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第六話

金曜日、僕は9日ぶりに学校に出席した。

担任の先生は「もう、具合は大丈夫なのか。」と義務的に聞いて来た。
「…ええ、もう大丈夫です。」病名が何なのかも良く分からないので、僕も曖昧に答えた。
とにかく僕は何かの病気で休んだことになっていた。クラスメイト達からも特に何も言われなかった。学校からいなくなるっていうのはもっと大変な事なのかと思っていたけど、こんなに簡単だったんだ。

それでも、今日は一日が過ぎるのが速かった。

別に10日前としていることは変わらない。一日授業を消化して、そのまま帰るだけ。

でも。

日曜日にアスカに会って、それを糧に、僕は改めて自分を変えるように努力しようと決めたんだ。
なんだかうまく言葉に出来ないし、変な考え方かもしれないけど、アスカに会ったら変われると思うんだ。僕は今の僕が嫌いだ。でも、今、僕は一つだけ自分の気持ちで自信を持って言えることがある。それは「僕はアスカが好きだ」ということなんだ。他力本願なのかもしれないけど、アスカに好かれるためなら僕は僕を好きになれるかもしれないんだ。

僕はその確認をしたいんだ。きっかけが欲しいだけなんだ。

大丈夫。来週からは、僕は前に踏み出す。


日曜日、午前9時40分。またと無い快晴。

ぶすっとした少女が駅前の植え込みに腰を下ろしていた。腕組みをして、人差し指と中指をカツカツ動かしている。相当イライラしているようだ。

「あんのバカシンジ、自分から言いだしといて、このあたしを待たせようだなんて100年速いわよ。」

15分後。

アスカのイラツキは最高潮に達していた。顔から余裕が消えている。日影を選んで座っているとはいえ、じりじりと熱くなって来た。彼女は視線を落としていた。およそ近寄りがたい雰囲気だ。

全く、いつまで待たせる気? 首筋の辺りが暑っくるしいのよ。あ、今おなかを汗が垂れて行った…もう、臭いが付いちゃうじゃない…うん、まあ「友達」なんだからそんなのは構わないか。このあたしが海のような広い心で情けない友達の願いを聞き入れてやったというのに…
 
 
ぶつぶつ暑さに耐えているアスカにけろっとした声がかかった。
「あれ、もうアスカ来てたんだ。」
「あんったねえ!」さっと顔を上げ立ち上がったアスカ。びくっと構えるシンジと右手の時計塔が目に入る。

9時57分。

「ど、どうしたの? もしかして結構待った?」
おどおどするシンジ。
「あ…ううん、あたしも今来た所だから。別に大丈夫よ。」ぎこちなく笑顔を作るアスカ。
「あ、あの…」シンジは最高度に緊張した面持ちで言った。
「な、何よ。」
「その…きれいだね。帽子、似合ってるよ。」

アスカは茶色のロングスカートに同系色のミニシャツ、上から赤いジャンパーを羽織って、黒の丸い帽子を被っていた。
一応冬服で来ていたのだ。この気温は誤算であった。

あんたに気取った言葉なんか期待してないわよ、しかも下手だし。
…まあ、あんたにしては精一杯の言葉だとは思うわ。
「何言ってるのよ。今日は「友達」として、なんでしょ?」
後半の言葉を、アスカは自分に言い聞かせるかのように言った。

「で? これからどうすんの。」
シンジはほっとした。良かった。とりあえず怒ってはいないみたいだ。
「あ、うん。今日はまず水族館に行って、それからコンサートを聞いて、それから…」「ストップ!」
シンジの顔の前に手を広げるアスカ。
「あんた全部ばらしてどうすんのよ。」
「ああ、ごめん。…でもそれで後は、どこかで夕食食べて、終わりなんだけど…」
「どこかって、まだ決めてないの?」
「あ、うん。…急遽研究したんだけど、いくつか有って迷っちゃって…」
「はあ…」ため息を付く2人。

「まあ良いわ。なんだかシンジっぽいし。」アスカは笑って言った。
「じゃあ、まず水族館ね。そこに行きましょ。」

市営地下鉄東西線で新松本から2駅。高宮で2人は下車する。ここは新市街の中でも若者向けのショッピングゾーンとして賑わっている地域だ。
その中でもとりわけ大きい部類に入るビルの中に「アクアパティオ松本・第二東京市立水族館」がある。ビルの一部の階を占領している形だ。

