地平線の果てまで続く森林は濡れていた。止めどなく降り注ぐ雨は、生い茂る葉を伝っては大地に舞い降りる。雨は木々に潤いを与え、より一層深い森を作り出す。何百、何千年もの間繰り広げられてきた自然の営みがそこにはあった。
森林王国、それがジオフロント世界西部域に位置するシゼル王国の別名である。その国土は山がちで、面積の8割は木によって埋め尽くされている。
森林で覆われているということは、それだけ開発が進んでいないということである。人間は森を切り開き、山を崩し、そこにいる生物を殺すことと引き替えに文明を発達させてきた。
大した産業もなく、材木以外の資源もないシゼル王国は、戦乱に明け暮れた西方諸国の内で最も平和な生活を送ってきたのかもしれない。セカンドインパクトの影響も少なく、その後発生した西方動乱においても、戦略的価値の低さが逆に功を奏して大した被害を受けなかった。
しかしシゼル王国には他国にはないものが1つだけある。それは多くの人間にとっては、何の価値もない古ぼけた物である。この地方独特の多量の雨と、気の遠くなるような長い年月によってすっかり汚れきった建物・洞窟・石碑などは知らない人間にとっては、銅貨1枚分の価値すらない代物だった。
しかし、一部の人間にとっては何者にも代えることができない貴重なものだった。なぜなら、それらは神々が残した古代遺跡だからである。
交通の要衝でもなく、産業も資源もないシゼル王国に、UN軍1個師団に相当する人員が派遣されているのもそのためであった。
シゼル王国に存在する遺跡の中で、封邪の迷宮と呼ばれる城がある。見かけは朽ち果てた2階建ての館なのだが、地下には何十階にも及ぶ迷宮が確認されている。UN軍は長い年月を掛けて徐々にこの館の謎を解明していったが、未だに人を寄せ付けない場所も存在した。
碇シンジこの世界に来た時点から遡ること3年、腰に見事な細剣を2本さした眼光の鋭い男を先頭にした一団が、この迷宮に入っていったのもそのためかもしれない。
入っていった時は50人ばかりいたその部隊は、出てくる時にはたった1人まで人数を減らしていた。しかもその1人も息も絶え絶えといった様子である。服はビリビリに破れ、綺麗に束ねて合った黒髪も乱れに乱れていた。鎧と剣には血がべっとりとつき、表情は昏く、呼吸は荒々しい。
原因はわからない。館の罠にかかったのかもしれないし、未だに残る迷宮の守護者にやられたの可能性もある。
たった1人生き残ったその男は、館を出てくるなり、悲鳴とも断末魔とも受け取れるような叫び声をあげた。人里を遠く離れた遺跡から放たれた咆吼を聞いた人間は誰もいなかったであろう。しかし、もはや人間の物とは思えない悪鬼のような咆吼に、森の生き物はざわめきたち、鳥や獣は逃げるように去っていった。
男は地に両手をつき、荒い吐息とともに真紅の血を吐き出した。土の色に染まった顔には、怒りとも悲しみともわからない混濁した表情を浮かべている。男は表情をゆがめながら絞り出すような声で呟いた。
「・・・・ち、父上・・・・おじい様・・・・」
それが、六分儀ショウがまだ人間であった時に発した最後の言葉だった。
第12話
ショウ、再び
「おじいちゃん、この後お昼一緒に食べない?」
訓練が終わった後、惣流アスカが発した言葉に聞いていた人間は皆一様に耳を疑った。葛城ミサトは口を開けたまま立ちつくし、青葉シゲルは手にした剣を落としそうになり、伊吹マヤはまばたきを2回すると頬に手を当ててアスカとゲンシュウに視線を集中させている。
気難しいことで有名な六分儀ゲンシュウが、おじいちゃんなんて呼ばれ方をするのは聞いたことがない。現にアスカは訓練中には「先生」と呼んでいたはずだ。おじいちゃんには違いないのだが、全く似合っていない呼ばれ方である。
「そうじゃな、アスカ・・・」
アスカに答えかけたゲンシュウは周りの奇異な視線に気が付く。普段は尊敬と畏怖の目で見られているこの老人は、好奇な視線で見られることに慣れていなかった。慣れ、不慣れの問題でもないのだが、周囲の視線が老人の神経を逆なでしたことだけは確かなことのようであった。
