シンジは自分が奈落の底に落ちていくような気がした。
全身の血液が下に吸い寄せられるような感じがする。ネルフ本部東側にいつの間にか完成していた地下遺跡直通エレベーターの落下速度は、これが本当に止まるのかと疑問に思うくらいスピードがついていた。
地底500mへと落ちていく箱の中には、見慣れぬ技術部の職員が同乗している。西方系の容姿から判断するにネオドイツ支部などから来た人であろうか?エレベーターに乗る際、フランクに挨拶してきたところをみると気難しい人ではないらしい。それでもエレベーターが到着するまでの短い間に書類に目を通しているので意外に仕事熱心であるかもしれない。
「今日は頑張ろうな」
降りるときにその職員はそう笑いかけてきた。シンジは愛想笑いを返すと昨晩リツコに渡された地図を頼りに所定の場所へと向かう。
エレベーターを降りてからほどなくシンジは天井の高いドームのような場所に来ていた。形は鍛錬場と似ている。大きさも同じくらいである。シンジは地図と照らし合わせながら周囲を注意深く見回した。
自分の配置場所が分からなかったわけではない。以前ゲンドウに連れられていった母親の居場所とどのくらい近いのか知りたかったからだ。だが地図には必要なことしか記入されていないし、遺跡自体も広すぎてどこがどこだか分からない。
魔力電気は取り付けられているのだが、天井の高いドームの上の方は真っ暗で何も見えない。シンジは少しぞっとした。
「早いわね、シンジ君」
「あ、おはようございいます。リツコさん」
「おはよう?ああ、そうね。今は朝だったわね」
リツコはらしくもないことを言うと書類を見ながら技術部の職員に指示を飛ばした。目に隈などつくっているわけではないが、リツコが寝不足なのは明らかだ。欠伸をしたり、眠そうなそぶりをしないのは彼女なりの美学なのだろう。
地下遺跡には技術部の人間が溢れている。
いつの間に運び込まれたのかは不明だが、遺跡の中には様々な器具が設置されていて巨大な実験場のようになっている。
(僕が知らないところで大人は色々と活動しているんだな)
シンジは唐突にそう思った。次々と脳裏に浮かんでくる大人達の顔。ミサト、リツコ、加持、マコト、シゲル、マヤ、シャルロット、ゲンシュウ、冬月、最後に自分の父親の気難しい顔が描かれたとき一人の少女がシンジの目に留まった。
「あ、綾波・・・・」
シンジは反射的に声を上げていた。その音量は自分が思っていたものより遙かに大きく、空色の髪の少女は振り返るとシンジのところまで歩み寄ってきた。
「何?」
「あ、いや・・・・。その・・・・。今日は頑張ろうね」
シンジはさっき見知らぬ技術部職員に言われた言葉をそのまま復唱した。なんとも間の抜けた言葉だが、シンジらしいと言えばシンジらしい。
「そうね」
意外にもレイは答えを返してきた。
シンジは目をパチクリさせるとレイの白碩の顔を見つめた。レイとは結構長い間一緒に過ごしているのだが、話したことは少ない。訓練の時は終わると一人でさっさと帰ってしまうし、その後どこにいるかもよくわからない。
食事も一人でとっているようだし、部屋の場所も知らなかった。話しかけても大抵は瞳だけを返してくるだけであり、実際に言葉が帰ってくることは希だ。自分でも赤面してしまうようなまぬけな言葉にレイが返答してくれたことにシンジは少なからず驚いていた。
「そ、外はいい天気だったね」
「そうね」
「なんだか物々しい実験だね・・・・」
「そう?」
「急なことだったし、ミサトさん達は戦闘配置についてるというし、何かあるのかな?」
「知らないわ」
シンジは言葉に詰まった。
元々何か用事があるわけではないのだから、語りかける言葉はない。シンジは別に無口というわけではない。有る程度人見知りはするほうだと思うが、知り合ってしまえば結構話し込むタイプだと自分では思う。アスカやミサト相手だと何も考えなくても溢れるように会話が成り立つのにどうしてなんだろう?
