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 「眠れないんですか?あなた」

 その夜、十何度目かの寝返りを打った夫に、ユイはやさしげな声を掛けた。夜のとばりが降りてからかなりの時間が経過している。二つ並んだベットの向こう側にあるカーテンの隙間からは深い暗闇が垣間見える。

 「君もか?ユイ」

 「ええ、いよいよ明日ですからね・・・・・」

 それからしばらくの間二人は黙り込んだ。話したいことは山ほどあるが、今までの様々な出来事が脳裏を埋め尽くし言葉は口から出てこなかった。

 「シンジは元気にしているかな?」

 重い空気を破ったのはゲンドウの方であった。それは無意識の内に出た言葉であったが、シンジという単語が出てきた瞬間から二人の頭の中は息子のことでいっぱいになった。

 「大丈夫ですよ。私たちの子供ですもの」

 ユイは全く論拠のないことを言った。だが夫婦の間にあってはそれは不思議な説得力を持つ言葉であった。

 「シンジは私達のことを覚えているかな?もう半年も離ればなれだ」

 「大丈夫ですよ。私のおなかの中から生まれた子供ですよ」

 「だが私の腹から生まれた子供じゃないぞ」

 ゲンドウは少しすねたような鼻声を出した。他人には全く分からないが、ユイにはそれが分かった。長年の経験と愛情から、ユイにだけは無愛想な夫の感情表現を読みとることができる。
 ユイは自分の上半身を起こして自分の布団から這い出ると夫の布団の中に入り、ゲンドウの広い胸を枕にしてそっと瞼を閉じた。

 「少し長いバカンスを楽しんでいたと思えばいいんですよ。シンジはまだ小さいから分かりませんよ」

 「だが命がけのバカンスだったな」

 「何事も命がけでやらなくてはおもしろくないと常々言っていたのは、あなたじゃありませんか。他の人達が経験できない非日常を楽しめるなんてすばらしいことじゃないですか?」

 静かにそう言ったユイはしばらくすると安らかな寝息を立て始めた。ゲンドウは妻の意外な図太さを見せつけられて少し感慨深げだ。

 (いざという時には、男より女の方が冷静なのかもしれんな)

 妻の艶やかな髪をなでながらそう思ったゲンドウは自分も目を閉じて眠りにつこうとした。さっきまで眠れなかったのが嘘のように心地よい睡魔が全身を満たしていく。

 だが彼らの非日常のバカンスは終わらなかった。あの夜から十年経った今でも。



ジオフロント創世記

第21話

前夜




 ネオトウキョウは久方ぶりに人で溢れていた。ゼルエル襲来の際、避難した一般住民の期間は制限されていてまだ戻ってきていないが、各地のネルフ支部から続々と部隊が集結しつつある。
 それまで未使用だったネルフ本部施設もほとんどが埋まった。新北京支部、ネオドイツ支部、ネオシンガポール支部にネオアリゾナ研究所なのど各部隊は、総司令官碇ゲンドウの命令を受けてネオトウキョウに集まってきた。
 その数は約8000人。実戦部隊が五個大隊で三分の一あまりを占め、残りの三分の二は救護班、研究班、施設班などの各部隊で構成されている。各支部が開店休業状態に追い込まれるくらいの戦力の結集であった。

 葛城ミサトは昇進した。
 大尉から一階級上がって少佐となった。これは連隊規模に膨れ上がった実戦部隊をミサトが指揮することになったからである。副司令の冬月が統率することも考えられたが、ゲンドウの一存で結局はミサトが束ねることになった。
 名目上は浅間山決戦の功績によって、ということになっている。だがゲンドウの昇進申請からわずか一日で受理されたところを見ると、いかにも取ってつけたような理由である。大尉になってから二年が経過しているのでそろそろ昇進の時期であったことは確かだ。
 だがミサトが実戦部隊を統率することになった以上、他の大隊長と同じ大尉では都合が悪いというのが本当の理由であった。
 ただしこれには思わぬおまけが付いた。
 ゲンドウが昇進願いをUN軍総司令部に申請したのはミサトだけだったが、返ってきた辞令には青葉シゲルの大尉昇進についても記載があった。同格である日向マコトと伊吹マヤは中尉のままであったから異例の事態である。
 「戦功著しいため」
と、送付されてきた文書には書いてあったが、具体的にどの戦いでのどのような戦功が著しいのかについては全く説明がない。

