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英雄達の叙情詩
第4話
「赤き蒼龍(下)」
赤い風――そんなものが吹くわけもないだろうが、なぜかイルクの頭にはそんな言葉がひらめいた。あるいはそれは、目の前の彼女に対する第1印象だったのかもしれない。
とにかく、彼はまだ抜いていなかった背中の大剣を引き抜くと油断なく中段に構えた。
彼の前には赤い髪をなでつけるように片刃の長剣――確か極東の島国で作られている刀とかいう武器だった――を抜き身で持っている山賊の女頭。後ろには性悪根暗極悪魔術師と可愛い精霊使い。
「さっき私が戦ったから次はお前だな」
ゲンドウのいわずもがなの宣告によって、そこには着々とイルク対キョウコの一騎打ちの準備が整っていた。山賊団『紅き蒼龍』のメンバーたちも周りでその様子を見守っている――若干1名、なぜか先よりさらにひどい状態で死んでるのもいたが。
得物を2、3度振り回して、その感触を確かめる。
彼の使う大剣は、あまり鋭利な刃は持っていない。その代わりに彼以外の人間では3人がかりでないと持ち上がらない重量と、分厚い刃がついているのだ。叩き斬るというよりも叩き潰すといった方が正確ではないかと思えるほどの武器である。
それで危なげもなく音を立てて空を切る。
威嚇も兼ねたデモンストレーションだったが、キョウコは大して興味もないようだった。こちらの準備が終わったと知ると、ようやく抜き身の刀を両手で持って上段に構える。
「それでは……いざ、尋常にぃ……」
ぎぃん!
ローゼンツの朗々とした宣言は気持ちよく無視され、2人は激しく打ち合った。
三合ほど打ち合うと、力ではかなわないと悟ったかキョウコが連続バク転で間合いを計る。ゲンドウが思わず拍手するほどの軽やかな動きではあった――ユイに睨まれたが。
イルクも大剣を横に薙ぎ払いながらその後を追うが、いかんせんスピードでは負けている。キョウコはさらに間合いをとると、一気に踏み出し、右手を思い切り突き出して片手突きを放った。
その以外に長いリーチが、イルクの顔面をとらえる。額に突き刺さった切っ先が傷口をえぐるように回転――する前に、イルクの正拳突きが彼女を思い切り吹き飛ばした。
3メートルほど吹っ飛んでから受け身をとり、素早く起きあがる。彼女はイルクの額からしたたる真っ赤な血を見て、
「なかなか男前になったわよ」
「そりゃどうも。……あんたもなかなか美人だな」
「えっ?」
一瞬きょとんとした彼女に向かって重い固まりが飛んできた。
「な!? そ、<蒼竜閃>!」
かっ――と青い煌めきと共に、空を切って飛来した大剣はまっぷたつに切断された。そのまま彼女の両脇を通るように慣性で飛び進み、後ろの木々にぶつかって止まった。
「ほう……魔法剣か……」
ゲンドウの呟きを、ユイが聞き咎める。
「魔法剣?」
「簡単に言えば、剣そのものに魔力を付与する手段だ。ふむ、こんなところで使い手に会えるとは……人生どこで何があるか分からないものだな」
「……どうでもいいんですけど、その年寄りくさい話し方どうにかならないんですか?」
「癖だ。放っておいてくれ」
そんな2人の会話はよそに、イルクは腰から副武器の戦斧を取って構えた。小振りのものだが、熊ぐらいは十分に一刀両断にできる――使い手によるが。
「やってくれるじゃないの……」
かわしきれなかったのか、頬から流れ落ちる一筋の血を指にとってなめとる。まるでそれがより彼女を強くしてくれるかのように。
「はーはっはっはっは! 残念だったな、お前さんがた! 今日の親分はいつもと違うぜぃ! なんせ今日はあの日ぐぼべらぁっ!」
突如起きあがって叫びだしたブライトネスは、顔面に投擲用のナイフを刺されてより一層重傷となった。
「あのバカが……!」
彼女の顔は真っ赤だった。――と、後ろでなにやら考えていたイルクがぽんと手を打つ。