マスコミ等は「セカンドインパクト・地球防衛戦争と2度の災禍をくぐった唯一の国、日本」という言い回しを好んで使用する。事実それは間違っていないのだが、まるで日本が最も悲惨な状況に置かれているような印象を与えがちな表現だ。実際は、日本は世界の中で見れば天変前から引き続き最も豊かな国の一つであることに変わりはない。
そうは言っても、人口・経済力共に天変前にいまだ遠く及ばないのも事実ではある。水族館のような「贅沢」な施設は第二新東京市でもここ一つしかなかった。
 
そして、ご多分に洩れず首都唯一の水族館は、立地条件も手伝い定番のデートスポットとなっていた。魚以外、これと言ってたいした物があるわけではないのだが。

周りは子供連れももちろん多いのだが、アスカには何故かカップルが目に付く。

「何なのよ、水族館は魚を見るための場所でしょ? ほらシンジ、あいつら何? ずーっといちゃいちゃしてんの。ヤぁねえ。そういうのは自分の家でしなさいよ。」ひそひそ耳打ちするアスカ。
「そ、そうだね。あ、ほら、アスカ、この熱帯魚なんかきれいじゃない?」
「ああっ! あんなところでキスなんか普通する? あんなのの親の顔が見たいわね。」
「アスカ?」
シンジは手をアスカの目の前にかざした。
「あ、え、何? 何か言った?」
「うん…何でもない。」
シンジはアスカをまっすぐ見ている。
「やっぱり、きれいだね。」
口を開きかけたが声が出ないアスカ。
「きれいだね。魚。」
「…あ、ああ、魚ね。一瞬あたしの事かと思ったわ。」
「あ…うん。アスカも、きれい。」
「あんたに言われてもね。」
「そうだね。」

シンジは何の屈託もなく微笑んでいるように見えた。
アスカは目の前の巨大水槽を改めて眺めた。

天変後は日本近海でも見られるようになった色鮮やかな魚達。ここにライムグリーンの一群、向こうにはシルバー。一つの群の中に同じ種がおそらく何百匹といるのではないだろうか。何の秩序も無くばらばらに動いているようで、何かの拍子に全体が同時に方向を変えたりする。群れの中は水の中に魚がいるというよりは魚の間に水が通っているといった感じだ。

「…きれいね。うん。」
アスカは穏やかな顔で言った。

水槽を前にした少女は、本来の生気溢れる魅力の上に今は落ち着きと知性を加えていた。その姿は、シンジの目には、どこか遠くへ行ってしまいそうで危うい印象を持ってしまう程に、美しかった。

アスカは魚達に気を取られてこっちを見ていない。彼女がどこにも行ってしまわないように抱き留めたい。シンジは今日の朝自分に対して禁じた行為の欲望を何とか押さえ付けようと内心もがいていた。

シンジは殆ど自分の思いを断ち切るためだけに言った。
「ねえ、次のコーナーに行こうか。」
アスカは冥想を邪魔されたか、ややむっとした表情を浮かべたが、ここはシンジの意志を尊重するらしく「次は何。」と明るく聞いた。

次のコーナーは魚ではなく、ペンギンのいる部屋だった。柵の向こうはペンギン達の遊び場。結構広い。ペンギンに合わせかなり冷房が効いている。シンジはジーパンに長袖のシャツ1枚という普段と何が違うのか分からない格好なので、寒そうだ。アスカはこの時初めてジャンパーと帽子が役に立った気がした。

彼女は何気なく言った。
「ペンペン、元気にしてるかな。」
彼女は自分の言葉でペンペンの事を思い出した。

あたし、今の今まで、この部屋に来るまで、ペンペンの事なんか忘れていたな…仕事が忙しかったし…でも、それ位の事であんたは同居人を、いや、同居ペンギンかな?、を忘れてしまう事が出来るの。そして今度はシンジを忘れようとして。…第三東京…の戦いを、否定したいの? あの苦しかった日々を…あたしは、人間として、生きるため本能的に、あの時の記憶が残る世界から逃げ出したいのかしら。

違うわ。

あたしは自分で新しい道を切り開いているの。逃げ出してるんじゃない。でも、今は使徒と戦っていた時間の記憶に向き合うほど暇じゃないの。今日の事で精一杯なだけなのよ。あたしは逃げてなんかいない。

「あ、アスカ、大丈夫?」

柵によっかかって気分が悪そうにしているアスカを前にシンジはあたふたしている。
女の子って、寒すぎると身体に悪いんだったっけ?

