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 「な、何なのよ!あれは?!」

 本部に撤退しながら市街地を疾駆していたアスカは鎧の胸の部分を鷲掴みにして叫んだ。突如としてネオトウキョウ一帯に響きわたった大音量の”歌”は聴く者全ての心に直接突き刺さってきた。
 ズキズキした胸の痛みは本部に近づくに従って強くなってくる。アスカとともに走っていたネルフの職員の中には苦しみに耐えきれず倒れ込む者もいた。

 「ミサトどうするの?!」

 倒れ込んだ者をどうするか迷ったアスカは、殿を守りながら追いついてきた部隊にミサトを発見すると大声で言った。

 「動けない者は動ける人間が手分けして運んで!敵の足も止まっているようだから落ち着いてやれば大丈夫よ」

 ミサトは顔をしかめながら大声で宣言した。
 進軍の速度が落ちているというのに、敵の気配が一向に近づいてこない。おそらく敵も同じように苦しんでいる。ミサトは胸をかきむしられるような感覚に耐えながらそう判断した。

 「日向君、後をお願い。本部まで後退したら冬月副司令の指示に従って頂戴」

 ミサトは傍らにピッタリとくっついていたマコトにそう耳打ちすると、腰の剣をあらためた。

 「葛城少佐はどこに?」

 「大元を断ちに行くわ。歌は本部東側からよ」

 「ぼ、僕も一緒に行きます!」

 「いやあなたは部隊を統率して本部まで後退して。ここはアスカと私で行くわ」

 マコトは再度懇願するような目をしたが、ミサトの瞳にはそれ以上に強い光が宿っていた。マコトは自分が役に立たないことを情けなく思うと同時に、懇願が私情から生まれたことを恥じた。

 「アスカ、大丈夫?」

 「ええ、少し気持ち悪いけど問題ないわ」

 マコトの内心を知ってか知らずか、ミサトは最後にウィンクをするとアスカと共に本部ビル東側に向かって走り去った。マコトはやや呆然としてその背中を見送った後、ミサトに託された自分の役割を思いだし気合いを入れ直した。

 「負傷者を最優先だ。第二大隊で動ける者は私と一緒に殿を務めてくれ。本部にたどり着いたら発令所に連絡をとって戦列を立て直す。では行動開始!」

 マコトはミサトから与えられた任務を具体化するとなるべく大げさな声を出した。これほど大きな部隊の指揮をしたことはない。少しでも威厳のある声を出さないと、部下が自分の命令に従わないような気がした。
 それでもマコトの心配は杞憂で終わった。
 訓練の行き届いたネルフ作戦行動部は、不慣れな指揮官のせいでやや不規則な隊列をとりながらも無事に退却した。敵の出足はミサトの想像よりもずっと鈍く、追いつかれることはなかった。

 ミサトの想像が最悪を極めていたのは、彼女自身が向かった本部東側であった。そこには複数の使徒と怯える保安職員、心配そうなカオル、そして獣のような咆吼を上げるシンジの姿があった。


 

「ギャルルゥゥ!!!」「シンジ!!」


 アスカの絶叫とシンジのうなり声が明らかな不協和音を醸し出して重なった。




ジオフロント創世記

第24話

龍王降臨



 (なんなんだ?!これは!!)


 シンジは心の中で絶叫していた。自分の中の何かが吼えている。


 (怒れ・・・・・、壊せ・・・・・、全てを憎め・・・・・)


 (何を言っているんだよ?!)


 (この世界は貴様に何をしてくれた。無理矢理戦いに引きずり込み、貴様とその幼なじみを危険な目に遭わせただけではないか)


 (で、でもいいこともあったんだよ!)


