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ネルフ村の平和な日常

第13話

「彼女は蛇使い」


 

 

今日も今日とて空は青かった。

ただ必要性もなく広がる、どこか間の抜けた青空が視界を埋め尽くす。

雲一つ無い青空で、その存在を主張する者はただ太陽だけ。少なくとも、洗濯物がよく乾きそうな天気ではある。

ただ――それだけのことだ。

後ろに女性2人分の声を聞きながら、イカリ=シンジはぼんやりと自分の視界を埋め尽くす空を見ていた――というよりも、なにも考えずに網膜に投影していた。

自分の後ろで声をあげる女たち――レイとアスカに、投げやりにも聞こえる口調で言う。

「ねー、まだ帰らないの?」

「まだよー」

レイの答えは迅速で簡潔だった。その声に、帰る意志は見うけられない。

シンジは再び青空に意識を戻し、後ろで聞こえる水音を聞くともなしに聞いていた。

レイが「暑いから水浴びする」と言いだしたのが3時間前。それにアスカが「一緒に行く」と言ったのが2時間45分前。なぜかシンジも見張り番としてつれて行かれたのが2時間40分前。

そして、その2時間40分間を、レイとアスカは冷たい水の中で、シンジは夏の日差しを浴びながらそれぞれにすごしたのだった。

頬を流れ落ちる汗を拭いながら、心の中で独りごちる。

(ホントに……姉さんもアスカも一体僕のこと何だと思ってるんだろう……何が嬉しくてこんな暑い中、見張りなんてやんなくちゃいけないんだよ……姉さんたちなら覗きぐらい自分たちで撃退できるじゃないか……)

そう思うからこそ、シンジも「ふたりの水浴びを覗こう」などと大それたことは考えないのだ。

彼とて命は惜しい。14歳は命を散らすにはあまりにも早過ぎる年齢だ。アスカの焔雪で切り刻まれ、レイの魔法でけしくずにされるにはあまりにも早い。

だが、自分の後ろで聞こえるはしゃぎ越えと、そこにあるであろう光景は思春期の少年にはあまりにも刺激的なものだった。ともすれば麻痺してしまいそうになる自制心を必死につなぎとめる。

と、その時――

「キャァァァァァァァァァァァッ!!!」

「――――!?」

座っていた岩陰から、既視感など感じつつ立ち上がるシンジ。

今の悲鳴はアスカのものでもレイのものでもなかった。

(森の奥の方から、聞こえてきた!)

その思考と同時、一直線に声のした方向に駆け出す。後ろでアスカたちがなにかわめいているのが聞こえたが、その内容までは聞き取れなかった。おそらく、「待て」とかなんとか言っているのだろう。

悲鳴の主はそう遠くなかった。

レイとアスカが水浴びをしていた泉から100メートルほど先にある別の泉。

視界をふさぐ木の枝を乱暴に払いのけて、シンジはそこにたどり着く。

急に開けた視界に最初に入ったのは、ひとりの女と、一本の紐だった。

いや、紐と言うには太すぎる。綱――でもまだ足りない。それは、シンジの身長の3倍は優にありそうな全身を太い木の枝に巻き付かせ、赤く燃える炎のような舌をちろちろとだして獲物を狙っている。

蛇だ。

その獲物――女は、まだ若い。シンジとそう違わないだろう。やや茶色がかった黒髪を肩のあたりでばっさりと切り、芯の強そうなブラウンの瞳は恐怖の色に染まっていた。水浴びでもしていたのか、白い裸体がシンジの目にまぶしかった。

