「具合はどう?」
「うん、昨日よりはだいぶ楽になったわ。」
ある病室の中で交わされる二人の会話。
声の調子から、二人の表情がどのようなものかが容易に察することができる。
「先生がもうすぐ退院できるって。」
「ホント? じゃあ、アスカの退院のお祝いしなきゃ。」
「あらシンジ、お祝いとは結構気が利くじゃない?」
彼 −碇 シンジ− の意外な言葉に、思わず突っ込みをいれるアスカ。
このへんの反応はさすがに速い。
そして当のシンジはと言うと、
「え? そ、それは、その ・・・・・」
いつものことだが、真っ赤になってうつむいてしまっている。
おまけに舌の回りもぎこちない。
「まぁ、あれだけカッコつけといて、ヘマするようじゃねぇ ・・・」
「アスカぁ、もうそれは言わないって約束じゃないか。」
完全に話の主導権をアスカに握られ、シンジは情けない声を上げる。
「でもね。アタシね。シンジが来てくれて嬉しかった。」
「え ・・・? ホント?」
シンジは、真っ赤な顔を少しだけ持ち上げてアスカのほうに視線を向ける。
「うん、ホント ・・・・ って、アタシまで恥ずかしくなるじゃない!!」
「ご、ごめん ・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
沈黙。
病室の中には静寂だけが存在しているように錯覚する時間。
3日前、アスカは第15使徒による精神攻撃を受けた。
抵抗するすべもなく、あのままの状態が続けば彼女は壊れてしまうところだった。
だが ・・・・
ただいま休暇中
「いやああああ、お願いだからそんなこと思い出させないで!!」
弐号機のエントリープラグ内で苦しむアスカ。
今、彼女は第15使徒による精神攻撃を受けていた。
既に危険な状態に陥り、詳細不明の攻撃を前にして、何も為すすべがなかった。
心の奥深くに押し込んでいた、思い出したくない記憶。
残酷にもその部分を使徒の攻撃によって覗かれてしまった。
絶叫、そして涙。
発令所からその様を見つめるしかない大人達。
その大人達も彼女を助ける手段を持たなかった。
「アスカ、撤退しなさい!! 命令よ!!」
「いやよ。撤退するくらいならここで死んだほうがマシよ!!」
アスカはミサトの命令を聞こうとはしない。
・・・ 今回の迎撃に失敗すれば、弐号機を降ろされる ・・・
そんな想いと、彼女のプライドがそれを許さない。
「アスカ ・・・・」
もはや弐号機と共にアスカが死んでしまうのは時間の問題だった。
そして、そのとき ・・・・
「僕が初号機で出ます!!」
発令所のスクリーンに映る少年の顔、そして強い意志のこもった声。
「だめだシンジ君、今初号機を失うわけにはいかんのだ。
それに、初号機は別名あるまで凍結中だ!!」
シンジの申し出も冬月の一言で却下された。
が、しかし。
「副司令はアスカが苦しむのを黙って見ろって言うんですか!?
僕にはそんなことはできません。」
「シンジ君、待ちたまえ!!」
「初号機、出撃します!!」
冬月の制止を振り切り、シンジは初号機を起動させる。
「初号機のS2機関の出力が上がっていきます!!」
オペレーターの一人が状況を報告する。
そして、固定用の器具を無理矢理はずし、初号機が動き出した。
「シンジ君、やめなさい!!」
「・・・ ミサトさんまでアスカを見殺しにしろって言うんですか!?」
「だれも見殺しにするなんて言ってないわ。必ずなんとかする。
けど、今初号機を出撃させるわけにはいかないの!!」
「どうして、どうしてみんなそうなんですか。
今アスカがどれだけ苦しんでいるか分からないんですか!!