「ああ、大丈夫、別に何でもないわ。…仕事の事で思わず考え事しちゃって。ごめんね、何だかさっきから変よねえ。」

1年前から普通の事になったはずなのだが、未だにシンジはアスカに素直に謝られると違和感を感じてしまう。
「ううん。こっちは、全然、構わないんだけど。考え事って?」

「シンジに言って分かる内容の話じゃないわ。」
また、作り笑い。

「それもそうだね。」
一言で引くシンジをアスカは冷静そうな目で見つめた。

ペンギン達が2人の周りに3匹ほど集まって来ていた。まるで彼等の話に耳を傾けるかのようだ。

また軽い声の調子で、アスカが言う。
「ペンギンって人間の話が分かるのかしら。」
「ペンペンなんかは、特にそんな感じがするね。多分かなり知能が高いんじゃないかな。」
「もし、使徒とかのいない別の世界にあたし達がいたらさ。赤木博士とかミサトとかでペンペン相手に研究してるかもしれないわね。人間の話を分からせようと、皆で必死になって。」澄まし顔で言うアスカ。
シンジも笑う。
「いいね。ネルフは国連直属のペンギン研究機関でね。」
「そうしたら、本部は山の中の地下なんかじゃなくて海辺の瀟洒な洋館になるわね。場所は、そうねえ、沖縄あたりかしら。」
「ペンギンなのに?」
「温泉ペンギンなんだから良いのよ。」

ペンギン達は水に潜っている。

「ペンペンは、元気にしてると思うよ。今、洞木さんの所だから。」
「ああ、そうなの。」
「前も教えたよ?」
「最近ヒカリにも連絡取ってないのよね。通信事情も良くないし。」
「そんなことないよ。向こうだって、2日位待てばちゃんとメールは届くよ。」
シンジはトウジとのメールを思い出しながら言った。
「そう? でも2人もよく一緒に行くなんて押し切ったわよね。いくらなんでも、16でね。」
「そうだね。2人とも、自信があったんだろうね。その、お互いへの気持ちに。」
「そうね。」
気のせいか、アスカの顔はやはり寂しげだった。

その後2人は大型の水槽や回遊水槽などを見て回り、最後に売店のコーナーに辿り着いた。小さな一角には、ぬいぐるみや絵葉書、どこでも売っていそうなおもちゃ等が申し訳程度に並んでいる。

「何か買おうか。」シンジは何となく聞いてみた。
「あんたが買ってくれるの。」
腕組みをしたひじでシンジをつつくアスカ。
「あ、うん、何かあれば、もちろん。」
「水族館で何って言われてもねえ…」
気の無い雰囲気でさらっと辺りを見回す。
それは見逃してしまっても何の不思議もない平凡な物だった。

「発見! シンジ。」改まった調子で言うアスカ。
「な、何。」
「何でも、買ってくれるって言ったわね。」
「え? で、でも、あんまり高いのは、ちょっと…」「高いわよ。」
含み笑いでアスカは自分の目の前の物をすっと指差した。
拍子抜けするシンジ。
「え、そんなのでいいの?」
「いいの。こういうのは気持ちの問題なのよ。」
「でも、そんなのじゃ僕が納得いかないよ。一応、その、友達かもしれないけどさ、もうちょっと…」
「何よ、あたしが選んだのよ。良いから文句言わずに買いなさい。」
「本当に、これで良いの?」
「良いのよ。」口調は怒っているが、笑ってアスカはシンジをレジに押した。
「250円になります。」
「はい。」
「有難うございました。」

袋にも包まれなかったそれをアスカは目の前にかざし、しげしげと見つめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それはクリスタルのついたキーホルダーだった。
 
 
 
クリスタルは中心部へかけて微妙なグラーデションがあり、青の深さが海のようだった。
 


「まあ、確かにあたしも、食事の場所決めてないのはシンジらしいって言ったけど…」
結構おいしそうにほおばりながら不満を垂れているアスカ。

水族館はそれなりに良かった。その後のブダペスト・フィルは寝てたから良く分からないけど、寝心地が良かったからまあ良い。しかし何でその後の締めがマックになるのだ。

「ごめん…まさか1つは定休日で、残りの2つは予約で一杯だなんて思っていなかったから…」
コーヒーを飲むシンジ。
もう少し時間があれば、間違いなく第二東京でも随一のおしゃれな南仏風小料理屋にでも行くはずだった。しかし準備時間の無さとシンジの優柔不断な性格が災いして、彼の計画にあったレストランの名前は全て企画倒れとなってしまった。アスカに「どこでもいいからどっかに行かせろ」とどやされた結果がすぐ目の前にあったハンバーガー屋であった。
「普通はそれでも、ちょっとは小洒落た喫茶店なりどこか探すもんでしょ。まあ期待もしてなかったけどさ。」
「ご、ごめん…」