 「軍上層部の嫌がらせね。不公平な人事を行うことにより、内部より組織の解体をねらう。古典的すぎて戦術の教科書にも出てこないような手だわ。ひねりも裏もなくて稚拙という言葉以外で評しようがないわね」

 士官会議の席でつまらなそうに言ったリツコの言葉は、事の真相を完全に明らかにしていた。シゲルやマコト、マヤといった会議参加者達はリツコの舌鋒に苦笑すると同時に、自分たちが軍中枢から白眼視されている事実を改めて感じずにいられなかった。
 強大な権限と莫大な軍事費を与えられているネルフは、軍上層部はもとよりUN加盟国全体から常にやっかみの視線を受けているといっても過言ではない。現段階では大きな失敗もなく順調に作業を進めているのでこの程度の嫌がらせで済んでいるが、一度失策が出れば非難と怒号の集中砲火を浴びるに違いなかった。
 シゲルは断る理由も見つからないので、肩をすくめながらこの辞令を受けた。だが大尉昇進で最も貧乏くじを引かされたのは、青葉シゲル大尉本人であったかもしれない。

 「これで階級の上では私と同格となったわけね。リツコと呼び捨てにしても構わないわよ、青葉大尉」

 「そ、そんな怖いことできませんよ!」

 「あら、具体的にどこがどう怖いのか説明して下さる?」

 激務のおかげで慢性的にご機嫌斜めのリツコに玩具にされた挙げ句、一人だけ昇進したので誰にも助けてもらえない。しかも給料が上がったことを理由に仕事後のビールをマコトにおごる羽目になった上、昇進を理由に新たな仕事を押しつけられる。
 青葉シゲルは辞令が降りてからというもの、ネルフの中で最も愚痴っぽい人間になってしまった。

 集結中の部隊にあって異彩を放つ一団が到着した。統一された真紅の軍装に修羅場をくぐった人間のみが持ちうる精悍な表情を浮かべたは、UN軍の精鋭であるネルフの軍人を圧倒してしまうような鬼気を放っていた。
 その部隊を一番最初に目にすることとなったのは、龍脈ネットワーク・オペレーターも兼任する伊吹マヤである。マヤは畏怖の念を多分に秘めた声でこう呟いた。