女は、蛇の巻き付いている枝を突き出している木に追いつめられているように背を預けている。

とりあえず、どちらを助けるべきか、ということは考えなくてもいい状況だった。

シンジは足下の石を投げつけて蛇の注意が一瞬こちらに向いた瞬間、呪文の詠唱を始めた。

紅き炎の精霊よ。我らが盟に従い収束せよ。汝、輝き燃える聖なる槍となりて、愚かなる者共に灼熱の裁きを与えよ! <炎魔槍>!」

シンジがかざした右手に、光が収束した次の瞬間、それは一本の炎の槍となって、一直線に蛇へと向かっていった。

シンジが以前使った<炎舞刃>の応用で、炎を一つに集めて槍の形を作り、それを放ったのだ。

蛇は素早く身を引いて、自分の頭めがけて放たれた炎の槍をかわした。火に臆したのか、そのまま森の中へと消える。

シンジがそれを確認した瞬間――

一瞬、体に衝撃を感じた。それから、風に微かに揺れた髪の香りを感じ、自分の胸に押しつけられる豊かな二つの膨らみも。

「わ、わわわわわわわわわわわ!」

反射的に、自分に抱きついてきた少女の背中に手を回す。

そして、そこにようやく服を着たアスカたちが駆けつけ――硬直する。

その表情に感じるものがあり、とりあえずシンジは客観的に今の自分の状況を分析してみた。

――裸の女の子と抱き合っている。

一言に尽きた。

「い、いや、だから、その、これは……」

泣きそうな顔をしたシンジの弁解も虚しく――破壊は発動した……

 

 

「――で、蛇に襲われたところをこのバカに助けられた、と」

「はい……」

レイの質問――というか、確認――に少女は小さくうなずいて見せた。もう服は着ている。

「それで……」

頬にひとすじの汗などたらしつつ、レイがさらに問う。

「つい、反射的に抱きついてしまった、と」

「はい……」

再度うなずく少女。その瞳にはなにやら恐怖のようなものが浮かんでいる。先ほどの蛇に対するものではない。

ぽりぽりと頬などかきながら、虚空を見やっているレイとアスカに、おずおずと言う。

「その……だから……あの人には何も罪はないんですけど……」

その指の先には、そこはかとなく黒こげになり、全身の関節がなにやら愉快な方向にねじ曲がっている――数分前まではイカリ=シンジだったであろう物体が転がっていた。

二人はさらに冷や汗を垂らし、

「ま、まあ、だいじょうぶでしょう。シンジだし」

「そ、そうそう。こないだ暇つぶしにマイナス100度から一気に2000度まで熱してみたりした時も、3分21秒で復活してきたし」

「は、はぁ……」

その発言に少女はかなりビビったようではあったが、とりあえず納得したらしい。

「――で、あんたは誰なの?」

レイが簡潔に問う。

「わたしは……キリシマ=マナといって、大陸中を旅してまわっている者です。暑かったからちょっと水浴びしてたら、突然大きな蛇に襲われて……」

「ふむ……」

レイが黒こげになったシンジから視線を逸らしつつ曖昧に相づちを打つ。さすがのレイも、今回ばかりは少しは罪悪感を感じてはいるらしい。

「ま、とりあえずこのバカも家までつれて帰らないといけないし……あんた、うちに来る?」

「え?」

「泊まる所、決まってないんでしょ。これも何かの縁だし、今夜はうちに泊まっていきなさいよ」

シンジの足首をつかみながら、レイ。

マナは少し首を傾げて考える仕草を見せたが、

「……本当にいいんですか?」

「いいわよ、別に」

「それじゃあ……ご好意に甘えることにします」

レイはその答えに満足したようにうなずくと、黒いシンジを引きずりながら家へと向かった……

 

 

その頃――

ばむぉん!

「先輩! なんか爆発してます!」

「グリドリン酸を入れなさい! 早く!」

「はいっ!」

「あっ、バカ! それは固形水素……」

 

ずごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!

 

「――あ、あの……」

「気にしちゃ駄目よ」

「ていうか、知覚しちゃ駄目」

突如大地を揺るがした爆音におびえるマナに、レイとアスカが無情に言い放つ。

「でも……」

マナはまだ何か言いたそうではではあったが、ただならぬ雰囲気に呑まれ、それ以上言葉を継ぐことが出来なかった。

「命が惜しいのなら『あれ』とは関わり合いにならない事ね」

「『あれ』って……?」

「この村に住み着いた悪魔よ」

レイの後を継ぐかのようにアスカが答える。

「悪魔って……」

「いえ、ある意味悪魔よりタチが悪いわ。日夜怪しげな研究にいそしみ、天才とも言えるほどの頭脳を惜しげも無く無意味な研究につぎ込む、他人に迷惑をかけるしか能のない鬼畜女。さらに村の至る所に怪しげな仕掛けを……」

