第3話
邂逅
「ミ、ミサトさん・・・もうそれくらいにしておいたら・・・」
「ぬぅわんですって!!!シンちゃん、トロトロ歩いて行く気?私はいぁやよ!!」
吐き出されるあまりのアルコール臭に、シンジは顔を背ける。
日も落ちたので川辺で休むことにした二人は、すでに野宿の支度を整えていた。ミサトはまず魔物の侵入を防ぐため、護符で結界を張り、地の精霊と樹木の精霊に命じて簡易式の小屋をあっという間に完成させた。土の壁と木の枝を張り巡らせて屋根にした粗末な建物だったが、一晩夜露を凌ぐには十分すぎるものだった。シンジははじめて目にする光景に口をポッカリ開けて、ミサトにただただ感心していた。
しかしシンジが感心したのはここまでである。その後ミサトが明日の準備と称して馬にくくりつけていた2つの巨大な樽を軽々と運んできた。ミサトは二頭の馬でゲンシュウの所を訪れていたが、片方の馬の鞍に木製の樽をとりつけていた。
中身は琥珀色の液体であった。ふたをあけた途端、立ち昇るスモーキーフレーヴァー。いかにもアルコール度数の高そうな蒸留酒を、ミサトはすさまじい勢いで飲み始めた。
「ミ、ミサトさん・・・そんなに飲んで大丈夫なんですか?」
「何言ってのよ!!スコッチはスコットランドでは命の水とも言われてるのよ!体に悪いわけ無いじゃない?!それにこれはシンジ君のためでもあるのよ!!」
「ぼ、僕のため?」
「そうよ!!こんな重いもの2つものつけてちゃ馬も大変でしょ?!いくら何でも酒樽に加えて、シンジ君ものっけていたんじゃ今日のように歩みが遅くなってしまうでしょう?」
「で、でも何でこんなもの持ってきたんですか?」
「シンジ君もそう思うでしょ?ほんとはエビチュっていう発砲酒を持ってこようと思ったんだけどね。ぬるくなるとおいしくなくなるでしょ?だから仕方なくねぇ・・・」
杯を重ねながらエビチュについて熱く語るミサトを眺めるシンジの表情は、完全にひきつっていた。
(完全に論点がずれてる・・・)
「と・こ・ろ・で、シンちゃん?」
シンジは背中に悪寒が走った。何を言い出すかはわからないが、このての顔はよからぬことを言うに決まっていた。小悪魔モードというには歳を取りすぎているような気がするミサトだが、シンジの肩に腕を回し豊満な胸にシンジの顔を押しつけるようにした。
「アスカって誰?!」
「な、ななななんで、ミ、ミサトさんがアスカの事を?!!」
「ふうーーん、もう呼び捨てにする仲なんだ?」
(かわいい!すぐに顔真っ赤にしちゃって!!なんてからかいがいがある子なんだろう!・・・旅の楽しみが増えたわね!)
ミサトは完全にシンジをオモチャ扱いしていた。次々と赤面ものの質問をぶつけて、その都度シンジを硬直させて喜んでいる。後半は酔いがかなり回ってきたのか、ろれつが回らなくなり、最後にはバカ笑いしながら眠ってしまった。
シンジは寝入ったミサトに毛布をかけながら溜息をついた。
(・・・美人でスタイルよくて陽気で酒乱な軍人さん・・・。一体どういう人なんだろう?・・・。一晩であんなにお酒飲んで急性アルコール中毒とかにはならないんだろうか?僕には理解できないよ・・・)
「ミサトさん?ミサトさんも僕と同じように地球から来たんですよね?」
翌朝、馬にまたがって街道を進みながらシンジはポツリと漏らした。ミサトはチラリと横を見やる。見知らぬ恐怖と不安に打ち震えていた過去の自分がそこにいた。
「そうね。私がこの世界にきたのは15年前・・・。ちょうどシンジ君と同じくらいの歳だったわね・・・」
ミサトは雲一つない空を見上げると、少し寂しそうな声を出した。
「私が流れついたのはね、ここからずっと南に行ったところだったわ・・・。当時そのあたりは政情不安でね、戦争が当のように日常に組み込まれていたわ。私がこの世界で初めて目にしたものは、血塗れになって倒れている兵士の屍だった・・・」
「た、大変だったんですね。ミサトさんも・・・。よく無事でしたね・・・」
しばらく絶句した後、シンジはかろうじて声を発した。ただ、それは実感がないからできたのかもしれない。シンジにとって殺し合いというものは、所詮対岸の火事だった。少なくとも今までは。