シンジは喩えようもない居心地の悪さを覚えた。
「シンジ君。ちょっと来てくれる?」
気まずい雰囲気を察知したわけではないが、リツコが声を掛けてきた。シンジはこれ幸いとばかりにレイから離れようとする。だが逃げるように駆け出そうとしたシンジの背中に思いも寄らぬものが投げつけられた。
「碇君」
レイの声は大きくはなかったが妙にシンジの心に響いてきた。恐る恐るといった具合に振り返るシンジにレイは一言だけ言った。まるでこの世の終わりを告げるような調子で。
「さよなら」
シンジにはレイが最後に笑ったような気がした。顔の筋肉は全く動いていなかったけれども。シンジに返す間を与えず身を翻すレイ。シンジは業を煮やしたリツコが直接側に来るまでその後ろ姿に目を奪われていた。
第22話
発動
一人の天使が空を見上げていた。
蒼く澄んだスクリーンには雲のシミ一つない。雲海は彼の足下に広がっており、地上にいる人間から見れば彼が居るところも空であった。
彼は空を見ていたのではない。この世界の彼方より遠い異次元にあるという神の領域を見ようとしていた。だがそれは叶わぬ夢だった。彼が使徒である限り。だから彼は使徒であることを止めた。
「人間どもが動き出したそうだな」
後ろから声がする。虚空を凝視していた鳥天使アラエルにはそれが誰であるかすぐにわかった。このような不遜な言い方をする使徒は彼だけだ。
「そうらしい。相変わらず耳が早いな、アルサミエル」
アラエルは振り向きもせずに言い放った。否定するわけでもないが積極的に肯定するわけでもない。アラエルとアルサミエルの間にはしばしの間、沈黙が流れる。だが二人の天使はその沈黙を楽しんでいるかのようにも見える。
”感情”のこもった行動が取れる使徒は、第十四使徒ゼルエル以降の四体のみである。神は使徒の完成形とも言えるゼルエル以前の使徒に感情というものを与えなかった。いや、与えられなかったのかもしれない。
「で、どうするのだ?」
「ゼーレとの約定もある。我らが動く必要はない」
「神の御使いたる我らが人間との約定などに縛られる必要はない。ゼーレも我らがおとなしく約定に従うなどとは思っていないだろう。要は”門”と”鍵”を手に入れてしまえばいいことだ」
「だがそううまく行くかな?ネルフという連中は人間にしては手強い。それからゼルエル達の動向も気になる。もしゼルエル自ら出向いてきたら厄介だぞ」
「なに、ゼルエルはアダムの封印で手一杯さ。ロンギヌスの槍がない今、棺を封じておくには多数の使徒が必要だ。それにサキエル、サンダルフォン、イロウルは消滅、ガキエルは深手を負っている。向こうも人員不足だ。アラエルはイスラファエルと共にリリスを見張っててくれ。あそこには俺とラミエルで行く。我らの大いなる夢のために」
夢
アルサミエルの人間のような言い方にアラエルは一瞬動きを止めた。人間は夢があるから生きていける。だが神々は使徒達に夢などというものを与えたことはなかった。彼らに与えられたのは使命と棺と絶望だけである。
ならば自分たちの手で・・・・・
そう考えたからこそアラエルとアルサミエルは使徒から離反した。彼らはすでに使徒であって使徒ではない。創造主たる神の背いているのだから。
アルサミエルが夢という余韻を残して去った後、アラエルは右手をゆっくりと空に掲げた。自分たちが天を掴むことへの願いを込めて。
同日 10:00 ネルフ本部地下
「始めろ」
特務機関ネルフ総司令官・碇ゲンドウの無味乾燥な一言でそれは開始された。ゲンドウの一言には彼の全ての思いが詰まっているのだが、それを感じ取れる人間はそばには一人もいなかった。
唯一それが可能な人間である冬月コウゾウはこの場にはいない。冬月は使徒来襲に備えて地上の発令所に陣取っていた。普段動くことの少ないゲンドウだが、この日は自ら作戦の場に体を運んでいる。初めてのことだ。
技術部を率いて実際の作業に当たっている赤木リツコは切れ長の瞳をゲンドウの方に走らせた。彼女の鋭利な洞察力を持ってしてもゲンドウの鉄仮面の下までは見通すことができない。過去に何があったかということについては知っているが、事実を認識していることと他人の心をの内を垣間見るのは全く別物だ。
