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ネルフ村の平和な日常

第15話

「狂気と破壊の宴」


 

「やられたわね……」

静かな声。

その端正な顔から一切の表情を消して、彼女はそれを見つめていた。

「…………!」

苛立たしげに、近くの洋服ダンスを適当に蹴飛ばす。奥歯を噛む音が、鼓膜ではなく頭蓋骨そのものを振るわして彼女の脳に届いた。

「あっのバカシンジ……!」

弟の部屋の中央に開いた穴を見つめながら――イカリ=レイは静かに左右を見渡した。

自分と同じような表情を浮かべている少女が二人。

「ミス・コン当日に逃げるなんて……」

「シンジ君……どうして?」

本気で理解していないらしく、いやいやをするように首を振るマナ。

「まあ、どちらにせよ……」

レイは――3人の少女の中心に立って、唇を開いた。

「シンジがいなければ……」

「ミス・コンも無意味……」

アスカが後を続ける。

「絶対に捕まえる」

「「当然」」

レイの声に3人同時にうなずき――隣の部屋でそれを聞いていたゲンドウは、息子の命を半ば以上あきらめつつ静かにミルクティーをすすっていた……

 

 


 

 

明るく色づいた葉を精一杯実らせた木に、そっと寄りかかる。

(そろそろ、来る頃だな……)

そっと息をつきながら――辺りに走らせる緊張は決して途切れさせず、彼は目を閉じた。

視覚に頼っては行けない――それを守れないようなら、いっそのこと視覚を失ってしまえば手っ取り早い。自分の体から神経の網が蜘蛛の糸のように広がっていくイメージを浮かべる。呼吸が止まり――ぐぐっと前のめりに倒れる。

瞬間、轟音がシンジの背後にそびえたっていた木を裂いた。

(来た――!)

前傾姿勢のまま、撃たれるように走り出す。

彼のすぐ背後に、もう一度雷が落ちた。その衝撃を背中でびんびん感じながらも、足は止めない。

「こんないい天気だってのにな……」

自嘲気味に呟きながら、なんの脈絡も無しに右へ跳ぶ。ちょうど、さきほどまでの進行方向に雷の刃が突き刺さったところだった。地面が多少焦げているが、その下の草が燃えていたりする気配はない。雷が自然のものではなく、魔術によって生み出された証拠だ。

勇ましき風の精霊よ。我らが古の盟約によりて、荒れ狂う風となりて我が敵に裁きを与えよ。<暴風乱>

ぎゅおうっ! と、圧縮された大気の渦を掌から上空に放つ。

「きゃあ!」

上空から聞き覚えのある声で、悲鳴が降ってくる。だが、それを確認するよりも早く――

<空牙>!」

じゅいんっ! 大木を切り裂きながら迫ってきた真空の刃を間一髪でかわす。その三日月形の破壊はそのまま木々を切り倒しながら直進していった。

「アスカ……」

「逃がさないわよ……」

手に持った刀――焔雪をこちらに突きつけて、静かな口調で告げる。それに答えるシンジの声も、やはり静かではあった。

「僕は……まだ死ぬわけにはいかないんだぁっ!」

突然飛んできた黒い影に、思わずアスカは身をかわした。それが単なる石であると気づいたときには――

<地中航路>!」

くぐもった音をあげて、シンジの足下から土砂が吹き上げられる。

「しまった!」

すかさず空へと伸びていく土柱に斬りつけるが、それは空しく空を切った。

土砂が収まった後には地面に大きくあいた穴だけが残った。その中に飛び込もうかとも考えたが、やめた。精霊使いが作った穴の中でその作り主と戦って勝てるとは思えない。

歯ぎしりをする彼女の右手に握られた焔雪の影が揺らぐ。魔法剣士である彼女が使う力を説明するためには、魔力というものについてまず語らなくてはならない。

本来、魔力とは魔族の力であり、彼らの存在する魔界でだけ存在を許される圧倒的な『力』であった。それを人が使えるように加工し、人間界でも発動可能にしたのがゲンドウやレイのような古代魔術師たちだった。しかし、この方法ではどうしても魔力そのものの力は弱まってしまう。そこで、逆に人間界に擬似的な魔界を作ったのが、魔法剣士である。