突然風が吹いた。ミサトの群青色の髪の毛が風に舞い、なまめかしい香りがシンジの鼻にまで流れてくる。甘い風はシンジの心を少しだけ落ち着けた。
「でも私は父と一緒だったからね」
ミサトは自嘲気味にそう言った。ミサトの微妙な父親への思いを、シンジはまだくみ取ることはできなかったけれども。
「父は考古学者だったわ。世界中の遺跡から遺跡へと飛び回り、私はそれにくっついて回っていた。あれは15年前、メソポタミアの遺跡発掘に携わっていたとき、いきなりこっちの世界に来させられてね・・・」
「今では住む世界が違って、離ればなれになってしまったけどね。父がいたからジオフロントでもなんとかやってこれたわ。地上人は多かれ少なかれ、この世界に驚き、苦労をするものよ。でもみんな、なんとか生きているわ。」
そこまで言うとミサトはとびきりの笑顔を作った。
「シンジ君も、そしてアスカという子もきっと大丈夫よ」
ミサトの脳裏にはシンジの両親の姿が浮かんだ。名前の確認もした。おそらく間違いはないだろう。自分がよく知っている人物。自分に関係のある人物。死んだと思っていた両親が生きていたということは、シンジにとっても嬉しいことに違いない。
しかしミサトはそれを告げることに、喩えようもない違和感を感じていた。ミサト自身が父親に感じていた思い。それと同じ臭いをシンジが両親について話す時、感じていたからかもしれない。寂しさではなく恐怖、悲しみではなく絶望、自分が絶対的に信頼していた人に裏切られるということは、経験したものでなくては分からなかった。
シンジはミサトの言葉で少し落ち着いたような表情をみせたが、心の奥底に眠る不安は隠しきれない様子だった。ミサトはかつての自分をシンジに重ね合わせる。過去の自分は父を憎悪することしかできなかった。娘より他のものを選択して、自分の元を去っていった父親を。父を憎むことで強くなり、同時に弱くもなった。
だが今の自分は違う。憎悪以外のことができるはずだ。ミサトは手綱を持つ手に力を込めると馬を前に進めた。
「さあ、いらっしゃい!シンジ君」
ミサトは構えもとらず、無造作に木刀を垂らして言った。ミサトとシンジは旅の合間にも訓練を続けている。ちょうどシンジの見せた資質が、ミサトの得意とする剣と精霊魔法であったことから、ゲンシュウに頼まれていたのである。
シンジは教わった通りに練気を始めた。静かに吸い込んだ空気を肺に一瞬留めた後、丹田と呼ばれる下腹部の辺りに落としてゆっくりと力を抜く。その次には丹田に落とした気を全身に行き渡らせせるように念じてみる。それらを何回か繰り返していく内に、シンジは自分の体に力がみなぎってきた。
シンジは動いた。飛ぶような足取りで全身の力を込めた一撃をたたきつける。大気を切り裂く剣の音は、14歳のかよわい少年が放ったものとは思えないほど鋭かった。
ミサトは余裕を持ってその攻撃を待っていた。彼女ほどの達人になれば、気を練るのにシンジのように時間はかからない。わずか一呼吸で練気を完了させたミサトは、シンジの気の流れを読みとっており、仕掛けてくるタイミングも分かっていた。
ガキッ
ミサトの腕にしびれが走る。彼女も練り上げた気を防御に使っているのだが、それでも骨に響くような衝撃がくる。シンジは続けざまに2度3度斬り込むが、ミサトの堅い守りを崩すことができない。
それでもシンジの戦闘能力は、ミサトとの旅の途中でも格段の進歩を見せていた。剣技とともに精霊魔法でも急速に上達している。きちんとしたな呪文を唱えることは、正式に精霊との儀式を終えていないのでできないが、精霊と心をかよわせることに関しては、ミサトも驚くようなところまで至っている。それが、もとからの素質なのか、彼の右腕に眠るEVAがもたらしたものなのかは判断できなかったが・・・。
「ここまでにしておきましょう。明日には街につくわよ」
シンジの猛攻を凌ぎきったミサトは一息つくと剣を収めた。
「街についたらどうするんですか?」
「とりあえず、あなたにはネルフにいてもらうわ。ネルフには色々な情報も入ってくるから、アスカのことを探しながら、剣と魔法を習う。とりあえずはこれでどう?」