 (そんなものは幻想にすぎない。見よ、これがこの世界の真実だ)


 恐怖、嫉妬、憎悪、裏切り、別れ、鮮血、戦い、死


 シンジの心の中に現れては消えていく光景。それは親子の骨肉の争いや友人の裏切りによる戦い、残虐な虐殺、愛しい人との血をともなった別れ、どす黒い陰謀・・・・・。そして最後に浮かび上がってきた光景は血塗れになったシンジの姿であった。その足下にはシンジの知り合いの死体が打ち捨てられている。
 胴体を真っ二つにされて倒れているミサト、氷漬けにされたリツコ、胸を貫かれたマコトとシゲル、ズタズタに切り裂かれたマヤ、頭をかち割られた加持、八つ裂きにされて土色の顔をしているゲンシュウ、心臓をえぐり出されたシャルロット、そして首だけになったカオル。
 それらの虐殺をおこなったのはシンジ自身であった。爬虫類のような黒い笑みを浮かべたシンジは最後に笑いながらアスカに近づくとその首をしめた。アスカは何かを叫んでいるがシンジには聞こえない。ただ首に入れる力を強めただけだ。
 親しい人を殺して回ったシンジの背後にいるのは、氷のような仮面を表情に浮かべたゲンドウと無表情なレイであった。

 「全てを殺せ、シンジ。おまえをとりまく全てのものを」

 (嫌だ!本当は僕はこんなことはしたくないんだ!!)

 「いいえ、違うわ。これはあなたが臨んだことよ」

 最後に無音の高笑いをするゲンドウと冷酷な笑みを浮かべたレイの顔が映し出される。シンジはついにアスカを絞め殺してその首をもぎ取った。


 ドックン


 シンジの中で何かが目覚めようとしている。覚醒しようとしているのは幻か、現実か?本当のシンジなのか、あるいは操られたシンジなのか?
 シンジ自身にも分からなかった。だが何かが心の中で悲鳴をあげている。


 ドクンッドクンッドクンッ


 鼓動は加速度的に速くなっていく。もはやシンジの意志とは無関係に。


 ドクッドクッドクッドクッドクッドクッ


 シンジの中に巣くう巨大なもの。それはシンジと一体であるのか、それともあるいは創り出されたものなのか?


 「ううわわわわわぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 シンジは絶叫した。
 10:00をもって始まった一連の戦いは、最後の幕を迎えようとしていた。アラエルの”歌”は振り下ろされたコンダクターの棒であったのだ。最終楽章は第一小節からフォルテッシモで始まり、その後に何が続くかは誰にも想像できなかった。




 「シンジ君!アラエルの歌声に惑わされるな!自分をしっかり保つんだ!!」

 上空から舞い降りてきたカオルの呼びかけもむなしくシンジは苦悶の表情で絶叫を続けている。カオルは眉間にしわを作ると、遙か上空で背中の真っ白な羽根をはためかせながら歌い続けているアラエルを睨み付けた。
 アラエルの”歌”は標的の心に入り込むとその精神をズタズタに引き裂き、奴隷と化す力を秘めている。カオルは強い精神力と予備知識があるので至近距離でもなんとかなるが、他の人間は一溜まりもなかった。
 シンジを護衛していた保安部職員などは、最初の一声だけで叫び声をあげながら絶命していた。シンジがショウ=イロウルとの戦いでなまじ自信をつけていたのも逆効果だった。アラエルの”歌”は、相手の正体も現在の状況も分からないままに前にでて戦おうとするシンジのはやる心につけ込んでいた。

 「シンジ君!しっかりするんだ!!」

 カオルは肩を掴んで揺さぶって見たが効果はない。こうなってしまった以上は元凶であるアラエルを叩くしかない。カオルは唇を堅く噛みしめると槍を握りなおした。

 「どこへ行く?タブリス・・・・・」

 地獄の亡者のようなうなり声がカオルを引き留める。振り向いた時にはもう遅かった。カオルは首から上と右腕をなくしたマトリエルにしがみつかれてしまっていた。

 「しまった!!」

 カオルはらしくない大声をあげた。そして鋭い舌打ちとともに身体をごと上昇させる。
 カオルは逃げたのではない。マトリエルの攻撃を避けたわけでもなかった。マトリエルに戦闘能力がないことは、そばにいるカオルが最もよく知悉していた。体液をまき散らしながら突進してきたマトリエルがしようとしたことはもはや攻撃と呼べる類のものではなかった。


 ドッカンッ!!