ミスリルと呼ばれる魔法金属で作られた剣を媒体として、その周りに擬似的な魔界を作り出す。その疑似魔界に魔力を展開することによって、剣そのものに魔力的な力を与える――それがすなわち『魔法剣』と呼ばれるものなのだ。

だが、ミスリルの力を借りたとしても、疑似魔界を作り出すということは並大抵なことではない。素養がない人間には100%無理なのだ。そして、その素養は遺伝によってのみ伝えられる。アスカの場合は彼女の母親が魔法剣士だったため、その遺伝によって彼女も魔法剣士への道を歩んだのだ。

<鳳凰>っ!!」

かっ――と叩きつけた剣は、爆音を放ってその穴の中に炎を舞わせた。土砂崩れでトンネルが崩れる。

単なる八つ当たりである。

もうシンジはどこか離れた場所から地上に出てきているだろう。焔雪を握る右手に力を込めて、風の吹いてくる方向を睨んだ。

「シンジ……あんたはあたしから逃げる事なんて絶っっっっっっっっっっっっっっ対に出来ないんだから!」

 

 

「……………………」

とりあえず、少女は無言でこの事態の原因について思いを巡らせていた――とはいっても、全く同じ結論を何度も繰り返して出しているだけなのだが。

「つまり……」

がさっ――と、身を起こす。枝から落ちないように注意しながら。

「これは……全く……完っ全に……」

あまり太くはない枝の上に四つん這いになって――ぽき。

「シンジのせいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

3メートルほど自由落下する間に声の限りに叫ぶ。そのせいで受け身がおざなりになったのか、彼女はまともに腰を打って声なき悲鳴をあげた。

「こ……の!」

痛みに顔をしかめながら、先ほどまで引っかかっていた大木に、全力で不可視の衝撃をぶつける。

その彼女を地面への衝突から防いだ老木は、理不尽な八つ当たりに文句を言うことすら許されずにめきめきと倒れ、他の木に引っかかって斜めのまま止まった。

「いててててて……」

木から落ちる際に打った腰をさすりながら、なんとか立ち上がる。上空からシンジを攻撃しようとしたレイは、思わぬ反撃を受けてバランスを崩し、落下してしまったのである。

「シンジの分際で私に刃向かうなんて……身の程知らずってことがどんなことか、ゆっくりと教えてあげるわ……」

くっくっくと不気味な笑いをのどの奥から漏らし――とりあえず、帰ったらシンジに腰をマッサージさせようと彼女は思った。

 

 

「教えて……一体ここはどこぉぉぉぉぉぉっ!?」

その頃――マナはアルミサエルと一緒に森の中で迷っていた。

 

 

4人の思惑が交わり――破壊と狂気の宴は、今ゆっくりと始まりの鐘を鳴らしたのだった……

 

 


 

 

乾いた風が鮮やかな――死の前の一時の美しさ――木々を揺らし、またいくつかの紅葉を風に舞わせた。
その大気の流れに無力に翻弄される秋の妖精たちを、表情の読みとれない瞳で見つめる――ただ、実際にはもっと違うものを見つめてはいたが。

ひゅいんっ!

薄い絹を擦り合わせるような音と共に、彼の目の前に3人の少年が現れる。透き通った体と羽を持ち、人の10分の1ほどの大きさの少年たちが。

斥候として出させた、風の精霊たちである。

「どうだった?」

シンジの問いに、彼らはそれぞれ自分の受け持ちの少女の位置と動向を伝えた。

「アスカも姉さんも怒ってるな……マナは……まあ、大丈夫だろ」

独りごちながら、不意に精霊たちの視線に気づく。

「ああ、分かってるよ……ほら、ご褒美だ」

目を閉じて、自分の体から力を絞り出すようなイメージを編む――と、軽い疲労感を覚えた。彼の前でふわふわ浮かぶ精霊たちは、顔を輝かせて去っていった。自分から魔力を放出して、彼らに与えたのだ。精霊と交信するための仲立ちを行うのも魔力であるため、精霊使いも魔力を扱うことは出来るのである。