「は、はい」
シンジは条件反射的にうなずく。
「ところでネルフってなんですか?」
シンジの言葉にミサトはズッこけた。
「そういえばまだ何も話してなかったっけ?」
「天軍とかUNのことは聞いたことがある?」
「いや、先生は闘いのことしか教えてくれなかったので・・・」
ゲンシュウと過ごした日々を思い出したシンジの表情は、寂しさと懐かしさが同居したような複雑なものだった。
神魔戦争の後もジオフロント世界は混乱を極めていた。神々はいなくなったが。神々が残した異形の生物や、魔法装置などはまだ残っていたからである。荒廃した世界で自警団として結成されたのが天軍の始まりであったと記録にはある。天軍を整備し、軍隊としての形を整えたのは、ジオフロント暦802年に、この世界を統一した天王カユーマルスである。彼は王の直轄軍として天軍を強化する一方で、神々の遺産の管理と混沌の黒き神々が生み出したといわれる魔族の駆逐を任務とさせた。その後カユーマルスの王朝は分裂するのであるが、天軍の組織と任務自体は存続していくことになる。
そしてジオフロント暦1648年に勃発した通称・聖魔戦争が天軍に新たな役割を負わせた。天軍はジオフロント世界全体を巻き込んで泥沼化した戦況を打破するために、各国の調停に動いたのである。かくして神々の遺産の管理・魔族の駆逐・世界各国の調停機関としての役割をもった天軍が成立したのである。
そしてジオフロント暦2005年、今から10年前にそれは起こった。セカンドインパクトと呼ばれる龍脈の一大変動である。天軍はセカンドインパクト以後の荒廃を立て直す任務も併せ持つことになり、各国の政治代表者をも加えたUN(United Nations)と名前を変えて現在に至っている。
一通りの説明を終えたミサトはそこで話を区切った。
「それでネルフというのは・・・」
「あ、これから説明するからね」
「セカンドインパクトは大規模な地震や竜巻、洪水を世界各地で起こしたわ。でもセカンドインパクトがもたらしたものはそれだけでなかったの。龍脈の急激な変化はそれまで封印されていた魔族を蘇らせるたわ。これまでにない魔族の暗躍に対抗するために結成されたUN直属の組織、それが特務機関ネルフよ」
「ぼ、僕は、そんな大変なことをしなくちゃいけないんですか?!僕には到底できませんよ!」
「まあまあシンジ君、落ち着いて。何も実際に戦うだけが仕事じゃないのよ。軍隊っていっても所詮は人のいる組織よ。ご飯作ったり、掃除したりもしなくちゃいけないでしょ。いきなり素人のシンジ君に戦えだなんて言わないわよ」
ミサトは少し茶化したように言って、あわてふためくシンジをなだめたが、その心は深く沈んでいた。
(私は救いようのない偽善者ね・・・。結局父さんと同じ事をやっているだけなのかもしれない・・・)
街道は登り坂にさしかかっていた。前方に見える小高い丘は、落日の光を受けて朱色い染まっている。ジオフロント世界でも太陽は赤く燃えていた。それはシンジが旅立ってから見た、11回目の落日だった。馬を進めて丘の頂に到達すると、眼下に高い塔が立並ぶ街が見える。シンジは、ようやく街に着いたことに安堵の表情を浮かべ、ミサトの方を見る。シンジの視線に答えて、ミサトは淡々と言った。
「あれが魔法都市・ネオトウキョウよ・・・」
ミサトとシンジがネオトウキョウの街に入ったときには日は完全に落ちていた。城門で門番のチェックをすませると、ミサトはシンジを最も高い塔に案内した。闇に包まれて先端のほうはよく見えないが、かなり高い建物である。シンジは上を見上げたまま、呆然としてしまった。ジオフロントの技術力は、地上界に比べて著しく遅れていると聞いていたからである。移動手段も馬がまだ使用されており、車も電車もない世界にこのような巨大な建造物があるとは思っていなかった。
「任務ごくろう様です。葛城大尉。では規則どうり真実の口での検査を済ませて下さい」
口を開けたまま上を見上げているシンジの横で、ミサトはネルフ正面ゲートで検問を受けている。
「シンジ君!ボゥッとしてないでこっちにきてくれる?」