 カオルに引きずられるようにして上空に舞い上がったマトリエルの身体が轟音とともに四散する。雨天使の二つ名を持ち、鋼鉄をも溶かす溶解液を操る使徒が最後におこなったことは自爆であった。
 さけきれないと思ったカオルは、近くにいたシンジへのダメージを避けるために上空に身体を運んでいた。咄嗟にフィールドを張り巡らせることによりマトリエルの溶解液を浴びることとコアへの直撃は免れたカオルだが、マトリエルの肉体が四散した後、墜落するかのように無様な格好で地に墜ちた。

 「くっ・・・・・」

 翼をもがれたカオルはしたたかに地上に叩きつけられた。それでもなんとか立ち上がったカオルはヨロヨロとする足に無理矢理力を込めて戦闘態勢をとる。シャムシェルとレリエルの第二撃にそなえるためだ。
 だがカオルが恐れていた追撃はなかった。
 上空にいたシャムシェルとレリエルも動けなかったのだ。彼らの前にはアラエルを守るように黒い八角形で結界を張るラミエルと、その横に超然と佇むアルサミエルの姿があった。アラエルにもカオルにも、そしてシンジにも迂闊に攻撃を仕掛けられなくなったシャムシェルとレリエルは不本意な対峙を強いられていた。


 「シンジ!シンジッ!!シンジーーーー!!!」


 前方で飢えた獣のような目をしているシンジを見つめながら疾走するアスカの顔は、精悍な戦士のそれではなかった。自分の大切な幼なじみが化け物のような姿に変わろうとしている。アスカはただシンジの名を叫びながら走り続けることしかできなかった。

 「アスカ、気を付けなさい!あの様子はただごとではないわ!!」

 併走するミサトは相変わらず鳴り響いているアラエルの”歌”に顔をしかめながも走るスピードは落とさなかった。ミサトの絞り出すような声もアスカの耳に入っているかどうかは疑わしい。シンジはそうであるが、ミサトの横を走る少女も明らかに冷静さを欠いているようであった。


 「グワゥゥルゥーーー」


 アスカとミサトが到着した時のシンジの声は、見るからに人間のものではなかった。背中を少し猫背にして両腕を垂らし、EVA01をもったまま震えているシンジは、凶暴な獣と飢えた亡者の姿を同時に連想させた。

 「シンジッ!!」

 駆け寄ろうとするアスカをミサトが背後から抱き留める。

 「は、離して!ミサト!!」

 「落ち着きなさい!あなたまで冷静さを失ってどうするの?!」

 「で、でもシンジがシンジが・・・・」

 ミサトの腕の中で手足を不器用に暴れさせたアスカは、ただ幼なじみの名前を連呼すると涙を流していた。
 だがそんなアスカの思いは報われることがなかった。シンジはアスカとミサトを視界に入れたが全く気にもとめていない様子だ。今のシンジにとっては、幼なじみも保護者のやさしいお姉さんも辺りに散らばった瓦礫と同様の価値しかないらしい。


 「ギシャギシャギシャッ」


 普段のシンジとは想像も付かないような叫び声をあげたシンジは、不機嫌そうに街の南に顔を向けた。真っ赤に燃えるシンジの視線の先にはアラエルの”歌”で見境もなく暴れだし、同士討ちまで始めた妖魔断達がいた。


 「ギャルルゥゥゥ」


 もう一度うなり声をあげたシンジは、いきなり飛び上がると暴れる妖魔の方に突進していった。そして無造作に剣を振り回す。シンジが手にしたEVA01からは闘気が形を変えた光の刃がついており、一閃ごとに数十の妖魔を切り裂いた。
 それはもはや戦闘と呼べる代物でもなかった。
 圧倒的なまでの力を発揮し妖魔を切り裂くシンジは、愉しそうに高笑いをしながら剣を振るっている。虐殺というものでさえ、当事者にはなんらかの心の揺れと目的がある。
 シンジがしている行為は戦闘は勿論、虐殺とさえ呼称できないものであった。ただ愉しみのために刃を振るう。逃げまどう妖魔を追いかけてまで急所に剣を突き立てるシンジは、空から見守る使徒達すら絶句させた。