「なんじゃ、ミサト、その目は?」
ゲンシュウは代表者としてミサトを選び出し、鋭い目つきで睨んだ。しかしミサトを選んだことは結果的に間違った人選だった。シゲルやマヤならゲンシュウに圧倒されて何も言えなくなっただろうが、ミサトは違っていた。
修羅場をくぐり抜けた経験も豊富であるし、生来の無神経さも加わって、鋭い視線程度で動じるやわな神経は持ち合わせていない。しかもこの時ミサトは鋭い眼光の下に隠れる照れをはっきりと読みとっていた。
ミサトは何も言い返さずただ興味深そうにゲンシュウを眺めている。
「無理をしなくてもいいのに」
視線でそう語りかけている。洞察力に優れたゲンシュウは、即座にミサトの意味ありげな視線の意味を理解したが、そのことはゲンシュウの顔を一層赤くしただけだった。
ミサトは急に笑い出した。最初は苦笑していただけだったのだが、段々声を出して笑うようになり、しまいには腹を抱えて笑い出した。ミサトにつられてシゲルとマヤも苦笑を漏らす。ゲンシュウはミサトの笑い声に耳まで真っ赤にして不機嫌そうであったが、怒っているようには見えなかった。
「どいつもこいつも年寄りを馬鹿にしおって!」
ゲンシュウはそう言い捨てて鍛錬場を後にした。照れ隠しに逃げたように歩き出すゲンシュウの背中は、剣聖のものではなく、孫娘に目を細める老人のようなものだった。
赤木リツコがその場に居合わせたら、ゲンシュウではなくミサトに苦笑を漏らしたであろう。
「はしゃぎすぎね」
そう言ってミサトをたしなめたかもしれない。
シンジが原因不明の眠りについてから、ミサトの表情はさえなかった。表面上は仕事を淡々とこなしていたが、顔の裏側に潜む暗い影は隠しきれなかった。笑ったのも久しぶりである。過剰反応と言われても仕方がない。
シンジの詳しい様子については、ネルフ幹部と医療班の一部以外知らされていない。表向きには使徒との戦闘による後遺症でしばらく安静にしているということになっている。シンジの突然の戦線離脱はネルフに重くのしかかっていた。
暗い雰囲気が漂うネルフの清涼剤となっているのがアスカである。強気なところは相変わらずだが、張りつめたとげとげしさは消えている。徐々に記憶が戻っているのか、訓練の合間をぬってシンジの部屋に行き、今日の出来事や朧気な思い出話などをしている。そしてついには荷物を持ち込んでシンジの部屋に寝泊まりするようになった。
真っ先に反対するのではと思われていたリツコも
「刺激があった方が回復の可能性があるわ」
と言ってアスカの行動を許可した。若い男女が、という道義的な問題も残っているのだが、シンジは意識がなかったのでアスカに何かをできるわけがなかった。シンジとアスカの立場が逆だったら、止められたに違いないが。
この日も午後の訓練を終えたアスカは、駆け出すような足取りでシンジの部屋に入ってきた。
「ただいま、シンジ」
返事が帰ってくることに僅かな期待をを抱いて、アスカはドアを開けた。淡い期待とは分かっていながらも、もしかしたら、という思いを抱き続けている。
部屋の前に立った時、寂しいと思うこともあったが、悲しい顔はしないと心に決めた。シンジが目覚めた時、そういう顔は見せたくないから。いつ意識が戻ってもいいように、いつもとびきりの笑顔でいよう、それがアスカの決意だった。
扉を開けたアスカの視界には、意外な人物が映っていた。リツコや医療班の人間がいることは珍しくない。忙しさの合間を縫ってミサトが訪れていることも何度かあった。シンジの様子は一応極秘扱いなので入室を許可されるのは、あとはマヤとゲンドウ、冬月くらいのものだろう。勿論、後の二人が訪れることはなかったが。
部屋の中にいるのはその誰でもなかった。アスカはこの人物とまともに話をしたことすらない。勿論シンジもそうであるはずだ。なにしろ彼女がネルフに来た次の日からシンジは眠り続けているわけだから。
アスカはこの人物が好きではなかった。空色の髪に真紅の瞳、人間の物とは思えないような透明な肌、表情をまるで映さないその表情。自分とは正反対で、何を話しかけていいかわからなかった。この少女に触れられた途端、シンジが眠りについたような気がして顔を見るのも少し嫌だった。