そこまでいったところで、レイはひょいと身を避けた。

半瞬の後、その前を何やら重くて速い物が通り過ぎた。レイの後ろに転がっていたシンジにめり込んでから、むやみやたらにトゲの付いた凶悪な鉄球であることが判明する。

「……仕掛けてあるから、油断ならないのよ」

既に動かなくなったシンジを無視しつつ、その後を続ける。

マナはかなりビビったようではあったが、心の中でそっと独白する。

(……でも、そう言うわけにもいかないのよね……)

 

 


 

 

夜が深い。

夜とは深いものだ。昼の仮面を脱ぎ捨てた木々が、その真の姿を闇の中にひっそりとたたずませる。闇を我が物とした自然は、時に人に耐え難いまでの畏怖の念を与える。

――だが、同じように闇を我が物とする人間もいる。

月の光すらも届かない闇の中、一つの人影が音もなく駆けていく。

やがて、その人影は目標の前に到達した。

目標を確認すると、木製の横笛をそっと花びらのような唇に当てた。人影はそれに息を吹き込み――何も起こらない。普通の人間ならそう思っただろう。だが、人影は知っていた。その人には決して聞こえぬ呼び声に、自身の盟友が応えてくれたことを。

人影は、しばし手持ち無沙汰げに腕を組んで待っていた。

しばらくすると、森の奥の方からなにか太い物が這うような音が聞こえてくる。

人影は端正な唇の両端をつり上げた。腕を大きく振り上げ、『盟友』に合図する。

と同時――

ぐぉぉぉぉん!

既にぼろぼろになっている石造りの家を、盟友が蹂躙した。

「きゃあああああああ!」

その家の住人らしき人物が寝間着のまま枕を抱えて飛び出してくる。その後ろではもう1人の住人らしきショートカットの女性が盟友――大蛇に押しつぶされてのびているのが見えた。

「月が綺麗な夜ね。アカギ=リツコさん」

その人影は笑みを絶やさずに問いかけた。

その時、雲の隙間から月明かりが一瞬さしこんだ。

その明かりの元、1人の少女の姿が浮かび上がる。

「……あなたは?」

「わたしはキリシマ=マナ。あなたを迎えに来たの」

 

 

「……迎えに?」

リツコがいぶかしげに聞き返した。

寝間着姿なのでろくな武器を持っていない。もっと用心しておかなかったことを彼女は悔やんだ。

(仕方がないからとりあえずこの魔力爆弾で時間を稼ぎましょう。ああ、せめて加速粒子砲とか爆炎槍があれば……)

そんなリツコの思考は特に意に介せず、マナは笑みを崩さずに、組んだ右腕の指をそのまま顎に当て、

「そ。『アダム』っていう怪しげな組織から依頼を受けたのよ。依頼内容は『アカギ=リツコを生きたままつれてくること』」

「『アダム』……?」

「知らない?……ならいいわ。わたしだってよく知ってるわけじゃないしね。とにかく、あなたの召還魔術師としての腕が必要らしいわ」

「……いいの? そんなに依頼の内容をべらべらとしゃべっちゃって?」

リツコが嘲笑めいた笑みを浮かべて聞いた。マナはその笑みを少し不遜なものに変えると、言った。

「ホントはあまりよくないんだけどね。まあ、どちらにしても……あなたはわたしにおとなしく従うしかないのよ」

「へぇ? やけに自信たっぷりじゃない」

「まぁね」

その言葉を言い終わると同時、マナは横笛を唇に当てた。

その意図を一瞬にして悟り、素早く横に飛ぶリツコ。一瞬前まで彼女のいた場所を、蛇の鋭い牙が切り裂く。

第2撃の尻尾攻撃も避けながら、リツコは呪文を唱えていた。つむぎだされる呪文に平行して、地面のある一点に琥珀色の光で魔法陣が描かれていく。

<SHAMSHEL>!」

呪文と魔法陣が同時に完成する。

刹那、ごうっ! と大地の魔法陣がそのまま虚空へと投げ出され、光の玉と化す。その光球が徐々に形を変え、一体の召還獣となった。

それは、何かに例えようとすれば、イカが一番近いように思われた。紫色のぬめぬめとした質感の肌に『サキちゃん2号』に付いていたような赤い光球が付属し、体から突き出た2本の光の鞭が重力を無視してふわふわと舞っている。

