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「シーンジくんっ♪」
どさぁっ、と生ゴミを放り投げたような音と同時、パスタ――彼の大好物である――を口に運ぼうとしたシンジの両肩に思い切り体重がかかる。シンジは上にのっかられた勢いで思い切り下がった頭の、鼻先をかすめていったフォークに冷や汗を垂らしながらもゆっくりと振り返った。
「キリシマさん……」
「やーね、シンジくんったら。マナって呼んでって言ったじゃない☆」
屈託のない笑顔で、その少女は白い歯を見せた。茶色がかった黒髪を肩のあたりでばっさりと切った――自分でやったのだろう、おそらく――美少女である。お気に入りらしい白のワンピースを着たまま、シンジの背中に抱きつく格好で上から覗き込んでいる。
「そ、それじゃあ、その……マナ……さん」
「だ・か・ら! 呼び捨てでいいってば!」
少し語調を強くしながら、マナがシンジの首にまわした腕に力を込める。
「わ、分かったよ! え、えと、その……マナ」
背中に胸が当たるのと、絞められた首による酸欠の両方で顔を真っ赤にしながら、シンジがなんとか声を絞り出す。
だが、彼の目の前に座っていた少女は酸欠の方の理由は思いつかなかったようだった。
だんっ! と勢いよくテーブルに手を突き、その少女は立ち上がった。
「ちょっとマナ! あんたなにシンジになれなれしくしてんのよ!」
柳眉を逆立て、今にも全身からオーラでも発しそうな――あるいはすでに発しているか――表情で、アスカが叫ぶ。(いろいろな意味で)炎のような長い髪の毛を今日は無造作に垂らしている。マナと張り合うかのように、いつかシンジに買ってもらった黄色いワンピースのすそをひるがえし――びしぃっ! とマナに細く形のよい人差し指を突きつけた。
だが、マナはそんなアスカの形相にも全くおびえることなく――彼女の腕の中の少年はこっそり神に祈っていたが――余裕のある笑みを見せつけながら(実はシンジたちよりもひとつ年上らしい)、さらに体をシンジに押しつける。
「あーら、わたしがシンジ君となれなれしくすると何か困るのかしら? ねえ、アスカ?」
「なっ……!」
アスカの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まる。
シンジが、決定的に死を覚悟するのが見えた。
そして彼女は声を張り上げ――
閃光。
爆裂。
一瞬にして三人がたむろしていたゲヒルンが火柱の中に消える。
「やっほー、みんな元気ぃ?」
熱された空気が破壊の爪痕の中心で渦を巻く中、この状況に相応しくない――あるいは相応しすぎる――声が聞こえてきた。
「ね、姉さん!」
破滅的な日常のたまものか、一瞬にして回復したシンジが叫ぶ。
レイはその弟の顔をしばし眺めると――
「……なんかあんたってだんだん耐久力が上がっていくわよねー。アスカとマナはまだ寝てるのに」
その表現に多少文句がないこともなかったが、とりあえずシンジは姉の言葉に導かれるかのように首を巡らせた。すると、なるほど。黒こげになったアスカとマナ――遠くにマコトとシゲルの姿も見えたが――がなにやら転がってはいる。
シンジはすこし迷ったが――まあ、いない方が当分は静かだろうという結論に達して、再び姉の方に顔を向ける。
「――で、姉さん」
「なぁに?」
ジト目でうめくシンジに、レイは無邪気に問い返してきた。こちらが言わんとしていることが分かっていて、それでもなお訪ねるときの顔だ。