「何しているの?アンタ」
「別に・・・」
アスカの前から部屋の中にいた人間、綾波レイは一瞬だけ視線を交錯させた後、そっけなく言って再びシンジに目を向けた。レイはもう一度シンジの顔を眺めると椅子から立ち上がってドアの方に歩き出した。
入り口の近くに立ちつくすアスカとは視線も合わせない。機械的で全くよどみのない動作でレイは出ていった。アスカはレイが閉めた扉をしばらく眺めていたが、気を取り直すとシンジのそばに歩み寄った。
シンジの姿を確認するように見てみるが、朝部屋を出るときとほとんど変わりがない。仰向けになったまま微動だにせず、規則的に寝息を立てている。腕には栄養分を補給するための点滴の針が埋め込まれていたが、元々きしゃな腕は今ではアスカよりも細くなっていた。
「あのね、シンジ。今日はね・・・・」
アスカはシンジの手を両手で握ると今日あったことを話し始める。ゲンシュウに言われたとおり胸一杯に広がる思いを込めて。それが今のアスカにできることの全てであった。
☆
ゲンシュウは少し険しい顔をしていた。午後の訓練の際には、昼間の出来事を笑う人間はいなかったが、何だか気持ちが落ち着かない。いつも泰然自若としているこの老人には珍しいことだった。
(皆の前では、訓練中と同じように先生と呼ばせるべきだったか・・・)
ゲンシュウらしくない考えが頭をよぎる。とはいってもゲンシュウも一人の人間である。特に彼には女の子供や孫がいなかったので、アスカは目に入れても痛くないくらいかわいかった。その思いを悟られまいと思うほど顔は不自然に険しいとなる。
(ワシも年を取ったの・・・)
今更ながらそう思ったゲンシュウは足を進め、自室に至る角を曲がった。
ゲンシュウの視界には部屋の前に立っている一人の男の姿が映る。無精ひげを少しだけ伸ばした一見風采のあがらない男だが、立ち振る舞いには隙がない。油断のならない男、とはこういう男をさして言うのであろう。
ゲンシュウを見るなり一礼した加持リョウジは、いつものように、にこやかに笑っていた。どうやら加持もミサト同様、ゲンシュウの雰囲気に圧倒されずにすむ数少ない人間のようだ。
ゲンシュウは目で返礼を下手のドアを開け、さっさと中に入った。加持もそれに続いて中にはいる。この二人の間に余計な会話は不要だった。
「これが報告書です、閣下」
「閣下はやめい。ワシはすでに引退した身じゃ。そもそもおまえさんもいちおう閣下じゃろ」
報告書を受け取ったゲンシュウにぶっきらぼうに言われた加持は、自分の身なりを見直してから苦笑した。確かに今の加持を高級軍人に見る者は誰もいないだろう。本人も忘れていたかのように頭をかいている。
「どういうことじゃ、これは?」
大して厚くもない書類をパラパラめくっていたゲンシュウは、いぶかしげな視線を加持に向ける。
「三年前の封邪の迷宮探索の件に関する記録は全て抹消されています。調査隊の派遣そのものがなかったことになっています。そして調査隊のメンバーはそこに記載してある通り、全員事故で死んだことになっていますね。ご丁寧にも、それぞれ別の事故で、時期までずらしての隠蔽工作です」
「ふむ・・・・」
ゲンシュウは真っ白な髭に手を当てると視線を床に落とした。しばしの間、時間が凍り付いたように両者とも動かない。ただし、その頭脳は目にも留まらぬ速さで回転していることだろう。
沈黙を破ったのはゲンシュウの方だった。視線を上げて真っ直ぐに加持の目を見る。
「ローレンツの動向は?」
「勿論親の方ですよね?」
「当たり前じゃ。息子はお飾りにすぎん」
「キールは静観を保っていました。息子の方は当初動きがあったみたいですが、すぐになくなりました。おそらくキールに・・・」
「全てを知りつつ動かんか・・・。静観できるものでないことはあやつも重々承知であろうに・・・」
ゲンシュウはそこまで言って急速に表情を曇らせた。元々あまり穏和でない顔が見る見る内に険しいものになっていく。
「加持・・・、キールはもしや?」
