第2話
旅立ち
「封印が解けたとはどういうことですかっ?!!」
「言葉の額面どおりじゃよ」
椅子から立ち上がって詰め寄ってきたミサトをよそに、ゲンシュウはゆっくりと茶を飲んでいる。しばらくの沈黙があった。小鳥のさえずりと木々を吹き抜ける風音、ゲンシュウが茶をすする音だけが流れている。
「あの少年ですか?・・・」
「そうじゃ、封印を解いたのは、さっきのおまえが表であったシンジじゃ・・・」
「しかしあんな少年が・・・」
ミサトの頭の中はすさまじい勢いで回転している。自分が得た情報を整理しているのだが、自分がだした答えを未だ受け入れることができないのか、困惑した表情を隠せない。
「適格者の条件に年齢や容姿は関係なかったはずじゃが?」
ゆっくりと宣告するような声でゲンシュウは言った。
しかし、ミサトの表情は変わらなかった。今までマルドゥック機関が懸命に捜索したにも関わらず、見つからなかった適格者。それがいきなり見つかったことに対する驚き。そしてその適格者がまるで闘いに向いていないようなか細い少年であることへの混乱。EVAを使える者が現れたことが今後もたらす期待と不安。ミサトは端正な形の眉を歪ませたまま微動だにしないで突っ立ていた。
ゲンシュウは陶器をおもむろに置くと立ち上がった。
「葛城の娘よ・・・」
そう声をかけるといきなり腰に差していた剣を抜刀した。鋭く速い居合い抜きであった。常人なら、いやかなりの手練れであっても何もできないまま、胴体を真っ二つにされそうな一撃だった。
だがミサトはそれに反応していた。右腰にさした短剣を目にも留まらぬ動作で取ると、ゲンシュウの左薙の攻撃を受けるべく短剣を逆手に持って防御しようとした。
ゲンシュウの剣はミサトの短剣の1ミリ手前で停止した。僅かに鼻だけで笑うと剣を鞘に収め椅子に座り直す。
「さすがは葛城ヒロシの娘じゃの」
「・・・ありがとうございます・・・」
ゲンシュウの行動が理解できないミサトは、短剣をしまいながら困惑した顔を崩さない。しかしそんなミサトを更に困惑させるような言葉をゲンシュウは口にした。
「だが、シンジは今と同程度の剣をかわすことができる」
ミサトの反応は、一瞬、無であった。
「剣聖・六分儀ゲンシュウの剣をですか?!!」
「そうじゃ、攻撃の方はからっきし駄目だが。よけるというより逃げることに関してはたいしたものじゃよ、シンジは」
「シンジ君・・・そういうのですか?彼は・・・」
「さよう、碇シンジという・・・」
「・・・い、碇ですか?!まさか?」
「シンジに両親の事は訊いておいた。シンジが4歳の時、すなわち10年前に海難事故で行方不明になったそうじゃ。死んだことになっておるそうじゃ・・・」
「・・・10年前・・・・」
「時間的には合う。父親にはあまり似ていないかもしれんが、母親の面影がどことなく感じられるような気がするがの・・・」
ミサトはゲンシュウの語った言葉を全て消化できていなかった。シンジの両親と思われる人物を思い浮かべてみる。その後必死に頭の中を整理しようとするが、突きつけられた現実に思考が追いつかない。
「シンジを引き取ってくれんか?」
「・・・・・・?!」
「両親の事は何も話していない。もちろんあれのこともな・・・。しかしシンジにも訪ね人がいるようじゃし、いつまでもここにいるわけにもいくまい。それに適格者と判った以上、おまえさん達もシンジが必要じゃろ」
返事ができないほど混乱していたミサトは、ゲンシュウの言葉にただ聞き入ると、眉間にシワを寄せている。ただその顔からはだんだん混乱の色が失せていった。厳しい顔つきが変化することはなかったが。
「そして何よりシンジには強くなってもらわなければならん。身も心もあれに負けたりせんようにな・・・強くなるには実戦を積むのが一番じゃ」
「シンジ、おまえに話がある」
水を土間の瓶に入れていたシンジにゲンシュウは突然そう言った。
「おまえはこの女性と一緒に街に行け」
昨日までと全く違うゲンシュウの態度にシンジはキョトンとした。先日の稽古でも「そんなことでは、ここからでるのは当分先じゃ!!!」と怒鳴られていた。
「で、でも剣が上達するまで・・・」
「ふん、おまえみたいな不肖の弟子にいつまでも我慢できるほど、ワシは辛抱強くないわ!!」
