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夏の夜の悪夢
シンジは呆然と目の前の紙を見つめていた。
愛想も何もない、ただ必要事項を記入するだけの無機的な用紙。
必要事項のほとんどは既にへたくそな字で記入されていて、はんこも押してある。
後一つだけ記入していない部分は彼自身の名とはんこだけ。
「これ……なに?」
まだ自体を理解できないシンジはおそるおそる目の前の女性――この用紙を出した張本人であり、また彼の妻でもある、碇アスカに尋ねた。
「なにって、離婚届に決まってんじゃない」
そう、その用紙は最上段の部分に、大きく無愛想な字で確かに「離婚届」と書いてある。
「な……どうしてだよ、アスカ!? 僕の何が気に入らないんだよ!? 教えてよ、僕は今すぐにでも直すから!」
「ほほう、何が気に入らないんだよだなんてよく言えるわねぇ」
と、冷たい笑みを浮かべるアスカ。
「な、なんなんだよ……」
「これを見てもまだそんなことが言えるのかしら!?」
と、アスカは語気を荒くしながら、懐から一枚の写真を取り出した。
それには、彼らの共通の友人であり、アスカにとってはかつてのライバルである綾波レイと楽しげに食事するシンジの姿が映っていた。
「そ、それは……ただ、ちょっと街であったから一緒に食事しただけだよ」
「本当に?」
「ほ、本当だよ……」
何故か語尾の小さくなるシンジ。
「それじゃあ、これは何かしら?」
そう言って、アスカは二枚目の写真を取り出した。
そこに写っていたのは、遊園地で仲良く腕を組んで歩くシンジとレイの姿だった。日付は一枚目の写真と同じである。
「そ、それは……綾波が遊園地に行きたいって言うから……誰も一緒に行く人が居ないから一緒に行ってくれって……」
「ほほう、それじゃあなんで腕まで組んでるのかしら?」
「だ、だから……綾波が疲れたから腕組んでくれって……」
「あんたバカァ!? どこの世界に疲れたからって腕組む奴がいるのよ!!」
「そ、そんなこと言われても……綾波が……」
「何でもかんでもファーストのせいにするんじゃないわよ!! あんたももう独身じゃないんだから少しは節操って物を持ちなさい!」
「ご、ごめん……」
体を小さくして謝るシンジ。
「それで……それからは何もしてないの?」
「う、うん。その後は綾波と別れてちょっと寄り道してから帰ったんだ」
「そう……」
うつむいて、少し悲しそうな顔をするアスカ。
「自分から言えば許してあげようかと思ったけど……」
そう言いながら、懐から三枚目の写真を取り出す。
それを見て、今度こそシンジは完全に固まった。
そこにあったのは、一目でホテルとわかる建物から、見つめ合いながら出てくるシンジとレイの姿だった。
「あ、あ、あ、あの、その、これは……」
「何も言わないで。……もう、別れましょ、あたしたち」
「ア、アスカ! ……その、ごめん! とても謝って許されることじゃないけど……でも、僕はアスカのことが好きだから! その気持ちは、ずっと変わらないんだ……だから、そんな別れるなんて……」
「あたしのことを愛してるなら! なんで、なんでこんな事するのよ……」
泣き崩れるアスカ。言葉の最後の方は嗚咽に混じってよく聞こえない。
「アスカ……ごめん。もう二度としないよ。約束する。だから……だからお願いだよ、アスカ。……もう一度、もう一度だけ僕にチャンスをくれないか……?」
「本当に、もう二度としない?」
涙を拭いながらアスカが問う。
「うん。……約束する」
「シンジッ!」
シンジに抱きつくアスカ。
「もう、もう二度とこんな事したら、絶対に許さないんだからね!」
「わかってる……僕が本気で愛してるのは、アスカだけだよ……」
アスカはシンジの胸に顔を埋めた。
最初から本気で離婚しようとは思っていなかった。
何より、まず自分がシンジ抜きの生活など考えられないから。
「ねえ、シンジィ……」
と、甘えた声を出すアスカ。
その意味を明確に理解したシンジは、そっとアスカの唇に自分のそれを重ね……
ぴんぽーん。
突然ならされた脳天気な音が、そんな二人の動きを止める。
「うんもう……誰かしら……いいところだったのに……」
文句を言いながらも素早くシンジから離れてドアに向かうアスカ。
「はい」
と、愛想笑いを浮かべてドアを開けた先にいたのは、長い黒髪を無造作に垂らし、眼鏡をかけている女性だった。
その女性は、アスカを見て少なからず驚いた様子だった。
「あ、あの……ここは碇シンジさんのお宅でしょうか……」
と、遠慮気味に尋ねる。
アスカの好きなタイプではないが、男から見ればいわゆる「守ってあげたくなるような子」だろう。
冷静に分析するアスカ。
「シンジならあたしの夫ですけど……主人に何か?」
「え……あ、あの、失礼ですが、結婚したのは……」
「2年前ですけど……」
アスカが訝しげに答える。
その女性は、はっきりとわかるほどに狼狽していた。
「どうしたの、アスカ?」
