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碇シンジに休日を


 

「シンジ君、またシンクロ率が下がってるわね」

ディスプレイを見つめて物憂げに言うリツコ。

「ありゃりゃ。何でまた?」

脳天気に問いかけたのは、彼女の旧友、葛城ミサトその人だった。

「それが分かれば苦労はしないわよ。――でも、もしかしたら――」

「うん? なんか心当たりあんの?」

「ええ、私の予想に間違いがなければ……」

「ふーん、で、何よ、その理由って」

「ミサト。シンジ君、普段どんな生活してる?」

「へ? どんな……って?」

「だから、シンジ君の一日の生活よ」

ミサトは、親友の思惑がいまいち理解できないようだったが、顎に指を当てて、少し考えながら言った。

「ええと、まず6時に起床

それから朝御飯とお弁当を作る。

で、アスカを起こしに行って寝ぼけたアスカに殴られる。

それから部屋に入ったことでもう一発蹴られる。

その後朝食をとって、いろいろな理由でアスカに2、3発どつかれる。

それから学校――での生活はあまり知らないけど、諜報員の報告によれば、まあ、ふつうに勉強して、アスカに一日平均5回、ビンタをくらう。

帰ってから掃除と洗濯をすませて、朝食の皿を洗う。

その間、あまりかまってもらえないアスカが暇つぶしにフロントスープレックスをかける。

それから買い物に行く。

お風呂の準備をしてから夕食を作る。

夕食の味付けでアスカに文句を言われる。

私のつまみを作る。

それから明日の朝食の準備をすませる。

で、アスカに手伝ってもらって罵詈雑言を浴びながら宿題を終わらせる。

最後にアスカにおやすみのDDTをもらって就寝。

まあ、こんな所ね……ってどうしたの、リツコ?」

リツコは頭を抱えて絶句していた。

そんな友人の様子に不思議そうな顔をするミサト。

「あんた達ねぇ……まあ、多分そうだろうとは思ったけど……」

「な、なによ」

「あなたとアスカ、シンジ君を冷遇し過ぎよ」

「そうかしら?」

「そうよ。結局家事は全部押しつけられてるし、アスカのストレスのはけ口にはなってるし……」

「でも、アスカにどつかれてる時、結構幸せそうよん(ハァト)

「あんたねぇ……」

「あら、シンジ、シンクロ率下がってんじゃない」

突然背後から、いつの間にかあがってきていたアスカがディスプレイをのぞき込んでいた。

「誰のせいだと思ってんのよ」

不機嫌そうに言うリツコ。

「誰のせいよ?」

全く分かっていないらしい。

リツコは、アスカにもう一度シンジのシンクロ率低下の原因を説明した。

「……まあ、ミサトは加持君、アスカはシンジ君と、それぞれストレスのはけ口が居るけど、あの子にはそんなものはないから、余計にストレスがたまるのね。おまけに14歳で家事を全部押しつけられて。ただでさえエヴァのパイロットなんてやってると自分の時間が少なくなるのに、家事までやんなくちゃいけないんじゃ、シンジ君、自分の時間なんてほとんどないんじゃないの?」