「さて、と」

背負ったバッグから、ヴァイオリンのケースを取り出す。先ほどの精霊たちの報告によれば、偶然とはいえ今現在最もシンジの近くにいるのはマナなのだ。

おもむろに弓を弦に当てる。そのまま大きく息を吸い――そして吐く。

心臓の動きを落ち着かせてから、彼は目を閉じた。それと同時に、ヴァイオリンから繊細なメロディが流れてくる。

弓のひと引きひと引きに魂を込め、定められた旋律を忠実に演奏する。

その優しい調べは、森の中を安らかな空気で満たした。

「あれ、なんだろこの曲……あら、なんだか眠くなっちゃぁぁぁぁ……」

語尾にエコーを残しつつ、アルミサエルと共に崩れ落ちるマナ。その安らかな寝息を確認してから、ヴァイオリンを再びケースにしまった。

『呪曲』と呼ばれ、それ自体が魔法的な働きを持つ旋律を楽器を使って演奏することによって、魔法とほぼ等しい効果を得ることが出来る秘技である。ちなみに、彼の姉のレイはこれとほぼ同じ効果の『呪歌』を扱うことが出来た。

「あんまりもつとも思えないけど……まあ、1時間ぐらいは時間を稼げるだろ」

バッグを背負いなおし、再び足を進める。熟練の使い手による旋律ならば数日も眠らせ続けることが出来るのだが、まだ未熟な彼ではそれぐらいが限界ではある。

「次に来るのは……姉さんか……」

 

 

「見ぃつけた♪」

目を閉じて瞑想していた彼女は、突然目を見開いてにんまりと微笑んだ。

彼女が張り巡らせていた精神のレーダーに、シンジの呪曲が引っかかったのだ。

「そんなに遠くないわね……南南東に500メートル、か。……在りし力よ。我を大地の制約より解き放て。あるがままに舞い上がり、碧空よりの使者と語らん。翼は望まず力を望もう。<ルーン・ウィング>

音もなく、彼女の体が風船のように浮き上がる。その糸を持つのは彼女自身ではあったが。

垂直に高度を上げていく。全速力で直進しても木に衝突しない程度の高さまで浮かび上がると、少し強くなった風の感触を楽しみながら目標の方向に体を向ける。

「レイ、行くわよ」

ぎゅいんっ!

垂直移動からの突然の水平移動。その変化に不満をあげるかのように、彼女が通った後の空気がびんびんと震える。

目標地点まであと50メートル足らずといったところで急停止し、

「シンジ、食らいなさい! <ソラブ・フロウ>!」

空中に浮いたまま、無数の光の帯が彼女のまわりを流れる。慎重に狙いを定め――じっと息を潜めて発動の合図を待つそれらに、ゆっくりと宣言した。

「ファイア!」

イァァァァァァァンッ!――音にすればそんなところか。金切り声にも似た微妙な振動音をまき散らしながら、それらはきれいな放物線を描いた。

ほんの少しのタイムラグの後に――爆音と熱波が上空に浮かぶレイの所にまで迫ってくる。

それを確認したら、彼女は地面に降りた。同じ過ちを何度も繰り返すのは彼女のモットーに反するのだ。

――と、つま先が地面に触れた瞬間、彼女の体は再び垂直に上昇する。

「なっ……!」

足の方向を上にして吊り下げられたまま、右足に引っかかっている荒縄を見上げた。スカートをはいてこなくてよかったなどと思いつつ――視線をまわして弟の姿を探す。

「姉さん……」

がさっ――と、近くの茂みからシンジが顔を出した。その手には荒縄の端が握られている。それは上の方へと続き、太い木の枝を経由してレイを吊り下げていた。

「シンジ……」

逆さまになったまま腕組みをして、険悪な視線で彼を睨み付ける。

「僕は……死ぬわけには行かないんだ……」

それだけ言うと、荒縄を近くの大木にくくりつけて彼は走り去っていった。

後に残された彼女は、重力に従って頭に集まり始めた血液をどうにかしようと考え――とりあえず、懐から魔水晶を取り出した。ある人物に念話を送るために。

 