その一言でやっと我に返ったシンジは、あわててミサトのところに駆け寄った。
「な、何なんですか?これ・・・」
シンジの目の前には石で作られた老人の顔のレリーフがある。口がポッカリと空いており、お世辞にも芸術品とは言い難い。
「これはね、真実の口という魔法装置なの。口の中に手を入れて嘘をいうと口が閉じてしまう仕組みになっているわ。ネルフのセキュリティーシステムの1つよ」
簡単な説明を終えたミサトは、レリーフの口に手を入れる。
「ネルフ作戦行動部・所属葛城ミサト大尉。任務を終えて帰還」
ミサトがそう言うとレリーフの老人の目が青く光った。
「ほら、次はシンジ君よ」
ミサトは手を抜くとシンジに語りかける。
「で、でも何て言えば・・・」
「そうね、名前と年でも言えば良いんじゃないの?」
シンジは初めて目にする不気味なそうちに、恐る恐る手をいれる。
「い、碇シンジです。14歳です・・・。1ヶ月ほど前地上界から来ました。そ、その怪しい者では有りません・・・」
シンジは、まるで万引きした直後の子供のようにおどおどしていた。
「ほら、シンジ君、いつまで手を突っ込んでるの?」
ミサトは笑いをこらえながら言って、シンジをエントランスホール中央に誘った。
「これは?・・・・」
ネルフ本部中央には何本かの透明な管が通っていた。下から見上げるとどこまで続いているのか分からないくらい、上に向かって一直線に伸びている・
「こ、これなんですか?」
「ま、乗って見れば分かるわ」
ミサトは陽気にしゃべりながら筒の中に入ると、25とかかれたボタンを押した。
不意にシンジの床が浮き上がる。
「う、うわ?!」
「これはね、言ってみればエレベーターね。動力は龍脈のエネルギーよ」
シンジはただ目をパチクリさせていたが、やがて上昇が止まり前の壁が開いた。
「遅かったじゃない、ミサト」
ミサトとシンジを待ち受けていたのは、理知的な印象の女性だった。歳はミサトと同じくらいか、それより少し年上に見える。身にまとった白衣と金色の髪、左目の下にある泣きぼくろが彼女に外見に、微妙なアクセントを加えている。
「その子が碇シンジ君?司令の息子さんね?」
ミサトの後ろにいたシンジは、今耳に入った言葉をすぐには理解できなかった。司令の息子?自分の両親は既に死んでいるのに・・・。シンジの頭は、しばらくの間突きつけられた現実を認識することができなかった。
目の焦点が定まっていないようなシンジの表情に、金髪の女性はミサトに鋭い視線を投げかける。
「ちょっと、ミサト。あなたもしかして何も話してないの?」
「だ、だってリツコ、もしかしたら他人の可能性もあるわけだし・・・」
リツコと呼ばれた女性の眼光は一層鋭くなった。しかし彼女はそれ以上はミサトを追求しようとはせず、シンジの前に歩み寄った。
「碇シンジ君?あなたの父親は・・・」
「リツコ!!私から言うわ!」
ミサトはリツコを押しのけるようにしてシンジに近づくと、腰を低くしてシンジと視線の高さを合わせ、シンジの肩に手を置いた。
「シンジ君、これから言うことを落ち着いて聞いてね。まずもう一度あなたのお父さんの名前を教えてくれる?」
「え、・・・碇ゲンドウです・・・」
「あなたの両親は10年前海難事故で行方不明になったって言っていたわね。でもね、10年前のあなたのご両親がいなくなった日にこのジオフロント世界に来た人がいるの。名前は碇ゲンドウ。今は特務機関ネルフの司令官をしているわ・・・」
シンジはまばたきもせず、ミサトの言葉を聞いた。数秒間シンジは何も反応せずにいたが、事実を受け止めると急に心臓の音が高鳴ってきた。呼吸が激しくなり、顔から血の気が引く。
「と、父さんがここにいるんですか?!」
「ええ、最上階の司令室におられるわ・・・」
そう答えたのはミサトではなくリツコである。
「あ、会わせて下さい!お願いします!!」
「あ、あのねシンジ君、司令はお忙しい方なの。だからもう少し落ち着いたらね・・」
「いえ、碇シンジが来たら司令室に通すように言われているわ。青葉君、シンジ君を案内して頂戴」