 「・・・・・ブラッディーローズ・・・・・」

 国際連合軍事参謀評議会所属治安維持部隊、直隷近衛軍第三独立機動兵団、第二連隊西方派遣分隊
 その部隊の正式名称は上記のようなものであったが、フルネームで呼ぶ者は誰もいない。ちなみに国際連合軍事参謀評議会所属治安維持部隊とはUN軍の、直隷近衛軍第三独立機動兵団というのは八旗衆の公式な名前である。
 すなわち未だネルフ本部に居座っている八旗衆次席、シャルロット・フェリアス・ド・ヴィコント少将率いる精鋭部隊であった。正式名称の最後に分隊とつくのは、彼らが数年前の西方動乱に派遣された後ずっとかの地に駐留していたためであり、第二連隊の本隊が残っているわけではない。
 構成員は覇流の高弟のみで魔法剣士が600名ほど。かなり人数は足りないが扱いは連隊、実力はそれ以上の評価を得ている。ネルフ本部のあるジオフロント世界東方域では、実際に目撃した人間は少ないが、その噂は雷鳴のように轟いていた。
 彼らはジオフロント世界の半分を巻き込み、数年に渡って繰り広げられた西方動乱平定において最も活躍した部隊である。その武名が最高潮に達したのは反乱軍(UNの公式文書にはこう記載されている)の主力4万を撃破し、反乱の首魁ライリツ国王フェルナーグ2世を討ち取ったリッツェンの戦いである。
 その様子は叙事詩となって語り継がれているほどで、単独で100倍に近い大軍を破った彼らは生きた伝説にまでなっている。勿論これは他の部隊が陽動を仕掛けて敵を分散させ、情報操作と破壊工作で士気の低下を導き、調略によって内部不和を作り上げたその上でのことである。
 しかし噂には常に尾ひれがつくもので、一般にはシャルロットの部隊が単独で反乱軍主力を撃破したことになっている。動乱終結を早めたかったUN軍がそのことを誇張して報道したことも噂に拍車をかけた。
 反乱を早く平定するためには華々しい勝ち戦が必要になる時もある。そのことを承知していたシャルロットは、他人から賞賛と畏敬の言葉をもらう度に噂を肯定も否定もせずにただ乾いた微笑を返していた。
 それでも彼らが無頼の結束力と破壊力を兼ね備えたUN軍屈指の戦闘集団であることに疑う余地はない。相手が混乱していたとはいえ、死屍累々を築きながら自軍の何倍もの敵を蹴散らしたのは紛れもない事実である。そして彼らが通った後には屍の山しか残されていないということも。
 リッツェンの戦いが一般にはワールシュタットの戦い、つまり死体の山の戦いと呼ばれるのには、それ相応の理由があった。
 戦いに赴く前、彼らは白薔薇騎士団と呼ばれていた。
 軍旗と鎧に白い薔薇の紋章が施されていたためである。だが全員が頭のてっぺんからつま先までを返り血で真っ赤に染め、鬼神のごとき様相で帰還したのを見た人々は、口々に噂をするようになった。

 (知っているか?白薔薇騎士団は降伏しようとする敵兵も皆殺しにしたそうだぜ)

 (それだけじゃない。捕虜を拷問して無理矢理情報をとるらしい)

 (いや俺はヤツラは悪魔と契約を交わしたって話を友人から聞いたぜ)

 だがそれらの陰口は彼らの前では決して語られることはなかった。人々は天下無双の強さを見せる彼らを、恐怖と尊敬が半々に入り交じった声でこう呼ぶようになった。

 血の薔薇騎士団、ブラッディーローズと




 「碇はネルフの総力を結集させているようじゃな」

 「左様。各支部にはほとんど人員も物資も残っておらん」

 「まあ、補完計画を発動すれば使徒の総攻撃が予想される。仕方のないことであろう」

 「うむ。使徒達も必死であろう。アダムの棺を一時ほったらかしてでも攻撃をかけるやもしれんな」

 闇の中での密談。
 怪しげな宗教儀式でも執り行っているかのような空気が流れる。人の心には光と闇が存在する。人間は闇を恐れ、光と炎で暗闇を削りながらも、時には闇を利用して生きてきた。自分の内面を他人に見られないように。

 「その程度の認識では甘いのではなくて?碇ゲンドウは危険な男よ」

 隅にある席から挑戦的な声が上がった。緊張したりうわずっている様子はない。自己に対する絶対的な自信が言葉を包み込んでいるようで、トーンは高いが言葉端にしたたかさと高い知能が垣間見える。

 「最近末席に加わったにしては随分な言い方だな」

 一人の男が掣肘するような異議を発する。他の議員も表だって同調はしないが、意を同じくしたような沈黙を保っている。

 「やめぬか。我ら同士にはそのような順列はない。私が議長を務めているのも単に会議の進行役が必要であるからだ」

 それまで口をつぐんでいた男が重い口を開く。議長席に鎮座する銀髪の男、キール・ローレンツは言葉を発する回数を押さえることで自分の発言にどれだけ重みがでるかということを熟知していた。
 何気ない言葉の奥に潜む鋭い棘。恫喝と協調を同時に含んだ鋭い棘を発見した者は、キール・ローレンツという男の底知れぬ器に恐怖する。背筋を丸めたこの男はそうやって最高権力者の階梯までのし上がってきた。

 「つまり、碇が我々の意志に背く危険性があるというのかね?」

 キールの余りに直裁的な表現に会議参加者は一様に心拍数を上げた。鋭い言葉を向けられた、おそらくは心拍数の上昇が最も小さかったであろう女性は動揺を見せないようにキールの方に向き直ると平板な口調で返した。