「EVA00のシンクロ率上昇。龍脈の収束を開始します」
技術部のオペレーターの聞き慣れない声がリツコを思考の海から引きずり出した。いつも耳に入ってくるマヤの美声とは対称的な機械的な声は、繊細なリツコの神経を不愉快にさせた。伊吹マヤは本部地下にある遺跡にはいない。マヤは冬月とともに発令所でオペレーターを務めている。
「現在、予定数値の12,5%。更に上昇します」
新北京支部から新たに配属された若い男性オペレーターは、相変わらずの堅い口調で言った。表情がさほど強ばっていないところを見るとこれが地声なのかもしれない。
一部の限られた人間にしか今回の作戦の真相は知らされていないから、このオペレーターが過度の緊張に見舞われるようなことはない。もっともネルフが総力を結集し、実戦部隊が戦闘配置についているのだから、ただごとでない何かが始まる気配くらいは感じ取っているであろう。
「レイ、焦らなくてもいいわよ。確実に力を収束させることだけを考えなさい」
「わかりました。赤木博士」
リツコは魔法通信を通じて遺跡中央部にある半球状のドームにいるレイに語りかけた。焦らなくてもいい、と言ったがこれは半分自分に向けたような言葉だ。いよいよ次元の扉が開かれようとしているのだから。
片やレイは普段通りである。感情が欠落しているような氷のような表情のままだ。力を集めるための数々の魔法装置に囲まれたレイは、興奮や緊張といった言葉からは無縁の存在であるようだ。
別室の司令所でモニター眺めながら指示を飛ばすリツコは、レイを創った母親に毒づきたくなった。ゲンドウもレイも顔色一つ変えていないのに、自分一人が緊張しているようで少し馬鹿馬鹿しくもある。
リツコは気分を落ち着けるように天井に目を移した。金属とも岩石とも言い難い異様な物質で構成された天井が視界に映る。
この遺跡で最も驚くべき事は、何で作られているかということではなくどうやって作ったかということであった。ガラスのように滑らかな壁や天井は非常に堅く、継ぎ目が一切無い。扉などはの部分では継ぎ目もあるのだが、これは後から人間が付けた可能性も指摘されている。
ネルフ本部はこの遺跡があるがためにこの地に建設された。
古文書によれば封神の門と呼ばれるこの古代遺跡は、神魔戦争の後、神々がこの世界を去るときに最後に訪れたという。異世界への門があるわけではないが、次元が不安定であることは確かだ。その昔に大魔導師ムハデュル・アッラーが悪魔を召還するためにも使用されたとも言われている。
ゼーレは前回の失敗を繰り返さぬために、あらゆる手段を講じて人類補完計画の成功率をあげようとしていた。そのために為されたことの一つが封神の門による補完計画の発動である。ゼーレは来るべき補完計画の第二段階もここで行うことにしていた。
「現在26,3%です。予定通りです」
魔法装置にかじりつくようにして報告をしてくるオペレーターはそのようなことは知らない。彼らは人類補完計画のじの字も耳にしたことはなかった。
地下遺跡で新たに発見された次元のひずみに関する調査とひずみに確認された精神体のサルベージ作業
それが事前に一般の職員に対して出させた作戦の概要である。別に偽りを言っているわけではない。だが一般職員に説明されたことは隠された真相の1%にも満たないことであった。
10年前にも同じ事が行われた。その結果はミルも無惨なものに終わったが。
今回は同じ結果にはならない。リツコは優秀な科学者としてそういう判断を下している。前回の報告書もあるし、改良点もある。それに前回と大きく異なる点は集める力の桁が違うと言うことである。概算では次元のひずみを切り開くために要する力はそれほどでもないはずだ。
ゼーレの最終的な目的は次元のひずみを切り開くことではないのだが、彼らの野望を達成するためには是が非でも必要なファクターが異空間の狭間に眠っている。今回の作戦はその救出作戦だけであるから、難しい作業であるとはいえ、奇跡を起こさなければならないほどのものではない。