「なんでいきなり僕たちが吹っ飛ばされなきゃいけないんだよ!」
両腕を広げるようにしてわめくが、レイは片手をひらひらと振って、
「だってあんたたちなんか険悪な雰囲気だったんだもん。それでまあ、とりあえずは新しく開発した攻撃魔法の実験も兼ねておとなしくさせようと思って」
(実験台探してたな……)
心のうめきはあくまでも心の中にだけにとどめ、シンジは言いたいこと全てをひとつのため息に凝縮して吐き出した……
「ミス・コンテストぉ〜!?」
レイが魔術で修復したゲヒルンの中に、同じようにレイが治癒したアスカの声が響く。レイは何が楽しいのかにっこりとうなずいてみせると、一枚のやたらとけばけばしい紙を取り出した。
「ほら、毎年恒例のネルフ村ミス・コン。去年までは参加資格16歳以上だったんだけど、今年からは14歳以上にまで下がったのよ」
なるほど、確かにチラシにはその旨がでかでかと記されていた。横からシンジが、あ、と声を上げて口を挟む。
「そう言えば、去年はミサトさんが優勝したんだっけ」
「その通りよ。でもね。今年は違うわ」
前髪をかき上げる仕草などしつつ、レイ。
「この超絶美少女、イカリ=レイが出場するからには、あんなビール腹の年増女、三年越しの肉まんほどの驚異でもないわ!」
「いや、よく分かんないけど……」
「そこで!」
シンジの指摘をきっぱりと無視して、びしぃっ! とアスカに指を突きつけ、彼女は叫んだ。
「アスカ。そろそろ決着をつけましょうか」
「……なんの話かしら?」
「あらあら、勝負を最初から捨てるの。まあ、しょうがないわね。この私と勝負したら、結果は見えてるものねぇ」
わざとらしく髪をかき上げ、やや見下ろすようにアスカに視線を投げかけるレイ。
――と、その時。
空間のひしゃげる音――というものを、シンジは確かに聞いた。アスカが、顔の筋肉だけでゆがんだ笑いを作りながら、確かに全身にオーラを背負っている。憤怒の形相にも似た笑顔。そんなとんでもなく不自然なものを、シンジは確かに見てしまった。
見ると、レイも同じような表情でアスカの視線を受け止めている。
「……そんなこと言っていいの? レイ」
ぴくり、とレイの切れ長の眉が、片方だけ器用にあがる。
「……どういうことかしら?」
「あたしがミス・コンに出場したら、どうなると思う? ねえ、レイ。観客の皆さんは正直よ」
「……どういう意味かしら?」
一つ前の質問と全く同じ口調で、レイが聞き返す。ただ、その言葉には微妙な殺意が込められていたような気もしたが。
「あらあら、言っても分かんないのかしら? まあ、しょうがないわね。あんたのそのピーマン脳じゃ」
「ふぅぅぅぅぅん……そこまで言うの、アスカ」
――再び、空間のひしゃげる音。ただ、先のものよりは数段はっきりと聞き取れたが。
「ふっふっふっふっふ……」
「くっくっくっくっくっくっく……」
憤怒とも笑顔ともつかぬ形相のまま、睨み合って不気味な笑い声をあげる。どうすれば顔の筋肉をいっさい動かさずに笑い声が出せるのか一度聞いてみたいとは、シンジは思わなかった。
ふるえる視線を窓の外に動かすと、ゲヒルンの料理長、ヒュウガ=マコトと、バーテンのアオバ=シゲルが裏口から逃げ出すのが見えた。シンジも彼らにならおうと、大気が不思議な熱気とともに渦を巻く、その中心に背を向ける。そのまま一歩踏みだそうとした時――
「……わたしも出よっかな」
ぎしぁっ!