リツコはその召還獣の後ろのあたりに立ち、その肩(?)越しに高笑いをあげた。

「これこそ私の最高傑作! 『サキちゃん2号』から得たデータを参考とし、戦闘能力を格段にアップさせた『シャムちゃんR』よ! さあ、この私に逆らったことを悔やみつつこの『シャムちゃんR』のエサとなりなさい!」

腰に手を当てて得意げに言う。マナはしばし呆然としていたようだが、すぐに我に返ると彼女の横にそびえていた大蛇に向かって、

「なにをっ! アルミサエル! あんな年増女の召還獣なんて蹴散らしてやりなさい!」

「なんですってぇっ!」

主人たちのオーラをその背に受けながら、『シャムちゃんR』とアルミサエルと呼ばれた大蛇は面倒くさそうに間合いを狭めていく。

互いに攻撃がぎりぎり届かない間合いに入る。2体の獣はしばし隙をうかがい――

ぎゅおんっ!

『シャムちゃんR』の光の鞭が空を薙ぐ。アルミサエルは全身を地面にぴったりとへばりつけて、体をくねくねとくねらせながら接近してくる。『シャムちゃんR』は地面に向かって鞭を放つが、アルミサエルが巧みに動き回るうえに、攻撃する度に地面にはじかれてなかなか決定打を与えることが出来ない。

自分の間合いに入ったアルミサエルは、一瞬の躊躇すらなく『シャムちゃんR』に襲いかかる!

「グルァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

肉食獣のそれを思わせる咆哮と共に、『シャムちゃんR』は身をよじってその攻撃をかわした。

再び間合いをとる。

その後も2体は、互いになかなか決定打を与えられず、戦線は膠着状態に陥った。

しばしそれを眺める二人。

先に口を開いたのはリツコだった。

「……互角ね」

「……そうね」

…………

しばし沈黙が流れる。

その場には『シャムちゃんR』とアルミサエルが戦う音だけが響いている。

今度はマナが先に口を開いた。

「――と、いうことは……」

素早く懐から短剣を取り出し、リツコに飛びかかる!

リツコはその攻撃を何とかかわすと、同じく懐から黒鉛色の球体を取り出し、マナに投げつけた。

「――――!」

一瞬にしてそれが何であるかを悟り、思い切り地を蹴って後ろに下がる。

と、同時――

ぐぁぁぁぁぁん!

大音響と共に、その球体――魔力爆弾が光と熱をまき散らす。両腕で顔をかばうリツコとマナ。

その間に素早く距離をとったリツコは、ようやく目の前の少女を思いだしていた。

「思い出したわ。あんた……確か、今日シンジ君たちといた……」

「……なんでそんなことあなたが知ってんのよ?」

いぶかしげに問うマナに、リツコは得意げに前髪をかきあげ、

「ふっ、私の情報網を甘く見ないことね。私はこの村の全てを把握してるんだから」

おそるべしアカギ=リツコ。その魔の手はすでにそこまでネルフ村を蝕んでいた。

「……でも、ひとつだけ腑に落ちないことがあるのよね」

額に人差し指を当てながら、納得行かないという風に呟く。

「なに?」

「あなた、どうしてもっとストレートに私やマヤに近づかないで、わざわざシンジ君たちに近づいたの? やろうと思えば、もっと簡単に出来たろうに」

「そ、それは……」

とたんに顔を赤らめ、なにやらうつむいてしまった。リツコは、目の前の少女が初めてその年頃らしい表情を見せたような気がした。

顔を赤らめたまま、なにやらうっとりとした表情でマナが独白を始める。

「……そう、それは今を去ること3日前。わたしはこんなつまんない仕事とっとと終わらせようと思ってここを偵察に来たの。その時私が見たものは――」

そこで言葉を切って、自分を抱きしめるような仕草をする。

「そう、なにやら一緒にいる女の子に殴る蹴るされてるあの人だったわ。そのいくら理不尽な暴力を振るわれても文句一つ言わずにひたすら謝る姿。わたしはそこに真の男らしさを見たの……顔も結構可愛かったし」

