シンジは硝煙と血の匂いのする景色を眺めていた。街の西側の城壁が崩れ竜巻が発生しているのが見える。竜巻は漆黒の障気を巻き上げ、空を喪の色に染めている。シンジは渦の中心にとてつもなく強大な何かを感じた。こんなに離れていても心を揺さぶられるような何かが、そこにはいた。
「シンジ君、こっちだ。急ぐぞ」
「は、はい!加持さん」
シンジと加持は迂回するようなルートを通って、混乱の場へと向かっていた。避難民と出動したUN軍が最短の道筋を占拠していたので、街の南にある小高い丘を行った方が速いと加持が判断したためである。
シンジは爆煙の向こうにいるであろう幼なじみの顔を一瞬思い浮かべると、無言で歩き出した。眼下に広がっているのは戦場であった。
第6話
力、目覚める時
「パターン青!使徒です!!」
マヤの絶叫にミサトは心を震わせた。
「いよいよね・・・」
ミサトは恐怖と使命感、そして期待感が入り混じった奇妙な声で呟くと、腰に差した剣の柄を握りしめた。
(お父さん・・・)
心の中だけで小さく言ってみる。荒れ狂う風の渦を凝視しながらミサトは少しだけ感慨に浸っていた。強大で自分の力がまるで及ばないかもしれない相手、しかし長い間待ち望んできた相手が目の前にいる。勿論感傷にに浸っている暇はない。ミサトは複雑な思いを秘めながらも、的確な指示を飛ばし続けている。
「青葉君!あなたの中隊は妖魔の前面に展開。衝突後右翼を反時計まわりに前進、左翼を後退させて敵を突出させて!出てきたところの右側面は魔法で叩くわ!敵が崩れたら紡錘陣を組んで敵左側面を突破して!それから竜巻とエアドラゴンの動きに注意!危ないと思ったらすぐに退避するのよ!」
「了解!青葉中隊出るぞ!」
シゲルの部隊が展開しているのを見たミサトは、マコトの中隊を直接指揮して戦闘体勢を整える。まずは妖魔を殲滅し、使徒を孤立させる必要があった。それから全軍をもって使徒を叩く、しかる後アスカのEVA02でとどめを刺す。
ただし自分の用兵が、使徒に対してどこまで役に立つかミサトには確信がなかった。使徒に関しては、強大な力を持ちEVA以外ではほとんど有効なダメージは与えられない、ということくらいしか分かっていないのだ。しかし迷っている時間は無かった。今はやるしかないのだ。
「ふん、あんな化け物アタシ1人でギタギタにできるのに!」
アスカはミサトの横で真紅の長剣を抜きながら言った。声は少し震えているが、怖がっている様子ではない。むしろ不敵に楽しんでいるような調子にすら聞こえる。
「アスカ!勝手なマネは駄目よ!あなたは最後に使徒にとどめを刺すことだけを考えてなさい!」
ミサト厳しい声を出すと戦況を見つめる。青葉ジゲル率いる部隊はミサトの指示通りの整列を完了していた。第2連隊の一部をすでに壊滅させている妖魔達は、新たな標的を発見すると余勢を駆って飛び込んくる。シゲルは戦列を少し下げて第1撃の勢いをそぐと、左翼を後退させた。すでに頭に血が上っている妖魔達は、後退したところにつけ込むように突出する。自然と陣形は縦に長く延び、無防備な側面をさらしてしまった。
「発射!!」
ミサトの号令と共に魔力の矢が放たれる。妖魔軍の横っ面をひっぱたくように部隊を展開させたミサトは、妖魔を左右から挟撃することに成功していた。ミサト自身も呪文の詠唱に入る。
「神々の怒りを受け継ぎし 火の精霊たちよ 古より秘めたるその力 我が前に解き放ちて 全てを焼き尽くす業火の陣と化せ!」
天霊爆炎陣!