 「常に最悪のケースを想定する必要があると言ったまでのことです。ですが碇ゲンドウが従順な男ではないことは議長もご承知のはずでは?」

 しばしの間、静寂が空間を支配する。

 「”箱船”の修復を急ぐことを要請する。今回の会議は以上だ」

 沈黙を破ってキール・ローレンツは姿を虚空に消した。彼の退場をやや呆然と見送った他の議員もやがて付き従うように身を消していく。最後まで残っていた女性も冷たい汗を浮かべた顔で薄く笑うと姿を消した。女性の残り香は白檀の香りがした。




 街は赤く染まっていた。一日の終わりを告げる赤光は横殴りに街を支配する。それを受けたネオトウキョウの中心部にあるネルフ本部は、影を長く伸ばして街の東半分を覆い尽くした。
 夕陽に染まった木々の葉も赤く染色されている。ジオフロント世界に紅葉をする落葉樹は存在しない。葉を真紅に染めるのは燃えるような夕陽とほとばしる鮮血だけだ。
 風が揺らした赤い葉をつけた枝の下に二人の人間が座っている。
 片方は少年。膝を抱え込み視線を下に向けながら、地面から生えた草をいじくり回している。繊細な線で構成された中性的な横顔は、どこかおぼつかない。当てもなく海水を漂っているクラゲのようで、焦げ茶色の瞳の行き先すら不安定だ。
 もう一人は少女。夕焼けの街と同じ色の髪を風に舞わせている。時折傍らにいる少年の方を心配そうに見るが、しばらくすると視線を元に戻す。
 先程二人は、総司令・碇ゲンドウ直々の呼び出しを受けていた。何事かと思っておっかなびっくりしながら司令室に足を踏み入れた二人はそこで明日の作戦についての説明を受けた。
 シンジは地下でレイと特別作業、アスカは使徒迎撃のための戦闘配置が命じられた。受動的な性格のシンジは大した疑問も持たずに盲目的に頷いたが、アスカは疑問だらけで司令室を出てきた。
 特別作業の中身については一切触れなかったことが第一の疑問。そして明日使徒が襲ってくることが折り込み済みのように話していたのが第二の疑問。そしてレイとシンジが地下で何をするかというのが最大の疑問であった。
 だがゲンドウはアスカの疑問に答えようとはしなかった。命令を終えると椅子を回転させてシンジとアスカに背を向けて出て行けと言わんばかりの行動をとる。ミサトやシャルロットに聞きに行こうとしたが、今日の二人は部隊の再編成に忙しいらしく時間がとれないらしい。シゲル、マコト、マヤの三人でさえ詳しいことは聞かされていないようだし、リツコとレイは行方不明、加持は相変わらず外出中だ。
 本部の中は各支部から集結してきた人で混雑しているし、まだ部屋に戻る気にもなれない。シンジとアスカは追い出されるように本部ビルを出て、林の中でボウッとしていた。

 「隣に座ってもいいかい?」

 天に突き刺さる槍のようにそびえ立つネルフ本部の脇にある林の中で、暮れなずむ街をまどろんでいたシンジとアスカに軽やかな声をかけた者がいる。銀髪を揺らしながら優雅な立ち振る舞いを見せる少年は、いつの間に近づいたのかも分からないくらい静かに佇んでいた。
 アスカはこの少年が好きではなかった。
 訓練にも出てこないし、ミーティングにも参加しないカオルとはほとんど話をしたこともないが、涼やかな顔は側にいるだけで心の奥底に触れられるような気がした。
 鳶色の瞳は全てを見透かしているようで神経を逆なでするし、男のくせにシミ一つない白磁器のような肌は人間のものには思えない。憎まれ口の一つでも叩いてやりたいような気もするが、カオルの受け答えは凡庸としているようで隙が無い。そして一見大した力を持っていないように思えるが、底は見えない。
 一言で表現すればつかみ所のない人間ということになるが、それだけでは無いような気もする。

 「勝手に座ったら」

 カオルを見上げたまま目をパチパチさせているだけのシンジに成り代わって、アスカは少し不機嫌そうに答えた。カオルはアスカの微妙な心の揺れを読みとっているような瞳をしていたが、表面だっては何も言わずシンジの横に腰を下ろす。

 「夕陽はいいね。人の心を洗い流してくれるようだよ」

 シンジとアスカは何も答えなかった。いつものことながらカオルの言葉は掴みどころが無く、受け答えが難しい。それでいて妙に心に響くのはなぜだろうか?