多分最後のが本音だろうとリツコは思った。

「――で、まあ……」

その先の予想はだいたいついていたので、曖昧に相づちを打って先をうながす。

「それが、イカリ=シンジ君だったわ。まさに運命の出会いよねぇ。そお思わない?」

「微塵も思わないけど……よーするにシンジ君の気を引くためにあの蛇まで使って」

と、親指で未だ必死に戦っているアルミサエルを肩越しに指さし、続ける。

「あんな手の込んだ芝居を打ったってわけね。まあ、別にどうでもいいけど」

「揺れ動く複雑な乙女心と言ってほしいわね――この話はここまでよ。これで自分がねらわれる理由もわかったことだし、心おきなくこのわたしに気絶させられなさい!」

「なんなのよそれはぁっ!」

両手をわななかせてリツコが叫ぶが、マナはそれを完全に無視して、

「大丈夫よ。ちょっと向こうの北極星を観察しててもらえば、その隙にアルミサエルの睡眠毒で眠らせてあげるから」

と、指した指はなぜか東を向いていたが――まあ、どうでもいいことだった。

 

 

「ふぅん……」

少女はそっとため息ともつぶやきともしれない吐息を漏らした。

森に包み込まれた闇の中、圧倒的なまでの存在感を持ってそこに存在する少女。闇の中にはっきりと輪郭を浮かび上がらせ、そこに立っている。白いワンピースの薄い服からつきだした四肢は、淡い光すら放っているように見える。もし、月の光が空の雨雲も鬱蒼と茂る木の葉もすりぬけて地上に舞い降りたとしたらその少女の銀色の髪と白い素肌は荘厳なまでの美しさを持ってそこにそびえることだろう。

少女――イカリ=レイは、森の中からリツコとマナのやりとりを静かに観察していた。

マナが夜中にそっと家を抜け出ることに気づいた彼女は、彼女に気づかれることなくその後を追い、ここまで来たのである。とりあえず二人のやりとりの一部始終は見ていたが、それに自分も加わろうかと先ほどまで躊躇していた。だが――マナの言葉を聞いてから彼女の心は決まった。森からゆっくりと踏み出そうとしたとき――

「――覗きとは、あまりいい趣味とはいえないね。レイ」

突然背後から声がかかる。レイは心臓が喉から飛び出るような思いをしたが、なるべく平静をよそおい――他人の前で慌てふためくことは彼女のプライドが許さなかった――振り返る。そこに立っていたのは、カヲルだった。

真っ赤な瞳を好奇の色に輝かせ、黒いタキシードと、同様に黒いマントに身を包んでいる。その銀髪のようなブラウンのような不思議な色の髪をこれもまた黒いシルクハットで隠している。

レイはとりあえずその格好を頭の――シルクハットの先からブーツのつま先まで観察してから、眉をひそめて問う。

「……なに? その格好」

前に出てきたときはやはり黒のシャツとズボンという服装だった。今のようにタキシードやシルクハット姿など、見たことがない。

カヲルは肩をすくめると、

「アスカちゃんがこれがヴァンパイアの標準的な服装だって言うんでね」

「あの子、絶対何か勘違いしてるわね……」

頭を抱えるようにして、レイ。――と、別の疑問がまた頭に浮かぶ。

「あんた、こんな時間にこんな所でなにやってんの?」

カヲルは余裕のある笑みを浮かべ、

「それはこっちのセリフだよ、レイ。年頃の女の子の夜遊びはあまり感心しないな」

「……私の質問に答えなさい」

よけいなお世話よとでも言いたげに睨み付ける。カヲルはやれやれと身振りで示してみせると、

「ヴァンパイアは夜行性なんだよ。さすがに灰にはならないけど、太陽の光ってのはやっぱり苦手なものでね」

そこで言葉を切り、レイの背後の方に視線を向ける。つられてレイも肩越しに振り返ると、そこではまだリツコとマナがなにやら口論していた。それを見て、レイは自分が考えついたことを思い出し、新しいおもちゃをみつけた子供のような笑みを浮かべた。