「最悪の可能性については何とも言えません。そこまではまだ掴んでいません。碇司令ならなにか知っているかもしれませんが・・・」
ゲンシュウは深い溜息をついた。心を落ち着けるように目を閉じて、大きく息を吐き出し呼吸を整える。そして立ち上がると再び剣を腰に差し、外套と背負い袋を取り出して立ち上がる。
「ごくろうじゃった。あとはワシがやる」
「ご無理は・・・」
「何、天宮に行ってちょっと情報をとってくるだけじゃ」
ゲンシュウはこともなげに言い放つと身を翻した。加持は雄大な背中に向かってもう一つあった用件を告げる。
「それから、シャルがこっちに来るそうです」
加持の言葉にゲンシュウは足を止めて振り返る。眉間にしわを寄せて困ったような表情を作った。
「あの、跳ねっ返りが・・・」
「調査をしている時に協力してもらいましてね。仕方なく六分儀ショウのことについて話したのですが・・・」
加持は申し訳なさそうに喋りながらゲンシュウの顔色をうかがっていた。しかしゲンシュウの顔色はそれ以上険しくなることはなく、最後にはやれやれといった表情になった。
「ゲンドウには会っておく。ミサトには急な用事ができたと言っておいてくれ。あ、それからアスカにもな」
素っ気なく言ってゲンシュウは部屋を出ていく。ゲンシュウが「アスカにもな」と言った時少し照れているように感じたのは加持の思い過ごしだったのだろうか?加持は少し苦笑した後、部屋を出た。しなければならないことが彼には山ほど残されていた。
★
「イロウルがネオトウキョウに向かっているという報告が入った」
「しかし、あれは本当にイロウルなのか?」
「どうでもいいことじゃないのかしら?思惑がどうであれ、利害が一致していればね」
「サハクィエルの言う通りだ」
「ガキエルを向かわせろ。イロウルがやりやすいようにしてやろう。慎重ににことを運ばねばならん。今はまだ敵の戦力を計っていればいい」
闇の中で行われた会話はそこで途切れた。吸い込まれるように幾つかあった気配は消える。まるで誰もいなかったかのように。
★
ネルフ本部のあるネオトウキョウに至る道筋は三つある。北の相模の街からネオトウキョウを南北に貫く街道と、西からくる道筋。いずれもここ数年の間に建設された道路であり、完璧に整備されているとは言い難い。
広い道路には一応の舗装が施されていたが、標識などは少なく、人通りも余り多くない。そもそもネオトウキョウ自体が、セカンドインパクト後に作られた新しい街なので、都市計画も全て完了しているわけではない。
新たな龍脈の表出箇所として注目はされていたが、まだ住人の数もそう多くない。もっとも対使徒用決戦都市として作られた街なので、建設にあたっては、周りにあまり街がなく、民間人が住んでいない場所が選定されていた。地下に古代遺跡があって様々な実験を行えることも選定要因の一つであったが。
先日のサハクィエル及びレリエルの襲来を捕捉できなかったことは、この都市がまだ未完成であることを如実に示していた。それでも急ピッチで整備は進められている。この日も炎天下のもとで、都市の周囲に魔法感知センサーの埋め込み作業が行われていた。
「それにしても暑いな・・・」
設置作業を指揮していた技術部の男はそう言って汗を拭った。セカンドインパクトの直前に、大量の地上人がやってきたことも手伝って、ジオフロント世界の技術力は大幅に向上していたが、「自動感知センサー設置機」などという機械は当然のことながら存在していなかった。
魔法錬金術士がいるとはいえ、資源不足というのはジオフロント世界が抱える根元的な問題である。貴重な鉄をそんなコストパフォーマンスの悪そうな機械に費やすことはできなかったし、第一手作業の方が正確で速かった。
照りつける太陽に毒づいた後、男達は作業を始めようとした。やり残した仕事はまだ多かった。
男がふと街道を眺めると立ち上る陽炎の向こうに人影が見えた。男の目はその影に引きつけられた。正確には影から立ち上る漆黒の障気に。
先日の相模遠征に胎動していた男には、その邪悪な気配に見覚えがあった。やがてゆっくりと歩みを進める人影の顔が露わになる。その顔を見忘れるはずがなかった。