 「アラエル、あれはおまえがやらせていることなのか?」

 アルサミエルは怪訝な表情を作るとアラエルに口元を寄せた。

 「い、いや。違う・・・・・」

 顔をしかめ場殻そう言ったアラエルは苦しそうに”歌”を中断させた。

 「あれは私が意図したものではない。心を破壊し操ろうとしたが、奴の逆鱗にふれただけであったようだ」

 「”運命の子”として覚醒したわけか?」

 「分からん。だがこれだけは言える。今のやつは危険だ。我々にとってもな」

 アラエルは息を整えながら言うとラミエルに目で後退するよう指示をだした。ふと見ればレリエルとシャムシェルも同じ結論にたどり着いたようであった。
 互いに距離をとりながら後退していく二つの使徒。神の御使いの名を持ち、絶大な力を持つ彼らにさえ、今のシンジは手が着けられない化け物に見えた。かつてアダムが神の目にそう見えたように。




 「何が起きたというの?!」

 狼狽するミサトとアスカの元にシャルロットが到着していた。街の北側で魔族の大軍と対峙していたシャルロットであったが、アラエルの歌声によって敵が乱れると陣形を攻撃形態にして敵中枢部を直撃し、四散した敵軍を見届けると直ちにブラッディーローズを本部に帰して、自らは元凶の場に赴いていた。

 「わ、分かりません。使徒の精神攻撃と思われる歌のようなものをシンジ君が聴いたかと思うといきなりああなってしまって・・・・・」

 状況を掴めていないミサトの返答は歯切れが悪かった。

 「使徒達は?」

 「一時撤退したようです」

 シャルロットは端正な眉を歪ませると考え込んだ。彼女の鋭利な頭脳がうなりをあげて回転している。歴史に隠された事実を記憶の奥底から片っ端から引きずり出すと、現在の状況に合わせて再構築する。シャルロットはまばたき一回する間にさまざまな可能性について考えていたがはっきりとした答えは出なかった。

 「シンジ君は?・・・・・」

 シャルロットの嗜好が行き詰まりを見せた頃、身体をひきずるようにしたカオルが現れた。顔にはいつもの微笑を浮かべているが、槍で身体を支えなければならないほどに調子は良くないようだ。

 「カオル?大丈夫なの?」

 「やあ、シャルロット。今日も綺麗だね」

 カオルの軽口も精彩を欠いている。シャルロットはさらに表情を険しくした。カオルの下手な誉め言葉に反応したわけではない。凡庸なことしか言えなくなっているカオルの調子の悪さに顔をしかめたのだ。

 「随分こっぴどくやられたわね」

 「それはお互い様だよ。シャルだって魔力を使い果たしたようじゃないか」

 傷ついていてもカオルの目はごまかせなかった。一見颯爽と登場したように見えるシャルロットだが、実はかなり疲労していた。長時間に渡って強力な結界を張り続け、連続して激しい戦闘を指揮してきたのだから無理もない。
 ブラッディーロースの集団戦法は、シャルロットという最高級の剣士がいるからこそ成り立つものであって、彼女にかかる負担は並大抵のものではなかった。

 「今のあなたよりはましよ」

 それでもシャルロットは気丈にも黄金に輝く剣を抜き放つと、妖魔を葬り去って退屈そうに上空でうなり声をあげるシンジを見上げた。

 「今の君ではシンジ君の相手は無理だよ」

 「でも誰かが止めなくてはならなくてよ」

 シャルロットとカオルの間に緊張が走る。確かに誰かがシンジを止めなくてはならなかった。だがそれが可能な者がはたしているのだろうか?ミサトは自分の力の無さに落胆した。
  天王流四天王の一角だなんておだてあげられても、今の自分では疲弊したシャルロットとカオル相手でも五分に戦えるかどうか怪しいものだ。ましてや荒ぶる破壊神と化したシンジの相手ができるはずがない。


