時にジオフロント新暦2006年
大地は赤で埋め尽くされていた 夕陽に照らされているわけではないのに
土は赤く染め抜かれていた 赤土が産出される土地ではないのに
地は血で覆い尽くされていた 地に罪があるわけではないのに
「To err is human, to forgive divine」 過つは人の常、許すは神の性
そう語った詩人がいる。では人は永久に間違いを犯し続け、争いを続け、血を流し続けなければならないのだろうか?それは永遠に遺伝子によって受け継がれていく定めなのか?過つのは常に人なのか?
それとも・・・・・・
☆
ジオフロント世界南部域クルクシュートラの野
早朝に始まった戦いは日が昇るとともに激しさを増し、ジオフロント世界成立以後、有数の激戦となった。世に名高いクルクシュートラの決戦である。この戦いでセカンドインパクトによって解き放たれた魔族は壊滅的なダメージを被り、組織的な暗躍は影を潜めていくことになる。
この激戦の最中、上空で対峙する影が二つ。戦の開始と時を同じくして対峙を始めた両者は、太陽が沈み、地上での戦闘が集結を迎えてもにらみ合いを止めなかった。いや、正確には止めることができなかったのだ。双方、先に焦って動いた方が負けることを知っていた。
「月が綺麗だね」
日が暮れて闇が世界を支配するようになって程なくしてから、片方が言った。両者とも戦闘態勢は解いていない。しかし、その言葉をきっかけにして両者の間で激突していた凄まじい闘気は、急速にしぼんでいった。
「月は人の手に汚れていないからな」
しばらく経ってからもう片方も答える。それは戦闘の集結を意味していた。
「神の手にもだよ」
両者の言葉に込められた意味は、余人には理解できない。しかし当事者同士の間ではそれで十分だった。
「これからどうするのだ?」
「僕につけられた二つ名を知らないわけじゃないだろう?神の御使いたる力天使ともあろうものが」
片方の影は詠うように言ってから消えた。虚空に残された影は、しばらく天を仰ぐと羨みとも悲しみとも採れる微妙な呟きを残して消えた。
「自由天使か・・・・・・」
第14話
発芽
シャルロット・フェリアス・ド・ヴィンコントはあれからネルフ本部に居座っている。その理由については、様々な噂が流れたがいずれも憶測の域を出なかった。司令官である碇ゲンドウは何も言わずに黙認しているようである。
しかし正式なネルフ職員でも無い者が、居座ることにも問題があると思われた。そこで二,三日してからとってつけたような肩書きが与えられた。ネルフ特別顧問、それが彼女に与えられた肩書きであった。
経緯はどうであれ、顧問のような人物がUN軍から来ることは、あらかじめ予想されていた。ネルフには特別な権限も多いし、天将直轄ということで独立性も高い。監視と嫌がらせを兼ねてお目付役が派遣されてくるのでは、という噂は今までにもあった。
シャルロットは少将の階級を持っている。ネルフ司令官のゲンドウは二階級下の大佐であったが、中将待遇であるので、顧問としては妥当な階級である。しかし彼女がお目付役として適任であるかは、万人が疑うところだった。何しろ彼女はあの八旗衆の一員なのだから。
八旗衆
それはUN軍・最強最精鋭と恐れられる天将直属の特殊部隊である。八人の旗将によって率いられるその部隊は、数こそ1000人にも満たない少数部隊であったが、その名はUN軍内はおろか、ジオフロント世界全域に轟いている。
八旗衆は元々400年くらい前に勃発した聖魔戦争の際に創設された部隊である。最初は非常勤の部隊であり、何か特殊任務が発生するごとに結成されていたが、後に常設部隊となり今に至る。
近年彼らの名前を高めたのは、セカンドインパクトで世界に溢れた魔族との戦いにおいてである。特に当時の天将・六分儀ゲンシュウ直接指揮のもと、数万にも及ぶ魔族の大軍を殲滅したクルクシュートラの決戦は歴史上名の残るような快挙であった。
セカンドインパクトによる龍脈の一大変動は、各地に封じられていた魔族を蘇らせ、魔族は使徒を中心にしてジオフロント世界を席巻していた。特に被害が酷かったのは、南部域と西部域で、この地に駐屯していた天軍(その時はまだUN軍とは呼ばれていなかった)も壊滅的なダメージを受けていた。
その魔族の大軍を撤退による撤退で狭隘な地に引きずり込み、殲滅したのがクルクシュートラの決戦である。この戦いに参加していたのがは、ゲンシュウ直属の近衛軍と彼ら八旗衆であった。