ミサトから放たれた魔力は、炎の津波のように妖魔の一団を飲み込んだ。炎が消えた跡には黒いけしずみが残っているだけで、妖魔の姿はすでに残っていない。魔法の斉射をくらった敵が浮き足立つのを見たシゲルも、部隊を紡錘陣に再編成し、混乱を極める妖魔に突撃を開始していた。
戦況はミサトの思い描いた通りに展開している。妖魔の一団はほぼ壊滅状態に陥り、下級魔族もあらかた掃討済みである。残るは竜巻の中心から不気味に動こうとしない使徒と、使徒を守るように鎮座するエアドラゴン3匹。
「アスカ、そろそろ行くわよ。用意はいい?」
「当たり前のこと聞かないでよ!」
アスカは強がって答えたものの、先ほどより表情がこわばっている。初めて見る本格的な戦闘に緊張しているようである。といっても萎縮しているわけではない。アスカの顔は、その髪の毛に負けないくらい紅潮していた。
ミサトはドラゴンに魔法の集中砲火を司令する。強力な肉体を持つドラゴンに接近戦を挑むのは危険である。また相手は飛行能力を持つエアドラゴン。上空に逃げられてしまえば、手出しするのが難しくなる。竜巻の周りをとり囲むように座っている今がチャンスなのだ。
しかしミサトの願いもむなしく魔法の大半は跳ね返されてしまっている。ミサトはその様子を確認すると唇を噛んだ。
「使徒が力を与えているのね・・・」
ドラゴンは強い魔法抵抗力を持つが、ネルフの魔法部隊の呪文を受けてダメージがほとんどないということはあり得ない。何度かドラゴンと戦ったことのあるミサトは、そう確信していた。
「もう焦れったいわね!ミサト、援護して!!」
アスカはそう叫ぶとミサトの制止の声も聞かずに駆け出していた。抜き放った燃えるような長剣に意識を集中する。アスカは心の中で絶叫していた。
(力を!力を!!力を!!!力を!!!!)
「EVAよ!アタシに力を!!」
口に出してアスカが吼えた瞬間、真紅の剣に埋め込まれた宝玉は燃え上がるような光を発した。アスカの身体は赤いオーラに包まれ飛ぶように疾駆する。
アスカをもう止められないと思ったミサトは次の行動に移っていた。
「青葉君!回り込むように後ろに位置するエアドラゴンを、背後から剣士部隊を突撃させて!魔法部隊は正面のドラゴンと使徒を牽制と防御魔法をお願い!私の直属部隊はアスカを直接援護するわよ!」
ミサトはそう言うやいなや馬に鞭を入れていた。目にも留まらない速さで剣を抜刀し、アスカの後を追う。馬上で気を練りながら突進するミサトの目には、段々竜巻と龍が巨大に見えてきた。
アスカの顔から少女の面影は消えていた。目をキッとつり上げ、少女の発したものとは思えないような叫び声をあげながら突進する。獰猛な肉食獣を思わせるようなその動きは、すでに人の範疇を越えていた。地面に足も着いていない。赤い閃光と化して翔んでいるのだ。
アスカの急速な接近に対して正面に居座るドラゴンが反応した。鋭い牙を宿した口を開けると、大気を吸い込み万人を恐れさせる龍の息吹を吐き出した。ドラゴンブレスは龍の種類によって多少違ってくる。風龍の吐息は雷である。吐き出された雷光は大気を切り裂いてアスカの方に真っ直ぐにほとばしった。
アスカはドラゴンブレスを避けようともしなかった。何事もなかったように正面からつっこんっで行く。雷の束はアスカを直撃したが、アスカの身体には届いていなかった。アスカを包み込む真紅のオーラは龍の吐息をものともせず、更なる輝きを放つ。
エアドラゴンに接近したアスカは剣を振り上げる。剣から紅蓮の炎が立ち上っており、アスカが剣を一閃させると地獄の業火を纏ったような赤い光が放出される。光はドラゴンの首を一瞬のうちに飛ばしていた。時が止まったように硬直した龍は、切り落とされた首から噴水のように血を吹き出すとその巨体を大地に横たえた。