そんなリツコの指摘に、思い当たるところのありすぎるアスカとミサト。

「それに、特にアスカ。好きな人にわがままを言いたいって気持ちは分からないでもないけど、過ぎると嫌われるもとよ」

「へ? ちょ、ちょっと待ちなさいよリツコ! な、何であたしがシンジなんか……」

はっきりとそれと分かるほどに顔を紅潮させて叫ぶアスカ。

遠くの方でレイと話していたシンジがその声に気づき、とことこと寄ってきた。

「どうしたのアスカ? 僕がどうかした?」

「べ、別にどうもしないわよ! あっち行ってなさいよ!」

アスカに怒鳴られて、しぶしぶレイの方に戻るシンジ。

レイと再び話し始めたときに、一瞬背後から殺気を感じたのは多分気のせいだろう。

「と、とにかく、その精神的ストレスがシンジのシンクロ率低下の理由なのね?」

必要以上に小声でリツコに尋ねるアスカ。

「私の予想が正しければね。だとしたら、シンクロ率低下だけじゃなくて、シンジ君の健康にも支障をきたすおそれがあるわ」

その言葉に、アスカは考えた。

シンクロ率の低下は別にいい。シンジがあまり高くなり過ぎても困るし、シンジはあまりエヴァに乗ることに喜びを感じてはいないから。

だが、シンジが病気になったりするのは困る。シンジの側で看病してあげるというシチュエーションにもちょっと――いや、かなり――惹かれるものがあるが、そうなると食事を作る人間が居なくなってしまう。最悪の場合、ミサトの手料理を食べなくてはいけなくなるかもしれない。それだけは何があってもいやだ。病気の状態であんな物を食べれば、シンジの生命にも関わるだろう。

「わかったわ」

顔を上げてアスカは言った。

「要するに、シンジを休ませてあげればいいのよね」

「まあ、そう言うことになるわね」

「それじゃあ、今度の日曜日をシンジの休日にしましょう!」

7月某日、水曜日。『碇シンジに休日を』作戦は開始した。

 

 

 

 

そして運命の日が来た。

日曜日。葛城家では、シンジ、アスカ、ミサトの3人が仲良く夕食をとっていた。

「ねぇ、シンちゃん」

「はい?」

突然猫なで声で話しかけてきたミサトに、応じるシンジ。

「明日は、ゆっくり休んでいいからね」

「へ?」

「だからぁ、明日はあたし達が家のことをやるからあんたはゆっくり休んでろって事よ」

その後を引き継いでアスカが言う。

「へ?」

もう一度間の抜けた声をあげるシンジ。

どうやらまだ二人の言うことがわかっていないらしい。

シンジが二人の発した音声の意味を脳で解析するのに、約3秒の時間を要した。

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!??」

よく息が続くな。

「な、なによ。そんな驚くほどのこと?」

突然叫びだしたシンジにややおされるようにしてアスカが言った。

「だ、だだだだだだだだだって、今まで労いの言葉すら一言もくれなかったような人たちがいきなりそんなこと言い出すなんて!」

ごん。

「うるさい」

アスカ。そのトゲトゲ付きの見るからに凶悪な鉄球は一体どこから出した。

「このあたしが休めって言ってんだから、あんたは黙って休んでればいいのよ!」

頭からどくどくと血を流して倒れているシンジにはもはや聞こえていない。

――と思いきや。

「ひどいじゃないか、アスカ。いきなり殴るなんて」

もう復活しているシンジ。どうやら慣れているらしい。

シンジの待遇は、どうもリツコが思っている以上に悪いようだ。

もっとも、エヴァに乗って使徒と戦うためには、これぐらいのタフさが必要なのかもしれないが。

「うっさいわねー。バカシンジのくせに。いいからあんたは明日休むの。いい?」

「う、うん……」

ちょっと待てよ。

シンジはその時、あることに気づいた。

「ね、ねぇ、アスカ……」

「何よ」

「さっきさ。アスカ達が家事をするって言ったよね……」

「そうよん」

横からシンジの問いに脳天気に答えるミサト。

その答えを聞いて、シンジは全身に悪寒が走るのを感じた。

「ミ、ミサトさん……」

「なぁに?(にっこり)」

「え、えと、その。りょ、料理はアスカに作らせて下さいね」

「え? ふ〜ん、そうかぁ」

「な、なんですか?」

「わーかったわよ。アスカの手料理が食べたいなんて、シンジ君も隅に置けないわね〜」

その瞬間、シンジとアスカは目だけで一瞬にして会話した。

その結論は、『そういうことにしておこう』。

「そ、そうなんですよ。あはははは」

シンジ、演技力0。

だが、もう酔いが回っているのか、ミサトはたいして気にした様子もない。

「そうかー。わかったわ。それじゃあ、料理はアスカに任せましょう」

シンジはほっと息を付いた。

アスカの料理の腕がどれくらいかは知らないが、ミサトよりもまずいということは、無いだろう。多分。

こうして、碇シンジの休日は始まったのだった……

 

 

 

 

翌朝。

ぱちり。

シンジは午前6時に目を覚ました。

(目覚ましは止めといたのに……)

それでも普段と同じ時間に起きてしまうのが主夫の性というものか。

まだ起きることは出来ない。

昨晩、アスカに、

「10時になったらあたしが起こしに行くからそれまで起きてくんじゃないわよ」

と、しっかりくぎをさされてしまったのである。

(後4時間もどうしよう……)

とりあえず、シンジはもう一度寝ることに決めた。

 

 

朝7時。

ジリリリリリリリリリ……

ガシャッ!

