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木々の間からの木漏れ日がまぶしい。
魂の奥まで暖めてくれるような春の日差しを浴びながら、シンジは静かに目を閉じていた。
黒髪黒目の、どこか女性的な面影のある、線の細い少年である。
眠っているわけでもなく、ただ目を閉じている。近くを流れる川のせせらぎの音と、体全体に感じる日の光の暖かさが、今の彼が知覚する全てだった。
しばらくそうしていると、まるで自分という存在が、この自然の中にとけ込んでいくような錯覚に襲われる。
そんな感覚が、シンジは好きだった。
そこには、ただ静かに時間のみが流れていく。
いつまでも、いつまでも…………
「バカシンジィィィィィ!!」
「わ、わぁぁぁぁぁぁ!」
そんな静寂を完全無欠に打ち壊したのは、突然背後から聞こえた怒鳴り声だった。
急速に意識を取り戻したシンジが、あわてて後ろを振り向くと、そこには、うつむいて肩を小刻みにふるわせている――必死に笑いをこらえているらしい――赤毛の少女がいた。
「何だ、アスカか。おどかさないでよ」
憮然としながらシンジ。
「なーに言ってんのよ。こんな所でぼけーっとしてる方が悪いんじゃない」
笑いが収まったのか、ようやく顔を上げて、反論してくるアスカ。
後数年もすれば美しい金髪になると思われるその髪、深海よりもさらに深い色をたたえたその瞳、まるで空から舞い降りたばかりの雪のような白い肌。そのまま世界の創世記に登場させても、少しも違和感を感じさせないほどの美少女である。
シンジは、一瞬そんな幼なじみに見とれてしまった。前から美しい容姿をしていたが、アスカは、こと最近になってからめきめきと美しくなってきた。その理由が、他でもない自分にあることなど、この鈍感な少年は全く気づいていなかったりもするのだが。
「ぼ、ぼけーっとしてたって……瞑想してたんだよ。精霊達の声を聞いてたんだ」
「瞑想ねぇ……まあ、あんたの場合、瞑想もぼけーっとしてんのも、たいして変わんないでしょ」
「ひ、ひどい」
本気で傷つくシンジ。
アスカは、そんなシンジを見て、くす、と笑ってシンジの隣に腰を下ろした。
アスカの髪のにおいが、シンジの鼻腔をくすぐる。思わずどぎまぎしてしまうシンジ14歳。
アスカは、ちょうど先ほどシンジがしていたように、目を閉じて、少し吹きはじめた風に身を任せている。
シンジも、そんなアスカを見て、微笑みを浮かべると、同じように目を閉じた。
心地よい沈黙が流れていた。
そこには、ただ静かに時間のみが流れていく。
いつまでも、いつまでも…………
バッ!
そんな静寂を打ち壊したのは、またもアスカだった。
「ん……どうしたの? アスカ」
突然立ち上がったアスカに、本気でうたた寝してたらしいシンジが聞いた。
「水浴びがしたい」
「……へ?」
ソウリュウ=アスカ=ラングレーは、昔から唐突な少女だった。
何かを欲しいと言い出すのも唐突だったし、何かをしたいと言い出すのも唐突だったし、また、何かをするのも同じように唐突だった。
そして、多くの場合、その被害を最も受けるのは、シンジだったりするのだが。
そして今回もその例外ではなく、すばらしく唐突にアスカは「水浴びがしたい」などと言い出したのだ。
そんなアスカの唐突な欲求を満足させるのも、シンジの役目だった。
「シンジィ、ちゃんと見張ってるでしょうね」
「大丈夫だよ。わざわざこんな森の奥までのぞきにくるような物好きはいないって」
「なんですってぇ! わざわざあたしの裸を見に来るような物好きはいないぃ!?」
「だ、だれもそんなこと言ってないだろ! こんな所まで来るのはアスカぐらいのもんじゃないか!」
「あんたがいるじゃない!」
「な、何で僕がアスカの裸なんて覗かなくちゃいけないんだよ!」
「『なんて』とはなによっ!」
ずごっ。
アスカの怒鳴り声と共に、シンジの頭上に赤ん坊の頭ほどの大きさがある石が落ちてきた。
一瞬遠のきかける意識をぎりぎりでつなぎ止めると、頭をおさえながらその石が飛んできた方向に怒鳴る。
「なにすんだよっ! いきなり!」
「うっさいわね! あんたは黙って見張ってればいいのよ!」
その言葉にカチンと来るシンジ。
「なんだよ! だいたいアスカはいつだって……」
「キャァァァァァァァァァァッ!」
「ア、アスカ!?」
シンジの怒鳴り声は突然のアスカの絶叫によって遮られた。あわてて立ち上がるシンジ。
岩の陰から立ち上がったシンジの視界に最初に入ったものは、まるで銅像に命が吹き込まれたようなアスカの裸体だった。思わず凝視してしまうシンジ。
だが、そんなアスカの向こうに、一つの人影を見つけ反射的に身構える。
それは、一言で言うなら怪物だった。言葉を使って説明するなら、2メートルはあると思われるその漆黒の巨体。そこには頭に当たる部分はなく、代わりに胸の所に白い仮面のようなものがついていた。自らの膝まであるような腕。
――そして何よりも目を引いたのが、その胸と腹の境目のあたりにある赤い球だった。それは見る物を引きずり込むような魅惑的な輝きを発し、ろっ骨のような物に守られていた。
一瞬その姿に呆然とするが、思い出したようにその怪物とアスカの間に入り、アスカを守るようにしてその怪物と相対するシンジ。
アスカはその後ろで体を自分の手で隠しながら、おびえたようにさっきまでシンジがもたれていた岩の反対側に体をあずけている。
その怪物はじっとこちらを見据えて動かない。だが、シンジは半ば本能的にその怪物を敵だと判断した。
意識を集中させて、呪文の準備をする。いつでも炎の精霊を呼び出せる用意をして、シンジは少しずつ間合いを取りながら、相手の出方を見ることにした。
一瞬にも満たないほどのほんのわずかな時間、辺りの時間が止まる。まるでその後に起こる死闘に気を使うかのように、辺りを静寂が支配した。
瞬間、怪物が跳んだ!