アスカの鬼神のごとき強さに恐れをなしたのか、残された2匹の龍も騒ぎ出す。千年以上生きると言われるエイシェント・ドラゴン以外の龍は、本来あまり高い知性を持ってはいないのだが、本能でアスカからほとばしる殺気に怯えている。エアドラゴンは背中の翼をバタつかせると逃げだそうとしていた。
しかしアスカは逃走を許さない。一瞬にして間合いを詰めると右側のエアドラゴンの翼を切り裂いた。そして今度は左手のドラゴンの背後に回り込むと、首の後ろに剣を突き立てた。首に剣を差し込まれて、もがき苦しむドラゴンの翼を直に手でむしり取ると傷口に手をかざして炎を放出する。
生命力の高いドラゴンは、それでもまだ生きていたが、それは死を残酷に彩ることでしかなかった。生きたまま身体を灼熱の炎で焼かれたドラゴンは、絶叫で身を震わせている。アスカは全く気にしないかのように再び剣をとると、剣を阿修羅のように振り回し巨大な体をバラバラの肉塊に変えてしまった。
アスカはその後、先に翼を切り落とされ地面でのたうち回っているエアドラゴンに近づくと、バタつかせている四肢を切断したあと、腹に剣を突き刺し先端に絡まった内蔵ごと剣を引っぱり出す。吹き出る返り血でアスカの顔は赤く染まるが、すでに真紅のオーラで全身を包んでいたので、どれが血であるかの判別もできない。
立ち昇る死臭と、血肉が焼ける生臭い煙の向こうでアスカは鬼神のように仁王立ちしていた。殺戮を楽しんでいるかのような、笑みを浮かべている。全身にかぶった血は剣が発する高熱で蒸発して、アスカの様相を一層修羅のように見せていた。それはアスカを援護しようとして疾走していたミサトも、思わず足を止めてしまうような凄惨な場だった。
驚愕の目でアスカも見ていたのはミサトだけではなかった。小高い丘から駆け下りてきたシンジの視界にも、鬼神のようなアスカの姿が映っていた。シンジは内蔵をかきむしられるような思いで疾走している。アスカの姿にショックを受けて止めどなく涙が溢れてきても、シンジは足を止めなかった。
自分を助けるために、自分がふがいないために、鬼のようになってしまったアスカ。幼い頃いじめられていた自分をいつも助けてくれたアスカと、今のアスカがだぶって見えたシンジは断腸の思いだった。涙と鼻水、そしてうめき声を飛び散らしながらも、シンジは走っていた。とにかく1秒でも早くアスカのそばに行くんだ、という思いだけがシンジを動かしていた。
シンジを見守るように横を走っている加持だけは、驚いたような表情をしなかった。むしろ悪鬼のようなアスカを予期していたかのような瞳をしている。自分の悪い予想が当たってしまったような悲しみと、アスカを変えたものへの怒り、傍らで絶叫しているようなシンジに対する哀れみが彼の端正な顔を彩っていた。
加持は幼い2人の子供が抱えたことに深く同情した。世界の運命を背負い込んだ子供に対して自分は何ができるのだろうか?そう考えた時、加持は自分の無力さを少しだけ呪った。
人は自分の力ではどうにもならないことに直面した時、神に祈る。しかし加持は神に祈ったことは1度もなかった。地上界にいた時は神の存在を信じていなかったし、ジオフロント世界に来てからは祈るに値する神がいないことを、彼は知っていた。
ドラゴンを片づけたアスカは、竜巻の中心も睨んだ。
「はあぁーーー!!」
アスカは気合いと共に剣から真紅の衝撃を放出する。赤い光は竜巻にものすごい勢いで衝突し、それまでビクともしなかった風の壁を切り崩した。崩れた風の隙間から背中に白い翼を背中にはやした人の形をしたものがかいま見える。中にいた使徒は眉をピクリと動かすだけで、自分の周りを覆っていた竜巻を消滅させ、かろやかな足取りで地に降り立った。
