていた。
「き……貴様、なんのつもりだぁっ!? 自らの弟を殺すなど……」
はっと正気に戻ったグラシアスが信じられないというように絶叫する。
「誰がいつ死んだのよ。目をほじくってよく見なさい」
レイの言葉と同時、閃光が現れたときと同様なんの前触れもなくあっさりと消えた。
その輝きの後には、消し炭のような漆黒の物体だけが残されている――ぴくぴくと痙攣しているところをみると、まだ生きているらしい。信じがたい事だが。
「……ちょっとやりすぎたかしら」
「ちょっとどころの騒ぎじゃないわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
あごに指など添えつつ小首を傾げるレイに、とうとう頭を抱えて、のどがはちきれそうなほどの叫びをあげる。そろそろ自我防衛が限界にまで来てるのかもしれない。
「なぜだ!? なぜやる!? なぜそんな無意味なことをするのだ!?」
「いや、なぜっていわれても……せっかく唱えたんだからだれかにぶつけないともったいないなー、とか思って」
「それだけか!? ほんとーにそれだけの理由で最強の単体攻撃魔法を実の弟にぶつけるのか!?」
「大丈夫よー。これ不死身だし」
つんつんと、足の先でシンジらしき黒こげをつつく。すでに部分的に皮膚の再生が始まっていた。
「そんな……そんな馬鹿な……こんなことが……」
なにやらぶつぶつとつぶやいているグラシアスは無視して、レイはその後方でのびているアスカとマナを回収にかかった。無造作に足をつかんで、とりあえずシンジの上に放り投げておく。うげ、とかいう声が聞こえたような気もしたが、それはきっぱりと無視した。
「さて……とっととしっぽを巻いて帰るんだったら5分の4殺しぐらいで勘弁してあげなくもないわよ」
レイとしてはかなり寛大な条件のつもりだったのだが、目の前の巨大な筋肉アフロ男は納得しなかったようだった。
「くぅ……こうなったら、一時撤退して体勢を立てなおしてから来るしかないか……<BORN SOLDIER>!」
目の前に三体のスケルトンが出現すると同時、グラシアスは村の出口へと駆け出していった。
「逃がすもんですか!」
早口に呪文を唱え、スケルトンを一撃で木っ端みじんにしてから後を追うレイ。すでに森の中に逃げ込もうとしているグラシアスの背中を狙って、初歩の火球を撃ち込む。
「SON OF A BITCH!」
グラシアスは右腕で火球を防ぎ、痛みに顔をしかめながらも森の中へと消えていった。
レイも後を追って森にはいるが、鬱蒼と茂る木々の中、動く影を見つけることは出来なかった。
「逃がしたか……」
新緑の茂る広葉樹の上では、小鳥が無邪気にさえずっていた。
厳かな空間には厳かな大気が満ち、厳かな時が流れていた。空間に、厳かな声が虚ろに響く。
「失敗したのか……」
「も、申し訳ありません、頭!」
こちらに背を向けて立っている黒ローブの男に、許しを乞うようにひざまづいているのはグロリアス=グラシアスだった。お世辞にも体格がいいとは言えない長身痩躯の男に、全身が筋肉の固まりのようなグラシアスが巨大な体を精一杯縮めて土下座している。
「お前には期待していたのだがな、グラシアス……それと、私のことは総帥と呼べといっただろうが!」
どちらかといえば後者の方が重大な問題であるとでもいうように、男は声を荒らげた。怒声にグラシアスの体がよりいっそうちぢこまる。
「落ち着いて下さい、総帥……こんな大脳はもちろん脊髄まで筋肉で出来ているような男に任務を任せること自体が、どだい間違いだったんですよ」
突如聞こえてきたそれは、確かに男の声だったが、声の主の姿は暗闇の中にとけ込んでいて輪郭すら見えない。
「オオツキか……私の作戦能力にケチをつけているのか?」
「そういうわけじゃありません。悪いのはあなたではなく、あなたの期待に応えることの出来なかったこの鳥の巣頭でしょう」
身を震わせながら屈辱に耐えていたグラシアスだったが、オオツキと呼ばれた男の声が、彼の髪型にまで話を及ばせると、とうとう堪忍袋の緒が切れたようだった――やけに短い緒ではあったが。
「貴様! 黙ってきいてれば好き勝手ぬかしやがって! それならお前がやってみろってんだ!」
「言われなくてもそのつもりですよ……私も、それを言いたいがためにここに来たのです、総帥。私めならば、確実に裏切り者をとらえ、アカギ=リツコをとらえてくることが出来ます」
「ふむ……いいだろう。成功のあかつきには、お前を『アダム』幹部に加えることを約束しよう」
「ありがたき幸せでございます」
気配だけでオオツキはグラシアスに嘲笑を投げかけ、そのまま気配もろとも消えた。
「私の計画にはなんとしても貴様の力が必要なのだ……手を貸してもらうぞ……アカギ……」
総帥と呼ばれた男は、独りごちてローブのすそを翻しながらその部屋から出ていった。残されたグラシアスも頭を垂れながら退出し、暗い部屋には、ただ静かな空気と時が流れていた……
や、どうも。ぎゃぶりえるでございます。
ネルフ村も久しぶりの更新ですが、いかがでしたでしょうか?
今回は902号室のOhtukiさんに出演していただいたのですが、これからアダム編をスタートするに当たり、アダムよりの刺客として出場希望者を募集いたします。期限はアダム編が終わるまで。条件は……周りの人から白眼視されてもかまわない人(^^;;;
「出てやってもいいぞよ」という奇特な方は、作者までメールをお願いします。
それでは、またお会いしましょう。