「EVA00に蓄積された力が目標値の50%を突破しました」
オペレータの声が少し興奮に包まれている。
魔法ビジョンの先に見えるレイの掲げるEVA00には、すでに時空からあふれ出さんばかりのまばゆい光が収束されていた。遺跡地下に設けられた技術部の臨時司令所にいる人間は、初めて目にする膨大な力に目を点にしていた。
リツコは戦慄を覚えていた。
レイが集めている力の量に驚いたわけではない。データによると今のレイの何十倍もの力を操ったという前適格者の能力に戦慄を感じていたのだ。チラリと後方にいるゲンドウの顔を見たリツコは、再び作業に集中することにした。ネルフの総司令官にして前適格者の夫でもある男の顔はいつもと変わらぬ鉄仮面であった。
「乾いた風ね・・・・」
その頃、葛城ミサトはネオトウキョウの南側の城壁で風に身を委ねていた。
ミサトの眼前には遙か南方へと続いていく街道が1本の線を作り出している。道の右側には鬱蒼とした森が、左手には荒果てた草地がひろがっている。ネルフ本部が建設させる前はこの辺りは牧草地であったのだが、建設が始まって以来一般市民は立ち退きを余儀なくされた。ミサトの瞳の隅に映る草原はそのなごりである。
「葛城少佐、部隊の配備が完了しました」
新たに連隊長補佐に任じられた日向マコトが敬礼をしながら報告を入れる。
ミサトは街の南側に半月状に陣をひいていた。率いているのは4個大隊2000人余り。その他に2個大隊が冬月副司令の直接指揮下で本部におかれ、街の北側にはブラッディーローズが陣を張っているはずだ。
「シンジ、今頃大丈夫かな?・・・・」
マコトが報告後、いなくなってから、ミサトの横で同じように風に吹かれ炊いたアスカが心配そうな声をあげる。今回の作戦に当たっては、シンジとレイは地下遺跡に、アスカはミサトと共に街の南側にいる。残る適格者の渚カオルは本部にいるはずであったが、ゲンドウから自由行動を認められているカオルは、はっきり言ってどこにいるのか分からない。
「大丈夫よ。リツコもついているんだし」
ミサトは内心考えていたことをかみ殺してアスカに笑いかけた。リツコがいるから余計に危ないかもしれない、ミサトはそう思っている。
ミサトは昨晩リツコを捕まえて今回の作戦について問いただそうとしたのだが、忙しいということを理由に拒否されている。ミサト自身も部隊の再編成で大わらわなのだが、リツコは実際もっと忙しそうだった。ミサトにはそれが追及をかわすための方便にしか聞こえなかったけれども。
「とにかくこの作戦が終わったら話すわ。それまで待って頂戴」
昨晩リツコは不機嫌そうにそう言って、煙草をもみ消すと足早に立ち去った。リツコ自身も何かに苛立ちを覚えていたようである。それが何であるかはミサトには見当もつかなかったが。
「・・・・シンジ・・・・」
心配そうなアスカの声がミサトの沈痛な思考を加速させた。
「いいシンジ君?あなたはレイが集めた力を受け止めて空間を斬るだけでいいわ。その後のことは私がするから」
前日の夜、ミーティングルームでリツコは事務的な口調でシンジにそう告げていた。連日の睡眠不足もたたっているリツコは、刃こぼれしたナイフのような口調だった。
「斬る?空間を斬るってどうすればいいんですか?リツコさん」
「目の前にある空気を固体のように感じてみなさい。その後はただ振り下ろすだけだけでいいわ。まあ私もやったことがないから分からないわ?」
「リ、リツコさんでも分からないんですか?」
やや投げやりなリツコにシンジも困惑気味だ。今までは全てのことを論理立てて説明してきたリツコだが、説明し始めると一晩ではとても足りないことが彼女を更に不機嫌にしている。
中途半端に説明するくらいなら全く説明しない方がいい、というのがリツコの判断である。詳しく説明するとシンジの母親のことを持ち出さざるを得ないし、そうなったらシンジにパニックしかねない。作戦が終わったら当然分かることだが、そのことは両親とシンジが話し合うべきであろう。
(母親と仲違いしている私が口出しできることじゃないわ・・・・)
