「どういうつもりだ?アラエル」
「さあな」
天空に浮かぶ孤島。雲を遙か足下に見下ろす宮殿で二つの人影が対峙していた。怒りというより悲しみに満ちた言葉にはそっけない言葉が返される。彼らのやり取りは、心の有様を反映してすれ違ったままだった。
「全能なる主に抗うつもりか?神の分身たる身で」
「全能?!それならば、なぜ私はこのような感情を持つのだ?なぜ地では汚らわしい人間どもが闊歩しているのだ?」
「それがリリスの棺を奪い去る口実になるのか?」
「私にとってはそういうことになるのだよ、ゼルエル」
二人の天使の間に沈黙が走る。互いの意志がぶつかり合うような沈黙が。ゼルエルの右手が静かに、そしてゆっくりと動く。アラエルはそれに合わせるようにして両手を広げ、ほとばしる気を受け流すような体勢をとる。
二人の間に横たわる空間から全てのものが逃げ出していった。音も空気も存在していないかのように見える。大海衝の前に全ての波が引くような異様な空気が流れる。
次の瞬間彼らは衝突した。
ゼルエルの腕から放たれた力の奔流をアラエルは風の障壁を作り出すようにして防いだ。それまで何もかもが存在するのを避けていた空間には、ゼルエルの腕から放たれた光の束が巻き上げられるようにして天を焦がしている。アラエルの作り出した真空の大断層は、使徒最強と謳われるゼルエルの攻撃をかろうじて防いでいた。
先程までアラエルがいた場所で舞い散る白い羽根が、完全に遮断することができなかったことを物語っている。しかしアラエルにはそれで十分だった。彼にはゼルエルとまともにやりあう気は毛頭ない。ゼルエルと正面からやりあって生き残っている者は、何千年にもおよぶジオフロントの歴史上二人しかいなかった。
自由の名を冠する天使と純白の錫杖を携えた美しい女性と
攻撃をなんとかやりすごしたアラエルはいずこかに飛び去った。使徒の中でも有数の飛行速度を持つアラエルに逃走のみを目的として飛ばれれば、ゼルエルには追いかける手段はない。ゼルエルは舞い降りてきた白い羽根の一つをつまみ上げると乾いた笑みをもらした。笑いは誰に向けられたものなのか?飛び去ったアラエルか、虚空に佇む自分自身か、それとも他の誰かか、あるいは神か・・・。
かつてジオフロント世界を二分する神々の戦いがあった。歴史にも記されていない太古の時代に。戦いの後、この世界から神々は消え去り人間達の歴史が始まった。そして神が立ち去った後、神の御使いを冠する者たちには三つのものが残された。
喩えようもない空虚と
永劫なる使命と
全ての始まりを収めた二つの棺と
第17話
神なりし身にありて
冬月コウゾウは不本意な対峙を強いられていた。ゲンドウに大見得を切って見せた手前余計なことはせずにシンジの護衛に徹したいのは山々だが、目の前にいる相手はそれを許してくれそうになかった。
冬月はこの男を知っている。この世に生を受けてから五十年を越える冬月だが、目の前の人物にあったことはなかった。しかしこの男の顔・行動パターン・能力は知り尽くしていた。冬月の中に眠る記憶にはこの男のことが深く刻み込まれている。
「久しぶりと言うべきなのかな?」
「初対面の人間にいわれたくはないな。一応器である私の精神が優位にあるのだから」
「だがはじめましてと言う仲でもないだろう?ドレッド」
「まあそういうことにしておこうか、バルバロイの長・ティアマトよ」
友好的とは言えない会話をしながらも二人は戦闘を開始していた。冬月は直立不動のまま回り込むような動きを見せ、ティアマトと呼ばれたバルバロイの長は右足を僅かに引いて半身になりながら身体を回転させて対応する。
微妙に体勢を変えているだけだが、戦いは継続されていた。長年庭たる経験から自分がどう動けば相手がどうするか、ということは細胞自体に組み込まれている。冬月とティアマトは鋭い視線を交わしながら頭の中での戦闘を続けていた。
千日手を覆す手を打ったのは冬月でもティアマトでもなかった。凄惨極まる場に割って入ったのは無精ひげを生やした長身の男である。無造作に、しかし一部の隙も見せない体勢でバルバロイの長を睨み付けるようにしている。
「ここは私に任せて下さい。冬月先生はシンジ君達を」
振り向きもせずに言った加持の一言に冬月は一瞬躊躇した。目の前の宿敵の力については自分が一番よく知っている。その実力は自分とほぼ互角、加持がいくら手練れといっても経験の差だけやや分が悪いかもしれない。ただし冬月は加持のしたたかさも熟知していた。