深いブルーの髪に赤い瞳、がっしりした体格に不釣り合いな白い翼と周囲にいるだけで魂を揺さぶるようなオーラを除けば、20代後半の男性に見える。つり上がった目とふてぶてしい口元を大目に見れば美男子といえなくもない。もっとも実際にそばにいる人間は、強烈な気に当てられて容姿のことまで気が回らなかった。翼をはやした使徒は地面に足をつけると組んでいた腕を、ゆっくりとほどいて宣言した。
「嵐天使サキエルだ。死ぬまでの短い間だが、覚えておけ!」
サキエルの声は大して大きくなかったが、その場に居合わせた者全員の心に響きわたった。鼓膜を通して聞こえてくるというより、直接脳に響くような声であった。サキエルは自分に最も近い位置にいる栗色の髪の少女をみやると、鼻で笑いながら呟いた。
「ふん、EVA02か。おもしろいもの持ってるな、この小娘は」
サキエルは突然右手を頭上に振りかざした。たちまちサキエルを中心として竜巻が発生し、近くにいた人間を吹き飛ばした。比較的そばにいたミサトも、乗っていた馬ごと吹き飛ばされて地面にたたきつけられた。こみ上げる吐き気を飲み込んで立ち上がったミサトは、アスカが竜巻の外にいないことに気がついた。台風の目の中にはアスカとサキエルだけが残されている。
サキエルは右手を軽く振る。何も持っていなかった手には光で作られた槍のようなものが握られている。サキエルは槍先をアスカの方に向けた。それが戦いの開始を告げる鐘の音だった。
アスカがサキエルの風の渦に飲み込まれた時、シンジと加持はやっと戦いの場に到着していた。何とか竜巻を消滅させようと魔法部隊による一斉射撃をしようとしていたミサトは、思わぬ人物の登場に声を上げた。
「シンジ君?!どうしてここにいるの?!」
「僕1人だけ安全なところに隠れているなんてことはできません!」
「で、でもねシンジ君・・・」
「葛城、今はそんなこと言っている場合じゃないだろ。今こそシンジ君の力が必要なんじゃないか?」
「で、でもシンジ君はまだEVAを扱うことができないのよ!」
「できないなら、今覚えればいい。シンジ君もそのつもりだよな?」
「は、はい!ミサトさん!どうすればいいか教えて下さい!!」
ミサトは決意を秘めたシンジの瞳に圧倒された。これがさっきまでおびえたように震えていた少年なのだろうか?ミサトはもう一度顔を見直すと、シンジの額に手を当てて、諭すような口調で言い聞かせた。
「いいシンジ君?私にもEVAの扱い方はよく分からないわ。でもシンジ君の右手の腕輪と宝玉、それは間違いなくEVAと呼ばれる神々の武器なの。アスカが持っているEVA02のように使徒を倒すことができる唯一のものなの」
説明をいったん区切りシンジの目を見る。シンジは上気した顔でミサトの言葉をかみしめるように聞いていた。
「心を集中させなさい。アスカを助けたいと心から念じるの。アスカのことだけを考えて意識を右手の宝玉に集中させてみて!そうすればきっとEVAも力を貸してくれるわ」
抽象的な言葉であったが、シンジにはそれで十分だった。
「は、はい!やってみます!」
シンジは目を閉じるとアスカのことだけを頭に思い浮かべた。初めてであった幼稚園の時のことから小学校の入学式・運動会・修学旅行、アスカとの様々な思い出を思い浮かべてただ一心に念じた。
(アスカを助けたいんだ!アスカを助けるんだ!!僕の中に眠っている力があるのならば、今こそ力を貸してくれ!!!今できなければアスカが死んじゃうかもしれないんだ!目覚める時は今しかないんだよ!)