内心ではそう嘆息していたリツコだが、実際に口に出した言葉は彼女なりに明るくしてみたつもりだった。
「大丈夫よ。天王流四龍技ができるあなたにできないことじゃないわ。」
やや不安そうにしていたシンジだが、その言葉を聞くと強く頷いた。
ショウ=イロウル戦で霊龍断ができたことは確かな自信をシンジに与えていた。初めて見た時には何が何だか分からなかった技。自分には絶対できないと思っていたことを成し遂げたシンジの内面は少しだけであるが、確固たるものが芽生えようとしている。
「この内の一つでもできるようになれば、おまえさんも一人前なのだがな」
まだゲンシュウの山小屋にいたころに言われた言葉だ。
まぐれか幸運か、それとも実力かは分からないがとにかく四龍技の一つを放てたことは事実だ。シンジに自信を与えた当のゲンシュウは片腕を永久に失い、剣士としては完全に引退したのは皮肉である。
シンジとアスカは昨晩恐る恐るゲンシュウを訪ねた。
出血が多かったため顔色は最悪に近いが、意識はしっかりしているようだった。ゲンシュウはいつも通り言葉少なげだったが、機嫌自体は悪くなかった。放心とまではいかなくても落胆くらいはしているだろうと思っていたシンジとアスカは、拍子抜けするくらいだった。
シンジは極光の剣をゲンシュウに返した。
剣を持っていることでまた災難が降りかかることを恐れたわけではない。未熟であるにもかかわらず、剣聖の証である極光の剣を持っている自分が恥ずかしくなったのだ。とりあえず腕がもっと向上するまで自分が持っているべきではない、そう思ったシンジはゲンシュウの病室に剣を持っていった。
シンジは舌っ足らずに剣を返しただけだが、ゲンシュウは何も言わなかった。ただやさしさと厳しさを含んだ視線でシンジをじっと見つめただけである。
「シンジ君?そろそろ用意して」
昨日のことに思いを馳せていたシンジの耳につんざくようなリツコの声が入ってくる。緊張感溢れるリツコの声は斬りつけてくるような感じで、やや呆然としていたシンジの気分をシャッキリさせた。魔法通信を通してもその声の張りは少しも損なわれることはなかった。
「現在エネルギー収束率85%。あと二分ほどで予定量に達します」
オペレーターの強ばった声が聞こえてくる。シンジは透明な刃を持つ大剣、EVA01を握り直すと、遙か遠くにいるレイの方を少しだけ見た。
レイのいるドームから一直線に伸びている通路。幅は5mほどあり長さはおよそその10倍。通路の一番奥にいるシンジの目には直径40mほどの巨大な半球状のドームの真ん中にいるレイの姿が小さく見える。
二人の間には様々な魔法装置が設置されていた。何本ものコードが通路を占拠して奥に設置されたシンジの頭くらいの魔法玉に接続されている。シンジは魔法玉の傍らに立って通路の突き当たりにある壁画のようなものを見上げた。
奥の壁には扉のような装飾が施されている。高さが20mはあろうかという通路に描かれているので上の方は暗くてみえないが、何やら神々しい雰囲気を感じさせる場所だ。シンジは自分が手にジットリと汗をかいていることに気が付いた。自覚がない間に張り付けた空気に当てられたのかもしれない。
空間を斬る
リツコの要求は正直言って何が何だか分からない。この通路の前に立って、送られてくるレイの力を受け止め、EVAを振り下ろす。ただそれだけの作業だというが、それではたして空間が斬れるかどうかはシンジに疑問であった。
空間ごと斬ると言われる技が天王流四龍技の中にある。
シンジはそのことで昨晩ゲンシュウに相談に行った。ゲンシュウは真っ白な顎髭をさすりながらその技について解説をしてくれたのであるが、シンジにはチンプンカンプンだった。
「まあ習うより慣れろじゃよ。実戦に優る修行はないしの。今回はレイの手助けもあるからそう難しく考えんでもいいじゃろ。無心で剣を振り下ろせ。きっとEVAは答えてくれる」
ゲンシュウは最後にそう言うとシンジを送り出していた。EVAという単語を聞くとこのまえのカオルの言葉を思い出す。
「00と01は特別なものなんだ」
(特別なもの?これが?)