部屋の奥から出てきたシンジが、ふと女性と目が合う。
「…………」
「…………」
「「あああああああああああっ!」」
同時に叫ぶシンジと女性。
「マ、マユミちゃん……?」
「シンジさん……ひどいです! 独身だって言ったのに!」
「え、あの、いや、それは……」
一瞬、首筋に悪寒を感じるシンジ。
横を見ると、アスカが憤怒の形相で睨み付けていた。
「一体、どう言うことなのか、説明してもらいましょうか」
地獄の底から響いてくるような声でアスカが言った。
「え、だから、その……」
「それは私から説明します」
シンジの言葉を遮ってマユミが言った。
「私は、山岸マユミと言って、ここから30キロほど離れた場所にある温泉旅館で働いてるのですが……」
マユミの話によればこうだった。
3ヶ月前に、社員旅行に来ていたシンジと、温泉旅館で働いていたマユミは夜中に偶然出会い、少し話をした。
それから二人は親しくなり、社員旅行の最終日にとうとう……
それを聞いている間、アスカの目はどんどんつり上がっていき、シンジはどんどん小さくなっていった。
「でも、いいんです。シンジさんに奥さんが居たのなら……私は身を引きます」
アスカはその言葉に当然よと言う顔をしてうなずいた。
「ただ、一つだけ……お願いがあるんです」
「な、なにかな?」
首筋にアスカの痛いほどの視線を感じながらも何とか声を絞り出すシンジ。
「それは……この子を、認知して欲しいんです……」
ぴしっ。
シンジは一瞬意識が跳んだ。
お花畑の向こうで母がおいでおいでしているのが見えたが、何とか現実に舞い戻ってくる。
もはやアスカの目はこれ以上無いというほどにつり上がっている。
「ぼ、僕の……子供なの?」
「はい。私、その……シンジさん以外の人と……寝たこと……ありませんから……」
うつむき加減に言うマユミ。
「でも! 私、産みたいんです。もう、自分のお腹の中に一つの命がいると思うと……とても墜ろすなんて……」
シンジ、絶体絶命のピンチ。
その時――
りりりりりり りりりりりり
リビングの電話が、騒がしく自己主張を始めた。
「ア、アスカ……鳴ってるよ……」
「放っておきなさい」
地獄の底よりもさらに低いところから響いてくるようなアスカの声。
そんなアスカと泣きそうなマユミに挟まれて、シンジも動けない。
りりりりりり りりりりりり りりりりりり かちっ。
シンジの家の電話は、しばらく鳴ると自動的に留守電に切り替わるようになっていた。
電話から流れるアスカのメッセージの後に、脳天気な声が聞こえてきた。
「ヤッホー、シンジ君元気ぃー? ミサトお姉さまよーん。ところで、明日の約束、忘れてないでしょうね〜。シンジ君の好きな、熊柄のパンツはいてくからね! 楽しみにしててねぇ。それじゃあ、ばははーい」
かちゃっ。
言いたいことだけ言うと、電話はその活動を止めた。
完全に燃え尽きたシンジ。
「こんのバカシンジィィィィィィィィ!!」
その晩、碇家からシンジの悲鳴が途絶えることはなかったという…………
合掌。
――お・ま・け――
某超法規機関の某室――
「さーてと、これで今日の仕事も終わりね。……そうそう、そう言えば明後日はシンジ君との約束の日だったわね。ふふ、とっておきの下着着て行かなきゃ」
赤木リツコ女史は、そう言って楽しげにコーヒーをすすったのだった……
作 者「どうも、ぎゃぶりえるです。「夏の夜の悪夢」いかがだったでしょうか?」
アスカ「……呆れて物が言えないとはこの事ね……」
作 者「おや、どうしたんだいアスカちゃん。お気に召さなかったかな?」
アスカ「当然でしょ! 何よこの話は!」
作 者「いや、何よって言われても……まあ、いわゆる『外道シンジ君シリーズ』ってとこかな」
アスカ「シリーズにするんじゃないわよ!!」
作 者「まあ、厳密にシリーズにするわけじゃないけど、私のSSで背景色の黒い物があったら、基本的に『外道シンジ君シリーズ』だと思って下さい。」
アスカ「全く……だいたいあんた今もう一本書いてるSSあるんでしょ?」
作 者「そうなんだよ……そっちが煮詰まっちゃったから気晴らしに書いたらもう筆の進むこと進むこと。結局途中からかなりマジになって書いちゃったよ」
アスカ「その割には大した物じゃないけどね」
作 者「それを言っちゃあ…………(ToT)」
ぎゃぶりえるさんの『夏の夜の悪夢』、公開です。
このクソ外道シンジがぁ(^^;
アスカちゃんを泣かせたな!
アスカちゃんを悲しませたな!
アスカちゃんを、アスカちゃんを・・・・
シンジなんか死んじゃえぇぇぇ
・・・・シンジが死んだらアスカちゃんはもっと悲しむか・・・っち
この手の話にマナではなくマユミが登場した辺りにぎゃぶりえるさんの趣味が見えるような気も(^^;
さあ、訪問者の皆さん。
クソ野郎シンジを書いたぎゃぶりえるさんに何か一言を(笑)
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