シンジをなだめるようなミサトとは対称的に、リツコは事務的な調子で言った。シンジは青葉と呼ばれた髪の長い若い男性をせかすようにして、早速エレベーターの方に駆け出していく。
「ちょっとリツコ!シンジ君はまだこっちの世界になれていないのよ!!」
「現実に直面させるのを引き延ばしにしても、事態は好転しないわ」
「で、でも!!」
「それに父親の方は健在なのよ」
それに続く言葉を連想した2人は沈黙した。父親の方は、では母親は・・・。ミサトがシンジに両親のこと切り出せなかった最大の要因はこれであった。父親の事を持ち出せば当然母親の事も話さざる得ない。シンジにどう伝えるべきなのか?2人の鋭利な頭脳を持ってしても答えはでなかった。
「青葉中尉です。碇シンジ君をお連れしました」
「入り給え」
返答は落ち着いた調子の声であった。青葉はシンジに入るように促すと、自分は下りエレベーターの方に向かって歩き出した。シンジは青葉の後ろ姿をチラリと見やったあと、大きく深呼吸しドアを開けた。
シンジの前に立っていたのは、白髪の温厚そうな紳士である。記憶の中に朧気に残る父親の姿とはかけ離れていたので、シンジは少し驚いた表情でその人物を凝視する。
「君が碇シンジ君かね?」
「は、はい。・・・あなたが・・・」
「いや、私は君の父親ではない。ネルフで副司令をしている冬月という者だ」
「君の父親はあのの扉の向こうにいる」
冬月が指さした方には、黒塗りの頑丈そうな扉があった。シンジは冬月の顔をみると、その顔は行きなさいと言っているようだった。
シンジが扉をあけると、そこはかなり広い部屋だった。床や天井には難しい魔法陣が描かれており、窓はなく、薄暗い。薄闇の向こうにはポツンと机が1つ置かれていて、誰かが座っているように見える。
「シンジか?」
「は、はい。・・・」
いきなり厳粛な声が投げかけられた。シンジは半ば反射的に答えると、声を発した人物の机に歩み寄る。声の主は椅子から立ち上がるとシンジの目の前に立った。かなり上背がある男性である。シンジの記憶が正しければ父・ゲンドウは48歳のはずだ。しかし顎髭と色つき眼鏡、全身から放出される威圧感によって、シンジには判別できない。
「間違いない。おまえは私の息子だ」
「シンジ・・・」
シンジは親子の感動的な再会を期待していた。ゲンドウはシンジを抱きしめてくれると信じていた。しかしゲンドウの口から出された言葉は、おそよ10年ぶりの再会には似つかわしくないものだった。
「私は忙しい。用がないなら出ていけ」
シンジは父親が何をいったか理解できなかった。いや正確には理解したくなかったのだ。シンジは後ずさりをすると駆け出していた。まるで逃げるかのように。
ゲンドウの部屋から飛び出してきたシンジは、冬月と衝突した。あふれ出る涙は視界をふさぎ前はほとんど見えていなかった。
「シンジ君、碇が言ったことは大体予想がつく。葛城君から何か聞いていると思うが、我々は現在非常に忙しいのだ。問題が山積みされていてな、碇も大変なんだよ。やるべき事が片づいたらゆっくり話せる日もこよう」
「し、失礼します・・・」
諭すような声で言った冬月にそれだけ残すとシンジは再び駆け出していた。
「碇・・・もう少し言いようがあったのではないか?」
奥の部屋に入ってきた冬月は少し呆れていた。この男が無愛想で、手段を選ばない冷酷な人物であることはわかっていたが、自分の息子をあそこまで拒絶するとは・・・。
「今必要なのは息子ではない。適格者だ。」
「しかしだな・・・」
「私がしようとしていることは、シンジを死地にたたせることだ。どうして父親面できよう・・・」
苦しそうに言うと、ゲンドウは椅子を回転させ冬月に背を向けた。ゲンドウにかける言葉を冬月は持っていなかった。
「よ、久しぶり」
沈痛な面もちで書類の山にむかっていたリツコの両肩に、男性の腕が回される。リツコはその腕を見るとすこしだけ表情を和らげた。
「お久しぶりね、加持君」
それだけ言うとリツコは巧みに腕をすり抜けて席を立った。
「ここ一ヶ月なにしてたの?ミサトが心配してたわよ」
「ちょっと野暮用でね」
加持は子供のような瞳を片方だけつぶって見せた。