突然の静からの動。その怪物は、まえふりすら全く見せずに、その黒い体をマリのようにまるめて、シンジの方に跳んできた。
「くっ!」
一瞬反応の遅れたシンジは、あわてて身をよじる。
だが、その攻撃を避けきることは出来ず、シンジの肩は一瞬にしてざっくりと切り裂かれていた。
耐え難い激痛が全身を襲う。だが、痛みを感じるのは傷がそれほど深くない証拠だと、無理にでも自分を鼓舞して、呪文を唱えるシンジ。
「紅き炎の精霊よ。我らが永遠の盟友。我が呼び声に応え、汝が力、我に与えん! <炎舞刃>!」
シンジの呪文に答え、虚空に無数の炎の矢が現れる。それらは、一斉にシンジの指さす方向――怪物のいる方向――に向かって放たれた。
「グォォォォォォォッ!」
手負いの獣にも似た咆吼をあげると、その怪物は虚空に向かって手をかざした。
――すると、突然そこには八角形の壁が現れる! シンジのはなった<炎舞刃>は全てその壁に防がれた。
「なにっ!」
思わず声をあげるシンジ。手持ちの最大の技ではなかったといっても、やはり攻撃を完全に防がれたショックは大きい。
怪物は勝ち誇るようにゆっくりとシンジの方に歩み寄ってくる。
シンジが2撃目を唱えようとしたその時――
ばごっ。
あまり景気の良くない音をあげて、一本の木の枝が怪物の頭に当たった。怪物が不機嫌そうに振り返ると、いつの間に後ろにまわったのか、そこには全裸のまま太い木の枝を束にして持ったアスカが立っていた。
「アスカっ!」
「シンジ、早く!」
シンジは一瞬でその意味を理解した。
怪物は先ほどと同じ壁を展開して、アスカが矢継ぎ早に投げてくる木の枝を防いでいる。
今、怪物は完全にシンジに背を向ける体勢になっていた。
その背中を見つめながら呪文を唱える――彼の持つ最強の呪文を。
「紅き炎の精霊よ。我らが永遠の盟友。古の契約に従い、汝が力、我に与えよ。我らが炎は全てを滅ぼし、全てを焼き尽くす。始源の炎よ。愚かなる我が宿敵に、完全なる滅びを与えん――」
そこで一度息を付き、怪物の背中を見つめながら呪文を完成させる!
「<破法魔炎獄>!」
ごうっ!
シンジが呪文を叫びながら両手で地を叩くのと同時に、怪物を包むように炎の柱が地から生える!
「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
壁を張るひまもなく、怪物は炎に包まれた。苦痛に身をよじらせながら、森の奥へと逃げ込んでいく。
それを見届けると、ひざを折って倒れ込むシンジ。
「逃げるっ!」
アスカはあわてて後を追おうとしたが、シンジの異変に気が付いてあわててシンジの元に駆け寄る。
シンジは、ぐったりと頭をたれて座り込んでいた。
「シンジ? ねえ、シンジ?」
呼んでも反応がない。
「まさか――」
最悪の事態を想像してしまったアスカは、顔を青ざませながら、慌ててシンジの胸に耳を当てる。
その心臓は、確かに脈打って、赤い血潮をシンジの全身に送っていた。
「よかったぁぁ……」
安堵のあまりその場に座り込むアスカ。
だが、すぐにその表情は再び厳しいものに変わる。
以前に聞いたことがある。
精霊使いが自らの力量に対してあまりにも強力な魔法を使うと、その者の魂は崩壊し、肉体だけがまるで抜け殻のように生き続けると――。
「――――!」
アスカは慌てて服を着ると、村の方向へ走り出した。
シンジを救える人物はただ一人――彼の母親であり、師でもあるイカリ=ユイのみである。
「シンジ。死なないで――!」
少女は祈るようにつぶやくと、村へと走る足をさらに速めた。
どうも、ぎゃぶりえるです。「ネルフ村の平和な日常」第一話「遭遇」いかがだったでしょうか?
稚拙な文章で恥ずかしいのですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。さて、題名に反してしょっぱなからあまり平和じゃない展開ですが、この先がどうなるのか、それは作者にすら分からない(笑)。
それでは、第二話「まだ消えぬ命(仮題)」お楽しみに〜(^o^)/~~
P.S:メールの送り間違いで、大家さんに多大な迷惑をかけてしまいました。本当にすいません。m(_ _)m
ぎゃぶりえるさんの『ネルフ村の平和な日常』第1話、公開です(^^)
あたたかな日差しの元、ウトウトとまどろむシンジ。
その元にやってきたアスカ。
二人で過ごす優しい時間。
でも、そこはアスカ。
でも、そこは14歳。
ロマンティックにゃなりゃしない(^^;
当然現れたモンスターと戦うシンジがかっこいいぞ。
アスカを守り倒れたシンジですが、この先どういう展開が?!
さあ、訪問者の皆さん。
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