シンジは心の中で自分自身に訴えている。
「アスカ!!」
シンジがアスカの名前を大声で叫んだ瞬間右手の宝玉は蒼白い光を放った。ミサトや加持は余りのまぶしさに目をつぶってしまった。
「な、何が起きているいるというの?!」
ミサトの叫び声の語尾が消えかかった頃、光はようやくおさまった。網膜が焼き付いてしばらく視力が回復しなかったミサトだが、目の前に膨大な気が立ち昇るのだけは分かった。
(こ、これはシンジ君の気なの?!)
ようやく目の前の景色が色をもってきた時、ミサトの目の前には巨大な剣を構えたシンジがいた。
シンジの身長ほどもある長大で幅広な刀身。刃は水晶のように透明だが、光で描かれた文字が浮かび上がり神秘的な輝きを放っている。柄に施された見事な装飾と鍔元に埋め込まれた蒼い宝玉は、なんとなくアスカの02と共通の印象を受ける。ミサトは初めて見るEVAに魅入られたような瞳をしていた。ミサトの横にたっている加持だけは、EVA01を見たことがあるせいか比較的冷静な顔をしている。
だが最も魅入られたような表情をしていたのは、シンジ本人かもしれなかった。シンジは自分の腕の中にこんなものがあったなんて信じられない様子であった。念じている時は本気で信じていたのだが、実際手にしてみると驚きを隠せないような表情をしている。
ドワガッシャーーーン!!!
その時竜巻の中に、天を引き裂くような雷が落ちた。シンジはものすごい衝撃に当てられて我に返った。EVAの柄を堅く握り直すと、頭上に高々と振り上げ真一文字に振り下ろす。
アスカはその時絶望していた。サキエルは空中をすばやく移動しながら光の槍を繰り出してくる。EVAから発生する赤いオーラに包み込まれたアスカは何度か直撃をくらったが、最初は大した威力はないように思えた。しかし度重なる攻撃にアスカの傷は段々増えていった。アスカには上空にいるサキエルに対して、有効な攻撃手段がなかった。剣から生じる炎をはなってみるが、それを読んでいるサキエルに軽くかわされる。防御に徹して助けを待つのが最も確実な手段であるが、我を忘れるように暴れていたアスカにそこまで考える余裕はなかった。
傷が増えるに従ってちゃんとした意識が戻ってくる。意識が戻ってきたことは傷の痛みを自覚させ、かえって焦りを増大させていた。うかつに飛び込んでいった自分を呪ってみるが、何の解決方法にもならない。アスカは光の槍を必死で避けながらも、確実に迫り来る死の足音を聞いていた。
不意にアスカの頭の中に昔の記憶のようなものが、走馬燈のようにに蘇ってくる。しかし脳の中の情景はノイズがかかったようになっていてよく見えなかった。唯一確認できたのは、はにかんだように微笑む、ちょっと頼りなさそうな少年の顔だけだった。
「ちっ!すばしっこいヤツだな!勝ち目がまるでないというのに無駄なあがきをしやがって!まあいいだろう。ならばこの嵐天使サキエル最大の技で葬り去ってやる!」
サキエルは不機嫌そうな声で吐き捨てると、頭の上に両手をかざし精神を集中させた。サキエルの両手に集められた光は上空に昇っていくと雷雲のようなものを形成しはじめる。雷雲はやがて電気を収束させ、巨大な雷をサキエルの両手に落とした。膨大な量の雷撃をその手に集中させたサキエルは、アスカにむけてとどめの一撃を放とうとしていた。
その時アスカとサキエルを取り巻いていた風のフィールドが突然破られる。シンジによって振り下ろされたEVA01は、竜巻を切り裂き消滅させてしまっていた。
「な、何だと!俺の竜巻をこんなにたやすく消滅させるとは?!」
唐突に乱入してきたシンジを苛立ちをたぶんに含んだ目で睨んだサキエルだが、掌にあるめた巨大な雷をアスカ目がけて解き放った。