「相手はなんと14歳の女の子だ。かなりの美人だよ」
「あなたの趣味も変わったわね。友人としてのつきあいを考え直さなければいけないかしら?」
加持のおどけた言葉に、リツコはわざとらしく言った。
「おいおい。俺の許容範囲はせめて18歳以上だ。子供に手を出すほど頭のネジが外れているわけじゃない。・・・でも」
「でも、彼女に興味があることは事実だな」
故意に言葉を区切った加持にリツコは、形のいい切れ長の目を細める。
「なにせ彼女は適格者だからな」
軽い調子で言った加持の言葉は、言い方とは裏腹に重かった。リツコは身動きもせず、ただ目をいっぱいに見開いてその言葉を聞いた。
その頃ミサトはシンジを探し回っていた。司令室を飛び出していった子供がいる、と聞いた瞬間から行動を開始いているのだが、シンジはまだ見つからない。行く先が見当もつかないため、片っ端から捜索していたミサトの視界にようやく目当ての人物がうつったのは、探し始めてから1時間以上経った頃だろうか。
「シンジ君・・・」
思いっきりやさしくそう言ってみたが、35階の展望室の隅でうずくまっているシンジは、何の反応も見せなかった。ミサトは適切な言葉はないかと頭をめぐらせたが、結局何も見つからなかった。このような時は、ただ時間が必要なのである。父親に見捨てられた過去の自分がそうであったように。ただし、彼女は時間だけに全てを委ねる気は毛頭なかった。自分はこの少年の助けになる、そう心に決めていた。
ミサトは座り続けるシンジを無理矢理抱きかかえると自室へと歩き出した。シンジは抵抗もせず、ただ泣いていた。ミサトは自分の部屋にシンジを連れて帰ると、シンジをベットに寝かせた。眠ることが最初の薬になることを自分の経験が知っていた。
シンジは翌日、かなり日が昇ってから目が覚めた。窓から差し込んでくる光がまぶしい。昨日がどんなに酷い日であっても、太陽はまた昇る。世界が誕生して以来。何万、何千、何億回と繰り返されてきたことである。日の光はどんなものにも平等に降り注いでいた。
ベットから起きあがったシンジはミサトからの書き置きに気づく。
「仕事があるので留守にします。25階の作戦行動部の部屋にいます。何かあったらすぐに連絡してね。どんあことでも絶対行くから」
元気な文面をみたシンジは、少しだけ気分が落ち着いた。日の光を直接浴びてみたくなったシンジは、窓を開けてみる。窓の外には緑が広がっていた。来たときは緊張と暗がりでよく分からなかったが、ネルフ本部は公園に囲まれているような作りになっている。シンジが今いる部屋は4階くらいの高さで、外の景色がよく見えた。ぼんやりと眺めていたシンジの目に思いがけないものが映る。
艶やかな栗色の髪。それは彼がジオフロントに来て以来、探し求めていた少女の髪だった。
ジオフロント創世記第3回です。少し長くなってしまいましたが、いかがだったでしょうか?オリジナル世界なので不安でいっぱいです。ご意見を寄せて下さると非常にありがたいです。「Project E」の方ではあまり活躍の機会がないミサトですが、こっちの世界では多くの出番が彼女を待っています。ところで「バスタードの影響がでているのでは?」というメールをいただきましたが、少しそれも影響を受けています。その他僕が今まで呼んできたRPGの影がところどころにでてくると思います。設定資料についてはもう少しだけお待ち下さい。それではまた
1997年、6月最初の公開作品は
MRGURUさんの『ジオフロント創世記』第3話です!
リツコに、加持。そしてゲンドウ。
徐々にEVAのメインキャラが登場してきましたね。
リツコと加持は原作通り(?)のクールを、
ゲンドウに関しては見られなかった”苦悩”を共にして。
そう、ゲンドウが見せた苦悩というのは新鮮な驚きでした。
さらになんと言っても「栗色の髪」!
加持のセリフから予感がありましたが、これはアスカですよね?!
・・・・ま、まさか・・・・・他の人って事は・・・・・???
波乱に満ちたシンジの運命を描く MEGURU さんに貴方の感想を送ってあげて下さいね!
オリジナル世界に関する感想などもいいと思いますよ!!!