今度こそ、絶望的に空間が歪む。
「あ、ああああ……」
声にならないうめきを喉から震わせながら――彼はゆっくりと振り返った。みっつの不自然な笑顔が並んでいる。
――逃げなくちゃ――
とりあえず、彼にできた思考はそれだけだった。逃げる――それ以外の打開案は何一つ見つからない。結局、抜本的な打開策など存在しないのだ。
抜けた腰に胸中で毒づきながら――出口を目指した彼の動きを、みっつの力が押さえる。
「…………う………………」
もはや二文字以上の言葉を発することすらできず――振り向いた彼を、これも三つの座った視線が出迎える。
「………………あ……………………」
意味などない。ただ声帯を震わせるだけの――悲痛な声。そして――
「「「もちろん、シンジは私に入れてくれるわよね」」」
呆れるほど正確にみっつの声が、にっこりと――さりげなく威圧的に――彼の鼓膜を震わせたのだった。
「逃げなくちゃ……」
また呟いた。
「逃げなくちゃ……」
また。
魂をすり減らすかのように焦っている自分。そんな自分をやけに冷静に観察している自分。その二つの感覚を共に味わいながら、彼はもう一度――冷静な方の彼が数えたところによると、ちょうど200回目――呟いた。
「逃げなくちゃ……」
(結局――僕の人生なんて逃げるか流されるかどちらかなのかな……)
ふと――限りなく真実に近そうな言葉が頭に浮かぶ。
なんだか自殺願望など持ってしまったが、少なくとも逃げる方が流されるよりは主体的だろうと無理に自分を慰め、休まずに手を動かす。
彼とてただ無策に呟いていたわけではない。逃げなくちゃと言うからには、それだけの準備をしなくてはならないのだ。
薄い青の壁紙が敷き詰められ、ベッドと本棚、机だけの簡素な部屋。机の奥から長く使ってなかったリュックサックを引っぱり出して、そこに荷物を詰め込むという作業を始めたのが、ちょうど31回呟いたときだった。
入れる物は、あまり多くはない。服を2、3着――あまり多くは持っていけない――と、いくつかの食料。本棚から大切な本を2冊ほど取り出し、乱暴に詰め込む。あまり時間をかけるわけにはいかないのだ。夜明けまでには出なくてはいけない。
(そう、夜明けまでには――)
冷静な方の自分が呟く。焦っている方はあいも変わらず同じ言葉を繰り返している。どうしようもないほどの危機に陥った時に自分を分裂する癖は、彼なりの人格防御術だったのかもしれない。
――と、彼は大切な物を思い出して、部屋の隅に置いてあるそれらを手に取った。二つの弦楽器と、一本の横笛である。この三つと、居間に置いてあるピアノが、彼の操れる楽器の全てである。母、ユイは、何十種類もの楽器を扱えるそうだが、彼が使うことが出来るのは、今のところこの四つだけだ。
それらを並べて、少し考える。
彼としては、大きい方の弦楽器――チェロが一番のお気に入りなのだが、いかんせん大きすぎる。それで、横笛にしようかと手を伸ばし――やはり考え直し、小さい方の弦楽器――ヴァイオリンを肩に担ぐ。
ポケットの中の財布には、あまり中身は入ってはいない。決して小遣いが少ないわけではないが――前にジオフロントでレイに酒を飲ませて以来もらってないが――、そのほとんどが姉と幼なじみに『プレゼント代』と称して巻き上げられているのだ。
(……街に出たら、まずは仕事を探さなきゃ……)
どこかの酒場で演奏をすれば、その日の宿代ぐらいは稼げるだろう。ただ、あまり一つの場所に長くとどまるわけにはいかない。彼女たちなら三日もあれば、大陸の端から端へでも彼の居場所をかぎつけてやってくるだろう。
(生き延びるんだ……)
あるいは、あまりにも絶望的な願いではあったかも知れないが。
用意を終え、立ち上がる。ドアノブに手をかけようとして、ふと思いとどまった。
「……風の精霊よ……」
彼の呼び声に応え、ひゅいんっと薄布を擦り合わせたような音を立てて風の精霊が現れた。12、3歳ほどの少年の姿に、昆虫のような透き通った羽を背につけている。透き通っているのは羽だけではなかったが。
「マスター、用は?」
微かに鈴を鳴らしたような声で、小首を傾げながら尋ねてくる。「マスター」と呼んではいるが、その話し方はどちらかと言えば、幼い子が近所の一つか二つ年上の子どもに話しかけるようなものだった。