「ああ、そうか。あんたあの日か。どうりで顔がきついと思ったぜ」
「なっ……!」
真っ赤な顔に怒りとより多い羞恥がプラスされて、彼女の顔は耳まで炎の色に染まった。
「イルクさん!」
後ろの味方から、ユイの厳しい叱咤が飛ぶ。彼女にしてみれば女性の生理現象をネタにして相手の精神的動揺をさそうような手は許せないらしい。
「分かったよ。もうすぐ終わらせるからちょっとまってておくれ」
だが、その意味は彼には伝わりきらなかったようだった。
とにかく、再び武器を構えあってもう一度互いにチャンスを伺う。それをしばし黙ってみていたゲンドウは――ぽつんと呟いた。
「あの日ってなんだ……?」
隣のユイが渾身の力を込めてそれを無視したため、疑問に答えてくれる者は誰もいなかった……
「<鳳凰>!」
先に仕掛けたのはキョウコだった。
その刀身から虚空に投げ出された炎が、鮮やかに舞いながらイルクへと襲いかかる。バックステップでかわすが、全てを避けきることはできずに上腕部の肉がいやな音と匂いをたてて焦げた。
その炎が収まるのを待ち、彼は戦斧を振り回すようにしてキョウコの体に叩きつける――彼女が横に飛ぶ方が早かったが。
さらに、イルクが立て続けに繰り出してきた上段斬りも全て刀で受け流す。だが、戦斧を思い切り振りかぶると同時にはなった蹴り――もフェイントで、本命の開いている方の手で繰り出した掌底は防げなかった。
「あんっ!」
色っぽくも聞こえた悲鳴を残し、彼女はまた吹き飛んだ。その後を素早くイルクが追う。彼の戦斧は振り上げられたままである。
「はっ!」
気合い一閃、戦斧を叩きつけるが、それは横に転がった彼女の鎧からはみ出ていた着衣を少し傷つけただけだった。
地面から跳ね起きると、今度はキョウコが立て続けに突きを繰り出す。が、それはどれもイルクの体を傷つけることはできなかった。
互いに一進一退の攻防が続く中、ゲンドウはどこから取り出したのか一人で干し肉などかじっていた。
「わたしも欲しいです……」
「これは私が自分のおやつ用に買ったものなのでな。欲しければ金を出して買うことだ」
「女性は優しくされるべきだと思うんですけど……」
「別に冷たくしている覚えはない。私はただ普遍的な社会倫理を説いているだけだ」
「……分かりました。それじゃあ自分のを食べます」
その言葉に、?、と思ってゲンドウが振り向くと、そこには手持ちのバッグから数十種類の菓子を出してどれを食べたものか迷っているユイの姿があった。
「……ま、いいがな。別に」
どこか虚しい気分で呟きながら、彼は戦いへと視線を戻した。
歓声。
吹き飛ぶ体。
イルクの戦斧。
刀を天に掲げて勝利を宣言するキョウコ。
とりあえずそんなものが目に入り――後ろから受けた衝撃で、彼の意識は無色の海へと沈んだ。
「雑魚」
ぴくっ、と彼のこめかみが動いた。
「役立たず」
ぴくぴくっ、とさらに動く。
「無能」
「やかましいっ!」
とうとう腹に据えかねたのか、縛られたまま首だけを横に回して叫ぶ。
「貴様の責任で捕まってしまったのだぞ。どうしてくれる」
ぐるぐるに縛られた格好には似つかわしくない尊大な態度で、魔術師。
「じゃかあしい! だいたいお前だってとっとと殴り倒されてとっ捕まったんだろうが!」
「まさかお前のような全身筋肉男が女に負けるとは思わなかったのでな」
「違うぞ! 俺は負けてない!」
「明らかに負けただろうが。なんで勝者がぐるぐる巻きに縛られて奴らの宴会を眺めてなきゃいかんのだ」
「あれは小石につまずいたんだ。俺のせいじゃないぞ!」
「言い訳は見苦しいぞ。結果を変えることはできん」
「もうやめましょうよ……ふたりとも……」
疲れた声が2人の不毛なやりとりに割って入った。ゲンドウのさらに左隣で、やはり同じように手を後ろにして縛られたユイが、遅刻してトイレ掃除1週間を宣告された学生のような顔でため息をついていた。
