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「めぞんEVA」100万ヒット記念

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老いた紳士がある丘の、木陰のベンチに座っていた。

丘は芝生が敷き詰められ、そのまま雑草の茂る空き地が広がっている。

「ふう…」
紳士は息を漏らし、空を眺める。

穏やかな日差しの中、雲は刻々とその姿を変え、一定にとどまるという事が無い。
ただ一人でベンチに座る老人は、目をつむり、どこか微笑みながら頭を振った。

ピッ。
老人は手持ちのボイスレコーダーを取り出し、おもむろに口を開いた。
「…おそらく…これが最後の記録になるだろう。もう私がこれを使う事もあるまい。この記録も、誰に伝えるという訳でもないが…いつか、シンゴ達に聞いてもらう事が出来ればと願うのみだ。」

老人はふとレコーダーを置き、自嘲気味に口を歪めた。
「バカシンジ、か…」


「残念ですが…」
「そうですか、まあ、自業自得でしょうな。」
シンジが医師から自分が末期の胃ガンである事を宣告されたのは、もう二ヶ月も前の事だった。シンジは既に充分年をとっていたし、長年連れ添ってきた妻とも6年前に死別しており、ショックに感じるような事は何もないと思われた。

しかしその日以来、シンジは自分がこれから何をすべきなのか、毎日自宅近くの丘に座って考えていた。経営していた出版社が買収された時点で、仕事はもはややり終えてしまったような気がしていたし、彼には既に家族はない。

シンジは押さえつけられた自分の言葉に溜息をついた。
「分かったよ。そこまで言うなら、認めてやろうじゃないか。」
シンジはここ数日、結局いくら振り払っても振り払う事の出来ない一つの想いを認めざるをえなかった。結局自分は、この想いの為に、ここでずっと「何かをしなければならない」とわざわざ考えていたのだ。彼はそんな事はとっくに分かっていた。

最後にもう一度、あの2人に会いたい。
老人の持つモニタには、1人の男子と2人の女子、計3人の中学生達の笑顔の映像が映っていた。
 

真夏の子供達
真夏の子供達
  
最終話 出会い(2)
  
Lunar image's copyright @ Michael's Photo Gallery
 
シンジがネットを使って調べた情報では、アスカは最終的にベルリン大学の教授として、半ば悠々自適の生活を送っていたらしかった。
テーゲル空港に降り立ったシンジは、事前に頼んでいた日本人向けの相談オフィスに向かった。
「本当言うと、困るんですよねえ。ここはあくまでトラブルに巻き込まれた方々の手助けをする機関であって、興信所じゃないんですから。」
「頼む。彼女に会いたいんだ。いや、会えなくても、話せなくても良い。ただ元気な姿が見られれば、それで充分なんだよ。」
「何故、そこまで?…」
「…さあ。何故だろうなあ。会えた所で、もう、何をしてやれる訳でもないんだがなあ。」
「…」

シンジは3日後オフィスから報告を受けた。
「これが現在の彼女の住所です。が…」
「が?」
「どうやら、体調がよくないのか、外出の形跡はありませんね。買い物は使用人にさせているようです。」
「…」
「電話番号はこれです。」

その後また事務所の人間に「おかしな事をしないように」一々注意された事に憤慨しながら、シンジはうらぶれた、ベルリンの旧市街の一角にやってきた。
「Excuse me. Is there the woman called Asuka here?」
マンションのドアから現れた管理人は、胡散臭げにシンジを見下ろした。
「No.」
「ah, I heard she's here. Asuka. She must be here! I, I, I must talk her, see her!」
「I'm sorry but what you've heard must be something wrong then. There's no Asian woman in this flat. You're wasting your time.」
「b, but,」
「Sorry.」
管理人はドアのシャッターを閉めた。

シンジはその日以来、その建物の前で一日中立ち続けていたが、4日目に警察に「保護」され、そのまま強制送還となってしまった。



 
シンジはレンタカーに身を任せ、まっすぐに続く道を走らせていた。

レイの情報はネットに無かった。シンジ自身がレイと最後に直接会ったのはもう20年近く前だ。当時レイは第二東京のラジオ局で働いていた。まずそこへ向かったシンジは、レイがやがて別海で地域放送局を設立したという話を聞く。北海道へ飛ぶシンジ。しかし経営に失敗したのか、その放送局は既に消えていた。別海で懸命の捜索活動をするシンジは、当時のシンゴの友人から、レイが最終的に旭川近郊に移住したという話を聞く。そしてシンジは旭川へと向かっていた。

真夏の日差しの中、目的の場所には農場があった。水田と牧場が共存しており、向こうには大きな農具庫もあるようだ。

車から降りたシンジが眩しそうに目を細めていると、目の前の建物から、20代らしい若者が現れた。

「…何か、御用ですか?」
親切そうに聞く若者。
「ここは…済みませんが、ここに以前、綾波レイという方は住んでおりませんでしたかな。」
若者は目を丸くした。
「それはうちの祖母です。…が、もう、7年前に亡くなりましたが…お知り合いで?」
「…ええ。そうでしたか…」