「うっさいわねー。目覚ましの分際でこのあたしを起こそうだなんて100万年早いのよ」

よく意味の分からない文句を付けながら、アスカは華麗な裏拳で昨日買ったばかりの目覚ましを完膚無きまでに破壊した。

そして布団に潜り込み、再びうたた寝を――

「――って違う!」

がばっ。

勢いよく布団から立ち上がると、アスカは天井に向けてびしぃっと指を立てて自信たっぷりに宣言した。

「今日はシンジのために朝御飯を作ってあげるんだったわ!」

そのあと、とりあえずくしで髪をとかし、顔を洗ってからいそいそと台所に出かける。

「さーてと、早速始めますか」

 

 

その頃、ミサトはまだ寝ていた。

 

 

その頃、シンジはなかなか寝付けずに苦労していた。

 

 

朝9時半。

ようやくミサトが起きて来る。

「ふわああ……おはよ、アスカ」

「遅いわよ。今日はシンジのためにあたし達が家事をやるんでしょ」

「おお。そういえばそうだったわね」

ぽんと手を打つミサト。既に忘れていたらしい。

アスカははあ、とため息を付いた。

そんなアスカの様子にはかまわず、ミサトはアスカの作っている料理をのぞき込んだ。

「へえ、結構ちゃんと出来てるじゃない」

「そお?」

アスカの作っているメニューは、目玉焼きにベーコン、トースト、サラダというオーソドックスなものだった。

これだけの料理を作るのに2時間半かけたらしい。

まあ、そのかいもあってか、その料理はどれもなかなかおいしそうだった。

「さて、これでよし、と」

完成したらしい。

「それじゃあ、あたし、ちょっとシャワー浴びてくるから。シンジが起きてから食べるんだからつまみ食いしちゃ駄目よ」

「はいはい」

何となく昔母親に言われていたことを思いだしてしまったミサト。

アスカがバスルームに消えると同時、サラダの中のキャベツをが一つミサトの口の中に消えた。

昔からミサトがああいわれて従ったことなど無いのだ。

「……ふむ、結構いけるじゃない。やっぱり愛の力かしらねー」

下世話な笑いを漏らすミサト。

「でも、もうちょっと塩を加えた方がいいような……」

そう言って、早くも塩を取り出す。

「せーの、」

ずがっ。

「はうあっ」

突然背後から飛んできた八方手裏剣がミサトの後頭部を直撃する。

「こんの味覚不能女! あたしの料理に手ぇ出すんじゃないわよ!」

その後ろには、体にバスタオルを巻いて二発目を構えているアスカが居た。

野生の感で料理の危険を察し、戻ってきたらしい。

「ふぅ、何とか無事だったみたいね。よかったよかった」

ここまでやって、ミサトに台無しにされようものなら、今日までずっとヒカリの家に通い詰めて料理の特訓をした甲斐がなくなってしまう。

そんなことをやっている間に、いつの間にか時計は10時12分を指していた。

「いっけない。シンジ起こしてこなきゃ」

とことことこ。

がちゃっ。

ノックすらせずにシンジの部屋に入るアスカ。

まあ、それだけならいつものことだが。だが、今日はいつもと決定的に違う部分がある。

それは、自分が『シンジを起こしに』行くこと。

(こんなこと、世界が終わっても出来ないと思ってたのに……)

幸せをかみしめながらシンジのベッドに近づく。

(なんか、新婚夫婦みたいよね。「あなた、朝よ」なーんてね。きゃっ)

一人で赤くなって体をくねらせているアスカ。

平和なモンである。

とりあえずシンジの枕元に到着する。

シンジは幸せそうに寝息を立てて眠っていた。

思わずその寝顔に見とれるアスカ。

(なんでこいつ男のくせにこんなに寝顔が可愛いのよ……これはもはや犯罪よね)