 「アンタ、何しに来たの?まさか偶然通りかかったなんて言わないでしょうね?」

 「君は本当にわかりやすい子だね。単刀直入な物言いはシャルロットみたいだよ」

 「シャルロットと知り合いなの?」

 「まあ結構長いつきあいだよ」

 「アンタ年いくつなの?この世界では見かけと年齢が一致しないことは知ってるけど、アンタはとびきり一致しないような気がするわ」

 カオルは一瞬あっけにとられていた。アスカの勘がここまで鋭いとは思わなかったのだ。しかし長く生きすぎて覚えていないと言っても信じてもらえないだろうからカオルは微笑みだけを返した。まさか少なくとも3000年以上は生きてます、と真相を語ったところで一笑にふされるだけであろう。

 「レディに年を聞くなんて野暮だよ、アスカちゃん」

 「レ、レディ?アンタ実は女だったの?」

 カオルの顔は確かに中性的だ。出会ったときに女です、と言われればそうですかと答えるしかないであろう。だがカオルはアスカの動揺を打ち消すようにすぐに言葉を継いだ。

 「ジョークだよ。物は言い様ってことさ。なんならここで証拠を見せようか?」

 「け、結構よ!」

 自分が弄ばれてることを知ったアスカは、顔を真っ赤に染めた。カオルの相手をするのは本当に大変だ。特にアスカのような直情的な性格の人間にとっては最も苦手とするタイプだ。

 「カオル君・・・・」

 それまで黙っていたシンジが口を開いた。重く閉ざされていた扉が開くように。カオルの微笑は閉ざされた分厚い扉を開ける鍵なのであろうか?

 「EVAって何なの?」

 カオルは鳶色の目を見開いた。ここまで驚くのは何年ぶりであろうか?もしカオルに心臓があったら心拍数の高鳴りは最高潮に達したかもしれない。

 「どうして僕にそんなことを聞くんだい?」

 「別に・・・・、でもカオル君なら知っているような気がしたんだ・・・・」

 アスカはシンジとカオルの顔を交互に見つめた。シンジはまだうつむいたままだが、カオルは明らかに狼狽している。話すべき事はたくさんもっていそうだが、何を話すべきか決めかねているような状態であった。
 カオルは不意に空を見上げた。
 夕焼けに染まった雲がゆっくりと流れていく。雲を流している風は立ち並ぶ木々に阻まれて三人の元には近づいてこない。生い茂る葉の合間から覗いていた真っ赤な雲が隠れた頃になってからカオルは口を開いた。

 「かつて天に戦あり 白き法の神々と黒き混沌の神々相争う 天と地が乱れるを危惧した灰色の無の神々かくのたまいき 天でも地でもない大地作り手そこで雌雄を決せん かくして新たなる大地誕生す 人々はその地をこう呼んだ 永遠なる戦いの大地 ジオフロントと・・・・・」

 「・・・・何よそれ?」

 詩を朗読するように詠いあげたカオルの言葉が完全に風にかき消されてからアスカは口を開いた。

 「ジオフロント創世記の一節だよ」

 「ジオフロント創世記?」

 アスカは形の良い眉をひそめると疑問の声をあげた。
 アスカはシャルロットから剣だけではなく、歴史学・地政学・魔法物理学など様々なことを習っている。ジオフロント世界にある著名な本にも少しずつ目を通しているし、まだ読破してないとしても有名な本の名前くらいは知っている。だがジオフロント創世記などという本はアスカの記憶の中にはなかった。