あの晩恐怖をまき散らした男、六分儀ショウの顔を
☆
「南側Bー6地点に使徒出現!総員第一種戦闘配備!」
ネルフ本部に緊急を告げるアナウンスが鳴り響いた。ネルフの職員はかつてないほど迅速に動いている。これが本格的には、ネオトウキョウに初めて使徒が襲来したとは思えないほどの手際の良さである。
突発的な事故のような形で何もできないまま終わってしまった、サハクィエル・レリエル襲来がよほど響いたのかもしれない。ともあれ、第一報から五分以内に作戦会議は始まっていた。
「状況報告を!」
ミサトの鋭い声が飛ぶ。ネルフの会議では司令のゲンドウと副司令の冬月はほとんど発言せず、NO3のミサトが会議をリードする。この日もゲンドウは冬月を従えるように一段高い司令席のデスクに肘をついて、口の前で指を組んでいるだけだった。
「出現使徒は六分儀ショウ=イロウル!現在南門のすぐそばまで接近しています。斥候に出た青葉中隊と接触する模様です」
「青葉君には遠巻きに監視だけするように伝えて!下手に手を出して無駄な損害を出さないように」
会議の連絡役も兼ねる伊吹マヤに指示を飛ばしたミサトは、それまで無言だったゲンドウに向き直る。
「六分儀ショウ=イロウルは近接戦闘には絶大な力を発揮します。しかし遠距離による攻撃手段については、近距離とは違い強力な攻撃手段を有していないものと思われます。そこで綾波レイのEVA00によりフィールドを張って、敵の動きを限定し、遠距離からの間断のない魔法攻撃により、相手を疲労させ、疲れさせたところでEVA02による接近戦でとどめをさすのがベストだと思われます」
ゲンドウはミサトの言葉にじっと聞き入ると、右手の中指で眼鏡を押し上げ、短く言い切った。
「やりたまえ」
ゲンドウの言葉で会議は終わった。敬礼をしたあと、ネルフの面々は駆け出していく。そんな中ゆっくりとした歩調のリツコを冬月が呼び止める。
「赤木君」
「はい、何ですか?副司令」
「01の適格者に関しては私がその任にあたる。君は葛城君を手伝って現場に赴いてくれ。優秀な魔法使いは一人でも多く必要だろう」
リツコは目を見開いてその言葉を聞いた。視線を僅かに動かして、命令を発したであろう男を探すが、すでに司令席から姿を消している。リツコは冬月に視線を戻すと無言のまま敬礼を施し発令所を出ていった。
☆
六分儀ショウは無機質な顔を少しだけ歪めて、彼の目の前にそびえ立つ城門を見上げた。その扉は固く閉ざされている。普通の人間には見えないが、魔法による強力な封印が施してあることが、彼には読みとれた。もっともその程度では、彼の歩みを多少遅らせるくらいのことしかできなかったが。
ショウは両腰に下げた漆黒の細剣を取ると、目の前で十文字に組み合わせた。短く息をつくとカッと細い目を見開き気合いを込める。ショウの剣に凝縮された暗黒の気は、死霊の金切り声のような音をたてて城門に殺到した。門に施された見えない障壁は、青白い光を発して黒い障気の塊を受け止める。
漆黒の気と青白い壁が火花を散らしたその戦いは一瞬で決着がついた。ショウが少し力を込めると、青白いフィールドは霧散するように消え失せ、鉄製の巨大な扉は轟音とともに砕け散った。ショウは崩れ落ちる城門を無表情に眺めた後、急ぐこともない歩調で瓦礫の煙の中に足を進めた。
その時ミサトはすでに部隊の展開を終えていた。僅かな時間で城門を半包囲するような布陣を完成させたミサトの手腕は、賞賛されてしかるべきものだった。煙の向こうからショウが姿を現した瞬間、じっと機会を窺っていたミサトの指示が飛ぶ。それと同時にすでに詠唱を終えていたリツコの呪文が放たれる。
「聖王轟光閃!」
ネルフ魔法部隊が全ての魔力をリツコに集中して放った一撃である。それも暗黒剣士であるショウの弱点ともいえる聖系最大の攻撃魔法。神の分身である使徒は、神と同格の力すなわちEVAをもってしか倒せないが、それに近い力ももってすればある程度のダメージを与えることはできる。