 

「後はアスカか……」

既に2人は撃退した。すぐに戦線に復活してくるであろうことは容易に想像できたが、少なくとも彼は勝ったのだ。

「僕だって……やれば出来るんだ……」

リツコに『生命線が極端に細いくせにやたらと長い』と言われた右手を見つめる。その右手を閉じたり開いたりしながら、街の方向へ、希望の方向へと視線を向ける。

「生き延びてやる……生き延びてやるぞ……生き延びるんだぁぁぁぁぁっ!」

叫んで――ふと正気に戻る。

殺気を感じたのだ――アスカのものではない。シャープすぎて、鬼気迫りすぎて――怒気にあふれすぎる、空を切るかぶら矢のような殺気。

「…………?」

姉、幼なじみ、居候――そのどれとも違う気配に、額にしわを寄せながら辺りを見回す。

びんびんに殺気を放っているくせに、その位置ははっきりとしない。

殺気の位置が特定できないと言うことは――

「僕よりも……強い……?」

少なくとも、身を隠す術に置いてはシンジよりも数段上をいく人物ということになる。

とりあえず全方向からの攻撃に対応できるように、全身の筋肉を弛緩させる。

唾を飲む音が静かな森の中にやけに大きく響き――

ぶぃんっ!

とっさに後方へと飛ぶ。その目の前――半瞬前まで彼の頭があった場所――を、細長い影が尋常ではない速度で通り過ぎていった。

近くの木に突き刺さってから、それがクロス・ボウ用のクォレルと呼ばれる矢であるということに気づく。

「これは……まさか!?」

少なくとも、ネルフ村の住人でこの武器を使う者を、シンジは一人しか知らなかった。

神経をさらに集中させ――一瞬、膨れ上がる殺意をとらえる!

「そこかぁっ!」

空を切る凶器をぎりぎりでかわし、それが飛んできた方向へと突進する。

――と。

じゃぎぃぃぃん!

足下に仕掛けられていたトラばさみを、跳躍でかわす。頭で考えてしたことではない――体が勝手に反応したのだ。

「ちぃっ!」

微かな舌打ちを逃さずに、勢いよく突き出した拳に確かな手応えを感じた。

「うあぁぁっ!」

悲鳴を上げながら、後方へ吹っ飛ぶ刺客。間髪入れずに飛び込み、袖の部分に隠していたナイフを喉元に突きつける。

「……ケンスケ……」

刺客の名を呼ぶ。

「なぜ、君が……?」

「……それを下ろしてくれないか? 落ち着いて話もできやしない」

言われたとおり、素直にナイフを下ろす。それを確認すると、彼は首を左右にこきこきと曲げてみせ、

「……レイさんに言われたんだよ」

「姉さんに?」

「そう。お前を捕らえてくればレイさんの私物1つ。数的には不満もあるが、合法的に手に入れられることも考えれば安くはないだろう」

「それで僕を狙ったの?」

「ああ……ところでシンジ」

「なに?」

問い返すシンジに、彼は無表情のまま、

「知ってるか? プロの盗賊ってのは……常に二重三重に罠を仕掛けるものなんだ」

「なっ……?」

ぐいと垂れ下がったツルをひくと、子どもの頭ほどもある石がちょうどシンジの頭上に落ちてくる。突然のそれを避けられるはずもなく――ごん。

「結構あっけなかったな……」

あえなく気絶したシンジの両手両足を縛り、猿ぐつわまで噛ましてから担ぎ上げる。日頃からのサバイバル訓練で鍛えている彼は、見た目以上に筋力はあるのだ――まあ、シンジがやせ形だったということもあるだろうが。