縛られて仲良く並べられている彼らの目の前では、山賊どもが飲めや食えやの大騒ぎをしている。ちょうど既に復活したらしいブライトネスが蒸留酒を酒樽のまま一気飲みしているところだった。
「お腹すきました……」
涙目でユイがつぶやく。鞄の中のお菓子類は全て取られてしまったらしい。
「私も腹が減った。これもイルクのせいだな」
「貴様は……」
イルクが険悪な顔でうめいたその時――
「あら」
白々しい声とともに、紫色の果実酒がどぼどぼとイルクの脳天から流れ落ちた。
「あーら、ごめんなさいね戦士さん。ほんとあたしったらそそっかしくて。ほほほほ」
「こっのクソアマ……」
口に入った果実酒を吹き出すイルクの目の前には、木製のカップを持ったまま、酔いのせいかほのかに顔を赤らめているキョウコが立っていた。
「ふふふ。なかなかいい格好よ。男前が際だってるわぁ」
「……そりゃどうも」
けらけらと笑いながら意味のないしなを作る彼女をはたきたおしたい衝動にかられるが、自制心を総動員してなんとかこらえる――というよりも、柱に縛り付けられている状態ではやろうと思ってもかなわぬことだろうが。
「わたしたちをどうするつもりなんですか……?」
キョウコは横から尋ねてきたユイを一瞥すると、やけに楽しそうに人差し指をたてながら言葉を並べた。
「そうねぇ。とりあえずあんたは風俗にでも行ってもらって、そっちの男2人は奴隷商人にでも売り飛ばそうかしら。そうそう、魔法学院に実験台を欲しがってる召還魔術師がいるらしいからそれに高値で売りつけるのもいいわね」
隣でゲンドウがげ、と小さく声を上げるのが聞こえる。さては心当たりでもあるのかとイルクが振り向くと、ユイとゲンドウがそろって顔面蒼白になっているのが見てとれた。風俗に売り飛ばすと言われたユイの顔色が悪いのはわかるが、あのゲンドウの瞳に明らかに怯えの色を見てとると、彼は思わず身震いしてそれ以上の詮索は無用だと悟った。
「……といいたいところだけど、実はあんたたちに頼みたいことがあるの」
「頼みたいこと?」
いつの間にか交渉役になったらしいユイが聞き返す。神妙な顔を作ってキョウコが言ったことは、少なくとも予測してなかったことではあった。
「そう。……あんたたち、ドラゴンに勝つ自信はある?」
巨大な石――それを一言で表すなら、まさしくそんなものだった。
『紅き蒼龍』のアジトのある山の裏側にひろがる密林。そのなかの少しひらけた場所に、それはぽつんと立っていた。天に向かってそびえ立っている、特に特徴らしい特徴もない石。大木に相当するほどの太さと、イルクふたりぶんほどの高さで、森の中に孤独にそびえている。
「ここよ」
と、やや緊張した面もちで告げてくるキョウコに、思わずイルクは聞き返した。
「ここ?」
キョウコはひとつうなずくと、それ以上言葉ではなにも答えてこなかった。代わりに、まわりの部下たちに合図を出す。
キョウコの話によると、こうであった。
彼女の部下が森の中でドラゴンの巣を見つけたのは1ヶ月前のことだった。ドラゴンに宝石や魔法品を収集する習性があることは、子どもでも知っている。さっそくキョウコは部下を引き連れてそこに向かったのだが、なにぶん相手はドラゴン。その絶大な破壊力の前に、彼女たちは命からがら逃げ帰ってきたのだという。そして、そんなあきらめかけたときに、ゲンドウたちがやってきた。彼らの実力を目の当たりにして、キョウコは確信したのだ。こいつらと一緒ならドラゴンに勝てる、と。
結局、『ドラゴンを倒すのに協力してくれれば命だけは助けてやる』というはなはだ都合のいい条件をのむ以外、彼らに道は残されていなかったのである。
イルクは縄を解かれたらすぐに逃げだそうと提案したが、それを拒んだのはゲンドウだった。別に約束を守るとかそんな殊勝なことではなく、そこにいるのが本当にドラゴンだとしたら、当然あるであろう多彩な魔法品に興味を引かれたのである。