”どんな状況からも帰還する男”、それがライトニング・エッジとともに彼につけられた異名である。冬月はゲンドウとのそしてユイとの約束を思いだし、一言だけもらして姿を消した。
「すまない」
「二人でかかっていればもしかしたら私を倒せたかもしれないぞ。つまらない騎士道精神でも振りかざしたつもりか?」
「いえいえ、言葉を知らない犬に騎士道なんて語りかける趣味はないですよ」
ティアマトの嘲笑に対する加持の反応は皮肉の域を越えていた。それも怒気を全く感じさせず、陽気な表情のままで言うからなおさらタチが悪い。
「それに二対一となれば必ずあなたは逃げる。または逃げる振りをする。いずれにせよ隠行に徹したあなたを探し出すのは不可能に近い。こちらも人手不足なんでね。あなたに二人も人員をさくことができない、そういうわけなんですよ」
「一対一で私を倒せるとでも思ったのか、若造が」
「できればそうありたいと思ってますよ、ご老人」
ティアマトは挑発とも受け取れる加持の言葉に乗ったりはしなかった。爬虫類を思わせるような獰猛な笑みを浮かべただけである。ティアマトの残酷な笑みは雲間から出てきた月光に照らされ不気味に投げかけられる。加持クラスの使い手でなかったら恐怖で発狂してしまうのではないかと思えるくらいの笑みであった。
月明かりでくっきりとしたティアマトの影が急に伸びる。影は大蛇のような形を取ったかと思うと加持に襲いかかった。気を当てて反応を見た後、間一髪でよける加持。壮絶な戦いの火蓋は切って落とされていた。
「突破されたようだな」
「バルバロイの民も噂ほどじゃないわね。簡単にやられるなんて」
「別に弱くはないと思うがな。相手の方が強かった、単にそういうことだろう」
「まあ、それはさておき私たちの出番ね」
「そうだな、では頼んだぞサハクィエル」
状況は余り芳しくない。会話は当然のことながら弾まなかった。だが動揺というものはほとんど感じられない。不愉快そうに佇むサハクィエルと無表情なままのサンダルフォンがそこにはいた。
サハクィエルは下半身を地面に溶けこませたようにしているこの使徒があまり好きではなかった。地脈を支配するサンダルフォンと空の女王サハクィエル、常に淡々としているサンダルフォンに使徒の中で最も感情豊かなサハクィエル。何もかもが正反対であるから気が合うわけがないのかもしれない。
サハクィエルは仏頂面の灰褐色の使徒を一瞥すると虚空に身を踊らせた。夜空を疾駆するのは彼女の好むところであったし、人間を切り刻むことはさらに好むところであった。残忍な笑みを浮かべてサハクィエルは飛んだ。この世に血と恐怖ともたらすために。
「山頂まではどのくらい?リツコ」
「約5分」
ろくな説明もくわえない返答を返したリツコに、ミサトはいぶかしげな視線を投げかけた。どんな状況でも論理的な説明を好む技術部・主任が簡潔なことしか喋らないのは珍しいことだった。
リツコの息が僅かに乱れている。強力な回復結界を発生させるアイテムを肩口に仕込んでいるリツコが息を切らしている姿をミサトは始めて見た。
ミサトは自分の足で疾走しているわけだから、全速力で走れば息も乱れるし汗もかく。しかしリツコは高速飛行呪文で移動しているので余程のことがない限り疲れたようなそぶりは見せない。飛行呪文はそれほど高度な魔法ではないし、リツコの実力を持ってすれば一週間くらいは平気で跳び続けることだって可能なはずだ。そのリツコが息を乱しているのは驚くべきことだった。
「心配しなくても大丈夫よ」
ミサトの心配そうな視線に気づいたリツコは軽く返したが、疲労の色は隠せない。アンシェルとの戦いで使用した古代語魔法はリツコの切り札の一つである。それほど強力な呪文を幻術と防御結界と併用しながら、しかもアンシェルの異空間を崩壊させないようにセーブして唱えるのはリツコといえどもかなりの労力を要した。
倒れ込むようなことはないが、この後唱えられる呪文は当然限られてくる。古代語魔法はネルフではリツコに次ぐ実力を持っている日向マコトや伊吹マヤでは、魔力キャパシティがまるで足りないくらいの労力を必要とする魔法なのである。遅れずに付いてきていることさえ、さすがと言えるくらいだった。
ドヒューーーッ!!!