勝手なことを考えている。

「さて、どうやって起こしたもんかしらねー」

  1. 問答無用で叩き起こす。
  2. おはようのキスで起こす。
  3. 優しく揺り起こす。

とりあえず1番は「シンジを休ませる」という最初の目的からはずれるので却下。

2番は……やってみたいけどハズいからパス。

「と、なると……3番しかないわねー」

早速それを実行に移す。

「シンジ、起きて。朝よ、シンジ」

だが、シンジが目覚める気配はない。

普段寝ない時間に寝てしまったためか、いつもよりもかなり深く寝てしまったらしい。

「ねえ、シンジィ。シンジってばぁ」

ゆさゆさ。

それでも起きない。

「ふむ、この方法では駄目みたいね」

アスカは結構あきらめが早かった。

「と、なると……2番、とか?」

自分で言ってから思いっきり顔を赤くするアスカ。

「まあ、しょうがないわよね。起きないシンジが悪いんだもの」

そう言って、とりあえずミサトが覗いてないか確かめてから、2、3回深呼吸をする。

「アスカ、行くわよ」

シンジの両脇に手を突くようにして体を支え、徐々にその唇をシンジのそれに近づけていく。

後3センチ。

後2センチ。

後1センチ。

後0,5ミリ。

ぱち。

突然シンジが目を開ける。

驚異的な瞬発力で一気に2メートルほど後ずさるアスカ。

「アスカ? おはよう。ふわあああ……」

大きくあくびをするシンジ。

(き、気づいてないみたいね)

少し安心、少しがっかりのアスカ。

冷静に考えれば、あの状況で気づかないわけがないのと、シンジの頬がうっすらと赤いのにも気づいたのだろうが、その時のアスカはとても冷静と言える状態ではなかった。

「お、起こしに来てやったのよ。もう朝御飯出来てるんだから、とっとと食べに来なさいよ」

乱暴にドアを閉めてシンジの部屋から出ていく。

自分の部屋で一人になって、シンジはとりあえず先ほどの出来事に思いをはせてみる。

「やっぱり、さっきのって……あれかなあ……」

それだろうねえ。

「……惜しいことしたかな」

シンジはそう言って、空腹を満たすためにキッチンへと向かった……

 

 

まともなものが出来てる……

それが、アスカの朝食を見たシンジの第一感想だった。

正直なところ、アスカにもあまり料理の腕は期待してなかったのだ。

とりあえず人間の食べ物が出てきさえすればまあいいだろうぐらいに思っていた――ミサトの作る料理を「人間の食べ物」と呼ぶのは食べ物への冒涜だろう――ので、そこにまともな朝食があることがしばらく信じられなかった。

(見た目はまともだよな……)

目の前ではアスカがじっとこちらを見ている。

ここで「食べない」などと言い出したら、殺人バックドロップからパワーボム、トップロープブレーンバスターまでくらってフィニッシュにかかと落としをくらいかねない。

ベーコンを一切れ口の中に運ぶ。

アスカはじっとシンジの様子をうかがっていた。

「おいしい……」

思わずシンジの口から言葉が漏れる。

「本当!?」

「うん、おいしいよ、アスカ。アスカって結構料理得意だったんだね」

感心した様子で言うシンジ。

ベーコンで「料理が得意」も何もないような気もするが、それでもアスカにとってはまさに至宝の一言だった。

(よぉし! これで『料理でシンジをの・う・さ・つ(ハァト)作戦』は成功よ!)

心の中でガッツポーズを決めるアスカ。

ちなみに作戦の命名者は洞木ヒカリ嬢である。

「あったりまえでしょ! このあたしに出来ないことなんて無いんだから!」

だが、ここでシンジが余計な一言を放つ。

「うん、そうだね。昼御飯や晩御飯が楽しみだな」

ぴしっ。

一瞬アスカが固まった。

(ひ、昼御飯や晩御飯……)