ただ、ゲンドウもやはり確信していた――おそらく、ここにいるのはドラゴンではない、ということ。
目の前で、ちょうど石が逆方向を向くと同時に、その少し奥まったところの木々がかき消え、地下へと続いていく巨大な階段が現れたのを見て、ゲンドウの確信は強まった。
ドラゴンは確かに人間の数倍の知性を持つ生物だが、こんな細工をして自らの巣を隠すようなことは有りえないのである。ドラゴンは普通は岩山の頂上に巣を作る習性があるが、ただ自らの強大な爪と牙でくりぬいた洞窟の中で、獲物を探すとき以外はほとんど眠っているのが普通である。
また、実際にドラゴンと出会った人間はほとんどいないので仕方がないことだが、キョウコたちは明らかにドラゴンの実力を過小評価していた。もし、そこに本当にドラゴンがいたのなら、キョウコやブライトネスあたりならともかく、ローゼンツやほかの手下たちのようなたんなる山賊がドラゴンと戦って生き延びるなど、まず考えられないことだった。
ゲンドウは昔、魔法学院で魔法品の採集のためにドラゴンを倒しに行ったことがあるが、そのときに鼻息だけで焼き尽くされた、副学院長の姿を目の当たりにしている。最終的には多数の死傷者を出しながらも、学院長の発動させた魔法学院再秘奥がひとつ、『物質の自己崩壊』によってそのファイア・ドラゴンは最小単位にまで分解されたのだが。
とにかく、そこにいるのはドラゴンではないということは確実だった。それでは、いったい何がいるというのか? キョウコたちの罠かとも考えたが、わざわざ捕らえた相手をもういっかい放して罠にかけることの必要性が思いつかない。
最終的に彼が行き着いた結論は、ひとつだった。
階段の中を降りていきながら、その意をさらに強める。先頭に立つイルクの持つたいまつに照らし出されて、どこまで続いているのかわからない階段の先と後ろが少しだけ見える。ほかに何人かキョウコの手下でたいまつを持っているのがいるはずだが、同じく先頭を歩いているゲンドウとユイには、イルクのもの以外のたいまつはそれほど意味をなさなかった。
313段ほど降りると、そこは階段と全く同じ幅、同じ天井の高さの、通路だった。これもたいまつで照らされる範囲内では、まっすぐに続いているということしかわからない。壁面に描かれた幾何学的な模様を眺めながら、ゲンドウはすでに断定していた。
つまり――ここは、古代魔法帝国の遺跡なのだ。
それなら、ドラゴンについても納得がいく。恐らくは、そのものではなく、ドラゴンの姿を模したガーディアンなのだろう。
そこまで考えてから、ゲンドウはふと、この背後に群れなす山賊たちにとっては、ここがドラゴンの巣か古代魔法帝国の遺跡かなど、ごく微小な問題に過ぎないということに気づいた。彼らにとっては同じようなものなのだ――その危険度も、そして見返りの高さも。
「もう少し。この通路をまっすぐ行くとドラゴンの所につくわ」
ゲンドウは、あえてキョウコの間違いを正してやろうとも思わずに、黙って魔力を練った。油断は禁物だ。たとえ相手がドラゴンでなくガーディアンだったとしても、自分がそのガーディアンに勝てるという保証はどこにもないのだから。
「……ここよ」
ゲンドウたちは立ち止まった。キョウコの声に反応したというよりも、その眼前にそびえたつ鉄の門扉に進行をはばまれたのだ。
「この扉を開けること自体は簡単よ。ただ……その後に来るのが、ね」
「何を今さら。おじけづいたのか?」
「そんなんじゃないわよ!」
イルクに向かって声を荒らげるキョウコを手で制し、ゲンドウは扉に手をかざした。
「……どうせなら、華々しくいこうではないか」
かざした手から6の赤い光球がうまれ、それらが一斉に門扉に炸裂する。
爆音と、次いで巻き起こる爆炎と熱風が全てを包み隠し――それらが消えるよりも早く、新たなる炎が巻き起こった。
「<ブレス・シールド>」