ミサトとリツコが視線を交わしあった瞬間ものすごい突風が吹き付けてきた。前触れも何もなく、巨木を根こそぎ吹き飛ばすような風が。しかもただの風ではない。殺意はらんだ真空の刃を伴っている。先頭にいた青葉シゲルの隊で反応の遅れた者は切り刻まれて下に転がり落ちた。
「レイ!」
ミサトの叫び声とともに、純白の錫杖を手にしたレイが前にでてフィールドを張り巡らす。ネルフ全部隊を包み込んだレイのバリアは突風と衝突して火花を散らす。電線がスパークしたかのように荒れ狂った火花はレイの張ったフィールドを貫いて侵入してきた。
火花にあたったネルフのメンバーが、余りの激痛にのたうち回る。レイのバリアはいつもより明らかに力が落ちていた。突風を完全には防ぎきれないばかりかあちこちにほころびが見られる。
「どうしたの?!レイ」
「力がうまく集まらない・・・」
レイは苦痛に顔を歪めていた。必死に障壁を張ろうとしているのはその表情を見ただけで分かる。白磁のような額には汗がにじみ、飾り気のない口もとは歪んでいる。
「どういうこと?リツコ!」
「地脈を操る使徒のせいね・・・。力が遮断されてる可能性が強いわね」
自らも防御結界を張りながらリツコは言った。まだ冷静さは保っているが、焦燥という名の脂汗が顔に浮かぶ。力を回復していないリツコは少しつらそうだった。
それはミサトも同じことである。ムシェルとの戦闘で使用した天王流・四龍の一つ覇龍閃はミサトの腕に多大な負担をかけていた。手甲に隠れて見えないが右腕の毛細血管は破裂しているし、異空間内で無理矢理龍脈と身体とを一体化させたため内蔵のあちこちも炎症をおこしている。応急処置はしてあるが、絶頂期に比べて六分といったところが現状である。
「シンジ動ける?!」
「う、うん大丈夫だよ」
身体の力を奪い去るような突風の中、比較的動けたのはシンジとアスカである。二人ともEVAを抜き放ち万全の結界で身を包んでいる。先程の戦闘にもほとんど参加していないため傷もない。
「アスカ!何を考えているの?!」
「まともに動けるのはアタシとシンジだけでしょ!二人で行くしかないわ!」
アスカは叫ぶなり真紅のEVAを掲げて突風に切り込んだ。一瞬だけ空いた空間に飛び込んで疾走を始める。アスカは真紅のEVAを眼前に押し立て風を切り開くようにして走る。
シンジは一瞬ミサトのう方を見る。ミサトの目は”行きなさい”と語りかけてきた。うなずくミサトに心配そうな一瞥を投げかけたシンジは顔を上げて自分も風の障壁の中に切り込んでいった。
アスカとシンジは全速力で走った。風の壁を突破すると山頂らしきものがみえる。視界が広がって星空のもとにある道の終点が目に入った。
浅間山は元々火山性の山であったがセカンドインパクトの際に大噴火をしていた。噴火は一度きりでその後は火山活動を続けながらも噴煙をあげていただけであったが、山頂付近は噴火で吹き飛び火口でポッカリと穴が空いている。標高も100mほど低くなって山頂付近は小さな台地のようになっていた。
アスカとシンジは暗がりに目を凝らす。この辺りに地脈を操る使徒がいるはずなのだ。
「ようこそ」
声は背後からした。全く気配は感じなかったが振り返るとアスカとシンジと同じくらいの人影が目に入る。声は重低音で野太いものだった。月明かりに照らされた姿は異様な格好をしていた。身体は灰褐色で岩肌のようにゴツゴツしていて、生物というより彫刻のような印象を与える。下半身は地面に埋まっているというよりとけ込んでいてよく分からないが、もしかしたら上半身だけの使徒なのであろうか?