 「グワゥゥーーーー」


 ミサトの苦悩をあざ笑うかのように上空のシンジは吼えた。シンジの足下には僅かな時間で彼が斬り捨てた妖魔の残骸が死臭を放っていた。

 「覚醒したというの?”運命の子”として・・・・・」

 「いや、あれは違うよ。中途半端もいいとこさ。真の覚醒を迎えるにはまだまだ必要なファクターがあるよ」

 絶望に打ちひしがれるミサトの耳に意味不明な会話が飛び込んできた。
 ”運命の子”?真の覚醒?
 混乱したミサトの頭はそれが何であるか解明することはできなかった。それに対する疑問を口にすることさえできなかった。だが”運命の子”という言葉は妙にミサトの脳に残った。


 「ギャルルゥゥゥ!!」


 一際大きいシンジの咆吼は、呆然としていたミサトの意識を現実に戻らせた。猛獣のごときうなり声を上げたシンジは剣を頭上に掲げると気を剣に集中させ始めている。

 「いけない!シンジ君の正面から離れて!!」

 ミサトにはシンジがどんな技を放とうとしているのか即座に分かった。妖魔を殲滅したシンジは更なる敵を求めてミサトやアスカのいる方角を向いている。このままではシンジの技を正面から受けてしまうことになる。
 ミサトの悲鳴にも似た忠告を受けてシャルロットとカオルは左右に飛びずさる。ミサトも放心したようにシンジの名だけを連呼するアスカを抱えて身を背けた。


 キィイイーーーン


 シンジがEVA01を振り下ろすと同時に大気が裂ける。シンジが創り出した一条の光は振り下ろした剣先の延長上にある全てのものを切り裂いた。


 ズィィーーン ガッシャン


 ネルフ本部ビル東側にある尖塔型の建物が真っ二つになる。地上12階建ての巨大な建物は鮮やかな断面を残してずり落ちると爆音を立てて崩れ落ちた。

 「これがこの世に斬れぬものなしと謳われる天王流四龍技、天龍斬・・・・」

 シャルロットはシンジが繰り出した技の名を知っていた。実際に見たことがあるわけではなかったが、彼女ほどの傑出した剣士になると他流派の技であっても一通りの知識は持ち合わせている。

 「まだです!天の龍が牙をむくのはこれからです!!」

 爆風に吹き飛ばされながらもミサトは叫んだ。樹木にしたたかに打ち付けられたミサトは抱え込んでいたアスカを思わず離してしまったが、警告することだけは何とか実行した。
 ミサトが言った通り、天王流四龍技の一つ天龍斬の真の力が発揮されるのはこれからであった。四龍技の中にあって天龍斬が禁忌の技とされる所以はここからであった。


 シュゥーーーーー


 シンジが斬ったのは建物や大気だけでなかった。空間までも断ち切ったシンジの一撃は剣光の左と右の景色を簿妙に歪ませていた。一瞬静まり返った一帯に再びうなり声のような音が響きわたる。
 シンジが発したものではない。シンジが斬ったおかげでずれた空間がうなりをあげているのだ。真空状態のようになった空間の断層は凄まじい風を巻き起こし周囲にある全てのものを飲み込もうとしていた。
 シンジが創り出した断層はうなり声のような風を発して土砂や瓦礫、妖魔の死体の破片までも吸い上げ始めた。吸い込まれたものがどうなるかはよくわからない。だが次元の裂け目というのは鋭利な刃物のようなもので、その上致死性の毒物が塗られていると思った方がいい。
 突風に吸い込まれれば、ミキサーにかけられたようにバラバラに引き裂かれてしまうことであろう。おまけに運良く次元断層の刃をかいくぐったとしても行き着く先はどことも知れぬ虚数空間。ミサト達は自分の身体を大地にへばりつけ菱に嵐を避けなければならなかった。