予測していたゲンドウの生み出した不可視の壁が、炎の道筋をふさいだ。
その炎もやがて収まると、うっすらとたちこめる煙の向こうに、深紅のドラゴンの姿が現れた。
長い首を振り回すようにしてドラゴンは雄叫びをあげた。たくましい前肢を思い切り振って、鋭い爪で不遜な侵入者を切り裂かんとする。
ぎぃん! と鈍い音と共に、その一撃を防いだのはイルクだった。副武器の戦斧ではなく、山賊たちから譲り受けた新しい大剣である。前のものよりもさらに一回りほど大きなそれは、そのサイズに見合うだけの頑丈さはあるようだった。
全くの偶然だったが、イルクの背にはキョウコの姿があった。結果的にイルクに助けられた形になってしまった彼女は、口の中でぶつぶつと呟きながらも、刀を抜いてドラゴンへと斬りかかった。
がぎぃぃん!
鋼同士がぶつかり合うような音と共に、キョウコの刀がドラゴンの前足の付け根のあたりに打ち下ろされる。だが、頑丈な鱗に阻まれた一撃は、ドラゴンの体にかすかなひっかき傷をつけるだけだった。
「ちぃ! やっぱ魔法剣を使わないと駄目みたいね……」
呟くと、刀に魔力を付与するために精神を集中させる。
魔法剣とは、本来魔界でしか存在し得ぬ『魔力』という力を加工して人間界でも使えるようにした古代魔法とは違い、剣の周りに疑似魔界を作り出すことで、純粋な魔力を生み出す技術である。この素質は、完全に遺伝によってだけ受け継がれる。大陸でも数えるほどしか使い手がいないのはそのせいである。
刀の周囲に疑似魔界が生まれ始めたとき、空中に突然現れた氷の刃がドラゴンの体を切り刻むのが見えた――おそらく、ユイが生み出したものだろう。それは鱗を切り裂き、肉にまで達したが、それほどのダメージは与えていないようだった。
キョウコはこのダメージでドラゴンが激昂してしまうのではないかと冷や汗をかいたが、ドラゴンはただ無表情に侵入者を始末するために牙と爪を振るうだけだった。
次の瞬間、彼女の魔法剣が完成する。
「<霧刃>!」
ふわっ……と、キョウコの刀が、突如としてその形を崩した。刃の部分が瞬間的に分解され、きらきらと光る鋼の粒となる。それはまさに霧の刃のようだった。
「はああああああっ!」
気合い一閃、霧状になった刃を叩きつける。細かな粒となった刃は、鱗のかすかな隙間から内側に入り込み、ドラゴンの肉を深くえぐった。
吹き出す血。ドラゴンは長い咆吼をあげると、大きく口を開けて天井を向いた。ぎょっとして、キョウコが叫ぶ。
「やばい! ブレスがくるよ!」
「ユイ! 水膜をはれ!」
ゲンドウの叫びに反応して、ユイは手元に呼びだしていた水の精霊の力を解放した。純粋な水によって作られた膜が薄く広がる。
それとほぼ同時にドラゴンのブレスが炸裂した。ゲンドウは、ここまでの戦いでこのドラゴンが本物ではなく、魔法技術によって作られた魔法生物であることを確信していたが、限りなく実際のドラゴンの能力を模倣しているらしいそのガーディアンは、ドラゴンのブレスまで忠実に再現しているようだった。
吹き出された炎が、水膜の表面に広がる。やがて、激しく音を立てて水膜が蒸発しだした。
「くぅぅぅっ!」
必死に術を保つユイの顔に、苦悶の表情が浮かぶ。しかし、彼女の努力もむなしく、徐々に水膜はその勢力を弱めていった。まだ炎が達してはいないとはいえ、水膜ごしに伝わってくる熱だけで体に火がつきそうである。
その時だった。ゲンドウの呪文が、完成したのは。
「ユイ、どけ! <ダムネイション・ブラスト>!」
ゲンドウの叫びと同時に、倒れ込むようにして術を解いたユイの頭上に炎が覆い被さろうとしたその瞬間。発動した蒼い光が、炎を静かに押し戻す。光は静かに輝きながら、徐々に炎と共にドラゴンの頭へと近づいていき――あくまでも静かに、されど激しく炸裂した。
――ゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!