「ほうEVAの適格者がこんなに子供だとは思わなかったよ」
「シンジ、時間がないわ。アタシが隙を作るからシンジはそこを狙って」
アスカには使徒のおしゃべりにつきあう気は全くない。サンダルフォンは無口な方であるのだが、アスカはそんなことは微塵も気に掛けなかった。アスカは小さくシンジに耳打ちすると返事も待たずに切り込んだ。ノーモーションの突進から鋭い突き。身体全体をぶつけるような一撃。シャルロットが得意とする神速の突きである。
風を切り裂いて放たれるアスカの突きをサンダルフォンは首をひねって避けた。しかし真紅の長剣は突きから横なぎに変化しサンダルフォンの首に直撃するかに見えた。
アスカの剣が空を切る。サンダルフォンは身を更に深く沈み込ませアスカの剣をかわした。人間業を越えたサンダルフォンの動きにアスカは体勢を崩す。それでも腹部目がけて飛んできたサンダルフォンの灰褐色の腕をかわすとEVA02を青眼に構え直して機を窺う。サンダルフォンの腕は先のとがった石の杭のようになっている。関節などないようで不気味に腕が伸びてくる。
シンジと言えばアスカの言葉で行動を限定されたようになってしまい、後ろの方でオロオロしていた。どうやらシンジは一度考え込んでしまうと身体が動かなくなるタイプらしい。
アスカは間合いが掴めず四苦八苦していた。サンダルフォンは全身が見えない上に手足が伸びるようである。初めて体験する間合いにアスカはとまどいを隠せなかった。慎重に対処すればそのうち間合いを掴めるかもしれない。
しかしアスカには時間がなかった。下手に戦いを長引かせれば、下で突風に耐えているミサト達は持ちこたえられないであろう。
アスカは誰にも聞こえないように短く意志のある言葉を呟くと攻勢にでた。気合いと共に剣に力を込め矢のように斬りかかる。アスカの気に反応した真紅のEVAは紅蓮の炎を上げて闇夜を赤々と照らし出した。
サンダルフォンも指先を刃のように伸ばすとオーラで包み込みアスカを迎え撃つ。アスカは力任せの一撃を叩きつけたが、サンダルフォンの力は頑強そうな容貌通り凄まじいものがあった。アスカはせせら笑われるように押し返された。
アスカは斜め後ろに飛ぶと横から回り込むようにしながら連続攻撃をたたき込んでいく。右袈裟から横なぎ、首への打ち込みのフェイントから逆胴への切り返し。シャルロットとの鍛錬で会得した技を駆使しながら、横へ横へと回転しながら息も突かせない攻撃を続ける。サンダルフォンがシンジに背を向けるように。
「やるな、小娘!」
サンダルフォンは下半身をまだ地中に埋めたままだが、大地にとけ込んでいるかのように身を翻した。サンダルフォンの通り過ぎた痕の地面は全く荒れていない。まるで大地と一体化しているかのように滑らかに移動してくる。サンダルフォンはやり投げの選手のように右腕を振りかぶるとものすごい勢いでそれをアスカに叩きつける。
真紅の剣で何とか受けたアスカだが、その一撃は凄まじいまでのパワーが込められており、EVA02はアスカの手から飛んで宙に舞った。
アスカが武器を落としたのを見たサンダルフォンは勝機とみて、突進を開始する。アスカはEVAをなくして絶体絶命の窮地に追い込まれたかのように見えた。
「かかったわね」
殺到してくるサンダルフォンを不敵に眺めたアスカは腰の後ろに手を回して短剣を取り出した。ただの短剣ではない。あらかじめ強力な魔法剣を仕込んで置いて簡単なキーワードとともに発動させられるようにしてある短剣。
しかもその短剣はシャルロットの先祖が代々伝えてきた龍の骨から削りだしたといわれるものである。至近距離でこの短剣による魔法剣を受ければ、いくら使徒といえども動きが止まる。その瞬間をシンジが狙えば・・・。アスカは自信に満ちた表情で短剣を突き出した。
「爆光覇斬!」
アスカの叫び声とともに真紅の炎を纏った光がサンダルフォンを直撃する。一瞬にして燃え上がったサンダルフォンを見たアスカは再び叫ぶ。
「今よ!シンジ!」
ここまでお膳立てがされれば、それまで観客となっていたシンジもスムーズに動く。青白く輝く大剣をかざしたシンジは一足飛びに上空に舞うと必殺の一撃でサンダルフォンを真っ二つにしようとした。
ドゴッ!!!