「ま、お前には同情するけど……これも商売繁盛とネルフ村の平和のためだ。辛抱してくれよ」

いつまでもシンジが逃げていると、レイやアスカの八つ当たりの相手にされるのは主に彼らなのだ。

先日、また私物の盗難がばれてレイに10分の9殺しにされたときのことを思いだし、彼は少し身震いした。それをおさめて一歩踏み出す。

「――シンジを置いて、おとなしく去りなさい」

「そういうわけにはいかないんだよ、アスカ」

気配は先ほどから感じていた。彼は落ち着いた様子でゆっくりと振り返る。

彼とて幼なじみである彼女と名前で呼び合う程度には親しいのだ――実際、ネルフ村の同年代の子どもたちはみんな幼なじみということになるのだが。

彼女は静かな瞳で、刀――焔雪とかいったか――の切っ先を彼の喉元に突きつけている。勢いよく踏み込めば一瞬でケンスケの喉を貫ける体勢だ。

「さっきの話には続きがあるんだけど……」

抱きかかえていたシンジを、肩に担ぎなおしながら続ける。

「成功報酬としてレイさんの私物ひとつ――そして、失敗した場合には……分かるだろう?」

言うのも恐ろしいとばかりに体を震わせる。アスカもその言葉に思わず生唾を飲んだ。

「確かにそれは同情すべき立場かも知れないけど……あたしも結構せっぱ詰まってんのよ」

「話は平行線だな。続けることに意味はなさそうだ」

「それについては同意見ね――あなたが、どうあってもシンジを渡さないというのなら」

「俺を殺す……とでもいうつもりかい? どちらにせよ、俺はこいつを渡すつもりはないよ。お前に渡したって俺に待っているのは死のみだからな」

それ以上は話さず、焔雪を構え直すことで彼女は答えた。

ケンスケは素早く身をひるがえし、思い切り走り出す。

「待ちなさいっ!」

アスカがそれを追う。

広葉樹が生い茂るネルフ村近辺の森は、決して走りにくくはないが、森の中を熟知しているケンスケはわざと通りにくい道を選んで走っているため、体力のないアスカはどんどん離されていった。

「あいつ……シンジも担いでるのに!」

森の中で彼に勝負を挑むことが無謀だったのか。

そんな考えはすぐに振り払う。余計な思考はそれだけ体の動きを鈍らせるのだ。

「このぉっ!……<空牙>!」

横に薙ぎ払われたその軌跡をそのままたどるように現れた三日月形の真空の刃は、妥協を一切許さない直線の軌道を通ってケンスケの背中へと命中――したかに見えた。

ぎぃぃん!

「嘘!?」

突如彼の目の前に現れた光の壁が、刃をその直線軌道からはじき飛ばす。

「A・Tフィールド!?」

彼は走りながら振り返ると、唇の端を歪めて左手を掲げて見せた。

その中指には、真っ赤な宝石の着いた指輪が光っている。

「マジック・アイテム……レイね!」

そういえば、前にリツコが『A・Tフィールドを魔石に封じ込めることに成功した』と誇らしげに語っていたのを思い出す。

アスカは大きく突きだした木の根を飛び越えながら舌打ちした。まさかリツコの力まで加わっているとは――!

だが、次の瞬間彼女の表情は一転した。ひらめいたのだ。

「物理攻撃を防がれるのなら……」

刀を最上段に構え直す。

<歪空>!」

だんっ! と地面に突き立てた刀を中心に、一瞬空間が歪む。その歪みは石を投げ込まれた水面のように広がり、ケンスケを巻き込んだところで止まった。

「要は空間ごと封じ込めちゃえば問題ないのよね」

彼女の作り出した亜空間の隅っこで、まだ事態を理解していないケンスケに、抜き身の焔雪を片手に下げたまま歩み寄る。

「ここは<歪空>で生み出した空間の牢獄……シンジを渡せば、命までは奪わないわよ」

「くっ……!」

ケンスケはシンジを抱えたまま一歩後ずさった。亜空間の端に当たったかかとが、微かな衝撃と共に前に押し出される。

「シンジを渡せば――俺の身の安全を保証してくれるか?」

「残念ながらそれは無理ね」

ひらひらと手を振りながら彼女。

「あたしの力だけじゃレイは止められないわ。下手に恨みも買いたくないし」

「……ちくしょぉぉぉぉぉっ!」

やけくそでアスカに掴みかかる――が、罠も何も仕掛けていない戦場でまともに戦って、彼に勝機があるはずもなかった。

かくて、そこには頭からどくどくと問答無用に血を流しながら横たわるケンスケの姿だけが残ったのだった…………合掌。

 