手にしたEVA01を見つめた後、短衣の袖で汗を拭ったシンジは大きく息を吐くとしばらくの間目をつぶった。ゆっくりと深呼吸をしながら気持ちを落ち着ける。ゲンシュウは無心になれと言った。今は何も考えないでおこう。そう心の中で呟いたシンジは、気を錬るように呼吸を整えながらリツコの合図を待つことにした。
「エネルギー収束率97%!98,99,100。目標値に達しました」
モニターを見ながら報告したオペレーターの声はやや上擦っている。画面に映し出されたレイは純白の錫杖EVA00を頭上高く掲げている。四方に設置された龍脈集力器からは膨大な量の光が放たれており、レイはそれを受け止めるとEVAの力でそれを更に高めていた。
オペレーターの声がひきつっているのも理解できる。レイが集めて昇華させた力は網膜を焼き尽くさんばかりに光り輝いている。
「レイ。いいわよ、シンジ君に力を送って。シンジ君?行くわよ」
リツコは口の中が乾いているのが分かった。サバイバル活動に長けた者なら、そう言うときには自分の犬歯を舌でなめると唾液が分泌されることをしっているのだが、さすがのリツコにもそんな余裕はなかった。
ズシャーーーン
リツコの合図にレイは掲げていたEVA00を魔力伝達器に振り下ろす。レイが集めて昇華させた膨大なエネルギーは分厚いコードをはち切れんばかりに満たした後、シンジの傍らにある魔法玉に向かって殺到してきた。
シンジは事前にリツコに言われたようにEVAを魔法玉の真上にかざす。数瞬の後あふれ出てきたエネルギーはEVAを通してシンジの中に流れ込んできた。
「くっ!!」
シンジは自分の体が沸騰しているような気がした。血肉沸き踊るという程度のものではない。全身の血液が絶叫し、身体が壊れてしまうのではないかと思ったほどだ。シンジは歯を食いしばって四股に力を込めた。
「はあっ!!」
気合いと共にシンジはEVAを頭上に掲げる。
天に向かって一直線に伸びる大樹のようにそそり立った。閃光が迸り、一筋の光の柱ができあがる。シンジは何も考えずにEVAを振り下ろした。空間を斬るなどということは考えていない。しかし莫大なエネルギーをその身に受けたシンジは何でもできるような気がした。
ズバッ!!
シンジの目の前の空間が割れる。一筋の光が全てを切り裂き、烈光が消えたあとには夜の闇よりもなお暗い漆黒が垣間見えた。
「・・・・ディラックの海・・・・」
ゲンドウは立ち上がっていた。やや放心したようにモニターを見つめる。その表情はやがて恍惚としたものに変わっていった。
「空間固定磁場展開!スキャンを開始して!!」
圧倒的なまでに人を惹きつける光景の中で最も冷静だったリツコは、マニュアル通りの指示を飛ばす。見とれるように作業を止めていた職員もリツコの叱咤に動き出す。彼らがかろうじて行動することができたのは事の重大さを知らないからであった。
シンジが次元を切り裂いていた頃、地上の発令所では伊吹マヤの絶叫が空気を震わせていた。
「街を囲むようにして魔族が出現しました!南側で3000、5000、・・・・補足しきれません!!北側にも同数の数がいると思われます!!急速接近してきます!!」
マヤの絶叫はそのまま魔法通信を通して全職員に伝わった。余りに一瞬のことで対処のしようがない。ネオトウキョウの南北の地表に黒い海が出現したかと思うとそこから数えきれない妖魔が飛び出してきたのだ。