シンジとアスカが勝利を確信した刹那それは起こった。舞い上がったシンジは灰褐色の重たい一撃を受けピンポン玉のように吹っ飛んだ。間一髪間に合った影がシンジをかばわなければ岩肌にぶつけられて即死したであろう。
「良い作戦だったよ。ただし演技はお粗末だな」
いつの間にか全身を地中にひそめていたサンダルフォンはようやく、足先までを外に出すと野太い声で言い放った。アスカは自分の目の前で燃えているサンダルフォンを見る。それは岩でできたダミーであった。
アスカの意図を読んでいたサンダルフォンは地中に身を隠していたのだ。3mはあろうかという灰褐色の巨体をついに見せたサンダルフォンは勝ち誇るように長大な尾を振った。シンジを襲った一撃はサンダルフォンの強靱な尾によって行われた攻撃であった。
「遊びは終わりだ!」
うなり声のような声とともにサンダルフォンは地面に拳を叩きつける。一瞬にして危機を察知したアスカは自分がいたところから後方に飛ぶ。
ゴワッ!!
それまでアスカがいたところには地中から火柱が上がった。溶岩を爆発させたような火柱はアスカを追い立てるようにして襲いかかってくる。
ドグゥッ!ドグゥッ!ドグゥッ!
次々とあがる火柱からアスカはただただ逃げるしかなかった。アスカの頭の中は逃げながらも高速回転を続けている。今までの戦いや鍛錬を思い出して現状を打開する方法を考える。なんとかしてEVAにたどりつけば勝機は生まれるかもしれない。
しかしそんなことはサンダルフォンも百も承知のはずだ。EVA目がけて飛び込めば待ってましたとばかりに火柱が襲って来るであろう。火柱によって巻き上げられた岩石がチョコレートのように溶けている。岩石の融点を越える温度の炎だ。食らえば骨まで溶かされてしまうにちがいない。
「アスカ、あなたの剣は柔の剣ではないわ、立ちふさがるもの全てを切り伏せる剛の剣よ。技を磨くことも大切だけど、もっと心を磨きなさい。いいこと、逃げたりしてはあなたの剣は威力がそがれるわ。どんな苦境にあっても立ち向かいなさい」
絶体絶命に追い込まれたアスカの脳裏にシャルロットの朗々とした声が響きわたる。その瞬間アスカの頭は急にクリアーになった。
アスカは真紅のEVAに向かって一直線に走り出した。火柱の余波を受け手ところどとろに火傷を負った身体とは微塵も感じさせない動きで。そこには迷いもためらいもなかった。
サンダルフォンは予想通りのアスカの行動に不愉快そうな鼻息を漏らした。結局のところただの考えなしか、そう言いたげなけだるい視線でアスカを見たサンダルフォンは最大の力をもって大地を叩きつけた。今までの三倍以上の巨大な火柱がアスカを包み込む。シンジを助けた冬月が、アスカの方を見上げた時には全てが手遅れのようだった。
青ざめた冬月とおもしろくないようなサンダルフォンの視線の先で、わき上がる炎の中でアスカはけしずみのようになるはずであった。髪の毛一本残らず焼き尽くされるほどの高熱である。
冬月は一瞬迷った。シンジの傷も浅くはない。ここは一旦撤退すべきなのか?シンジの前に仁王立ちする冬月とサンダルフォンの視線がぶつかった。新たな敵を見つけたサンダルフォンが不敵に笑った時、聞こえるはずのない声がサンダルフォンの背後から聞こえてくる。
「古より受け継がれし生命の根源たる力 天命の配列により我は命ずる 秘めし力を解き放ち 邪なる者どもを焼き尽くし 闇を飲み込む 劫火の剣と化せ」
天をも焦がす勢いで巻き上がる火柱の中でアスカは生きていた。真紅のEVAを大上段に構えて炎よりも赤いオーラをみにまとっている。
アスカは確かに炎で燃えていた。しかしその温度はサンダルフォンが作り出した火柱の温度より更に高い温度であった。火柱の炎が逆に燃やされている。アスカに触れた岩石は溶けるのではなく蒸発した。岩石の融点ではなく沸点を越えるほどの劫火。
アスカのアイスブルーの瞳の奥に燃え盛る炎を燃やすことは、何人たりともかなわぬことであった。いかなる炎より赤く輝いてアスカは翔んだ。サンダルフォンは一直線に飛んでくるアスカに向かって火柱をたたきつけたが、全く効かなかった。
アスカは目の前に新しく立ちふさがった火柱を気にも掛けずに火の中に飛び込んだ。サンダルフォンの火柱はもはやアスカの炎をより活性化させるための燃料程度にしかならない。
「神魔炎斬!」
あまりの出来事に呆然としているサンダルフォンをアスカの剣が両断する。真っ二つにされたサンダルフォンはそうなったことも分からずに斬られて蒸発した。
「なんてこと?!」
ネルフ本隊を突風で攻撃していたサハクィエルはサンダルフォンが斬られていく様を空中から眺めて愕然とした。このままではゼルエルへの言い訳がたたない、そう怯えたサハクィエルは、各自が助け合うことによってなんとか突風に耐えているネルフ本隊を放り出して傷つき動きが鈍くなっているシンジとアスカに攻撃を切り替えた。せめて適格者の一人くらいは葬らなければ!半ば強迫観念にも駆られた行動であった。
サンダルフォンを斬って落としたものの、疲労で座り込んでしまったアスカにサハクィエルの殺人的な疾風が襲いかかる。倒れ込むように膝を突いて視線を落としているアスカにこれをかわす術はなかった。
シュッ−−−!!!