どうして、どうして ・・・・」
必死になってアスカのほうが大事だということを訴えるシンジ。
そして、ついにミサトのほうが折れた。
「分かったわシンジ君。頼んだわよ。」
「はい、ありがとうございます。」
そう言うと初号機は一気にリフトで地上へと上昇して行く。
「葛城三佐!! あなた一体どういうつもりなの!?」
リツコがミサトに問う。
確かに今初号機を動かせばやっかいなことになる。委員会が黙っているはずがない。
委員会にとってシナリオ外の行動は非常に不都合なのだ。
が、しかし ・・・・
「この状況を打破するには初号機を出すしかないわ。
それくらいアンタになら分かるでしょ!?」
ミサトがそう言い放つと、二人とも視線をスクリーンのほうに移した。
「初号機、まもなく地上に出ます。」
ミサトはオペレーターの報告を聞くと、シンジに指示を出す。
「いいシンジ君? とにかく最初にアスカを退かせるのよ。」
「はい、わかってます。それで、その後はどうするんですか?」
「後のことは考えなくてもいいわ。今はアスカの救出だけを考えて!!」
「・・・ はい!!」
シンジは、自分の想いを理解してくれたミサトにそう力強く答えると、既に何も為
すすべを持たない弐号機のほうへと向かった。
弐号機、エントリープラグ内
「うう ・・・・、汚されちゃったよぉ ・・・・、加持さん ・・・・」
中で体を丸めながら泣いているアスカ。
自分の中の心の全てが壊れていくような感覚、今彼女はそんな状態に陥っていた。
嗚咽のみが聞こえるエントリープラグ、そしてそこに開く一つのウィンドウ。
「アスカ!! 大丈夫!? 返事をしてよ!!」
通信を求めてきたのはシンジだった。
・・・ シ、シンジ? ・・・・
・・・ 何よ、アタシを、何もできないアタシを笑いに来たの? ・・・
・・・ そんな、シンジが ・・・
・・・ い、イヤッ!! そんなのイヤッ!! ・・・
「アスカ!! 聞こえる!?」
「いやぁっ! こっ、来ないでっ!!」
使徒の攻撃のせいか、近寄ってくるシンジをも怯えるアスカ。
「アスカ、僕だよ! シンジだよっ!!」
シンジもアスカの様子に気づいたのか、必死になって声をかける。
「・・・ どうせ、アタシのことを笑いに来たんでしょ ・・・」
しかし、アスカからはこんな返事しか返っては来ない。
使徒の攻撃に対し、何もできなかったことがアスカの精神に大きなダメージを与えていた。
二人のやりとりは、発令所にも聞こえていた。
「シンジ君、がんばって ・・・・
今、アスカの心の傷を癒せるのはあなただけなのよ ・・・」
そうつぶやくと同時に、自分の無力さを痛感するミサト。
「アスカの精神状態が不安定になっていきます!!」
と、オペレーターの声。
さまざまな思考がアスカの頭の中を駆けめぐる。
・・・ シンジはアタシのことなんてどうでもいいのよ ・・・
・・・ 違う! アタシにとってシンジは、シンジは ・・・
・・・・・・
「・・・・ スカ! アスカ!! とにかく撤退するんだ!!」
・・・ え、何? シンジが何か言ってる ・・・
・・・ どうしてアタシに構うの? もう何もできないのに ・・・
「アスカ、お願いだから ・・・・」
先ほどから何も答えないアスカを、涙声になりながらもシンジは呼び続ける。
・・・ 泣いてるの、シンジ? ・・・
・・・ アタシの為に? ・・・
「アスカ、死んじゃダメだ。だから、だから早く!!」
シンジがそう叫んだときだった。
今まで弐号機を照射していた使徒の攻撃が初号機にも向けられたのである。
「うわあぁぁぁ、や、やめろぉぉ!!」
シンジの悲痛な叫びが広がる。
「初号機にも弐号機と同様の攻撃が!!」
慌てるオペレーターたち。
「・・・ 間に合わなかった ・・・・・」
愕然とするミサト。
・・・ そ、そんな。シンジまで ・・・
・・・ シンジが死んじゃう ・・・・
・・・ イ、いやっ! そんなのいやあぁぁぁぁ!! ・・・
再び光を灯す弐号機の4つの目。
「に、弐号機の反応が高まっていきます!!」
「何ですって!?」
「現在、弐号機は強力なATフィールドを展開、使徒の攻撃を遮断していきます!!」
「・・・ アスカ ・・・・」
「使徒の攻撃を完全に遮断、第15使徒の反応が消えていきます!!」
「シンジっ、シンジ!!」
初号機の中のシンジを必死に呼び続けるアスカ。
「う ・・・、アスカ?」
弱々しいが、シンジの声はアスカに返ってきた。
「よかった。無事なのね、シンジ!?」
「まあなんとか ・・・
でも僕が助けに入ったのに、逆にアスカに助けられたなんて、ちょっと恥ずかしいや。」