マヤの震える視線の先には魔族を示すグリーンで埋め尽くされた感知装置がある。発令所にいた人間の中で唯一驚きの表情を見せなかったネルフ副司令官冬月コウゾウは淡々と呟いた。
「始まったか・・・・」
冬月は何が始まったのかは口にしなかった。何が始まるのかは冬月にさえ予測できないことであったからだ。しかも始まりはもしかしたら10年前だったのかもしれないし、もしかしたらジオフロント世界が創造された時から始まっていたのかもしれない。
「魔力ポジトロンライフル発射準備。目標は上空だ。砲門を上に向けたまえ」
「え、上空ですか?副司令!敵は・・・・」
「陽動だ。間もなく上空に敵が出現するだろう。奴らは直接ここを叩くに違いない。南北の敵は葛城少佐とヴィコント少将が何とかしてくれる」
部下に命令を下すとは思えないほど丁寧で穏やかな口調で冬月は言った。レイのEVA00によるバリアフィールドが使えない今は、防備が極端に難しくなっている。冬月はデスクの下で右拳を軽く握った。
街の南北の敵はミサトとシャルロットが防ぐとして、間の無く現れるであろう上空と東西の敵に誰が当たるのか?西側の森については心配はしていない。あそこは加持リョウジが密かに罠を張って待ち受けているはずだ。冬月は加持の実力を高く評価している。使徒の侵入は防げないとしても魔族ごときに遅れをとる加持ではない。
問題は東側と上空だ。
魔力ポジトロンライフルを配備してあるとはいえ、おそらく上空から直接本部を叩き地下に侵入しようとする使徒相手には役不足も甚だしい。だが使徒がくるとなればおそらく渚カオルが出撃するであろう。それでも使徒が複数であった場合にはカオルとて全てを防ぎきれるものではない。東側に敵が現れた場合は本部にいる2個大隊でできるだけ時間を稼ぐつもりでいる。
「碇、余り時間は無いぞ」
冬月は誰にも聞こえないように呟いた。サルベージ作業が済み、”彼女”が目覚めればこの程度の敵はどうってことはない。彼女が操る力は”コピー”である今の適格者とは比べものにならない。
とにかく時間を稼ぎながらサルベージを完了させ、EVA00の防御フィールドを展開させた後に敵を掃討する。事前に錬った綿密にして唯一の作戦だった。だがミサトやシャルロットが戦力で時間が稼げなかった場合には?
冬月は再び拳を堅く握った。その時のために自分がここにいるのだから。
「第二大隊を前面展開!魔法攻撃は十分にひきつけてからよ!!それからアスカ、あなたは最後の切り札なんだから私の側を離れちゃ駄目よ。使徒が出てきてからがあなたの戦うべき時だと考えなさい」
南門付近ではすでに激闘が始まろうとしていた。突然姿を現した数千にも及ぶ妖魔は獲物にかぶりつくように殺到してくる。ミサトは門付近にあらかじめ集結させていた部隊でこれを迎え撃とうとしていた。
ミサトは鋭い舌打ちをしている。
事前に冬月やリツコから敵の襲撃がある可能性が極めて高いことは聞いていたが、できることならはずれて欲しいと思っていた。ミサトは全てのカードがジョーカーだけで構成されているトランプで占いをしたような気分になった。
「とにかく時を稼いで頂戴。むやみに突撃したりしないでね」
ミサトの指揮官としての技量を十分に知っているリツコが、しつこいまでに念を押してきたことが思い出される。
(まったく地下遺跡では一体何が行われているの?!あとで会ったら是が非でも白状してもらうわよ、リツコ!!)