アスカはその気になれば恋人達が行くような雰囲気の良いレストランのあてはあった。しかし、これはシンジの決めるべき事だとアスカは考えた。そもそもシンジはただの友人だ。

シンジは向かい席の迫力にやや恐怖を感じながらも、聞いてしまう。
「そ、そんなに食べて大丈夫なの?」
低い声で返答が返る。
「何が?」コーラに口を付けてからまたダブルチーズバーガーをほおばるアスカ。既に3個目だ。
「ふ、太らない?」
「レディにそんな事言うもんじゃないわ。…大丈夫よ。ちゃんと計算してるから。」
はた目にはヤケ食いにしか見えないが、彼女の中では設定範囲内の食欲らしい。
「まあ、なら、いいんですけど…」
見る見る間に食べ尽くすアスカ。
「ふう。ごちそうさま。」
「はあ、どういたしまして…」

こんなにあっけなく「ディナー」が終わるとは思っていなかったシンジ。
 
 
第二東京のメインストリート。夜8時。まだやや明かるい。人通りは途切れることがない。

「悪いわね、おごってもらっちゃって。」
全く悪びれていそうにないアスカの声。
「高かったからね。1220円。」キーホルダーと合わせて1470円。気合を入れて貯金を下ろしたのは一体何の意味があったのだ。何だか疲れた感じのシンジ。
アスカはふーっ、と息を付いた。もう目の前は新松本駅への地下道の入り口だ。
「じゃあ、帰るわ。今日はありがと。」軽い笑顔。
「え。」
それは、確かに予定としてはこれだけだけど。
「いや、あの、もうちょっといようよ。あの…忙しかったら、しょうがないけど…」
「そう?…フ、そうねえ。何だか飲み足りないわ。」
「え?」
アスカは戸惑うシンジを通り過ぎ、そばの自動販売機で缶コーヒーを買った。
「ほら。あんたも何か飲む。」
「あ、うん。じゃあ、僕も同じの。」
アスカは何も言わずに買って、取り出した缶をシンジに投げた。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
歩道のガードレールの上に腰を置く2人。

周りの喧騒に押されるように、沈黙が続く。

「あの…本当にありがとう。今日一日、我儘聞いてくれて。」
アスカの方をちらちら見ながらシンジは言った。
「…」
アスカはどう答えるべきか考えているようだった。
「今日は、とても楽しかったわ。」
アスカは缶を持った手を置き、シンジをまっすぐ見て言った。
「でも、今日は特例。もうこれ以上こういうのは無し。やっぱりデートは友人同士でするものじゃないわ。分かってるわよね。」
シンジは笑顔を崩さなかった。
「うん。だから今度アスカとデートする時は、僕がアスカの恋人になった時だね。」
「分かってる上で、嫌がらせで言ってるでしょ。」
視線を戻すアスカ。
「そんなことないよ。確かに森さんは良い人かもしれないけど、僕は僕なりの良さを磨くように努力するよ。アスカの相手になれるのが何時かは分からないけど、必ずなってみせるよ。」
「…期待してるわ。」全く気の無い声でコーヒーを飲みながら言うアスカ。
フン。まったく、明らかにこのあたしに対して、どう言ったら不愉快にさせる事が出来るかを研究して言っているとしか思えないわよねえ。良かったわね、あたしが大人になっていて。自分に素直な昔のあたしなら、今頃殺傷事件で大通りが騒然となっていたところでしょうね。

彼女は缶コーヒーを飲み干した。

「じゃあ、あたし本当に行くわ。明日も早いのよ。」
「…そうなんだ。」
缶をゴミ箱に投げ入れる。
アスカは、5m先の地下道入り口の階段に立った。
「それじゃ、今日はどうも。」わぞとらしく御辞儀をするアスカ。
シンジはあわててガードレールを離れ歩道に立つ。
「あ、アスカ。」
「何?」
「あの…お誕生日、おめでとう。」
アスカからふっと笑顔が消えた。
「あ…ありがとう…」

そうだ。忘れてた。あたし何時からこんなに忘れっぽくなったんだろう。それに森さんも金曜日、そんなこと一言も言わなかったし…
「ありがとう。それじゃあね。」
アスカはほとんど駆け出すようにその場を離れていた。何故だか自分でも良く分からなかった。