蒼い光に包まれたドラゴンの咆吼。まばゆいばかりに煌めく光の中、それは徐々に竜としての姿を崩していった。鱗や肉が超高熱によって融解していく。やがて、光が収まったとき。最後に残ったのは、骨格標本のような、中心部の魔法金属による骨組みだけだった。
「な……!?」
キョウコが思わず声をあげる。今まで戦っていたのが、真のドラゴンではなかったことに気づいたらしい。
「イルク! キョウコ! 今だ、そいつにとどめをさせ!」
ゲンドウの声にはっと我にかえる。すでに大剣を構えて走り出しているイルクの背を追いかけるように――すぐに追い越してしまったが――駆けて、渾身の力をこめて跳躍する。
「死になさい! <蒼竜閃>!」
「どりゃあああああああああ!!」
同時に跳躍したふたりが着地すると同時――数千年の長き時を生き続けた番人は、ゆっくりと崩れ落ちた……
「おおおおっ! 宝の山だ!」
「すげぇぇぇぇっ! こんだけあったら何杯酒が飲める!?」
「馬鹿野郎! 死ぬまで飲み続けられるぜ!」
「ああああ、苦労したかいがあったなぁ……」
「……平和なものだな」
眩しいほどに光を放っている金銀財宝の山にむらがって大騒ぎしている山賊たちを眺めながら――ぽつりと、ゲンドウは呟いた。気を失ってしまったユイを抱いたまま、後ろの壁によりかかるようにして座り込んでいるイルクとキョウコに声をかける。
「お前たちはいいのか?」
「あたしは別にいいのよ。後であいつらから巻き上げるし」
「俺は疲れちまったよ。後でおこぼれでも貰えばいいさ」
「意外に欲がないんだな」
ふんと鼻で笑うように、ゲンドウ。
「あいにくと、見慣れてるもんでね」
イルクも口の端にふてぶてしい笑みを浮かべて返す。すぐにおもちゃを期待する子供のような表情になって、
「それに、本命はあんなもんじゃないんだろ? 魔法帝国の遺跡っつったら、珍しいマジックアイテムがめじろおしのはずだぜ」
その言葉に、魔術師は少し鼻白んだようだった。
「よく知っているな……確かに、やつらが見向きもしないで放り投げたあの小汚いブーツや錆びついた剣。あれらはどれも一級のマジックアイテムだ。だが……」
と、ゲンドウも唇の端に邪悪な笑みを浮かべる。
「あんなもんじゃぁない……隠し部屋があるとみていいだろう」
「へえ、面白そうね。あたしにも手伝わせてよ」
ふたりのやりとりを聞いていたキョウコが、横から口を出してきた。
「山賊が魔法帝国の遺留品を手に入れたところでなんにもならんだろう。魔術師ギルドに二束三文で買いたたかれるのがオチだ」
「別に貰わなくてもいいわよ。ただ、楽しそうじゃない」
確かに、キョウコの表情はどちらかというと物欲よりも好奇心の方に支配されているようだった。
「――まあ、いいだろう。それじゃあ、そのあたりの壁をさぐってみてくれないか」
「おい、いいのかよ!?」
「問題ない。もし彼女が横取りしようとしたときは、容赦なく魔法で叩きのめす」
「……まあ、それならいいけどな」
小声でかわされた会話には気づかず、キョウコはやけに楽しそうに壁に耳を近づけたり、拳で叩いてみたりしている。