決定打にならないことは百も承知だったが、足止めくらいにはなったはずである。レイのEVA00が作り出すフィールドで防御しつつ、攻撃魔法を集中させて疲労させ、最後はアスカのEVA02で決着をつける。ミサトの基本というより唯一の戦略は持久戦を念頭においたものだったが、想定された状況の中で最も有効であると考えられていた。使徒が一体だけだった場合には。
「レイ!」
ミサトの鋭い声と共に、レイは一歩進み出ると白い錫杖をかざした。先端部分に取り付けられた宝玉が輝きだし、ショウ=イロウルを中心に直径20mくらいの白い球体ができあがる。ここまでは想定通りの展開だった。
しかしその時、轟音とともにミサトが最も恐れていた事態が起こった。
ドゴッオーーーーン
街の西側の壁に響きわたった音は、南門でショウ=イロウルを迎え撃っていたミサトたちの耳にもはっきりと聞こえた。リツコは遠視の呪文を唱えて西側の状況を見る。しかし遠視を使わないミサトの目にも、轟音の正体は目に映った。
ネオトウキョウの周囲を囲む高い壁を遙かに上回るような巨体。頭部は先がとがった流線型のようになっている。城壁に隠れて矢尻のように鋭角な頭部しか見えないが、全長は数十メートルに達しようかという巨大生物だった。
「どうなのリツコ?!」
「どうやら地中を掘って接近してきたようね。感知センサーが届かないところを来るとは・・・。やるわね」
「感心してる場合じゃないでしょう?!」
「あの使徒・魚天使ガキエルに関しては多少データがあるわ。セカンドインパクトの時にもでてきたみたいだしね。でもまずいわね。あれでは本部に直撃よ」
ミサトは自分の迂闊さを呪った。二正面攻撃は想定に入ってなかった。少なくともミサトが見たデータの中で、一度に複数の使徒が出現することは非常に希なことだった。
しかし前回サハクィエルとレリエルが一緒にきたではないか、という叱咤を自分自身にする。ミサトはあれを例外的な出来事だと思っていたが、考えを修正する必要があるようだった。
「方策は?」
「ガキエルは本来水中戦闘が得意だわ。レイのEVA00が動きを止めて、炎を統べるアスカのEVA02で攻撃できるなら十分に勝機があるわ。魔法部隊の援護があったと仮定した場合はね。ショウ=イロウルより組みやすいことは確かよ」
ミサトは決断を迫られていた。この場の責任者は彼女なのである。このままショウ=イロウルを攻撃し続けるか、ガキエルをたたくか、はてまて戦力を二分するか、決めるのは彼女しかいないのである。
ミサトが迷っている暇もなくガキエルはネルフ本部に向かって進撃を開始していた。本部ビルには城壁のものとは比べものにならないくらい強力なバリアがセットされているが、使徒相手にいつまでもつかは疑問だった。そしてガキエルに呼応するかのようにショウ=イロウルも立ち上がる。
「あれはガキエルか?・・・。ふん、余計なまねを」
呪文をまともに受けてしばらく動けないでいたショウは吐き捨てるように言った。目の前で漆黒の双剣EVA05をクロスさせてバリアをはって魔法に耐えたようである。その表情は相変わらず不敵だったが、立ち上がり際に膝が僅かに落ちるのをミサトは見逃さなかった。
「リツコ!アスカ・レイを含む全部隊の指揮を一時あなたに委ねるわ。ここは私に任せてガキエルをお願い!」
「ミサト、あなたまさか!?」
「死ぬ気はさらさらないわ。軍人としての判断よ。さっさとガキエルを片づけて援護にきてよね。こっちもなるべく時間を稼いでみるけどそう長くは持たないわ」
ミサトは軽く片目をつぶってみせると剣を抜いた。無理に笑いを作ってみせるが、頬はひきつっている。
「早く行って!!」
ミサトの決意を秘めた言葉にリツコも覚悟を決めた。
「あなたにはまだいっぱい貸しがあるのよ。死んだら承知しないわよ」
「それはこっちのセリフよ!」
二人は軽く笑い合うと行動に移った。ミサトは慎重に間合いをつめ、リツコは部隊を叱咤する。
「レイ!私に力を集中させて!」
リツコはレイに鋭い指示を出すと右手で魔法陣を描き始める。その時後方に控えていたアスカが飛び出してきた。
「どうするつもりなの?!」