朝食を作るだけでも2時間半もかかったのである。

ましてや昼食や夕食などそんなに簡単に作れるわけがない。

3日間ヒカリの家に通い詰めて、やっと朝食をマスターしたというのに……

アスカの額を冷や汗がだらだらと流れ落ちる。

「あ、あの、アスカ?」

シンジの声にはっと我に返るアスカ。

やばい。

とりあえず昼食だけでも回避しないと。

「ま、まっかせなさい! 夕食はシンジが今まで見たこともないようなごちそうを作ってみせるわ! だから昼食は店屋物で我慢しなさい!」

「え……うん、わかったよ、アスカ。夕食、楽しみにしてるからね」

にっこりと笑って言うシンジ。

(ふ、これで何とか目の前の脅威は取り除かれたわ……って思いっきり墓穴ほってんじゃないのよぉぉぉぉぉぉ! どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう)

完全にパニック状態に陥りつつもそれを全く外見に見せないアスカ。ここまで来ればほとんど人間業ではない。

そんなアスカの葛藤を知ってか知らずか、碇シンジは幸せそうにこぶ茶をすすっていた……

 

 

午前11時37分。

アスカは台所でこっそり電話していた。

「ヒカリィ、どうしよう〜」

ほとんど泣き声である。

ちなみにシンジには5分前に「絶対に台所には入るな」と釘をさしてある。

電話の向こうの親友は、アスカの話を聞くと、はぁ、とため息をつき、

「全くアスカは……。なにも「見たこともないようなごちそう」とまで言わなくてもいいのに……もうそこまで大風呂敷広げちゃったんじゃわたしにも打開策はないわ」

「そんなぁ〜」

「とりあえず「愛情をたっぷり入れたのよ」とか言ってカレーでも作ってみるとか」

「う。そ、それはちょっと……」

「やっちゃえば? 碇君はそれぐらいしないと気づいてくれないわよ」

「だ、だったらヒカリは鈴原におんなじ事できるの? あいつもシンジほどではないと思うけど相当鈍いわよ〜」

「な、そそそそそそそそそれとこれでは話が別でしょ!」

面白いほどに動揺するヒカリ。

「あらら、どうしちゃったのかな〜ヒカリィ〜」

「い、いや、だから、その……」

少女達の会話は終わることを知らなかった……

 

 

がちゃっ。

「ふふふ、ヒカリったら可愛いんだから」

友人の慌てふためく様を思いだして笑うアスカ。

ふと目に入った時計は、1時21分を指していた。

「あああああああああああああああああああああああっ!!」

どうやらヒカリに電話した最初の理由を思い出したらしい。

慌ててかけ直すが、

「はい、洞木です。現在、出かけております。御用の方はピーという発信音の後に、メッセージをお入れ下さい」

ぴーーーーーーーーーーーーーーー。

受話器を持ったまま呆然と立ちつくすアスカ。

そういえば、さっきこれから親戚のおじさんの家に泊まりに行くとか言っていたが、こんなに早いとは……。

「どうしよう……」

 

 

午後2時11分。

アスカは、先ほど買ってきた、「初めてのごちそう」と題のつけてある本を一心不乱に読んでいた。

こうなったら意地でもごちそうを作ることにしたらしい。

「ふむふむ……あっ、これなんていいわね。いや、でもこれも……うーん、こっちも捨てがたい」

ただひたすらに悩み続ける。

まがりなりにもシンジに食べさせるのだから、それなりのものを作らなくてはいけない。

今のアスカには、掃除をしているミサトが色々な物を粉砕してシンジに泣いて「もう掃除はしないで下さい」と頼まれている声も耳に入らなかった……

 

 

午後3時32分。

アスカは本を見ながら肉を焼いている。

結局アスカが作ることにした料理はステーキだった。「高級そうに見える割には作るのが簡単そう」という理由だ。

まあ、その判断自体は間違っていないと言っていいだろう。

「こんなモン、肉を焼いて適当に味付けりゃいいだけでしょ。簡単じゃない」

だが……

「何でうまく焼けないのよぉ〜」

床に散らばる「失敗作」たちを見ながらほとんど泣きべそ状態で叫ぶ。

素人のアスカに簡単に作れるようなら誰も苦労はしない。

いくら慎重にやっても、何故か焼きすぎてしまうのだ。

ほとんど炭と化している物から、全体がまんべんなく炭化している物もある。

「おっかしいわね〜。何で焼き過ぎちゃうのかしら?」

多分、焼いている途中に、

(ふふふ、これをシンジに食べさせたら……

「おいしいよアスカ! やっぱりアスカは何をやらせても天才だね!」

「ま、当然ね」

「アスカ……今度はアスカが食べたいよ!」

「きゃあ! だ、だめよシンジ……あたし達まだ中学生だし……でも……シンジがどうしてもっていうなら……」

きゃっ! なんてねなんてね)