「くらえ!神雷!!」
サキエルから放出された電撃はすさまじい轟音をたててアスカに突進した。あまりの強烈な電撃に、空気はスパークして静電気をまき散らす。
シンジは何も考えずアスカの前に飛び込むと、剣を横に真一文字に構えて雷撃の前に立ちはだかった。EVA01が形成する蒼白いオーラのバリアとサキエルの神雷は正面から激突した。シンジは衝突の瞬間腕の血管が破裂するかのような負荷を受けた。しかしシンジの後ろには傷ついたアスカがいる。絶対に引くわけにはいかなかった。
「くぅっ!!!」
シンジは全身の血が沸騰しているのではないかと思えた。サキエルの雷撃はシンジの剣を中心に作り出した光のフィールドを包み込むように張り付いている。電撃は防いでいるが、中はかなりの高熱になっている。傷ついたアスカを守るためには短期決戦でケリを付ける必要があった。
シンジは大きく息を吸い込み気を錬ると、気合いをつけて剣をつきだした。その瞬間二の腕の毛細血管が破裂して血が吹き出るが、シンジは全く気にしなかった。
シンジが跳ね返した電撃はサキエルのほうに逆流した。虚を突かれたサキエルは自分が放った電撃をうけて地面に落下した。身体が麻痺して上空にいることができなくなったようだ。
シンジは傷だらけの身体で飛んでいた。腕から吹き出す血が顔にかかるのも気にせず、振りかぶったEVAを一閃させる。サキエルは断末魔をあげて真っ二つになった。それが嵐天使サキエルの最期であった。
「ここは?・・・」
シンジが気がついた時、初めに視界に入ってきたのはみたことのない天井だった。窓からは山陰にその身を沈めようとしている夕日の光が射し込んでくる。シンジが人の気配を感じて、首だけ窓の反対側に回転させると、暖かみのある顔をした加持が笑っていた。
「目が覚めたかい?シンジ君」
「使徒は?・・・」
起きあがろうとしてシンジは失敗した。シンジの上半身には包帯が巻かれていて、右肩を中心にしびれたような感覚が残っていた。
「まだ起きちゃだめだ。治療の魔法はかけてあるが、あれだけの電撃をくらったんだ。身体の正常な回復には一日くらいかかる」
「て、敵は?アスカは?」
「使徒は倒した。君のおかげだよ、シンジ君。アスカも無事だ。シンジ君の方が傷が重いくらいだ」
加持は穏やかな声で話した。シンジは少し落ち着いたが、戦闘のことを思い出すと気持ちが暗くなっていった。原因は使徒のことではない。
「加持さん・・・。どうしてアスカはあんなふうになってしまったんです?前のアスカは気は強かったけど、あんなふうなことをする子じゃなかったんです・・・」
加持はシンジのその問いを予期していたようであった。しかしそれでも、それに答えるとき苦しげな表情を作った。
「アスカがこの世界に流れついたところは、EVA02が保管してあるUN軍の研究所だったんだ。シンジ君がEVA01に呼び寄せられたように、アスカもまた02に呼び寄せられたのかもしれない。UN軍は長い間02を使える人間を捜し求めていたが、アスカが現れるまで見つかっていなかった。それで研究者達は狂喜乱舞してしまったんだな。アスカは気が強いせいもあって、彼らには扱いにくかったんだろう。そこでアスカに心理操作をして扱いやすくした」
「心理操作って?・・・」
「まあ簡単に言えば偽の記憶と人格を押しつけることだな」
「ア、アスカにそんなひどいことをしたんですか?!」
裏返った声で叫ぶシンジをなだめるように、加持はたくましい腕をゆっくりとシンジの肩に乗せた。