 「シ、シンジ・・・・・・」

 そんな中一人でヨロヨロと歩き出した者がいる。
 自殺行為に等しい行動をとったのはアスカであった。アスカは放心ぎみに歩き出すと上空で悪鬼のような形相で佇むシンジの方をただ見つめている。

 「アスカ!戻りなさい!!今は駄目よ!!!」

 ミサトの制止も吹き荒れる風に邪魔されて届いていなかった。飛び出して助けなければ、そう思ったミサトだが風は益々強くなっている。奇跡でも起こさない限り吸い込まれて切り刻まれるのは確実であった。

 (それでもやらなければ!)

 ミサトが悲壮なまでの決意を固めて飛び出そうとした瞬間、それを制止した人間がいた。

 「待て、葛城。アスカは俺が助ける」

 それが誰の声であるかはすぐにわかった。だがミサトが思い浮かべた男は後ろから肩にに軽く手を置くと瞬時に姿を消した。耳元に声だけ残されたミサトが愛しい男の名を叫んだのと、アスカが次元断層に吸い込まれるのは同時であった。


 「加持!アスカッーーー!!」


 暴風が吹き荒れているにも関わらずミサトの絶叫はよく通った。それは彼女の思いの丈が全て込められていたからかもしれない。そしてミサトの絶叫が鳴り終わった頃、猛威を振るった次元断層は閉じた。
 カオル、シャルロット、ミサト、の三人が三人三様の決意の顔を浮かべて立ち上がる。もはやできるかという問題ではない。やらなければならないのだ。だがその時、それぞれの決意と同じくらい大きな気がいきなり上空に出現した。


 バサッバサッバサッ


 翼がはためく音がする。
 丁度ミサトがいた辺りに音を発したものの影が映った。巨大な体に広い翼、長い尾と特有の咆吼を発しながら降り立つそれが何であるかミサトにもすぐに理解できた。

 「ドラゴン?!しかもゴールドドラゴン!!なぜここに?!」

 ミサトの疑問をよそに巨大な体を大地に付けた黄金の鱗を持つ龍は、首をもたげると騎乗していた主を地に降り立たせた。

 「俺が行こう」

 さして大きくない一言であたが、その言葉はミサトの心を根底から揺るがした。

 「カオル、槍を貸せ」

 まるで友人から筆記用具でも受け取るような落ち着いた仕草で、カオルが投げてよこしたEVA08を掴んだその男は、感触を確かめるかのように長大な槍を振り回した。

 (何者?)

 ミサトとは初対面の人物であった。1mgの無駄な肉もついていないような鍛えぬかれた長身、黄金の鎧を身につけ、圧倒的なまでの気を放っている。年は30代半ばといったところであろうか?顔は身体つきとは対称的に繊細で細面。ミサトは誰かに似ていると思った。
 ゲンドウ?ゲンシュウ?ショウ?
 いや、違う。その誰とも似ていない。ミサトは知り合いの男のカ顔を片っ端から引っぱり出すと目の前の男のカオと重ね合わせた。

 (これでもない、こいつでもない、彼でもないし・・・・)

 ミサトが知り合いの男性の顔を並べ終えた時、最後に方に引っかかる顔がでてきた。年齢が違うからすぐには思い浮かばなかったのだ。連想した顔とはシンジである。目の前の男はシンジが成長して精悍になり、鍛えられたような姿をしていた。実の父親であるゲンドウよりもシンジに似ているかもしれない。顎髭がない分、両者の酷似は際だっていた。

 「さて、では行くか」

 シンジ似の男は最後にシャルロットに目配せすると口笛でも吹いているかのように軽快に飛び上がった。ものすごい速さで上昇するとシンジの目の前でピタリと止まる。ミサトはその飛行法を見て驚いた。