等と妄想にふけっていたせいだろう。

「とにかく! もう一度挑戦よ!」

この日の肉代で、その後3人は一週間水とパンだけで命をつなぐのは、また別の話である。

 

 

その頃、シンジは駅前のゲームセンターでたむろしていた。

アスカに「人が居ると集中できない」と言われてしょうがなく出てきたのだ。

ミサトは急に仕事が出来たと言ってネルフに行ってしまった。

今晩は早く帰ると行っていたが、あまり期待できそうにもない。

ゲームセンターにいても、特にやりたいゲームもない。

(そういえば、こういう所に来る事って最近はあまりなかったよな……)

昔はトウジ達と時々つきあい程度には来ていたのだが、最近ではそれすらもほとんどなかった。

そうなったのはいつ頃からだろうかと考えて、ふと思い出す。

そうだ。アスカが来てからだ。

そう。アスカが葛城家に住むようになってから、一家の主夫であるシンジの仕事は倍増し、ここ数週間は自分の自由な時間すらほとんどなかったのだ。

(アスカ……急にあんなこと言い出して、もしかしてそのこと気にしてるのかな……? 僕は別に構わないのに……アスカが側にいてくれさえすれば……)

自分の、アスカへの想いに気づいたのは3日前だった。

ヒカリの姉の友達と義理デートにアスカが出かけた日、アスカのことが気になって、一日中何も手につかなかったのを覚えている。

それからだった。

アスカが他の男と話しているのを見ると、胸が締め付けられるような気持ちになること。

アスカが「加持さん」と言う度に泣きたくなるような息苦しい気分になること。

(アスカは……やっぱり加持さんのことが好きなのかな……)

 

 

シンジがゲームセンターでひたすらぼーっとして時間をつぶしていると、いつのまにか壁に掛けてあるアナログ時計は6時21分を指していた。

(6時まで帰ってくるなって言ってたっけ……)

家を出るときにアスカから聞いた言葉を思い出して、シンジはとりあえず家路をたどった。

歩き馴れた道――駅前には大きなデパートがあるので、そちらの方にはよく来ていたのだ――を歩きながら、家で待っているだろうアスカの手料理に思いを馳せる。

(朝御飯は結構おいしかったしな……アスカが料理がうまいなんて以外だったな。その手のことは全然駄目だと思ってたのに……)

シンジ君。君の予想は正しい。

だが、そんなことも知らずに、シンジは幸せそうに我が家への道を歩き続けた……

 

 

「ただいまー」

だが、その声に応える者はない。

いぶかしげに思いながら、とりあえずキッチンへと行ってみる。

するとそこには――

大半が炭と化した無数の肉の塊と、その中央に放心したように座り込むアスカの姿があった。

「アスカ……?」

シンジの声に反応して、ビクンと肩を震わせるアスカ。

「いや……来ないで……シンジ……」

弱々しく呟く。

その言葉にシンジは一瞬躊躇したが、アスカをこのままにしておくのは危険だと思い、さらに歩み寄る。

「アスカ……どうしたの? 一体何があったの?」

「駄目なの……あたし、料理なんて出来ないの……あの朝御飯だって……ヒカリの家で……特訓して……やっとあれだけ……作れる……ようになったの……」

泣きじゃくりながら途切れ途切れに言うアスカ。

「アスカ……」

「あたし……駄目な女だよね……我が儘だし、乱暴だし、自分勝手だし、シンジを休ませてあげようと思ったのに……逆に迷惑懸けて……あたしのことなんて……きっと誰もいらないのよ……」