「ふふ、そうね。まぁアンタがアタシを助けるなんて100年早いのよ!!」
「そっ、そんなぁ。」
ちょっと情けない声を上げるシンジ。しかし、顔には笑顔が浮かんでいる。
・・・ よかった。いつものアスカだ ・・・
「はいはい二人とも、ちょっといいかしら?」
シンジとアスカの会話にミサトが割り込んでくる。
「何よぉ、ミサト!!」
ちょっと不機嫌なのはアスカ。
「何よ、は無いでしょ。さんざん心配かけたんだから。
二人とも無事だったから良かったものの ・・・」
「はいはい。ご迷惑をお掛けいたしました!!」
アスカはべーっと舌を出しながら言葉を返した。
「ねぇシンジ。あのとき、アタシのコト好きって言ったわよね・・・・」
アスカが小さな声で沈黙を破る。
「え ・・・? あのときって、温泉行ったときだよね?」
「そうよ。それしかないじゃない ・・・・」
「うん、確かに言ったよ。それは今も変わってない。」
力強い言葉を返すシンジ。
そして、アスカの顔にとびっきりの笑顔が浮かぶ。
「ありがと。アタシも好きよ。シ・ン・ジ!」
「や、やめてよ、もう。改めて言われるとなんか照れくさいよ。」
「ふふふ ・・・・、相変わらずお子様なんだから ・・・・」
「じゃ、そろそろ行くから。」
シンジがスッと立ち上がる。
「あっ、ちょっと待って!!」
病室を出ようと向きを変えたシンジを、アスカが引っ張る。
そして ・・・
「「 んっ 」」
重なる二人の唇。
そして、病室に響く二人の甘い声。
「じゃあ、また明日来るから。」
「うん。」
長いキスを終え、シンジは病室を出ていく。
「ふぅ ・・・・」
ふとため息を付くアスカ。それは決して憂いなどではない。
先ほどの余韻が残っているせいか、まだ少し頬が上気している。
「また明日、か ・・・・」
そうポツリとつぶやきながら、ボーッとしていた。
そして、そこへ ・・・・
「アスカ、ちょっといい?」
病室のドア越しから声をかけてきたのは、アスカの保護者役で上司でもあるミサトであった。
「あら、ミサトが来るなんて明日は雪かしらねぇ。」
アスカが皮肉たっぷりに言う。
「このぉ、言ってくれるわねー。ってそんなこと言いに来たワケじゃないのよ。」
「何かあったの?」
アスカの顔に疑問げな表情が浮かぶ。
「別にそんなんじゃないけどね ・・・・・」
ちょっとじらし始めるミサト。心なしか顔がニヤニヤしているのは気のせいだろうか。
「何よぉー。早く言いなさいよぉ!」
しびれを切らしたアスカが声を上げる。
「えっとね。アスカ、あなたに3日間の休暇を出すから。」
「休暇ぁ?」
「そうよ。ちょうどいい機会だしね。」
「・・・・・」
無言のアスカ。どことなく表情が暗い。
「・・・ 大丈夫よアスカ。シンジ君にも一緒に出すから。」
「ホントに?」
アスカの顔にパッと笑顔が浮かんだ。
「二人で、ゆっくり、ね?」
「ちょ、ちょっと、もう何言ってんのよ!!」
アスカは真っ赤になりながら、ミサトに声を張り上げる。
が、ミサトはニヤニヤしながら取り合おうとはしない。
そして、
「じゃあ、ごゆっくりー。」
と言い残してスタスタと行ってしまった。
「二人でゆっくり、かぁ ・・・」
そう言うと、アスカは窓の外のほうに視線を移した ・・・・・
<あとがき>
えー、どうも。ご無沙汰してます。
実はこの話、シンジがちゃんとアスカ様を助けるはずだったんですが、書いている途
中から話が変わってしまいまして、結局こうなりました。今回は一応前置きという形
ですので、次回からが本番、といった感じですね。
二人のらぶらぶな休暇をご期待ください(笑)
さて話は変わりますが、ちょっとした雑談です。
僕のホームページであちこちでよく見かける『キャラクターの人気投票』をしてるんですが、
アスカ様がダントツ1位なんです。いやぁ、本当にアスカ様の人気はとどまるところを
知らないって感じで、アスカな小説書きの僕にとっては嬉しい限りですね。
では、今回はこれにて。
AGOさんの『ただいま休暇中』前編、公開です。
アラエルの攻撃に苦しむアスカ。
TV版でシンジがヘナチョコで・・・
・・アスカ、壊れちゃいましたが、
ここでは無事切り抜けています(^^)/
うむうむ。
よくやったぞ、シンジ!
褒めてくれないゲンドウの代わりに私が褒めてやろう(偉そう(^^;)
頑張った甲斐合って、
アスカとラブラブ&休暇GET!
どんな休日が訪れるのでしょう。
さあ、訪問者の皆さん。
AGOさんにメールを送りましょう。「アスカ1位は当たり前だっ!」て(笑)