シンジは家に通され、そこで50代の中年になったシンゴと会う。シンゴはシンジを歓迎するでも糾弾するでもなく、淡々と迎え入れるのだった。
「いつかオヤジがここに来るとは思ってたさ。」
「実はシンゴ、わしももう長くないんだ。不養生がたたって、気が付いたら末期だそうだよ。そうしたら…何だか、急にお母さんに会いたくなってな。」
「…」
「わしが憎いか、シンゴ。」
「誰もそんな事は言ってないさ。…アスカさんには会ったのか。」
「会いには行ったが…」
「拒絶されたか。」
「かもしれん。」
「…」
シンジは何か言いたげなシンゴの様子にいぶかしげに顔を上げた。

その日家に泊まったシンジは、翌朝シンゴに礼を言うとレンタカーに乗り込もうとした。
「なあ、オヤジ。」
「何だ。」
「言ってなかった事があるんだ。今まで…」
「…」
シンゴは皺を寄せる。
「今更言うような事じゃないが、俺に知らせる知らせないを決めるような権利もないだろうし、」
「早くしろ。一体何だ。」

「…オフクロとオヤジは、兄妹だそうだ。」
シンゴの言葉にシンジは動きを止めた。
「…」
「詳しい話は知らないが、オフクロは…妊娠してからそれを知って、それで身を引いたらしい。アスカさんから、もう聞いていたなら別にこれ以上言う事もないが、」
「アスカも知っていたのか?」
「…言わなかったんだな。」
「…」
「オヤジ。」
「何だ。」
「まだ死ぬなよ。」
「無茶言うな。」
「…」
シンゴは苦笑した。
「シンゴ。」
「ああ。」
「教えてくれて有り難う。」
「…」
「じゃあな。」
「ああ。」


「ああ…」
シンジが目を開くと、自分は第三東京の中学校の教室にいた。
「…」
自分の姿を呆けて見るシンジ。きゃしゃな体の線が白いYシャツの制服に現れる。
どうやら授業を寝過ごし、そのまま放課後になってしまったようだ。
ガタ。
慌てて立ち上がり、連絡情報を家に転送してから端末の電源を切るとシンジは鞄をかかえ教室を出ようとした。

ドアの向こうから、担任教師が現れてきた。
「あ…」
「あぇ? シンちゃんまだいたの? さては寝過ごしたかぁ? 昨日夜、変な事してたんじゃないでしょおねえー。」
「ミサト先生。」
「ん、何?」

もう記憶が薄れているのか、ミサト先生の顔はひどくぼんやりしているように思われた。
「僕、もう…疲れました…」
ミサトは微笑むと、シンジの腕を引っ張り、中学生の彼を抱き寄せた。
「何を迷っているの?」

「迷っている?」
「まだ答えなんて出ていないのよ。シンジ君。答えは、最後まで分からない物なの。」
「言っている事が…」
「まだ始まってもいないじゃない。シンジ君、今のあなたにも出来る事、しなければならない事が、確かにあるはずよ。」
「しかし、もう私は…」
ミサトは頭を振って笑う。
「いつになっても子供ね。でもシンジ君、もう逃げちゃ駄目よ、シンジ君、しんじく…」

はっ

「…夢か…」
シンジは付けっぱなしになっていたボイスレコーダーのスイッチをオフにした。
シンジは鼻息を漏らすと、公園のような芝生が続く景色を眺める。
 

丘。

ベンチ。

日だまり。

木。

青空。

風。
 

「レイ……アスカ…」
そして老人は穏やかに目を閉じる。
 
ざざ。
 

シンジは草の音に顔を向けた。
「…」
 

丘の向こうに、アスカと、シンゴと、シンゴの家族達が立っていた。
「…アスカ。」

上品な金髪の老女が、シンジの声にゆっくりと、満面に、笑みをたたえてみせた。
「シンジ。」
 

「アスカッ!」
立ち上がり、アスカへ走っていくシンジ。
 
 

「動くなっ!」
草むらの陰から銃を構えた中年の男が現れた。驚き立ち止まるシンジとアスカ。
「俺はずっとこの時を待っていたんだ。人の人生を散々に踏みにじったお前等に、幸せになる権利等無いっていう事を思い知らせてやる!」

「お前は誰だ!」

男はシンゴに答える。
「俺は加持スグル。加持リョウジの息子と言った方が、分かりやすいかな?」
男は老女に銃口を向けた。
「死ね。」

その時老人が、男に飛び掛かった。
「うわああああああああ」

「シンジッ!」
 

銃声。
「シンジイイィッ!」
 

ぴろりろりん。
「ブリッジより全上級士官へ。これより「建物探訪の渡辺篤司」についての会議を行うので急行せよ。」
レイタの声が響く。

「え゛え゛え゛ええええええっ!!!!」