こうした活躍によって最強の名を欲しいままにした八旗衆だったが、彼らの履歴書には氏名及び年齢不詳・正体不明・所在掴めずといった文字が羅列してあるだけであった。特に八旗衆の強さの最大の要因である八旗将の正体は、謎に包まれている。何しろ秘密部隊でもないのに名前と顔と行方が、現在判明しているのは僅かに二名だけである。
例えばクルクシュートラの決戦の作戦立案をした天才軍師ヴェルド・ラーンは、なんと八旗衆結成当時から名を連ねている人物である。250年前の精密な肖像画が残っているのだが、この顔が10年前の目撃証言とまったく一緒。現在の所在は不明だし、人間であることすら疑われている。
そして死神と恐れられたドレッド・ノート。この名が代々影の一族という部族の頭領に受け継がれているコード・ネームであることは分かっているのだが、後は全部謎。何しろ同じ八旗将のシャルロットでさえ、「何度か会って話をしたこともあるけど、顔は知らない」と言い出す始末なのである。
一名は子供のような容貌をしていたと伝えられてもいるが、分かっているのはそれだけ。クルクシュートラの決戦で戦死した二名の欠員も補充されたということだが、こちらは一切の情報なし。
残る一人、六分儀ショウは最近まで行方不明で、姿を現したかと思ったら使徒に身体を乗っ取られて敵にまわっていることが判明。とにかく問題と謎の純粋培養物のような集団であり、お目付役になるどころか、お目付役を付けられそうな部隊なのである。
シャルロットは八旗将においては、まともな方と言えた。そう八旗将の中に置いては。
「自分より弱い男と醜いものが大嫌い」
というのが彼女のポリシーである。異常なまでのプライドの高さは判断基準の高さへとつながり、シャルロットの目にかなう人間はほとんどいない。その反面傷つけられた人間は数え切れないくらいいたが。
八旗将の一人にして聖剣ラ・ロッシュを所持する覇流随一の達人よりも強い人間は、ジオフロント世界全域を見渡してもほとんどいなかったし、神のみがつくりだせるとさえ思わせる美貌とはりあう人間もまた極少数であった。
その両方を同時に満たす男となると・・・・、シャルロットが加持やミサトより10年くらい多く生きているのに一人身なのはそれなりに理由があるのだった。それでも彼女の美貌が衰えることは全くなかったけれど。意志の力は恐ろしい。
★
アスカはシャルロットから剣と魔法を教わっている。アスカはミサトと違って精霊魔法は使えなかったが、黒魔法に関しては素養があった。一般的な話であるが、直感力に優れた人間は精霊魔法に、理論立てて物事を考える人間には黒魔法が向いていると言われている。
精霊魔法は感覚的な能力が要求される魔法である。精霊に呼びかけたり、契約を結んだりする方法は確立されているものの、会得方法は言葉にするのが難しい。それに対して黒魔法は一種の科学とも言える体系が存在し、呪文の詠唱から魔法陣の描き方まで決まった形がある。
精霊の力の源である龍脈の力を引き出すことを特徴とする天王流より、魔術との組み合わせを得意とする覇流の方がアスカに向いていると言えば向いている。最も同じ剣術であるから、剣の型や気構えなどは共通する部分が多く、今までやってきたことを一からやり直すというわけではなかった。
「ほらほら早く起きなさい。淑女が横たわっていていいのは、ベットの上と愛しい男の腕の中だけよ」
この日アスカが地をなめたのはこれで何度目であろうか?それほどまでにシャルロットの稽古は厳しかった。基本的な呪文の詠唱を教えた後は全て実戦訓練。しかもシャルロットはまるで容赦がない。アスカが魔法剣を受けきれず、瀕死の重傷にまで陥ったこともあった。
「稽古というより、シャルの憂さ晴らしだな・・・」
訓練の様子を見た加持は嘆息して呟いたものである。しかし止めたりはしなかった。加持はシャルロットを信用していたし、その実力も知っていた。そしてアスカがこれから立ち向かわなければならない敵の力は、想像を絶するものがあった。アスカは早急に強くならなければ、待ち受けているのは死しかない。
幸いにもアスカの向上心は強かった。シャルロットに何度ズタボロにされても立ち上がり、稽古を止めようとはしない。アスカは地面をなめ、血を吐き、医療役を務める伊吹マヤが吐いた溜息の数だけ強くなっていった。
シャルロットもアスカを気に入ったようである。空いた時間にショッピングに連れ出したり、新しくできたレストランに一緒に行ったりしている。
「強くなるだけじゃ駄目よ。彼氏が眠っている間に、感性も磨いて起きたとき驚かせてやりなさい」