「……またなにかよからぬことを考えているのかい?」

あきれたようなカヲルの問いには答えず、レイは言葉を放つために息を吸い込んだ。

 

 

「待ちなさい!」

突然聞こえた第三者からの声に、リツコとマナは同時に振り向いた。その二対の視線はしばし闇の中を漂い、やがて浮かび上がった一つの目標に収束する。その目標――レイは、ゆっくりと森から抜けて、二人の元に歩み寄ってくる。その後ろでは、いたずらっぽい笑みを浮かべてカヲルが床に座った体勢のままふわふわと浮かんでいた。

「その勝負……私が預かるわ」

静かに、しかしはっきりと言い切られたその言葉に、一瞬二人が顔を見合わせる。

「……どういうこと?」

「おもしろそうだからよ」

リツコの問いにレイは満面に笑みを浮かべ――きっぱりと言い放った。

「おもしろそう……?」

今度はマナが疑問の視線をレイに向ける。レイは人差し指を立てて、

「そ。なんていうか、あの子にもやっぱ危機感ってものが必要よね。いつまでも今の状態に甘んじてるわきにはいかないもの」

「「…………?」」

リツコとマナは共にレイの言うことをよく理解できていないようだった。胸中で疑問符を浮かべつつ、もう一度顔を見合わせる。

「つまり……」

レイは手品の種明かしをするときのように笑みを浮かべ、

「マナにここに残ってもらって、アスカとシンジを奪い合ってもらおうっていうのよ」

「…………はあ?」

リツコが間の抜けた声を上げる。マナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

レイはそんな二人の反応に満足げに頷き、続ける。

「マナもシンジのこと好きなんでしょ? だったらいいじゃない。愛とは奪うものよ!」

ぐぐっとガッツポーズを作って、レイ。

「ちょ、ちょっとあんたそんな……」

冷や汗を垂らしながらリツコが反論しようとするが、横から割って入ったマナの声に遮られる。

「いいかも……」

「ええっ!?」

素早くそちらに振り返ると、マナはなにやら決心したような表情で、自分の眼前でぐっと握り拳をふるわせている。

「そうよ……物心ついた頃からアルミサエルと共に旅をしてきたけど、ここで愛に生きるってのもあながち間違った判断じゃないと思うわ」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい! あなた、『アダム』の依頼はどうするのよ!」

「ふっ……」

マナはそっと目を閉じて前髪をかきあげた。

「あんなもの……愛に比べたら蠅の眼球ほどの価値もないわ……」

「……本当にそれでいいわけ?」

半眼でリツコが問うが、マナはやけに自信たっぷりにうなずいてみせた。

「それじゃあ、決まりね」

レイがにっこりと笑みを浮かべる。

その頃、シンジとアスカはこんな事態はつゆ知らず、幸せな夢の中だった……

 

 


つづく
ver.-1.00 1997-10/06 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは gyaburiel@anet.ne.jpまで。

どーもー、ぎゃぶりえるです。
一ヶ月近くほったらかしにしていたこの『ネルフ村』ですが、ようやく復活しました。
久しぶりに3人称で書いてるんで、キャラがなかなか動いてくれないで、大変でした(^^;
で、せっかく復活したんですが、中間試験も近いんで再び10月いっぱいは更新できないと思います。
試験勉強の合間にでも構想は練ってますんで、勘弁してください(ToT)
それでは、中間試験の終了後にまた会いましょう。早く大人になりたい……


 ぎゃぶりえるさんの『ネルフ村の平和な日常』第13話、公開です。
 

 最大のライバル、レイ。

 シンジを巡るアスカの最大のライバル、レイが
 そのシンジと血縁であるこの世界。

 故に、とっても安穏出来たアスカちゃん。
 

 突然やってきたライバルは、
 いきなり裸で抱きつく積極派(^^;

 ふふふふ・・
 これは「面白い」事になりそうですね・・・ククククク      (^^;
 

 虐められているシンジくんを気に入ったマナちゃん・・・
 シンジくんに安息の日々は訪れないな(笑)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 試験が迫っているぎゃぶりえるさんに感想メールを!


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