その言葉にハッとするシンジ。

「違う!」

叫んで、突然アスカを抱きしめた。

「誰もアスカのことがいらないなんて……そんなことない! たとえ……たとえ世界中のみんながアスカがいらないって言っても、僕には……僕にはアスカが必要なんだ!」

顔を上げるアスカ。

「アスカ……好きだ……」

その言葉がアスカの脳に浸透するのに少し時間がかかった。

彼女が最も求め、最も望んだ言葉。

「シンジ……もう一回言って……」

「……好きだ……」

「もう一回……」

「好きだよ、アスカ」

「もう一回!」

「アスカ! 好きだ!」

何回も何回も、その言葉を求める。

そうしないと、どこかへ消えてしまいそうな気がしたから。

その言葉も、シンジの愛も……

アスカは、シンジの耳元にそっとささやいた。

「シンジ。あたしね――」

 

 

 

 

 

 

「――で、元に戻ったわけ? シンジ君のシンクロ率」

寝不足気味の顔で、冷めたコーヒーをすすりながらミサトは言った。

結局、昨日は本部に泊まり込みになってしまったのだ。

「ええ。それどころか、以前よりも上昇しているわ。一体何があったのかしら……」

「やっぱり、一日休ませてあげたからじゃないの?」

「そうかしらね……」

そこまで言ったとき、リツコの視界に、突然一つの映像が飛び込んできた。

優しく微笑むリツコ。

「いえ……きっと、悩みが解消されたからね……」

その視線の先には、プラグスーツ姿のまま、照れくさそうに手をつないで歩くシンジとアスカの姿があった……

 


めでたしめでたし
NEXT  ver.-1.00 1997-08/02 公開
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シンジ「……」

作 者「どうしたんだいシンジ君」

シンジ「どうしたんだい……ってなんですか、これ?」

作 者「う……お気に召さなかったかい?」

シンジ「いや別にそう言うわけじゃ……ただ……」

作 者「ただ?」

シンジ「…………ハズいです」

作 者「当たり前じゃないか。私なんてこんなの書いてるの家族に絶対知られたくないからこれ書いてるときはいつでも画面消せるようにしてたんだぞ」

シンジ「でも、この後書き書いてる横で妹達がテレビ見てるじゃないですか」

作 者「だからちゃんと妹達の死角で書いて、いつでも消せるようにビクビクしながら書いてるんじゃないか」

シンジ「……何でそこまでして……」

作 者「たまにはこういう話も書きたかったんだよ。「ネルフ村」もとっとと進めなくちゃいけないんだけどね。それはそうと、実はこの話、前後編にしちゃおうかとも思ったんだけど、やっぱりやめにしたんだよ」

シンジ「まあ、普段から「ネルフ村」の方も小出しにして大家さんを苦しめてますからねー」

作 者「ふ……『大家キラー』と呼んでくれたまえ」

シンジ「はいはい。分かりましたからとっとと「ネルフ村」の続き書いて下さいね」

作 者「うう……分かったよぉ(; ;)」

シンジ「それでは、こんな馬鹿な作者ですが、見捨てないで下さいねー」

作 者「(- -メ)…………『シンジ君は浮気がばれてあわれアスカにみじん切りにされてしまいました。めでたしめでたし 「ネルフ村の平和な日常」 完』……ふぅ、終わった終わった」

シンジ「ああっ! 何書いてんですか! あああああっ! アスカが来てるっ! 早く書き直して下さいよ!」

作 者「(無視)それではみなさんさようならー(^ ^)/~~」

アスカ「こんのスケベシンジィィィィィィィ!」

ずがっ ばぎっ どすっ すぱっ こりっ ぺちゃっ ばぎょっ ぱふっ ちゅどーん

作 者「…………(- -;;;;;」


 ぎゃぶりえるさんの『碇シンジに休日を』、公開です。
 

 ラブラブのLASですねぇ(^^)

 シンジに構ってもらいたいばかりに
 我が儘を言い、
 叩き、蹴り、

 ちょっかいを出す・・・

 アスカちゃん可愛い!
 

 シンジが不調の原因。

 リツコはアスカの暴力がストレスになっていると考えていましたが、
 事実は・・・アスカが好きでその気持ちが悶々としていたせいでした(^^)
 

 もう二人とも初々しくてたまりませんね!
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 家族にばれないようドキドキしているぎゃぶりえるさんに激励のメールを!


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