 「まあ、余り知られていない本だから知らなくても仕方のないことだよ。何よりまだ未完成だしね。筆者が気まぐれで書いた写本が裏で出回っているようだけど」

 そんな本の内容をどうしてアンタが知ってるの?そう言いかけてアスカは止めた。カオル自身に関することになぜをぶつけてみても、訳の分からない微笑が返ってくるだけだ。

 「で、それとEVAとどういう関係があるのよ?」

 「灰色の無の神々は天地創造する時、自らの身体を利用してこの世界を作り上げたんだよ。ある神は大地に、ある神は水に、ある神は風に、ある神は音に姿を変えてこの世界の一部となった。でもね、無の神々がしたことはそれだけではなかったんだ」

 カオルは一旦ここで言葉を区切った。寂しそうに空を見上げた後、少し大きめの息を吐き出す。心を落ち着けるようにしてからカオルは言葉を続けた。

 「神々の戦い、俗に言う神魔大戦が終結した時、この世界には神々の残した様々な遺産が残された。その中には神々が去った世界に取り残された者たちの手に余るものも含まれていた。そこで無の神々は最後の力を使って自分たちの一部を様々な武器に変えてこの世界に残したんだ」

 「・・・・それがEVA?・・・・」

 口に出した瞬間アスカはビックリした。声が震えていたからだ。何を恐れていたのかは分からない。自分の腰に差している真紅の長剣が神の分身であると改めて聞かされたためなのか、あるいは他の理由があるのか?今までもEVAは神々の武器だの神の分身などと説明されてきたが、ここまではっきりとした解答を聞いたことはなかった。実はアスカはものすごく強い武器くらいにしか考えていなかった。

 「そうだよ。例えばアスカの持つEVA02。それはその身を炎に変えた暁の女神エーシュリオンの片割れさ。だからアスカはこの世界で最も熱い炎を操ることができる」

 アスカは真紅の長剣を取り外して改めて眺めた。鞘から刀身を半分くらい抜きはなって見る。何度も何度も斬ったというのに刃こぼれ一つしない神秘的な刃がそこにはあった。

 「あ、じゃあシンジの01はどうなの?シンジのEVA01はどういう神の分身なの?」

 アスカが何気なく口にした言葉を耳にした瞬間、カオルの顔色は明らかに変わった。だがアスカの声に呼応するようにしてシンジも顔をあげ、カオルの方をじっと見つめる。二人の純粋で強い瞳をしばらく見たカオルは、やがて大きく息を吐くと観念したかのように話し出した。

 「・・・・・、シンジ君の01とレイの00は他のEVAとは少し違う・・・・・」

 「どう違うのよ?!」

 「アスカの02や僕が今持っている08は単体の神の分身だ。だが00と01は神の分身なんかじゃない。無の神々の中で双璧と詠われた二人の神そのものを核として、無の神々全てがその身を少しずつ分け与えたものなんだ。だから00と01はEVAの中でも特殊なものなんだ」

 「「特殊なもの?」」

 シンジとアスカは同時に同じことを口にした。
 二人は顔を見合わせた後、意外なことを口にした銀髪の少年の方を見る。だがカオルの顔はそこにはなかった。音も前触れもなく立ち上がったカオルは木々の間からこぼれてくる風に銀髪を舞わせていた。

 「今日はこのくらいにしておこうか。一度に食べ過ぎると消化不良を起こすからね。それに本当はこんなことを話すつもりじゃなかったんだ。君たちは本当に聞き上手だね」

 カオルはそれ以上話すつもりがないように頭を振った。シンジとアスカは質問を続けようとして立ち上がったが、カオルは小さく手を振ると身を翻した。

 「シンジ君、最後に一つだけ言わせてくれるかい?」

 完璧な立ち振る舞いで質問の隙を与えなかったカオルは、何かを思いだしたように振り返ると言葉を継ぎ足した。

 「自分の父親を信じてみてはどうかな?彼は不器用だけど悪いことをしようとしているわけじゃない。それと僕には分からないが、自分の子供に疑いの眼差しで見られることは親にとって身を切られるより辛いことなんだそうだ」