シャルロットはそう言ってアスカに色々なことを教えていた。戦いと訓練、それにシンジの心配だけをする毎日に微妙なアクセントが加わったことで、アスカの精神状態もいいものになっているようであった。
☆
アスカが稽古に明け暮れていた頃、綾波レイはまたシンジの病室に来ていた。何かをするわけではない。ただ黙ってシンジの顔を見ているだけである。そしてアスカが訓練から帰ってくる前に部屋を出ていく。それがレイの日課だった。
・・・どうしてここにいるのだろう?・・・
一見無表情に見えるレイの顔には、困惑というものが浮かんでいた。勿論レイにはそれが分からない。困惑という名前も分からない。文字と意味は知っていたかもしれないが、実感したことはない。
レイは唐突に膝の上に置いていた手を動かした。無意識の内にレイの透き通るような手はシンジの方に吸い込まれていく。恐る恐るといった感じだが、その手は確実にシンジの頬に近づいていった。
・・・あったかい・・・
レイが人の体温を意識的に欲するのは初めてのことだった。死んだように眠っているシンジだが、レイの透明な手より温度は高かった。レイはもう片方の手で自分の頬を触ってみる。
・・・つめたい・・・
レイにも人並みの体温はある。しかし、レイには自分の頬の温度が全く感じられなかった。その瞬間レイは胸が締め付けられるような気がした。目の焦点が少しぼやけて変な感じがする。それがなんであるかレイには分からなかったが。
レイは手を元に戻すと再びシンジを見つめ、その後膝の上に乗せた自分の両手に視線を落とす。シンジの体温が僅かにのこる右手と、冷たいままの左手。手をひっくり返す。シンジの頬に触れた掌と自分の頬に触れた掌。
同じだけど何かが違う。何かが違うような気がするけど、それが何かは分からない。分からないことは、自分にとってどうでもいいこと、必要のないこと。今まではそうであった。でも今は違う。
・・・知りたい・・・
・・・でも・・・
レイはもう一度シンジの頬に触れようとした。しかしいくらそう念じても手は動かなかった。凍り付いたように自分の膝にくっついたままである。部屋の中はしばらく時間が止まったようになる。
ガチャッ
止まったままの時計の針を動かしたのはドアを開ける音だった。書類を片手に入ってきたのは赤木リツコである。けだるそうに髪をかき上げながら入ってきたリツコは、空色の髪の少女がベットの脇の椅子に座っているのを見ると少しだけ驚いて足を止めた。
レイがシンジの病室に来ることはすでに報告を受けている。二,三度出くわしたこともある。だが、レイが入室してきた人間にビクッと肩を震わして振り向いたのは、初めて見る光景であった。
レイは一瞬だけ視線を合わせた後、すぐに顔を背けてリツコに背中を向けた。シンジをもう一度眺めると立ち上がってリツコの横を通り抜けていく。視線も合わせず、顔をうつむかせて出ていくレイをリツコは興味深そうに眺めた。
精神系の魔法に長けているリツコにはレイの微妙な心の揺れが読みとれた。それは当初から予想されたことではあったが、実際に発生してみると非常にデリケートな危険をはらんだことのように思えた。
(こんなに早くとはね・・・)
リツコはまた難題が持ち上がったことに頭を痛めた。こめかみに手をやると先程までレイが座っていた椅子に腰を下ろし、軽く瞼を閉じる。思考の深淵に身を委ねたリツコは気が付かなかった。彼女の傍らにいる少年がいつもと違った反応を見せ始めていることに。
☆
・・・なさい、シンジ・・・
膝を抱えてうずくまるシンジに懐かしい声が聞こえた。シンジは肩を僅かに振るわせて反応を示したものの、顔を上げようとはしなかった。
深い霧が立ちこめる虚無の空間で、シンジはただうずくまっている。白い煙に身を隠すように体育座りをして、固く目を閉じている。シンジには時間の感覚がすでになかった。どのくらいそうしているか見当も付かない。
・・・もうどうでもいいや・・・
・・・そんなことはないわ。あなたには待っている人がいるのよ・・・
・・・いないよ、そんな人・・・
・・・いるわ・・・
じゃあ、なんで僕を助けてくれないんだよ!アスカは僕のことを知らないし、周りにはしらない人ばかり・・・、父さんは僕に用がないなら帰れって言うし、母さんは・・・。僕は独りぼっちだ・・・
それはあなたが自分の中にいるから
誰も自分を傷つけない自分の中に閉じこもっているから
・・・だって・・・
起きなさい、シンジ