 


 

 

「さて、と……」

子どもの頃からよく隠れ家にした洞窟。彼女以外に知る者はいないその場所には、ひんやりとした空気が流れていた。その空気の中に背負っていたシンジをそっと下ろす。仰向けに横たわるシンジの横の辺りに立って、一つ深呼吸をした。

「せえ〜の!」

かけ声と同時――ずごぉっ!

「げふぅっ!」

渾身の力を込めたエルボーが脇腹に突き刺さったシンジは、肺の中の空気を全て吐き出した。反射的に上半身を起こし、激しく咳き込む。

(ちょっとやりすぎたかな……)

一瞬頭に浮かんだ思考を、慌てて振り払った。こんな男に同情は無用なのだ。

まだ涙目で咳き込んでいるシンジの目の前に、おもむろに切っ先を垂らしてやる。それが鼻に触れた冷たい感触で、シンジは思わずひっと声をあげた。

「さってと。ここなら邪魔者も来ないし……ゆっっっっっっっっっくり話が出来るわね? シンジ」

「あ、アアアアアアアス、カ、カカ……」

その壮絶な笑顔に、彼女の名前を呼ぶことすらままならない。

(ああ……僕はここで死ぬんだな……)

かなり本気で考えながら、とりあえず彼は謝ってみることにした。

「えっと……その……アスカ……」

「なぁに?」

にっこり。

全身の細胞が震えるのが分かった。これは恐い。ある意味単純に怒鳴り散らされるよりも、人の心の奥底に響くものがある。

「え、えっと……いや、なんでもないです。ハハハ……」

「あらそう」

にっこり笑顔のまま、シンジの鼻先に突きつけていた切っ先を、ゆっくりと持ち上げる。

「ところで……」

柄を握りなおしながら、続ける。

「遺言は終わり?」

「ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

腰が抜けたまま逃げだそうとするが、足首をしっかりと捕まれた状態では、ただ空しく四肢を空回りさせるだけだった。

トラに尻尾を押さえられたキツネのような表情で、目にいっぱい涙をためて表情だけで延命を願うシンジをアスカは一瞥すると、大きく息を吐いた。もう片方の手で上段に振りかぶった焔雪はそのままに、

「シンジ……」

「は、はい……」

「……なんで逃げ出したの?」

「な、なんでって……」

命が惜しかったから。

それ以外の何でも有り得ないのだが、それを言えば本当にグッバイマイライフしなくてはいけない。

「え、えっと……その、さ……ほら、なんていうか……」

曖昧な言葉で間をつなげながらいいわけを考えようとする、が――

「ふざけたこと言ったら――」

少し考える。

「目、くりぬくわよ」

「どひぃぃっ!?」

冷や汗をだらだら流しながら――彼は考えていた。頭の普段あまり使わない部分も全て総動員で、必死にこの事態に対する打開案を考える――空回りしているような気もしないではなかったが。