ゲンシュウはぶっきらぼうに返したが、その柄口調にはいつものような厳しさと迫力が不足していた。
「この女性は軍隊の仕事をしておる。足手まといになることは目に見えておるが、おまえも使ってもらえるようにワシが頼んでおいた」
意外な言葉にシンジは思わず叫んだ。
「ぼ、僕が軍人になるんですか?!そんなの無理ですよ!!できるわけないよ!!」
「地上人はジオフロントでは軍人になるのが普通じゃ。この世界で生まれた人間より、余計に力を使えることが多いからの。おまえは全く使いものにならんかもしれんが、精霊の声が一応聞こえるのじゃからまあいいじゃろ」
「で、でも・・・」
「それに軍隊というところは様々な情報が入ってくるところじゃ。アスカという少女も探しやすいじゃろ」
それが決定打だった。ためらっていたシンジもアスカのことを出されると、渋々うなずいた。人に言うことに無闇に逆らわないというシンジの処世術のせいもあったが。
「よろしくね。碇シンジ君。私は葛城ミサト、あなたと同じ地上人でもあるわ」
向日葵のように微笑みながらそう言ったミサトは、手を差し出した。
「よ、よろしくお願いします。碇シンジです。葛城さん・・・」
「ミサトでいいわよ」
「は、はい。ミサトさん・・・」
「シンジ、餞別といっては何だがこれをおまえにくれてやる。ワシが昔使っていた剣と防具じゃ。もって行け」
ゲンシュウが奥の部屋から持ってきたのは、白銀の流麗な鞘に収まった長剣と肩当て・手甲・胸当てが一揃えになった防具である。防具のほうは宝玉が埋め込まれたり見事な装飾が施されていて、素人のシンジの目からみても両方とも一級品とわかるものだった。
「で、でもいいんですか?こんな高そうなもの・・・」
「ワシにはもう必要のないものじゃからの」
装着してシンジは驚いた。剣は見た目よりかなり軽かったし、防具はシンジにピッタリのサイズでなにより体になじんでいた。ゲンシュウとシンジでは体格がだいぶちがうから不思議に思っているとゲンシュウが暖かみのある声で言った。
「おまえ用に少し手直しをしておいた。ワシは一応鍛冶屋じゃからの・・・ワシにできることはそれくらいじゃが・・・」
(あれは多分うわさに聞く、剣聖六分儀ゲンシュウの証とも言うべき、極光の剣・・・。防具もかなりの魔力を秘めてるわね)
しかしミサトの意識は見事な武器・防具ではなく、シンジの右手に集中していた。
(あの腕輪がEVA01なの?・・・。大剣って聞いていたけど、ただの腕輪にしか見えないわね。魔力も精霊力も感じられない。・・・でもあれがEVA・・・、それだけは間違いのない事実・・・)
明くる朝、シンジとミサトは小屋を出た。シンジは何度も何度も振り返るとゲンシュウの姿が、見えなくなるまで一礼を繰り返した。二人の姿が見えなくなる頃、ゲンシュウは寂しげな押し殺した声で独白した。
「達者でな・・・。我が子孫よ・・・」
登ってきた日の光が、並んで馬にまたがる二人の影を長くのばしている。早朝の透明感溢れる空気が、色彩をより一層鮮やかに見せ、ミサトの髪の艶やかさにシンジは顔を赤くした。シンジは髪の色は違うが、同じように綺麗な髪をした幼なじみの少女の顔を思い浮かべる。
(アスカ・・・無事でいるよね?)
少年の旅はまだ始まったばかりだった。
ジオフロント創世記の第二話です。本当は一話と二話をまとめて一つの話にしようと思っていたのですが、設定で大風呂敷を広げてしまったために、予定より長くなってしまいました。次回三話で主要キャラクターが登場します。設定資料も同時UPの予定ですので、この世界がよくわからない人は目を通してください。では
MRGURUさんの 『ジオフロント創世記』第2話、公開です(^^)
シンジの両親、
死んだ筈の両親、
しかしその名はここ『ジオフロント』で、知られているようですね。
つまり、ここにいる。或いは、いた。
また、ゲンシュウがシンジを「子孫」といったことも謎を深めます。
アスカを捜そうとしているシンジにどんな苦難が降りかかるのでしょうか?
さあ、いよいよ動き出す冒険。
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