自分の中に閉じこもっているだけでは何も見つからないわ
あなたの心でさえ、他の人との繋がりが形作ったものなのよ
・・・何を言っているのかよくわからないよ・・・
ならば、起きなさい
そうすれば何かが見えてくるはずよ
・・・・・・
立ち上がって扉を開けなさい、シンジ
そこから何かが始まるわ
シンジはようやく顔を上げた。目の前にはかつて何をやっても開くことの無かった扉がたたずんでいる。シンジは惹きつけられるように立ち上がると、ゆっくりとドアノブに手を掛けた。何も考えずに手首を回す。扉は心地よい音をたてて開け放たれた。ドアの向こうの光に吸い込まれていくシンジにの背中に温かい声が駈けられた。夢遊病にかかったように歩き出すシンジの耳には届いてなかったかもしれないが。
生きなさい、シンジ
私はいつでも見守っているわ
私のかわいいシン・・・
☆
「ただいま、シンジ」
アスカが元気よく張り上げた声がリツコを現実に引き戻した。顔をドアのほうにむけると気を取り直したように瞼をあける。
「訓練は終わったの?アスカ・・・」
そこまで言いかけたリツコは、表情を曇らせた。話しかけているのにアスカは自分に視線を向けていないし、注意もしていない。まるでリツコのことなど眼中にないかのように突っ立ているだけである。
・・・・ソッ・・・
音にならないような布がずれる鼓動がリツコの鼓膜に響いた。目の前に立っているアスカの方から聞こえてきた音ではない。背後から聞こえてきた鼓動であった。
自動人形のように振り返ったリツコの目には思いがけないものが飛び込んできた。腕に点滴の針をうちこんだままの少年が、寝ぼけたような顔で上半身をおこしている。自分が何をしているのか分からないかのように、欠伸をしたシンジは軽く頭を左右に振って意識をはっきりさせようとしていた。
「シンジ!」
リツコの視界にアスカが飛び込んできた。アスカは訓練の時に身につけていた鎧も解かずにシンジに抱きつくとただただ泣きじゃくっている。
「シンジ!シンジ!シンジ!・・・・」
それ以外の言葉は出てこなかった。悲しい顔はしないでおこう、と心に決めていたアスカだが、あれだけ固く心に決めていたことは皿の彼方に吹っ飛んでしまったかのようである。やだしアスカは悲しい顔をしているわけではなかった。泣き顔は満面の笑みを浮かべていた。
「ア、アスカ、痛いよ・・・」
シンジは何が起こっているのか分からずただアスカのするにまかせていた。困ったような視線をリツコに向けると、らしくもなく呆然としたリツコは軽く微笑むとシンジの頭にやさしく手を置いた。リツコはその後、シンジの腕に埋め込まれていた点滴をはずし、簡単に身体のチェックをすると部屋を出ていった。
部屋にはまだ泣きじゃくっているアスカと、いまだに状況が飲み込めていないシンジだけが残された。
★
「イロウルめ、二度も失敗するとはだらしがないヤツだ」
「ガキエルも這々の体で逃げ帰ってきただけではないか。全く役立たずが多すぎる」
「あの聖剣士までいたのではガキエル一人では身が重かったかしらね」
「それにしてもなぜEVA01は出てこなかったのだ?」
重々しい調子の会話はそこで止まった。漆黒の壮麗さが支配する暗闇が凍り付いたようになる。
「いぶりだしてみてはどうかな?」
「いぶりだす?」
「あそこに近くには浅間火山がある。サンダルフォンなら・・・」
「なるほどね。それをわざと知らせるわけね?」
「知らせる必要はない。やつらもそこまで無能ではないよ。浅間山に駐屯している連中を殺せばそのくらい察するだろう。昔の記録が残っているだろうしな」
「サンダルフォンに任せよう。サハクィエルは手伝ってやれ。それからあそこには直接私が出向く」
それまで沈黙していた一際雄大な影がそう言葉を発したことで話し合いは事実上の終結を向かえていた。他の影はまだ言いたいことがありそうな雰囲気を残しながらも虚空に消える。
「久しぶりにおまえに会えそうな予感がする。・・・タブリスよ・・・」
MEGURU さんに『ジオフロント創世記』第14話、公開です。
シンジ目覚める、ですね。
彼が眠っている間に、
アスカも、
レイも、
変わっていっています。
良い方向に。たぶん。
リツコにしてみれば不確定要素の部分もあるようですが。
次回はサンダルフォンと、サハクィエル登場ですね。
以前、
この2使徒の名前間違えてアスカ様に怒られた事があるんです(^^;
さあ、訪問者の皆さん。
再びハイペースを取り戻した MEGURU さんに激励のメールを!