心の中でそう叫んだミサトは差し迫った現実問題の対処に移った。あとで親友に事実を問いただすためには眼前の敵を撃退しなければならないのだ。そしてそれが簡単なことであるとはミサトには思えなかった。発令所にいるマヤの報告では敵はこちらの何倍もいるのであるから。
「まあ、いつものことね。やるしかないわ」
最後に不敵に笑ったミサトの顔は、冷徹な軍人のそれに変わっていた。
ミサトが南門で不敵な笑みを漏らした頃、北門ではシャルロットの絶対零度の微笑が魔族を撃退していた。真紅の軍装でかためたブラッディーローズを率いた今回のシャルロッットの戦術は単純である。
剣士であると同時に優秀な魔法使いでもある部隊全体での防御バリアの展開である。勇猛果敢をもって鳴るブラッディーローズだが、突撃をすれば逆に侵入を許す。わざわざ西方から持ってきた結界装置を核にして展開した魔法障壁は、体当たりしてきた妖魔を触れただけで塵に変えてしまったほど強力なものだった。
「すごい・・・・」
発令所で魔力ゲージを測定していたマヤがうめき声を上げた。レイがEVA00で張るフィールドに範囲では劣るものの威力では負けてはいない。マヤは南門に比べて北門の防備が弱いのではないかと思っていたがそれはとんでもない間違いだった。
「ふむ。相変わらずだな」
いつもゲンドウが鎮座している司令席に陣取った冬月は、さも当然といった具合にそれを見ている。ブラッディーローズが最強部隊と恐れられる所以がこれであった。
つまり部隊員一人一人の個体実力差を1%以内に収めることによって高度に統一された団体行動を可能にするのである。特に魔力を結集させた時の相乗効果は、足し算ではなくかけ算となりその力は見ての通りだ。
特殊な精神感応玉を鎧に埋め込んでいるため、魔法通信を使う必要もない。意志の疎通と部隊の統制は限りなく完璧に近い。ブラッディーローズの面々が真紅の鎧に袖を通した途端、顔から感情というものをなくすのはこの精神感応玉によって戦う機械と化すからでった。
残る問題は指揮官の能力ということになるがシャルロットは剣士としてだけでなく指揮官としても非常に優秀であった。かつてあのゲンシュウをして「実際に兵を率いるのはワシより上かもしれん」と言わさしめたものである。
「上空800に敵影確認。急速接近してきます。その上方500に魔力形成パターンブルー三体を確認!使徒です!!」
北門の泰然自若ぶりに安堵の声が漏れた発令所だが、当然そんなものは長くは続かなかった。特に使徒三体と聞いて発令所は奇妙な静寂と緊張に包まれた。
「魔力ポジトンライフル仰角固定。敵補足完了」
「よし、距離300までひきつけろ」
「で、ですが安全距離は500では?・・・・」
「今は敵殲滅が最優先だ」
冬月はなるべく冷静な声で命令を下した。アリゾナ研究所特製の魔力ポジトロンライフルも使徒相手では足止めにもならないだろう。しかしそれ以外の敵は全て殲滅することが冬月に課せられた最低限の任務だった。
「敵、高速飛行集団、真っ直ぐ本部に向かってきます。距離600,550、400・・・・、レッドゾーンに突入してきます」
「撃て」
ドゴウッ!!
冬月の短い命令に従ってネルフ本部に配備された魔力ポジトロンライフル15門は一斉に火を噴いた。15匹の荒れ狂う光の龍は天を引き裂き吼えた。
「っく、人間どももやるわね」
「そのようだ。君の眷属は全滅らしいな、サハクィエル」
「ふん!痛くもかゆくもないわよ」
ズバッ
その陳腐な言葉が空天使サハクィエルの断末魔となった。突如として彼女の背中から腹部を貫き通すように出現した光は、正確にコアを貫いていた。サハクィエルは自分を殺した相手が誰だがも分からずに消滅した。
天才は最初の一太刀で殺す。
残された二人の使徒は音も気配もなく近づいてきた使い手が傑出した技量の持ち主であることはすぐに分かった。そしてそれが誰であるかも。
「それなら少し痛い目にあってもらおうかな?」
振り返って戦闘態勢を固めた二体の使徒の視界には、光の槍EVA08を携えて微笑を浮かべる一人の天使の姿が映っていた。
MEGURUさんの『ジオフロント創世記』第22話、公開です。
用意できる戦力。
それらを総動員した戦いの始まり・・
迫力ですね(^0^)
その地下で進むプロジェクト・・
龍脈の力を集めて、
適格者二人で・・
しかも、
ゲンドウ自らでばって。
上の騒動もこの為ですし、
うむむむむ・・なにが?!
大きなヤマですね−−
さあ、訪問者の皆さん。
久しぶりに二日連続UPを果たしたMEGURUさんに感想メールを送りましょう!