 あっけにとられるシンジとアスカを尻目に、カオルはまた訳の分からない微笑を浮かべた。そしてゆっくりとした歩調で歩き出す。歩調とは裏腹にカオルの背中はみるみる小さくなる。
 親を信じる。
 シンジにはピンとこないことであった。何しろ物心ついたときから両親はいなかったし、やっと出会えた父親ともろくに話をしていない。先程もいきなり呼び出されたと思ったら無味乾燥な命令を言い渡されただけで親子としての会話など皆無だ。
 だがシンジは隣にいるアスカにも聞こえない声で小さく呟いた。覚えている訳のない三歳以下の記憶が脳の奥底からシンジに手を貸してくれたのかもしれない。

 「・・・・・父さん・・・・・、母さん・・・・・」




 ネルフ本部地下1000m。
 そこには巨大な空間があった。鍾乳洞のように地下水と長い年月が作り出したものではない。明らかに人為的に作り出された空間である。いや神為的といった方が正しいのであろうか?
 幾層にも別れ、複雑に入り組んだ迷路のような神の遺跡を、人間は長い時間をかけて調査・復元してきた。その成果がが試されるときが刻一刻と近づいてきている。

 「ここにいたのか、レイ」

 遺跡の一角に佇んでいる少女に重い声が掛けられた。空色の髪をしたはかなげな少女は他人を圧してしまうような重い声に首だけ振り向かせて答えた。

 「いよいよ明日だな」

 レイは答えない。答えようがない。答える気もない。

 「さあ、行こう。おまえはこの日のために生まれてきたのだ」



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ver.-1.00 1997-09/19 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは meguru@knight.avexnet.or.jpまで。

 ジオフロント創世記第21話です。今回は前話の半分くらいの大きさくらいしか有りません。毎回書く量が一定ではないというのは読みずらいこともあろうかと思います。この場を借りてお詫びをしておきます。
 クライマックスが近づいてきています。でももしかしたら第一部の、なんてことになってしまうかもしれません。まだケンスケもヒカリもトウジもマナも登場してませんし、使徒も半分。なんだか構想倒れになってしまいそうで怖いです。
 ジオフロント創世記の裏設定に関するものをそのうちUPさせようと思っています。その内っていつになるか分かりませんけど・・・・。ってこれ前回もいいましたね。予定ではあと二話だしてからということになります。それで上記の14歳カルテットを除く主要人物が全て登場するはずです。20話も続けてまだ未登場がいるのか?!って起こらないで下さいね・・・・。
 それから山岸マユミなんですが僕はサターン持ってないし、書籍でチェックもしていないのでどんな人物かちっとも分かりません。よって登場はしないかもしれません。でも適格者13人ですから・・・、結局ごこかで出してしまうかもしれません。
 それではまた


 MEGURUさんの『ジオフロント創世記』第21話、公開です。
 

 山岸マユミを知らない・・・・

 おお! 同士よ!
 私もほとんど知らないぞ!!(^^;

   ・
   ・
   ・

 このネタでコメントを書こうとした所、
 何だかデジャビュが・・・

 ・・・昨日、フラン研さんへのコメントでこのネタ使っていた(^^;
 

 いかんですな、昨日のことが頭から抜けているとは・・
 まさに、鳥頭 (;;)

 

 

 沢山の登場人物が出てくるこの『ジオフロント創世記』。
 そろそろ記憶から抜けている人がいたりして(爆)

 でも、大丈夫。
 1キャラ1キャラだ存在感を持っているから(^^)

 今回のアスカxシンジxカヲルの会話にしても、
 一人一人が主張していましたしね!
 

 この先さらに出てきても・・・・・たぶん大丈夫(^^;
 

 MEGURUさーん!
 【人物相関図】作って〜〜

  ↑この台詞も以前言ったことがあるような(^^;;;;

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 ガンガン書き続けているMEGURUさんに応援メールを送りましょう!

  ↑この”締め”も、使った事があるかもしれない (;;)


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