「ちょっと扉の外の様子を見てきてくれるかな」
「お安い御用さ」
言葉だけをそこに残して、彼は木製のドアをいともたやすくすり抜ける。
1分ほど待つと、彼は再びドアからにょっと顔だけ突き出して告げた。
「マスター。このドアの向こう側のノブから糸が伸びて、花瓶につながってます」
「花瓶?」
「はい。そこから絵に」
「絵?」
「まだ終わってませんよ。せっかちなマスターだ」
と、彼は朗らかに笑って見せた。個々の精霊自体は意志を持たないただの『精霊力』だが、それらが集合体になると、意志を持つことがある。この意志を持った存在が、普通の人間が『精霊』と呼ぶものなのだ。
彼らは、普段は人間には見えないが、精霊の言葉を操る精霊使いだけは、彼らの姿を知覚することが出来るのだ。この集合体としての精霊たちは、自分の存在を知覚できる者には、力を貸してくれる――なんらかの見返りを求めるが。
「……それで、その次は?」
「このドアから」
にゅっとドアから全身が出てきて、親指でたった今まで自分の埋もれていたドアを指さしながら続ける。
「ちょうど正面の所に置いてあるボウガンにつながっています」
「ブービートラップか……」
両腕をくみながら、シンジはうめいた。敵――レイのことだが――もこちらの行動は読んでいるようだ。
ドアに罠が仕掛けられているのなら、シンジの部屋から家の玄関までにいくつ仕掛けがあるのか彼には想像もつかなかった。窓の外にも当然罠はあるだろう。
(考えろ。考えるんだ……)
必死に思考を回転させる。彼の頭に、戦闘訓練で何度も父に聞かされた言葉がよみがえってくる。
『相手の裏をかけ。敵が絶対に思いつかないような攻撃方法を思いついたのなら――勝機はある』
(そうだ……裏を……姉さんが思いつかないような……)
しばし目を閉じて思索し――はっと顔を上げる。
「君!」
手持ちぶさたげに花瓶に出たり入ったりしていた風の精霊に、自分の考え出した名案に顔を紅潮させながら呼びかける。
「もう一つだけ……手伝ってくれるかな?」
――ぼろっと音を立てて、地面が崩れた。
生まれたばかりの朝日にさらされた村の外れに、直径1メートルほどの穴が開く。そこから、顔が突き出る。土で汚れた顔だけを穴から出したまま、きょときょとと辺りを見回し――彼は歓声を上げた。
そのまま穴から這い出て、服に付いた汚れを払う――大して効果はなかったが。
シンジは、ゆっくりと、思う存分に伸びをした。風の精霊に頼んで空気の振動を止めてもらい、大地の精霊の力を借りてここまでトンネルを掘ってきたのだ。
「……っと、いけないいけない」
口の中で呪文を唱え、自分の通ってきた地下道を閉じる。これで少しは時間が稼げるだろう。
「さて……」
リュックを肩に担ぐと、彼は目の前に広がる森を――そして、その向こうに待っているはずの自由を見つめた。遠くまで逃げよう。彼女たちが目覚めるまでに、少しでも遠くへと。
頭の後ろがかすかに熱い。彼の背を照らす太陽は、彼の旅立ちを祝福しているように見えた――あるいは嘲笑っているようにも。
どうも、こんにちは。ぎゃぶりえるです(パワードではない)
今回のネルフ村は、yanmanaさんからいただいたメールを元にして書きました。yanmanaさんありがとうございましたm(_ _)m
とうとうシンジ君も家出してしまいました。
さあ、次回はいったいどうなるんでしょう(他人事じゃない)。まあ、どちらにせよアクション映画ばりの逃走劇が展開されることは間違いなしということで(^^;
それでは。
ぎゃぶりえるさんの『ネルフ村の平和な日常』第14話、公開です。
逃げろ、逃げるんだ。
生きろ、生きるんだ。
君の行動は
君の命をほんのすこし長くし、
君が味わう地獄を数十倍に増幅しているだろう(笑)
【美少女に囲まれる=幸福】ではないんだなぁ−−
いや、普通、この状態は幸運なんでしょうが、
彼女達が普通でないから(^^;
まあ、ミスコン開催までには捕まってね。
ミスコンといえば水着審査!
アスカちゃんの水着姿〜
は、文字じゃあまり嬉しくないな(爆)
さあ、訪問者の皆さん。
パワードの取れたぎゃぶりえるさんに感想メールを送りましょう!
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