だが唸りをあげたサハクィエルの攻撃はアスカには届かなかった。誰にも反応できないと思われた攻撃に対処したのはシンジである。ついさっきまでサンダルフォンの尾にはじき飛ばされて意識が朦朧としていたにも関わらず、シンジはEVAを水平にかざすようにしてアスカの前に立ちふさがった。
しかしサンダルフォンの攻撃で傷ついていたシンジも防御は完璧ではなかった。蒼白い
結界にはほころびがあり、そこから飛び込んだ疾風の余勢はシンジの左腕を肩口から切り落とした。シンジのきしゃな腕が宙に舞い血を噴水のように流しながら落ちる。それでもシンジはサハクィエルのう方を睨み付けたまま一歩も動こうとはしなかった。
「ア、アスカは僕が守ると誓ったんだ・・・・」
言葉にはならない苦痛と吹き出す血に顔を染めながらシンジは仁王立ちしていた。シンジの気迫に押されたのか、ミサトとレイを先頭に山頂になだれ込んでくるネルフに敗北を悟ったのか、サハクィエルは悔しそうに吐き捨てると姿を消した。
「どうやら向こうでも決着がついたようですね」
大きな気配が二つ消えたことを感知した加持は戦場にいるとは思えない陽気な声をだした。加持とティアマトの戦い、といってもティアマトが一方的に攻撃し加持はひたすら逃げ回っていただけであったが、も終結の時を迎えようとしていた。
「ふん、勝負はお預けだ」
一歩だけ後ずさりして吐き捨てたティアマトは姿を闇夜に溶かす。自分の攻撃を長時間避け続けられる加持の実力を、ティアマトも敏感に感じ取っていた。不必要な戦いは彼の好むところではない。ティアマトは加持の陽気な声と月光を背に受けて消えていった。
「シンジ!大丈夫?!ちょっと誰かシンジをどうにかして!」
アスカの絶叫が浅間山山頂にこだまする。アスカは肩口を固く縛ると自分の服を切り裂いて傷口を覆い、上半身を起こして出血個所を心臓より高いところにもってくる。とりあえずの応急処置だがアスカにできるのはそこまでであった。ちぎれた腕を引き寄せるがくっつけるなんて芸当はアスカにはできない。アスカにはシンジを守るように抱えることしかできなかった。
「アスカ!シンジ君!」
ネルフの先頭を切って山頂に駈け昇ってきたミサトとレイは、顔色がすでに土色に変わりつつあるシンジを見て愕然とした。
「どいて!」
レイが仮面のようないつもの表情を脱ぎ捨ててシンジにすがりつく。シンジを抱え込んでいたアスカを半ば強引にふりほどくとEVA00を掲げる。ついさっきまでサハクィエルからネルフ全体を守る結界を張り続けていたため、レイの体力も限界に来ているのであるがそんなことは全く気にしていない様子だ。
レイは純白の錫杖の先端に取り付けられた宝玉をシンジの肩口につけ一心に呪文を唱えている。しばらくするとシンジの腕は元通りくっついたがレイは呪文の詠唱を止めようとはしない。土色だったシンジの顔色はやがて薄いピンクがかかった白に変わり、苦痛のうめき声は安らかな寝息になった。
回復したシンジを確認するとレイは聖母のような微笑を自然と浮かべた。シンジの頬を優しくなでると、満足そうにシンジの寝顔を眺める。ミサトとアスカはレイが微笑む姿を始めてみた。少し遅れてきたリツコもレイの様子を驚いた表情で見ている。
レイはシンジを優しく抱きかかえたと思うと、急に目を閉じてシンジと重なり合うように倒れ込んだ。今度はレイか?と周囲はあわてふためいたが、リツコはレイに駆け寄りその様子を確認しホッとしたような顔した。