「世の中良い人間ばかりではないということさ。でもアスカは短い間しかそこにはいなかった。情報をつかんだ君のお父さん、碇司令がアスカを助け出すように命令したからな。心配することはない。しばらくの間は情緒不安定になったり、攻撃性が極端に高まったりもするが、時間をかければ元に戻るそうだ。急に戻すと元の記憶や人格までおかしくなってしまうそうだから、ゆっくりやっていけばいいさ。それにその兆候はもうでているんじゃないかな?」
加持はシンジがそう言うとベットの傍らにある机の上に視線を向けた。素朴な木製の台の上には水が入ったコップに一本の花がかざしてあった。
「これはアスカが?・・・」
「さっき照れくさそうにもってきたよ。わざわざシンジ君がまだ気がついていないのを確認するようにしてな。でも靴は泥まみれだったぞ。方々探し回ったんだろうな」
加持はそれだけ言うと席を立った。シンジは最後にニッコリ笑った加持の背中を見続けた後、コップの花に目を移した。
黄色い薔薇だった。
アスカはもう思い出しているのだろうか?この花がシンジとアスカの思い出の花であるということを。それはシンジが初めてアスカに贈った花であった。
あれはアスカの10歳の誕生日。それまでシンジはアスカに対して、誕生日プレゼントなどあげたことはなかった。しかしその日はシンジのクラスメイトが人気のあるアスカの気を引こうとして、学校にプレゼントを持参してきていた。アスカを取られる!と焦ったシンジは、自分も何かプレゼントをあげようとして学校中をかけずりまわり、花壇に植えられている黄色い薔薇を引っこ抜いてアスカに贈ったのだった。
シンジの級友のプレゼントはあえなくアスカに袖にされ、学校の花壇を荒らしたシンジが後で先生に大目玉をくらったが、黄色い薔薇はその日からシンジとアスカの思い出の花になった。たとえ黄色い薔薇の花言葉が、<嫉妬>という思い出の花には似つかわしくないようなものであっても。
シンジは思い出にしばらく浸っていると急に眠くなった。枕元に黄色い薔薇があるのをもう一度見てみる。まるでアスカがそこにいてくれるようであった。シンジはジオフロント世界に来てから、初めて安らかな眠りについた。
「サキエルがしくじったようだな・・・」
光が全く射さない暗闇に荘厳な声がひびきわたる。装飾された柱が立ち並ぶ神殿の大広間のような部屋であった。
「サキエルは頭の弱いヤツだった。いいやっかい払いだ」
「でも、あのEVA01が蘇っているとはね・・・。少々やっかいなんじゃなくて?」
「ふん、サキエルが弱かっただけのさ」
言い捨てるような声に対して、それまでとは重みの違うような調子の声がした。他の声の主は畏怖したかのように黙り込む。
「敵を過小評価するのは止めた方がいい」
「ゼ、ゼルエル・・・」
「サキエルは確かにあまり頭が良くなかった。しかしヤツの神雷をまともに受けて生き残ることができる者がこの中に何人いるかな?」
「ゼルエルの言う通りだな・・・。ところで次は誰が行く?」
「それに関しては、おもしろいというよりか、やっかいなことが起こった」
「そうかイロウルがな・・・。いやおもしろいではないか。接触させてみるのも一興だ・・・」
MEGURU さんの『ジオフロント創世記』第6話、公開です。
最初の使徒、嵐天使サキエルとの激闘。
傷付き、迫る死に恐怖するアスカを守ったのはやはりシンジでした。
シンジと命をとした決意はアスカを無事救うことが出来ましたね。
そう、今回は”命”を救いました。
これから裂き時間をかけて救わなくてはいけない物、
それはアスカの”心”。
サキエルとの戦いの中でアスカはシンジを感じました。
この先に明るい未来があることを。
さあ、訪問者の皆さん。
2つの連載を快調に続ける MEGURU さんに貴方の感想を多くってください。