「見つかんないわね……」
時間がたつとともに、だんだんとキョウコの表情が険悪になってくるのがイルクには分かった。
――と、突然、壁を思い切り蹴飛ばして叫ぶ。
「ああもうっ! 全然みつかんないじゃない! ホントに隠し部屋なんて……」
……ごごごごごごご……
「……へ?」
腹に響く地響きのような音に後ろを振り向くと――ちょうど今蹴飛ばしたあたりの壁が、奥へと沈んでいくのが見えた。
「…………」
呆然とそれをみつめていると――やがて壁は横にスライドをはじめ、露わになった隠し部屋の奥に積み上げられた無数の財宝が現れた。
それでもまだ呆然とみつめていたが――やがて、事態を理解すると、黄色い声をあげながらその財宝に駆け寄る。
「すごい! ほら、見なさいよ! あたしが見つけたのよ!」
「なんというか……こういうのをタンスから砂糖菓子というのだろうな」
思いがけない幸運、という意味のことわざを呟きながら、半ば呆れたような表情でゲンドウも入ってくる。
「本当にあるとはなぁ……」
その後ろから、部屋の中を見渡しながらイルクもついてきた。
ゲンドウは、ユイを横にそっと寝かせると、無造作に積み上げられている財宝を検分しにかかった。
「ふむ……これは、魔晶石だな。こっちは……ほう、召還像か。この遺跡は、なかなかいいものがそろってるようだな」
「ねえねえ、これなに?」
横からローブを引っ張られて、バランスを崩しそうになりながらもゲンドウは振り向いた。その先では、一枚の鏡をキョウコが覗き込んでいる。
「なんか不思議そうな鏡よね……これはなんのマジックアイテムなの?」
「ふむ……」
ゲンドウはその鏡を手に取った。見たところ、単なる鏡である。ただ、鏡の周りにはなにやら怪しげな紋様が描かれていて、それなりにマジックアイテムらしくはあった。
「……何か古代語で書いてあるな。なになに……『ディウラルド』……?」
その時。ゲンドウは、はっと思い出した。あまりにも重要な大前提――「正体不明のマジックアイテムに書いてある呪文を不用意に読むな」
後悔する暇もなく――あまり広くはない部屋に、純白の光が満ちる。光はゲンドウ、キョウコ、イルク、ユイの4人を飲み込んで――鏡に吸い込まれて、消えた。
後に残ったのは、ただ地面に落ちて寂しげに揺れる鏡と、いまだ宝を取り合って騒ぐ山賊たちの喧噪だけだった……
シンジ「……10ヶ月ぶりの更新です」
レ イ「もう何も言う気がしないわね」
アスカ「ていうか、今までの話、覚えてる人いるのかしら?」
シンジ「遅筆のくせにいつのまにかみっつも連載抱えてるんだもんなぁ。この話も書きかけのままほっといて、再開したのが半年後……途中で明らかに文体が変わっているのはそのせいです」
レ イ「言わぬが花、よ。これ以上何言っても言い訳にしかならないわ」
アスカ「そうね。とりあえずあのバカ作者はあたしが殺しとくから」
シンジ「(ふ、ふたりとも目が怖いよ……)ま、まあ、ともかく、第5話はもう少し早く公開できる……といいなぁと思う今日この頃です。それでは、またお会いしましょう」