 「そ、そんな、風の精霊と融合している?!」

 男は飛行呪文を唱えたわけではなかった。魔法装置を付けているわけでもない。彼は風の精霊を体内に取り入れることによって自在に空を駆け回ったのだ。精霊の根源たる龍脈を操るくらいの力の持ち主でなければ不可能なことだった。それがどんなに難しいことであるかは精霊魔法の使い手でもあるミサトにはよく分かった。


 キィイーーーン


 ミサトの混乱を打ち消すように上空で対峙していた両者は打ち合った。耳が痛くなるような金属音が鳴り響く。渾身の一撃を防がれたシンジは不愉快そうにうなり声を上げると剣を頭上に振りかざした。
 先程と同じ天龍斬の構え。
 惨劇は繰り返されるのか?だが男はシンジの正面から逃げようとはしなかった。慎重に槍を構えて気を高めている。
 シンジの剣が振り下ろされた。この世に斬れぬものなしと言われる天龍斬。まともに受ければ間違いなく真っ二つである。しかし男は身体を避ける代わりに槍を真一文字に振り上げた。


 シュキィーーン


 シンジの天龍斬は消滅した。男は莫大な光量を発する刃を創り出し、シンジが斬った空間ごと斬り返して消滅させたのであった。シンジはその後激怒したような咆吼を上げると狂ったような斬撃を続けざまに叩きつける。その一振り一振りは、神を斬り殺すに足るような破壊力を秘めたものであたが、男はなんとそれを受け止めていた。
 地上で見上げるミサトは目を丸くするばかりである。ミサトだけではない。本部まで退避していたマコト率いる作戦行動部隊も、発令所で計測不能の数値に驚愕するマヤも、彼とは初対面のアラエルを除く使徒たちもただ見つめることしかできなくなっていた。

 「シャルロット少将!彼は一体何者なんです?!」

 ミサトは鬼神のごとき働きぶりでシンジと互角にやり合っている男の正体を尋ねた。カオルも知っているようだが、シャルロットの方が答えてくれる確率が高いと踏んだのだ。ミサトに強い口調で問われたシャルロットは、一旦目を閉じるとフルートのような優美な声を出した。

 「UN軍八旗衆筆頭、”黄金”の旗将にしてEVA08光の槍の真の適格者」

 シャルロットはここで一度言葉を止めた。言いにくそうにしているというわけではなく、ミサトに理解する時間を与えているような感じである。そしてミサトがカラカラの喉にわずかに残っていた唾液を飲み込むのを確認したかのように後を続ける。


 「名は碇ヤマト。シンジの母親、碇ユイの双子の弟よ」



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ver.-1.00 1997-10/15 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは meguru@knight.avexnet.or.jpまで。

 ジオフロント創世記第24話です。またまた新キャラを登場させてしまいました。しかもオリジナルキャラ・・・・。なんだか大変です。めぞんの中でもオリジナルキャラが最も多く登場しているかもしれません。しかも実は未登場キャラがまだ・・・・。ああっ!いつになったら完結するんでしょう、この話。書いてて頭が痛くなってきました。
 ちなみにシンジの親戚筋はこれで打ち止めです。これ以上出したらただの一族喧嘩になってしまいそうです。皆さんも忘れてしまったキャラがいるかもしれません。じゃあ、そろそろ削除じゃなくて、華々しく死んでもらうキャラがでてくるのかな?次元断層に飲み込まれたアスカと加持。もしかしたらどっちか、あるいは両方にしんでもらうことになったりして・・・・。
 予想を出せば、死んでもらうかもしれないキャラの本命はやはり加持、対抗でゲンシュウ、冬月といったところでしょうか。カオルやミサトもその内死んじゃうかもしれませんね。映画みたいに皆殺しなんてことはないですけど。
 それではまた

 MEGURUさんの『ジオフロント創世記』第24話、公開です。
 

 アラエルの攻撃対象は
 アスカではなくシンジ。

 アスカ人の私は何となくホッとしてしまいました(^^;
 

 ところが

 アスカちゃんは
 シンジの有様に苦しんで

 その上!

 次元の狭間に吸い込まれて・・・
 

 ホッとしてグサ(^^;

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
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