「西側にいる巨大な使徒・ガキエルが本部を直撃する前に片づけるわ。集団転移して前に出るわよ」
「でもそれじゃ、ミサトが・・・」
「それがミサトの判断よ!大丈夫。そう簡単にやられるほどミサトはやわじゃないわ。私たちがすべきことは一刻も早くガキエルを片づけてミサトを助けに行くこと。それしかないわ!」
リツコの口調には有無を言わせない鋭さがあった。リツコはレイが魔法陣に力を集めると呪文を完成させ、ネルフ作戦行動部隊400人を丸ごと転移させた。
アスカは自分の身体が消える瞬間、ミサトの背中を見た。その姿はアスカの心の迷いを断ち切るくらい力強いものだった。
「葛城一人で俺の相手をするつもりか?随分と甘く見られたものだな・・・」
「甘くみていなんかいないわ。それが最善と思っただけよ」
「一人で俺を倒せるとでも思っているのか?俺の目的はあくまであの小僧の持つ極光の剣とゲンシュウの首だ。そこをどけ。同門のよしみで命だけは助けてやる」
「暗黒道に墜ちたあなたと同門とは言われたくないわね・・・」
話をしている間にも、二人は戦いを始めていた。ショウはだらりと両手に剣を下げたままゆっくりと間合いを詰め、ミサトは押し寄せてくる気をかわすかのように円運動をして巧みに間合いをずらす。
構えをとっていないような無防備なショウだが、ミサトはそれが必殺の構えであることを知っていた。天王流・無の構えである。自然体の構えから繰り出される一撃は神速の域に達する速さをもっていることだろう。ショウの剣よりミサトの剣のほうが長いのだが、リーチの差を考えると間合いはほぼ同距離。迂闊に近寄ることはできなかった。
「話をそらすな。もう一度だけ訊く。小僧とゲンシュウはどこに行った」
「あなたに話すことはなにもないわ」
「どうしてもか?」
「どうしてもよ。私には守るべきもの、守りたいものがあるわ。ここは譲れないのよ、絶対に!」
ミサトの声はさほど大きくはなかったが、鼓膜を通り越して直接心臓に訴えかけてくるような強さがあった。言い放つと同時にミサトは剣を大上段に構える。胴体をがら空きにして撃ってこい言わんばかりの構えだ。
時間をかせぐ、というミサトの意図からは外れる捨て身の構えに見えるが、実際の所は違う。ショウは半端な小細工が通用する相手ではない。下手に時間を稼ごうと守りの構えにはいれば、嵩に掛かって攻めてくる。そうすれば一刀のもとにミサトは斬り捨てられてしまうかもしれない。
自分の持つ最大の技と気迫をぶつける、そうしなければ実力で優る相手に生き残ることはできない。ミサトは生き残るために剣を大上段に振りかぶった。生き残ること、それが時間を稼ぐことであり、味方の勝利につながる行動だった。
「天王流・天の構えか・・・」
ショウもミサトの意図が分かっている。自分もミサトと同じくらいの覚悟をもたなければ、不覚をとってしまうことだろう。一騎打ちにおいては、多少の技量の差など気迫でひっくり返ることをショウも知っていた。
「いい瞳をするようになったな・・・」
ショウはそう言うと無造作に間合いを詰める。こちらも一見隙だらけだが、その構えには必殺の殺気が宿っている。
ミサトが真一文字に振り下ろした剣とショウが交差するように斬り上げた剣は、ちょうど中間で激突して、凄まじい火花を発した。剣の威力は本来ショウの方が上回っているはずなのだが、ほとばしるミサトの気迫が戦いを互角に持ち込んでいるのであろうか?
鋭く打ち合わせた両者は一旦離れた。両者が離れた後でも空間まで斬ったかのように、火花が消えずにいるように見える。
激闘の始まりだった。
MEGURU さんの『ジオフロント創世記』第12話、公開です。
「久々の投稿ありがとうございます」
1週間しか経っていないのにそういう台詞が出てきますね(^^)
それ程、速いペースでの更新が馴染んでいます。
めぞんの高速魔人(^^)/
眠り続けるシンジ。
語りかけ続けるアスカ。
その元を訪れたレイ。
絡む。
そして、またもや使徒襲来・・・・
さあ、訪問者の皆さん。
FFTにハマっている MEGURU さんと情報交換してはいかがですか?