シンジはしばらくの間、まだアスカがいるかのように階段を見ていた。

シンジの顔は微笑んでいた。
 


松代の自宅に戻ったアスカは、シャワーを浴びてそのまましばらくソファに座って考え事をしていた。本当は速く眠りたいのだが、髪を痛めたくないアスカは、しばらく自然乾燥させてからゆっくり低温のドライヤーでセットをする主義なのだ。

彼女は溜め息をついた。

何やってんだか…何処の世界に、「デートをする友人」なんてのがいるのよ。やっぱり森さんだってちゃんと止めてくれたら良かったのに…はあ…しかも行った所もよりにもよって安い所ばっか。水族館に、どこかのオーケストラのコンサート…これはちょっと高いのか…後、ハンバーガー3個。全く不愉快もいい所だわ! 何でよ。
 

何で、それなのに楽しいのよ…

何で、それなのに顔を見てるだけで安らいでるのよ。

何で、言ってる事の真意が気になるのよ。
 
 
何よ今更、持ち上げられたからって良い気分になってさ。この浮気者。
…あんたは、否定したのよ。本人の目の前で。残酷なまでにはっきりと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

でも、あたしは…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

好きなのよ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あんな奴だけど、本当は今でも好きなのよ。

好きだったの。

あいつの曇りの無い笑顔を見ただけで、何だか泣けてきそうな位引き込まれてた。あいつの暖かい胸の中ならいつまでも眠ることが出来た。

あいつはあたしを救ってくれたの。ケーブルが切れて、「これで終わりだ」と思った時、D型装備も付けずに…熱かったよね、シンジ…本当は、最初に会った時から気になってた。3バカの中で誰がパイロットかなんて一目で分かったわ。強くもない癖に、何でそんな思いつめた瞳をしてるのよ。…第七使徒を倒した後で、前夜、あたしにキスしかけていたって聞いた時は、今考えれば…嬉しかったんだろうと、思う。しばらくしてから、本当にキスしたよね。…でも、雰囲気は最悪だったね。あの時は、あたし、加持さんへの憧れが全てだと思っていたから…だったらキスなんかしなきゃ良かったのにね。ごめんね、シンジ、本当にごめんね…

それから、しばらくは、何の記憶も残ってない。記録等から、あたし達が更に絶望的な戦いに巻き込まれて、あたしがシンクロ率の低下から、最終的に自分の殻に閉じこもってしまっていたというのは、もちろん知識としては知っているけど。あの時のあたしにとって、エヴァは自分の全てだった。その操縦能力が低下したら、自分の価値が無くなるのは当たり前よね。でも、何でか、ネルフ本部消滅後、あたしの目が覚めたときは、そういった鬱屈はきれいに無くなっていたわ。そもそも破棄されていたとはいえ、エヴァに関してパイロットとしての関心は無くなっていた。何故かは、未だに分からないけど…眠っている間に、何があったんだろう。
その後は、シンジとマヤと3人で暮らすことになった。何を間違えたかあいつはいきなり告白しやがって、あたしも間違えて「いい」と答えてしまった。

あたしはあいつが痛いほど好きだった。
あいつと一緒の体になりたいって思った。だから何度も抱きしめて、何度もキスをして、何度もセックスをした。
だけど、それでは何かが足りなかった。

今度はあいつがあたしの生きる価値になっていった。そもそもあたしは、日本の高校なんて何もしないでもそこそこの成績はキープできる。あたしの興味、関心の対象は全てあいつに向けられていた。

あたしはあいつを抱きしめたかった。皮膚から溶けて、細胞レベルで全部一緒の意識になりたかった。
 
 
でも、それは永久に不可能な事だった。
 

何時からだったかなんて覚えてないけど、あたしはどこまでもシンジに溺れて行く自分に恐怖を感じた。以前のように、また自分を保てなくなるのではないかと感じた。こんなわがままで、乱暴で、かわいくない、何にも無い女の子なのに、シンジは全てを許して愛してくれる。どこでもあたしの不安に応えてくれる。彼の優しさには限界が無かった。

シンジはあたしの言うことなら何でも聞いてくれるんだ。

そう思いだすと、あたしはますます自分が、シンジが怖くなった。シンジは余りにも出来過ぎていた。シンジのような優しすぎる男は、あたしなんかじゃそぐわないと思った。
 
 
 
 
 
 
 