「……シンジ」

「はいっ!」

いつの間にか全ての表情を打ち消して静かに呼びかけた彼女に、反射的に気を付けの体勢になって答えるシンジ。

「……もし、ミスコンに出てたら……あんた誰に入れてた?」

「そ、それは……」

答えは一つしかない。ありえない。

「ア、アスカ、だよ……」

「ホントにっ!?」

「う、うん……ホントだよ……」

他にどう答えようがあるというのだ。この状況に。

それが自分の本心であるかどうか、実際にそうなるかはまだシンジには分からなかったが――とりあえず彼女の機嫌は直ったようだった。

「シンジ……」

ぎりぎりの線で命が助かったことを神に感謝していると、いつの間にか幼なじみの顔が不自然なほどに接近していることに気が付く。

「ア、アスカ……」

アスカの顔は、ほんのりと上気して、不思議な色気すら醸し出している。彼女は、ゆっくりと目を閉じた。

(ど、どうしよう。これっていいのかな。えっと、だけど、そんな、アスカは、やっぱり……でも、こうして見るとやっぱりアスカって綺麗だよな。髪も、目も、鼻も、唇も……唇!? い、いいのかな? ここでしちゃったら……ええい、もうどうだっていいや。もう理性が持たないよ……)

2人の距離は近づく。物理的な距離以上に遠い距離が。シンジも目を閉じて、今はただ予想される感触のみに備える。

(アスカ……)

ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!

爆炎と衝撃に包まれて、派手に吹っ飛ぶ2人――否、そこに存在していた全てがはじけ飛ぶ。

「ほーほっほっほ! やっと見つけたわよ二人とも! ちょっと、抜け駆けしようなんていい度胸じゃないのアスカ! あんたたち2人ともこの私が粉々に打ち砕いたげるから覚悟しなさい!」

空中から高らかに宣言する――おそらくは拡声の魔法でも使っているのだろう――レイの目は、かなりマジだった。おそらくは既にアスカに半分以上殺されていたケンスケをあまりどつけなかったことも起因しているのだろう。

「ど、どうすんのさ!?」

「とりあえず……」

「とりあえず!?」

「逃げるわよぉっ!」

だっとダッシュを駆けるアスカ。

「待ちなさいあんたたち! <エンプティ・ジェネシス>!」

「きゃあ! なになになに!」

「うわっ! 山が崩れてく!?」

「ほーほっほっほ! 魔法学院最秘奥、物質自己崩壊の味をたっぷりと味わうがいいわ! ほーほっほっほっほっほっほっほ!!」

「ええい! シンジ、あんた魔法で援護しなさい! あの暴発女、今日こそたたき落としてやるわ!」

「なんでこんなことに……」

彼の涙は、ただ空しく流れ続けるだけだった…………

 

 

 

 

 

 

結局――彼女たちが帰った頃にはもうとっくに終わっていたミス・コンは、カツラギ=ミサトの2連覇で終わったことだけを、ここに追記しておく。

 

 


つづく
ver.-1.00 1998+01/08 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは gyaburiel@anet.ne.jpまで。

ども、ぎゃぶりえるです。
ミス・コンについてほとんど記述がなかったのを不満に思う方も多いと思いますが、あの3人を出場させたらそれこそ誰が優勝しても身の危険を感じるので(^^;
それにしても今回ケンスケが活躍してたなぁ。そろそろトウジと委員長も出さないと……って加持が忘れられてるような……(^^;;;;;;;;;
最初の方で無節操にキャラを出しまくったせいか、全然収拾がつかなくなってきました。そもそもこの話をどうやって終わらせるか、という大問題がまだ残ってるのです。なんの前触れもなくいきなり終わったりするのもいいなぁとかいっそのことだらだら続けてめぞんの連載記録を更新してやろうかとか色々考えていますが、まあ当分は続くことでしょう。ええ、続くなって言われても続きます。
それでは、この辺で。


 ぎゃぶりえるさんの『ネルフ村の平和な日常』第15話、公開です。
 

 

 ネルフ村・・・

 美人がいっぱい。
 美少女たくさん。

 愉快な住人。
 スリル溢れる毎日。
 飽きる暇のないイベント連続。
 

 住んでみたいな〜

 と、思っていました・・・
 

 やだよやだよ(^^;
 すみたくねーよ(^^;;;
 

 暴発娘”達”に殺されちゃうよ(^^;;;;;
 爆裂娘達のパシリにさせられちゃうよ。
 

 

 アスカちゃんのためだったらパシってもいいけど(爆)
 

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 パワードない方のぎゃぶりえるさんにも感想メールを送りましょう!


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