「大丈夫よ。ちょっと精神力を使いすぎただけだわ」
アスカはシンジの胸の上に抱きつくようにして倒れてしまったレイを最初は唖然としてみていたが、やがて顔を真っ赤にしてレイを押しのけてしまった。それからレイをシンジの横に寝かしておいて自分はシンジの顔を心配そうに見つめている。
ミサトとリツコはその様子を見ながら戦いがひとまず終わったことを実感していた。雲間に隠れていた月も完全に姿を現し、シンジ達を眺めていた。
浅間山に出ている月は、地上で繰り広げられた激闘を意に介していないように虚空に佇んでいる。どんな凄惨な事件が起ころうとも月は地上を優しく照らす。それが月の役割であったから。
ドッ−−−−ン
誰もいない都市に轟音がこだまする。ネルフ本部の前に来ていたゼルエルは、鋭く眼光を光らせると大地にいとも簡単に大穴を開けた。音を立てた張本人は鼻で少しだけ笑うと自らが開けた穴に身を踊らせ、ゆっくりと地下に降りていく。
「特殊装甲がまるで役に立たないわね」
「仕方あるまい。相手は最強の使徒だ」
ネルフ本部地下に広がる広大な空間で一対の男女がおもしろくもなさそうに会話をしている。男の方は髭を生やした長身で黒い軍服を来ていた男、肉付きはいいほうではないがサングラスの下から除く鋭い眼光は周りの人間を圧倒するだけの風格を兼ね備えている。女性の方は暗い闇の中でも一際目立つ金髪。実はこの二人、ほとんど年齢が一緒なのだが、白磁のように滑らかな肌はそれを全く感じさせない。しかし青い瞳に宿る眼光は男に負けないだけの輝きがあった。
特殊装甲を一発で貫き、重力を遮断しているかのようにゆっくりと降りてきた力天使ゼルエルはゲンドウとシャルロットを見下ろすような位置で停止すると引き締まった蒼氓を向けた。
「久しぶりだな、碇ゲンドウ。EVA01の適格者よ。いや元を頭につけた方がいいのかな?」
ゲンドウは何も答えないただ眼鏡を中指で押し上げただけである。眼光は多少鋭くなったが動揺した様子はない。ゼルエルはゲンドウの傍らにいる女性に目を移した。
「聖剣士シャルロットか、実際に会うのは初めてだな。クルクシュートラでは君の奮戦ぶりを上から眺めさせてもらったが」
「お世辞にしては出来が悪いわね」
「失礼、確かに言葉で語るのは余り得意ではない」
ゼルエルの腕が静かに動く。大地を割り山をも砕くといわれる右腕が火を噴こうとした瞬間一条の光がゼルエルに向かって投げつけられる。光とともに聖歌隊を思わせるような軽やかな声が降りてきた。
「どっちを見ているんだい?君の相手はこの僕だよ」
ゼルエルの瞳に緊張と楽しげな光が同時に灯る。彼が予想していたというより、待ち望んでいた天使との10年ぶりの邂逅であった。
MEGURUさんの『ジオフロント創世記』第17話、公開です。
サンダルフォン撃破!
引き際をわきまえている使徒。
”逃げる”に躊躇を見せない戦いのセンスを持つ使徒。
ことごとく
詰めの段階で取り逃がし、
相手の余裕で見逃してくれていた使徒・・
久しぶりの使徒殲滅でしたね。
立ち上る火柱の中でその火よりも熱い炎をまとったアスカの一撃。
死を感じる前に蒸発したサンダルフォン。
興奮の臨場感でした(^^)
これで一息。
と思いきあ、本部で始まる新たな激闘・・・
さあ、訪問者に皆さん。
息付く暇を与えてくれないMEGURUさんに感想のメールを!