だからあたしはシンジを振った。

全部シンジがスケベなせいにして、あたしはシンジから逃げた。本当はあの時だってシンジが欲しくて、たまらなかったのに。
シンジは馬鹿だから、一発であたしの演技を信じきっていた。あの時に新しい彼が出来たとか何とか、出任せで言ったけど嘘だって分かんなかったのかしら。…後から森さんの事だって思ったのかな。

あたしは自分がシンジだけになってしまわないうちに、急いでシンジのいる空間から離れた。運良く人類補償委員会から来ていたメールを「ゴミ箱」フォルダから再び出して読み直し、学校をやめて何とか入れて貰った。研究施設の場所が近い事を口実に松代に引っ越した。マヤには悪いけど、あたしはあたしの自我を守る事に懸命だった。本当は海外にでも行けたら良かったんだけど、現状ではこれがベストだった。

シンジ。あたしはあんたが好き。

でも好きだからこそ、一緒には、絶対、いられないのよ。あんたには、ファーストみたいな、ぴったりの相手が必ずいるはずよ。だからその人と幸せになって。あたしと一緒だと、いつか、お互いを傷つけてしまうと思う…
 
だからあたしを愛してるだなんて言わないで。あんたは、自分が思ってるよりはずっと良い男なのよ。もう少し積極的な性格になったら、クラスの女子達だって放っておかないと思う。
 

あたしは、もう良い人を見付けたわ。彼は…ちょっとあんたに似てガキだけど、あんた程不用意に心に土足で入って来たりはしないわ。
それにあたしも、加持さんに憧れていた時とは変わった。今思えば、あの時の想いは恋ではなく憧れだったって分かる。でも、今あたしの好きな人は、少し年齢差はあるけど、あたしと対等の関係なの。あたしが落ち込む時は彼に慰めてもらうかもしれないし、彼が落ち込んでいる時はあたしが慰める。あたしが元気なら彼は喜ぶし、彼が元気ならあたしも嬉しいわ。…合理的でしょ。それにあいつは、実際あんたよりもガキな位だから、あたしがいないと危なっかしくて見てらんないのよ。これは、別にあんたから離れたくて無理矢理見付けたりした訳じゃないわ…彼となら、良いパートナーになれると思う。あたしの森さんへの気持ちは、嘘じゃない。
 
 
 
 
 
 
 
 
アスカは、ふと自分の髪を触った。まだ湿っていたが、大分乾きつつあった。アスカはドライヤーを取りに洗面台に向かおうと立ち上がった。ついでにリモコンでテレビをつける。
 
 
 
 
彼女はテーブルに置きっぱなしのバッグからむきだしのキーホルダーを取り出して、苦笑した。

「全く、何でこんな物買ったんだか。」

覗き込む彼女の瞳は青かった。

つづく


次回に続くよどこまでも
 
ver.-1.01 1997-07/17 公開
 
感想・質問・誤字情報などは こちらまで!


わざわざ書くのも野暮ですけど、この連載の背景色・文字色は、もちろん今回のキーホルダーに合わせてこんな色なんです。ウフフのフ。
え? 森との映画はどうなったって? うんと、割愛。(^^;
それはともかく私の文って一文がやたらと長いのね。皆、音読する時(どんな時だよ)は早口で読んでね。ある意味橋田寿○子?

それでは、「来週も、地味に地味に!」


 フラン研さんの『キーホルダー』第六話、公開です!
 

 この『キーホルダー』、もっとも読むのが楽しみで
 かつ、辛い作品の一つなんです。
 すっごく上手くて、すっごく面白いんですが、
 ・・・・・・私はLAS(ラブラブ アスカxシンジ)の人だから(^^;

 な、もんで、
 いつも気合いを入れてから読み始めるんですよ。
 

 で、今回読み終わっての感想。

 なんなんだろう・・・この寂しさは・・・・

 「実はアスカはシンジが好きで、でも」こうであったらいいなぁ−−が、
 本当になったらなったでなんだか・・・・・

 希望がいきなりあっさり思い掛けず突然叶ってしまい、戸惑う。
 俺って、S?
 

 「好き、でも一緒に入られない」

 ”真綿”の世界が迫ってきていることに違いはないので、
 これからもサディスティックな快感を楽しみましょう。

 違う意味で首を絞められる展開になりそうです(^^;
 

 そうそう、
 メールの文調がいつもと違っていたんです
 ・・・・フラン研さんに一体何が起こったんだ?!(笑)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 実力者でありながら人気投票で伸び悩むフラン研さんにメールと一票を!


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